ハイスクールD×D ~優しいドラゴンと最高の赤龍帝~   作:マッハでゴーだ!

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第13話 必ず救う

 昔々、とある国に身の丈を越す大剣を操る騎士と、あらゆる魔法を操る魔女がいました。

 騎士は魔女を守る守護者であり、魔女はそんな騎士の忠誠を受け、いついかなる時も騎士の味方。

 

 そんな二人はいくつもの苦難を乗り越え、強い絆で結ばれている姉妹です。

 

 しかし、そんな二人に大魔獣が立ち塞がります。

 

 大魔獣はこの世の魔獣の全てを吸収した存在で、二人はあっという間に窮地。

 

 誰も二人を助けはしない。そう二人は諦めたその時──二人の前に、赤い赤い鎧の勇者が現れました。

 

 赤い勇者は二人の窮地を救い、そして二人とともに大魔獣を滅ぼすために戦いました。

 

 激戦の末、大魔獣は赤い勇者の手で葬られ、結果として騎士と魔女は救われました。

 

 自分たちを救ってくれた勇者に、騎士と魔女は深い恩を感じ、彼に恩返しをしようと思いました。

 

 ……しかし、気がつくと勇者は二人の前から姿を消してしまったのです。

 

 騎士と魔女は、嘆きました。彼らは己が付き従う真の勇者を求めていたのです。

 赤き勇者こそが、彼らが従うにふさわしいと確信を持った彼らは、彼を探し求めました。

 

 赤い勇者を探す長い旅が始まり──不思議なことに、赤い勇者は彼らがピンチの時に必ず姿を現わすのです。

 

 そして助けると、また消える。

 

 その姿はまるで──守護者であると。彼らはいつしか、赤い勇者をそう呼ぶようになりました。

 

 ……月日が経ち、騎士と魔女は世代に並び立つ者がいないほどの存在になりました。

 

 そして彼らが強くなるに連れて、赤い勇者は彼らの前に姿を現さないようになりました。

 

 長き間を守られ続けた二人にとって、赤い勇者に対して特別な想いを抱いていたのです。

 

 せめて、その素顔を知りたい。今まで救ってくれたことを感謝の言葉を伝えたい。

 

 騎士と魔女はそう願いました。

 

 ──また、遥か昔に倒した大魔獣が蘇りました。

 

 以前よりも迫力が増した大魔獣ですが、騎士も魔女も昔よりも遥かに強い。

 

 大魔獣を圧倒し、完全に倒した──そのはずが、大魔獣は思いもよらぬ変化を繰り返し、更なる強さを得たのです。

 

 騎士と魔女は、またも窮地に追いやられます。

 

 そしてそんな時、彼らは赤い勇者を思い浮かべました。

 

 ──そして、赤い勇者はまた現れました。

 

 赤い勇者は二人を守るために力を使います。しかし、勇者を持ってしても大魔獣は止まりません。

 

 フルフェイスの赤い鎧から、止めどなく流れる血を見て、騎士と魔女は立ち上がりました。

 

 ……今まで守ってきてくれた人を守るために、二人は命を賭けて大魔獣に食らいつきます。

 

 そして──夜を超える戦いに、三人は勝利しました。

 

 朝焼けが、三人を照らします。普段ならば赤い勇者はここで立ち去る──しかし、赤い勇者は動きません。

 

 朝日を眺めて立ちふさがる──彼の仮面が、粉々に割れました。

 

 ……二人には、家族のように仲の良い幼馴染がいました。その幼馴染は、ある日を境に二人の前から消えてしまいました。

 

 ──大魔獣が始めて現れたその日から。

 

 その仮面の下には、その幼馴染の顔が確かにありました。

 

 ……大切な二人を守るために、幼馴染は二度と脱げない代わりに絶大な力を得る赤い鎧と契約したのです。

 そして赤い鎧は、使用者が幸せになることを許しません。

 だから、幼馴染──赤い勇者は、彼女たちの守護者になることを決めました。

 

