ハイスクールD×D ~優しいドラゴンと最高の赤龍帝~   作:マッハでゴーだ!

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第8話 直面する真実

 ……俺は話していた。

 その場にいる全ての存在に。

 この場にいるグレモリー眷属、アザゼル、バラキエルさん、イリナ、ガブリエルさん、黒歌、チビドラゴンズ、そして挙句の果てにヴァーリチームにまで。

 ただただ全ての事を話していた。

 今まで俺がひた隠しにしていたことを。

 俺が前世の記憶を持っている前代赤龍帝だと言うことを。

 今なお忘れることの出来ない愛していた女の子……ミリーシェのことを。

 そして―――俺たちの歩んだ、末路を。

 少しずつ話していた。

 俺が話始めてからの皆はまるで信じられないような話を聞いているように目を見開いており、珍しいことにヴァーリまでもそんな顔をしていた。

 ……当たり前だ。

 こんな話、普通の感性があれば信じられるわけがない。

 だけど俺は話そうと決めた―――俺の全てをさらけ出し、そして戦うための覚悟(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)を。

 そのために俺は全てを話している。

 

「……到底信じられる話とは思っていない!だけど全部、本当に真実なんだ。俺は一度死んで、同じ赤龍帝として兵藤一誠になった。愛した人を失って、何もかも失って―――今まで生きてきたんだ。兵藤一誠として、手の平で守れる全ての存在を守ろうとしてきた」

「…………イッセーが、イッセーじゃなかった?―――ッッ!!」

 

 部長は不意にそう呟くと、口元を抑える―――ああ、確かにそういう見方も出来るよな。

 確かに本当の俺は兵藤一誠ではなく、名前も忘れたころの俺だ。

 それは何よりも事実であり、そして俺は何なのかが分からない。

 ……リリスが俺に言った通り、ある意味では俺は自分が何者かが分からない。

 得体のしれない何かにミリーシェを殺されて、怒りで覇龍を出して死んで、そして転生した。

 ―――本当の俺は、神器に宿っている激しい復讐を持つ『俺』なんだろう。

 あの復讐心こそが本当の俺なんだ。

 

「―――本当の俺は単なる復讐者なんだよ。俺はあいつを……大好きだったミリーシェを殺した存在を許せない復讐者……ただその負の感情が神器の怨念となって、俺は今の俺になっている。俺は……自分が何者かも分からないんだ」

「……イッセーさん」

 

 アーシアが泣きそうな顔をしながら俺の手を握ってくる―――アーシアは、俺の心配をしているのか?

 全部知ったはずなのに、それでも……

 

「泣かないでくれ、アーシア……俺は泣いてほしいから話したんじゃない―――アーシアのおかげでもあるんだ。俺がこの話をしたのは」

「でも……でもッ!!イッセーさんがこんなに辛いことを一人で背負っていたと思うと……ッ!!それも知らずに話せなんて言った自分が情けなくて……ッ!!」

 

 ……俺はアーシアを軽く抱きしめる。

 アーシアが俺に大切なことを教えてくれて、踏ん切りが付いたと思えばまた迷って……アーシアが前のデートの時に教えてくれた大切な事さえも忘れていた。

 皆が俺のことを大好きだという事、大切だってこと……なんだって受け入れてくれることを。

 アーシアは何一つ悪くない―――悪いのはこんなことになるまで話さなかった俺なんだ。

 アーシアの涙と同時に、皆がアーシアと同じような表情を浮かべる……止めてくれ、本当に俺は皆にそんな顔をしてもらいたくないんだ。

 皆に似合うのは笑顔だ―――それなのに、俺は何でこんな表情にさせているんだろう。

 

「―――俺は信じるぜ、イッセーの話」

 

 ―――その時、アザゼルはその場の空気を振り払うように、突然そう言ってきた。

 その顔は何かに納得したというべきか、すっきりしたような顔をしていた。

 

「ようやく全部が繋がった。なるほどな、その話が本当ならお前の行動、言動やら何もかもが繋がる」

「……何がだ?」

「―――お前が覇龍を何故そこまで嫌うのか。何故お前がエリファの絵を描けたのか、まるで何かに縛られるように何かを背負いながら守っているのか、前代赤龍帝と白龍皇の空白とか。ヴァーリと初めて戦った時、まともに戦えなかった理由が……そして何よりも―――何かを失わないためにするお前の自分を顧みない自己犠牲がな」

 

 ……その言葉を聞いて、皆はハッとしたような顔をした。

 ―――ああ、俺は失いたくないがために自分の事は全て無視して皆を守ってきた。

 アーシアを助けようと思った時は部長に「はぐれ」になってでも行くと言った。

 部長の時は一人で部長の想いを一緒に背負おうとして、本当なら処罰されかねないことをした。

 コカビエルの時は皆が死なないようにケルベロスを一人で相手にするとか言って、その後一人でコカビエルと戦った。

 ヴァーリの時も言い訳をごねて一人で戦った。

 そして極めつけは黒歌と小猫ちゃんを守るとき、死をも覚悟して二人の命を救おうとした。

 ……それからの戦い、旧魔王派共の時もこの前のロキとの戦いに至っても……俺は一人で戦おうとした。

 何かを守るために自分を傷つけて、強迫観念のように戦っていた……認めるよ。

 俺は守りたいと思うのと同時に、失う恐怖心から逃げたくて戦っていた。

 俺は―――ヒーローなんかじゃないんだ。

 俺は子供のヒーローなんかにはなれないんだ。

 自分の事も大切に出来ない奴なんか、ヒーローになってはいけない。

 ……本当になりたいなら、自分も皆も守れるような者。

 それをヒーローって言うんだ。

 

「……全部認める。アザゼルの言う通り、俺の行動理念は失わないこと。そのための行動が守ること。だから俺は―――戦う」

「……イッセー。さっきから気になっていたが、今のお前は凄まじく不気味だ。まるで何かに憑かれたみたいな顔をしているぞ」

「そうだな……覚悟したんだ。皆に俺は自分の事を話そうと。例え受け入れられなくても、信じて貰えなくても……不気味がられても話そうって」

 

 ……初めから信じてもらえるはずもないって思っていた。

 だけど俺は別に受け入れられなくても良い―――ただ、この機会を逃せばもう話せないと思ったんだ。

 

「不気味がるなんてありえない!!イッセー君、君は僕たちを信じていないのか!?」

 

 ……祐斗は珍しく、声を荒げて俺の肩を掴んでそう叫んだ。

 祐斗は確かに俺の闇の部分を誰よりも見てきたから、だからこそ受け入れてくれるかもしれないとどこかで願っていたかもしれない。

 だけどな?こんな話は例え家族でも信じて貰えないかもしれないんだ。

 ただ俺の家族は誰よりも俺のことを愛してくれていて、そしてずっとずっと俺を見守ってくれていた。

 そんなすごい母さんと父さんだったんだ。

 だけど皆が皆、そんなわけじゃない。

 皆を信じていないわけじゃない―――現に俺は信じたいんだッ!!

