ハイスクールD×D ~優しいドラゴンと最高の赤龍帝~   作:マッハでゴーだ!

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第11話 日常の中の答え

 ミドガルズオルムとの邂逅から数日の日時が経過した。

 それだけの日が経過して、そして今の俺の状況を説明するとなると、それは少しばかり厄介な状況の下にいた。

 それはなんだと言えば……簡単だ。

 

「さあ、イッセー。次はどんな修行を望む?じいちゃんに言ってみるがいいぞ」

「いや、イッセー殿。ここは年の近い従兄に頼むべきだと思うでござる」

「ダメだぞ!にいちゃんはフィーたちと一緒にお昼寝をするべきだ!」

「おじいちゃんたちは引っ込んでるの!!」

「……こくこく」

「わ、私もお話したいなぁー……なんてなんて、えへへ……」

 

 ―――そう。ドラゴンファミリーの面々が、離してくれないんだ。

 数日前にミドガルズオルムが俺のことについて察して、意味深なセリフを残していったのが原因となり、タンニーンのじいちゃんと夜刀さんがそのことについて言及してきたんだ。

 それについてはすぐに話すつもりだったから、俺は自身のことを隠すことなく、全部話した。

 すると―――

 

『くぅぅぅぅ……ッ!なんてことだ……なんてことだぁぁぁぁぁ!!俺はイッセーの、イッセーの気持ちも考えずにこんなことを軽はずみに、聞いてしまうなんて……!つらかったろうに!大丈夫だ、イッセー!俺がお前を、お前をぉぉぉぉ!!!』

 

『拙者も自身が恥ずかしい限りでござる……ッ!イッセー殿の憂いに気付いていたのにも関わらず、このような体たらく!―――腹を切って、我が身に戒めを!!』

『や、夜刀君!?刀を自分の腹部に刺しちゃダメだよ!そんなことしても私が治しちゃうんだから、無駄だからぁぁぁぁ!!命を粗末にしちゃダメェェェェ!!!』

『止めるなでござるぅぅぅぅぅ!!!』

 

 ……などという風に暴走するじいちゃんと夜刀さんを止めるのに大変だったのだ。

 もともと人情の深い二人だけど、その人情深さが仇となって、いつも通りの冷静さを取り戻させるのに本当に時間がかかった。

 最終的には二人の気の済むまで話し合い、どれだけ俺が間違っていたかを説明してどうにかなったけど、しかしその影響は今も残っているんだ。

 そしてもう一つ―――ヴィーヴルさんは本当に天使のようなお人だったと称しておく。

 流石はアーシアと共に癒しコンビを成立させたことはある!

 とにかく―――まるでドライグが三人もいるような状況だった。

 

『それは些か失礼だぞ、相棒!』

『なにを言っていますか、ドライグ……まさに鏡写しとはこのことですよ』

 

 ドライグにフェルの鋭い指摘が突き刺さり、ドライグはぐうの音も言えなくなる。

 さすがはフェル!ドライグの封殺をいとも簡単に!

 

『ふふ、当然です―――マザーの役割は、家族の統率なのですから』

 

 …………あんたも大概だよ。

 俺はフェルの誇らしげな言葉とは裏腹に、落胆しながらそう思うのだった。

 ……ともかくだ。

 ロキの猛威がすぐ近くにまで来ているというのに、なんか締まらない軍団である俺たちドラゴンファミリー。

 相変わらずと言えばそれでおしまいなんだけど、まあそれこそがドラゴンファミリーなんだと思う。

 ……さてと、そろそろ収拾をつけないといけないな。

 

「―――ってか年が一番近いのはチビドラゴンズじゃん」

 

 収拾をつける前に素朴な疑問が出た瞬間だった。

 

 ―・・・

 

「ふぅ、拙者ともあろうものがあれしきのことで心を惑わされるとは……恐るべしイッセー殿」

「ふむ。イッセーは何故か放っておけない雰囲気を放っておるからな。うむ、家族総出でイッセーを守るべきだ」

「……俺、今に至っては何もしてないよ、夜刀さん!?」

 

 あれからいろいろあり、何とか夜刀さんとじいちゃんを抑えることに成功した今この頃。

 ちなみに今はすでに昼頃で家の地下にいる。

 夜刀さんの言葉にツッコミを入れたり、ドラゴンファミリーとの触れ合いを最大限にしてようやく落ち着いてくれたようで良かった。

 

「全くもう、もう!夜刀君は暴走したら可笑しくなるんだから!!」

「そうですよ、止めるこっちの気持ちも考えてください!!」

 

 俺とヴィーヴルさんの気持ちと言葉が一つになった。

 ある意味でタンニーンの爺ちゃんよりも暴走してしまった夜刀さん。

 普段はあれだけクールでカッコいいのに……凄まじいギャップだ。

 

「む、むぅ……お二人にそう言われたとあらば、猛省する他ないでござる―――やはり腹を切るしか」

「「しつこい!!!」」

 

 再度重なる俺とヴィーヴルさんの声。

 そして俺とヴィーヴルさんは目を合わせ、そして視線だけで会話した。

 ―――俺には分かる……ヴィーヴルさんはきっとこう言いたいんだ!

 

『……一緒に頑張ろう?』

 

 ……あ、絶対それだ。

 今の俺に向けて来る助けを求めているような視線の中に、同情と同調のようなものを感じる!

 ヴィーヴルさん、あなたとは仲良くなれそうです!

 俺は視線でそれを伝えると、ヴィーヴルさんはニッコリと笑ってコクコクと頷いた。

 

「な、数日前あったばかりのヴィーヴルとイッセーが目だけで会話しているだと!?そんな馬鹿な!!」

「ぐぬぬ……!ヴィーヴル殿、拙者は流石というべきなのか!それとも妬むべきなのか!?分からないでござる!!」

「……はぁ、ヴィーヴルさん。この二人、もう駄目です」

「うぅ……夜刀君がこんなに残念になるなんて―――でもでも!私はずっと夜刀君の味方だから!」

 

 ……うん、相変わらず癒しの存在は健在だ。

 っと、こんな風にヴィーヴルさんともかなり仲良くなった。

 気質がアーシアとそっくりだからか、俺もヴィーヴルさんと自然と話せるんだ。

 アーシアを交えて三人で話すなんてこともこの数日で起こった事柄の一つ。

 

「とりあえず二人はいつもの性質を取り戻すまでここで頭を冷やそうな?さ、フィーにメルに、ヒカリ。上でご飯を食べようか?」

「「「「はーい!!」」」」

「―――なに自然に混ざっているんですか!?ヴィーヴルさん!!」

 

