ハイスクールD×D ~優しいドラゴンと最高の赤龍帝~   作:マッハでゴーだ!

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第7話 ずっと、一緒だ!

『Side:木場優斗』

 ……僕、木場祐斗はずっとその光景を見ていた。

 隣には小猫ちゃんがいて、そして僕も彼女も、目の前で起きている状況に、光景に目を離せずにいた。

 リアス部長の魔力の気配もあり、恐らく、どこかで朱乃さんと共に見ているんだろう……

 僕は……。―――いや、僕達は何を勘違いしてたんだろう。

 イッセーくんが一人で助けに行くって言った真意。それは死ぬ覚悟じゃない。

 ……たった一人で出来たからだったんだ。

 僕たちの力を借りずとも、彼は一人で解決できるだけの力を有していたんだ。

 だから僕たちが名乗りを挙げるまで助けを求めなかった。

 

「……祐斗先輩」

「うん、そうだね……あの力は―――」

「正に、上級悪魔以上の力だわ」

 

 ―――部長の声がした。

 よく見てみると、部長の足元には魔法陣が展開されていて、恐らく転移魔法陣からここまでジャンプしてきたようだ。

 僕は今一度、兵藤君を見る。

 腕の関節から手の甲かけて赤い籠手が装着されていて、しかもその籠手は白銀のオーラで包まれおり、更に籠手より生まれる赤いオーラと相まって、異様な光を上げていた。

 そして、一秒に一度流れるように『Boost』という音声が鳴り響き……そしてその音声とともに、イッセー君の力はどんどん増していく!!

 

「―――まさか、あれは……」

 

 部長は目を見開いている。

 まるで信じられないような表情で、彼の腕に装着されている神器を見ている部長。

 あの力の正体がわかったように、部長はふと呟いた。

 

「赤き龍。二天龍と恐れられた、天を統べる片割れの神器―――」

「「ッ!?」」

 

 僕と小猫ちゃんはその言葉を聞いて心底驚いた!

 赤き龍と言えば、地上で最強と称される二天龍のことだ!

 かの昔、悪魔、天使、堕天使の三大勢力が総力を挙げてようやく滅ぼすことの出来た最強のドラゴン。

 つまりあの籠手はただの神器ではなく……

 

「13種の神滅具(ロンギヌス)の一つ……。倍増を重ね、力を無限に増していくと言われる単純かつ最強の神器―――赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)。普通の神器ではないとは思ってたけど、ここまでのものとは思ってもなかったわ……っ!!」

 

 部長は少し興奮気味にそう言った……なるほど、あの時の現象は、もしかしたら駒がイッセーくんを求めていたのだろうか。

 あの日、悪魔の駒が突然、赤く光って震え、そしてその数時間後に部長はイッセーくんは悪魔に転生した。

 僕はそれをどこか運命めいたものとしか思えなかった。

 

「10秒ごとにその力を倍増を重ねる籠手。……でもあれは明らかにそのスペックを大幅に超えてます!!」

 

 僕は部長にそう言うと、部長は静かに彼の方を見る……もう、戦いは終わる。

 そもそも、堕天使の力が全く通用していない。あんなもの戦いにすらなっていない。

 光の槍が、放たれた瞬間に兵藤君から発せられる魔力で、瞬く間に消滅したッ!!

 ―――一秒ごとの倍増なんて、体がついていくわけないのに……彼はそれをものともせず、前へと歩み続ける。

 ただ目の前の自分の友達を殺した者を倒すために。

 ……僕はその光景を見て、体の芯から震えるような感覚に囚われた。

 

「……私はもしかしたらあの子をどこかで見くびっていたのかもね。イッセー、赤龍帝がまさか、こんなに近くにいるなんて……」

 

 そうしている時だった。

 兵藤君は拳を振り上げ、そこから莫大なオーラのようなものを噴出させた。

 ―――この魔力はなんだ!?

 明らかにただの悪魔の領域を超えている!!