 皆が受け入れてくれるって……心のどこかでそれを望んでいるんだ。

 

「俺は…………信じたいんだ」

「ならば言うよ!!僕は君の言うことを全て受け入れ、信じる!!君が味わってきた過去!!失ってきた存在のことも、何もかも信じる!!だから僕を信じてくれ、イッセー君!!」

 

 祐斗の真剣な表情と、俺の肩を掴む強さが力む。

 ……祐斗は嘘なんて一つも言っていないだろう。

 こいつは俺を仲間と、親友と思ってくれている……それは俺も同じだ。

 

「……そっか。ありがと、祐斗」

「…………僕は君に救われた。だから次は君を救いたいんだ」

 

 祐斗は静かにそう言うと、俺の肩から手を離してさっきまで座っていたところに腰を下ろした。

 ……ありがとう、祐斗。

 今は心の底からお前を親友って言える気がする。

 はは……違う意味で俺のことを好きっていうの以外は受け入れるよ。

 

「い、イッセー!私は!!」

「……止めておきなさい、リアス」

 

 部長は俺に何かを言おうとしたが、それを静かに朱乃さんは止める。

 その声音はとても低いもので、そして部長と向き合った。

 

「今のリアスはとても冷静さがあるとは思えない―――私達は時間がいるわ。受け入れる、信じる以前に……この事はそんな簡単に結論を出してはいけない気がするの。特に私は……自分の問題すら解決できていないんですもの」

「…………朱乃」

 

 朱乃さんは悔しそうな顔をしながらそう話すと、ほとんど聞こえない声でバラキエルさんが朱乃さんの名前を漏らした。

 ……朱乃さんの言葉に悔しそうな顔を浮かべながら、部長は黙ってその場に座る。

 ―――朱乃さんの言う通り、そんなすぐに受け入れられるはずがない。

 ゆっくりでも良い……頭の隅でたまに考えるだけでも良い―――ほんの少しで良いから、考えて欲しい。

 それが俺の願いだ。

 

「―――なんでそんなにお通夜みたいになってるにゃん。考える暇もないよ?」

 

 …………その時、黒歌は嘆息しながらいつの間にか俺の横に来て、そして俺の腕にくっ付く。

 

「わ、黒歌~、大胆だねぇー」

「うっさいにゃん、スィーリス!ってか私のご主人様にくっ付かないでにゃん!!」

 

 何故か逆の腕にはヴァーリチームのスィーリスまでくっ付いていて、そして黒歌はその存在に火花を散らしている。

 ……っていうかヴァーリチームの中に見かけない人物までいるんだけど?なんか魔法使いみたいな恰好をした俺よりも年下っぽい女の子。

 初対面で俺の真実を知られるって……そんな考えを塗り替えるように、黒歌は高らかに声を上げた。

 

「―――私はイッセーに初めて温かさを教えて貰ってから、どんなことでも受け入れるって決めたにゃん。そこのホモに先陣切られたみたいで釈然としないけど、でも私は考える暇もなくイッセーに付いていくにゃん♪」

「っていうか、考え方からしたらすっごいカッコいいよねぇ~。失いたくないから、戦うって―――ホント、考え方からしてもヒーローだよ?」

 

 ……黒歌とスィーリスは俺を心配してか、それとも天然からかそんなことを言う。

 俺を思いやってかの行動かは知らないけど、ただ……その目に嘘はなかった。

 

「…………私も、イッセー先輩に温かさを教えて貰って……何度も助けてもらいました……だから私も姉さんと同じ気持ちです」

「流石、白音♪私の妹は可愛いにゃん♪」

 

 黒歌は軽やかなステップで俺から離れ、小猫ちゃんの頭を撫でる。

 ……ありがとう、黒歌。

 お前はたぶんこの空気をどうにかしたかったんだろう。

 そのためにわざわざ煽るようなことを言って、わざと嫌われ役を演じようとした。

 

「……っていっても、何も言わずに全部受け入れちゃう子もいるもんだよね~―――流石、私のお気に入りのアーシアちゃん♪」

 

 ……すると先ほどの黒歌と同じような動作でスィーリスはアーシアの方まで行き、そしてそのまま背中を力強く押した。

 アーシアは「キャッ!」という小さな悲鳴を上げながら俺の方に倒れ込みそうになり、俺は反射的にアーシアを支えるように抱き留める。

 自然とアーシアと俺の距離は近くなり、そしてアーシアは涙目で顔を上げた。

 

「は、はぅ……ごめんなさい、イッセーさん。私、ちょっと違うことを考えていて、イッセーさんに声を掛けることが出来ませんでした……」

「……違う事?」

 

 アーシアは意味深な発言をするものだから、俺は不意に聞き返した。

 するとアーシアは目元を擦り、そして真剣な顔をして―――

 

「―――どうやったら、イッセーさんを癒せるかって。過去に苦しむイッセーさんをどうすれば救えるかと……どうしたらミリーシェさんのようにイッセーさんに想われるんだろうって……ずっと考えていました」

 

 アーシアは静かにそう言った。

 アーシアは……受け入れることや信じること以前に―――俺を救うことを考えていた。

 そのことに俺は確かな驚愕を示した。

 ―――今の俺は、救わないといけないような顔をしていたのか?

 

「アーシアは……疑問とか、そんなことは思わなかったのか?」

「え?……疑問って、どこか怪しがるところなんてありましたか?」

「だから、俺の過去とか、その辺りの……」

 

 アーシアはさも不思議そうに俺の言葉を返す。

 するとアーシアは……

 

「その……私はイッセーさんに二度も命を救われました―――それにイッセーさんは今まで嘘を付いてきたことはなかったから……だから、私はイッセーさんを肯定したいんです…………私の事を、私の想いや過去を先に肯定してくれたのは―――他の誰でもないイッセーさんですよ?」

 

 ―――俺、本当に……馬鹿だ。

 なんでアーシアを信じなかった…………アーシアが俺を信じないはずがないのに、ホント自分が嫌になるな……ッ!!

