ハイスクールD×D ~優しいドラゴンと最高の赤龍帝~   作:マッハでゴーだ!

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第6話 狡猾の神と崩壊する心

 俺、兵藤一誠の前には強大な力を誇る神―――北欧の悪神、ロキがいる。

 突如兵藤家の上空に姿を現したオーディンの爺さんに反旗を翻した神であり、北欧屈指の神だとも言われている。

 ……流石に神様を相手にするのは分が悪い。

 赤龍神帝の鎧(ブーステッド・レッドギア・スケイルメイル)を使えば戦えるだろうが、この神には自分よりも強い魔獣がいるってことは調べがついている。

 

『……相棒。今の相棒の状態ではあの神には勝てん。しかも奴の隣の女―――恐らく神格クラスだ』

 

 ……やはりか。

 ロキにくっ付いている時点で何となく予想は出来ていたが、あの女も相当に強い。

 下手すりゃロキクラスのオーラを感じるほどだ。

 

「ほう……中々興味深いな!この神である我を前にして冷静に我らを分析する!相応の実力がなければ出来ぬことだが……どれ、物は試しだ―――行け、ヘル」

「―――はい、お父様の仰るがままに」

 

 ロキが自分の腕にくっ付いている女……ヘルと呼ばれた女にそう命令した瞬間、奴の腕から女が消える!

 それとほぼ同時に俺の付近に女の気配を感じ、俺は即座に赤龍帝の籠手を禁手化させた!

 

『Welsh Dragon Balance Breaker!!!!!!』

 

 俺は鎧を身に纏い、気配を感じた方向に拳を放つ!

 そこには女―――ヘルがいて、しかしヘルは俺の拳をいとも簡単に避けて俺から距離を取った。

 ……逃がさない。

 

追尾の龍砲(ホーミング・ドラゴンキャノン)!」

 

 俺は自身の魔力に簡易的なプロセスを叩き込み、魔力弾に追尾能力を付加させて撃ち放つ!

 威力は低いがその弾丸はヘルを追尾するように追い始め、更に俺は両手にそれぞれ魔力弾を込める!

 

断罪の龍弾(コンヴィクション・ドラゴンショット)拡散の龍砲(スプレッド・ドラゴンキャノン)!!」

 

 更に追い打ちをかけるように断罪の龍弾と拡散の龍砲をヘルへと撃ち放つ!

 滅却力を持つ弾丸と、魔力弾が拡散する弾丸だ!

 

「……中々やるようね―――それでも私には効かない」

 

 ヘルは黒いオーラを体中に纏い、そしてそれを瞬間的に放つ!

 全方向に凄まじい威力の弾丸を無尽蔵に放ち続け、俺の攻撃を相殺していき―――って、あの野郎ッ!!

 この下には民家がある!

 それを分かってこいつは―――フェル!

 

『準備は出来ています!』

『Creation!!!』

 

 フェルは俺の考えることを先に考えてくれていたようで、俺はそれに従い溜まった創造力を使って神器を創造する!

 胸元にいつの間にか出現していた神創始龍の具現武跡(クリティッド・フォースギア)から白銀の光が噴出し、その光は凝縮して俺の手の内で形を創り始める。

 でも時間がない!

 俺はまだ完全に形となっていない白銀の物体を、そのままヘルの放った弾丸の雨へと投げる!

 俺の頭には今、創った神器の情報が流れているからこそ出来ることだ!

 

白銀の円盤(シルヴァルド・フリスピー)!!」

 

 俺の宣言と共に形を成す機械的な見た目の白銀の円盤!

 円盤は光速でヘルの弾丸へと向かって行き、そして地上に弾丸が到達する前に円盤の形を分解させていき、そして―――

 地上よりも遥かに高い位置で白銀色が微かに含む、とても薄い壁のようなものを展開した。

 半透明で、地上からは良く見えないとは思う―――普通の人間(・ ・ ・ ・ ・)では。

 

「この神器は広域の範囲における防御神器。元々の発想はオーフィスが俺たちをグレートレッドのブレスから、守ってくれた時のものだけど……うまく行ったようだな」

 

 俺の創った神器による防御はヘルの弾丸を確実に防いでおり、俺は安心する―――でもあの野郎、人の命を何だと思ってやがる!!

 あの弾丸一つで何人の命が積まれるのか、分かっているのか!?

 

「……あれを完全に防ぐとは。お父様。あの赤龍帝は予定よりも遥かに面倒ですわ」

「ははは!面白い……まさかヘルを手玉に取るとは―――ヘル、避けろ」

「何を言って―――ッ!?」

 

 ロキはヘルに向かってそう言うが、悪いがもう遅い!

 多少のやり返しはさせて貰うぜ、この野郎!!

 

透視の龍弾(クリヤボヤンス・ドラゴンショット)

 

 ―――俺はあいつの大掛かりな攻撃の最中、もう一つ、性質付加の魔力弾を放っていた。

 威力は少ないが、それでも慢心している相手には確実に通用する……弾丸が透視化する魔力弾を。

 それは今になってヘルの付近に現れ、そして―――ヘルに直撃した。

 威力は低いと言っても赤龍帝の力で何倍にも強化した技だ。

 効いていないとは言わせないぜ。

 

「……私が、血を流すなど……ッ!!赤龍帝!!」

「止めろ、ヘル―――ここからは我が遊ぶ番だ!!」

 

 するとロキはヘルを後ろに下がらせ、そして俺に一礼する―――なんだ、こいつは。

 

「多少貴殿の実力を見誤っていた!なるほど、それならば堕天使の幹部を下し、白龍皇を下し、旧魔王派を崩壊させたのも頷ける!オーディンの前にお前のような者に出会えて喜ばしいものだ、赤龍帝!!」

「……知るか―――この街は壊させない。オーディンの爺さんも殺させない。お前をここで倒せば全部終わりだ」

 

 だから多少無理をする―――

 

『Force!!』

『Reinforce!!!』

 

 俺は創造力が最低限溜まったことを確認し、即座に鎧を『強化』して赤龍神帝の鎧(ブーステッド・レッドギア・スケイルメイル)と化す。

 鎧の各所が鋭角なものとなり、更に俺の力も底上げされ―――背にドラゴンの禍々しいドラゴンの翼が二対四枚で生えていた。

 ……覇龍の影響か。

 

「……力が跳ね上がったぞ!ははははは!!そうか―――それでこそ我が相手をするのに相応しい!ヘル、お前は手を出すな!!」

「で、ですがお父様!!」

 

 ……さっきから気になっていたけど、あのヘルってのは一体何なんだろう。

 お父様、っていうくらいだから恐らくは―――

 

「そのヘルっていうのはお前の娘―――お前の三匹の魔獣にして子供の一角か?」

「調べはついているようだな!その通り!!この娘は我の最愛の子の一人、ヘル!フェンリルには劣るものの、高が悪魔にやられる娘ではない!!」

 

 ……つまり今まで対峙してきたことのないレベル二人を今、俺は相手にしているというわけか。

 はっきり言って今の俺がしていることは自殺行為に近い。

 だがこのレベルの相手を前にすれば、恐らく眷属の皆では危険すぎる。

 客観的に考えてアザゼルやバラキエルさん、ガブリエルさんレベルじゃないと無謀だ。

 ―――小猫ちゃんを置いてきて安心したといえば後で怒られるか?

 

「そう言えば貴殿の名を知らぬな。名乗れ、赤龍帝」

「―――兵藤一誠だ」

『Infinite Booster Set Up―――Starting Infinite Booster!!!!!!!!!』

 

 静かな音声からの爆発的音声が辺りに響き、その瞬間に神帝の鎧の特徴である無限倍増が始まる!

 音声が追いつかないほどの倍増が俺の中で無限に続き、俺はそのエネルギーの余波を魔力を含ませてロキへと放つ!

