ハイスクールD×D ~優しいドラゴンと最高の赤龍帝~   作:マッハでゴーだ!

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第8話 三人の赤龍帝

 歴代の先輩たちのせいで凄まじいほどの心労を感じた俺は、水を飲むためにリビングに向かった。

 

『しかしとうとうお兄様信教なるものまで生まれましたか。流石は主様です』

『フェルウェルよ、今は触れてやるな。今の相棒に苦痛を与えてはならん』

 

 そんな会話をするフェルとドライグなわけだけど、すまないが暫く黙っていてくれ……。

 あまりにも衝撃が強すぎて、心の整理に時間がかかると思うからさ。

 ……ともあれ、俺はリビングに着いた。

 

「……あれ? オルフェルさん。どうしたんですか?」

「……一誠」

 

 そこには先客がいた。

 タオルを首から巻き、少し汗を垂らしているイッセーだった。

 着ているシャツは汗でぐしょぐしょになっていて、俺の登場に目を丸くしていた。

 

「いや、歴代の赤龍帝に残酷な現実を突きつけられて、精神的に死にそうなだけさ……」

「……ご、ご愁傷様です」

 

 一誠は何かを察したようにそれ以上は聞いては来なかった。

 ……そしてすぐに、顔を神妙なものに変えた。

 その変化に俺はすぐに気付き、一誠に尋ねた。

 

「どうした、一誠。少し思いつめた顔してんぞ?」

「……ッ。ははは、やっぱオルフェルさんには隠し事できませんよね」

 

 一誠は驚いた顔をするも、すぐに降参というように手を挙げる。

 

「……オルフェルさん、さっきあれからのことを聞いたときにこっちの状況を部長が説明しましたよね?」

「ああ。俺が倒されてから、黒い赤龍帝が単独で駒王学園に現れ、一戦交えたっていうのは聞いたよ」

「……俺はそこで、あいつと一対一で戦いました」

 

 ……それは聞いていない情報だった。

 一誠はあいつと真正面からやりあったのか。

 だったら知っているはずだ―――あいつの異端の強さと、悲しい拳を。

 

「あいつは強かったです。速度は木場よりも早くて、龍殺しの力も宿していて、そして何より拳が重かった。向こうは消耗した状態で俺を軽く圧倒したんです。出せる力を出して、それでも倒せなかった―――ダメ、なんだッ! こんなんじゃ、俺は足手まといだッ!! ……って、オルフェルさんに言う事じゃないですよね!」

「……言葉通り、あいつは俺たちとは経験が違う」

 

 俺は一誠が酌んでくれた水の入ったグラスを片手に、そう言った。

 

「あいつは荒々しいけど、力は洗練されているんだ。戦い慣れているといっても良い―――だけど力の本質は一誠、お前や俺と何も変わらない」

「そりゃあ、同じ赤龍帝だから……」

「そう。同じ赤龍帝なら、力の本質が同じなのは当然だ。……良いか? 確かに力の出力、戦い方に至るまで全てが自分より高い水準にいようとも。それは勝てない道理にはならない」

 

 ……才能で劣っていようが、それを埋める何かは絶対にあるんだ。

 こいつの場合はそれが底抜けの色欲なんだろう。

 だけどこいつはその自身に対する欲望で仲間を救っている。

 ……そう、あいつは救えなかった。

 だからあそこまで歪んで、そして―――

 

「―――でも、俺……あいつが悲しんでいるんじゃないかって。そう、思うんです」

「…………」

 

 ……俺の心の声を代弁するように、一誠はそう呟いた。

 一誠は俺と同じように事情を知っているわけではない。

 だけど……それでも感じ取ったのか。

 実際に拳を合わせて、その本質を。

 

「あいつはあの時、最後の最後で誰も反応できないレベルの速度で俺に近づいて、殺せる距離で完全に殺せる力を放とうとしたんッす。でも……拳が直撃するその瞬間、あいつは拳を止めた。それからフラフラした足どりで去って行ったんです」

「…………」

「でもなんかさ―――俺、あいつが本当に敵とは思えないんです。ホント、なんなんでしようね。これならあの気味悪い化け物の方が良かったって感じです」

 

 一誠は苦笑いをしながら手元にあったスポーツドリンクを飲み干し、ゴミ箱にペットボトルを投げ捨てて俺から離れる。

 

「オルフェルさん、今のは忘れてください! んじゃ俺、もう一汗かいてきますんで!!」

「……ちょっと待った、一誠」

 

 俺の静止の言葉に、一誠は立ち止まって振り向いた。

 ……ちょっと、こいつを舐めていたのかもな。

 一誠がここまでのことを理解しているとは思っていなかった。

 だからこそ、言わないといけない。

 