 アーシアは当然のようにそう話す姿を見て、その姿を見て部長は目を見開く。

 ……そしてすぐに俯いた。

 

「考えたのですが、私はあまり賢くないから良い答えなんて見つけることが出来ません―――だから一緒に居ても良いですか?それでいつか答えを出してみせます!!」

「…………ああ。ごめん、アーシア―――ありがとう、俺を信じてくれて」

 

 俺はアーシアの頭を力なく撫でると、するとアーシアは俺の頭を撫でてくる。

 その顔は少しだけ悪戯っぽく、そして舌をペロッと出していた。

 

「ふふ……やり返しです♪」

 

 ……生意気なアーシアも、どこか愛らしかった。

 ―――っと、その時だった。

 俺の腹部に何度目かの衝撃が走る。

 するとそこには……

 

「にいちゃんはフィーたちのにいちゃんだ!!」

「そうだもん!!にぃたんはずっとず~~~っと!!メルたちのにぃたんなの!!」

「……二人とも、落ち着いて」

 

 するとそこには幼女モードのフィーとメルがいて、そしていつの間にか龍法陣により少女モードになっていたヒカリの姿があった。

 ヒカリはフィーとメルの首根っこを掴んで俺から引き離し、そしてしゃがみこんで俺の顔をじっと見てきた。

 

「……ドラゴンファミリーは最強。ティア姉も、オーフィスお姉ちゃんも、タンニーンお爺ちゃんも、夜刀のお侍さんも…………皆、にぃにをにぃにって言うよ?」

「ヒカリ…………ああ、そうか。俺が何者かが分からないって言ったから……」

 

 ……チビドラゴンズを泣かしてしまったな。

 これは後でティアからのお説教か……甘んじて受けよう。

 俺はそう思いつつ、三人を抱き寄せて……抱きしめた。

 

「ありがとう……良く分からないことを言ってごめんな?―――俺は三人の兄貴だ。そうだよな……ありがとう」

 

 ……俺は心の底からそう言う。

 自分は何者かは今も分からないけど、でも……俺がこいつらの兄貴っていうことは間違いないもんな。

 

「い、イッセーくん!?わ、私もちょっといきなりの事で混乱してるけど、大好きだよ!?って私、何を言っちゃてるのよぉぉぉぉ!!!?」

「お、お、落ち着けイリナ!!先ほどからお前の翼が白黒に点滅しているぞ!?」

「……落ち着きなさい、二人とも」

 

 するとガブリエルさんは何故だか慌てているイリナとゼノヴィアの頭を軽く叩き、嘆息していた。

 

「はぁ……良いですか?イリナさん。このことはそんな簡単に扱ってよい問題ではないのです。天使とあらば、例え悪魔でも迷える子羊には手を差し伸べなければなりません―――分かりますね?」

「―――はッ!!そう、私は天使……ガブリエル様!私は何か分かった気がします!!」

「ふふ……流石熾天使の御言葉……私の心にも痛み入るよ」

 

 ……ごめん。結構、今は叫ぶ気力もツッコむ力もないんだ。

 だけど言わせてくれ―――ホント、よくもやってくれたな、このシリアスブレイカーがぁぁぁぁぁぁ!!!!

 俺はそう心の奥で叫んで我慢する。

 

「凄まじいね、兵藤一誠。先ほどまであれほど気の重い空気が、あっという間にアットホームな空気になってしまった」

「おぉ?上手いことを言うねぃ、ヴァーリ。あっという間にアットホーム……中々良いセンスじゃねえの?」

「流石は我らがボス。ヴァーリ・ルシファーの名は伊達ではないということですね……ルフェイもそう思いませんか?」

「……え、えっと……そ、その、この空気でそんなことを言えるヴァーリさんが凄いと思います!!」

 

 ……え、ルフェイってもしかしてあの子だったの?

 オーフィスに従妹の事を教えたり、アーサーの噂の自慢の妹ってこの子だったのか?

 ―――突然のことに、正直付いていけない気がする。

 

「……あれ?僕、出遅れた?…………………………イッセーせんぱぁぁぁぁぃぃぃ……ッ!!僕もぉぉぉぉぉぉ!!頑張って先輩のことぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

 すると次から次へとシリアスが壊されるッ!!

 ギャスパーは訳の分からないことで泣き、そして抱き着いてくる!

 ……ああ、なんだろうな。これ。

 

『……でもこれがお前たちらしいのではないか?相棒』

『ええ……ちょっと残念ですが、残念も偶には良いものです』

 

 ……ああ、そうだな。

 ―――だけど、その中で一人、ポツンと俯いている存在がいた。

 ……それは他の誰でもない、俺の主―――部長だった。

 

「―――騒がしいのも良いが、もう良い時間だ。餓鬼は寝る時間だぜ?」

 

 ……するとアザゼルは時期を見計らったようにパンパンと手を平で拍手をする。

 ―――その時、一瞬だけ部長の方に目線を送った。

 

「……色々と考えることがあるだろう。詳しい話―――ロキの話や云々はまた後日だ。ヴァーリ、今日は観念しておとなしくしてもらうぜ。こっちとしては体裁上、お前に好き勝手にされるのは御免だからな」

「……良いだろう。ただし衣食住を整えて欲しい」

「じゃあ今日の所はここ泊まれ。話はつけてある。お前にはたっぷりお話があるもんでな」

 

 ヴァーリはアザゼルの言葉に苦笑いを浮かべると、すると俺の方に来て耳元で何かを呟いた。

 

「―――アザゼルに感謝したまえ。君とリアス・グレモリー、姫島朱乃を想っての行動だ」

「……分かっているよ」

 

 俺はヴァーリに頷く―――この騒がしい雰囲気に付いて行っていないのは、俺と部長、朱乃さんだけだから。

 だから考える時間を与えたんだ、アザゼルは……俺たちに―――そして何よりもバラキエルさんに。

 俺は自分の事、朱乃さんはそれに加えて家族の事。

 部長に関しては俺には分からないけど、それなりに考えるところがあるのだろう。

 部長は皆とは立場が違う―――上級悪魔、グレモリー眷属の『王』。

 俺というイレギュラーに対して、誰よりも考え、向き合わないといけないんだろう。

 ―――そうして、たくさんの事があったその日は幕を下ろした。

 ―・・・

 

