ハイスクールD×D ~優しいドラゴンと最高の赤龍帝~   作:マッハでゴーだ!

69 / 138
第11話 覇を求めるのはいつだって・・・

 ―――イッセー君が突然の攻撃に襲われ、アーシアさんが光の柱に飲み込まれて姿を消した。

 僕たちはそれをただ、見ていることしか出来なかった。

 それは僕、木場祐斗も同じだった。

 僕たちの前に現れたのは数百を超える上級悪魔……旧魔王派の悪魔。

 そしてその先頭に浮かぶ二人の悪魔―――部長が言ったように今回の騒動の中心にいるはずの者だろう。

 旧魔王派の血族、シャルバ・ベルゼブブとクルゼレイ・アスモデウス。

 

「神滅具がよもや解除され、無力化されるとは些か予想外であった―――故に我らはここで赤龍帝と、そして貴様たちを殺そう」

 

 シャルバ・ベルゼブブはそんなことを淡々と、訳の分からない理論をいくつも並べた。

 そんなことのため―――アーシアさんを殺したのか?この者達はッ!!

 僕たちの纏うオーラは殺意へと変わり、そして今すぐにでも交戦しそうになろうとしていた時だった。

 ―――その時、イッセー君から分離したフェルウェルさんが、機械ドラゴンとなって僕たちの前に舞い降りた。

 どうしたんだ……そう思いイッセー君を見た時だった。

 

「―――あははははははははははははははははははははは!!!!」

 

 ―――狂った人形のように、イッセー君が高笑いをしながら空を見上げていた。

 その光景に僕はぞくっとした。

 僕だけじゃない―――その場にいる皆が、そのイッセー君の急変に驚いたんだ。

 

『リアス・グレモリーの眷属よ―――今すぐに、ここから離れてください』

 

 イッセー君が何かを言っている最中、いつもはイッセー君を尊重するフェルウェルさんはそう静かな声音で呟いた。

 

「何を言っているの!?私の眷属が―――アーシアがあいつらに殺されたのよ!?それを黙っていられるわけが!!」

『お気持ちは察します、リアスさん―――ですが、そんなものは主様と共にいるわたくしが分かっていないはずがないでしょう』

 

 泣き叫ぶ部長の言葉に、フェルウェルさんはなお低い声音で淡々と話していた。

 

『―――もう、これ以上主様をお見せしたくありません。今はドライグが必至に掛け合っているでしょうが、それも無駄でしょう』

「どういう、ことですの?」

 

 朱乃さんはフェルウェルさんにそう尋ねると、すると彼女は―――

 

『きっと、主様は自分を抑えることが出来ません―――主様が覇を求めるのは、いつだって大切な存在を失った時です……主様はあなたたちに本当の自分を見せることを望んでいません―――だから、ここから離れなさい』

「いや、よ!イッセーが一人で戦うなんて―――」

『戦いじゃ、ないのですッ!!ここからの主様は―――』

 

 フェルウェルさんが感情のまま、何かを言おうとした時だった。

 

「―――全部、壊せば良いんだ」

 

 ―――低すぎる、呪詛のような言葉が僕たちの耳に届いた。

 イッセー君の体からは血のように赤い、血の気が引くほどのどす黒いオーラを放ち続けている。

 紅蓮なんて言葉じゃ足りない。

 そう―――これはもう、僕たちが知るイッセー君じゃないんだろう。

 アザゼル先生が言っていた、リヴァイセさんが言っていたイッセー君の―――闇。

 僕たちが目を背け続けた、その闇を垣間見て僕たちは動けなくなった。

 

『……もう、主様を止めることは出来ません。何があろうと今の主様は全てを壊す修羅となるでしょう―――わたくしは止める気もありません。例えそれが主様が本当に望んでいないことでも―――わたくしは主様の全てを受け入れます』

 

 フェルウェルさんがそう言った時、イッセー君から言葉が発せられた。

 

『我、目覚めるは―――』

<どうしていつも、俺は全てを失う><何故この力を発動するのだ>

『覇の理を神より奪いし二天龍なり―――』

<どうして、愛する者はいつもいなくなる><お前はまたもこれを望んでしまうのか>

『無限を嗤い、夢幻を憂う―――』

<涙は当の昔に枯れた><それでもあなたが覇を望むのならば>

『我、赤き龍の覇王となりて―――』

<それでも貴様たちが全てを奪うのならば><我ら、貴殿に覇を与えよう>

 《何もかも、全てを殺してやる……ッ!!!》

 ―――イッセー君の言葉だけじゃない。

 イッセー君の他に、声音が全く違う男の子の声が聞こえる。

 それは全てを恨んでいるように、悲しんでいるように……でもどうしてだろう。

 ―――それが、イッセー君の叫びにも聞こえた。

 その叫びのような呪詛の呪文により、イッセー君が身に纏う鎧の形状が変化していき。

 より鋭角に、色は血のような赤、背中からはドラゴンの翼のようなものが生え、目から光る眼光は赤く染まる。

 両手、両足からは鋭利な爪のようなものが生え、その姿は―――まさにドラゴン。

 今すぐにでも全てを蹴散らしそうな危険なオーラを噴出させて、そしてただ上空に浮かぶ旧魔王派に向けていた。

 ……フェルウェルさんの言ったことが分かった。

 きっとイッセー君は自分のこの姿を見られたくないはずだ。

 ―――僕たちは何も出来ない。

 すると変質したイッセー君の鎧の各所の宝玉は光り輝き、そこから絶叫に近い二つの声音が響いた。

 

「『汝を紅蓮の煉獄に沈めよう――――――』」

『Juggernaut Drive!!!!!!!!』

 

 イッセー君から放たれる赤いオーラは辺りを破壊していった。

 イッセー君は何もしていない―――ただ、オーラを放つだけで旧魔王派の数名はその場から消失する。

 

「ふん。これが赤龍帝に宿る覇龍というものか。恐れるに足ら―――」

 

 ……クルゼレイ・アスモデウスがセリフを最後まで言い切ることはなかった。

 突如、その男はイッセー君から神速で放たれた斬撃波―――イッセー君の腕から生えているアスカロンによる斬撃だろう。

 それを受け胴体が真っ二つとなり、ほどなく無限のような斬撃により一瞬でセンチ単位で切り刻まれ、そして―――血を撒き散らすことなくその身を一瞬で消失させた。

 

「何?」

 

 そのあまりにも残酷で、圧倒的な攻撃を近くで垣間見て、隣に立つシャルバ・ベルゼブブは怪訝な顔をした。

 イッセー君はそのオーラの激しさとは反対に、異様に静かだった。

 声を一つも発さず、ただ殺している。

 

『おかしい……何故、覇龍なのにあれほどまでに―――怨念が少ないのでしょうか?』

「どういうこと?」

 

 部長はフェルウェルさんの言葉に対してそう問いただすと、フェルウェルさんは話し続けた。

 

『覇龍とは本来、発動した瞬間に神器に宿る歴代赤龍帝の魂が暴走し、そして一個の化け物のように叫び散らし、大暴れします……ですが今の主様はまだその場から一歩も動いていません―――まさか主様は時間を稼いでいる?いえ、そもそも何故一人の声しか(・ ・ ・ ・ ・ ・)聞こえなかったでしょう……いえ、考える必要もありませんか』

「……私にはあなたが何を言っているかは分からないわ……でも一つだけ。イッセーは……私たちがここから離れるための時間を稼いでいるの?」

『……そうとしか考えられません―――怨念を抑え、暴走を今だけ止めている……ですが、そんなことをすれば主様はッ!!』

 

 ……次第にイッセー君は動きを見せる。

 翼をバサッと開き、その眼光は旧魔王派を見ていた。

 ―――そして、その瞬間イッセー君の姿は消える。

 

「ぐがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!!!??」

 

 ―――気付くと、シャルバ・ベルゼブブの両手が消え去っていた。

 シャルバ・ベルゼブブはそれの影響で絶叫し、しかし血はとどまらずに辺りに撒き散らされる。

 もうこれは神速なんて言葉では収まらない!!