 幼馴染は赤い鎧に命を吸われ続け、最早瀕死の状態。

 

 魔女と騎士は、真実を知って泣きました。

 

 しかし──赤い鎧は、幼馴染の真っ直ぐな想いに応えようとします。

 

 魔女と騎士の培った全ての力を差し出すならば、幼馴染を救えると。

 

 二人は──迷うことなく、力を差し出します。そして力を失った二人は、遠いのどかな町で、三人でいつまでと平和に暮らしました。

 

 ―・・・

 

 赤龍帝眷属の僧侶、黒歌は家族想いの悪戯猫だ。

 妹である白音と、王である一誠に対して愛を抱いており、彼らのためならば命さえも賭けてしまう。

 

 そんな黒歌が敵であるはずのメルティに構っていたのは、周りからすれば珍しいものだ。

 

 小猫はメルティに若干嫉妬していたのは内緒の話である。

 

 ──完全に獣化したメルティは、疑いようがなく操られている。ディヨン・アバンセという実の父によって。

 

「ほんっと、胸糞悪いにゃん」

 

 それに心底腹が立つ。

 なぜ家族を大切にできないか、それが疑問でしかない。

 ──魔獣の核とか、ヘルバウンドとか。黒歌にとってそんなこと些細なことだ。

 

 皮肉なことに、今という瞬間、メルティという少女を誰よりも見ようとしているのは、敵である黒歌だった。

 

「……あんたは一体、なんのために戦ってんの?」

「──グルルルルルルルッ……」

「……ま、聞こえてないよね」

 

 ──主人を更なる下層に見送った時点で、黒歌はメルティ一人に集中できる。

 

「聞こえてなくても良いよ。……あんたは少なくとも、イッセーの赤を見て何かを感じたんでしょ? だから、私はあんたを救うことを選択するにゃん」

 

 あの誉れ高き紅を見て、メルティはイッセーに降った。そこにはディヨンのような洗脳などはない。

 

 圧倒的守護の赤色に魅入られた──黒歌だってその一人だ。

 

 だから黒歌は確信するのだ。

 

 ──メルティは自分たちの仲間になれると。

 

「あんたにゃー、首輪が必要にゃん。ちゃんと躾けて忠犬にしてやる」

「──ッ」

 

 刹那、メルティは姿を消す。

 その神速はヘルバウンド由来の能力だ。

 

 ──その神速は陽炎のように朧げで、その陽炎のような姿を見たものには不吉なことが起きる。

 

 不吉の前触れと言われたヘルバウンドの能力を、メルティは受け継いでいる。

 

「どんだけ早くても、あんたの動きは読みやすい」

 

 ──黒歌の背後に現れるメルティに、易々と掌底を打ち付ける。

 ……今の黒歌は、周辺に流れる全ての気を掌握している。気の流れの淀みで神速を捉えるなど造作もない。

 

 特にメルティは獣の勘だけで戦っている、ある意味で戦闘の素人だ。故に嵌め手に弱く、思惑に簡単に陥落する。

 

「ガルルルルルルルゥゥゥ……」

 

 鋭い牙と、鋭い爪が黒歌を威嚇する。

 

「……間合いが上手いにゃん。勘だけでこれをしてるなら、大したもんよ」

 

 理性のないメルティは、野菜の勘だけで黒歌の間合いを見抜いていた。

 黒歌の攻撃範囲のギリギリ外側で、完全なる警戒態勢を敷いており、思わず黒歌も関心する。

 

「……伏魔の勾玉──仙魔玉」

 

 黒歌の周りに、紫色と勾玉と黒色の勾玉が散らばる。

 その二種類の勾玉が混ざり合い、紫と黒の大きな玉を作り出した。

 ──膨大な魔力を仙術により気の流れを調整して、本来よりも遥かに強力な一撃を作り出す。

 

 特に魔力特化は殲滅力に長けている。

 

 並みの敵ならば一瞬で決着だが──

 

「フシュゥゥゥゥ…………」

 