 

「むぅ……余波でこれほどの―――面白い!既に最上級悪魔を悠然と凌駕しているでないか!!ならば我もそれなりに応えようぞ!!」

 

 ―――ロキは俺の衝撃波を押し返すように魔法陣を展開し、攻撃魔法を発動する!

 恐らくは本気ではない……だけど神の使う魔法だ!

 俺は無限倍増により倍増し続ける力を全て速度につぎ込み、ロキの前から一瞬で姿を消す!

 この鎧は神と戦えるほどの可能性を含んだ鎧だ!

 ドライグとフェル、二人の力を集結させた力で負けるわけにはいかないんだよ!

 

「うぉぉぉぉぉおお!!」

 

 俺はロキの前に瞬間的に立ちふさがり、そのまま振り上げていた拳を奴の懐へと放つ!

 バゴンッ!!……そんな激しい音が鳴り響いた。

 

「なるほど、速度は上々―――だが我にはまだ届かないな!」

 

 ―――次の瞬間、俺は何かの衝撃を受ける……ッ!!?

 俺はその衝撃波で後方に飛ばされ、ドラゴンの翼で何とか立ち留まるも―――鎧の懐に大きな空洞が生まれており、口から血反吐が出る……ッ!

 ……俺が殴ったロキの懐にはいつの間にか魔法陣が一つ描かれている。

 

「この北欧式魔法陣は物理的打撃を言葉通り跳ね返すもの―――なるほど、貴殿の一撃は危険だな!その傷を見れば一目瞭然だ」

「くっ……自分の攻撃にやられる、か―――流石は北欧のトリックスター。やることが汚いな……ッ!」

「ははは!それは褒め言葉と受け取っておこう―――何せ、我は狡猾なのでな」

 

 ……だが今の一撃、回復には少しかかるぞ。

 俺の全力の一撃をそのまま喰らったんだ―――強い。

 恐らく幾つも手札を持っているこのロキという神は、一筋縄では行かない。

 俺が今まで戦ってきた中で最も強い個体で、そして最も油断の隙もない。

 しかもあいつの後ろには神に匹敵する力の魔獣、ヘルやロキすらも超える伝説の魔獣、フェンリルも存在している。

 ……俺は口元の血を拭ってドラゴンの翼を羽ばたかせ、そして懐の鎧を修復する。

 

『神を相手にするには今の状態では不利だぞ、相棒。特に今の相棒は快調とは言えん。奴をまともに相手にすれば』

『命を落とすことは必至です!』

 

 ……ああ、そうだな。

 だけど、俺はこの命を無駄になんてしてやらねえ。

 死んでもやらない―――アーシアに救われたこの命、二度と散らしてたまるかッ!

 

「―――なに?突如、貴殿から発せられるオーラが格段に増した……我がこんなところで武者震いをするとは、驚き以外の何物でもない!」

 

 ロキはにやりと笑い、幾重にも魔法陣を描き始める。

 恐らくは北欧式のものだろう。

 ―――ドライグ、フェル……行くぞ!!

 

『応ッ!!』『はいッ!!』

 

 二人の声が重なった時、俺は未だに倍増し続ける力の一部を胸元のフォースギアへと譲渡した。

 

『Infinite Transfer!!!!!』

 

 俺の体が限界を迎えるまで半永久的に倍増を続ける神帝の鎧。

 それはこの鎧単体での力だけではなく、他の存在に力を無限に譲渡することが出来ることを意味している!

 つまり俺の精神力が持つ限り、俺は無限のように神器を創り出すことが出来る!

 無限に夢幻のような存在を創り出す!

 それがドライグとフェルの力の真骨頂だ!

 フォースギアに倍増の力は譲渡され、それにより創造力の質は何倍にも膨れ上がる―――そして俺は創造する。

 形は籠手、それは幾重にも倍増を続ける赤き龍の力……すなわち赤龍帝の力!

 

「『創りし神の力……我、神をも殺す力を欲す。故に我、求める…………神をも殺す力―――神滅具(ロンギヌス)を!!』」

 

 言霊を発し、フォースギアからは激しい白銀の光が俺の右腕を包む。

 そしてそれは少しずつ形となり、そして―――

 

『Creation Longinus!!!!』

 

 創り上げる。

 

「神滅具創造―――白銀龍帝の籠手(ブーステッド・シルヴァーギア)!」

 

 白銀色のブーステッド・ギア。

 オリジナルよりは火力は多少落ちるが、これの真の目的はそれじゃない。

 

「行くぜ、神様―――」

『Boost!!』

 

 久しぶりに聞く単体での音声。

 10秒毎に力を倍増していく赤龍帝の力と、フェルとドライグの合わせ技による無限倍増。

 そして白銀の籠手を創り出したから可能となる二重倍増のツイン・ブースターシステム。

 そして白銀の籠手の禁手化、白銀龍帝の双龍腕(シルヴァルド・ツイン・ブーストアームド)

 ……体の不調とか、精神力とか肉体的ダメージを考える場合じゃない。

 このロキという神は生かしておけば確実に俺たちに危険を及ぼす敵だ。

 ―――俺の全てを出し切ってでも倒す!

 

「……それが貴殿の完全武装かッ!?なるほど、凄まじい覇気と覚悟を見受けられる!ならば我も本気で応えようか!!ヘル、お前も戦うぞ!!」

「―――その言葉を待っていましたわ、お父様」

 

 ……神クラスの二人を相手にどこまでやれるか。

 勝てる見込みがあるとすれば、恐らくは白銀龍帝の双龍腕と神帝の鎧を併用して使った時のみだ。

 つまり戦闘を可能な限り長引かせ、俺の経験や体験を白銀の籠手に沁み込ませるように入力していく。

 ―――ドライグ、最初だけ飛ばすぞ!

 

『Infinite Accel Boost!!!!!!』

 

 この鎧の最高出力を指し示す最後の音声が鳴り響く!

 それにより無限倍増の力は全て解放され続ける状態となり、俺の負担は激増したものの、俺の力はそれ以上に激増した!!

 行ける、これなら―――

 

「―――ぐふッッッ!?!?」

 

 俺は目にも止まらぬ神速で動き、構えていたヘルに向かって拳を放つッ!!

 ヘルは反応も出来ず、そのまま空中を殴り飛ばされるが、俺はそこから追撃を続ける!

 魔力がある限り力を増大し続け、機関銃のように撃ち続ける!

 

「―――アスカロン」

『Blade!!』

 

 俺は左腕の籠手より聖剣アスカロンを抜き、それを構えてヘルの方へと向かう。

 ……ヘルは魔獣―――つまり、聖剣は効果覿面だ!!

 

「悪いけど、ここで消えてもらう―――唸れ、アスカロン!その聖なる刀身により、魔を切り裂けェェェェ!!!」

 

 俺は右腕でロキの方に魔力弾を幾重にも撃ち放ち、そして左手に握る倍増のエネルギーを加えた強化版のアスカロンでヘルを切り裂く。

 ……そして嫌な音が響いた後―――ヘルはその場で塵となって消えた。

 

「―――後はお前だけだ、ロキ」

 

 俺はヘルを屠ったその場所で浮かびながらアスカロンをロキへと向ける。

 ……この手で生命あるものを屠った。

 それを忘れず、俺は戦う。

 

「…………その動き、速度、力―――神である我にも通用するやもしれんと認めよう」

「……お前、分かってるのか?今、俺はお前の娘を殺した―――なのになんでそんな平然としているんだ」

 

 ……あまりにもロキの様子が変わらなさすぎる。

 幾らなんでも娘を殺されたならば、怒り狂うのが当たり前だ……なのに何故こいつはこんなに平然としているんだ?

 

「ん?ああ、確かにヘルは死んだ。お前の力はヘルよりも強いという証明だろう―――だが、それがどうした?」

「だがってお前……ッ!!」

 

 殺した俺が言えることじゃない!