 小さなチビドラゴンズに混ざって声を合わせるヴィーヴルさんにそう指摘をいれつつ、エレベーターでリビングのある階に向かう。

 確か今家にはグレモリー眷属の大半とヴァーリチームがいるとは聞いている。

 まあ危険は今のところはないと思うから、家で静かにしてくれれば問題はないはずだけど―――

 

「ちょ!?スィーリスぅぅぅぅ!!なんで俺の精気を奪おうとするんだぜぃ!?」

「え~?それはぁ~…………ひ・ま・つ・ぶ・し♪」

「ちょ、あなたたち!!この家で騒動を起こすことは許さないわ!!」

「あらあら……お猿さんが素直に精気を奪われれば済む話ですわね―――うふふ、うふふふふふふふ!」

 

 ……………………………………よし、自分の部屋に向かおう。

 

「のぉぉぉ!!!せ、赤龍帝!!助けてくれぇぇぇ!!!」

 

 俺がヴィーヴルさんとチビドラゴンズを連れて自分の部屋に向かおうとした時、断末魔のような声で助けを求める美候に肩を掴まれて止められる。

 ―――嫌だ、俺はこの騒動に関わりたくない!!

 

「ヴ、ヴァーリに頼みやがれ!!お前のところのリーダーだろ!?」

「あいつは薄情なんだぜぃ!?っていうかなんで俺っちがそもそも標的なんだよ!?」

「……どうでも良い」

「そんな薄情なぁぁぁ!!俺っちとイッセーの仲だろぃぃぃぃぃ!!!」

 

 ……勝手にあだ名で呼んでんじゃねぇよ!!

 ってか仲良くなった覚えなんてねぇよ!

 それにお前との絡みも今回が最初みたいなものだろうが!

 

「……兵藤一誠。ここは助けてやったらどうだい?」

 

 すると廊下からぬっと出て来たヴァーリがそんな提案をしてくる。

 

「ならお前がどうにかしろよ!一応リーダーだろ!?」

「………………君は知らないからそんなことを言えるんだ―――サキュバスの恐ろしさを」

 

 すると突如ヴァーリが青ざめたような顔をした―――え?ヴァーリってあんな顔するのか?

 あの戦闘狂のヴァーリが本気でスィーリスに恐れを抱いている!?

 ……もしかして、ヴァーリチームの裏ボスってスィーリスなのか!?

 

「あら、イッセー。ドラゴンとの対話は終わったのかしら?ならその猿をこちらに渡しなさい」

 

 部長はここ一番のニッコリ顔でそう優しく言って来るが、一切笑っていない。

 ってかここまで部長を本気にさせるということは、美候がそれなりのことをしたんだろうが……俺はヴァーリの方を見た。

 

「……兵藤まどかが君のために作っておいた特製の昼食を食べてしまってね。それを知ったスィーリスが遊びと称して美候の精気を吸い取り、飛び火して姫島朱乃とリアス・グレモリーも乗じているということだ」

「…………なら美候が悪いな―――部長、どうぞ!」

 

 俺は美候の肩を掴み、そして思いっきり三人の方にぶん投げてみた。

 するとどうだ。

 美候はとても良い笑顔(嘘)の三人に掴まり、対話が始まるじゃないか。

 俺はその微笑ましい光景(凄惨すぎる獄景)を見て見ぬふりをして、チビドラゴンズとヴィーヴルさんを連れてリビングに入る。

 なお、リビングへと続く廊下では猿の絶叫が響くのだった。

 

「……き、君も中々の鬼だね」

「ん?何のことかな、ヴァーリ?」

「……いや、気にしない方が身のためだな」

 

 ヴァーリは苦笑いをしてそれ以降は何も言わなかった。

 

 ―・・・

 

 昼食を食べ終わり、いったんドラゴンとは別れて俺はトレーニングルームに向かった。

 理由は簡単だ―――

 

「まさか君の方から手合せを申し込んでくるとは思わなかった―――まあ、願ったり叶ったりで俺としても得しかないけどね」

「現状の俺たちの実力を互いに図るにはこれが一番手っ取り早いからな」

 

 ……そう。

 ロキとの戦いに向けて、白龍皇・ヴァーリとの連携や実力を知るためにこいつと模擬線をするためにここにいる。

 以前ヴァーリと戦った時は俺も冷静ではなかったことと、そしてこいつの急成長を肌で感じたいからだ。

 

「この施設の強度を考えて、魔力を使った戦闘はなしだ。全部神器と肉体の力だけでの戦闘。術関連にめっぽう強いロキを相手にするなら、最初から肉弾戦が手っ取り早いからな」

「なるほど、実に建設的な考え方だ―――で?そろそろ良いかい?」

 

 ……するとヴァーリは口元を緩ませて、ニヤリと笑う。

 奴からは殺気に似た異様な威圧感を感じ、俺は不意に一歩後ずさった。

 

「正直、君との戦いをこんなところで楽しめるなんて思ってなかったからね―――先ほどから、体が武者震いを起こして仕方ないッ!!」

「……戦闘狂が―――まあ良い」

 

 そして俺とヴァーリは同時に神器を禁手化させ、互いに赤い鎧と白い鎧を身に纏った。

 

「全てを用いて全力で戦えないことが悔やまれるが、まあ贅沢は言わない―――存分に楽しませてもらおう、兵藤一誠!!」

「勝手に楽しんどけ!」

『Accel Booster Start Up!!!!!』

 

 俺は瞬時にアクセルモードを起動させ、倍増の力を更に加速させる。

 これにより音声は更に小刻みになって超音波のように音が聞こえなくなり、そして倍増が加速して俺の力が大幅に上がった。

 

「まずはアクセルモードか……ッ!面白い!」

『Half Dimension!!!』

 

 するとヴァーリはいきなりハーフディメンションを使い、辺りの物を全て半分にしていく。

 室内の面積すらも半分にしていき、俺の行動スペースを狭めるってわけか。

 なるほど、まずは何が何でも俺に一撃当てるって魂胆だろう……だけどそんなものは関係ない!

 

「アスカロン、投射!!」

『Blade!!』

 

 俺はヴァーリに向けてアスカロンを籠手から速射した。

 目では追えない速さで投射されたアスカロンをヴァーリは避けるも、腹部辺りの鎧に掠ったようで、その辺りの鎧が消失していた。

 アスカロンは壁に勢いよく突き刺さり、俺は背中に生えるドラゴンの翼と噴射口を利用して一気に加速する!