 黒に近い藍色のオーラが、メルティの両手を覆っていた。

 ちょうどオーラが巨大な爪のような形になり、そして黒歌の魔を両断する。

 

「んま、そーなることは読んでたよ。だから」

 

 黒歌は指を鳴らした。

 ──すると、霧散したはずの魔力が、メルティを拘束する拘束具となった。

 

「最初から、あんたを倒す技なんて用意してるわけないじゃん。私が受けてるイッセーの命令は、あんたを生け捕りにすること」

 

 黒歌の放つ技は首輪のようにまとわりつき、それを境にメルティは身体に力が入らなくなった。

 当然だ。黒歌の仙術、魔力、魔法、魔術、妖力……彼女がこれまで命懸けの人生の中、生き残るために磨いてきた技の集大成ともいえる力なのだ。

 

 あらゆる分野を極めた黒歌だからこそ扱うことのできる、超高精度の力は最早、黒歌のみに扱うことが可能なオンリーワンの能力に昇華している。

 

 ──その名は、

 

「猫天術、ってね。さて」

「うぅぅぅぅぅ……」

「……やっぱり、科学力とアナログな洗脳の合わせ技なのね。ふんっ──こんなもんでヒトがどうにかなると思ったら、大間違いにゃん」

 

 黒歌は静かに技を操作する。

 身体に巡る血の流れ、魔力の流れを感じ取り、そしてその中にある膿を一箇所に集めた。

 

 この膿こそが、メルティから理性を奪っているものだ。その全てを操り、拘束に苦しむメルティに近づく。

 

 そしてその頬に触れ──腹部に勢いよくボディーブローを穿つ。

 

「かはっ……」

 

 メルティは口から血を吐き出すと、その血は黒い何かが含まれていた。

 

 途端にメルティの身体からは白い湯気のような靄が浮かび、次第に獣化していた身体が人のものへと変化した。

 

「……げんじょう、りかいふのう……」

 

 メルティは先ほどと違い、理性が戻った。記憶は消えてはおらず、拘束されたまま黒歌を見てそう呟いた。

 

 黒歌はメルティの拘束を解き、倒れそうになるメルティの身体を支えた。

 

「目、目覚めたにゃん?」

「……なにやつ」

「誰が何奴にゃん。まあ冗談言えるくらいってことは、めんどくさいもん全部消えたってことか」

 

 黒歌はメルティの頭をポカンと小突く。小突かれた額を抑えながら、メルティは首を傾げた。

 

「……赤龍帝、どこ?」

「イッセーは戦ってるにゃん。あんたや何の関わりもない子供を救うためにね」

「……何故?」

「──助けることが、涙を笑顔に変えることが私の主人の本懐だからね」

 

 

 どこか得意げに、黒歌はそう断言した。

 自慢の王様、最高の主……兵藤一誠のことを本気でそう思っているからこそ、黒歌はそれを隠すことなく提言できる。

 

 メルティは何かを考えるように口を噤み、そして──

 

 

「……温かい」

「だったらもう間違えないことにゃん。……んで、あんたはどうすんの? 私は今からイッセーのとこに行くけど」

「──メルティ、同行」

「あっそ。んじゃ勝手についてくるにゃん」

「……歩行、不能」

「──ほんっと、手間がかかるにゃん」

 

 

 垢ぬけたメルティに、黒歌は深い溜息を吐くものの、その表情はどこか「仕方ないなぁ」と感じる、満更でもない表情であった。

 

 

 ―・・・

 

 形の見えない刃は、際限なく続けざまに放たれ続ける。

 ハレの能力は確かに凶悪で、厄介この上ない。

 何せ俺の禁手の鎧を簡単に破壊することが出来て、大よそ大抵のものは面白いくらいに両断されるのだから。

 

 だけどその能力は発動条件と範囲が明確だ。

 

 剣を振るい、振るった刃は曲がることはない。追尾するような動きは決してなく、剣を振るう、という動作が必ず必要だ。

 

 だから、ハレの剣が振るわれたタイミングでその場から離れれば、直撃することはない。

 