 あのシャルバ・ベルゼブブという男の魔力は魔王に近いものを感じた……恐らくはアザゼル先生が言っていた、オーフィスさんの蛇のような力を得て強くなってるんだろう。

 だけど今のイッセー君はそれすらも超越している……彼が言うところの、間違った方法で。

 

「がぁ……あぁぁぁ……あぁぁぁぁぁぁぁあああがぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

 

 ―――叫び声はイッセー君のものだった。

 もちろん誰かに攻撃されたわけではなく、むしろ怒りが暴走しているかの如くイッセー君は絶叫のような叫びを神殿内……いや、このフィールドにまで届くような声で叫んだ。

 その途端に鎧は更に変質する!!

 翼は剣のように鋭くなり、兜の角は旧魔王派の悪魔たちを貫いていく。

 手に埋まるアスカロン、もう片方に埋まる無刀は憎しみのように赤い魔力によって包まれて、その空間内に幾重もの魔力弾を乱雑に放ち続けた。

 一撃一撃で悪魔が一人一人、絶叫も上げることが出来ずに死んでいく……シャルバ・ベルゼブブは失った両腕を庇いながらも交戦しているが、それは全てイッセー君の絶大な魔力によってかき消された!!

 

『Infinite Booster Beast Out!!!!』

 

 宝玉より放たれるその音声によりイッセー君のオーラは更に荒々しく、獣のような獰猛さを含んで力が膨れ上がる!!

 それは際限を知らないように無限に上がり続き、そしてイッセー君は旧魔王派に襲い掛かった!!

 あれは神創始龍の具現武跡(クリティッド・フォースギア)の強化の力があって初めて発現する力のはずだ!

 それなのに、赤龍帝の力だけであの力を発現した!?

 覇龍は一体、どれだけのスペックを誇っているんだ!

 

「ぬぅぅぅぅぅ!!!なんなのだ、これはッ!!!こんなものとは、聞いていないッ!!!」

 

 シャルバ・ベルゼブブはイッセー君によって切り裂かれた両腕の傷を止めるため魔法陣で覆うも―――無駄だ。

 イッセー君の攻撃……虐殺は止まらない。

 ―――これはもう既に戦いとは言えない。

 何故なら相手の旧魔王派はイッセー君に一切対抗できておらず、何も出来ずに死んでいく。

 あれほど誰かを殺すことをためらうイッセー君が……その身を汚していく。

 イッセー君の鎧は血で覆われ、ひどく恐ろしい光沢を見せていた。

 

「おのれぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!赤龍帝ぇぇぇぇぇ!!!!」

 

 すると旧魔王派の悪魔が数十人掛かりで捨て身のように突っ込んできたッ!!

 間違いなく命を賭けた捨て身だろう。

 するとイッセー君は翼を展開し……ブチッ、ブチッ……そんな音と共に翼が引き裂かれて何重もの剣のような翼が生まれた。

 そしてイッセー君は翼を振るうように一回転をし―――その悪魔を全て、切り裂いた。

 

「はぁ、がぁッ!!!がぁぁぁぁぁぁぁ!!!ぐぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!!よ、ぐもぉぉぉぉ!!!!アーシアぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

 

 ―――その声で、僕はふとイッセー君の想いに感化されるように涙を流してしまった。

 ……イッセー君がここまでしているのは、元を正せばアーシアさんが殺されたからだ。

 それを僕は……何を恐怖していたんだッ!!

 仲間なら……目を逸らすな!イッセー君を想っているのなら―――怖がっちゃダメなんだ。

 イッセー君は誰よりもアーシアさんを想っていた。

 きっと、好きだったんだろう。

 本当に、一人の仲間としても、一人の女の子としても。

 僕は目を背けない。

 

『Boost!!!!!!!!!!!』

 

 ……その倍増の音声は普段よりも何十倍も大きく、その音声の後にイッセー君の速度、力、魔力、オーラ……全てが更に段違いに上がる。

 もう僕たちの目では追えないほどの速度で移動し、翼や腕の二本の剣、残酷な魔力弾、様々な力を使って旧魔王派を殺していく。

 ―――本当に、全てを壊すのだろう。

 今のイッセー君にはそれほどのことを出来る力がある。

 初めは数百ほどいた旧魔王派の悪魔が、今はほとんど絶命している。

 リーダー格のシャルバ・ベルゼブブですらイッセー君の相手にはならず、もう片方の首謀者だったクルゼレイ・アスモデウスは瞬殺されたほどだ。

 

「―――へぇ……暴走しているんだ」

 

 ―――ッ!?

 その時、僕たちの後方から聞いたことのないような女の子の声が響く!

 僕達はそちらを見てみると―――そこには奇妙な女の子のような姿をした者がいた。

 真っ白い布のようなローブを着て、顔が一切見えないように生地を頭から被っている。

 見えるのは口元くらいだ。

 声音は幼く、そして…………異質なオーラを漂わせる。

 

「うぅん……あれ、綺麗だね。純粋な怒り、かな?」

「……あれを綺麗だと思うのかい?」

 

 僕はその少女の言葉に疑問を持ち、そう呟くと少女は僕の方を伺うように顔を向けた。

 

「うん、綺麗。それを怯える君たちは本当に仲間なのかな?ま、どうでも良いけど―――ところでそこの始創のドラゴン、はじめまして♪」

 

 するとその少女は機械ドラゴンと化したフェルウェルさんの方を見る。

 ―――良く見ると、その少女の胸元には何やら仰々しい装置のようなネックレスらしきものがあった。

 ダイア型の黒金色の宝玉がはめ込まれたネックレス……その見た目はイッセー君のフォースギアと酷似していて、するとフェルウェルさんは―――

 

『何故、あなたがここにいるのです!!なぜこの状況下で居るのですか!?―――神焉の終龍(エンディング・ヴァニッシュ・ドラゴン)!!!』

『おや?私のことはしっかりと覚えていたようね。神創の始龍(ゴッドネス・クリエイティブ・ドラゴン)

 

 ……二つの女性らしき声が聞こえる。

 一つはフェルウェルさんで、もう一つは―――少女の胸元のネックレスから聞こえていた。

 宝玉が点滅するように光り、音声を流す……そしてフェルウェルさんが言ったその名前。

 

『グレモリー眷属よ、この者から離れてくださいッ!!この者の中に存在するのは、わたくしとは対極のドラゴンです!終焉を司る、全てを終わらせるドラゴンです!』

『―――今はアルアディアと呼ばれているわ。はじめまして、偽りの絆で結ばれた者達よ』

 

 ―――偽りの、絆?