「あいつは俺たちが。―――『兵藤一誠』である俺とお前が倒さないといけない。あいつは紛れもなく俺たち自身で、間違った道を進んでしまった果てだ」

「オルフェル、さん?」

「……だけどこれだけは覚えていてくれ。例え死闘を繰り広げる相手だろうと―――救ってはいけないなんて決まりはない。そして今回、それが出来るのが俺たちだけってことを」

 

 一誠の胸に拳をコツンと当て、真面目な表情でそう言った。

 その行動に一誠は固唾を飲んで、そして……俺の胸に拳を当てた。

 

「―――はい! 絶対、忘れないっす!!」

 

 ……ホント、こいつは良い漢だ。

 あいつらがこいつのことを好きになるのも分かる―――男も女も、異性なんて区別なくこいつはヒトを惹きつける。

 嘘偽りのないこの笑顔がこいつの魅力の正体なんだろうな。

 ……一誠はもう一度トレーニングルームに向かって行き、俺は残っていた水を飲み干す。

 ―――うっし、充電完了だ!

 

「現実からは目を背けない―――ドライグ、もう一回神器に潜る。あの異常が赤龍帝として変化なんだとしたら、俺は赤龍帝の次のステージに進めるかもしれないからさ」

『そうだな。今まで消極的だった歴代たちに変化が訪れた。これは恐らく相棒の可能性が更に広がったことに違いない』

 

 なら向き合わないとな。

 ちょっとあの空間に入ることに躊躇はあるが、だけどここで逃げたら男じゃない!!

 行くぜ、ドライグ!!

 

『応ッ!! 赤龍帝の更なる高みへ―――』

 

 ……俺は潜っていく。

 赤龍帝の籠手の奥の、あの異常空間へと―――

 

『―――さぁ、私達にお仕置きしてください! お尻をバチンと逝っちゃってください!!』

『『『『『『『『『さぁ!!!』』』』』』』』』

 

 入って後悔するのだった。

 

 ―・・・

 

『Side:兵藤一誠』

 

 俺、兵藤一誠は自らを追い込むように鍛錬を重ねていた。

 あいては小猫ちゃんとロスヴァイセさんで、ロスヴァイセさんは攻撃魔法陣による幾重なる魔力弾を、小猫ちゃんは接近戦による仙術を駆使した戦い方で襲い掛かってくる。

 ……不甲斐ないっていうのが素直な感想だ。

 ここまでの自分を見て、俺はそれを真に思う。

 数日前、オルフェルさんがこの町に現れた時に、俺はあのヒトと一戦交えた。

 その結果、何もさせて貰えず、何も反抗できずに負けた。

 そして化け物と対峙して、もしオルフェルさんがいなければ俺は死んでいて、そして……。

 黒い赤龍帝にも、勝てないと思わされた。

 

「……なんで、そこまで無茶をするんですか?」

 

 ……鍛錬の休憩中に、タオルを手渡してくる小猫ちゃんがそう尋ねた。

 流石に小猫ちゃんにも感づかれたってことか……。ダメダメ、もっとしっかりしないと!

 後輩の可愛い女の子にそんな心配させたらダメだ!

 

「俺さ、やっぱりもっと強くならないといけないんだ。オルフェルさんを見てたら余計にそう思えてきたんだ」

「……確かにオルフェルお兄さんは強いですが」

 

 ……地味に小猫ちゃんの中のオルフェルさんの印象って良いのか。

 うぅむ、なんか嬉しいような悔しいような……。ああ、嫉妬か。

 ダメダメ、もっと寛容な男になんないと!

 

「……先輩、もしかして嫉妬してくれるんですか?」

「え? ……か、顔に出てた?」

 

 ―――は、はずぅぅぅぅぅ!!

 おいおい、後輩がちょっと違う男を慕っているからってそれはないだろ!?

 ああ、絶対失望される!

 いつもの何倍増しに冷たい目をされる!!

 

「…………~~~ッ!」

 

 ……え? な、なんか小猫ちゃんが顔を真っ赤にして無性に嬉しそうにしているんだけど……?

 えっと、これは……頭をナデナデするべきか?

 

「……これは良いです。なんて言いますか、とても心地が良いです。イッセー先輩、オルフェルさんとの出会いが良い方向に先輩を成長させています」

「え、マジで?」

 

 小猫ちゃんの頭を撫でながら、小猫ちゃんは上目遣いでそう言ってくる―――か、可愛いッ!!

 そういえばオルフェルさんが言っていたっけ? 

 

『癒しというものは正にアーシアと小猫ちゃんが体現している。あの二人の可愛さといえば―――天使。または女神と言っても良い』

 

 ……それを聞かされた時は、その熱意のせいで頷いたけど―――これは同意せざるを得ない!