『Side:アザゼル』

 俺、アザゼルは既にほとんど人のいない兵藤家リビングの椅子に座って考えていた。

 ……イッセーの話した過去とは正直、想像を上回るほどに重いものだった。

 愛した女、ミリーシェ・アルウェルトという存在。

 お互いにお互いを想っていた故に、運命の悪戯に翻弄された二人の少年少女の末路。

 三年の修行期間と称した、過去のイッセーの出会いと別れ。

 余りにもあの年で背負うものではなく、俺は自分が恥ずかしくなった。

 ―――俺はあれほどの事を軽く話せとイッセーに言っていたんだ。

 あんな真実、他人にそう簡単に話せるはずがない。

 イッセーはこれまであれほどの十字架を背負って戦っていたんだ。

 そして今回、今までのトラウマを全てロキによって滅茶苦茶にされた。

 良くあいつの感情や心が壊れなかったと思った。

 ロスヴァイセに聞いた話では、ロキの術は意識がある時でもない時でも関係なしに対象者を蝕む術。

 意識があるときでもトラウマを幾重にも連想させ、連鎖させる。

 意識がないときはそれを夢という形で。

 そして仮に術が解けても「トラウマを垣間見せられた」という事実は消えず、その後も対象者を蝕むという危険で最悪な術だ。

 ……あの神はイッセーの存在が本当に邪魔だと思ったのだろう。

 だからこそ、イッセーを先に潰そうとかかった。

 今回は兵藤まどかのおかげでどうにかなった―――だが俺は、このままイッセーを戦場に立たせていいものかと考え始めていた。

 

「くそ……どうしたら良いんだ……あいつの力が無ければ、戦力が激減する……だがあいつを今は戦わせたくない……ッ!」

 

 真実を話した時のイッセーの目は、凄まじい覚悟に覆われていた。

 そしてシリアスな雰囲気が崩壊したときも、あいつはピリピリとした雰囲気を感じさせていた。

 俺はそれがあまりにも嫌な予感がする。

 

「―――悩んでいるようだね、アザゼル」

「…………ヴァーリか」

 

 ……その時、俺に声を掛ける馬鹿がいた。

 ―――ヴァーリだ。

 

「あんたがそんな顔とは珍しいな。大方、考えているのは兵藤一誠か……お前のお気に入りだろう?」

「……そんなんじゃねぇ。だがあいつは俺の生徒で同志だ―――今のあいつを戦わせるのは、あまりにも危険な気がする」

「……だが相手はあのロキだ。手負いだったとはいえ、あの兵藤一誠を下した―――それ以外にもフェンリル、ヘルといった伝説の魔物すらも居るんだ。彼なしでは退けないぞ?」

「分かっている……ッ!!それほど、イッセーの力が重要という事くらい……ああ、俺もか―――何だかんだで、あいつの強さをあてにしている」

 

 これじゃあリアスたちの事は言えない。

 ……俺も何だかんだで、イッセーを頼り過ぎていたんだ。

 そしてイッセーはそれを一人で背負って、今まで戦っていた。

 ……教師失格、か。

 

「―――つまらない。あんたのそんな顔、見ていてもつまらないよ」

 

 ……ヴァーリは言葉通り、つまらないと言いたい表情を浮かべながら俺にそう言う。

 

「つまらない、ね……なんだ?お前は俺の心配をしてくれんのか?」

「……さあね。ただ、見ていて面白くないだけだ―――いつもアザゼルは四の五の言わずに好奇心で行動する奴と思っていたから。正直言えば、がっかりだ」

 

 ヴァーリはそんなことを言いつつ、そのまま席を立とうとする―――が、俺はそれを止めた。

 

「―――おい、糞餓鬼。てめぇは親に向かって何をぬかしてやがる?」

「……親か。まさかあんたの口からそんな言葉が飛んでくるとはね」

 

 ヴァーリは俺の言葉に素直に驚いたようにして、そして苦笑する。

 ……ああ、今の俺は謙一の言葉のせいで多少感情が高ぶってんだろう。

 だが俺はヴァーリとも向き合うと決めた。

 こいつは俺にとっての子供みたいなもんだ。

 だから、この馬鹿と向き合うと俺は決めた―――イッセーが自分と戦っているぼならば、俺も俺で戦わないといけないってことだ。

 

「お前が禍の団に入った理由はもう大体検討はついている―――だがそれでも俺はお前を敵と認定したくねぇんだ。お前はあの野郎(・ ・ ・ ・)に人生をボロボロにされて、ある意味ではイッセーと似ていると言えるかもしれねぇ…………ほっとけねぇんだよ、俺はお前が。死んで欲しくねぇんだ!」

「……俺が死ぬのは、白龍神皇になった時だ。この世の頂点に立った時、俺は死ぬ―――何度も言っただろう?」

「なら俺はいつもお前の上に立つ!お前が強くなろうが俺はいつもお前を倒してやるよ」

 

 ……ガラじゃねぇ。

 そんなセリフが次々で出てきた。

 

「……アザゼル、君は兵藤一誠に感化され過ぎだ―――今の言動、まさに彼のものだぞ?」

「……ああ、そうかもしれねぇな…………だが、偶にはそれも良いじゃねえか」

 

 ……これが今、俺がこいつに言えること。

 あいつほど俺は上手く出来ねえし、たぶん今のは不器用な事しか言えない謙一の真似事だ。

 だが考えていることはぶつけた。

 

「―――こちら側に来い、ヴァーリ!もう禍の団を抜けて、一緒に戦ってくれ!!」

「……………………………………」

 

 ヴァーリは俺の言葉を聞いて、目を逸らす―――言いたいことは全部言った。

 俺がしていることは下手すりゃ三勢力の和平に傷を生ませる行動かもしれない。

 だが…………親は理屈じゃねぇ。

 そしてそれを教えてくれたのは謙一だ。

 時にはぶつかってでも分かり合わねぇといけないんだ。

 

「……俺は、奴を許さない。この世で唯一恨んでいると言っても良いあいつを……奴を見つけるまで、俺は組織からは離れない―――また明日だ」

 

 ……それだけ言うと、ヴァーリは俺の手を振り払って、あいつらに用意された客間へと向かう。

 

「……慣れないことはしない方が良いな…………恥ずかしすぎるだろ……」

「―――そう?私からすれば素敵に見えたわよ?」

 

