ハイスクールD×D ~優しいドラゴンと最高の赤龍帝~ 作:マッハでゴーだ!
アロンダイトエッジを創ったガルド・ガリレイに言わせてみれば、かの剣は未完成も良いところである。
何せ気に入らない宿主ならば問答無用で痛めつけ、命を糧にしても使える力は一部のみ。
到底実戦に起用しようとは思えない暴君だ。
しかし、フリードの持つアロンダイトエッジは違う。ガルド・ガリレイを以て、彼はこのコンビをこう称した――奇跡のコンビと。
「イッセーくーん、数分待ってね~。ちょいとあのおっさん、狩ってくるから」
「おい、フリード。油断するなよ。あいつは」
「――油断してこそ俺っすよ?」
フリードは口ではそんなことを言っているものの、実際に微塵も油断はしていない。
――まがい物であれ何であれ、今のドーナシークが最上級堕天使並みの力を持っていることは間違いない。その事実を無視するほど、フリードは愚かではない。
しっかりとアロンダイトエッジの切っ先を敵に向け、牽制をしていた。
現在、フリードにはドーナシークの情報は何一つない……ことはないが、それでも少なすぎる。
今分かっているのは、彼が聖火の力を得ていることくらいだ。
「あと、妙に余裕ぶっこいてるのが気に食わねぇー」
「それは貴様も同じだろう――何、手始めに堕天使らしいこれでどうだ?」
ドーナシークは手元に光の槍を作り出す。
それだけならば何ら可笑しくない堕天使の基本手的な戦闘法だ。だが、規格外なのはその大きさだ。
昔、俺が戦ったコカビエルに匹敵するほどの力を感じた。
「あー、馬鹿の一つ覚えってやつっすね。それ使って今まで敵倒した奴見たことねぇよ」
「ならば倒れてくれるなよ、フリード」
ドーナシークは落ち着いた声音で、フリードに対して光の槍を投げつける。
しかしフリードはドーナシークが力を振るうよりも早く、既に動き始めている。光の槍はフリードの方は向かうことはなく、あるぬ方向に飛んで行った。
「俺に光の力は通用しないっすよ。どんなもんでも全部予測できるんで」
「……その剣の力か」
――アロンダイトエッジの最大とも言える力の一つ、未来予知。
とはいってもなんでも全て予知するわけではない。あくまでアロンダイトエッジが予測できるのは聖の力と魔の力だけだ。
だが、ドーナシークは堕天使だ。故にフリードの力がよく通用する。
「どんだけ強い力でも、当たんなかったら意味ないっすよ」
「遺憾だが、確かにそうだ。……ならばやはり、こいつしかあるまい」
……ドーナシークは炎を指先に灯した。
――聖火。熾天使にのみ許された、この世を浄化する聖なる炎の力だ。
ドーナシークのそれは、残念ながら熾天使のそれとは比べものにならないほど黒く濁ったような色をしていた。
しかし――熱量は、レイヴェルの炎よりも凄まじい。
「炎よ、穿て」
ドーナシークは絶大な炎の塊を、剣を肩で担ぐフリードに向かって放った。
フリードならばそれを避けることは予測できる――だけと、フリードはつまらなさそうな顔で、それを迎え撃つように剣を構える。
「だから、効かねぇよ」
――一閃。フリードの振るうアロンダイトが、ドーナシークの聖火を危なげなく切り裂いて、宙で霧散させた。
「……は?」
ドーナシークは、開いた口が閉まらなくなってしまった。
……驚くのも無理はない。あれほどの力を込めた炎が、いとも簡単に霧散されたんだ。
目に見えて動揺している。
「んで、次は何見せてくれんの? 言っとくけどー、俺はちょっとやそっとじゃ眼球飛び出して驚いてやらねぇぜ?」
「――ならば聖火と光の混合技で!」
ドーナシークは光と炎を混ぜ合わせた光炎をフリードに放った。バラキエルさんが扱う雷光のようなものだろう。
光の速度で向かう炎の一撃。しかしそれも、フリードは予知したように完全に見切って切り裂いた。
「あっちぃ、あっちぃー。……あれれ、もしかして今の、ドーナの旦那のとっておきだったりしちゃった?」
フリードは手で火の粉を払いながら、ヘラヘラと笑いながらも、キョトンとした顔でドーナシークを挑発する。
剣を床にグサリと刺して、背丈に近い大きさの剣にもたれ掛かる。
……鬱陶しい面構えだ。だけど、タチが悪いのは、フリードに油断も隙もないってところだ。
これで怒りに任せて奴の懐に入れば、即座に斬り伏せられる。
……ドーナシークもそれを理解している時点で、相当に強いはずだ。
「ドーナシークの奴も、まだ力を出し切っているわけではない……なんだけど、フリード強くなり過ぎだろ」
「パッと見たら小物なのににゃー」
「はい、そこー!? 人を見た目で判断しなさんなって! ……たっく、いつまで経っても雑魚キャラの烙印が消えねぇのは俺っちの悩みっすよ」
フリードは肩透かしを食らったようにため息を吐く。
……膠着状態となる。ドーナシークはフリードを警戒してか、慎重に伺っているようだ。
「しっかし、解せないっすね。もう少しちょーし乗って油断みせてくれても良いじゃないっすか。ぶっちゃけ、違和感が凄まじいや、あんた」
「……それをするほど、与えられた力に付け上がってはいないさ」
「…………与えたのは、ディヨン・アバンセっすか?」
「――知る必要もないことだろう?」
その膠着を最初に破ったのはドーナシークだった。
音もなくフリードの前より消えて、次のは瞬間にはフリードの首元を光の槍が捉えていた。
……槍はフリードの首を苅る。
「……手応えがない。幻術の類か」
しかし、フリードであったものは歪み、煙となって散り散りになる。
その瞬間、フリードはあらかじめ飛び上がっていたのか、空中でアロンダイトエッジを両手で掴み、
「ここらで一発、大技っすよ!?」
ドーナシークの真上から、剣のオーラを惜しげもなく放出して極大の斬撃刃を放った!