 彼の籠手型の神器も眩く光っていて、そして一つ、大きな音声が凄惨なほどぐちゃぐちゃとなっている教会全域に響いた。

 

『Over Explosion!!!!!!』

 

 ッ!! 地面が揺れる!?

 イッセーくんの体から、大質量の魔力が生成されて、ただの魔力の放射が周りに地震に近い影響を与えている!!

 そしてイッセー君は……全力の一撃をそのまま堕天使に放った!!

 堕天使は床だけではおさまらず、床を突き破って一気に地下まで体を叩き落とされる!

 凄まじいまでの打撃音の後、そして辺りは静寂に包まれた。

 

「…………イッセー先輩、泣いてます」

 

 ……小猫ちゃんは兵藤君を見て、悲しそうにそう呟く。

 そうだね……彼は何も悪くない。

 悪いのは全部、堕天使だ。

 なのに彼はまるで自分が悪いかのように涙し、天を仰いでいた。

 大粒の涙はとめどめもなく床にポツリポツリと落ちていき、涙の跡を作る。

 

「僕は、あの堕天使が生きていれば連れてきます」

「……ええ、任せたわ」

 

 そして僕は今一度、地下に行こうとした時、ちょうど教会の入り口の扉付近に朱乃さんが立っているのを発見した。

 

「―――――――嘘ですわ…………。こんな、ところに、いた……なんて」

 

 …………ッ!!

 こんな表情の朱乃さんを僕は見たことがなかった。

 目を見開いて、軽く涙を流して、いつものニコニコ顔じゃなく、頬を赤く染め、まるで初恋をしているように女の子の表情をしている朱乃さん。

 普段のお姉さまの雰囲気は消えていて、そして朱乃さんの見る方向には、赤と白銀のオーラを纏っているイッセー君の姿があった。

 一体、何が起きているんだろう。それは僕には分からない

 ―――ともかく今は、ことを発端を持ってこないとッ!!

 僕はそう思って、地下へと急いだ。

『Side out:木場』

 

 ―・・・

 俺は、何が起きているか分からなかった。

 俺は守れなかった…………守って連呼しておいて、最後は優しいアーシアを死なせてしまった。

 俺の判断が遅かったばっかりに、神器を使うことができなかったばっかりに!

 俺は―――守れなかったんだッ!!

 なのに何で、幻聴が聞こえる?

 何で、アーシアの声が聞こえたんだ。

 消えそうなほど、小さな呻きのような声……聞こえるはずないのに―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イッセー・・・さん・・・」

 

 また、聞こえた…………。

 アーシアの神器は既に彼女の元にはない……だからアーシアは死んだはずだった。

 鼓動は、息は止まったんだ。

 もう嫌だッ!!

 期待して、また失うのは!

 これが夢なら、こんな幸せな夢は見せないでくれ!!!

 

「泣か、ないで……ください。イッセー、さん」

 

 ―――すっと……俺の手を握る存在がいた。

 

 

 手は冷たい……それなのに……生命の鼓動を感じた。

 

「アーシア……ッ!」

『……主様』

『……………相棒』

 

 俺の中のドラゴンが、俺の名を暖かい声で俺のことを呼んだ。

 ……今は細かいことはい。

 ただアーシアが生きていてくれてることがッ!

 ―――どうしようもなく、嬉しかった。

 

 俺は両手でしっかりとアーシアの手を握り、二度と離さないように強く握り締めた。

 

「……イッセー」

 

 その時、俺の背後から部長の声が聞こえた。

 俺はそこに視線を送ると、そこには部長や小猫ちゃん、そして何故か俺を呆然とした表情で見つめてる朱乃さんの姿があった。

 

「本当にイッセー君には驚かされるね」

 

 そしてさっき、レイナーレをぶん殴った時に床に出来た大穴から、木場と……体中から血を流しているレイナーレがいたッ!

 あいつの中にはアーシアから奪った神器があるはずだ。

 なのに回復できていないだと?