 ……その時、芯から静かなリアスの声が響く。

 俺は声が聞こえた方向を見ると、そこには寝間着姿のリアスがいた。

 

「……リアス。お前はイッセーの部屋で一緒に寝てるんじゃないのか?」

「ええ……でも今日はちょっと、イッセーの顔を見れないもの」

 

 ……やはりリアスは沈んでいたか。

 イッセーの話の真実を聞かされてからリアスの様子は少し可笑しかった。

 余りにも沈んでおり、そして今もそれは続いている。

 

「……私は、こともあろうかイッセーを疑ってしまったの……『王』なのに、眷属を信じることが出来なかった自分の愚かさに怒っているの」

「……あいつの話は非現実も良い所だ。信じろと言った方が難しいぞ?」

「でも私以外の眷属や仲間は誰一人として私のような言葉を漏らさなかった―――私はイッセーから一番遠い存在なのよ……」

 

 ……リアスはそう言うと、静かにその場に座り込む。

 その姿にはリアスの普段の凛とした印象はなかった。

 

「私は……イッセーの辛さが分からないわ……今まで欲しいものは手に入ってきて、誰かを失ったことすらない温室育ちだったもの……アーシアにも、祐斗にも、朱乃にも、小猫にも、ギャスパーにだって辛い過去がある。だから彼のことを理解できるのかもしれない……だけど、私はイッセーの辛さが分からないの」

 

 ……仕方のない事だ。

 誰かを失う、それ程の辛い思いをするなんて普通は直面しないに越したことはない。

 だけどグレモリー眷属は誰もがそういう過去を持っていて、トラウマのようなものがあって……そしてそれから救ってきたのは他の誰でもないイッセーだ。

 だからこそイッセーの辛さをある程度は理解できて、そしてあいつを救おうと思う。

 ……だが、上級悪魔であるリアスには、誰よりも恵まれた環境で生きてきたリアスにはそれが分からない。

 どれほどの辛さを、悲しみをイッセーが背負っていたのか。

 ……誰よりも『王』が理解しなくてはいけないことを、リアスは分からない。

 下手な慰めなんざ、侮辱に等しい行いだから。

 だから今、苦しんでいるんだ。

 

「イッセーの言う事が真実ということは頭では理解しているわ……でも心のどこかでそんなことあるはずがない、イッセーに愛する人がいるわけがない……そんな風に考えてしまうの……ッ!だってイッセーがミリーシェという女の子のことを話している時のイッセーの顔は―――見たことがないくらい、幸せそうだったから……ッ!!」

 

 ……リアスは自分ではどうしようもなく無力なことを嘆く―――だが俺はその姿を見て、不思議と同情することが出来なかった。

『王』として能力を開花し始めたリアスだが、だが心はまだまだ弱すぎる。

 ―――今、リアスは真価を問われているんだ。

 ならば今、俺がすべきことはこいつを慰めることではない。

 助言を出すことでもなく、俺が教師としてするべきことは―――

 

「―――お前のそれはただの嫉妬だ」

「―――え?」

 

 ただ現実をリアスに突きつけること。

 それだけだ。

 

「お前の言っていることは、結局はイッセーの一番になれないから嘆いているだけじゃねえか。他人の辛さが分からない?当たり前だ。木場だって、アーシアだってイッセーの辛さの大きさなんて分からない。だがな?あいつらとお前の違いはイッセーを見つめようとしているかしていないかだ」

「ち、違う!!私はイッセーを見ようと!!」

「ああ、恋愛的にな。お前は誰よりもイッセーに対してヒーローのように見ている。そりゃそうだよな。婚約式に乗り込んで、自分を望まない婚約から救い出してくれた王子様。お前はイッセーをずっとそういう風にしか見てねぇんだ」

 

 ……実際には違うだろう。

 だがリアスは俺の言葉を言い返すことも出来ず、ただ黙って苦しそうな表情をする。

 ―――汚れ役だ。

 だがそれでも俺は言わないといけない。

 それがリアスのため。

 

「だから本当のイッセーの闇に直面して、我が儘な意見しか言えない。あいつの綺麗でカッコいい部分を肯定して、醜い闇の部分を否定したいんだ。イッセーは凄い。いつも強くカッコよくて、自分を守ってくれる。だから大好き……ってな」

「……嘘、よ…………私は……本当にイッセーのことが……」

 

 次第にリアスは何かをブツブツと呟く―――リアスも戦わないといけないんだ。

 そうしないといつまで経っても強くなれない。

 イッセーのことを本当に想っているのなら、あいつの闇も含めて好きにならねぇといけねぇんだ。

 それをアーシアはしている。

 あいつの闇と直面して、それを受け入れてあいつを救おうとしている。

 ……イッセーも同じだろう。

 あいつは朱乃の過去を知ってなお、姫島家の問題をどうにかしたいと思った。

 自分の事で苦悩しているのに、それでも誰かを助けたいと思っていた。

 ……『王』ならば―――眷属の全てを受け入れるほどの器がいる。

 今のリアスにはそれが足りない。

『王』としての力が開花しても、それがなかったら所詮だ。

 

「リアス。俺は信じているぜ―――お前は最高の王になれる可能性がある。だがその逆もある…………全部自分次第だ」

「…………ええ。あなたの言葉は深く……響くわ……」

 

 リアスは重い表情で立ち上がり、そして部屋から出て行こうとする。

 ―――一言だけ言っておいてやろう。

 

「リアス、一つだけアドバイスだ―――お前が好きになったイッセーも、それもまたイッセーだ。お前の気持ちだけは嘘じゃない」

 

 ……リアスはその言葉に対して返答なく室内から消える。

 頼むぜ、リアス―――お前の存在もまた、既にイッセーにとっては掛け替えがないんだ。

 そんなお前がそんな体たらく、見せるんじゃねぇぞ。

 俺はそう考え、そしてそれからロキ対策を考えるのだった。

『Side out:アザゼル』

 

 ―・・・

 

 ……朝になった。

 ロキの襲来ということで学校は臨時休校となり、俺たちグレモリー眷属や黒歌はこうして家にいる。

 それ以外には珍しくもおとなしくしているヴァーリチーム、更にシトリー眷属やアザゼル、バラキエルさん、ガブリエルさんやイリナといった顔ぶれだ。

 オーディンの爺さんとロスヴァイセさんもその場にはいて、今は兵藤家最上階のVIPルームにて会議をしている。

 議題は先日の大問題であったロキについて。

 それに当たっての対策と何故ヴァーリが俺たちを助けるような真似をしたのかということを。

 ……ちなみに今の俺は母さんのおかげで何とかなっていて、チビドラゴンズは戦いに巻き込みたくないから母さんと父さんに預けた。

 二人は俺のことを見守ってくれると言ってくれて、俺はその気持ちに応えたい。

 そう思っていた。

 