「ハレ、お前の力も大したことないなぁ!」

「なっ──ウルサイッ!!!」

 

 ハレは俺の分かり易い挑発に反応し、剣を乱暴に三度振るう。

 俺が今、出来ることはシンプルだ。ハレを挑発して、彼女の中に眠る本当の意志を引き摺り出す。

 ディヨン・アバンセは優秀な科学者なのだろう。ここまでの戦い、騒動をほぼ単独の能力で引き起こしているところを考えれば、そう認めざるを得ない。

 

 だが、優秀だからなんだ。

 

 奴が天才であったとしても、人の全てをコントロールできると思っているのならば大間違いだ。

 

「ナンデ、ナンデ──アメアメアメアメアメアメアメアメアメェェェ!!!」

「ほら、アメ、お呼びだぞ」

 

 俺は背中にしがみ付くアメに、俺は声をかける。

 アメは俺の言葉に頷いて、そろそろ作戦を開始する。

 ──念入りな煽り、ハレをあちこち動き回らせる距離取りを徹底してきた。

 

 ハレを止めることが出来るのはアメしかいない。

 

 この場でハレの閉ざされた心に声が届くのは、アメの心からの叫びなんだ。

 

「──ハレのッ」

 

 アメは大きく息を吸い込み、彼女らしからぬ大きな声を出す。

 

 ──さぁ、言ってやれ、お前の心の想いを……

 

「──あんぽんたん!!!!!!」

 

 …………………。

 うん、えっと──何故、その言葉のチョイスをしたんだ。

 

「──あん、ぽん、たん?」

 

 だが、意外にもハレの激しい攻撃は止まった。

 剣を下ろし、未だ光の灯らない瞳で俺とアメの方を呆然と見つめ続ける。

 

「アメばかり、優先してッ!! なんで、自分を大事にしてくれない、の!! ずっと、ずっと──アメばっかり、大事にして!!」

「……うる、さい」

 

 すぐさま、俺はアメをハレの傍に下ろし、彼女の急変に備える。

 ハレの目の前にアメは、堂々と立った。

 

「そんな剣、ハレには、似合わない」

「うる、さい……ッ」

「──うるさくないッ!! ちゃんと、アメの話を聞いて!!」

 

 ──パチン、とハレの頬を叩く。ハレは叩かれた瞬間、剣を離し、地面に落とした。

 叩かれた頬を抑え、目を見開いてアメを見る。

 

「アメは、ここにいる。例えお父さんとお母さんが偽物でも、用意された箱には、だったとしても──アメだけは、ハレの本物」

「ほん、もの──」

 

 アメの言葉に、ハレは初めて怒り以外の反応を見せた。

 

『──はっ? なんで、僕の命令に背く? マインドコントロールと、薬物まで投与して』

「分からないか、ディヨン。お前が箱庭を用意したとか、全て手の平で転がしてきたつもりかもしれないがな──双子の姉妹の絆を、お前は見誤った」

 

 とはいえ、完全な解放には今のままではならない──だけど俺には何となく分かる。

 神器創造という破格の能力を持つフォースギアの能力故に、俺は神器の匂いには敏感だ。

 百発百中と大見栄切ることは出来ないが……だけど、予想は的中だったか。

 

 ──アメの身体は、仄かに赤いオーラに包まれていた。

 

『……あぁぁぁ、腹が立つなぁ。いやいや、本当に』

『ふん、高が人間の分際で神秘を理解していたつもりか、ディヨン・アバンセよ──さぁ、新たなる神器の息吹く瞬間だ』

 

 ドライグはディヨンを心から軽蔑した上で、アメの神器の覚醒に歓喜する。

 

「──お前が見る権利はねぇよな」

 

 俺はこの階にある全ての監視カメラに向けて魔力弾を撃ち放ち、全てを塵にする。

 そして視線をハレとアメの方へと戻した。

 