 

「……この堕天使は体中の骨が砕け、一切動けない状態だよ」

「でもコイツの中にはアーシアの回復の神器が!」

 

 俺はレイナーレの方に詰め寄り、勢いよレイナーレの胸ぐらを掴んだ。

 

「目を覚ませよ、レイナーレ! アーシアがまだ生きてるんだよ!! だからお前の中のアーシアの神器を返せ!」

「ッ! いや、来ないで……ッ!!」

 

 するとレイナーレは俺を化物のような目つきで見てくる。

 まるで俺を恐れをなし、恐怖に負けて逃げる草食動物のような眼。

 するとドライグは、貶した声音でこう言ってきた。

 

『相棒、その女はもう駄目だ。ドラゴンに恐怖した、臆したものの目をしている』

『もう、そのものは主様に襲いかかることはないでしょう』

 

 ……そうかよ。

 俺は特に何も想うところはなく、ただ心の中で唾を吐いた。

 ―――ともかく、コイツから神器を取り返さないと始まらない!

 

「いや……殺さないでッ!」

「殺されたくなかったら、アーシアに神器を返せ!!!」

 

 俺はレイナーレの頬をぎりぎり、掠るか掠らないかのギリギリのラインで振るい、床に拳を叩きつけるッ!!

 こっちは怒りを抑えてんだよッ!!

 

「し、知らないわよ! あったら私は全身の傷を少しはマシに出来るもの!」

 

 ……持ってない?

 俺はレイナーレが言い放った言葉に戦慄するように、呆然となる。

 ―――待て、それってつまり……

 

「イッセー、さん」

 

 後方よりアーシアの力なき声が響く。

 ……アーシアが俺のところまで這いながら近づいてくる。

 俺はアーシアの体を支え、長い座椅子に座らせると、アーシアは堕天使に抉られた俺の腹部の傷に手を当てた。

 ……そして温かい、優しい淡い緑の光が俺を包むと、途端に俺の腹部を傷が癒されていき、傷がなくなっていく。

 そこでようやく、合点が一致した。

 

「……アーシアの神器は、アーシアの中に戻ってる?」

「…………はい、イッセーさんッ!」

 

 声に張りはない。

 声量もない。

 ―――でも、アーシアは確かに生きている……ッ!!

 奇跡でも何でもいい! それだけで十分だ!

 そう思っていると、部長は堕天使の元に歩いて行った。

 

「こんにちわ、堕天使さん」

「あ、あなたは……」

「ええ、あなたが随分と可愛がってくれた眷属の主……リアス・グレモリーよ―――私の管轄する街で良くもまあ勝手してくれたものね」

 

 部長はにっこりと笑い、レイナーレにそう言い放つ。

 ……だけどその笑みは、怒りに満ち溢れているように見えた。

 

「ぐ、グレモリー家の娘か!?」

「どうぞお見知りおきを……と言っても、貴方はもうすぐ、死ぬのだけれども」

 

 ……部長の言葉で、堕天使の表情は青ざめた。

 

「まあ死ぬ前にいくつか教えておいてあげるけど―――まずはイッセーのことよ。貴方は……いえ、現に私も彼を甘く見ていたけれど、彼の中に眠る力はそれは恐ろしいものよ」

 

 部長は、話を続ける。

 

「昔、三大勢力よって神器の中に封じ込められた最強のドラゴンの片割れ。赤龍帝の力が封じ込められた神をも屠る13種の神滅具の一つ―――赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)

「ぶ、ブーステッド・ギア…………。10秒ごとに力を倍増させる、神を殺せる力を宿した最強の神器……」

「そうよ……それで? 何か申し開きはあるかしら?」

 

 部長は静かに目を瞑り、ほんの少し手のひらに魔力を集める。

 それで俺は察した。

 ……部長は、殺すつもりだ。

 この堕天使は人を傷つけ過ぎた。

 アーシアを傷つけ、恐らくこれまでたくさんの人を傷つけてきたんだろう。

 償いは当然であり、当たり前。

 

「ま、待って! 兵藤一誠くん!! あなたはドーナシークの命までは奪わなかったのでしょう!? なら私の命も!!」

 