 可愛過ぎるぜ、小猫ちゃん!

 

「……オルフェルさんはとても良いお兄さんです。残念ですが、その点においてはイッセー先輩は勝つことは不可能です」

「そ、そこまで!?」

「……はい。でも―――わ、私はイッセー先輩のちょっとエッチなところとか……そこらへんを含めて、好きなので……にゃぁ」

 

 小猫ちゃんは恥ずかしさを紛らわすようにそう口ずさむが、やっぱり俺のことをしっかり見てくれているんだなぁ……って思って感動したり。

 ……って好き!? いや、嬉しいよ!! でも小猫ちゃんの口からそんな言葉が出てくるとはッ!!

 小猫ちゃんは俺を萌え死にさせる気かッ!!

 

「……せ、先輩。もう、今日は自分の部屋に戻りますッ」

 

 ……小猫ちゃんは俺から逃げるように去って行った。

 

「はぁ……。っと、ロスヴァイセさん」

「ふふ。やっと私の存在に気付いたんですね……。ふふふ」

 

 ……ロスヴァイセさんが悪戯な顔で笑ってるッ!

 俺と小猫ちゃんのやり取りを見てやがったな、この百均ヴァルキリー!

 

「嫉妬なんて可愛いところがあるじゃないですか、イッセーくん。そういうところを前面に出して、エッチな部分を抑えていきましょう!」

「えぇい、エロは俺の全てなんだ! さっき見たことは忘れてください!」

「ふふ、どうしましょうかね~」

「ッ!! と、とにかく俺、上に飲み物取ってきます!!」

 

 俺はロスヴァイセさんの視線に耐えきれなくなって逃げるようにエレベーターに乗り込んで上にいく。

 リビングに到着して、とりあえず冷蔵庫の中に入っているスポーツドリンクを手に取ってボトルを空けた。

 ……っと、その時だった。

 

「あれ? オルフェルさん。どうしたんですか?」

 

 ……オルフェルさんが、どこか心労を重ねたような顔でリビングに来たのだった。

 

 ―・・・

 

 オルフェルさんとの会話を経て、俺は一人トレーニングルームに戻っていた。

 俺はオルフェルさんとの先程の会話を思い出しながら、やっぱり思ってしまった。

 

「―――あのヒトには、敵わないな。ホント……」

『相棒よ。あの男はお前とは全く別の性質を持つ男だ。あまり気にしない方が……っというほうが無粋か』

 

 ……やっぱりさ、自分と同質の存在なんだ。嫌でも意識はしてしまうんだよ。

 オルフェルさんはなんていうか、自分が持っていないものを幾つも持っているっていうかさ……。

 コンプレックスというか、劣等感みたいなものを抱いてしまうんだ。

 今までは存在としては別人の存在とばっか戦って、それが格上だったから何とも思わなかった。

 でも今回は違う。

 あのヒトは別の世界では兵藤一誠であって、俺と同じ存在なんだ。

 

「ほとんど同じ顔で、同じ赤龍帝なのに。でもどうしようもないのがさ―――そんなオルフェルさんを、本気で慕っているから複雑なんだ」

『……相棒』

 

 苦笑いを浮かべながらそう言うと、ドライグが何ともいえない声を漏らした。

 分かっている、僻みなんてしてる暇じゃないんだ。

 今は―――

 

『―――良いんじゃないか? 僻んでも』

 

 ……ドライグから突然、その言葉が飛び込んできた。

 

『あそこまで完成された存在なら、僻んでも仕方ない。確かに奴は兄貴肌で、強くて頭も切れる。しかも救うことを第一としている存在だ。僻むなという方が難しい』

「で、でも俺はオルフェルさんを乏したいわけじゃ!」

『まぁ聞け、相棒。奴はお前に言っただろう? ―――強さは力だけじゃない、と。この言葉に一切の嘘はない。おそらく奴も生半可ではない体験をして、故にこんな言葉を吐けるんだろう』

 

 ……確かにオルフェルさんの言葉には説得力がある。

 それはあのヒトが完璧故ではなくて……やっぱどこか、人間味にあふれているからだ。

 オルフェルさんは他人のために怒り、説教もするけど認めるところは認めてくれた。

 

『奴の本質を理解することは俺には出来ん。だが奴は誰よりも深い『何か』を背負っているからこそ、説得力のある言葉を投げかけれる。俺はそう思う。だからこそ―――目指せばいい』

「目指す?」

『そう、目指す。その強さに憧れを抱き、嫉妬するのは確かに僻みだ。だがな? ―――その力に憧れを抱き、自らもその高みに邁進するのは昇華だ。きっと奴はお前にそれを望んでいるんだろうな』

 

 ……ドライグ。

 ごめん、弱気になって。

 

「あといつも心労を重ねて」

『……そこに関してはあっちの俺と交代してほしい』

 

 ど、ドライグゥゥゥゥゥ!?