 でもいくらなんでもそれは冷たすぎるだろう!?

 

「貴殿は何を怒っている?―――ヘルは死んだが(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)別に消えてはいないぞ(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)?」

「何を言って―――ッ!?」

 

 俺がロキの意味不明な言葉を問いただそうとした瞬間だった―――突如、黒いネットリとした液体のようなものが俺の鎧越しに纏わりつく!

 な、なんだこれは!?

 

『ふふふふ、ふふふふ!!!良い男、ですわぁ……強い男は大好き、めちゃくちゃにしたくなる―――お父様、この赤龍帝を食べてしまっても良いかしらぁ?』

「そ、その声は―――ヘル!?」

 

 その液体から響く声は先ほど俺が屠ったヘルのもので、その官能とした声が今は恐ろしく不気味に感じる……ッ!!

 

『そうよぉ……私は魔獣ヘル……死んでも私はこうして生き返る―――私はねぇ?力は弱いけど、自分の生死を司る神格の持ち主よぉ』

 

 呂律が回っていない!

 恐らく蘇生の後遺症のようなものだけど、液体は鎧を通り越して内部にまで到達する……ッ!!

 気持ち悪い感覚に囚われながら、俺は動けない……ッ!!

 

「ヘルは自分を殺せる男を自分の物にする傾向があるのでな!大抵の男はヘルが飽きて食されるが、貴殿はどうであろうな!興味深い!!」

『お父様は黙ってくださいなぁ……ふふふ、久しぶりに食べ応えのある体♪貴方の何もカモ食べて、それデモ生きていたら私の所有物にしてあげる♡』

「くそ、が……ッ!!お断りだ!!」

 

 ……くそ、だけど今こいつの拘束をどうにかすることが出来ないッ!?

 たぶん、力技だけではどうにもならないロジックがあるんだろうが……ッ!!

 

『相棒、今すぐに鎧を全て解除しろ!!武装も全解除で魔力の逆噴射で焼き払うしかないッ!!』

 

 ドライグからの提案が頭に響く!

 確かに体中に魔力を過剰供給して一瞬だけ魔力を体外に放出する、その一点に力を込めればこの液体を振り払えるかもしれない!!

 

『主様、もう考えている暇はありません!ヘルが人の姿でありながら魔獣と言われるのはこの姿が由来しています!!早くしなければ主様は浸食されて!!』

『もー、良いよねぇ?いただきまぁ~す♪』

 

 鎧内部で蠢く液体に冷や汗を掻きながら、俺は全武装を解除し、そして内にある魔力を全て凝縮する!

 ……ッ!!

 液体状態のヘルは俺の体を文字通り、削りながら食べ始めるッ!!

 

「かは……ッ!!くそ―――魔力が、練れない……ッ!!」

『アハハハハ―――ワタシに憑りつかれている状態じゃあジブンではどーにもならないのぉ~……キャハハ!おいしいわ、あなたの……カ・ラ・ダ♡』

 

 く、そ―――ここまで、なのか?

 俺はこんなところで…………死ぬのか?

 こんな奴に食われて、蝕まれて、辱められて―――それで良いのか?兵藤一誠!!

 まだ皆に俺のことを話してないのに、過去を何一つ扶植できていないのに!!

 ―――こんなところで!!

 

「死んでたまるかぁぁぁぁぁあああああ!!!!!!」

『キャッ!!?』

 

 ―――俺の叫びと共に、俺に流れる全ての魔力が逆流を始め、その反動でヘルは俺の体から飛ばされる。

 ……だけど、俺の全魔力を使った上にヘルに蝕まれた傷は深く、俺は空中で浮かぶだけで動けない。

 

「ヘルの拘束を打ち破るか!?驚かしてくれるものだ、赤龍帝!!」

『だけどぉ……もう一回、タベテアゲル~』

 

 ……あの液体の状態では幼児退行でもするのかよ、あの野郎は!

 恐ろしい通り越して、もう気持ち悪い!

 だがどうする!?

 今の俺は動く力も魔力もない!!

 一つだけ望みがあるとすれば、それは―――そう思った時だった。

 

「―――……私の先輩に手を出さないでくださいッ!!!」

 

 静かなようで相当の怒気を含む声音の声が響いたと思うと、俺に向かって再び近づいていたヘルは何かによって殴り飛ばされる!

 液体は上空に四散し、そして空中で同じように集まって少しずつ人の形に戻って行った。

 

「何です?せっかくのお楽しみの邪魔をして―――猫の女」

「……私は先輩のペット……は昔の話でした。今はイッセー先輩の後輩です」

「……そして私は、にぃにの妹ドラゴン」

 

 ―――そこには戦闘モードに入っている小猫ちゃんの姿と、そして少女モードのヒカリの姿があった。

 ……そうか、光速で移動出来るヒカリが小猫ちゃんを背負い、そしてこの場に来た。

 ヒカリはチビドラゴンズの中でも冷静で、恐らく俺のSOS(・ ・ ・)をいち早く受け取ってくれた……ってことだろう。

 

「……悪魔にドラゴン。ですが私達の相手にはならないですわ―――ですよね、お父様」

「確かに貴様たちを相手にしても楽しそうもない―――早々に始末するか」

 

 ……ロキが行動を起こそうとした時だった。

 

「―――誰の妹にそんなことしようとしてるにゃん」

 

 ロキが小猫ちゃんへと手の平を向け、そして魔法陣を展開しようとした瞬間だった!

 その場に魔法陣が展開され、そこから黒い着物のようなものを着ている黒歌が現れ、そしてロキへと凄まじい掌底を放つ!

 ロキはそれを難なく避けるも、黒歌は追撃のように妖術と仙術の合わせ技である妖仙術により、掌底の一撃を遠距離まで届くようにした!

 

「妖術と仙術込みの掌底だけど、流石に神には通用しないねぇ……厄介にゃん」

 

 それによりロキは若干後方に飛ばされる―――だが無傷だ。

 やはり神には半端な攻撃じゃあ通用しないってことか……俺はそう考え、痛む傷を何とか動かそうとした時だった。

 

「イッセーさん!!」

 

 ―――その時、どこからか焦るようなアーシアの声が響いた。

 俺は声のした方向に顔を向けると、そこには黒歌と同じように魔法陣が展開され、そこからアーシアとギャスパーが現れる!

 アーシアは俺の血まみれの姿を見て瞳に涙を溜めるも、すぐさま神器により回復を始めた。

 ギャスパーはスカートのポケットからハンカチを取り出し、俺の血をふき取ってくれる。

 だけど二人は俺の治療をしてくれる最中、俺の顔をキッとほんの少し鋭い目で見てきて、そして―――多少強めの声音で言葉を発した。

 

「どうして、また一人で戦ったんですか……ッ!!こんなにひどい傷を負って……ッ!!」

「そ、そうですぅ!!あんなのいくらイッセー先輩でも危ないに決まってるじゃないですか!!」

 

 アーシアとギャスパーは俺を叱りつけるように、しかし瞳に涙を溜めながらそう言った。

 ……俺もまさかロキが現れるとは思っていなかった。

 でも―――

 

「ごめん―――俺しか、いなかったんだ。あいつらを相手に出来る奴が、俺以外に居なかったんだ……ごめん、心配かけて。でも助けてくれて、ありがとう」

 

 俺はアーシアとギャスパーの目元に溜まる涙を拭い、そして笑みを浮かべる。

 ……俺は何も、最初から一人で戦おうとしていたわけではない。

 

「……ヒカリがイッセー先輩の異変に気付かなければ、大変なことになっていました」

「やっぱり俺のSOSに気付いてくれていたのか……」

 