 

「なるほど、多彩さが君の強みの一つだったね―――ならば」

『Capacity Divide!!!』

 

 ―――次の瞬間、俺は速度を失った。

 キャパシティーディバイド。

 対象者の『容量』を半減し、容量の中に入っていた力を飽和させるヴァーリの新しい技。

 なるほど、倍増のエネルギーの容量を半減し、今その力を使っていたところ。

 つまり翼と噴射口に集めた倍増のエネルギーを飽和させ、速度を強制的に遅めたのか!

 随分と応用の利く技のようだな!

 

「だけど速度を遅めても、まだパワーは健在だ!」

「それを俺が見極められないとでも?」

 

 

 俺は速度が遅くなった状態のまま、ヴァーリと肉弾戦に突入する。

 今は以前の闘いの時にあった恐怖心もない上に冷静さもある。

 ヴァーリを見極め、最小限の動きで最大限のダメージを与える。

 それがロキとの戦闘でも繋がる!

 ヴァーリからの足技……回し蹴りから翼を利用した空中の連続の蹴りを、俺は拳でいなす。

 打撃の威力を逃しつつ、俺は倍増の力を腕に込め続ける。

 するのはカウンター。

 そしてヴァーリの思考を先読みすることが重要だ。

 

「これでも蹴りを鍛えていたんだが―――それではこれならどうだ」

 

 するとヴァーリは背中の粒子のような翼を織りなし、翼による打撃を与えようとしてきた。

 翼ならこっちも翼だ!

 俺は背中のドラゴンの翼を大きく開き、更に悪魔の翼をも織りなしてヴァーリの打撃と真正面から迎え撃つ。

 ……っと、そこで今まで飽和されて消えていた速度が元に戻る感覚に囚われた。

 ―――時間制限はあるようだな。

 

「さあ、これで終わりだ―――アクセルモード、フル稼働」

『Accel Full Boost!!!』

 

 俺はそれを見計らい、アクセルモードの限界値まで倍増を加速させ、更にそれを全て速度に還元。

 左腕に溜めていた倍増の力も解放し、速度でヴァーリを翻弄する。

 ……が、ヴァーリはその速度に追いついていた。

 

「速度は確かに君の方が早いが、一応旧魔王の血を継いでいるからな……これでも基礎の能力は元人間の君よりも遥かに上だ」

「なるほどな……だけど神器と限りなく同調しているのは俺だ―――行くぞ」

 

 元の基礎的な身体能力が俺を凌駕しているヴァーリと、神器との同調……つまりより神器を使いこなしている俺との絶対値のどちらが上か。

 フェルの力を使わず、純粋にドライグの力のみでどっちが強いかをはっきりさせないとな気が済まない。

 ヴァーリは更に異常な枚数の、悪魔としての翼をも展開して更に速度を上げる―――魔力を使って翼を強化し、速度を上げたか。

 速度はほぼ互角……いや、一瞬の爆発力を考えれば有利なのは俺か。

 だけどヴァーリの攻撃が一撃でも当たれば俺はすぐさまに半減させられる。

 それに加え、どのように発動するか分からない容量半減の「キャパシティーディバイド」まであるとなると……フェルの力を使わないと、正直勝てる気がしないな。

 五分五分……今のところはそこが妥当だ。

 ―――いや、一つだけ忘れていたな。

 

「これで一撃だ、兵藤一誠!」

 

 ヴァーリは拳を構えた瞬間、更に背中の噴射口から魔力をブースター代わりにして一瞬で俺の前に飛んでくる。

 その速度に俺は一瞬、反応が遅れた。

 ……俺の立つ場所は壁際。

 ―――瞬間、俺は後ろに手を伸ばし、あるものを掴んでそれを思い切り振った。

 

「なっ……ッ!」

「―――悪いが、前代赤龍帝の”経験”を勘定するのを忘れてた」

 

 ……俺はアスカロンでヴァーリの懐に向かってカウンターのように剣を振り抜き、そう呟いた。

 ヴァーリの鎧は完全に切り裂かれ、その切り口から少しばかりヴァーリは血を流す。

 聖剣の影響はハーフ悪魔のヴァーリでさえも結構な傷を与えたようだ。

 俺は瞬時に籠手にアスカロンをしまう。

 

『Transfer!!!』

 

 更に倍増のエネルギーをアスカロンを収納している籠手に譲渡して、聖なる力を大幅に倍増させ、拳をヴァーリに向けた。

 

「これでチェックだ」

「……ははは。さすが、抜け目がない。最初に放ったアスカロンは最後の切り札だったというわけか。全く以て隙が無い―――だがまだチェック。チェックメイトまでには至っていない」

『Capacity Divide!!!』

 

 ヴァーリは突如、キャパシティーディバイドを使う。

 だけど俺には何の変化もなく、俺はそのままヴァーリに拳を奮おうとした―――その時、俺は動きを止めた。

 

「―――マジかよ、おい……ッ!!」

 

 ……嘘だろ、この息苦しさは。

 ………………まさかとは思ったけど、これは!

 

「―――室内の空気量の容量を半減。そしてここからは」

『DivideDivideDivideDivideDivideDivide!!!!!!』

「……酸素を半減しよう」

 

 ……息苦しい理由はこれか!

 酸素を失えば、元人間の俺は活動の余裕をある程度失くす!

 悪魔になって強化されたとはいえ、それは変わらない!

 だけどヴァーリは元が悪魔と人間。

 無酸素運動をある程度は出来るってわけか!

 ならさっさと決める!

 俺は先ほど止めた拳を一気にヴァーリへと向かって放つも、対するヴァーリも俺へと蹴りを放っていた。

 ―――ヴァーリの蹴りは俺へと、俺の拳はヴァーリへと直撃した。

 

「くっ……」

「はぁ、はぁ…………引き分けが、妥当か―――いや、一撃貰ったことを考えれば、ヴァーリの方が一手勝ちか」

 

 ヴァーリは聖剣の力が篭った拳を直撃したからか、鎧は解除されその場に座り込んだ。

 対する俺は酸素が足りずに息を切らし、肩で息をする。

 ヴァーリの力の影響は既に室内になく、ハーフディメンションによる室内の大きさの半減も元に戻っていた。

 ……最後の一撃、俺はヴァーリからの攻撃を受けた。

 つまりヴァーリによる半減の対象となっていた―――となれば、あれから不利になっていたのは間違いなく俺だ。

 聖剣のダメージの分を差し引いてもこの結果は揺るがない。

 

「……いや、残念なことにアスカロンのダメージが思った以上に大きいものでね。良くて引き分けだ―――赤龍帝だけの力でこれとは、まだまだ壁は大きいな」

 