「アメは、強くなる。ハレに、守ってもらわなくても、良いように──だからハレは、自分を大事にして」

「だいじ、に……じぶんを」

「──もう、()なんて使わないで。ハレは普通の女の子、だよ」

 

 アメはハレを抱きしめた瞬間──淡い赤色のオーラは、緑色のオーラへと変化する。

 その緑色のオーラはハエを覆い、そして少しずつ……ハレの瞳に光が戻った。

 

「──アンチマジック。魔法による力を打ち消す魔法だ」

『だがあの少女は魔法使いでは……』

「だから、魔法を扱うというのがアメの神器の能力なんだろうさ」

 

 詳しい能力は後々に調べられるとして──科学といいつつ、あの洗脳は魔法によるものだったみたいだな。

 魔法と科学を組み合わせて作ったというべきか。

 

「もうハレは強くなくていい。……アメと一緒に、強くなるの」

「──でも、僕たちは……生きる方法がないよ」

「……そうね。だけど──」

 

 アメは、俺の方を見つめる。

 この場面で俺に目を向けるのは、本当にズルいな。静かに二人を見守ろうとしていたのに、そんな目を向けられたらさ。

 

 俺がここで何を言えば良いのか。ハレを救ったのは紛れもなくアメだ。

 

 ──そう言えば、俺は二人にちゃんとした自己紹介をしていないか。

 

「──俺の名前は兵藤一誠。前世の名前はオルフェル・イグニールで、まだまだピチピチの男子高校生だ」

 

 俺は鎧の兜を解除して、二人へと近づく。

 

「転生悪魔の上級悪魔で、一応赤龍帝眷属ってところで王をやってる」

 

 二人の近くに寄ると、身体を屈めて二人と視線を同じ目線で合わせた。

 

「……俺は力を、誰かを守るために使いたいんだ。全世界の人々を守ることは出来ない──だけど、この手をめいっぱい広げるくらいには誰かを守りたい」

「……何が、言いたいの?」

「あぁ、回りくどいよな──はっきり言う! 俺はハレとアメ、二人を助けたい!」

 

 二人の頭をくしゃくしゃになるまで撫でて笑うと、アメは満更でもない表情に、ハレは顔を赤らめた。

 

「理屈とか義理がないとか、そんなんじゃなくてさ──伸ばせば届くところにいるのに、見捨てるなんてことが出来ないんだ。二人が笑顔でいられる場所を作る。だから……──もう、強がらなくて良いんだよ」

 

「──ッッッ」

 

 ……ハレは、鼻まで真っ赤になり、瞳からは大粒の涙を流す。

 

「──()達を、本当に、守ってくれるの……?」

「ああ」

 

 肯定する。

 

「もう、頑張って戦わなくても、良いの?」

「ああ」

 

 二度、肯定する。

 

「──幸せに、してくれるの?」

「──ああ、約束する」

 

 ──全てを、肯定する。

 ハレは、途端に我慢の糸が途切れたように泣き叫び、アメと抱きしめ合った。

 

「……イッセー」

「どうした?」

「──ありがとう」

 

 ──アメの満面の笑みを見て、俺は何も言わずに笑顔で返した。

 

 ―・・・

 

 一誠、フリード、黒歌が地下で戦う最中、地上では戦況は佳境に差し掛かった。

 いや、具体的に言えば突如現れた守護龍によって、強制的に佳境に突入した、という表現の方が正しい。

 兵藤一誠の扱う守護覇龍は一たび発動すれば、範囲内の仲間と認識する存在全てに頑強な守護龍を召喚する。

 守護龍は対象者全てを必ず守り、そして守る行動をする必要がなくなるため、攻撃に専念できる。

 

 要は守護覇龍は乱戦が起こる戦場において、戦況を一変する必殺となり得るのだ。

 

 ──結論、戦況は完全に赤龍帝眷属有利になった。

 

「ふむ。赤龍帝の御業の一つか。守護覇龍といったか……シンプル故の強さだ──ッ」

「ふんっ、当たり前だろう。私の弟の最強だ……ちっ、本当に、うらやむほどに強いな。お前は」

「ふんっ。久々に血反吐を吐いたぞ──面白い」

 