 俺が出したSOSとは、ヘルが全方位の黒いオーラの弾丸を放った時、白銀の円盤の影響でこの辺り一帯を覆った白銀の光。

 あの光は普通の人間になら目視することは出来ないが、だけど人間でなければ目視することが出来る。

 そしてこの町の人外は基本的に俺たちの仲間。

 白銀の力を使うのは仲間の中では俺だけであり、そして何もないときに俺はフェルの力を使わない。

 つまりは―――俺が力を使う事態に追い込まれている。

 あれは町を守ると同時に俺が仲間に助けを求めていた合図だったってことだ。

 出来れば奴らを俺だけの手でどうにかしたかったけど、一応のために保険は用意していた。

 

「びっくりしたにゃん。朱璃ちんのところから帰る途中で、いきなりイッセーの力が発動したから、只事じゃないと思ったけど―――まさか神がいるなんてね」

「俺もびっくりだったよ―――でもありがとう、皆。おかげで生き残れた」

 

 俺は四枚のドラゴンの翼を織りなし、そして腕を軽く回す。

 アーシアの回復力は相変わらず最高で、ヘルによって蝕まれて生まれた傷はほぼ完治していた。

 ……魔力はなくても、神器さえあれば戦える。

 体力は限界までほど遠く、選択肢なんていくらでも探し出せる。

 

「数は多いが、しかし我を相手にするには物足りん!自らの格を考えるが良い!!」

 

 ロキは手元に連鎖させるように魔法陣を積み重ね、それを俺たちの方向に向けて来る。

 魔法陣は碧色に染まったものもあれば、紫色に染まっているものもあるなど多種多様で、恐らくは属性能力がバラバラなものが多いはずだ!

 つまり発動させては面倒ということ―――俺はその時、地上より何かの気配を感じた。

 この気配は―――可能性に掛けるしかない。

 

「―――唸れ、アスカロン。その刀身は聖なる龍の具現を」

 

 アスカロンからは聖なる光が湧き出てきて、更にその光は龍の形と成していく。

 

「魔を喰らいつくしき聖者の龍よ!混沌の闇を喰らいつくせ!!」

『Boost!!』『Transfer!!!』

 

 俺は聖なる龍を具現化させ、更に通常の籠手による力の倍増とその譲渡を一気に行う!

 それにより光の龍は力を大幅に膨れ上がらせ、そして俺は龍を操作してロキとヘルへと放つ!!

 アスカロンによる光の攻撃は俺の魔力を必要としない!

 当然力の上限には制限はあるが、それは赤龍帝の力があればある程度は解消できる。

 

「ヘルに喰われてなおそれほどの力を使えるか!ならば我もそれ相応の力を使おう―――フェンリル!!!」

 

 ―――俺の聖なる龍による攻撃が着実にロキとヘルに近づいている時、ロキは天に向かってそう高らかに宣言した。

 それと共に上空に浮かぶ巨大な魔法陣。それは俺の攻撃を無力化するも、空中からその姿を消さなかった―――まさかあの野郎、ここで最凶の魔獣を召喚するつもりか……ッ!?

 神殺しの力を持つ最悪にして最凶の魔獣、「神喰狼」フェンリル。

 俺の持つ神滅具とは違う意味の、それこそ神にとって天敵となる魔獣だ!

 その力は親であるロキを超え、魔獣の中でもトップクラスの実力……こんなところで出現されたら、俺が張った神器による結界なんか簡単に突破される!

 

「召喚させてたまるか……ッ!!この町には大切な人たちがいるんだ……!!」

 

 アスカロンからは更に強大な聖なるオーラが噴出し、更に籠手は瞬時に禁手化して鎧を纏わせる。

 更に懐にある夜刀さんの創った刀、無刀をアスカロンとは逆の手で握る。

 無刀からは俺の怒りと呼応するように、紅蓮の刀身を刃無き刀に出現させる。

 

「無刀・紅蓮の龍刀!!」

 

 俺は紅蓮の刀を握り、そしてそれを振るうと刀身は柄から抜けるように離れ、そのままロキへと向かって飛んでいく!

 更に聖なる斬撃波を放ち、次々と遠距離で攻撃を仕掛けていくも魔法陣は消えなかった。

 

「私も手伝うにゃん!!」

「……私だって、この町を壊させません……ッ!!」

 

 黒歌と小猫ちゃんは遠距離から仙術による攻撃をするも魔法陣は消えず、そして徐々に魔法陣から何かが現れ始める―――もう、遅いのか!?

 

「……イッセー先輩、僕があの魔法陣の展開を少しの間だけ停止させます!!だからイッセー先輩は術者の集中を途切れさせてください!!」

「ギャスパー……頼んだぞ!」

 

 俺はギャスパーの頭をくしゃくしゃと撫でると、アスカロンと無刀を握ってロキへと近づく!

 ギャスパーの瞳は気味の悪いほど赤く染まっており、そしてギャスパーの視界には魔法陣が捉えられており、魔法陣が赤い何かによって効果を停止させられている!

 ……神の魔法陣を停止させるなんて、どれだけの精神力があれば済むんだろう。

 だけどこれはギャスパーの覚悟だ―――無下になんて出来るか!

 

「アーシア!!この辺り一帯に響く位、癒歌を歌ってくれ!!」

「―――はい!!」

 

 俺は大声でアーシアに指示を出す―――そう、どんなに距離が離れていても、その唄を心地よいと感じた存在全てを癒すアーシアの癒歌。

 微笑む女神の癒歌(トワイライトヒーリング・グレースヴォイス)

 俺を救ってくれた力で、今回も俺を守ってくれ、アーシア!

 

「くっ!停止の神器が存在するとは聞いていたが、まさか我の力すらも止めるとは!だがしかし、それで神が負ける道理はない!!」

「うるせぇよ、悪神野郎!!」

 

 俺は素早く二刀流の形でロキへと剣戟を開始する。

 ギャスパーがあの魔法陣を停止してくれている間に、術者であるロキをどうにかする!!

 ロキは俺へと激しい物理攻撃を放つも、俺は自分のダメージを気にせずに二刀流による連撃を繰り返していく。

 ロキはそれを魔力やオーラで無力化しようとするも、俺の速度は収まらない。

 ……俺に対するダメージはアーシアの歌が治してくれる。

 だから俺は傷を気にせずに戦えるんだ!

 

「ふはははは!!体術だけならば神と相対するか!?つくづく恐ろしいな、赤龍帝!!だが貴様は見落としている!!」

 

 ―――するとロキは手元に黒いオーラを集中させ、そしてそのオーラの中から剣のようなものを取り出した。

 それでロキは鎧越しに俺を切り裂く……ッ!!

 ロキの剣は俺の横腹を抉り、俺は口から血を吐き出した……!

 今の一撃は……かなりやばい……ッ!!

 

「これは我が鍛えた剣―――神剣・レーヴァテイン!そこいらの魔剣聖剣では勝てぬぞ!!」

 

 また伝説級の業物か!

 くそ、早くこいつをどうにかしないと駄目だ!

 ギャスパーの停止だって長続きしないはずな上に、今ロキをまともに相手に出来るのは俺だけだ。

 確かに傷はすぐに治る―――だけどこうも俺の攻撃が効かないなら、精神的にもきつい。

 魔力はさっきヘルに全て持っていかれて―――待て、何で俺がロキと接近戦をしているのに、ヘルは俺に向かって何もしてこないんだ?

 俺はロキを傍目に後方にいるヘルの方向を見た―――その顔は、悪戯なようにニヤッと笑っていた。

 

「まさか、この魔法陣は……ッ!?」

 

 俺はそのことに気付き、今すぐにヘルの所に向かおうとする!

 この魔法陣はロキの動作から奴が展開したものと思っていたけど、実は違ったんだ!

 あの魔法陣はロキではなくヘルが展開したものであり、ロキはそれをあたかも自分で発動したものかのように振る舞った。

 これが―――狡猾神ってことかよッ!!