 ヴァーリはそう言うがどこか嬉しそうな顔をしていた。

 ……ヴァーリは俺をライバルと言っている。

 俺が強くなればこいつもまた喜んでいる節がある―――いや、それは俺もか。

 何だかんだで俺もヴァーリの成長を喜んでいる。

 あの時よりも確実に、格段に強くなっている。

 何ていうんだろう……アルビオンを使おうとしているんじゃなくて、アルビオンの力を理解して戦っている。

 俺はこの模擬戦でそんな印象を感じた。

 

「本当ならば魔力込みの本気の戦闘をしてみたかったのだけどな。まあそれはロキを下してからの機会を待つとしようか」

「好戦的な目をしながらそう言っても、説得力がねえよ」

 

 俺は室内の片隅に置いてあったスポーツドリンクを手に取り、ヴァーリにそれを投げ渡した。

 

「……そういえば、俺は君に聞きたいことがあったな」

「聞きたいこと、か?」

 

 するとヴァーリは突然そんなことを言った。

 ヴァーリが俺に聞きたいことがあるっていうのには驚きを持たずにはいられないけど……なんだろう。

 

「ああ。これでも君の過去を聞き、そして白龍皇だからね。アルビオンからも知識を得ている―――で、だ。君は自身を復讐者と呼ぶ。君の大切だった存在、ミリーシェという歴代最強の白龍皇を殺した存在が確実にいる……俺はそのことに関して興味を持っているんだ」

「……復讐者、か……」

 

 俺はヴァーリの言葉を聞いて、以前にあったコカビエルとのいざこざの時に祐斗との会話を思い出した。

 ―――明確な復讐の対象。

 俺はあの時、祐斗には明確な復讐の対象が存在していることがマシということをあいつに言った。

 その意見は今も変わらない。

 ……ヴァーリの聞きたいことはその辺りなのか?

 

「……俺にも、憎んでいる存在がいる。この世でただ一人だ。だからこそ、もしかしたら君に共感を持っているのかもしれない―――故に聞きたい。君はその復讐の対象に復讐を果たした……その後、何のために生きたいかということを」

「……………………また、突き詰めたことを聞いてくるもんだな」

 

 俺はヴァーリの言葉を聞いて、不意に苦笑が漏れた。

 ……復讐の対象に復讐を果たした後のこと、か。

 そんなこと、考えたことすらなかったな。

 何せ復讐の対象……ミリーシェを殺した黒い影の正体もはっきりしていない。

 それこそ影すらつかめていない。

 

「……分からない。ただ―――俺の復讐の気持ちと、仲間を大切に想う気持ちに嘘はないし、優劣もない。だから俺はたぶん」

「…………君がそう言うのはごく自然なことか。愚問だったな、兵藤一誠」

 

 ……ヴァーリは薄く笑う。

 こいつは俺がどんな答えを言うのかなんて初めから分かっていたんだろう。

 ―――ヴァーリにも恨みを持つ対象が存在している。

 今はそのことに対しては俺は突き詰めない。

 

「……俺は決めた。仲間を、大切な人を二度と失くさないって。そんでもってヴァーリは俺の大切な存在を救ってくれた…………だからもしお前が何かに苦しんでいたら俺は―――お前だって救って見せる」

「………………君は本当に馬鹿だな。敵であり、ライバルである俺を救うなんて。俺はこれでも禍の団の一員だぞ?」

「そんなものは関係ない。それにお前は黒歌を助けた時、俺に言ったはずだぜ?―――好敵手(ライバル)って。宿敵じゃない……だからお前は俺の」

 

 友達だと思っている……そう言った瞬間、ヴァーリは目を大きく見開いた。

 俺は嘘なんて言ってない。

 確かにこいつは当初、俺の仲間を殺そうとしたり世界を滅茶苦茶にしようとしていた。

 だけど俺はこいつと……戦闘マニアの癖に、どっか優しい性質を持っているヴァーリと関わっている内に、どこか親近感を持っていたんだ。

 だからこいつが共闘しようと言った時、頭に一緒に戦うビジョンが自然と浮かんだ。

 ……敵であろうと、一度全力で拳を交えた。

 俺の大切な存在を何度も救ってくれた。

 だからヴァーリは俺の……友達だ。

 

「……可笑しいな。俺に……友達なんて必要ない」

「友達は必要なんじゃない。きっと……いつの間にか、友達なんだ。俺はそれを馬鹿で最高な親友に教えて貰った」

 

 ……松田と元浜。

 最初、距離を置いていたのにも関わらず何度も何度も諦めず俺に近づいてきた、俺の大切な親友。

 掛け替えがなくて、絶対に守る対象。

 あいつらは俺に友達っていう概念を、大切さを初めて教えてくれた。

 ……ヴァーリは、昔の俺に似ている。

 何でも一人でこなそうとして―――そして変わり始めていた俺に。

 一人での限界を知って、孤独さを知って……だから分かり合いたい。

 こいつを宿敵なんかで終わらせたくないんだ。

 

「ヴァーリ。俺はお前にだって手を伸ばす。今回、お前が共闘をしようと言ってくれたように、俺もお前の力になる―――だから握手だ!俺はお前の友達になりたい!だから……その第一歩を踏みたいんだ」

「…………その手を取って、何が変わる?」

「少なくとも、俺は心強いと思うぜ?お前が望むなら、いつかお前とまた喧嘩をしてやる。だけどそれは殺し合いじゃない……果し合いだ。戦って死ぬのがお前の本望かもしれないけど、そんなことはさせない―――お前を白龍神皇になって死ぬのがお前の夢ならば、俺はお前の上に常に存在してやる」

 

 俺がそう言った時、ヴァーリは再度目を見開いて―――

 

「―――くっ、あはははははは!」

 

 そして可笑しそうに笑った。

 だけどそれは嘲笑でも、普段の苦笑いでもなく……本当に純粋に、可笑しそうに。

 心の底から笑っているように感じた。

 

「ふふっ……そうか、やはり君は面白い。そうか、君がそんなんだからアザゼルも変わったのか……だがまさか君がアザゼルと同じ事を言うなんてね。だが……不思議と面白い!まさか戦いと同じくらい面白いことがあるなんて思いもしなかった!」

 

 そしてヴァーリは純粋に楽しそうに、目を明るくさせながら……俺の手を取った。

 

「君と友達になったら、もっと面白いものを見せてくれるか?戦いよりも面白いものがあるとするならば、俺は……白龍神皇になったとしても、この世界で生きていたいと思うよ」

「……ああ。お前にこの世界の面白さを教えてやるよ。それが友達ってもんだ―――この手を取ったら、お前はもう俺の守るべき対象だ。俺は大切な存在は何があっても守る…………それがたぶん、ミリーシェが好きだった俺だからな」

 

 ……最後の言葉はヴァーリには届いていない。

 だけどその時、俺の胸には何か温かいものを感じた。

 