 周囲を更地にするほどの戦闘を繰り広げるのは、クロウ・クルワッハとティアマットであった。

 二人の実力は互角……とは言えないまえでも、それでもティアマットの実力は彼の高みに近づいていた。

 

 最早、彼女の実力は天龍クラスと言っても過言ではない。

 そんな二人は、血だらけになりながらの戦闘を楽しんでいるようにも見えた。

 

「……俺はなんら問題ないが、どうやら他の雑魚はそうでもないみたいだな──潮時か」

「おい、逃げるのか?」

「──滾らせるな、俺を。本音はお前と決着を付けたくて仕方がないんだ。クリフォトも英雄派も赤龍帝も関係ない」

 

 ──クロウ・クルワッハは恐ろしいほど好戦的な形相で、ティアマットを睨み付ける。

 ……ドラゴンとしての闘争本能が、このまま果てるほどの戦いをしたいと望む。しかしティアマットはそれが得策ではないと理解しているから、矛を収める。

 

「……お前とは必ず決着を付ける」

「当然だ。ティアマット、それまで爪を砥いでおけ」

 

 クロウ・クルワッハは背の翼を広げ、真上に飛び立つ。

 そのまま飛び立つ……その時、ふとティアマットに声を掛けた。

 

「それはそうと。戦争派、だったか。俺たちの頂上決戦に奴らは不要だ。必ず消しておけ」

 

 そう言い残すと、クロウ・クルワッハはどこかへと飛んで行った。

 

「……言われずとも、そうするさ」

 

 

 ──朱雀はドルザークの無力化に成功する……ものの、彼の前にはさらなる敵影があった。

 

「──安倍晴明」

「……朱雀」

「う、い、じゃま、すんなぁ!!」

 

 朱雀の敗北したドルザークの助太刀として現れた、英雄派二大トップの片割れ、安倍晴明が弟である朱雀の前に現れたのだ。

 

 今回で三度目の邂逅。

 

 一度目は朱雀は晴明によって命を奪われ、二度目は決着は付かずに晴明の歪みが露呈した。

 

 そして三度目……いまこうして、戦場で三度邂逅をする。

 

 朱雀の中には既に殺されたことに対する憎しみはない。いや、厳密に言えば三度目の邂逅までは少なからず持ち合わせていた感情が、晴明の顔をみてなくなったのだ。

 

「……なんて顔をしているのですか、兄さん」

「なんのことだ。……ドルザーク、ディヨン・アバンセに危機が迫っている。子供達も残っているのは君だけだ」

「アァっ!? ディヨンサマが!!?」

 

 ドラゴン化してなお理性を残すドルザークは、晴明の言葉を聞いて明らかな動揺をみせる。

 

「お前はディヨンの元へ行くといい。ここは俺に任せて」

「……アリガトヨ」

 

 晴明の提案を受け取り、ドルザークは歪にツギハギされたような翼を広げ、大きく開いた大穴から最下層へと向かう。

 

 朱雀はその様子を静観して、しかし晴明への警戒は解かない。

 

「……戦況の把握は、書く場所に配置した札を利用した妖術。相変わらず器用、ですね──憂い、悲しみ、怒り。今の兄さんからは、それしか感じません」

「……この世界から、純粋な悪魔を消し去るまで──決して俺が笑うことはない」

「……なぜ、そこまで憎しみを抱くのですか。昔の兄さんは、決して怒りだけに身をまかせるような人ではなかったはずです」

 

 朱雀は刀を軋む音がするほどに強く握る。

 

「──なぜなぜなぜなぜ。お前は聞くことしか出来ないのか。そういうところが、昔から苛立たせるんだよ、朱雀」

「……では、強硬手段です」

 

 朱雀は刀を鞘に収め、居合いの姿勢をとる。刀の柄に手を置いて、脱力した。

 

「居合いか。昔、二人で刀稽古をしたものだな」

 