 

「気付いたようだがもう遅い!我と心理戦をするにはまだ若いぞ、赤龍帝よ!!」

「く、そ……邪魔を、すんじゃねぇよ!!」

 

 俺のアスカロンとロキのレーヴァテインが鍔迫り合いをする。

 レーヴァテインは恐ろしいほどの神々しいオーラを放っているが、特別俺を焦がすようなダメージはない。

 恐らくこの剣は魔剣や聖剣のような多種族への弱点のような特出はないんだろう。

 ただ神剣と名乗るだけの力はある!

 俺のアスカロンよりもパワーがあり、恐らくデュランダルにも劣らない力がある!

 

「まさかここまで楽しめるとは思っていたかったが、もう終焉だ―――さあ、現れろ。我が愛すべき息子よ…………フェンリル!!」

 

 ロキがそう言った瞬間だった―――アオォォォォォォォォォォォン!!!!!

 …………辺りにひどく響くような狼の遠吠えが聞こえた。

 俺はギャスパーの方を見ると、あいつは疲れ果てるように肩で息をしながら鼻から血を流していた。

 ―――無理して停止して後遺症だ。

 むしろあいつはここまで持たせてくれた……不甲斐なかったのは俺だ。

 ロキの力を見誤っていたわけではない―――ただ、純粋な実力でこいつに敵わなかった。

 心理戦、接近戦、剣戟戦、打撃戦……全てにおいて俺は負けた。

 だけど今はそんな負けを考えている場合じゃない。

 こうなってしまったら、俺が出来ることはこの場から皆を守り抜くことだけ。

 俺はロキから離れ、一瞬で他の皆の所に到着する。

 

「イッセー先輩……ごめんなさい、僕が弱いばっかりに……ッ!!」

「ギャスパーは悪くない―――今は誰が悪いとか、そんなことを考えている場合じゃない。あの化け物を目の前にしてるんだからな」

 

 俺はその目でその姿を黙視する。

 ……灰色の体毛、全長10メートル以上ある巨大な体。

 見た目はまるっきり狼で、そしてその風貌から発せられる体が震えるほどの不気味なオーラ……ッ!!

 間違いない―――神をも殺す牙を持つ、最悪最凶の魔物だ。

 俺は震える手をギュッと握り潰し、そしていったん深呼吸する。

 そして周りを見渡す…………皆、フェンリルの姿に怯えていた。

 まだマシなのは黒歌くらいだ。

 それでも恐怖感は目の見えるように分かるし、冷や汗も掻いている。

 

『相棒、あれは余りにも危険だ!最悪の場合、全盛期の俺でも手こずるような相手だ!!』

 

 分かってる……でも今、俺だけ逃げたら他の皆はどうなる。

 どう転んでも、今のままでは全滅だ。

 

「黒歌。お願いが―――」

「いや」

 

 俺は黒歌に皆を連れて逃げろ、と言おうするも、黒歌はそれを言う前に拒否した。

 

「どうせ、皆を連れて逃げろとでも言うんでしょ?―――ふざけないで!イッセーを残して、王様を残していけるわけないにゃん!自己犠牲もいい加減にするにゃん!!」

「………………」

 

 黒歌の怒りの表情と、悲しげな瞳を見て俺は何も言えなかった。

 ……だけど、それ以外に皆を守る方法がない。

 ロキとヘルとフェンリル。

 あいつらを一気に相手にして守れる保証はないんだ。

 そもそもロキにすら勝てなかった。

 ……黒歌だって、俺が傷つく姿なんて見たくないはずだ。

 だけどそれは俺も一緒だ―――例え嫌われても自分を通す。

 ―――そういえば一つだけ、あいつらに勝てる方法があったな。

 

「……もし魔力が残っていれば、生き残れたのかもしれないけど―――仕方ないよな」

 

 俺は一息ついて、覚悟を決める―――本当は使いたくもない。

 だけど俺はこいつを――――――覇龍を自分の意志で、皆を守るために使う。

 

『なっ!?相棒!!それが何を意味しているのか分かっているのか!?相棒の中には既に魔力はない!!つまり覇龍が糧にするのは相棒の命だ!!』

 

 分かっている―――次に俺が覇龍を使えば、俺は確実に死ぬと。

 だけど死なないかもしれない。

 俺があいつらを瞬殺して、さっさと覇龍を解けば……希望観測でしかないけど。

 もうそれしかないだろう?

 

『確かにそうかもしれません……でも、奇跡は二度も起こりません!!お願いです、主様!!止めてください!!』

 

 ……ごめん、フェル。

 でも俺がこれを発動したい思いは、前のような怒りだけじゃなくてさ―――守りたいからなんだ。

 だから血に染まった呪われた力を使う。

 

「……我、目覚めるは―――覇の理を神から奪いし二天龍なり」

 

 ―――俺は二度と発さないと誓った呪文を、守るために紡ぐ。

 俺の背中では皆が俺を制止する声が聞こえるも、俺はもう止められない。

 一度発してしまえば後は俺の中の怨念が呪文を同じように紡ぐ―――そう思っていた。

 

「―――無限を嗤い、夢幻を憂う」

 

 だけどどこからも俺に続くように呪文を紡がない。

 

「―――我、赤き龍の覇王となりて」

 

 鎧にも何の変化もなく、そして―――

 

「汝を紅蓮の煉獄へと沈めよう――――――」

 

 ―――何も、起きなかった。

 少なくとも、その事実に俺は焦りを感じた。

 

「どう、してだ……!!どうして、発動しないんだ!!!今しかないだろう!?守るためにはお前の力が必要なんだ!!なのに肝心な時に何で発動しない!!」

 

 俺は叫ぶしかなかった。

 ―――いつも俺とミリーシェを離れ離れにさせた力が、本当に必要な時に発動しない。

 そのことが頭にきたと言っても良かった。

 

「守らなきゃいけないんだ……ッ!!大切な存在を守るんだよ!!なのにどうして何も起きないんだ!!!」

「い、イッセーさん!落ち着いてください!!」

 

 アーシアは俺の背中を抱きしめるが、俺の焦りは消えない……!

 目の前に神をも殺す最悪の敵がいるんだ!

 このままじゃ、皆死んでしまうんだ!!

 微かな可能性がもう覇龍しかないんだよ!

 

「……まあそろそろつまらなくなって来たか―――フェンリル。思い残すことなく、奴らを喰らえ」

 

 ―――ロキがフェンリルにそう命令した時だった。

 ワォォォォォォォォォォォォォォン!!!!

 ……狼のように鼓膜が破れそうな咆哮を上げながら、フェンリルが動き出した。

 速度で考えればそれは一瞬のような出来事。

 

「……たまるか―――やらせて溜まるかぁぁぁぁぁぁぁああ!!!!」

 

 俺は何の考えもなしに皆の前に立ち、そしてフェルの力、ドライグの力をフル活用して防御に徹底する。

 ……覇龍は使えないことには戸惑いはした。

 使えないなら、この身を挺してでも守るしかない。

 ―――いや、体が勝手に動いてしまうんだ。

 そこには理屈なんてものは存在しないんだ。

 

「ダメです、イッセーさん!!」

「イッセー先輩ッ!!私達はもう良いから、お願いだから!」

 

 ……静止の声が聞こえても、俺は逃げるわけにはいかない。

 でも―――今回は、大丈夫とは言えないかな?