「……兵藤一誠。ロキとの戦い、楽しみにしているよ」

 

 ヴァーリは不敵な笑みを浮かべながら足元に魔法陣を展開し、そして光の粒子となってその場から消えた。

 ……ああ、俺もお前と共に戦うことを楽しみにしているよ。

 俺は声に出さずにその言葉を思い、そしてその場から去った。

 ―・・・

 

 ヴァーリとの事柄を終え、俺は自分の部屋でベッドに寝転がっていた。

 あいつとの戦闘は疲れた上に、その前のドラゴンファミリー騒動で結構な体力を持っていかれている。

 ってことで今は休憩中だ。

 騒がしいのも良いんだけど、偶には一人でのんびりするのも良いものだ。

 と言ってもドライグとフェルは常に俺と共にいるから、一人とは言い難いんだけどな。

 

『まあそう言ってくれるな。今の相棒の状態は、あの時の最悪の状態から幾分はマシになった』

 

『考えてみれば覇龍を発動し、ロキには心を崩壊させられ、そして真実を全て話した……まるで主様は試練の連続を味合っていたものですから。疲れるのも当然です』

 

 ……試練の連続、ね。

 確かに俺が怒りに身を任せ、覇龍を発動してから俺の世界はガラリと変わってしまったのかもしれないな。

 それまで隠していたことを少しずつ皆に知られ、そして最終的に全てを話した。

 ……仮にこれが試練なら、乗り越えないといけないんだ。

 

『難しく考え過ぎだ。今までの相棒なら、考えることなく解決という形でやってのけた……ただそれだけだ。相棒にとって、こんなものは試練でも何でもない』

 

 ドライグはそう言うが、でも構えないといけないと思う。

 もうこれは俺だけの問題じゃないんだ。

 皆は俺のことを知っている以上、俺は考えて、考えて……考え抜いて答えを出さないといけない。

 じゃないと本当の仲間とは言えないんじゃないかな?

 

『……主様だからこそ、その結論に至るという事ですね。ならばドライグ、わたくし達はそんな主様について行くしか出来ないのです』

『それが最後まで戦うと誓った答え、か―――単純で良い』

 

 ……その上で俺は戦い抜くと二人に誓った。

 迷わないさ。

 もう―――絶対に。

 その時だった。

 コンコン……室内にささやかなノック音が聞こえた。

 

「……ん、アーシアか?」

 

 俺はささやかなノック音をアーシアと認識し、扉に近づいて行った。

 そしてドアノブを握り、扉を開けた。

 

「……御機嫌よう、イッセー。気分はどうかしら?」

 

 そこには秋用の清楚な朱色のワンピースを身に包んだ部長がいた。

 朱色と白色のチェック柄で凄まじく部長に似合っているのもそうなんだろうけど……部長の様子がいつもと大分違っていた。

 

「部長でしたか……ノック音が控えめで、アーシアと思いましたよ」

「ふふ。そうね……ちょっとアーシアを真似してみたわ―――入っても良いかしら?」

「ええ、大丈夫ですよ」

 

 俺は頷くと、部長は俺の部屋に入っていき、ストンとベッドの上に座った。

 ……そして自分の隣のスペースに座れと言うように、微笑みを浮かべながら手でベッドの上をポンポンと叩いた。

 

「隣に座って貰っても良い?」

「それは構いませんが…………どうしたんですか、部長」

 

 俺は部長の隣に座ると、まず最初にそれを聞いた。

 ……今の部長はなんて言うんだろう。

 儚いっていうか、静かっていうか……とにかくいつもと全然違う。

 目元には少し隈が残っており、でも表情は何かを決心したような表情だ。

 ……そういえば、ロキ対策の会議の時も部長はどこか沈んだような顔をしていた。

 だけど今は決心のついたような顔をしている……ってことはつまり、部長の中でそれは解決した。

 だからここに来たんだろうか。

 

「……ふふ。イッセー、さっきから私の顔ばかり見ているわよ?」

「そ、そんなことはないですよ?ただ部長がなんかいつもと違うなって思って……」

「ええ。確かにいつもと服装も違うわね。あと勝負下着もすごいのを履いているわよ?」

「―――聞いてませんけど!?」

 

 部長は俺をからかうようにそう言う……が、束の間、すぐに真剣な表情になった。

 

「ええ、だってそのつもりで来たの―――ねえ、イッセー。あなたは私に昔、このベッドの上で叱ってくれたよね」

「それってもしかして……ライザーの一件の時の」

 

 俺は部長が突然部屋に現れ、処女を奪ってと言った時のことを思い出した。

 あの時は部長が普通じゃなかったことと、自分を蔑ろにしたことで確かに怒りはしたけど、でもなんで今、そのことを……

 

「あなたはあの時、好きでもない男に抱かれるのはダメだって言ったでしょ?……だったら、今の私はどうなのかしら」

「ちょ、部長!?」

 

 部長は頬を赤く染めながら、ワンピースの裾をたくし上げた。

 そして俺を肩を掴み、ベッドに押し倒して……って、なんなんだ?

 どうして部長はこんなことをして……

 

「本気よ。私は本気でイッセーに抱かれたいの…………好きだから。大好きだから」

「な、なんでいきなりそんなことを……」

「……いきなりじゃないわ。言ったじゃない、イッセー。私の体も処女も心も想いも…………全部あなたのものなんでしょ?」

 

 ……確かにあの時、婚約会場に乗り込んだ時に演出のためにそんなことを言った。

 言ったけど……それを今言われるのはズルい。

 ……ズルいのは俺だ。

 大切なことを、責任なんて考えずに利用した。

 そして今はそれを有耶無耶にしようとしている。

 ―――俺は決断しないといけない。

 いつも優柔不断で居たから、誰にでも良い顔をしようとしたから。

 例え叩かれたとしても、嫌われたとしても。

 責任を取らなければならない。

 部長が今、こんな行動をしているのも……ずっと部長の想いに応え続けていたからだ。

 だけど俺の想いはもう決まってしまったんだ。

 だから―――

 

「―――俺には……大切な存在がいるんです。ずっとずっと……前から」

 

 そう、言った。

 

「……それはアーシア?それとも―――ミリーシェさん?」

「…………どちらも、です」

 

 俺は最低だ。

 ミリーシェへの想いも消えていないのに、アーシアの好意に応えてしまった。

 朱乃さんは俺のことを優しいと言っていたけど、そんなことはないんだ。

 優柔不断という言葉の中には優しいという言葉がある。

 朱乃さんは俺にそう言ってくれた。

 だけどもう優しさなんて見せてはダメなんだ。

 