 晴明も朱雀に倣うように刀を鞘に収め、居合の構えをとった。

 

「だが忘れたか、朱雀。お前に刀術を教えたのが誰か。一度もお前は刀で俺に勝った試しがないこともな」

「……それは、神器がない時の話です」

 

 封印龍が宿る宝群刀は数多のドラゴンを封印し、その力の一端を扱える力は、戦闘の選択肢が数多もある強力な神器だ。

 

 対するは仙術、妖術を巧みに操り、妖刀・童子安切綱と聖なる紫炎を繰り出す神滅具、紫炎祭主の磔台をも身に宿している安倍晴明。

 

 兵藤一誠、曹操、ヴァーリに負けず劣らずの数多の戦闘手段を持つ強者の一人だ。

 

 本来ならば悪魔化して強くなったとはいえ、今の朱雀が倒せるほどではない。

 

「イッセー様、力をお貸しください」

 

 ただしその差は、イッセーによる守護龍によって覆る。

 

「封を解く。雷の電龍よ、蠢き轟かせ猛き交れ」

「続けて封を解く。炎の獄龍よ、灼熱の焔を守護と混ざれ」

「三度封を解く。氷の剽龍よ、凍え割れる絶対零度にてこの身を焦がせ」

 

 連続同時解放によって、刀からは三つの力が湧き出た。そのうちの雷と炎の龍は守護龍と混じり、新たなドラゴンとして顕現した。そして氷の龍は朱雀に憑依したのか、彼からは冷気が発せられる。

 

「封印されているドラゴンの格が、上がっている? それにその身に顕現など」

「申し訳ありませんが、悠長に分析を待つ時間はない」

 

 朱雀はその瞬間、動き出した。先ほどまでとは程遠いほどの速度と筋力にて晴明にたどり着き、そしてそれに続くように守護龍も彼に追随する。

 

 守護龍は炎と雷を吐き、そして朱雀は氷のオーラを纏いながら刀を振るった。

 

 朱雀の刀は晴明の腹部を切り裂こうとした……しかし晴明は反応し、自身の刀で受け止めようとした。

 

 ……しかし、

 

「そう、わかっていました。兄さんの技量ならば、いくら身体強化をしたところで私の剣戟など見破られる。だから、最初から、私の狙いは兄さんの殺害ではない」

 

 ピキッ。何かに亀裂が入る音がする。

 

「ドラゴンを身に宿す力は、文字通り身を焦がす。代わりに私には身に余る力を発揮できる。神速で動ける雷ではなく、絶対零度の氷を選んだのは」

 

 ピキピキピキ……亀裂の音はさらに大きくなった。

 ──そして、晴明の妖刀・童子安切綱は砕け散った。

 

「あなたの歪みの一因を壊すためだ」

「…………そうか」

 

 刀を砕き、そしてその上で残りの余力で晴明の腹部に切った。

 傷は浅く、朱雀は晴明の隣をすり抜けて、少し離れたところで刀をカチンと音を鳴らして収めた。

 

「っ、はぁ、はぁ……」

 

 それと同時に朱雀の身体から氷の龍が抜けて、炎と雷を受けた守護龍からも力がなくなる。

 

 しかしすぐに晴明を警戒し柄に手を添える。

 

 ……晴明は特に動くことはない。

 

「あぁ、安綱が壊れてしまっては、もう無理か──そういえば朱雀。お前はどうして俺が歪んだのか知りたがっていたな」

 

「兄さん、何を──」

 

 朱雀は晴明の言葉に首をかしげるが……次の瞬間、目を見開いた。

 

 何故か?