 いや、俺が悪いけども!

 ホントにごめん!!

 

『―――なに、冗談だ。分かっているさ。相棒は悪気があるわけではない、と。確かに辛いこともある。だが俺は相棒と共にいることが楽しいんだ』

「……俺も、ドライグと共に戦えるのは楽しいよ」

『そういうことだ。腐れ縁、とでも言えば良いか? 相棒。俺はオルフェルが言った言葉……。あの黒い赤龍帝を倒せるのは『兵藤一誠』だけというのは同意している』

 

 ドライグは真剣な趣でそう言ってきた。

 オルフェルさんは何かを知っているような雰囲気で話していた。

 何かは知らないけど、たぶんオルフェルさんの持つ黒い赤龍帝への印象は俺と同じはずだ。

 

「……悲しみを背負った別の世界の俺自身。俺は戦えるのか?」

『やるしかあるまい。あの男の言葉を借りようか―――手の平で包める全てを護る。相棒、それくらいのことをやってこそ、真の赤龍帝じゃないか?』

「……言ってくれんじゃねぇか、相棒!」

 

 そうだ、こんな頭でどんだけ考え込んでも始まらない!

 ってか俺がオルフェルさんの真似事なんて出来るはずないんだ。

 俺は自分の頬をパンッ!っと二度叩き、気合を入れなおす。

 

「おし、ドライグ! ともかく真・女王の力を使い方から考えるぜ!」

『あれは次の戦いの決め手になるからな』

 

 そして俺とドライグは、俺の中の最強の力を強化するべく、再び鍛錬をするのだった。

 

 ―・・・

 

 …………鍛錬が終わり、シャワーを浴びてベッドに横になると俺はすぐにまどろみに落ち込んでいった。

 連日オルフェルさんの捜索に出てたから、疲れが出ていたのか?

 俺は左右から掛けられるリアスとアーシアの甘酸っぱい声音を聞きながら、眠っていった。

 ―――そして、夢を見ていた。

 

『ミーと一緒に生きれたら、何も要らなかったのにな……』

 

 ……冒頭から、それは凄惨な光景だった。

 綺麗な花園の上で、多量の鮮血を撒き散らしながら倒れている金髪の美少女と、体中ボロボロで血だらけの青年。

 その青年が美少女の手を握って涙を流しながら呟く表情に、俺も心の中で涙した。

 分からない。

 なんで俺がこんな夢を見るのか、そんなものは分からない―――だけど、目を背けてはいけない気がするんだ。

 ……夢の光景は一変する。

 そしてその光景は俺が良く知るものだった。

 ……堕天使レイナーレと、それを前に肩を震えさせて拳を握る()

 だけどそれは俺の知る光景とは少し違った。

 

『―――応えろぉぉぉぉぉ、ドライグ、フェル!!!!!!!!!!』

 

 ……涙と共に放たれる頼もしい声。

 俺はそれを聞いてようやく理解できた―――これ、オルフェルさんだってことを。

 この光景はオルフェルさんが自分の世界で辿った軌跡ということを。

 その後、オルフェルさんは凄まじい倍増速度で力を強化し、レイナーレを蹂躙するように戦う。

 そして……―――護れなかったアーシアを前にして、やはり悲しみに暮れていた。

 ……光景はまた変わる。

 光景はところ変わって部室。

 だけどそこには誰もいなく、ただオルフェルさんが一人だけポツンと立っていた。

 体には少しばかり火傷跡があり、それで俺は気付く。

 ……たぶん、ライザーとのレーティング・ゲームのことなんだろう。

 

『……部長、アーシア、小猫ちゃん、朱乃さん、祐斗……』

 

 拳は震えていて、オルフェルさんは後悔をするように悔しい顔をしていた。

 そして……部室の柱を感情任せに殴りつけ、覚悟を決めた顔になる。

 これはオルフェルさんの後悔の過去なのか?