「俺はずっとミリーシェが好きで……でもミリーシェは殺された。それでこの町でアーシアに出会って、アーシアの優しさに少しずつ惹かれた―――俺って、自分では一途とか思っていたんですけどね。でもミリーシェを愛しているのと同じくらい、アーシアのことも愛していて……それに加えて仲間のことも大好きなんです。でもいつまでもこんなことをしていても誰も幸せにならない………………だから」

 

 もう、今言うしかないんだ。

 例え傷つけても、俺は言わないといけない。

 ―――それが俺の答えなんだ。

 

「―――俺は部長の気持ちには応えられません」

「………………………………」

 

 部長は俺を押し倒しながら、無言になる。

 ……何をされても、俺は受け入れないといけない。

 それが中途半端に好意を受け入れていた俺への罰だ。

 俺は目を瞑った。

 

「……そう、イッセーは最低ね」

 

 ……どんな言葉も受け入れる。

 

「女たらしで、自分の中に何でも溜めこんで……ずっと自分のことを何にも言ってくれないし……ホント、どうしてイッセーはイッセーなのかしら」

 

 ……でも部長の声音は怒っている様子もなく、すっきりとしたような声音だった。

 俺は恐る恐る目を開いた。

 ―――部長は……笑っていた。

 少し目元に涙を溜めながら、だけど満面の笑みだった。

 

「でもどうしてかしら……そんな汚いイッセーを見ても…………どうしようもないくらい、イッセーのことが好きなのよ……ッ!」

「部長……ごめんなさ―――」

 

 俺は最後まで言うことが出来なかった。

 部長は……俺へとキスをした。

 深くて深くて……舌まで入りそうなキス。

 俺は突然のことで避けることも出来ず、押し倒されたままキスをされ続けた。

 そしてふと冷静になって部長の肩を掴み、そして勢いよく離れる。

 ……俺は部長を拒否した。

 なのに部長は……どうして

 

「……私はずっとイッセーの事をヒーローとしてしか見ていなかった。いつも仲間を守って、私にも優しくしてくれる……綺麗な部分ばっかりを好きになって、あなたの醜い部分から目を背けた最低な女だった―――だけど、これで本当の意味であなたを好きになれた」

 

 部長は目元の涙をぬぐいながら、指で唇に振れる。

 俺の顔はあり得ないくらいに熱くて、胸の音が嫌なほど聞こえる―――ドクンドクンと、鼓動があり得ない位に激しかった。

 

「……私、リアス・グレモリーはあなた、兵藤一誠を生涯愛することを決めたわ―――フラれちゃったけど、諦めない」

「だけどそれじゃあ部長が報われない!!そんなのは駄目です!!あなたは幸せにならないとダメです!!」

「あら?私の幸せを勝手に決めないでくれる?それに―――もう敬語は要らないわ。あなたと私は対等。リアス……そう呼んでくれると、私は嬉しい!」

 

 部長は何かから吹っ切れたようなほど眩しい笑顔でそう言った。

 ……朱乃さんは言っていた。

 女の子は一番になりたいと思う気持ち以上に……好きな人に想われたい気持ちがあるって。

 

「イッセー。私は諦めないわ。確かにフラれたけど、だけど私は自分の魅力であなたを好きにさせてみせる。貴方を絶対に受け入れる。だから―――呼んで?リアスって」

「―――ッ!!」

 

 …………まさか、部長が考え込んでいたのは―――俺のこと?

 ずっと俺のことで悩みこんで、そしてワザとフラれて……自分の想いに整理をつけたのか?

 俺の過去を知って、それで自分も悩んでいるのに俺のことを大切に考えて……確かに俺は部長に自分の綺麗な部分しか見せてこなかった。

 だからこそ醜さを受け入れるなんて無理なことなのに……この人は―――リアスは受け入れてくれたのか?

 

「ここ数日、ずっと考えてたの。どうしたらあなたと向き合えるだろうって……結局、真っ直ぐに向き合うしかなかったんだけどね?」

「………………そっか。そうだよな―――俺の王様が、自分の眷属を放っておくわけないもんな!」

 

 ……ったく、この人は自分を最低とか言っていたけど、全然そんなことはない。

 ―――優しいから思い悩んで、自分の失敗を後悔することが出来るんだ。

 ……ああ、幸せだ。

 俺は心からそう思った。

 …………だからこそ

 

「―――こんな俺だけど、よろしく頼むよ…………リアス。仲間として、眷属として」

「ええ、こんなイッセーだけどずっと想い続けるわ……それが良い女の条件だもの!…………ただ最後の付け加えは距離を感じるけどね」

 

 ……晴れやかな笑顔だった。

 ―――これが本当に正しいなんて俺にはわからない。

 っていうか俺の愚かさはなんの解決もしていない。

 だけど…………この人が笑顔なら、それでいい。

 きっといつか、更に決断しないといけなくなる。

 

「…………イッセー。朱乃のところに行ってあげて」

 

 ―――すると部長は突如、声音を真剣なものに変えた。

 

「今、朱乃は私と同じで答えを出しているの―――あなたに朱乃の答えを見届けて欲しい。じゃないと不公平でしょう?」

「…………リアスらしいな」

「そうでしょ?…………朱乃は屋上の菜園にいるわ。だけど決して朱乃に話しかけてはダメ。気付かれてもダメ……見守ってあげて。私の親友の答えを」

 

 ……俺はリアスの言葉に従い、頷いて部屋から出ていった。

 ―・・・

 

『Side:リアス・グレモリー』

 私、リアス・グレモリーが全てのことをイッセーに吐露し、そしてイッセーに朱乃のところに行くように指示した。

 ……だけどその時の私の気持ちは、実は朱乃のことを思ってのこと以外に、理由があった。

 

「ふふ…………男の子からの告白をフッたことは何度もあるけど……フラれるのって思った以上にキツイわね……」

 

 ―――正直に言えば、これ以上涙を抑えることが出来なかった。

 好きな人にフラれることを覚悟して今回の行動に出て、結果思惑通りフラれた。

 それでアザゼルとの会話以降、考え続けたモヤモヤは驚くほどに晴れやかにはなった……けど一人の女の子として、やっぱり悲しい気持ちがあった。

 

「ホント、自分ながら思い切ったことをしたものね…………でも、キスはするつもりはなかったけど……」

 

 気付いたらしていた……なんて言い訳、たぶん眷属の皆が聞いたら納得しないわよね。

 ―――っとその時、いきなり部屋の扉が開いた。

 

「あら、イッセー、戻って来たの?ダメよ、言ったことは守らないと―――」

 