 僕たちはその言葉を聞いた瞬間、頭が真っ白になるような感覚に囚われた。

 その言葉、聞き流せば良かったのに……僕たちは受け止めてしまったんだ。

 

『……何が目的です、アルアディア!!』

『さぁ。ただ私の主がどうしても赤龍帝を見たいと言ったからね―――さぁ、どうするんだい?』

 

 そのアルアディアと名乗るドラゴンは、宝玉越しに少女に声を掛ける。

 

「うん、ちょっと興味が出た―――でも残念かなぁ……あれ、死んじゃうよ?」

『――――――ッッッッ!!!?』

 

 僕たちはその言葉に言葉なく驚いたッ!!

 イッセー君が……死ぬ?

 僕はその事実に驚きつつも、何とかその少女に話しかけた。

 

「どういうことだ!?イッセー君が……死ぬ、だって?」

「そうだよ~?あんな力、ノーリスクで使えるわけないよ―――あれ、きっと命を使って起動するんだろうねぇ……今は魔力でどうにかなっているけど、もうすぐそれも終わるよ」

 

 ……まさか、イッセー君が僕たちを逃がそうとしていた時は、冷静さを何とか欠片だけでも残していたということか?

 そして今は本当の意味での暴走状態……つまり、命を糧にあの力を使っている!!

 ならば止めないと!!

 

『……無駄です。今の主様は止まりません―――ドライグですら、止めることが出来ないのです』

 

 ……僕たちは再びイッセー君を見る。

 イッセー君は身を屈ませて、幾重もの魔力の塊を正確に、しかし荒々しく放つ―――残る旧魔王派は腕の無いシャルバ・ベルゼブブだけだった。

 イッセー君は二つの拳を強く握ると、それだけで衝撃波が僕たちをも襲うッ!!

 それに何とか耐えるも、目を一瞬だけ閉じた時に…………既にイッセー君は動いていた。

 シャルバ・ベルゼブブの拳で殴り、更に神殿の天井を貫いていき上空に浮遊する。

 遠目からでしか見えないけど、何かをしようとしている!!

 上空からシャルバ・ベルゼブブを凄まじい勢いで地面に叩きつけ、そしてシャルバ・ベルゼブブからは吐瀉物を吐きながら肩で息をしている。

 イッセー君は神殿の穴が空いたところから見える上空で、何やら赤いオーラを撒き散らしていた。

 ―――このフィールド内にいる全ての旧魔王派を殺すつもりだろう。

 イッセー君は空を見上げ、そして―――

 

「あがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 その雄叫びのような叫びと共に、一発一発が絶大な、血のように赤いオーラの魔力弾を、雨の如く無限に放ち続けた。

 その瞬間、外から絶叫のような声が絶え間なく聞こえた。

 永遠とも思える激しい絶叫……しかし、それも少し経ってなくなった。

 イッセー君は地面に降りて来る。

 向かう先はシャルバ・ベルゼブブの元。

 奴は既に肩で息をした瀕死の状態で、むしろイッセー君の虐殺にここまで耐えたことが凄まじい。

 ―――でも何故だ。

 あれほど怪物のような行動なのに、僕はあれがイッセー君としか思えなかった。

 その姿を見て眷属の皆は恐れおののいており、震えながら見ていることしか出来ない。

 ……イッセー君の闇を、弱さを見てこなかったのは僕も一緒だ。

 だけど僕はようやく分かった―――あれは、あの強さこそがイッセー君の弱さなんだ。

 この姿を見て、アーシアさんがここにいればどう思うだろうか。

 ―――止めようとするはずだ。

 イッセー君の弱さを受け入れるに決まっている。

 

『……ほぉ。お前は偽りではないのだな』

 

 すると僕の近くにはいつの間にか少女がいて、更にアルアディアは僕に向かってそう言ってきた。

 ―――彼女の言う偽りとは、イッセー君の強さしか見てこなかった僕たちを言っているんだろう。

 ……ああ、その通りだ。

 だけど僕は偽りと言われたくはない。

 僕たちがイッセー君を想うものは、偽りではないから。

 

「ば、化け物がッ!!!逸脱している!!記録上の赤龍帝の力を逸脱しているではないかッ!!?旧魔王に匹敵するほど、今の私はパワーアップされているのだッ!!それを何故、貴様如きが!!貴様如きがぁぁぁ!!!!!」

 

 シャルバ・ベルゼブブはなお抵抗するように魔力弾を放つも、イッセー君の鎧の兜の口元はガシャンとスライドする。

 そこには何かの発射口のようなものがあり、そしてイッセー君はそこから幾重ものレーザー砲を撃ち放つッ!!

 それは様々な方向に撃ち放たれ、一発が僕たちの方にも来た!!

 

「まずい!!あんなものを喰らえば!!」

 

 僕はすぐさま動けない皆を護ろうと動く―――が、そのレーザー砲は僕たちの方には向かわず、屈折して、イッセー君の覇龍に恐れるように震えるディオドラ・アスタロトの脇腹を貫いたッ!!

 その一撃にディオドラ・アスタロトは声も出せぬほどに痛み苦しむが、命には達していない。

 ……だけど、今、屈折した?

 イッセー君のレーザー砲のような攻撃は辺りの物を壊しつくし、シャルバ・ベルゼブブは足を消し飛ばされ、更に苦痛に苦しむ。

 

『敵と味方の選別くらいは出来る、か……面白い』

 

 ……敵と味方の選別をしたのか?無意識で……イッセー君は。

 ―――次第にイッセー君の鎧の胸辺りがガシャン、という音を響かせてスライドし、そこには一際大きい発射口が現れる。

 イッセー君はまたもや変化し、ドラゴンの尻尾のようなものまで出現した。

 姿勢は次第に低くなり完全に小さなドラゴンのような姿となり、そして―――

 ズゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ………………僕たちの耳に、何かが溜まるような音が響いた。

 発射口は赤いオーラを集結させており、イッセー君は幾重にも分裂した剣の翼をバサッと開く。

 ―――あれは不味いッ!!!

 

「くそッ!!私が!!偉大なる私がここで死ぬわけにはいかんのだ!!こうなれば!!!」

 

 シャルバ・ベルゼブブは残された最後の足で転移魔法陣を描こうとする―――も、それすらも叶わなかった。

 イッセー君の瞳は赤く染まり、そしてシャルバ・ベルゼブブの足は動かなくなっていた。

 

「あれは…………僕の邪眼?」

 

 するとその光景を見たギャスパー君がふとそう呟く―――ギャスパー君の邪眼すらも使えるほど、赤龍帝の力は絶大なのか!?

 ―――シャルバ・ベルゼブブにはもう手段が残されていない。

 

『Boost』

 

 イッセー君の鎧は一度、静かに倍増の音声を流した。

 そして―――次の瞬間、音声がまともに聞こえないほどの量の『Boost!!』という音声を神殿中に流し続けるッ!!!

 頭が割れるような音声!!

 その度に胸元の発射口は赤く輝き、血のようなオーラを迸らせた。

 

「―――二…………ゲ………………ロ…………」

 

 ―――ほんの一瞬、イッセー君の声が聞こえたような気がした。

 その声を聞いた瞬間、眷属の皆は目を見開いてイッセー君の元に近づこうとするッ!!

 あの声が、もし仮にイッセー君の声なんだとしたら―――この力は僕たちを巻き込むような一撃に違いないはずだ!!

 

「部長!!早くここから離れます!!!きっと、イッセー君がそれを望んでいるんです!!!」

「イッセー……私は、あなたを……」

 

 ……ほとんど呆然としているんだろう。

 僕の言葉が聞こえていない。

 もう、無理やり連れて行く!!