 待て、なら最初のあれは―――

 

『―――ふざけるな。運命だと? そんなものに振りまわされて、何で傷つけあうんだ! 赤と白の運命、それがなければ俺は!!!』

 

 ……次に映し出される光景は、白龍皇の鎧を身に纏うヴァーリと、オルフェルさんが対峙している。

 ヴァーリはコカビエルを背負っており、そしてそんなヴァーリにオルフェルさんはらしくない荒々しい声で叫んでいた。

 そしてその顔は……やっぱり、一筋の涙がツーッと流れていている。

 オルフェルさんはずっと、どの光景でも泣いているんだ。

 あれほど強いヒトがどうして……。

 ―――光景は同じく駒王学園の、更に鎧を纏いながらヴァーリと対峙するオルフェルさんへと移行した。

 

『その呪文を口にするな。……そんなものがあるから―――。それを使うなぁぁぁ!!!』

 

 ……俺の時と同じように、ヴァーリは覇龍を使うと言い、実際に呪文を紡いでいた。

 だけど―――オルフェルさんはそれを聞いた瞬間、恐ろしいほど低い声でそう言って、神器を強化してヴァーリを屠る。

 あの優しいオルフェルさんの姿はそこにはなく、ただ怒り狂っているのだけは分かった。

 ……視界が曇る。

 次は一体何が映るんだろう。

 またオルフェルさんの後悔の過去なんだろうか。

 ……だけど、次の光景はまた今までとは違うものだった。

 

『―――だから、言ってんだろ。命を、懸けてでも…………、お前を、守るって!』

 

 ……それは血を流しながら、二人の少女を護るオルフェルさんだった。

 敵であろう存在の魔弾から二人の少女―――黒歌と小猫ちゃんを護るその姿。

 って黒歌!?

 ……ってそっか、こっちの世界とオルフェルさんの世界では違いがあるのか。

 ―――オルフェルさんは言葉を投げかける。

 それは正に、ヒーローそのものだった。

 大切な存在のために自らの身を傷つけても守る姿は格好良かった。

 だけど、だけど……それまでのオルフェルさんの涙がちらつき、それを俺は無理をしているように見えた。

 内に、どす黒いものを溜めこんでいるような―――俺は、分かる。

 俺はレイナーレに自分という男の存在を全て否定され、それを気にしていないふりして臆病になっていた。

 俺と同じとはいえないと思う。

 だけど、辛さは分かるんだ。

 そして今、俺が思った考えは現実のものとなった。

 

『―――あははははははははははははははははははははは!!!!』

 

 ……狂気に満ちた、壊れた人形のように嗤うオルフェルさん。

 その目は光彩を失ったように真っ暗になっていて、まさに―――闇色。

 そして……この光景を、俺は知っていた。

 忘れるわけがねぇッ!

 ―――アーシアを殺されたと思った時、俺が初めて覇龍を使った時。

 それと同じなんだとすれば、オルフェルさんは……俺が考えるまでもなく、オルフェルさんは心臓を直接つかまれるほど低い声で呟いた。

 

『―――全部、壊せば良いんだ』

 

 ……オルフェルさんは、そこから覇龍の呪文を紡ぐ。

 俺も初めてみる赤龍帝の覇龍。

 その呪文は禍々しく、前にヴァーリの覇龍を見た時よりも桁違いの闇だった。

 そして―――復唱するように聞こえる、歴代の赤龍帝の声の中に、どこか聞いたことのある怨念の篭る声が聞こえた。

 ……まさか、これは最初のあの―――

 

 《何もかも、全てを殺してやる・・・ッ!!!》

 

 ……理解してしまった。

 一体、オルフェルさんが何を抱えているのか。

 どうしてあそこまで何かを護ることに固執して、黒い赤龍帝を誰よりも理解していたのか。

 ―――同じなんだ。

 黒い赤龍帝も、オルフェルさんも。

 悲しみを背負って、それでもなお前に進んでいるんだ。

 

 ―――俺は自分が嫌いだ。

 ―――こんな自分を、好きになれるはずがないッ!!

 

 これで最後というように、光景は白い空間になった。

 そこにいるのはオルフェルさんと―――一番最初の光景で死んでいた、金髪の美少女。

 オルフェルさんは自身を否定し、自らを嫌いと称した。

 本当に大切な存在を護れない自分が嫌いだ、皆に嘘をついている自分が嫌いだ―――一人、諦めている自分が嫌いだ、と。

 

 ―――自分を受け入れなきゃ、何も始まらないんだよ。

 

 ……金髪の美少女は、泣き崩れるオルフェルさんをギュッと抱きしめてそう言った。

 その光景はアーシアの言葉を借りるなら正に聖母のような姿だった。

 罪に苦しむオルフェルさんを、赦すように包み込む。

 ……最初の青年、あれがオルフェルさん(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)なんだ。

 ずっと不思議だった。

 なんでオルフェルさんは自分のことをそう名乗ったのか。

 ……そして、叱咤の言葉を受けて、そしてオルフェルさんは―――立ち上がった。

 その顔は俺が良く知るオルフェルさんで、オルフェルさんは自分(・ ・)を前にして、自分と対峙する。

 怨念の自分。

 そして

 

