ハイスクールD×D ~優しいドラゴンと最高の赤龍帝~   作:マッハでゴーだ!

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第7話 大切に理由なんていらない

「―――知ってるの。イッセーちゃんが転生者だってことも……悪魔になったことも…………お母さんはずっと前から……イッセーちゃんが生まれた時から……ずっと知ってたんだよ?」

 

 母さんから言われた真実に、俺は驚くこと以外出来なかった。

 その事実は俺がずっとひた隠しにしていたもので、誰にも言えなかったこと。

 転生者……つまり俺が一度死んで、そして兵藤一誠として再び生を授かったこと。

 それを知っていると母さんに告げられ、少なくとも俺は驚愕だった。

 

「な、なに言ってるんだよ、母さん……なんでそんな突拍子もない事を……お、俺は!」

「……そうだよね。いきなりこんなことを言われても戸惑うよね」

 

 俺は戸惑いを隠せない声音で話すも、母さんは俺の言葉に対して苦笑して、そして深呼吸をした。

 

「すぅ~…………よし、これで大丈夫。うん―――イッセーちゃんにはちゃんと話さないといけないから、話すよ。どうして私がイッセーちゃんの昔のことを知っているのか、悪魔になったことを知っているのか……今、どうしてトラウマに苦しんでいることを知っているのか」

 

 ……そこまで知っている母さん。

 兵藤まどかという人は一体何者なのだろう。

 俺はそう考えながらも気付かなかった―――いつの間にか、母さんの存在で頭に駆け巡っていたトラウマの連鎖が消えていたことに。

 俺は息を飲む。

 そして―――母さんは話し始めた。

 

「私はね?―――小さい頃からずっと、人の心の声が聞こえてくるの」

 

 ―・・・

「私の旧姓は土御門。土御門家っていうのはイッセーちゃんも知っているんじゃないのかな?」

「……日本の有名な霊術などの異能関係に特化した家のこと?」

「そう……私はそこの長女として、土御門まどかとして生を受けたんだよ」

 

 母さんは話し始める。

 今まで俺が知らなかった母さんの過去、すなわち母さんの出生を。

 土御門は俺も聞いたことのある有名な名前だ。

 日本の陰陽師の家系、すなわち人間の中でも特別な力を持つと言われる家系の一つ。

 朱乃さんのお母さん、朱璃さんもその家系の一つの出身で、彼女もまた特別な「何か」を持っていた。

 つまり……

 

「土御門の家は陰陽師の家系……つまり悪魔や堕天使みたいに特別な力を系譜として継いでいく家系なの。だからこそ、私は悪魔や堕天使の存在を知っている」

「……ちょっと待ってくれッ!!俺は何年母さんと一緒に暮らしていると思っているんだ!?母さんにそんな力があれば、流石に気付くに決まって!!」

「うん……イッセーちゃんはとっても鋭い子だから、普通の力を持っていたら、気付かれるよね―――でもね?イッセーちゃんはお母さん側の親戚(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)と会ったことがある?」

 

 ―――俺はその言葉だけで納得してしまう。

 そういえば、今まで考えたこともなかった。

 俺が基本的に関わりがあるのは兵藤家の親戚群―――母さん側の土御門家とは一切の関わりがなかった。

 

「……土御門家の長女、または長男はね力を受け継がないといけないの。でも力を受け継ぐにはそれなりの才能と実力がいる………………でも、私にはそれが無かった」

 

 ……母さんは「けど」と続ける。

 

「お母さんはね?小さい頃から困るくらいに才能のない『出来損ない』って言われていたけど、一つだけ誰にも真似できない生まれついての能力みたいなものがあったの」

「生まれ持っての……能力?」

「そう。勘のイッセーちゃんならもう察しはついているかもしれないけど―――私は人の心の声が聞こえるの」

 

 ―――そんな突拍子もない非現実なことを聞かされたけど、俺は逆に全てが繋がった気がした。

 俺はその一言でようやく俺は理解出来たんだ。

 ……思えば、何度も母さんに疑問を持つことがあった。

 まるで心を読んでいるかのように俺の先回りをして何かをしてくれる母さん。

 普通なら絶対にないのに、夏休みの大半を冥界で過ごすことを了承した母さんの行動。

 それに何より―――全てを知っている母さんの謎。

 その一言が全てを解決した。

 

「うん、今イッセーちゃんが考えていることで大体正解……でも、他人の心を読むんじゃないんだ―――本当に、能動的に聞こえてくるんだよ」

 