 

 それは晴明が、浮いていたからだ。

 

 ただ浮いているというだけならば、驚きはしない。宙に浮かぶ方法なんていくつもある。

 

 だが──晴明の浮かび方は、そして今の容姿には驚くことしかできない。

 

「そう、か。だから、兄さんは」

 

 そして納得もできた。

 どうして晴明が悪魔を憎むのか。しかし転生悪魔である一誠やその他の純粋悪魔以外の悪魔を憎まないのか。

 

「安切綱と妖術で抑えていたんだ──この穢れた力を、見たくもないから」

 

 そう言って、晴明は刹那の速度で飛び立つ。ほんの一瞬で晴明の姿はなくなり、そして残る朱雀は立ち尽くす。

 

「兄さんは──転生悪魔、なんだ」

 

 ──悪魔の翼を背に生やす、兄の姿を見て朱雀は呆然と立ち尽くすのだった。

 

 

 ……戦況は最終局面に突入する。残す敵は、大元であるディヨン・アバンセただ一人。

 子供達はドルザークを除いて全て離反して、既に兵藤一誠も地下の最深部に向かっている。

 

 少しすると兵藤一誠の守護龍も消失した。

 

 守護覇龍不在でのディヨンとの最終決戦は不安が残る。未知という点でいえば、ディヨンは読めない存在だ。

 

 ──大地が、揺れる。

 

 他社あの揺れではない。常人では立つことさえも難しいほどの揺れだ。

 

 揺れは大地を割いて、地割れを引き起こす。

 

「この揺れの正体は存じているか、ジークフリート」

 

「さぁ、僕らも戦争派の行動をいちいち把握できないものでね──でもこれは潮時かな」

 

 地下にてサイラオーグと壮絶な激闘を繰り広げたジークフリートは、少々血を失ってはいるものの、未だ五体満足だ。

 

 剣を鞘に収め、サイラオーグに視線を向ける。

 

 ──サイラオーグは、身体全身を鮮血で染めていた。

 

 ただし彼は負けてはいない。見た目だけではジークフリートに分があるが、彼には既に剣を振るう力が残っていない。

 

「恐れ入ったよ。何度切られても倒れず、切った剣を持つ手が限界を迎えるなんて──だけど僕らはまだ一人としてかかるわけにはいかないものでね」

 

「──いけっ」

 

 ジークフリートの言葉と共に、瓦礫の中からヘラクレスが現れ、爆撃にて粉塵を生み、そしてジークフリートと共に戦線から離脱する。

 

 サイラオーグはそれを追うことはせず、地下にいる危険の方が高いためか、地下から脱出した。

 

 

 ──戦場は二分する。

 

 兵藤一誠率いる赤龍帝眷属のグループと、そして地割れより現れる存在とに。

 

 ──合成獣、キメラ。なんとも歪な生物が、彼らの目の前にはいた。

 そこからは聖なるオーラも悪魔のオーラもドラゴンのオーラも、神器の気配さえも感じる。

 ツギハギで作られた肉体に、幾多もの生物の頭部が歪に縫い付けられているような容貌だ。

 

 それを見て、誰もが思った。これこそが、ディヨン・アバンセの切り札だ。

 

 だが──もはや彼ら兵藤一誠の仲間が手を下す必要はない。

 

 ビュッ……一筋の流星がその歪な生物を貫く。

 

 流星と言ってもその生物の身体全体を覆い隠すほどの一撃だ。

 

 その一撃でキメラは跡形もなく消失する。呆気もなく、出落ちという言葉が当てはまるだろうか。

 

 消えたキメラの中心には人が浮かんでいた。子供の一人、ドルザークだ。ドラゴンの姿ではなく、既に人間の状態に戻っているようだ。

 

「……そうか。これで終わりか」

 

 ティアマットはふと、呟いた。

 

「一誠様はきっと、怒りを最後まで温存していたのでしょう。そしてそれを解放した、ただそれだけ」

 

 浮かぶドルザークを、英雄派のクーフーリンは抱きとめて、そしてジークフリートとヘラクレスと共に戦線から離脱する。

 

 ……異様なまでに入り組んだ戦争は、こうして呆気なく終わる。

 

 ただ彼らは、兵藤一誠の帰還を待ち望んでいた。




お久しぶりです。
モチベーションとか他にやりたいことがあって、しばらく放置してしまって本当にすみません。
最新話、次回で10章も終章となります。

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