 私はそれをイッセーだと思い、涙を拭って迎え入れようとした……けど、そこにいたのはイッセーではなかった。

 

「……部長さん」

「…………アーシア」

 

 ―――そこにいたのは、アーシアだった。

 そしてアーシアの表情は少し悲しげで、それを見て私は納得した。

 

「……そう、あなたは私とイッセーの会話を聞いていたのね」

「ご、ごめんなさい!その……部長さんがイッセーさんのお部屋に入っていくのを見て気になって……盗み聞きなんてみっともない真似をして……」

「ふふ……そうね、あまり褒められたことじゃないけど―――別に何とも思っていないから、気にしなくていいわ」

 

 私はいつものように涙など見せず、アーシアの前で眷属の『王』であろうとする。

 

「…………どうして、部長さんはそんな顔をしていられるんですか?」

 

 ―――だけどその見栄は、驚くほど簡単にアーシアに見破られた。

 

「な、何を言っているのかしら、アーシアは……私は決断して、フラれて、やっと一歩踏み出せるのよ?なのにどうして……」

「……ならなおさら、泣かない方が可笑しいです―――部長さんはどうして涙を堪えるんですか?どうして……好きな気持ちを伝えて、受け入れて貰えなかったのに……我慢するんですか?」

 

 ……私はアーシアにそう言われ、少しだけ表情が変化していった。

 

「……そうね、正直言うと今すぐにでも泣きたいわ―――でもそれを好意を受け入れて貰ったアーシアに言われるのはちょっと私でも無理よ」

「……そうですよね。自分でも部長さんに対して無神経なことを言っているのは理解しています…………―――でも私は我慢することの辛さを知っています」

 

 するとアーシアは私の手をギュッと握った。

 

「魔女だと罵られ、差別され、一人ぼっちだった時も私は仕方ないこと……神の試練と自分の心に嘘を付いて、我慢して笑顔のしたで泣いて……でもそんな私を心から泣かせてくれる人と出会いました―――私はその人に憧れて、好きになりました。だから私はあの人…………イッセーさんのようになりたい」

「……アーシア」

 

 私はアーシアの名前を呟く。

 ……彼女は誰よりも早くイッセーのことを理解して、分かろうとして……そして誰よりも早くイッセーのことを好きになった。

 

「泣きたいときは泣いても良いのです。一人で溜めこんだら、きっといつか崩れる―――だから私の胸で泣いてください」

「……ダメよ、ここで誰かに甘えれば、私はいつまで経っても強くなれないの!イッセーのことも、眷属のことも理解出来ないような『王』なんて嫌なの!!」

「……そんなことないです―――だって、今、そうやって考えることが出来ているんですから」

 

 するとアーシアは私を包み込むように抱きしめた。

 ……自然と私の瞳からは涙がこぼれた。

 

「……私にとって、部長さんも眷属の皆さんも……イッセーさんのことを好きな人は全員ライバルです…………でもそれ以上に仲間、なんです。だから―――今は甘えてください!いつも私は誰かに甘えているんですから!」

「……ズルいわ、アーシア……それじゃあまるで―――イッセーじゃない……ッ!!」

 

 今一瞬、アーシアとイッセーが重なった気がした。

 その瞬間、私が止めていた涙がこぼれて、アーシアの胸を濡らす。

 

「悲しいに、決まってるじゃない……ッ!好きな人に断られて、キスだっていつも私の方からばかりで!!そんなの、嫌よ……ッ!うぅぅ、うわぁぁぁぁぁぁ―――……」

 

 私はアーシアの胸で泣き続けた。

 恥ずかしいくらい、ここまで泣いたのは本当に久しぶりなくらい。

 アーシアは無言で私を抱きしめ続けてくれた。

 ―――進もう、前へ。

 もう後腐れがないくらい涙を流した。

 イッセーのことは何があっても諦めない。

 だって好きな気持ちには理屈なんてないもの。

 だから……アーシアがいるところへのスタートラインにようやく立てる気がする。

 私はそう思ったのだった。

『Side out:リアス』

 

 ―・・・

 

 ……増築された兵藤家の屋上は家庭菜園のスペースになっており、更に日光浴や日向ぼっこが出来るようにと椅子や机などの物まであったりする。

 俺は音のするエレベーターは使わず、階段を使い静かに屋上に来て……そして目当ての人影をすぐに発見した。

 でもそれは一つではなく―――二つ、だった。

 一人は部長が指示を出したように朱乃さんで、そしてもう一人は―――バラキエルさんだった。

 

「……そっか、リアスが言っていた朱乃さんの決意ってのはこういう事か」

 

 俺は物陰に身を隠しながら二人を見続ける。

 雰囲気は決して良いものではないものの、特に荒れている模様もない。

 ただ向かい合って視線を合わせているだけだ。

 

「……こうして落ち着いてお話しするのは何年振りでしょうか、父様」

「……そうだな、朱乃―――私をここに呼んだ……いや、遅かれ早かれ、私もお前と話そうと思っていた」

 

 二人は会話を始める。

 ……朱璃さんとの再会で前に進む決心をした朱乃さんと、父さんとの邂逅により目を覚ましたバラキエルさん。

 結局のところ、この二人がどうにかしないとどうにもならないんだ。

 そこに俺の関与する余地なんてない。

 こうやって見守ることしか出来ない―――でもなんでだろうな。

 俺の心の中には心配なんてものはなかった。

 

「……朱乃、正直に言おう―――俺はお前の気持ちなど、何一つ考えていなかった」

「……ッ」

 

 バラキエルさんは開口一番でいきなり爆弾を放り込む…………朱乃さんはその言葉で、遠目でだけど表情が少し歪んだ。

 

「死の淵から救われた朱乃と朱璃……そんなことをやってのけた男の子のことに対して特別な感情を抱くなど当たり前のこと―――ただ私はそれを理解できず、お前のことだけを考えた結果、お前と決別させるような言葉を言ってしまった」

「……ええ、覚えていますわ。今もずっと……」

 

 ……ただ俺を探すがために時間など関係なしに何日も、何か月も、一年以上に渡って無茶をした朱乃さん。

 それを止めるために朱乃さんの想いを消すためにバラキエルさんは、俺には探すほどの価値のある男ではない、そんなことを言って大喧嘩になり、そして朱乃さんは家を出たと言っていた。

 

「……許してもらおうなんて思っていない。私は良く事態を理解していない上に、お前たちを救うことも出来なかった―――そう、私は悔しかったのだ。私が出来なかったことをやってのけた、朱乃と同い年くらいの男の子に嫉妬した……最低な親だったんだ」