 母さんは少し悲しそうにそう言った。

 その表情は余りにも俺が知る母さんのものではなく、そして……まるで母さんの裏の顔のように思えた。

 裏、じゃなくてそう―――本当の顔。

 

「これはそんなに融通の効く物じゃないんだ……町を歩けばたくさんの人の声が聴こえる。それを自分ではどうすることも出来なくて、人の汚い側面をいつも私は聴いていた―――家族の本音も、考えていることも、私はいつも一人だけ知っていた」

「……そんなの、我慢できるわけがない」

「うん。私はそんなに強くないから、我慢なんて出来なかった―――だから私は土御門家から追放されたの」

 

 母さんは遠い過去を見ているように、遠い目をしながら話し続ける。

 瞳にはほんの少しの涙が見える。

 

「人も思惑も、汚い考えも、全て読んでしまう私は家の中で邪魔な存在だった―――土御門家は次の当主とか、権力を握りたい連中で賑わっているんだ。だから、同じ家の者を平気で騙し、罠に嵌め、陥れる……そんな中で無条件に心の声を聴いてしまう存在がいたら……邪魔って思うよね」

「それは……ッ!!」

「分かってる……イッセーちゃんは優しい人だからそれを否定してくれる。だけど人はイッセーちゃんみたいに優しい人ばかりじゃないんだよ」

 

 ……そんなこと、俺も分かっている。

 今まで人の醜い部分なんて幾つも見てきた。

 力を欲しいがために他人を犠牲にしてまで力を手に入れようとした奴がいた。

 自分の欲望を満たすために子供を実験台にし、最後はそれを殺そうとした奴がいた。

 ただ戦争をしたいがために街を滅ぼそうとした奴もいた。

 

「……イッセーちゃんは私なんかよりも、たくさんの痛みを知っている。だけど私は強くないから……だから現実から逃げたの。土御門から逃げて、誰かと接することから逃げた。一緒に居たらその人の嫌な部分を見てしまうから、好きになったら嫌いになるような面を垣間見るから……だから私は心を閉ざした。それが小さい頃の私―――偉そうなことをいう私は、誰よりも弱いの」

 

 ……弱くなんかない。

 そんなもの、小さい頃から他人の心が読めてしまえば心が壊れてしまうのは当たり前だッ!!

 他に味方がいなくて、泣きたくても頼る人もいなくて、自分を愛してくれる家族もいなくて―――そんなの、辛いに決まってる……ッ!!

 

「―――本当に優しい子なんだよ、イッセーちゃんは。誰かのために涙を流せるのは優しい証拠」

 

 母さんは俺の目元に溜まっていた涙を指で拭い、微笑する。

 ……俺は、泣いていたのか?

 

「私は現実から逃げた。自分の殻に閉じこもり、誰とも会わなかった……土御門家のせめてもの情けで家から遠く離れたところで一人暮らしをして、普通の学校に籍だけ置いて……不登校だったの」

「……母さんが?」

「うん……学校に通わないで、勉強も自分一人で家でして、家からほとんど出なくて……毎日毎日、つまらない日々を過ごしてた。私はこのまま何もしないまま死んでいくんだって思いながら、ずっと……」

 

 ……母さんの秘密、弱さを知る。

 母さんの口から発せられる言葉の数々は、俺が認識していた兵藤まどかの人物像からかけ離れたもの……だけど、俺はどうしても今の母さんも母さんとしか思えなかった。

 

「いつ頃かはもう覚えていないんだけどね……私は毎日同じ生活をしていた。朝起きたら顔を洗って、パジャマから着替えて、必要もないのに勉強もして、お風呂に入って眠る……このサイクルを何年も繰り返していた……でもある日、そのサイクルが突然崩れたんだよ」

「……まさか」

 

 俺は崩れたサイクルという言葉を聞いた時、不思議と父さんの顔が思い浮かんだ。

 そして母さんは俺の考えを汲んだように頷く。

 

「そう。お父さん―――ケッチーが、私の全てを変えたんだよ」

 

 母さんは苦笑しながらそう言葉を漏らすのだった。

 その表情は先ほどまでとは違い暗いものではなく、可笑しそうな微笑みを浮かべている。

 

「ケッチーは高校で私と同じクラスだったんだよ。まあ私は学校に行ったことがなかったから知らなかったけど……そして高校一年生の春、ケッチーは家が近所だってことと学級委員長だってことで、毎日その日配られたプリントを私に届けに来た」