「じゃあ会議を始めるぜ―――まず最初に、ソーナ。お前達はこの戦いに参加する気はあるか?」

「……それはどういう意味でしょうか?」

 

 ソーナ会長は突然アザゼルにそう言われた故に少しばかり戸惑う。

 が、アザゼルは間髪入れず言った。

 

「良いか?今から俺のいう事は紛れもない事実だ―――手を引くなら今の内だ」

「―――なっ!?あ、アザゼル先生!!それは俺たちに卑怯者になれってことっすか!?」

 

 すると匙はアザゼルの言葉に反応し、そんな風に怒号した―――だけどアザゼルの言いたいことはそんなんじゃない。

 むしろ逆だ。

 

「違う―――正直に言えば、シトリー眷属では次の戦い、生き残れない」

「……ッ」

 

 アザゼルの悲痛な一言に会長は苦虫を噛むような顔をした。

 

「これは客観的感想と現状評価に基づく俺の意見だ―――これはゲームじゃない。一歩間違えれば確実に死ぬ『戦争』だ。そして戦争する上で、ロキという敵はシトリーの火力じゃ何の役にも立たない…………だから手を引くならば今だ」

 

 ……アザゼルの奴だってこんなことを言いたくないはずだ。

 だけど確かにシトリー眷属はグレモリー眷属と違い、分かり易い火力プレイヤーがいない。

 ロキやヘル、フェンリルといった敵と戦えるような者はいない。

 アザゼルは無駄な死者を出さないがためにこんなことを言っているんだ。

 

「この戦い、弱いものが死ぬ。つまりここから出て行っても誰も文句は言わない。むしろ学生であるお前たちが参加する理由はない―――それでも戦うか?」

「……例え戦力にならなくても、私もこの町を愛する者の一人です―――逃げるわけにはいきません」

「…………覚悟は出来ているんだろうな」

「はい」

 

 会長の言葉にシトリー眷属が覚悟を決めている表情となった。

 

「分かった―――じゃあ次だ。今、この中で最もイレギュラーな存在……ヴァーリ。お前の目的はなんだ?」

 

 するとアザゼルは室内の一角にいるヴァーリチームに対してそう尋ねた。

 

「なに、俺もロキに対して少しばかり目的があるんだ―――それを手に入れることが俺の目的。そのためならば俺は――――――兵藤一誠。君と共闘しても良いとまで考えている」

 

 ―――その言葉にその場が騒然とした。

 ヴァーリの言っていること、それはつまり赤龍帝と白龍皇が共闘するということだ。

 ヴァーリは話し続ける。

 

「ロキは強大な敵だ。そしてその傍にいるフェンリル、ヘルもまた厄介な存在だ。特にフェンリルに至っては全盛期の二天龍でも手こずるレベル―――ならば二天龍が組めば話が早い」

「ちょっと待てよ、ヴァーリ。お前は自分の立場が分かっているのか?」

「ああ、当然だ―――だが悪い話ではないだろう?そちらにしても戦力は一つでも多い方が良い」

 

 …………確かに、今の俺たちには戦力が足りていないのは事実だ。

 現在、英雄派のテロ活動―――すなわち神器持ちの人間を各所に送り込み、禁手化させるという行為が多発している。

 それ以外にも旧魔王派の残党が各所を襲っているという状況だ。

 故に三大勢力にはこちらに回す戦力がなく、本当ならばバラキエルさんやガブリエルさんを戻したいというほどなんだ。

 話を聞いたところ、三大名家のディザレイドさんとシェルさんは、同じ名家の裏切り者であるガルブルト・マモンを追っているらしく、こちらには手は貸せない。

 オーフィスとティアもまた今は邪龍の討滅をしているが故に連絡が取れない。

 結果的にこちらに回せる戦力はごく僅かになったんだ。

 そしてそのごく僅かな増援―――それがタンニーンの爺ちゃん。

 それと俺が少し前に連絡した夜刀さんだ。

 龍王クラスの二人の増援は本当に有難い。

 だがヴァーリは不確定要素過ぎる。

 何せあいつはテロ組織の主力派閥の一つだからな。

 テロ活動はしていないが。

 

「……確かにヴァーリとの共闘をすれば俺たちが勝てる確率は跳ね上がる。白龍皇、神聖剣、孫悟空の力……これほどの戦力を無視することは出来ない」

「イッセーちん、スィーリスちゃんは~?」

 

 スィーリスが馴れ馴れしくくっ付いて来ようとするが、黒歌がそれを止める。

 

「……別に俺たちは共闘なしでもロキと戦うつもりだ。仮にそちらを巻き込んでも、ね」

「そうなられるのは面倒だから、今の内にこっちで管理するのも手の一つだ―――リアス、お前の意見はどうだ」

 

 っと、そこでアザゼルは部長に尋ねた。

 部長はやはり少しばかり暗い表情をしており、アザゼルの質問に対して立ち上がり、応える。

 

「……白龍皇・ヴァーリは今まで小猫やイッセー、アーシアを救ってくれたことがあるわ。それを鑑みれば危険ということはないでしょう……でも、信じることは出来ないわ」

「それで良い。こちらとしてもギブ&テイクの関係を結んでくれるならば、ある程度の要件は飲もう」

「……嫌にあっさりしているな、ヴァーリ」

 

 俺はそのあっさり感に若干疑問を抱くも、するとヴァーリは苦笑する。

 

「いや、珍しくアルビオンが君と共闘しろとうるさいんでね?―――それに昨日はアルビオンに君の話を聞かされたものだから、ね」

『ヴァーリ。それは言わない約束であろう』

 

 ……するとアルビオンはヴァーリの手の甲に現れて、そんな風な声を出した。

 あいつ……俺の事やミリーシェのことを話したのか?

 話しでは俺が修行の旅に出ていたころ、ミリーシェに俺のことを色々話されたと言っていたけど……

 

「良いじゃないか。アルビオン、君も兵藤一誠のことは気になっていたのだろう?昨日も遠まわしに心配を……それにドラゴンファミリーにあこが―――」

『や、やかましい!!ヴァーリ、その口を閉じろ!!!』

 

 ………………あれ?