「…………それを私に言って、どうなるんですの?そんなこと、分かるわけないですわ!!そんなの……」

「ああ、その通りだ。ほとんど私が悪い……あの時、お前が私達の前から消えようとした時……私はお前を止めることが出来なかった。ただ見ることしか……出来なかったんだ……ッ!!」

 

 ……バラキエルさんは自分の本心を漏らした。

 それは本音であり、何よりも自分のしたことを悔いているようにも聞こえた。

 朱乃さんはそれで一人ぼっちになって、色々なことがあって悪魔になった。

 

「すまない……ッ!!本当、すまなかった……ッ!!私は大切な娘を一人にして、何もしなかった薄情者なんだ……ッ!!」

「……父様」

 

 朱乃さんは地面に頭を擦りつけ、土下座という形で謝り続けるバラキエルさんに対して焦るような表情で見ていた。

 ……あの人がここまでの決心をして、ただ頭を下げている。

 

「許してくれなんて甘いことは言わない!ただ……俺はお前の帰る居場所でありたいッ!!いつでも笑顔で迎え入れることの出来る、心休まる居場所で居たいんだ!!」

 

 そして自分の願いという本音を、真っ直ぐにぶつける―――親か。

 父さんはきっと、バラキエルさんに伝えたんだろう。

 家族はぶつかって初めて分かり合えるもので、衝突を恐れるなって。

 

「…………どうして、です」

 

 ―――その時だった。

 ……朱乃さんが、少しずつ表情を崩し始めていた。

 

「どうして、そのことをあの時、言ってくれなかったんです……ッ!最初は、困らせようと思っていただけですのに……ッ!どうして…………ッ!!!」

「あ、朱乃?」

「今更になってそんなこと、言わないで!家を出ようとした時、私は悲しかったの!父様は私を止めるほど愛していないって!!だからあの時、殺されそうになった時も助けに来てくれなかったんだって!!…………そう思ってしまうのは、しょうがないじゃない……ッ!!」

 

 ―――失念していた。

 ホントに、俺は馬鹿か。

 こんなの当たり前じゃないか……

 まだ二桁の年齢すらも迎えていない子供が、感情を完全にコントロール出来るはずなんてなかったんだ。

 自分の行動を否定されて、それでムキになって出ていこうとして……そしてバラキエルさんはそれを止めなかった。

 ……そういう発想になっても不思議じゃなかった。

 朱璃さんなら止めたはずだけど、でも朱璃さんはその時はきっと呪いのせいで直接その場に居合わせたわけではなかったんだろう。

 ……たぶん、前に朱乃さんが言っていた朱璃さんの制止を振り切って出ていったってのは、手紙とかそんな直接会わない手段でのことだ。

 それに加えて最終的に朱乃さんと朱璃さんの命を救ったのはバラキエルさんではなかった。

 …………諸々のことが重なって、朱乃さんはバラキエルさんの想いを受け取ることが出来なかった。

 

「一人になって、生きるために人として最低なことを何度もして、頭が可笑しくなりそうになって……ッ!そして私はリアスと出会って悪魔になった!!仮面を被り続けていたの!!」

「………………」

 

 ……いつものニコニコな笑顔。

 朱乃さんの笑顔にはそんな意味があったなんて、俺は知らなかった。

 あれは仮面で、今泣き叫びながら感情を吐き出しているのが本当の朱乃さんだ。

 

「分かっているの!本当に悪いのは、父様の気持ちも母様の気持ちも考えていなかった自分ってことくらい!!父様も私も、どっちも悪いってことくらい!!でも収拾がつかなかったの!一度張った意地を覆すことが出来なかったの!!」

「……そうだな。結局のところ、俺たちはその意地っ張りでこんな風になってしまったのだ」

 

 バラキエルさんは崩れ落ちる朱乃さんと同じ目線で、真っ直ぐな瞳で言葉を紡ぐ。

 

「……元通りになんてならないだろう―――いや、そもそも元通りなど望んでいない……そうだろう?朱乃」

「…………そうですわ。私は私の日常を守るために、父様を呼んだのですから」

 

 そして二人とも立ち上がり、落差があるものの視線を合わせる。

 

「……私にもう一度、機会をくれないか?」

 

 するとバラキエルさんはそう尋ねた。

 

「私はお前の父になりたい―――姫島朱乃の父である、バラキエルになりたい。堕天使も悪魔も何も関係なく、お前が自分のことを誇れるような親に……だから―――」

「……一つだけ、条件があります」

 

 すると朱乃さんは人差し指をピッと立てて、そう呟いた。

 

「いえ、条件とは言えないですわ―――お願い、です」

「……願い、か…………ああ、言ってくれ」

「……私に―――戦いを。堕天使としての戦い方…………雷光の本当の使い方を教えてください」

 

 ―――ッ!!

 俺は素直に驚いて……でも口元は笑っていた。

 だってこの言葉でバラキエルさんの願いに対する答えを出していたから。

 雷光を使う……つまり悪魔と堕天使の自分を受け入れる。

 要は―――父の血を受け入れる。

 バラキエルさんを受け入れる……暗にそう言っているから。

 

「私は母様のお蔭で、イッセーくんのお蔭でやっと自分の気持ちに整理をつけることが出来ました―――そして父様の本当の気持ちを聞いて、やっと父様との一件をどうにかしたいと思えるようになった……その上で、私は強くなりたいです。仲間を……一人で戦い続けていた最愛の人を守るために」

「…………ははは!!!なんだ……朱乃、しばらく見ない間にお前は―――強くなったな。朱璃よりも、私よりも……」

「ふふ……そうですわ。私は父様や母様が思っている以上に強いんです!」

 

 ……バラキエルさん。

 あなたはきっと気付いていないんだろう。

 そして朱乃さんも気付いていない。

 どうして俺がずっとこの二人に心配なんてものはないって思っていた理由を。

 俺が口をはさむ必要がないって思った理由を。

 

「―――だって朱乃さん、本当はバラキエルさんのことが大好きなんだから」

 

 俺は笑みを浮かべながら、二人に気付かれないようにそう呟いた。

 朱乃さんの心境はいつの間にか変化していたんだ。

 じゃなきゃ―――嫌いな相手に『父様』なんて言わないからさ。

 最初、朱乃さんはバラキエルさんのことを『あの人』なんて他人行儀で呼んでいた。

 でも朱乃さんの心が成長していくと次第に、朱乃さんはバラキエルさんのことを父様って言うようになった。

 ……だから心配はなかったんだ。

 ―――晴天の元、俺はようやく一つの終着点にたどり着いた親子を静かに見ていた。

 その光景…………何年振りに笑顔で居合える朱乃さんとバラキエルさんを。

 それを見ていると俺の心は温かくなっていったのだった。


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