 

「フェルウェルさん!お願いします、何人かを連れて神殿を外へ!!」

『……分かっています』

 

 機械ドラゴン化したフェルウェルさんはギャスパー君と小猫ちゃんを翼で背負い、そして凄まじい速度でそこから離れる。

 僕は部長を背負って動き、ふと我に返った朱乃さんはゼノヴィアに肩を貸しながらその場から走り出すッ!!

 僕は走る最中、その目で未だにその場に立ち続ける白いローブの少女を見た―――まさか、動かないつもりか!?

 

「ふふ……綺麗な赤―――あはは……こんなの、ここから離れれるわけないよ」

『……まあ良いわ。少なくとも完全防御に徹しなさい―――流石に今のあなたでも無傷は無理だから、私も力を貸すわ』

 

 ―――その少女は突如、黒い霧のようなオーラを噴出し、そしてその場から動かずにイッセー君を見た。

 ……もう、時間がない!!

 僕たちはその少女から目を避け、そして神殿の外に急ぐ。

 

『Longinus Smasher!!!!!!!!!!!』

 

 ―――その音声が神殿内の全てに響き渡り、そこで僕たちは神殿の外にたどり着く。

 そして―――神殿内から、おぞましいほどの赤い閃光が放たれた瞬間、シャルバ・ベルゼブブは光に包まれ……

 ズバァァァァァァァァァァァァァン!!!!!!

 ……その音と共に神殿は光の中に消えて行った。

『Side out:木場』

 

 ―・・・

『Side:アザゼル』

 俺、アザゼルの前に突如姿を現したガルブルト・マモン。

 奴の傍らにはオーフィスと瓜二つの見た目をしたリリス、そして俺の傍らにはオーフィスとタンニーンがいた。

 先程から消えない臨戦態勢……それが突如、解除されたのはさっきの事だ。

 何故かは知らないが、リリスが突然神殿の方に顔を向けた。

 

「……やみをかんじる。あかいオーラ。すべてをにくむ、かなしいオーラ」

「あぁ?リリス、てめぇは何を―――あぁ、そういうことか。旧魔王派の糞どもは地雷を踏んじまったってわけか」

 

 ガルブルトの野郎は何かに気付いたように神殿に見る―――そしてそのオーラに気付いたのは、リリスだけではなかった。

 

「―――イッセー?これは……イッセーのオーラ?」

 

 ……オーフィスが珍しくも戸惑う。

 その表情には焦りのようなものすら見え、そして俺の背筋に異様なまでの寒気を感じた。

 ―――なんだ、この今まで感じたことのねぇどす黒いオーラはッ!!

 

「アザゼル、てめぇの生徒が大変みてぇだぜ?俺をぶっ潰したあの赤龍帝の餓鬼がやばい雰囲気を作ってやがる。このフィールド全体に広がるほどのオーラ―――大方、覇龍ってとこか」

「覇龍、だとッ!!?」

 

 俺はガルブルトの発言に耳を疑ったッ!!

 覇龍―――イッセーがあれほどまでに否定していた力を、それをあいつ自身が使ってしまう状況が、今あの神殿の中で繰り広げられているのか!?

 俺はすぐさま動こうとするも、突如、旧魔王派の悪魔共が俺達を囲む。

 ―――ガルブルトまでだと?

 

「おいおい、何のつもりだ?糞共―――この俺様に反逆か?」

「黙れ、三大名家が!!貴様たちは我らが真の魔王たちと肩を並べながら我らを愚弄するなど!!ここで貴様を殺してくれる!!堕天使の総督と共にな!!」

 

 ……どうやら、禍の団も纏まった組織というわけではないようだな。

 

「ちっ……リリス、てめぇは先に行ってろ。面倒な奴がもうすぐここに来る」

「わかった―――ガルブルト、へびは?」

「けっ、要らねぇよ―――こんな糞どもに必要ねぇよ!!!」

 

 するとガルブルトを中心に、何かの渦が出来始める―――そう、こいつの本当の強さは一対一では作用しない。

 こいつの力は他人の魔力を奪い、それを自分の力として使うもの……今、俺たちを囲む旧魔王派共は実力は高が知れている。

 故に―――こいつの力の範囲内だ。

 

「くぅぅ!?力が、奪われ!!?」

「死に晒せ、五流悪魔が!!!」

 

 ガルブルトは俺へも含んで凄まじい魔力弾を放つッ!!

 ……こいつがイッセーに下されたのは、単に相性が悪かったからだ。

 イッセーはその力を何倍にも膨れ上がらせる赤龍帝。

 力をたとえ奪われても、それを赤龍帝の力で補うことが出来るからどうしてもガルブルトはイッセーには勝てなかった。

 だがこいつは―――単純な力は三大名家最弱でも強い。

 戦場によればディザレイドも勝てるかどうか分からないと言っていたレベルだ。

 俺は光力を使い奴の攻撃を避けるも、しかし旧魔王派の悪魔共はそれだけで行動不能となった。

 リリスは神殿の方に行き、そしてオーフィスとタンニーンはそれを追うように向かう―――俺も早く向かいたいところだがな。

 

「さぁて、雑魚は大方片付いた―――久しぶりにやろうか、アザゼル!!!」

「―――それは俺を相手にしてから言ってもらおう」

 

 ―――ガルブルトがそう叫んだ瞬間、突如俺の隣から誰かが通り過ぎて瞬間的にガルブルトの野郎に拳を放つ!

 ガルブルトはそれを予見していたように避け、更に魔力弾をそいつに放つも、その男はそれを拳で悠々と砕いた。

 

「ははは!!予想していたとはいえ、まさかこのタイミングかよ―――ディザレイド!!!!」

「―――落とし前を付けに来たぞ、友だった男よ」

 

 ―――そこには傷一つ負っていない三大名家最強の男……ディザレイド・サタンの姿があった。

 ディザレイドは激しい怒りのオーラを纏いながら、鬼気迫る表情でガルブルトを見ていた。

 ……ディザレイドとガルブルト、そしてシェルの三人は同じ三大名家で競いながら悪魔の世界に台頭してきたと聞いている。

 特にディザレイドとガルブルトは性質は正反対だ。

 相反すると言っても良いこの二人は戦い方から考え方までが正反対で、交わることがないと言っても良い。

 ただ二人とも唯一ある共通点は―――互いに、負けず嫌い。

 シェルはこの二人の仲裁をすることが多々あったらしいがな。

 ……ガルブルトは三下の魔力を奪い、それを永遠のように行使することで持久戦と圧倒的火力線を得意としている悪魔だ。

 対するディザレイドは―――凄まじいまでの体術。

 この冥界でディザレイドに超近距離戦で敵う存在は居ないと言われるほどの猛者だ。

 鍛え抜いた力、そしてディザレイドの性質が全て相まってディザレイドは格闘戦……いや、どんな戦闘も格闘戦に持ち込むような実力を誇っている。

 恐らく、今のイッセーでもディザレイドには勝てる可能性はほとんどないだろう。

 ……本来、魔王になるべきだった男。

 サーゼクスはこの男をそう評価していた。

 

「ガル。お前は若き芽を傷つけた…………お前をここで確実に―――消滅させる!!!」

 

 ―――ディザレイドは瞬時に俺の視界から消える!

 まるで『騎士』のような圧倒的な速度で、一瞬でガルブルトの前に現れその拳を振り下ろした。

 

「ちっ……やはりてめぇは面倒だ―――」

 

 ガルブルトはその拳に対し、巨大な魔法陣を展開し防御を図ろうする……が、それをディザレイドは拳でいとも簡単に打ち壊した。

 ガルブルトはそれを予見していたのか既にディザレイドから距離を取っており、辺りに無限のように魔力弾を機関銃式に撃ち放つ!