「……父さんが、ね」

「うん。ケッチーだから、大体予想は付くよね?―――当然、ケッチーが私のことを見過ごすはずがなかった」

 

 ……当たり前だ。

 父さんは誰よりもお人好しで、誰かを救うことを当たり前とするような人だ。

 そのことに理屈はなく、思惑なんてものもなく、ただ純粋に他の人を心配するような男。

 それが父さんだ。

 

「私は当初、ケッチーが来ても居留守を使っていたんだ。誰とも会いたくなかったし、特に思春期の男の子は変な事ばかり考えているから……だけど、ケッチーは毎日来ては大声で私の名前を呼ぶんだ―――『土御門!今日も学校を休むとはやはり体調が悪いのか!?ならばお見舞いくらい用意してくるぞぉぉぉ!!!』……なんてことを毎日のように叫んでは大家さんに捕まって説教を受けていたんだ」

「……父さんらしいな。だけどそんなところが、父さんのすごいところ、だもんな」

「うん―――ケッチーはどれだけ怒られても、何度もそれを繰り返した。大家さんに怒られても毎日私のアパートに来て、話しかけてきた……最初は気の迷いだったんだ―――ある日、私は部屋の閉ざした扉を開いた」

 

 母さんは続ける。

 

「初めてケッチーと顔を合わせた時のことは今でも忘れられないよ―――だってあの人、何も考えてないんだもん」

「何も、考えてない?」

「うん……ケッチーはね?思ったことを、考えたことを素直に言葉に出すの。良く言えば素直、裏表がない。悪く言えば空気を読まない、って感じかな?……でも私はそれが有難かった」

 

 ……父さんは素直な人だ。

 不器用だけど真っ直ぐと前を向いていて、そして自分を通す。

 それで他人と対立することは当然あるだろう……だけど多くの人が父さんについて行こうとする。

 不思議な魅力がある……それが父さんだ。

 

「……初めてだったんだ。私を私と見てくれる人が……ケッチーは私を見てくれたの。何も考えず、素直に真っ直ぐに……土御門じゃなくて、まどかである私を見てくれた―――初めて、まどかって心から呼んでくれた。それが凄く嬉しくて、涙が出るくらいに……でも私は怖かった。この人も他の人と同じように私を気味悪く思うって……私の力を知れば離れていくって……そう思ったの」

「それは……」

「分かってる!ケッチーはそんな人じゃないってことは―――だけど理屈じゃないの。私の恐怖心は、捨てられることに対する恐怖心は……」

 

 ……俺も、そうだ。

 失うことに恐怖心を抱いて、自分を犠牲にしてでも何かを守ろうとした。

 巻き込みたくないから自らの手で全てを解決しようとして、そして仮面を被っている。

 ―――内容は全然違う。

 だけど俺は……やっぱり母さんと似ている気がした。

 

「……何も信じられない私はまた心を閉ざそうとした。ケッチーとのお話は凄く楽しかった……でも、裏切られるのが嫌で、自分から離れた―――だけどケッチーは本当に馬鹿だったの。馬鹿で馬鹿で………………でも馬鹿正直だった。一度拒否されても何度だって私のところに来て、冷たい態度を取っても笑って、無視してもずっと傍にいた―――毎日だよ?高校生で友達と遊びたいはずなのに、こんな私の所に毎日来ていたんだよ?…………いつしか、それが私は苦痛になった」

「……父さんの自由を奪っていると思ったから?」

「……うん。私は私の存在に苦痛になった。こんな良い人の自由を奪って、こんなつまらない私に時間を裂かせるのが……どうしても許せなかった。だから全部終わらせようと―――言ったの。ケッチーに……大嫌い、もう来ないでって」

 

 ……母さんは生まれて初めて得た幸せを、父さんの幸せを願って捨てようと思った。

 それがどれほど辛いものだったか、俺にはなんとなく分かる気がした。

 俺は幸せのために、自分の幸せを代償にしていた。

 本当はミリーシェと一緒に居たいのに、運命がそれを拒んで、その運命をどうにかするために幸せから離れた。

 それがどれだけ辛かったか……今でも鮮明に思い出せる。

 

「でもケッチーは正真正銘の馬鹿だった―――自分を通して、私への想いを何もかも馬鹿正直に大声で叫んで、そして怒ったの」

 