 

「―――俺の生徒に手ぇ出してんじゃねぇぞ!!」

 

 ―――その時、雲を打ち抜いて俺たちのすぐ傍を10メートル以上はある光の槍が貫いてゆき、そしてそれはフェンリルへと直撃した。

 それだけじゃない。

 地上から次々と聖魔剣や光の剣、雷光、黒い魔力が放たれていき、最後に強大な……それこそロキよりも強大な力が放たれる。

 そして俺にアーシア、小猫ちゃん、黒歌、ヒカリの周りに北欧式の魔法陣が描かれ、そして―――俺たちはフェンリルから離れたところに飛ばされた。

 辺りは雲に包まれて視界がはっきりしないものの、しかし次の瞬間辺りに唐突に突風が撒き散らされる。

 そして俺の目に映ったものは―――

 

「糞野郎、久しぶりに頭に来たぞ……ッ!!」

「誰も殺させぬぞ、神よ!!」

「……汚い真似をするものです―――今は亡き神の名において、あなたを断罪します」

 

 俺たちの前で俺たちを守るように立つ、アザゼル、バラキエルさん、ガブリエルさんがそこにはいた。

 それだけじゃない。

 俺たちの周りには部長、朱乃さん、祐斗、ゼノヴィア、イリナ、ロスヴァイセさんといった面々も集結しており、そしてその奥には―――オーディンの爺さんがいた。

 

「よくもまあ奴らを相手にここまで持たせたものだわい―――ロキ単体ならお主でも勝てていた。自信は無くさなくても良いぞ?」

「爺さん……」

「ここからは大人に任せい―――のぉ、ロキ。これはどういうことじゃ?」

 

 するとオーディンの爺さんは俺たちの前に出て、そしてアザゼルたちに囲まれながらロキにそう尋ねた。

 

「おやおや、我らが主神殿。こんな辺境の地でお会いできるとは思いもよらぬ僥倖だ―――などという言葉は必要あるまい?」

「そうじゃな―――分かることは一つ。お主は我を狙っておる。それだけじゃろう?」

「分かっているならば、我の怒りも分かるだろう?―――我ら北欧を抜け出し、我ら以外の神話体系に接触するというのが耐え難いのだ!我らが成すべきことは神々の黄昏(ラグナロク)を成就させることだ!!」

 

 ……神々の黄昏(ラグナロク)

 北欧神話における神々の最終決戦的な意味合いを含んでいる言葉であり、曰く世界の終焉を意味している。

 ―――それを蔑ろにするオーディンに我慢ならなくなって来たってわけか。

 

「ああ、わしも昔はそう考えていた者じゃ―――いずれ黄昏は来るじゃろう。だがそれを早めるようなことはわしはせん。黄昏は世界の終焉じゃ。この世界には未だ楽しげなことで溢れておる。わしはただ楽しく色々なものと交流した、それだけじゃ」

「それが我々の願いを妨げていると何故気付かない!?」

「終焉など必要ないのじゃ―――ロキよ。お主は頭が堅くて困るのぉ」

 

 しかしロキの怒りが収まるわけがない。

 ……だが神であろうとロキは所詮、オーディンの下に属する神だ。

 いくらなんでもこれは越権行為以外の何物でもない。

 

「悪神ロキ様。これは我らが主神に対する反逆行為とみなされても可笑しくない事です。今すぐその牙をお納めください―――しかるべき公正な場で正当に異を唱える。それがすべきことです!」

「―――高が戦乙女が我に口出しをするなど愚の骨頂……そうか、あくまで貴殿は我の想いを踏み躙ると、そういうことかな?」

 

 ロキの質問にオーディンの爺さんは頷かない。

 そしてオーディンの代わりというようにアザゼルがロキに話しかけた。

 

「―――お前がどんな思いをしているとか、そんなことは知ったこっちゃねぇ。だがな…………お前は俺の生徒に手を出したんだッ!!相応の覚悟は持ってもらう!!」

「堕天使の総督、アザゼル殿か……しかしお主では我には勝てぬ。黙っていてもらおうか?」

「ああ、良いぜ。だがその前に―――お前は禍の団(カオス・ブリゲード)と通じているのか?」

 

 アザゼルはここぞとばかりにそう尋ねた―――もし神と禍の団が繋がってたとしたら大変なことになる。

 何せ、神は単体で一騎当千の実力だからな。

 するとロキは首を横に振る。

 

「あのような愚者の集まりと一緒にしないでもらいたい―――我は自らの意志でここにいる。さあ、分かっただろう?我は故にこの場を引く気はない。抗うとあらば、我は全てを以て貴様たちを屠ろう」

 

 すると奴の傍にいるフェンリルとヘルがこちらを睨んでくる。

 ……こっちにはオーディンの爺さんに、実際にこの場で戦力になれるのはアザゼル、ガブリエルさん、バラキエルさん位のものだ。

 それ以外は余りにもフェンリルを相手にするのには危険すぎる。

 オーディンの爺さんは確かに強大な力を誇っている。

 上級悪魔クラスを一瞬の内に何人も屠るような馬鹿げた力を持っているのは前回の戦いで知ってはいる。

 だが相手が神殺しの牙を持っているフェンリルなら話は別だ。

 フェンリルに対抗できる力を持っていたとして爺さんは俺たちの護衛対象。

 下手に戦闘に参加させて、もしフェンリルの毒牙にやられでもしたら大変な事態になる。

 ……つまり実質、この場でまともに奴らと戦えるのはあの三人しかいない。

 ヘルは実際の実力は俺でも相手に出来るけど、あいつは再生能力が厄介だ。

 今の俺は魔力はなく、精神力も削られている。

 覇龍を発動できなかった反動かは知らないが体も重く、こうして考えることくらいしか出来ない。

 

「くそ……ッ!俺がもっと強ければ…………」

「イッセーはアーシアや皆を守ったわ。だから自分を責めるのは止めて」

「そうですわ。イッセーくんがいなければ、そもそも私たちはこの場にいなかった可能性だってあるのですわ」

 

 部長と朱乃さんが俺の頬を摩ってそう言ってくれる……でも、この場では俺は何の役にも立たない。

 それが不甲斐なくて、自分が嫌になる……ッ!!

 

「しかしよくもここまでの顔ぶれを集めたものだな、オーディン!堕天使の総督アザゼル、堕天使の幹部である雷光のバラキエル、熾天使の一角である最強の女性天使ガブリエル……それほどまでに日本神話との会合を成功させたいか……ッ!!」

「黄昏なんぞ、しばらくはこんでも良いのじゃ―――終焉はまだまだ先だからのぉ」

「……ヘル、お前は三下の悪魔共をかたずけろ。我は奴らとやる」

「了解しました、お父様」

 

 ヘルは動き出す。

 ロキの隣から一瞬で姿を消し、そして俺たちの前に姿を現す。

 祐斗はそんな俺たちの前にエールカリバーを二本握り、更にその一本の剣先をヘルに向けた。

 

「僕の仲間には指一本触れさせないよ…………それに何より、僕たちのイッセー君を傷つけた君を僕は許さない……ッ!!」

「そうですね、木場君―――私もオーディン様に仕える戦乙女。このような愚行を私は許しません、ヘル様!!」

「どうでも良いですわ―――赤龍帝は動けない。ならば私が負ける通りなどこの世には―――」

 

 ヘルが手元に黒いオーラを集結させ、それを振るう瞬間だった。

 突如、俺たちの後ろから純白の何かが放たれ、それがヘルへと向かい、更にロキやフェンリルの方にまで放たれる。

 ヘルはその弾丸を避けるも後方に退き、フェンリルはその弾丸からロキを守るようにそれを爪で切り裂く。

 

「―――ならば、白龍皇が相手ならどうかな?」

「……ヴァーリ?」

 

 俺は後ろを振り返ると、そこには涼しい顔をしながら純白の鎧のマスクを収納し、素顔を晒しているヴァーリの姿があった。

 いや、それだけではない。

 その周りには美候、アーサーやシィーリスまでいて、更に見知らぬ魔法使いの少女?のような恰好をした女の子がいた。

 つまるところ―――禍の団『ヴァーリチーム』。

 テロ組織にしては破壊活動を一切しない、理解不能な集団だ。

 

「やあ、兵藤一誠。君と会うのは前回以来か?まあどっちでも良い―――アルビオン、行こうか」

『ドライグを助けるのは些か考え物だが……良いだろう』

 