 ―――ディザレイドの力の性質は『憤怒』。

 怒れば怒るほど、その怒りが正しいものであれば力は良い方向に急上昇し、怒りが負の方面であればそれは間違った力となる。

 あいつが今、憤怒しているのはきっと正しい方面だ。

 それ故に今のディザレイドの力は圧倒的だ。

 更にディザレイドは生まれつきの性質で、魔力を術関連ではほとんど機能しない。

 だがディザレイドの特異体質で、全ての魔力は身体超過と呼ばれる、身体強化の何十倍も強力な、攻撃力と防御力を圧倒的に上げてしまう。

 だからディザレイドは遠距離戦、中距離戦において魔力弾や術の行使が出来ないが―――それを簡単にカバーするほどの完成された近距離戦に適した悪魔だ。

 ディザレイドの拳一つで大気が振動し、地面が簡単に割れる。

 

「強欲よ―――その男を抉れぇぇぇ!!!」

 

 ディザレイドを覆う、ガルブルトの黒い網のような魔力―――それによりディザレイドは拘束され、あいつから何かがガルブルトに流れて行く。

 これは―――ディザレイドの魔力を吸収しているのか!?

 

「久方ぶりだ、お前の強制魔力強奪魔力術は…………だが俺にとって―――魔力は必要ない」

 

 ディザレイドの腕は数倍にも膨れ上がり、更に姿勢を低くした。

 そしてディザレイドは拳を凄まじい威力で振るう。

 ―――その瞬間、ディザレイドを覆う黒い網は消し飛ばされ、更にガルブルトはそのあまりにも強い拳圧で吹き飛び近くの柱に衝突した!!

 ……なんつう力技だ。

 反対方向にいる俺にすら圧力が加わったぞ!!

 

「―――おいおい、腕は鈍ってねぇようだな。ディザレイド。隠居してしばらく経つがよぉ……歓喜ものだ、ディザレイドォォォ!!!」

 

 ガルブルトは拳圧により吹き飛ばされたところから勢いの良い魔力弾を放つ!!

 ……ガルブルトの体には傷一つなかった。

 ―――おいおい、あいつは確かイッセーにやられたんだよな?

 なのにディザレイドの一撃を受けて無傷とかあり得ねぇ。

 

「お前の力は戦場において最も花開く……相変わらずだ。他人から奪った魔力でダメージはほとんどなし。しかもお前のキャパシティーは未だにそこ知らず―――アザゼル殿、お前は早く生徒の元に行け。先程から嫌なほどの『憤怒』を感じる」

「……憤怒?」

 

 俺はディザレイドの言葉に疑問を持ち、ふと神殿を見た―――その時だった。

 

「がぁ……あぁぁぁ……あぁぁぁぁぁぁぁあああがぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

 

 ―――突如、俺たち……いや、フィールド全体に何かの絶叫。

 雄叫び、咆哮のようなものが響いた。

 それはひどく俺の耳を貫き、そして俺は薄目でその声がした方向を見た―――まさか……………………イッセー?

 俺の視線の先には神殿があり、そしてその神殿は血のように赤いオーラの光が中から漏れるように出ている。

 そしてこの背筋が凍るほどのオーラと、感じる圧倒的な殺意。

 俺はこれの正体を知っている―――あり得ぬほどの怨念に近いもの、怒りを通りこした感情。

 歴代赤龍帝の無念の思いが神器に残した負の遺産……それが覇龍だ。

 ……だがこの力は、普通の覇龍―――少なくとも、俺が知っている覇龍のどれとも違う感じがした。

 そう、あのリリスが言ったように……悲しんでいる。

 それが一番しっくりする言葉だ。

 

「ディザレイド、ここを頼むぞッ!!」

 

 俺はその場から動こうと翼を展開した瞬間、俺は旧魔王派の悪魔共に囲まれる……邪魔だ。

 俺はすぐに生徒の……友の所に行かねぇと駄目なんだ。

 俺はその身に宿す黄金の鎧から光力を漏らし、そして次の瞬間に光の全方位弾を放つ!

 死角すら存在しない全方位の弾丸に旧魔王派は消失する奴もいるが、未だに生き残っている奴もいた。

 旧魔王派は俺へと向かい魔力の塊を無駄な繰り返しのように放つ―――いや、放とうとした瞬間か。

 その者たちは突如、どこからか放たれた神速の弾丸によって消滅した。

 

「ったく……集まることしか能がねぇ変態旧魔王派は殺す価値もないんだがな―――あたしを怒らせたのが失策だったね」

 

 その者―――シェル・サタンは片手に黒い装甲をした銃のようなものを構えて、そう呟いた。

 ……シェルはディザレイドとガルブルトの中心的な力を持つ者と言われる悪魔だ。

 シェルの強みはディザレイドのような接近戦と、ガルブルトのような遠距離戦。その両方を兼ね備えた戦い方を出来る女性悪魔だ。

 魔力を凝縮し、それを弾に込めることにより普通の魔力弾よりも強い破壊力を発動する銃型の魔戦具による圧倒的な遠距離戦。

 俺の見立てでは瞬間攻撃力はガルブルトのそれよりも上だろう。

 ―――シェルは突如、魔力戦では勝てないと察した旧魔王派の悪魔に剣を用いて襲われる。

 シェルはそれを横目で見ながら、一瞬溜息を吐き―――そして体をスムーズに動かして、その剣を振るった悪魔の腹部を絶大な魔力を含んだ拳で貫いた。

 悪魔は口元から血を吐き出すも、シェルは遠慮なく悪魔に回し蹴りで首元から蹴り飛ばし、そして極め付けに魔戦銃で完全に戦闘不能にした。

 

「はぁ……ホント、面倒な男どもね―――ちょっとはうちのディーを見習え、童貞悪魔」

 

 シェルは魔戦銃のカードリッチを取り換え、再び銃に弾丸を装填する。

 ガチャッ、という音がして装填が完了すると、シェルは縦横無尽にそれを破壊的に、しかし的確に旧魔王派の悪魔に撃ち貫く。

 その一撃で旧魔王派の悪魔は戦闘不能になり、それがあの銃の強さ……更にシェルの強さの証明となった。

 

「アザゼル。あんたは早く行きな。ここはあたしとディーで十分だ―――さっきから嫌なほどの雰囲気があの神殿から感じる。あそこに力が集まっているようだ」

「……赤龍帝の性質か」

「……兵藤一誠が死んだら、あたしの可愛い娘が悲しむ―――何かあったら容赦しねぇぞ、未婚野郎」

 

 ……俺はシェルの最後の一言に青筋が凄まじく立つも、それを何とか我慢してその場を飛び立つ。

 

「ガル、続きをしようか」

「けっ……シェルの野郎までいるとはな―――おもしれぇ!!!」

「はぁ……ディー。お前にそこのヘタレは任せる。あたしはこの童貞カス悪魔の息の根を完全に止めるからね」

 

 地面では三者三様の反応を取りながらも三大名家による激しい戦闘が行われていた。

 俺はそれを傍目に神殿に向かう―――その時、神殿の天井付近が撃ち抜かれ、更にそこから赤い影が目に入った。

 あれは―――

 

「―――イッセーか……あれがあいつの…………覇龍」

 