 レイナーレは部長の言葉の意味が分かってか、途端に俺に縋る。

 俺の腕の中にいるアーシアはひどく怯えてるけど、でもその瞳には……まだ優しさがある。

 

「イッセーさん……。レイナーレ様のところまで、連れて行ってもらっても宜しいですか?」

「―――ああ」

 

 俺はアーシアの考えが分かってしまい、嘆息しながらアーシアを抱える。

 そしてアーシアを抱えながら、レイナーレのすぐ傍まで歩いて行った。

 レイナーレは俺が近づいてきたことに怯える。

 

「……それは俺が決めることじゃない。お前が殺した人間―――アーシアが決めることだ」

「アーシア? なんで、生きて……」

 

 レイナーレは青ざめた顔をする。

 こいつはアーシアを一度殺した。だからもう救われないって確信したのか?

 だったらこいつはアーシアのことを何も分かっていない。

 

「……貴方は、酷いことをしました―――でも嘘でも、私に優しくしてくれました」

 

 アーシアの手から淡い緑の光がレイナーレの傷を癒していく。

 ……悪魔すらも癒してしまう優しい力を有していた故に、そして死にそうな人を見捨てることができない故にアーシアは教会から追放された。

 そんなアーシアが……見捨てることはしないんだ。

 その光景に部長達は驚いて身構えてるけど、アーシアはレイナーレを助けているわけじゃない。

 与えてるんだ……生きるチャンスを。

 ―――たとえそれが、どういう結果であろうかわかっていても。

 

「だから……もうイッセーさんを傷つけないでください……。こんなに優しいヒトを、私は二度と自分のことで泣かせたくないんですッ!!」

「アーシア……」

 

 レイナーレの傷は治る兆しはない。

 俺の一撃が、アーシアの力でさえ直しきれないほどに大きいからだ。

 動くことは出来るだろう……少なくとも、腕を動かすくらいは。

 

「もういいのか、アーシア」

「はい……。イッセーさん、ありがとうございました」

 

 そう言うと俺はアーシアを連れてその場から背を向ける。

 ……でも多分、アーシアの優しさは無駄になる。

 確信に近いものを俺は察していた。

 だからアーシアの優しさは―――

 

「高貴なる私にそんな目を送るんじゃないわよ! 魔女が!!!」

 

 ―――こいつには届かない

 

「い、イッセーさん!?」

「イッセー!」

 

 レイナーレが放ったアーシアと俺を同時に突き刺さる光の槍を、アーシアを床に降ろして庇うと、槍はそのまま腹部に突き刺さる。

 ―――痛い。

 だけどそんな痛みよりも、もっと凄まじい感情が俺を占める。

 どうして……こいつはこうまで―――最悪なんだよッ!!!

 

「何でだよ、レイナーレ……。アーシアの優しさが、何でお前には伝わらなかったんだッ!!」

「う、嘘よ! 槍は貴方を貫いてるのに、何で!!」

 

 ああ、光に焦がされて!この身が張り裂けそうになるくらいに痛ぇよ!!

 今すぐにでも倒れたい―――でもな!

 アーシアの優しさを踏みにじったお前を俺は絶対に許せない!

 人を傷つけることしかできないお前を!!

 

「アーシアはな! お前にやり直して欲しかったんだ!! 自分の欲だけじゃなくて、もっと他人に優しくなれるような!」

 

 ……そこまで言って、言葉を止める。

 ―――もう、言葉は必要ない。

 

『……相棒。こいつを殺そう』

『ええ、辛いかもしれませんが、主様をこんなに傷つけたのです―――許せません』

 

 ……二人は怒ってる。

 ―――俺はいつも自分に対する決断が甘い。

 ドーナシークだって生かした……。その甘さは命取りだって分かっているのに―――もしかしたら俺はあいつらの言う通り、偽善の仮面を被っているのかも知れない。

 ………自分の不始末は、自分で処理する。

 俺が部長に一言、やってくださいって言ったら部長は躊躇いも躊躇もなくやってくれるだろう。

 ―――でも汚れ仕事を部長にやらせるわけにはいかない。

 