 ―――俺は、生きたい。

 

 ―――俺は俺を受け入れる

 

 ―――前に進みたいんだ。

 

 ―――優しいドラゴン、最高の赤龍帝。俺はさ? なりたいんだよ。

 

 ―――だから

 

『我、目覚めるは―――優しき愛に包まれ、全てを守りし紅蓮の赤龍帝なり』

 

 ……俺の視界は温もりを持った紅蓮に包まれ、そして視界が一気に明るくなる。

 ―――目を覚ます。

 俺は周りを見渡すと、既に時間は朝になっていた。

 リアスとアーシアが服を着崩れながら、安らかな顔で眠っている。

 そして俺は―――涙を流していた。

 

「うぅ、くっそ、なんだよこれ……ッ。なんで涙が、止まらねぇんだよッ!」

 

 何度も擦っても、涙が止まらない。

 ……俺には最愛のリアスがいる。

 だけどオルフェルさんにはもう―――それがいないのかもしれない。

 誰よりも愛した、夢に出てきた女の子はもう死んでいるんだ。

 そう思うと、どれだけ前に進んでいてもオルフェルさんが辛いように思えてくる。

 

「……すごいよ、あんたは―――俺じゃ絶対無理だッ! あんなの、辛すぎるッ!」

 

 ……あれだけじゃない。

 俺の頭にはそれ以外にも色々なものが通り過ぎていったんだ。

 ほんの数人しか子供たちを救えなくて、それをずっと懺悔し続けるように泣き続ける子供のオルフェルさん。

 その昔、たくさんの人をも守り―――たくさんの人を護れなくて涙を流したオルフェルさん。

 そんな過去を全部背負って、それでもオルフェルさんは潰れない。

 強いに決まっている。

 俺が劣等感を持つ方がおこがましいッ!!

 あのヒトの強さは……

 

「きっと、俺がどんだけ追い求めても追いつけない―――だからこそ俺は、あのヒトの隣で戦いたいッ!! 俺は俺の道を、王道を突き進むッ!! そしてあなたを目標にし続ける!!」

 

 ……心に決めたよ。

 オルフェルさん、あなたがそこまでの辛い想いをして、それでもあの黒い赤龍帝を救おうとするなら俺は―――あなたと共に、あいつを救って見せる。

 俺は立ち上がる。

 ようやく覚悟が決まった。

 黒い赤龍帝に対して、無意識に抱いていた恐怖。

 だけど今の俺にはもうそれはなかった。

 ……俺の大切な仲間を護る。

 俺はハーレム王になって、エッチな日常を過ごして、そして―――平和な毎日を過ごすのが夢だ。

 だから!

 

「ドライグ、行こう」

『ふむ。覚悟が決まれば後は邁進する他あるまい―――行こうか、相棒』

 

 相棒とそう言葉を交わし、そして俺たちは……その日を迎えた。

 

『Side Out:兵藤一誠』

 ―・・・

 

 駒王学園の屋上にはグレモリー眷属を筆頭とし、アザゼル、イリナといった面子が足並みを揃えていた。

 観莉には悪いが、騒動が収まるまではロスヴァイセさんの術で眠って貰っており、今は兵藤家にいる。

 ……俺は肌で感じていた。

 その圧倒的な、闇のオーラ。

 前に遭遇したときとは比べ物にならないほどの怨念を、俺は離れた距離からでも感じ取れる。

 固唾をのみ、少し拳に力が入る。

 ……あれから二日。

 俺たちは模擬戦や修行、手合せを経てたくさんの交流をした。

 俺の世界と差異はあるとはいえ、皆優しくて暖かい俺の仲間だ。

 

「……オルフェルさん」

 

 すると隣から一誠に声を掛けられる。

 俺は既に白銀龍帝の籠手を創造しており、準備は万端という状況であり、特に一誠に心配されることはないはずだ。

 すると一誠は籠手が展開されている左腕の拳を俺に突き出し、好戦的な笑みを浮かべながらこう言ってきた。

 

「必ず勝ちましょう!」

「……ああ。言われなくてもな!」

 

 俺はその拳に応えるように、同じく左腕の紅蓮の籠手の拳を一誠の拳と合わせ、気合を入れなおす。

 そうだ、出来ることは全部してきた。

 あの黒い赤龍帝対策も、俺の準備も万端。

 以前のような遅れは取らない。

 ―――っと、その時だった。

 俺たちの目の前に碧色の魔法陣(・ ・ ・ ・ ・ ・)が展開された。

 その魔法陣からは黒いローブに身を包んだアイが姿を現し、そして俺たちに一瞥する。

 そして優雅に腰を曲げ、お辞儀をした。

 