 俺は空中に浮かびつつその光景を見た。

 イッセーは空中にドラゴンの翼のようなもの……剣のように鋭い幾重もの翼をバサッと開き、そして巨大な赤い魔力の塊をその腕で支え、そして一気に放った。

 イッセーから放たれた赤い雨のような弾丸は、そのフィールドの大部分に放たれる―――味方にすら影響を及ぼすと思ったが、それは違った。

 あの赤い弾丸はまるで味方と敵を完全に判別するように確実に旧魔王派のみを殺していた。

 …………覇龍で、そんな芸当が出来るわけがない。

 あれはただの暴走―――だが、イッセーの振るう覇龍は残虐だが……敵だけを殺している。

 イッセーから発せられる絶叫と共にあいつは再び神殿へと向かった。

 

「……あいつは、一人で戦っているのか―――いつも、一人で」

 

 俺はそう呟きながら空中を移動する。

 今のイッセーの一撃で近くにいた旧魔王派共は完全に血反吐を吐きながら倒れており、戦闘続行は不可能だ。

 俺は瀕死の悪魔共を無視して移動していると、すると俺の横辺りからいくつかの飛行する存在に目が入る。

 ―――ティアマットに、夜刀だった。

 こいつらは今回の件で俺から依頼し、旧魔王派の討伐に力を貸して貰っている。

 故に小回りの利くこいつらに旧魔王派の掃除を頼んでいた。

 

「―――アザゼル。何故、一誠は……私の弟は泣いている」

「知らねぇ……ただ覇龍が発動したのは只事じゃねぇ―――自分の怒りすらコントロールするあいつが、怒りに従いあれを使ったんだ」

「只事じゃないでござるね―――許さぬ」

 

 すると空を飛ぶ夜刀はその腰に帯刀する刀を引き抜き、更に速度を上昇させた。

 

「ああ、許さない。私たちの家族に、弟にそんな力を使わせた旧魔王派共を私達は許さない―――行くぞ、夜刀」

「承知仕った」

 

 するとその二人は俺よりも速い速度で神殿へと飛行する―――ったく、家族想いなドラゴンだこと。

 だがあのイッセーの覇龍を見て、リアスたちは普通でいるのか?

 木場やアーシア辺りなら受け入れるが、イッセーの強さしか見てねぇあいつらじゃあ到底受け止められるものじゃねぇ。

 それでも受け止めるのならば……イッセーの闇を見るのならば―――いや、見なければ仲間じゃない。

 ともかく―――

 

「待ってろ、生徒諸君―――今行く」

 

 俺は神殿へと向かって更に速度を上げた。

『Side out:アザゼル』

 ―・・・

 僕、木場祐斗は神殿から出てまず聖魔剣を幾重にも展開し、シェルターのようなものを創ってイッセー君の攻撃の衝撃から眷属を護った。

 衝撃だけで僕の聖魔剣はほとんど形を無くし、そして僕たちは神殿―――のあったところを見た。

 ……そこには破壊尽くされ、瓦礫の山となっている神殿があり、アーシアさんを拘束していた装置も既に跡形もなく消えていた。

 僕たちグレモリー眷属と、既に意識を失って瀕死の状態のディオドラ・アスタロトは肩で息をしながら、瓦礫の山……

 その頂点で空を仰いで涙を流すイッセー君を見た。

 ……悲しみと虚しさ、怒りのような様々な感情が交差しているような光景だ。

 血が撒き散らされる神殿の跡地。

 ―――イッセー君は、一人泣き続けていた。

 

「―――あちゃ~……流石の私も完全防御は無理だねぇ……」

 

 ……すると僕の隣から先ほどの謎の少女の声がした。

 そこには少しばかり口元から血を拭う少女の姿があるが、しかしあの攻撃を近くで見ていてこの傷しかないとは……規格外としか言えない。

 既にシャルバ・ベルゼブブは跡形もなく消えており、ただ悲しく咆哮のような鳴き声を漏らすイッセーくんの姿がった。

 

「……覇龍が……解除されない」

 

 僕はイッセー君を見てふと言葉を漏らす。

 イッセー君の血のように赤い鎧は未だにオーラを放ち続けており、それはすなわち―――イッセー君の命を散らしている。

 このままじゃあイッセー君の命が危ないッ!!

 僕は―――いや、瞳に力を取り戻した眷属はイッセー君の傍に駆け寄ろうとした。

 皆の瞳には先ほどの恐怖心は一切なく、ただイッセー君を救いたいという想いが僕には伝わってくる。

 ……その時だった。

 

「―――止めておいた方が良い。今の君たちが兵藤一誠に近づけば、間違いなく殺される」

 

 ……僕たちの後方より、涼しいような男の声が響く。

 僕たちはそちらの方向に視線を送るとそこには―――白龍皇、ヴァーリ・ルシファーの姿があった。

 その周りにはヴァーリの影に隠れて良く見えないが、中華の甲冑を来た美候と、背広のスーツを着た男の姿がある。

 

「ヴァーリ・ルシファーね……」

 

 部長は一瞬、ヴァーリ・ルシファーを警戒する目をするも、すぐにヴァーリから視線を外してイッセー君を見た。

 ……なぜなら、ヴァーリ・ルシファーから敵意は感じなかったからだ。

 

「ほう、リアス・グレモリー。俺としてはすぐに殺意を向けてくるものだと思っていたが」

「……今はイッセーよ。あの状態、継続すれば不味いはずよ」

 

 部長の言葉にヴァーリは頷く。

 

「あれは……覇龍なのかな?あまりにも彼から感じる怨念の()が少ない。だがその負の感情はあまりにも大きい―――さて、今の兵藤一誠を止める方法はあるのかわからないな」

「……イッセーはアーシアが殺されたから……うぅッ……アーシアッ!」

 

 ……部長は今になってアーシアさんを失ったことを実感したのか、涙を流して崩れそうになるのを僕は支える。

 ―――アーシアさんを失って、その上イッセー君まで失ったら……そんな思考にたどり着くと、僕も涙が出そうになった。

 眷属の皆は皆、大小あれど涙を流す―――その時だった。

 

「―――あ、あの…………皆さん?どこか怪我でもしたんでしょうか……?」

 

 ――――――控えめに、何かを心配するような優しい声音が僕たちの耳に入る。

 その声は、僕たちはもう聞くことが出来ないと思っていたものだ。

 …………ヴァーリ・ルシファーの影からひょこっと顔を覗かせる人物がいた。

 綺麗な金髪の髪に、碧眼の瞳、背は低くてどこか守りたくなるような雰囲気を醸し出している少女。

 そこには―――アーシアさんの姿があった。

 

「あ、アーシアッ!!!!」

 

 その姿に一番最初に反応した、怪我をしたゼノヴィアはアーシアさんに抱き着いた。

 アーシアさんはそれに驚きつつも押し倒されて、素直に抱きしめられる。

 

「ぜ、ゼノヴィアさん……ごめんなさい、心配かけて……」

「うぅぅぅ……良いんだ、アーシア……こうして、戻ってきてくれただけで私は……私はッ!!」

 

 ……僕も不意にその光景を目の当たりにして涙を流してしまう。

 ―――だけど、いつまでも感動に浸っている状況じゃない。

 

「どうしてアーシアさんが……」

「私達は次元の狭間を偶然にも探索していたのです」

 

 すると背広を着た優しげな青年……その手に神々しいほどの聖なるオーラを放つ剣を持つ男がそう説明を始めた。

 