「レイナーレ、お前は俺が―――――――殺す」

 

 俺の言葉でレイナーレは、その場で這いながら逃げようとする。

 俺はまださっきの倍増解放の余力がある……その全てを一つの魔力弾にする。

 

「……もしお前が、アーシアの優しさを受け入れたら、俺は手を差し伸べた。でもお前はしなかった―――――――――だから、さようなら」

 

 辺りに赤い閃光が響き渡る。

 部長達は俺の方を見てる、アーシアも見てる。

 俺の手から魔力の塊の弾丸がレイナーレを包み込んで、そして……

 

「―――――――――――――――――」

 

 音もなく、絶叫もなく、ただ静かに跡形も残さず―――消し飛んだ。

 空しく言葉に出来ない思いを抱いていると、突然俺の体がくらっとふらついた。

 

『Over Reset』

 

 途端に力が抜け、体に重りが掛かるように体は動かなくなり、そして今まで気にならなかった腹部の痛みは痛みだす。

 ・・・でも気にならない。

 この気持ち悪い感触は、二度と忘れない。

 その場に倒れて、色々な声が交る。

 俺の名を呼ぶ声。

 部長、朱乃さん、小猫ちゃん、木場・・・そしてアーシア。

 色々な人の声が聞こえる。

 そして俺の意識は朦朧となり、そして消えていく。

 俺は非情になった。

 ―――俺はこの日、初めて自分の意思で命を摘んだ。

 そう心に刻むと、俺は意識を手放した。

 

 

 

 

[終章] 終わって、そして始まる

 

 戦いが終わって、俺は学校の教室でぼうっとしてた。

 あれから一日……俺の腹部の傷は、どうやらアーシアが治してくれたらしく、そして俺は無事一日で復帰することが出来た。

 

「……イッセーが元気がない、どうする、松田氏!!」

「俺ならエロでも見れば元気になるが、イッセーは純情なんだ!」

「ど、どうすれば!」

 

 松田と元浜の声が聞こえる。……はは、相変わらず良い奴だよ、お前らは。

 普段はあれだけ言ってくるくせに、こういう時は俺の心配をしてくれる。

 俺の数少ない親友だ。

 

「……心配すんな、ただの寝不足だよ」

「……寝不足、だと?」

「なに、寝不足するほど……良いことをしてただと?」

 

 ……俺の寝不足をムカつくくらい別の方向で捉えたらしい。

 …………ちょっとでも良いやつと思った俺が馬鹿だった!!

 俺は静かに、笑顔で松田と元浜を見て二人の頭を鷲掴みにする。

 

「い、イッセー? そ、その手は何なのだ?」

「お、俺達、友達だよな?」

 

 二人は顔が引きつった状態で、歪んだ笑顔でそう言ってくるが、俺は敢て、すごい笑顔でこいつらの方を見る。

 そして二人は安堵したのか、力を抜いた瞬間……

 

「―――ふざけんな♪」

 

 ……聞こえてはいけない顔面の骨の音が鈍く響いたような気がしたが、ま、気のせいだな。

 二人はその場に悲鳴もなく崩れたんだから大丈夫と俺は自己解決してやった。

 

「お~っし、今日も一日、元気で行くぞ~」

 

 すると教室に俺達の担任が入ってきて、数秒、俺の方を見てきた。

 

「おい、兵藤……なぜそこに松田と元浜が死んでいる?」

「女子にセクハラをしていたので、少し説教したらこうなりました」

「それは良いことをしたな、兵藤!さすが我がクラスの兄貴分だ!」

 

 先生はすごく笑顔で言ってくる・・・さすがに恥ずかしいです。

 ……でも気は紛れても、どうしても思い出してしまう。

 初めてだったんだ。

 この手で、自ら、ヒトの命を絶ったのは。

 堕天使だったし、アーシアを実際、一度殺した奴だった。殺しても文句の言われない野郎だった。

 誰も俺を攻めはしないし、俺以外のオカルト研究部でもレイナーレを殺すことは躊躇わなかっただろう。

 ……俺は甘いのか?