 ヴァーリはどんな心境の変化か、アルビオンに話しかけた後にマスクを再び装着して飛び立つ。

 手元には純白の魔力が迸り、その矛先は―――ロキへと向けられていた。

 

『Capacity Divide!!!』

 

 そしてその音声と共に、その魔力は弾丸としてロキへと放たれる。

 だが今の音声―――今までに聞いたことのない白龍皇の音声だった。

 ヴァーリの放った弾丸は光の速さでロキへと到来し、そしてロキはそれに気付いたのか振り払おうとするが……

 

「……ッ!!これは……」

 

 それも虚しく弾丸はロキへと直撃し、ロキはアザゼルたちとの戦闘の最中、一瞬だけ動きを止めた。

 

「お初にお目にかかる、北欧の悪神ロキ。俺の名はヴァーリ―――白龍皇だ」

「……貴殿は我に何をした?我の動きを止めるなどあり得ぬ!!」

 

 ロキはフェンリルの背に乗り、アザゼルたちから離れてヴァーリにそう言い放つ。

 

「それを教えるほど俺が優しげに見えたかい?残念だが、俺は自分の手の内を敵に教えるような愚かな真似はしない」

『DivideDivideDivideDivideDivideDivideDivideDivide!!!!!!』

 

 ヴァーリはロキへと向かって手の平を向けた瞬間、半減の音声が幾重にも鳴り響く。

 ……が、ロキからはそれにしては余り力が減っていないように感じる。

 相手は神格……流石のヴァーリの半減の力も上手く動作しないのか?

 

「なるほど、やはり神には半減の力は効きにくいのか……これは良いことを知った。ならば次は何をしようか……ッ!!」

 

 ヴァーリの奴、目が光ってやがる!

 あいつ、神を相手に恐れるどころか楽しんで自分の力を試してるのか!?

 するとロキは怪訝な顔をした。

 

「ふむ、これは風向きが悪いか―――ここは一端引くとしよう」

 

 するとロキは自分のマントをバサッと閃かせ、そして俺たちから背を向けた。

 

「流石も我も無策で貴殿たちや白龍皇と争おうとは思わぬ!―――オーディン、貴殿は必ず我が屠る。この場が黄昏を行う場だ」

 

 ロキはオーディンの爺さんの方をキッと睨み付け、そして次は俺の方を見てきた。

 ……まるで俺を観察するような気持ち悪い目で、じっくりと。

 

「……そうだな。これで帰るのは少々癪に障る―――今、面白いことを思いついたぞ!」

 

 するとロキは突然楽しそうな顔をして、そして手元に小さな魔法陣を描く。

 ……何をしようとしているんだ、あいつは。

 

「……ま、まさかあの魔法陣は……ッ!?イッセー君、逃げてください!!」

 

 その時、ロスヴァイセさんは何かに気付いたように俺にそう言って来るが、だけどもう遅かった。

 ロキは俺に向かって魔法陣を放ってきて、そしてその小さな魔法陣は俺の胸元に引っ付いて―――――――――瞬間、俺の頭に何かが過った。

 

『……死にたく……ないよ……ずっと、傍に居たいよ…………』

 

 ―――なん、だよ……これは……ッ!?

 どうして頭に―――ミリーシェの、血まみれの姿が浮かぶッ!?

 止めろ!!

 俺はミリーシェの血まみれの鎧姿と、あの時―――黒い影にミリーシェが殺された時のフラッシュバックのように、ミリーシェが何かによって殺されていった。

 

「止めろ……止めてくれ……ッ!!もう、殺さないでくれ……俺から、奪うな……ッ!!奪うなぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!!!!」

 

 ―――俺の冷静さは途切れ、意識も途切れ途切れなった。

 ただ頭にはトラウマのような映像がいくつも浮かび続けるのだった。

 ―・・・

『Side:木場祐斗』

 僕たちは反応すら出来なかった。

 イッセー君に放たれた魔法陣の姿は目に映ったものの、それはあり得ないほど早い速度でイッセー君の胸に付着し、その瞬間イッセー君の目が充血し、何かに苦しみ始めた。

 頭を抱えて、涙を流し―――まるでトラウマを思い出しているように、喉が枯れるほどに叫んでいた。

 

「しっかりしてください、イッセーさん!イッセーさん!!」

 

 彼の傍にいたアーシアさんはイッセー君の肩を掴んで彼の名を呼ぶ……だけどそれすらも今のイッセー君には届かなかった。

 息遣いは激しく、今すぐにでも過呼吸になりそうな状態。

 

「―――ロキッ!!お前はイッセーに何をしたぁ!!?」

「ふはははは!!なに、多少北欧の禁術を使ってみただけだよ―――まさか赤龍帝にあのような裏の顔があったとは、興味深い!!」

「くそがッ!!今すぐにイッセーにかけた術を解け!!」

 

 アザゼル先生がイッセー君の異変に気付いたのか、ロキへと向かって怒りの声を漏らす。

 するとイッセー君に変化がみられた。

 その場で蹲り、突如体が小刻みに震え始める。

 その時、ロスヴァイセさんがイッセー君の傍で彼の背中に手を置いた。

 

「……やはりこれは北欧で禁術とされているものです。対象者のトラウマ、心の闇を一気に思い出させ増幅させ、精神崩壊をさせる禁術―――ごめんなさい、イッセー君……ッ!!」

 

 するとロスヴァイセさんはイッセー君の首元に魔法陣を描き、そして―――バゴン!!!

 ……その激しい打撃音と共にイッセー君は気を失うように空中から降下していった。

 僕はイッセー君をすぐさま肩を掴んで支える……イッセー君は既に意識を喪失させており、ぐったりとしていた。

 だけど眠っている状態でも分かるほどに汗を掻いており、更に苦しそうな表情をしている。

 

「あ、あなたはイッセーに何を!?」

「落ち着いてください、リアスさん。今のイッセー君は禁術に侵されている状態だった―――意識があった方が、辛いような状態だったのです」

 

 部長はロスヴァイセさんの突然の行動に驚き、つい声を荒げてロスヴァイセさんを非難するような声を漏らすも、彼女の説明を聞いて納得する。

 

 ……つまりロスヴァイセさんがしたあの行動はイッセー君の意識を飛ばすためのもの、っていうことだったのか。

 だからロスヴァイセさんはイッセー君に謝った。

 

「やめ、て……くれ、よ……もう…………殺さないで……」

 

 ―――イッセーくんは悪夢を見ているような寝言を呟く。

 ……ここまでだったのか。

 イッセーくんが抱えていた闇は、これほどに深いものだったのか……ッ!

 だけど納得する―――こんな闇、誰かに簡単に話せることではない。

 ……ロキは既にその場から子供と一緒に消えている。

 ―――僕たちはどうすることも、出来なかった。

 

「……とりあえずイッセーを家に運ぶぞ。この状態で居るのは危険だ」

 

 アザゼル先生の言葉に僕たちは頷き、そして辺りに張っている町を防護する魔法陣を解くと、僕たちは降下していくのだった。

 ―・・・

 今、僕たちはイッセー君の部屋にいる。

 イッセー君は天蓋のある大きなベッドで眠っているが、でもその表情は余りにも苦しげなものだった。

 汗は流れつづけ、恐らくこの時も悪夢を見続けているのだろう。

 ……ロスヴァイセさんの説明では、これは北欧の魔術にして禁術で、解くこと以前に術には制限時間があるそうだ。

 つまり直にこの状態は解かれるらしい―――思い出したトラウマは消えないが。

 

「イッセーさん……」

 

 アーシアさんはイッセー君の手を握り締めて祈るように目を瞑っていた。

 ……こんな事態は初めてだ。

 イッセーくんがここまで誰かによって無力化されることも、ここまで苦しむのは前の覇龍を使ったときにも匹敵する。

 ……僕たちは、何も出来ない。

 それが悔しくて……たまらないッ!!