「当初は私達もこの少女を見つけていなかったのですが、次元の狭間で何か白銀のような光が私達に届いたのです……そこに行くと、この少女が白銀の光に包まれながら、右往左往しながら浮いていたのです」

「……白銀の……光?」

 

 僕たちは同時にアーシアさんの胸元にある白銀に輝く鍵のようなものを見た。

 それはネックレスのようにアーシアさんの首元から掛けられており、アーシアさんの命をイッセー君が救うために創った創造神器。

 ―――イッセー君は、最後までアーシアさんを救った、ということだろう。

 するとアーシアさんはゼノヴィアさんをそっとどかして、一歩前に出る。

 

「……イッセーさんが、泣いています。すごく悲しそうに……」

「……イッセーは貴方が死んだと思って、暴走したの。アーシアを殺そうとした悪魔を全員殺して、今は―――ずっと、命を消耗させながらあそこにいるわ」

 

 ……瓦礫の山の上に一人、悲しげに咆哮を上げるように泣き続けるイッセー君。

 その姿を見てアーシアさんはイッセー君に近づこうとした。

 

「止めておいた方が良いぜい。あの力は近づいた存在を否応なく殺す化け物みたいもんだぜぃ―――死ぬぜ、癒しの嬢ちゃん」

「……でも、イッセーさんが泣いているんです―――私が傍にいないと……いえ、いたいんですッ!!」

 

 ―――アーシアさんの決意の目が美候に向けられる。

 ……止める方法はないのか?

 すると朱乃さんと小猫ちゃんがヴァーリに詰め寄った。

 

「……こんなことをあなたに聞くのは場違いと分かっていますわ―――ですがお願いします。白龍皇……あなたはイッセー君を止める手段を知っていないんですか?」

「……お願いしますッ!私たちは何だってします……だから、イッセー先輩を助ける方法を教えてくださいッ!!」

 

 ……もう、手段なんて考えていられない。

 イッセー君は今なお命を消耗し続ける。

 例え悪魔が万という永遠に近い時間を生き続ける存在だとしても、あまりにもそれは過酷だ。

 いつイッセー君の命が尽きてもおかしくない状況だ。

 するとヴァーリは何やらイッセー君をじっと見て、顎に手を当てて考えていた。

 

「……俺の力は残念ながら、兵藤一誠の領域にはまだ辿り着いていない。だから俺が仮に今の彼を半減しても、きっと倍増したのちに殺されるのが妥当なところ―――あの覇龍は完全な覇龍とも言えるし、そうでないとも言える……意識がこちらに向けば、多少の冷静さを取り戻せば鎧が解除する術はあるが―――ところでそこにいる白いローブの女は先ほどから何故俺を見ている?」

 

 ……するとヴァーリは少し不機嫌な顔をしてそこにいる不気味な少女を見た。

 その少女は興味深そうにヴァーリを見ている……顔は一切見えないけど。

 

「白龍皇が赤龍帝を助けようとしているっておかしいなって思ってね~……少しだけ興味があるんだ。宿敵を助けようとするその心得は?」

「……君が何者かは知らないが、兵藤一誠は俺のライバルでね―――死んでもらっては困る。俺は本当の彼と戦いたいからな」

「ふぅ~ん……今すぐにあの鎧を解除する方法はあるよ?」

 

 ―――ッ!!?

 その少女の言葉に僕たちは少なからず衝撃を覚えたッ!!

 その言葉に警戒をするフェルウェルさんをさて置いても、今の状況下でその言葉は魅力的に聞こえてしまう。

 

「どうする気?」

「簡単だよ―――私の神焉終龍の虚空奇蹟(エンディッド・フォースコア)の力を使えば鎧は(・ ・)解除できるよ」

 

 ……神焉終龍の虚空奇蹟。

 恐らくはフェルウェルさんの神器とは対極にある神器の名前だろう。

 だけど僕はその神器の存在以上に彼女の言葉に疑問を持った。

 

「待て―――鎧は、とはどういうことだ」

「言葉通り♪―――鎧の性質を私の力で終わらせる(・ ・ ・ ・ ・)の。当然、命を対価にして発動するあの力だから、赤龍帝の命がどうなるかは分からないけどね~~~」

「そんな軽い口調で良くも抜け抜けとッッ!!!」

 

 部長はその少女の口調と言葉に怒りを表すが、今はそんなことを言っていられない。

 仮にイッセー君の命が彼女に削られたとしても、それで命が残るならマシだ!!

 ……だけど僕たちはそれを頷けない。

 彼女は正体不明の危険分子だ。

 そんな存在に僕たちの大切な仲間を預けることなんて……出来ない。

 

『ふん。早くしないと赤龍帝は死ぬよ。あたしはどうだって良いが―――なぁ、宿主』

「……私はちょっとイヤかも。あの赤龍帝は綺麗だから―――助けたら、私が貰うよ」

『―――ッッッ!!!!』

 

 ……僕たちはその言葉に衝撃を受け、突如戦闘態勢をとった。

 ―――だけど、僕たちがこの少女に敵うとは思えない。

 イッセー君のあの攻撃の衝撃波を至近距離で受けてぴんぴんしているような存在だ。

 神器を持っているのだから、きっと人間なんだろう―――そんな正体不明の存在に、勝てる見込みはない。

 ……どうすれば良い?

 このままこの少女にイッセー君を救わせて、それで奪われるのか?

 それしか方法はないのかッ!!

 

「……あれを止めるには深層心理を揺さぶるような現象を起こせば俺がどうにか出来る」

 

 ……するとその空気の中で、ヴァーリがそんなことを言った。

 

「へぇ……白龍皇は赤龍帝を助けたいんだ」

「……お前はどうにも気に食わないものでな―――お前に奪われた兵藤一誠では詰まらない」

「ま、良いけど。どうせ覇龍を止める術なんてあるわけがないもんね―――」

 

 その少女がそう呟いた瞬間だった。

 ―――アーシアさんが、また歩み始めた。

 その光景は僕は何故か、無謀だとは思えなかった。

 アーシアさんの覚悟の篭る瞳はアーシアさんの強さを僕たちに見せつけるような感じがした。

 ……その光景を見て、謎の少女は不機嫌な声を漏らした。

 

「……あれを止めるつもり?あんな化け物みたいな状態のあの子をどうにかできると思っているの?」

「……化け物なんかじゃないです。あれは―――イッセーさんです」

 

 するとアーシアさんは両手にエンゲージリング型の神器、聖母の微笑み(トワイライト・ヒーリング)を出現させた。

 イッセー君から貰った鍵と鈴をギュッと握り締めて、なお少女に食らいつく。

 

「イッセーさんはいつも私たちを助けてくれました。あんな状態になったのも私のせいです―――だから、次は私がイッセーさんを助けます」

「……無理だよ?あれほど暴走してるのに近づいたら殺されちゃうよ?赤龍帝の意識何て関係なく」

「無理じゃないです―――イッセーさんは、私に教えてくれましたから」

 

 アーシアさんは一歩、イッセー君に近づいた。

 そしてまた一歩近づき―――

 

「神器は、宿主の本当の想いに応えてくれる。その想いが強ければ強いほど、より強く応えてくれるって―――私はイッセーさんが大好きですから!!」

 

 そしてアーシアさんは瓦礫の下でイッセー君を見上げる。

 

「イッセーさん……そんな姿になって、イッセーさんが一番辛い、ですよね。いつも誰かを護るために力を使うイッセーさんがそんなことを望んでいないことは分かってます」

 

 ……アーシアさんは何かの衝撃波を受けて、頭に被るヴェールが飛んでいく。

 だけどアーシアさんは屈しない。

 例えイッセー君がアーシアさんを認識していなくても―――するとイッセー君はその顔をアーシアさんの方に向けた。

 

「―――イッセーさん。私はイッセーさんが大好きです」

 

 アーシアさんの想いは、イッセー君に真っ直ぐに向けられる。

 例えその言葉がイッセー君に届いていなくても……その言葉は続けられる。

 

「この言葉はきっとイッセーさんには届いていないでしょう。だけど―――私はずっとイッセーさんと一緒です。ずっとイッセーさんの傍にいて、いつもイッセーさんを癒します…………だから、お願いします」

 

 ―――アーシアさんは天に何かを祈るように、両手の指と指を交差させて目を瞑る。

 そして何かを歌い始めた。

 これは―――聖、歌?