 ……その光景が俺は不思議と想像できた。

 父さんは何も分かっていない癖に確信に迫る鋭い一面がある。

 たぶん母さんのしようとしていることを悟ったのか、それとも本当に偶然なのか……それは分からない。

 だけど母さんはそれに救われたんだろう。

 

「……ケッチーは今も昔も変わらない。いつも一途に想ってくれていて、でも私は恥ずかしくてケッチーに素直になれなくて……でも心の底から言えるよ―――愛してるの。そしてそれは…………イッセーちゃんも一緒」

「俺は…………俺は父さんほど立派な人じゃないッ!!いつも一人で解決しようとして、誰にも本当のことを話さなかったッ!!表面上は言い訳を並べて、誰も信じることなく!真実を誰にも話さなかったんだ!!だから…………俺は、母さんにも、父さんにも……愛される価値なんて―――」

「―――子供に価値なんていらないの……ッ!!!」

 

 ―――パシン…………その時、俺は生まれて初めて母さんに叩かれた。

 母さんの表情は真剣さで帯びていて、頬は赤く、そして―――一筋の涙をツーっと流していた。

 俺はそのことに何も反応できずにただ叩かれた頬を抑える。

 

「子供に……大切な家族に価値なんて言葉は要らないの!!イッセーちゃんは私とケッチー、二人の宝物なの!!だから……価値がないなんて、言わないで……ッ!!」

「……俺は生まれた時から、ずっと意識を持っていた。兵藤一誠になってからずっと……母さんはずっと、俺の声が聞こえていたんだろ?生まれた時から話せる子供なんて不気味以外の何物でもない……なのに母さんはどうして……」

 

 ……最もなことだ。

 他人の心の声が聞こえる母さんは、生まれた時から前世の意識を持っていた俺の声が聞こえていたはずだ。

 なのに母さんは俺を本当に愛するように接していた。

 それが不思議でならなかった。

 

「……うん。最初は本当に驚いたよ―――ケッチーと時間をかけて分かり合って、色々なことがあって結婚して、子供が出来て……私、不安だったんだよ?本当にお母さんが出来るのかなって……子供を愛せるのかなって……ずっとずっと、そんなことを考えてた」

「だったらなおさら……」

「―――でもね?すごく苦しくて、すごく痛かった……でもその末で生んだのがイッセーちゃんだったの。初めてイッセーちゃんを見た時、私はすごく嬉しかった!ずっと一人だったから、初めて家族が出来るって!そしたら急にイッセーちゃんが愛おしくなって…………」

 

 ……母さんは本当に嬉しそうにそう語る。

 嘘なんて何一つ付いていないだろう。偽りなどないだろう。

 俺は母さんの話を聞く。

 

「驚いた。だって生まれた瞬間、イッセーちゃんから声がしたんだもん。イッセーちゃんもすごく驚いた声音で、初めは戸惑いもしたよ?だけど…………初めてイッセーちゃんを抱いたとき、気付いたの」

「なに、を?」

「―――この子は、すごく傷ついている。心が冷え切っていて、まるで昔の自分を見ているようだった。表面上は自分の中の何かと会話しているみたいだったけど、本当の心の奥ではいつも泣いていた……私にはその声が聞こえたの。だから私は―――イッセーちゃんを愛して、守ろうと想えた」

 

 ―――ドライグと会話するしかなかった当時、俺は表面上ではドライグに明るく接していた。

 せっかく得た第二の人生。

 その人生を楽しもう、前に出来なかったことをやろう。

 でもその内ではずっとミリーシェを助けることが出来なかった後悔があった。

 一緒に幸せになるって約束をしたのにそれが出来なかった悲しみ、目の前で愛した子を失った恐怖。

 負が蓄積されて、そしてそれを隠すように蓋をした。

 ドライグにも悟られないよう、本当の自分に嘘を付いた。

 ―――それを今、剥がされていた。

 

「接している内に私の心は純粋な愛情に変わった。辛かったの……まるで人形みたいに生きているイッセーちゃんが、自分を追い詰める姿を見るのが。何かを背負って生きている姿を見るたびに私はどうにかしようって思って……その結果がいつもみたいに、無駄に可愛がって、愛でて、いつも付いて行こうっていう過保護だったんだけどね?」

「……母さんがそんなことを考えていたなんて、俺は……分からなかった……」

「当たり前だよ。人が皆、私みたいに心の声が聞こえるはずがないから……でもケッチーは私に教えてくれたんだ……人は心が分からない―――だからぶつかり合って分かり合う……それが俺の求める家族、だって……」

 

 だから母さんは自分の想いを俺にいつもぶつけてきた。

 優しくて、俺にとことん甘くて、いつも可愛がってきて、すごく過保護で、倫理観スレスレのスキンシップをしてきて―――素直でいた。

 その行為に俺がどれだけ救われたか……ッ!!