 今、あのアルビオンが叫んだ?

 な、ドライグ?

 

『……ふむ。アルビオンが焦る声など聴いたのが久しぶりなのだが……それに今、気になる言葉をヴァーリ・ルシファーが言ったような気がするぞ』

『まあどうでも良いです』

 

 フェルの声が冷たい―――実はフェルはアルビオンの事が嫌いなのか?

 

『いえ、嫌いとかではないのです。ただ不思議とアルビオンには興味が生まれないと申しますか……』

 

 ……好きの反対は無関心と良く言うが、今のフェルを表している気がした。

 あれかな?性格的に合わないとか、そんな感じなのかな。

 

『まあそんな感じでしょう』

 

 まあ今はアルビオンが何かに焦っていることは置いておくとして、問題はヴァーリの方だ。

 内心ではヴァーリの事は良く思っている節があり、あいつは基本的に約束事は守るような男だろう。

 それに何度か助けてもらっているから、あいつの言っていることは本音だと思う。

 っていうか嘘を付くほど器用とは思えないし。

 ヴァーリが味方になるというなら俺の考えるロキ対策においても、かなり有効となり得る。

 

「とにかく俺としてはそちら側の良い返事を期待しているよ。俺としてもロキとフェンリル、ヘルといった敵を前にして一人でやるのは流石に骨が折れる」

「……お前がそこまで譲歩するなら仕方ねぇな―――分かった。この件は俺が責任を持つ」

 

 アザゼルは腕を組んで少しばかり考えると、そう答えを出した。

 責任、というのは仮にヴァーリが裏切ってこちらを攻撃し、負傷者を出した場合の事を言っているんだろう。

 

「アザゼルならばそう言うと思っていたよ」

「こっちも譲歩だ―――んで、次は相手の戦力の確認だな」

 

 ……相手側の戦力。

 実際に戦ってみて分かったが、相手はロキだけでも恐ろしく強い。

 北欧の悪神、トリックスターと謳われる意味も十分に分かった。

 それほどにロキは強く、俺が今まで相手にしてきた敵の中では最強に入る部類だ。

 だが敵はそれだけではない。

 あいつの子供であるフェンリル、ヘル。

 フェンリルは言う必要もなく圧倒的な力を誇っており、その実力は全盛期の二天龍でも唸らせるほどだ。

 例外を除けば地上最強と言われる二天龍。

 それに追う力を持つフェンリル……厄介以外に言葉はない。

 

「イッセー。お前は実際にロキと戦って、ある程度は相手の力を分析したのか?」

「……ああ。少なくともロキとヘル。この二人のある程度は」

 

 すると視線は俺に集まり、俺は皆の前に立って自分の分析を話し始める。

 

「ロキは言わずも知れた北欧のトリックスター。多彩でバリエーションに飛んだ様々な攻撃方法……例えば神剣・レーヴァテインによる斬撃戦。北欧術式による魔術合戦。そして何よりも恐ろしいのは圧倒的なまでの心理戦―――俺の予測では、神の中でも上位に組み込める実力はあると思う」

「そうじゃのぅ……奴は馬鹿じゃが、実力は北欧でもトップクラスに位置しておる。まだわしに比べたら若い神じゃが、将来的にはわしも危ういと感じざるお得ぬ、実力を持っているはずじゃ」

 

 ……オーディンを以てここまで言わせるか、ロキは。

 

「でも俺はロキ以上に、ヘルという存在の方が危険な気がした」

「……ヘルが、か?」

「ああ」

 

 アザゼルが意外そうな声を漏らすも、俺はそれに頷く。

 確かにヘルとロキでは戦闘力は圧倒的に違った。

 最初は下手すりゃ同格と思っていたけど、実際に戦ってみればヘルは割と俺の攻撃のダメージを受けていた。

 だけど俺が危険と思ったのは、ヘルの力ではなく……

 

「ヘルの恐ろしいのはその狂気に富んだ性格、そしてそれに適応するような再生能力だ」

 

 ……実際に俺はヘルを一度、殺している。

 性質付加の魔力弾の連射、鎧による打撃、そして最後はアスカロンによる聖なる斬撃で屠った。

 

「ヘルは自らの生死を司る神……いわば、あいつは不死のようで不死ではない―――不死身なんだ(・ ・ ・ ・ ・ ・)

「……それの何が違う?」

「全然違う……ヘルは一度死んでから蘇る。例えば俺たちが相手にしたライザーとは全く違う再生の仕方だ。死ぬことはないフェニックス。対するは死んでも生き返る―――こっちからしたら命ある存在を殺すんだ。普通の感性を持っている奴なら嫌でも精神が削られる」

 

 それがたとえ敵でも。

 

「……なるほど。ヘルの力は分かったが……お前はあいつの性格の方が危険と言ったな?」

「ああ。あいつの性格の狂気さは、ある意味では今まで戦ってきた誰よりも最悪かもしれない―――あいつは気に入った存在を食べるんだ」

 

 俺の言葉で、その場でヘルが俺にしたことを知らない人物は背筋が凍るように動かなくなった。

 この場で奴の性質を少しでも知っているのは小猫ちゃんだけだ。

 ヒカリはこの場にはいないからな。

 

「あいつは蘇るときに性格が変わる。体は液体になって、性格は幼児退行したように幼くなった。体に纏わりつかれたら神器を操作することも、生半可な力では振り切ることも出来ない。俺の残る全魔力を使い果たしてようやく振り切れた―――正直、小猫ちゃんとヒカリが助けに来なかったら死んでいたよ」

「……お前がそこまで言う敵も初めてだな」

 

 アザゼルはそう言うが、それほどにヘルは恐ろしかった。

 しかもあいつは蘇って力の上限はないように感じた上に、あの液体の状態になれるのも厄介だ。

 あれに加えてまだフェンリルがいるとか、考えられないほどだからな。

 ……死んでも蘇るヘルに、神を確実に殺す牙を持つフェンリル。

 そしてそれを操る狡猾の悪神、ロキ。

 たった三つの敵にここまで考え込まされるなんてな。

「俺はそれよりも気になることがある―――ヴァーリ、お前の使った新しい力の事だ」

「んん?……ああ、キャパシティー・ディヴァイドの事かな?」

 

 ヴァーリは俺の言葉に対して思いついたようにそう言った。

 ……キャパシティー・ディヴァイド。

 それがヴァーリの使った新しい技の名前か。

 

「お前がロキにあの力を使った時、ロキの動きを止めた―――あの技の力を教えてくれ」

「……そうだな。俺の新しい力は要は半減の応用―――相手の魔力ではなく、相手の容量を一時的に半減するという力だ」

 

 ……相手の容量を、半減?