「―――ッ。……初めまして(・ ・ ・ ・ ・)、グレモリー眷属の皆様にその関係者様。私の名はアイです」

 

 ……二日ぶりに顔を合わせるアイ。

 やっぱり(・ ・ ・ ・)その顔には曇りが浮かんでいるようだった。

 

「貴方はあの時、私たちを救ってくれた……」

「……私はあなた方の味方ではないです。ですが、敵でもない―――私は貴方たちを、用意した戦闘の場にお迎えするために馳せ参じました」

 

 するとアイは片手を俺たちの方に向け、そしてその足元に大きな魔法陣を展開した。

 ―――それと共に、駒王町の至る所から同型の碧色の魔法陣が展開される!

 これは……転移魔法陣か。

 

「私はこの魔法陣を町中に展開するために用意をして、貴方たちを含め、その他に魔物、そして―――黒い赤龍帝を用意した戦場に送ります」

「それはつまりこの町に突如現れるようになった魔物を一掃できるということね?」

「ええ。あの化け物によって引き寄せられ、操られ現在暴走している魔物を一度に屠れる良い機会でしょう―――異論はございますか?」

 

 ……俺たちはアイの言葉に無言で応える。

 非常に用意周到であり、そしてあの化け物―――いや、全ての元凶である奴が魔物をこの町に引き寄せたという真実を今になって知る。

 ……もう、あの化け物騒ぎの話しではなくなってしまったな。

 

「……それでは転送を開始します」

 

 アイは展開した魔法陣を起動させるように呪文を唱えていく。

 途端に俺たちの足元に展開される魔法陣は光り輝き、俺たちを包み込んでいった。

 

「……目的地は次元の狭間に造った空間です」

 

 次元の狭間に空間を造るほどの能力を持っているのか、アイは。

 ―――ホント、どれだけの努力を積み重ねたらそこまでの力が手に入ったんだろうな。

 そして俺たちは……転移していった。

 

 ―・・・

 

 ……転移した場所は、幻想的な空が浮かぶ比較的何もない場所だった。

 所々木々が生えているくらいしか何もないか。

 目の前には大きな丘があり、そしてその超えた先に―――奴はいた。

 とても小さくしか見えないが、確実にいる。

 

「……行くぞ、一誠」

「はい!」

 

 俺と一誠を先頭に歩き出す。

 俺たちはアイのすぐ隣を横切り、そして他の皆も同じように横切ろうとした。

 ……その時だった。

 

「―――展開、空間を御します」

 

 ―――他の皆がアイを横切ろうとした瞬間、その前に突如碧色の半透明な壁が生まれた。

 それは地平線の向こうにまで伸びており、そして次の瞬間アイは皆に向け衝撃波のようなものを魔法陣から放つ!

 皆はそれを避けるも、アイの突然の行動に困惑を隠せないようだった。

 

「どういうつもり? あなたは黒い赤龍帝を止めたいのではないのかしら」

「ええ、その通りです―――ですがここを通って良いのは兵藤一誠だけ。貴方たちはここから一歩も通しません」

 

 アイは幾重もの魔法陣を展開し、リアスたちの行く手を阻む。

 ……予想通りだ。

 あいつがこうするとは思っていたけど、まさかここまで正攻法で来るとは思わなかったな。

 それが出来るほどの魔法、魔術を研究していて、なおかつ純度の高い魔力。

 恐らくあの壁はかなりの時間をかけて錬成されたものだから、例えアザゼルでも簡単には破れないはずだ。

 それに何よりアイは下手をすれば魔王クラスに近い実力者。

 

「お、オルフェルさん!」

「……行くぞ、一誠。俺たちの相手はアイではなく、あいつだ」

 

 俺は丘の上の黒い赤龍帝を見つめる。

 一誠は何度か文句を言いたげな顔をするも、渋々といったように納得して俺より先に歩み始めた。

 ……俺は振り返る。

 

「……必ず、倒してくる」

「……ご武運をお祈りします」

 

 敵とは思えないような言葉を貰い、俺は一誠と横になるように歩みを進める。

 後ろではどうやらこの地に集めた魔物も現れ始め、戦闘を開始しているが……俺たちはあくまでゆっくりと歩いて行った。

 丘の上で茫然と立ち尽くし、体から膨大な闇のオーラを漏らしている黒い赤龍帝。

 奴が今何を想い、何と戦っているか……。俺には正直、見当も付かない。

 あいつの悲しみは知った。

 苦しみ、過去も知った。

 アイの願いも知った。

 

「―――黒い赤龍帝。お前は今、何が見える?」

 