 全てを失った俺が、それでどれだけ癒されたか……ッ!

 きっと母さんはどれほど俺が救われたか、分からないだろう。

 もし母さんがいなかったら、父さんがいなかったら……俺はたぶん―――自ら命を絶っていたかもしれないんだ。

 だけど母さんが俺を想っていてくれたから、父さんが大切にしてくれたから……だから俺は今もこうして生きている。

 ……ありがとう、なんかじゃ足りないんだ。

 たぶん一生かけても俺は恩を返すことは出来ない。

 それほどに大切なものを……俺は母さんと父さんから貰った。

 

「……母さんは…………どうして俺を愛してくれるんだ?」

 

 俺は尋ねる。

 

「俺は母さんにとって、不気味な存在だろ?だって、生まれてくる前の記憶を持っていて、赤ん坊の中に赤の他人の心が混じっているみたいなのが俺なんだよ?」

 

 まるで自分を否定されようとするみたいに。

 

「それなのに母さんは何で俺を大切にするんだ……?本当に守りたいものを守れない俺なんかを……弱くて、誰も信じない俺を……ッ!!」

 

 自分のそんな面が大嫌いだから、だから本当に大切な家族に否定してもらいたいから。

 弱い俺なんか、俺じゃないって言って欲しいから―――そしたらまた仮面を被って、皆をこの身に変えても守れると思ったから。

 だけど母さんは表情を変えず、そして―――

 

「―――自分のお腹を痛めて生んだ子供だもん。イッセーちゃんはイッセーちゃんだもん!!だから……例えどんな過去を持っていたとしても、例えどれだけ弱い心でも……私は自信を持って言うよ」

 

 ―――大好きって……そう、母さんは満面の笑みを浮かべて告げた。

 その瞬間、俺の体は小刻みに震え、瞳から涙が止まらなくなる。

 涙を止めようと手で目元を擦るも、涙は止まらず流れ続ける。

 

「なんで、涙が止まらないんだよ……!俺は……強くなくちゃ、いけないのにッ!!」

「……弱くても良い。イッセーちゃんが強くても弱くても、私にとっては大切な子供―――家族だから。だから甘えていいんだよ。全部、受けいれる………………それがお母さんなんだもん!!」

 

 母さんは俺を優しく、包み込むように抱きしめた。

 ……涙が止まらない。

 その温かさを知って、真実を知って、想いを知って……俺はただ母さんの胸で泣き続けることしか出来なかった。

 ―――思えば俺はいつも一人で泣いていた。

 誰にも甘えることをせず、一人で溜めこんで……ドライグやフェルにすら本当の想いを打ち明けずに。

 それは俺が兵藤一誠になる前からも同様で…………そうか、俺は―――初めて、誰かに甘えたんだ。

 心の底から、誰かに身を委ねる。

 それはミリーシェにすらしたことがなくて……誰かに甘えられることはあっても、甘えることはなかった。

 ……温かい。

 気付けば俺に廻っていた負の感情は少しずつ影を潜めていた。

 これが母さんのおかげか、それとも時間が解決したかは分からない。

 だけど俺は―――出来ることならそれが前者であることを願った。

 この会話に意味があったと、そう思いたいから。

 だから今はもう少しだけで良い。

 

「うぅ……うわぁぁぁぁぁぁぁ……ッ!!」

 

 ―――少しだけで良いから、弱さを受け入れて欲しい。

 俺はそう……思った。

 ―・・・

「んん…………今は……」

 

 気付けば既に室内は真っ暗になっていた。

 ベッドの傍では母さんが規則正しい寝息を漏らしながら、ベッド脇でもたれるように眠っている。

 まるで看病をしていて眠ってしまったような感じだ。

 ……俺は母さんの胸で泣いて、そのまま眠ってしまったんだろう。

 目元は涙の跡がある。

 時間は既に日を跨っており、俺は体を起こした。

 

「……起きたか、イッセー」

 

 ……俺が上体を上げると、そこには部屋の壁には父さんがもたれ掛かるように立っていた。

 