 

「分かりにくかったか?…………そうだな、例えば魔力を水と想定しよう。そしてその水が満杯に入る容器を用意する。今までの白龍皇はその水だけを半減してきたが、俺は発想を変え―――その容器を半減した」

「―――ッ!はは……面白れぇこと考えんじゃねぇか、ヴァーリ」

 

 アザゼルはヴァーリの技を理解してか、不敵に笑みを浮かべる―――同時に俺もヴァーリの技の正体を理解した。

 つまり―――

 

「半減された容器からは、水が漏れる―――つまりロキは自身の魔力量は変わらないが、それを収める魔力の貯蔵量の最大値が半減された。その膨大な魔力を収めることが出来ずに一瞬だけ動きを止めた……それが俺の力のロジックだ」

「……その技、正直に言えば相当に厄介だな。開始一番にそれを放てば、単純計算で相手の魔力を半減できるも同然だ」

「いや、そう上手くはいかないさ。言っただろう?半減できるのは一時的。時間が経てば容量は戻り、更に言えばロキほどの神ならばそんな魔力はすぐに回復する」

 

 だけど一瞬でも神の動きを確実に止められるというのは良い。

 俺とヴァーリが組めば、あいつがロキを止めて、俺がロキも無視できない一撃を放てば勝てる可能性が跳ね上がるッ!!

 これは………………って、何を俺は興奮しているんだろうな。

 

『……思えば、前代赤龍帝であった時の相棒は、初めて白龍皇であったミリーシェと共闘した。それを思い出したのだろう?』

 

 ……そうかもな。

 ちょっとだけ、懐かしい感じがした。

 

「だがヴァーリの力は神に対しても有効ということが分かった。なら次に面倒なのが……やはりフェンリルになるか」

 

 ……ああ、あの狼を抑えないとどうにもならない。

 あいつの牙は厄介以外の何もでもないし、それに俺もあいつとは戦闘はしていない。

 あいつの弱点になるものがあれば良いんだけど……

 

「やはり奴の協力を仰ぐしかねぇか」

「……奴?」

 

 俺はアザゼルの台詞を反復するように尋ねると、アザゼルは腕を組んで考えながら話す。

 

「イッセー、お前はロキに関してのある程度の事は知っているな?ならば奴の創った三匹の魔獣の残りの一匹についても―――何よりドラゴンに囲まれているなら分かるはずだ」

「まさか―――ミドガルズオルムの事を言っているのか?」

 

 俺はアザゼルの言葉に心当たりがあり、そう言うとアザゼルは頷いた。

 でもミドガルズオルムと言う言葉を発して納得したような顔をしているのはヴァーリとオーディンの爺さん、バラキエルさんやガブリエルさんくらいだ。

 ……いや、むしろそれが当然の反応だ。

 俺もそれを仲間―――ドラゴンファミリーに聞かなければ知ることすらなかったんだからな。

 俺はその存在をティアとタンニーンのじいちゃんから聞いた。

 事の発端は俺の周りに龍王最強であるティアと、元龍王の一角だったタンニーンのじいちゃんが近くにいたから、好奇心で龍王の事を聞いてみたんだ。

 そして龍王に関して色々と教えてもらい、そしてその中で一匹、龍王の中でも冗談と思えるくらい間抜けな龍王がいると聞いた。

 龍王……その力は魔王にも匹敵すると言われる龍の中でもトップクラスの実力者。

 そんな称号を得ているにも関わらず、ほとんどの時間を深海で眠って過ごしている龍王がいると。

 名は確か―――

 

「―――終末の大龍(スリーピング・ドラゴン)。ロキによって生み出された魔物の一角であり、加えて五大龍王の一角のドラゴンだ。そいつから龍門(ドラゴンゲート)を介して話を聞くとするぜ」

 

 アザゼルはそう言い、自分の懐から金色の宝玉を取り出し、そう不敵に笑みを浮かべる。

 その宝玉に反応するように俺の左手の甲からは緑色の宝玉が、そして胸からは白銀色の宝玉、ヴァーリの手の甲には青色の宝玉が現れた。

 更に匙の手の甲からも黒色の宝玉が現れ―――なるほど、匙も龍王の力の一端を身に宿しているからか。

 龍門……詳しい原理は知らないけど、確か複数の伝説級のドラゴンの意識を飛ばし、別個のドラゴンの意識を呼び覚ましたり、または魔法陣のように違うポイントに呼び出したり出来るそうだ。

 ティアに言わせてみれば龍法陣の初歩中の初歩レベルの技らしい。

 

「だがあのミドガルズオルムが応答するだろうか……」

「はっ!あいつでも反応せざるをえないだろうぜ―――二天龍に五大龍王の一角、ファーブニルにヴリトラ、更に元龍王のタンニーンに三善龍の二角によって呼び寄せるんだからよ」

 

 つまりタンニーンのじいちゃんと夜刀さんを後で呼び出すんだろう。

 だけど今のアザゼルの言葉に少し俺は反応する―――三善龍の二角(・ ・)

 じゃあつまり……夜刀さんの言っていた、宝眼の癒龍(トレジェイズ・ヒールドラゴン)と謳われる三善龍の一角である癒しの龍も今回の戦いに参加するということなのか。

 そこまでの顔ぶれを集めて意識を呼ぶ必要のあるミズガルズオルム。

 確かにそう考えれば変な納得感と安心感がある―――きっと、ロキ攻略の糸口がつかめるんだろう。

 

「イッセー、ヴァーリ、匙。お前たちには用意が出来たら連絡を送る―――やろうぜ、あの野郎をぶっ倒す算段をな」

 

 アザゼルの言葉に俺たちは頷く。

 ……そう、これは奴を倒すための行動。

 皆を守るための行動なんだ。

 

「…………え?どうして俺?え、俺何すれば良いんすか!?ヴリトラっていっても、俺話したことないんだけど!!?」

 

 ―――ただ一人、匙は話についていけていないのであった。

 ……匙、少しは頭を働かせようぜ?

 俺は心の中でそう呟き、そして当の匙は会長から若干お叱りを受けたひと時だった。


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