 そのことばかりが頭の中で巡っていた。

 

『相棒……確かにお前は甘い。だが、相棒の甘さは優しさでもある。甘さは時として身を滅ぼすものだ。……だからこそ見極めればいい。甘い時は甘くして、決断する時は決断する。相棒、これは相棒が今まで無意識にしてきたことだ』

『それに主様は最後まで、あの堕天使に改心のチャンスを与えました。それを踏みにじったのは堕天使です。もしあの時生かしていたら、それこそまたアーシアさんの脅威になっていたかもしれません』

 

 ……ドライグとフェルが俺を励ますようにそう言ってくれる。

 そう言ってもらえると、助かる。

 俺のことを誰よりも分かってくれる存在のドライグ、それに負けないくらい理解してくれるフェルウェル。

 俺はこの二人がいなくなって、初めて二人の存在の大きさに気がついた。

 俺は一人だけではこれっぽっちも強くない。この二人がいなきゃ、まだまだ弱いままだ。

 だから強くなろう、二人に頼らなくてもないように。

 

『……ちなみに主様、実はドライグは封印されている時、ずっと泣いてたんですよ?』

『き、貴様! 何故それを相棒に言う!!』

 

 ……ドライグとフェルが俺の中で、なんか話していた。

 いや、もはや口喧嘩に発展していた。

 

『わ、我が息子を殺してしまった~~~~、って言ってましたよね?』

『ならば俺も言おう! 貴様なんかずっと立ち上がって、イッセー!! なんて言ってたじゃないか! しかも相棒のことを息子扱いするなど!』

『いいですか? この世界、偉大なのは……”ママ”です』

『――――――ッ!!』

 

 ……いや、ドライグ!?

 何、全ての核心を突かれたみたいに「そんな馬鹿な!」って言いたげな声出してんだよ!?

 それにいつの間にフェルウェルは自分のことを”ママ”って言ってるんだ!?

 

『主様……ドライグがパパドラゴンなら、私はマザードラゴンです』

 

 ママドラゴンじゃないのか?

 

『それならドライグと夫婦になってしまいます!』

 

 …………そうですか。

 俺は半分、二人の争いを呆れたように聞いていた。

 すると突然、クラスが騒ぎ出しているのに気が付く。

 俺は意識を教卓の前に集中させた。

 そこには―――

 

「転校生のアーシア・アルジェントさんだ!この通り、日本に来て間もないらしいから皆、助けてやれ!」

 

 金髪碧眼、素晴らしい美少女で存在自体が癒しであるアーシアがいた。

 ……ん? んんんっんっん!!?

 ―――ええぇぇぇぇええええ!!!?

 

「―――えぇぇぇぇぇ!!?」

 

 俺は心の中だけで抑えることが出来ず、そのまま声に出して驚いてしまう!

 そりゃあそうだろ!?

 昨日命を失いそうになった少女が目の前に、転校生としているんだ!!

 驚かないはずがない!

 しかもアーシアは俺の存在に気付いてか、少し顔を赤くしてはにかんだ!?

 

「じゃあアーシアさん、一言どうぞ」

「えっと……じゃあ最初に二言三言だけ―――私はアーシア・アルジェントと申します! 日本に来て日が浅いですが、皆さんと仲良くしたいです!」

 

 お、おぉぉぉ!!

 何故いることはさておくとして、実に普通で素晴らしい転入初日の挨拶だ!

 掴みはばっちりだと思う!

 ……しかしアーシアは、まだ何かを言おうとしていた。

 ―――刹那、嫌な予感が俺を襲う。

 

「それと私は、その……イッセーさんの家に居候うさせてもらうことになりました!! ―――あと、私はイッセーさんのことが……大好きです」

 

 …………教室が、数秒の沈黙に包まれる。

 教室の時計の長針の音が、鮮明に聞こえる中、俺は少し混乱した。

 そして次の瞬間、教室に木霊した。

 

「「「「「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええ!!!!??」」」」」」」

 

 クラス全員の、その驚き声が!!!