「父さん……父さんがここにいるってことは、父さんは」

「ああ、知っている―――お前が悪魔になったということは、既に知っているぞ」

 

 ……それ以外の事も、と父さんは付け加えた。

 

「そっか……知ってたのか、父さんも」

「……いや、俺はまどかほどお前のことは知っていない。ただ一つ言えることは、イッセーは大切な息子。それだけだ」

「ああ。俺にとっても父さんは掛け替えがないよ」

 

 父さんは薄く笑うと、そのまま部屋のソファーに腰かける。

 俺はベッドから出て、その反対側に座った。

 

「まどかから、あいつの秘密は聞いたか?」

「うん……母さんが実は俺のことを、俺が生まれた時から知ってたことと、心の声が聞こえること」

「ああ。そうか……まどかはちゃんと言えたのか」

 

 父さんは腕を組んで考え込むようにそう何度か頷くと、宙を見上げた。

 

「イッセー、お前はまどかとよく似ている。だがな?正反対のところもある」

「正反対?」

「ああ―――辛さから逃げたか、辛さと共に無理して歩いているか……その違いだ」

 

 ……前者が母さん、後者が俺だ。

 

「一見、この二つを比べると後者の方が良い風に聞こえるな。確かにそうだ―――他人の視点から考えればの話だが」

「…………ッ」

 

 父さんは落ち着いた声音で淡々とそう話すも、その言葉は俺に突き刺さる。

 他人視点から……つまり客観的に見たら俺は良い風に見えているってことだ。

 ……ああ、そうなんだろう。

 

「大体の話はアザゼルやバラキエル、ガブリエルさんから聞いた。ロキという神の存在も聞いた。俺はまどかほど異物側に詳しいわけではない。ただ断片的な情報のピースを埋め込んで、そして仕事の関係で悪魔や堕天使の存在を知っていて、そしてある程度の答えを知っているだけだ」

「……十分だよ。ただの人間の父さんがそこまで知っているんだから」

「いや、不十分だ―――現にイッセーは苦しんでいる。それをどうにも出来ないのが俺は悔しい……ッ!!」

 

 ……父さんがそんな声を出す必要はないんだよ。

 父さんの性格、気質を考えたらそれが難しいことは理解できる。

 だけど……どうしようもなく、これは俺しか見つめることの出来ない問題だ。

 ……その問題をどうにか出来ないのは俺だけど。

 ああ、ダメだ―――どうにもかくにも、今は考えがマイナスの方向に向かっている。

 ロキによって見せられ続けたトラウマの後遺症か……あんなの見せられ続けて、良く精神崩壊を起こさなかったって自分でも思うよ。

 

「……教えてもらえないか、父さん。母さんから父さんとのいきさつは聞いた。父さんは、母さんをどうやって救ったんだ?」

「…………救ってなどいない。ただ俺は…………本気でまどかが好きだった、それだけだ」

 

 父さんは真剣な表情で話し始める。

 

「もし仮にまどかが俺に救われたというのなら、そうなのだろう。だがな―――俺は素直に真っ直ぐまどかと向き合った。それだけだ」

「……母さんに心を読む力があるって知っていても?」

「そんなもの愛する気持ちがあれば気にならん!!なぜなら俺は…………心の底からまどかを愛しているからな」

 

 ……言っていることも母さんと一緒だ。

 ―――そうか、好きだから気にならない。

 それは母さんの意見と同じで、母さんは俺を愛していたから……だから不気味な存在だとしても大切にしてくれた。

 ……考えればミリーシェの俺に対する想いだって恐ろしいものだったな。

 嫉妬深くて、でも永遠に俺を一途に見てくれていた。

 ―――考えれば考えるほど、俺は愛され続けている。

 そう思った。

 

「イッセー。俺は事態を完全には把握していない。ただ分かることは、俺の家族を傷つけた愚か者がいて、そしてそいつはお前の大切を傷つけようとした―――分かり易い敵だ」

「ああ……だけど俺はそいつには敵わなかった」

「……それは力がか?それとも―――心か?」

 

 ……そんなの、力に決まっているッ!!

 俺は心で負けるなんて、ありえない!

 心で負けたら……俺は、今まで積み重ねてきたものが全部消えるような気がする。

 それだけは嫌だなんだ!