 だけど僕たちが知っている聖歌じゃない―――僕たちすらも癒すような歌声だ。

 その声は響く。

 ―――その時、アーシアさんに変化が起こった。

 

「アーシアさんの神器が……輝いている?」

 

 アーシアさんの歌声に、神器が反応するように綺麗な碧色の光を輝かせ、更に機能を失ったはずの鍵と鈴も再び命を注ぎ込まれるように白銀の光を放ち始めた。

 ―――僕は、これを知っている。

 

「―――ドラゴンの怒りを鎮めるのはいつの時代も歌だ」

 

 すると僕の隣でヴァーリはそんなことを呟いた。

 

「もちろん赤龍帝にも白龍皇にも専用の歌なんてものは存在しない―――だが何故だろうね。心地良いと感じてしまう」

 

 ……アーシアさんの歌に僕たちは安らかなものを感じた。

 きっとあれは聖歌じゃなくて―――アーシアさんが、イッセー君を想って作った歌なんだろう。

 イッセー君はいつもアーシアさんを癒しの存在と言っていた。

 いつも俺を癒してくれて、笑顔を向けてくれる大切な存在……そうとも言っていた。

 

『……わたくしの力が息を吹き返した、ですか―――アーシアさんは、きっと……至ったのでしょう』

 

 するとフェルウェルさんはそう呟く……至った、という言葉で僕は先ほど感じた既視感が確信出来た。

 ―――アーシアさんは、バランス・ブレイカーに至ろうとしているんだ。

 イッセー君を想う気持ちと、助けたいと思う気持ち。

 様々な想いが交差して、アーシアさんの想いが、願いが世界の流れと拒み、劇的に変化しようとしている。

 そう―――僕がそうであったように、アーシアさんは新しい一歩を踏み出そうとしている。

 だからきっと、僕たちで初めて―――イッセー君を救う。

 僕はそんなことを確信してしまった。

 アーシアさんから放たれる心地良い碧色の光は更に輝きを増し、そしてこのフィールドに届くような綺麗な歌声が響いた。

 ……心が、癒されるようだった。

 

聖母の微笑み(トワイライト・ヒーリング)は最高峰の回復系神器です。それは傷を癒すものであり、そして彼女の性質が他の人の心までも癒す―――神器は、そのアーシアさんの性質を汲み取って禁手に至った』

 

 フェルウェルさんは嬉しそうな声を響かせる。

 良く見ると、イッセー君から放たれる負のオーラは徐々に解消され始めていた。

 血のように赤いオーラが消えていき、次第に鎧が朽ちていく。

 

「ヴァーリ・ルシファー!今ならばイッセー君を!!」

「……その必要はないだろう」

 

 するとヴァーリはそんなことを言って、少しばかり関心を向けるような声音でアーシアさんを見る。

 

「むしろ今、俺が近づいた方が駄目なはずだ―――あの神器はおそらく、何かを倒すなどの力は有していない―――だがこの世界に、心までを癒す力など存在しない」

「心を……癒す?」

「そう……アーシア・アルジェントの力は兵藤一誠の心までも癒している―――名付けるならば、微笑む女神の癒歌(トワイライトヒーリング・グレースヴォイス)と言うところだな」

 

 ……その名はピッタリだね。

 微笑む女神の癒歌―――アーシアさんの性質を捉えた名前だ。

 アーシアさんの歌はイッセー君を癒していく。

 

「あぁ……がぁ……アー…………シ……ア……」

「……イッセー、さん」

 

 アーシアさんはイッセー君の反応に応え、更に歌声を上げた。

 その瞬間、イッセー君を包む優しい碧色のオーラと歌声……イッセー君の体は揺らめき始めた。

 心まで癒す力―――アーシアさんの性質そのものだ。

 イッセー君の鎧は消え去り、そしてその体にあった幾重もの傷も治っていく。

 ……心を癒し、傷を癒す力。

 歌と言う耳で聞こえ心にまで届く方法はきっと正しいんだろう。

 もしこの歌を心地悪いと感じる存在がいるのだとしたら、この力はきっと働かない。

 ―――それだけ間違っている存在と言えるはずだから。

 

「―――つまんない」

 

 すると僕たちの近くにはあの少女の姿はなく、その少女は黒いオーラを纏ってアーシアさんから視線を外していた。

 ……あの歌声を聴いて、そんな言葉を漏らすなんて。

 

「……認めない。心まで癒すなんて、あるわけない―――アルアディア」

『分かっているわ―――そろそろ眠りの時間だよ』

 

 その姿は黒い霧のようなオーラに包まれ、少しずつ姿を消していった。

 その姿にフェルウェルさんは何かを呟いた。

 

『……アルアディア。わたくしは貴方が何のためにここに来たのか、それはわかりません―――ですが、もし貴方たちが主様を傷つけようとする存在なのならば……許しません』

『ふん。何も知らないあんたが言う言葉じゃない―――知るべきことも知らないあんたは誰も守れないよ』

 

 そんな捨て台詞を言ってその少女は消えていく。

 ……正体不明の少女。

 異様なまでの力を持ち、だけどその行動原理は分からない―――でも気をつけておかないといけないね。

 

「……止まる。覇龍が、たった一人の力で」

 

 ヴァーリの言葉で僕たちは再びアーシアさんとイッセー君を見た。

 アーシアさんは、イッセー君に微笑みを向けていて、イッセー君からは赤いオーラが消えて普段のイッセー君に戻っていた。

 イッセー君は虚ろな目でアーシアさんをじっと見ていて、そして―――瓦礫の上で倒れた。

 イッセー君はアーシアさんの胸に落ちて行き、そしてアーシアさんは―――イッセー君を支えるように抱き留め、そして優しく抱きしめた。

 ―――何度目かも分からない涙が出た。

 イッセー君はアーシアさんに抱きしめられると、次第に目に光を取り戻していく。

 そして―――

 

「―――アー……シア」

「おはよう、ございます……イッセーさん」

 

 ―――イッセー君は意識を取り戻してアーシアさんの名前を呼ぶと、アーシアさんはそれに応えるように笑みを浮かべ、涙を流しながら……イッセー君を、抱きしめた。

 イッセー君は弱弱しくアーシアさんの背中に手を回し、その存在を確かめると……

 

「……ごめん、な……アーシアッ!!……俺、俺……お前を……護れ、なくてッッッ!!!」

 

 何度も何度も謝って………………涙を流すのだった。

 その光景はまるで一枚の美しい絵を見るような感覚で、僕たちはただそれを黙って見ることしか出来なかった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。