 ……丘の上の黒い赤龍帝に、俺はそう言葉を投げかけた。

 俺たちから背を向ける黒い赤龍帝は、黒い籠手を左腕につけている状態でこちらを振り返らない。

 オーラはあいつの体から抑えることが出来ないからか、漏れ続けている。

 

「この下で俺たちの仲間が戦ってる。そしてお前の大切な存在が、その仲間たちと戦っているよ」

「…………」

 

 ……黒い赤龍帝はゆっくりとこっちを振り返る。

 ―――その顔は、無だった。

 絶望と狂気の境目にあるような表情で、焦点があっていない目。

 口元は上向きに歪んでいて、もうこの前の意識はないんだろう。

 それこそあの化け物と同じような状態なのかもしれない。

 それでも俺は言葉を掛ける。

 

「俺は少なくとも、お前の気持ちが痛いほどに分かる。分かっているうえで、倒しに来た」

「……ナンデ、ダヨ」

 

 ……顔は変わっていない。

 ただその声はあの時に聞いた黒い赤龍帝の声であり、明らかな反応だった。

 

「―――目を覚まさせるために決まってんだろ」

 

 すると俺の隣の一誠が、黒い赤龍帝に鋭い眼光を向けてそう言い放った。

 

「……俺はオルフェルさんみたいに何かを知っているわけでもないし、あんたの気持ちが分かるとかふざけたことは言わない―――でもあんたの悲しみは分かった。理解は出来ないと思うけど、それでもあんたが苦しんでいるのだけは分かった」

「…………もう、俺は……、自分を、止めらない」

 

 ……黒い赤龍帝は、ポツリとそう呟いた。

 

「……俺を、蝕む……。呪いが、俺を支配する……。だからお願いだ―――俺を、殺して……くれッ!!」

 

 ……その懇願を聞き、やっぱりなと思った。

 黒い赤龍帝はもう生きているのが意味がないと思っているんだ。

 仲間を殺した敵に復讐を果たし、残ったのは空虚な想い。

 胸の中にすっぽりと空いてしまった空白に、恐らくあの化け物の意識か怨念が乗り移ったんだろう。

 だからあの化け物の能力も、あの黒い赤龍帝は受け継いでしまった。

 ……癪な話だよな。

 恨む相手の力を手に入れて、そしてその呪いのような呪詛に苦しむ。

 だけど、だけど!

 

「―――言っただろ。俺はお前を倒すって」

 

 ……俺はそう黒い赤龍帝に向けて断言した。

 黒い赤龍帝はその言葉を聞いて呆然となるけど、それでも俺は続けた。

 

「お前の苦しみは理解した。俺だって大切な存在を失くして、覇を求めたことがあった―――そして待っていたのは、仲間の涙だった」

 

 ……それでも俺は間違えつづけ、間違えたまま前に進み続けた。

 それがどれだけ仲間を悲しませるかも理解できずに。

 ―――だから、だからこいつにはこれ以上そんな道を進ませない。

 

「アイは泣いていたよ。動けなかった自分に、何も出来ない自分の無力さに」

「―――……シア、が?」

 

 ……黒い赤龍帝の瞳から光が更に消える。

 そうか……。もう、限界なのか。

 だけど黒い赤龍帝はなお、俺たちを見て来た。

 

「……もう、オレハ、オレじゃなくなる。……もう、これを抑えることがッ!? あ、があぁぁぁぁぁぁ!!!?」

 

 ……黒い赤龍帝は闇色のオーラを辺りに撒き散らしながらも、賢明に何かを伝えようとしていた。

 

「だ、から……―――」

 

 ……そして、瞳から完全に光が消え、そして表情が完全に消えた。

 黒い赤龍帝はプランと腕を垂らし、そして左腕の黒い籠手を鈍く輝かせる。

 ―――やっぱり、それしかないんだな。

 俺は一誠に視線を送ると、一誠もまた頷き左腕の籠手を強く握る。

 俺の両手には紅蓮と白銀の籠手が展開されていて、そして……俺たちは同時に、籠手を光り輝かせた。

 

「行くぞ、ドライグ、フェル!」

「うぉぉぉぉぉおお!! 禁手化(バランス・ブレイク)!!」

「―――バラン、ス……ブレ、イ……クッ!!!」

 

 俺たちはほぼ同時に籠手を禁手化させ、そして―――

 

『Welsh Dragon Balance Breaker!!!!!!』

 

『Welsh Dragon Balance Breaker!!!!!!』

 

『Fall Down Welsh Dragon Balance Breaker……』

 

 ―――その場に、三人の赤龍帝の鎧が姿を現す。

 それはすなわち最終決戦を意味していた。


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