 

「……まどかはもう天涯孤独だ。頼れる親戚や親は子供を物としか見ていない屑ばかり、もうまどかには俺たち家族しか残っていない―――それは俺も同じなんだ」

「……父さんも、同じ?」

「ああ―――俺の母親。つまりイッセーの婆ちゃんは俺が幼い頃に死んでな?俺は親父に育てられた。親父は消防士で人を助ける仕事をしていて、そして―――火事現場で事故で命を落とした。丁度、俺が中学生ほどの頃だ」

 

 ……じゃあなんだよ。

 母さんも父さんも……家族がいない、のか?

 

「……はっきり言ってしまえば、俺とまどかは当時、傷の舐めあいをしていたようなものだ。互いに頼れる人がいなく、そして俺はまどかの存在を知り、他人のように思えずにあいつと向き合おうとしていた―――何度も失敗したがな。だから俺にとっても家族は、大切な存在はもうイッセーとまどかだけなんだ」

「…………でも俺は」

「分かっている。イッセー、お前には大切な存在がたくさんいるのだろう?見ていれば分かる―――久しぶりにお前の顔を見た時、俺は複雑だった。お前の顔は以前よりも明るくなっていて、それは大切な存在が出来たという証拠で……だが、寂しかった。たった二人の家族が離れていくようで……そしてそれを俺は失いたくない……ッ!!」

 

 ……似た者家族、だったんだ。

 俺も、父さんも、母さんも……皆、一人ぼっちだったんだ。

 だからこそ他の家族よりも家族愛が強く、大切にしようとしていた。

 

「……正直に言おう。俺はお前に戦ってほしくない。次の戦いは危険なものだと聞いた。いつ死んでもおかしくない戦場と聞いた―――お前が戦う意味はあるのか?命を賭けてでも戦う意味を見いだせるのか?イッセー!」

「………………そっか」

 

 父さんは俺に死んで欲しくないんだ。

 だから遠まわしに戦場に行くなと言っている。

 ……俺も家族を残して死にたくはない。

 だが今の俺は余りにも弱い。

 確実に生き残れる保証なんてどこにもない。

 大丈夫、なんて言えない。

 だけど―――

 

「―――守りたいものがあるんだ。俺は……この手の平で包める全ての大切を……守りたい。失ったらどれだけ苦しいか、知っているから……だからさ―――大丈夫だ」

 

 根拠なんて何一つない。

 だけどきっと、こう言わないと俺は気が済まないし、それに―――ミリーシェが愛した俺はこういう人間だ。

 

「確証はない。だけど……俺はきっと帰ってくるよ。父さんと母さんの泣き顔なんて見たくない。それにどれだけ今の俺が不安定で、弱っていても守りたい気持ちだけは今まで変わったことがないから。だから―――俺は戦う」

「……約束、してくれ……ッ!!必ず帰ってくると!何があろうと、俺たちの前で笑顔を見せると!!」

「……約束するよ」

 

 ……まるですごい死亡フラグな気もする。

 だけど……生き残る。

 ロキは必ず俺たちの前に現れ、そして暴虐を働くだろう。

 

「……父さん―――ありがとう」

 

 俺はそう言うと、立ち上がって部屋の外へと向かう。

 背を向けた父さんからは僅かに、嗚咽が聞こえる。

 ……ごめん、父さん。

 本当なら、戦わない選択肢を選んでも良いんだろう。

 だけど出来ないんだ。

 だから俺は振り返らない。

 約束した―――必ず帰ってくると。

 俺は……もう負けない。

 自分の弱さにも、ロキに対しても負けない。

 その思いを胸に、俺はリビングへと向かうのだった。

 ―・・・

『Side:木場祐斗』

 僕たちは沈痛な面持ちで時間を過ごしていた。

 イッセー君の部屋から追い出されて早数時間。

 この場には白龍皇とそのチームメンバー、グレモリー眷属、アザゼル先生、バラキエルさん、ガブリエルさん、イリナさん、オーディン様、ロスヴァイセさん、黒歌さん、フィーちゃん、メルちゃん、ヒカリちゃんが集まっている。

 しかし誰も何かを話そうとせず、ただイッセー君の心配を僕たちはしていた。

 

「……イッセーさん」

 

 アーシアさんはイッセー君の名前を時折呟いては祈りを捧げるように手を組む。

 だけど先ほどから嫌なほど時計の針の音がカチ、カチっと響かせているだけで、僕たちに変化はない。

 

「……初めてイッセー君と出会った時も、彼は今日みたいな感じでした。そういえば」

 