 

「……面白くないな。誰かに傷つけられた兵藤一誠を見るのは」

「ヴァーリ……何か、方法はないのか?」

 

 アザゼル先生はこの場に同行したヴァーリにそう尋ねる。

 

「……ない。外傷的なものならばどうにでもなるだろう。だがこれは心理……つまり人の心に関する問題だ―――心をどうにかする方法なんて、そもそも外道な方法しかない」

「そうか……どうすることも、出来ねぇのか……ッ!」

 

 先生は拳を強く握って悔しそうに口元を歪める。

 そう……例えイッセーくんの闇の全てを知っても、トラウマを聞いたとしても。

 それは僕たちではどうしようもないことなんだ。

 トラウマというのはそういうものなんだ。

 僕は過去をイッセーくんのおかげで払拭することが出来た。

 でも僕たちにはどうすることも出来ない。

 どうしてか、そんな気がした。

 僕たちはイッセー君の問題に介在すべきじゃないと、そんな風に思ってしまった。

 ―――そんな時だった。

 突如、イッセーくんの部屋の外から激しい足音が聞こえる。

 それは次第に大きくなっていき、そして……部屋の扉が唐突に開かれた。

 

「はぁ、はぁ…………イッセー、ちゃん……ッ!」

 

 扉を開いたのは彼の母親である兵藤まどかさんで、そして彼女は息を荒げながら、どこか泣きそうな顔をしていた。

 

「まどかさん……」

 

 イッセー君の傍で手を握るアーシアさんが、涙で濡れる目で彼女を見ながら名前を漏らす。

 まどかさんはそんなアーシアさんを見た瞬間、イッセー君の姿を確認する。

 ―――そして、表情を失った。

 

「イッセーちゃん!」

 

 まどかさんはアーシアさんがいるところから逆方向で彼の手を握り、そして頬に伝う汗を拭う。

 僕たちはまどかさんがこの場にいることに何の反応も出来ず、ただ見ていることしか出来なかった。

 まどかさんはイッセー君の状態を確認すると、その時僕たち全員に向かって言った。

 

「―――出ていって……ッ!!今すぐここから、出ていって……!!」

 

 ……悲痛な表情だった。

 怒りとも言えるような声音、悲しみと言えるような表情……ただ一つ、イッセー君を想っていることだけは理解できた。

 

「……出て行きましょう。ここにいても私たちは何も出来ないわ」

 

 部長が静かにそう言うと、僕たちは開かれたままの部屋から出ていく。

 アーシアさんは最後までイッセー君の手を離さなかったけど、ゼノヴィアさんやイリナさんに肩を抱かれ、僕たちと一緒に部屋を出た。

 

「……やはり、こうなってしまったか」

 

 ―――僕たちが部屋の扉を閉めると、扉の影にはイッセー君の父親の兵藤謙一さんがいた。

 彼は腕を組んで眉間にしわを寄せながら壁にもたれている。

 

「謙一……悪い。お前の息子を守れなかった」

「……ああ。仕方ない部分もあるのだろう……だが悪い。ここから先はお前たち―――悪魔や堕天使(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)天使が(・ ・ ・)介在する領域ではない(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)

 

 ―――僕たちは、皆がその言葉を聞いて衝撃を受ける。

 謙一さんの言葉はまさしく僕たちに向けられていたもので……そして彼の口から放たれたものは本来、人間が知ることのないものだった。

 普通の人間なら死ぬまで知りえることすら出来ない言葉―――それを彼は発した。

 

「ここから先は家族の問題―――悪いが退場を願う。話は俺が必ずする……だから今はイッセーとまどかを二人にしてくれ。今のイッセーを救うことが出来るのはこの世で二人だけ(・ ・ ・ ・)なのだから……」

 

 ただ悲しそうに、謙一さんはそう呟く。

 その表情は―――僕たちと同じ、イッセー君を救えない僕たちと同じ表情だった。

『Side out:祐斗』

 ―・・・

 ……夢を見ていた。

 それは悪夢とも言えれば、懐しい夢とも言えた。

 幼い俺と、幼いミリーシェが何もない草原でただ無邪気に遊ぶ……そんな夢。

 だけどその夢の終着点は決まって―――俺たちの死だった。

 前代赤龍帝と前代白龍皇の最後の戦い。

 二天龍の運命を穿ちて、俺たちは幸せを手に入れると約束した……それが崩れ去ったあのシーン。

 黒い影にミリーシェが殺され、覇龍を発動して……そして俺が死んだあの時。

 ―――そんな俺にとってのトラウマが次々と悪夢の形で繰り返されていた。

 俺に憧れた男が何かを守って死んだときの姿、守れずに涙を流した時の光景。

 俺の今までの後悔がフラッシュバックするように頭に紡がれていく。

 ―――……ちゃん!……イ・・ちゃん!!

 …………不意に、俺の耳に何かの音が聞こえ始めた。

 俺の手は温かい何かによって包まれていて、そして次第に意識が戻っていく。

 ―――なんで、こんなに温かいんだろう。

 さっきまで悪夢を見ていて苦しんでいたことが嘘のように、俺は意識を覚醒させていく。

 そして―――

 

「……母、さん?」

 

 ―――俺の目の前には瞳に涙を溜めて俺の名を呼んでいる、母さんの姿があった。

 目元は涙を流したことで腫れていて、頬は赤く染まっている。

 ……そうか、俺の名を呼んでいたのは母さんだったのか。

 

「イッセーちゃん?―――イッセーちゃん!!!」

 

 ……母さんは俺の意識が回復したのを確認してか、勢いよく俺を抱きしめる。

 俺はそれに対して抵抗せず、ただされるがまま母さんに抱擁され続けた。

 ―――なんで、母さんがここにいるんだろう。

 そんなことが頭に浮かぶも、しかし何も言えなかった。

 ……ロキが俺に仕掛けた何かは俺に対して現在進行形で続いているのだろう。

 さっきから次々にトラウマが頭に過っていくが、それもいい加減慣れた。

 トラウマに慣れるっていうのは可笑しい話だけど。

 ……今、俺が出来ることは母さんを安心させることだ。

 だから俺は

 

「……母さんを安心させよう(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)それが今(・ ・ ・ ・)俺が出来ることだ(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)―――そう、言いたいんでしょ?」

 

 ―――今、俺が考えていたことを母さんは静かな声音で言う。

 ど、どうしてだ!?

 何で、母さんは俺の考えていたことを言葉に出した!?

 

「ホントは辛いのに……今すぐにでも消えちゃいそうなくらい脆いのに……どうしてイッセーちゃんはそんなに優しいの?―――もう嫌……ッ!!大好きな、大切な家族が傷つく姿なんて、もう見たくないの……ッ!!」

 

 母さんの俺を抱きしめる腕の力の強さが更に強くなる。

 声も涙声になる。

 ―――どうして、母さんがそんなことを知っている?

 今の言い方だと、まるでそれは―――全てを知っているような口ぶりだ。

 

「母さんは何を言って―――」

「―――もう良いの……イッセーちゃんはもう頑張らなくていい。悲しまなくて良い……私は全部、分かっているから」

 

 ……母さんは悟るような言葉を言って、そして俺を抱きしめるのを止め―――そして俺と目を合わせた。

 

「だから母さんは何を言って―――」

 

 俺がそう母さんに尋ねた時、母さんは俺の言葉を遮る。

 そして…………言った。

 

「―――知ってるの。イッセーちゃんが転生者だってことも(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)……悪魔になったことも(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)…………お母さんはずっと前から……イッセーちゃんが生まれた時から……ずっと知ってたんだよ?」

 

 ―――それは余りにも信じられないことで、だけど母さんの目は……嘘を付いていなかった。

 …………俺はただ、母さんの言葉に対し、考えることすら出来ずに頭が真っ白になったのだった。


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