 そりゃ俺も驚くよ!

 確かにあの時、言われたけどもさ!ここでまたそんなこと言われるとは思っても見なかったよ!!

 ただでさえアーシアの登場で驚いてるんだ!!

 現に松田と元浜なんか俺の胸倉を掴んでグラグラしているし!!

 ……するとアーシアは俺の席の横に歩いてきて、そして俺に笑顔を見せた。

 

「・・・よろしくお願いします! イッセーさん!!」

 

 ……でも、アーシアのこの笑顔。

 もう二度と、見ることが出来ないと思っていた、この笑顔を見たら―――そんなことどうでもよくなった。

 それにアーシアと学校生活を過ごせるっていうのは、それは間違いなく楽しいことだから。

 

「ああ―――よろしくな、アーシア!」

 

 だから俺はアーシアに、笑顔でそう返したのだった。

 

 ―・・・

 放課後、俺は隣にアーシアを連れてオカルト研究部まで来ていた。

 理由は簡単、部長にアーシアを連れて一緒に来いということを木場から知らされたからだ。

 そして俺は部室の扉を開けると、そこにはオカルト研究部の面々が既に勢揃いしていた。

 

「遅かったわね、イッセー」

「すみません、アーシアとのことをクラスメイトにずっと追求されていまして……」

「ああ。……告白事件のことね。それ、三年の方にも広まってたけれど」

 

 ……どうやら、アーシアのホームルームでの俺への告白は学園中に広がっているらしい。

 そりゃそうだ。

 転校初日に外国人の美少女が皆の前で大告白だ!

 噂にならないはずがない!

 しかもやった方のアーシアが顔を真っ赤にして悶えちゃってるよ!!

 

「…………先輩、こっちです」

 

 すると小猫ちゃんが俺の手を突然引っ張って、ソファーに無理やり座らせた。

 そして俺の膝の上に座り、きわめつけは……

 

「にゃぁ……♪」

 

 ―――甘えた目つきでそう一言、破壊力抜群の声を漏らすッ!!

 大抵の男はこれだけで落とせるほどの可憐な仕草ッ!!

 ……ギャップ萌えって、本当に存在するっていうことを俺は初めて知ったのだった。

 普段静かな性格をしている分、すごいなこれ。

 

「もぅ! イッセーさん!」

 

 するとアーシアが俺の腕を引っ張りながら、ほっぺたをぷくっと膨らませて怒ってくる!?

 そして膝の小猫ちゃんと軽く睨みあいになった。

 

「…………譲歩しましょう、アーシア先輩は腕を支配してください」

「……ありがとうございます!」

 

 ってなんか勝手に決められてる上に、支配って何なの、小猫ちゃん!!

 ……っとそんな時だった。

 

「イッセーくんッ!!」

 

 あ、あ、朱乃さんが俺の体を抱きしめてくる!?

 しかも実際には体ではなく、胸に俺の頭を埋めつくす形で後ろから!!

 膝には小猫ちゃん、左腕にはアーシアに背中から頭にかけて朱乃さんが密着してくる!?

 なに、このカオス!

 ってかなんでこんな状況になってんだよ!?

 

「ねえ、祐斗。この場合、王である私はイッセーの右腕にしがみつくべきなのかしら」

「・・・僕に聞かないでください」

 

 木場、苦笑してないで助けやがれ!!

 俺は聞きたいことが山ほどあるんだ!!

 ―――――――結果的に、その状況は10分ほど続いたのだった。

 

「それで部長……俺はともかく、何でアーシアまでここに呼んだんですか? それとアーシアが俺のクラスに転入なんて聞いていないんですが」

「それは同じ理由なんだけど……アーシア」

「は、はい!」

 

 ……部長がアーシアの名前を呼ぶと、途端にアーシアはびくっとする。

 そしてアーシアの背中から黒い、悪魔の翼が生えていた。

 

「……部長、なんでアーシアを悪魔にしたんですか?」

 

 俺は不意に少し怒りが生まれる。

 ―――あれほどのことがあって、アーシアを自らの欲が為に悪魔にしたのかと思ったからだ。

 だがそれは杞憂に終わった。

 

「ち、違うんです! イッセーさん!! これは私からお願いしたことなんです!!」

 

 アーシアは焦ったように俺にそう言ってくる。

 ……どういうことだ?