 するとロスヴァイセさんは過去を懐かしむように不意にそう呟いた。

 ……そういえばロスヴァイセさんはイッセー君の過去を知る人物の一人だったね。

 

「ロスヴァイセ、その話は……」

「分かっています、オーディン様。こんな話は無意味だってことくらい……私が彼に好意を抱いた理由なんて、今はどうでも良いということくらい」

 

 ……普段ならば、その言葉で眷属の皆は反応したことだろう。

 だけど今回に関してはいつものような反応はなく、ただ皆がロスヴァイセさんに注目していた。

 

「……おばあちゃんから聞いた話と組み合わせると、たぶん聖剣計画が原因だったんでしょう。イッセー君は計画の被害者の一部を救うことは出来ましたが、それ以外は救えなかった。彼はそのことを今でも悔いている……そのことは知っていますか?」

 

 ……皆が沈黙で応える。

 恐らくそれを知っているのはアーシアさんと僕位なもので、初めて知った人は少し驚いた反応をしていた。

 

「……私が彼を見たのは、ちょうど彼が助けた子供のお見舞いに来た時でした。イッセー君はただただ子供たち……セファちゃんに謝り続けて、そして時間が経つと帰る……私はその時、彼を初めて見たのです」

「……どんな姿を?」

 

 部長は皆を代弁するように尋ねると、ロスヴァイセさんは間髪入れずに応えた。

 

「―――叫び、悔いながら自分を責めるように体を鍛える彼を。まだ小さい子供がです……私が知った初めてのイッセー君は弱さでした。そして最近、彼と再び会うことが出来て…………病室であった時、小さい頃に初めて見た時と同じ顔をしていて驚きました」

 

 ……たぶん覇龍によって心が不安定なイッセー君を見ての事だろう。

 今のイッセー君は自分の闇と向かい合って、一進一退を繰り返している。

 簡単じゃないんだ、自分の闇と向き合うことの難しさは。

 ……最近のイッセー君は色々な人と出会い、影響を受けているはずだ。

 そして今回、悪神ロキによる狡猾な悪手により精神が崩れ去った。

 

「私はそんな彼の優しさに好意を抱いたのです……泣いて謝って、そして自分を責めるように鍛える彼はまさしく弱弱しくて、でも強いんです―――まだあまり関わりのない私ですけど、イッセー君は強さと弱さがはっきりしていると思います」

 

 ……僕も同意見だ。

 そして今は彼の弱い面が現れている。

 ―――そんな会話をしている時だった。

 突如、リビングの扉が開かれる。

 そしてそこには―――

 

『イッセー!?』

 

 ……イッセー君の姿があった。

 イッセー君は着替えさせられたのか就寝着を着こんでおり、そして涙の跡が目元に見える。

 だけどその目は何かを決意したような目をしていた。

 

「大丈夫なのかい?兵藤一誠」

「ヴァーリ……大丈夫とは言えないけど、ロキの禁術の効果は消えたよ」

 

 イッセー君の言葉に僕たちはひとまず肩の力を抜く。

 良かった……イッセー君のトラウマが次々に見せられるなんて、心が壊れていないかを心配していたものだからね。

 きっとこれも兵藤まどかさんや兵藤謙一さんのおかげなんだろう。

 ―――だけど、イッセー君から発せられる緊張感は未だに続いていた。

 

「……ちょっとだけ俺の話を聞いて貰っても良いかな?この機会に、話したいことがあるんだ」

「話したいこと?」

 

 アザゼル先生がそう聞き返すと、イッセー君は重い口を開くように……そして―――

 

「―――俺のことを話そうと思う。たぶん突拍子もないことを話すと思うし、信じられないこともあると思う…………だけど黙って聞いてほしい」

『……まさか兵藤一誠、貴様は……ッ!?』

 

 ……ヴァーリの手の甲に青色の宝玉が現れ、そしてそこから白い龍・アルビオンの驚いた声が響いた。

 奴は何に驚いているんだ?そう考えた時だった。

 イッセー君は話した。

 

「―――――――――俺は前世の記憶を持っている、前代の赤龍帝なんだ」

 

 ―――それは余りにも突然の発言で、僕たちは息をすることも忘れた。

 だが僕たちはまだ知らなかった。

 この時のイッセー君の覚悟を、どれほどの思いで自分のことを話そうと決めたのかを。

 その重要性を僕たちは甘く認識していたんだ。

『Side out:祐斗』


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