 アーシアは神を信じてたはずだ。それなのに何で……。

 

 

 

「……確かに私は神を信じていました。それは変わらないことです。ですがイッセーさんは私を救ってくれた。神が私を見捨てたのに、助けてくれた―――だから私はイッセーさんの傍にいたいから、リアス様に悪魔にしてもらったんです!」

 

 ……助けた?

 違う、アーシアはあの時……

 

『いえ、主様は救いましたよ』

 

 俺の力は及ばず、アーシアは一度死んだはずだ―――どういうことなんだ?

 

『正直、ほとんど奇跡と言うしか方法はありません。まずは主様が行ったわたくしの力による神器創造……それにって生まれた癒しの白銀(ヒーリング・スノウ)を主様は使いました。……確かに気休めにしかなりませんでしたが、ですがそれのお陰でアーシアさんは仮死状態になっていたのです』

 

 仮死、状態?

 

『はい。そして主様は堕天使を力を覚醒させ、そして一瞬の間で葬った。そしてその一撃は神器は持ち主が死んだと思わせるほどのものだったのでしょう。……つまり神器が堕天使を死んだと判断し、そして……』

 

 ……神器はまだ生きていた、アーシアの元に戻った。

 そして仮死状態が解かれ、アーシアは息を取り戻した。

 

『といっても、単に仮説です。それにもしかしたら、無理やり抜かれた神器がアーシアを求め、そして戻ったのかも知れませんし……どちらにしろ、主様の行動は無駄ではなく、アーシアさんを救ったのです』

 

 ……フェルの言う仮説は穴だらけだ。

 証明なんて、誰にもできないだろう―――でも今は奇跡が起きた、そう信じよう。

 

「私、ほとんど死んだような状態でイッセーさんの声だけが確かに聞こえたんです―――私のために怒ってくれて、泣いてくれて。だからもっと頑張ろうって……そう思えたんです」

「アーシア……」

「だから、私はイッセーさんの傍にいたいです。……それが理由じゃ、駄目ですか?」

 

 アーシアは不安そうな顔つきでそう言ってくるけど……俺の答えは決まってる。

 

「当たり前だ……ずっとだ。ずっと、一緒だ! 次にまたあいつらみたいなのが出たら俺がぶっ潰すから、だからこれからずっと一緒だ!」

「ッ! イッセーさん!!」

 

 アーシアは、俺に思い切り抱きついた。

 瞳には涙が溢れているけど、俺は何も言わずにただアーシアの小さな体を優しく抱きしめ返した。

 小猫ちゃんや、何故か朱乃さんが恨めしそうにアーシアを見ているけど、状況が状況なだけに何も言わず目をそむけてる。

 

「それはそうとびっくりしたわ。……イッセーのあの力」

「僕もびっくりしたよ。……それで教えてくれるんだろう? イッセー君の中にある、力を……」

「ああ……ならまずは皆に紹介しないといけない二人が―――――――」

 

 ―――俺は、甘いし弱いかもしれない。

 全てを完璧に出来るほど器用じゃないし、全てを守れるなんて言うほどう自惚れてはいない。

 だけど一つだけ、断言できることがある。

 ……仲間を、大切な友達を、家族を―――アーシアを守る。

 自分の掌に収まるくらいの存在なら、まとめて守る。

 それが俺の掲げる・・・”守るための赤龍帝”の定義。

 助けを求めるなら助ける、それは例え偽善と言われても構わない。

 それが俺の相棒が言うところの、最高で、そして……

 ―――優しい赤龍帝ってとこだろ。

 

 

 ……ただ、一つだけ腑に落ちないことがある。

 ―――何故立て続けに、俺の神器はバーストしたという点だけは、本当に解明することができなかった。


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