その力、ゼノヴィアのそれに性質は近い!
まともに当たれば致命傷は避けられないほどの一撃だ。
「――むっ」
ドーナシークはフリードがここまでの大技を持っていたことが予想外なのか、目を見開いていた。
光炎で対抗しようにも、そもそも斬撃の属性を炎で止められるはずがない。
炎は綺麗な切断面で切り裂かれ、その衝撃はドーナシークをも襲う。
「はっ、ははは――これはどうしようもない。こうも違うか、フリード……っ!!」
「ほんっと、不気味っすね」
フリードは空中に刃を浮かばせ、その平の部分を足場にして宙を歩くように移動する。
……面白い移動方法だな。空を飛ぶ術を持たないフリードも、一応は空中戦が可能なのか。
――しかしながら、フリードの意見は最もだ。
「あの堕天使、フリードの言う通り不気味にゃん。急激に力を手に入れたのに上がらないだけじゃなくて、何かを絶対隠してるよ」
「それは間違いないと思う。だけど……この神器がある以上、俺たちはフリードを信じるしかないんだ」
俺たちはフリードの方を見守るしかない。
……優勢なのは明らかにフリードだ。未だ傷一つ負っていない上に、タイプ的にも持久力がある。
対するドーナシークは既にいくつもの大きな傷を負っており、強がっているが消耗が激しい。
優劣はこれほどにまではっきりしている――なのに、不安が拭えない。
「……時にフリードよ。貴様はどうしてこの戦いに参加する?」
「――は?」
その時、ドーナシークはフリードにそう言葉を投げかけた。
「私の知るお前は、どこまでも外道を体現した男だ。我々に協力していたのもあくまで利害の一致から。必要なくなれば切り捨て、己が存命することだけを考えていただろう? それが今では偽善を働いている。私はそれが如何なる理由か、知りたいのだ」
「急に押し問答っすか? ……別に、今の立場的が必要だから戦ってるだけっすよ。俺に正義とか偽善とか、そもそも善って言葉が似合わなさすぎる」
フリードは鼻で笑う。
……あいつは自分の口から自分を高めるようなことは決して言わない。
あくまで己は小悪党で、救えない屑であると自嘲する。
「ならば何故この戦場で剣を振るう。関与しなければ済む話だろう」
「――全く以って、その通りなんすよね。これがまぁ、言い返せないほど正論で辛いわー」
ケラケラと、フリードは笑う。
……きっとそれは嘘ではない。フリード自身、今の自分の姿を鑑みて出した答えがあれだろう。
――理屈ではないんだ。きっとフリードにとって、ここで剣を持って戦う理由は言葉で説明できるほど簡単なものではない。
……俺は守るために戦っている。
ヴァーリなんかは戦うことそのもののために戦かっていて、ならばフリードは――きっとあいつは自分の口では言わないけど、贖罪のために戦っていたんだ。
昔、あいつがまだ純粋な心を持っていた時に抱いた正義の心。それを今、がむしゃらに取り戻している。
フリードは口を開く。
「なんでもかんでも理由を付けたがるのはおっさんの悪い癖だと、俺っちは思うなぁ」
「――ならば理由はないと? この戦場に立つのはあくまで気まぐれで、この戦いは遊びだと?」
ドーナシークの声音には、若干の怒りの感情が含まれていた。
これまで終始隠せていたものを、ここに来て表に出す。しかしそれを聞いた瞬間、フリードはドーナシークに鋭い殺気を送った。
「――答え答えうるせぇんだよ。ちっとは自分で考えてから聞け」
……フリードは、ゆらりと体勢を崩した。
剣をダランと脱力した状態で両手で掴み、垂れる前髪の隙間から獰猛にドーナシークを睨む。
――あるいは、同族嫌悪なのかもしれないな。
「……昔、あいつは俺に答えを求めてたっけ?」
「…………答え?」
俺のそばにいるアメが、首を傾げてそう尋ねて来た。
……アメがそんな風に尋ねてくるのは珍しいな。
「ああ。自分がどうしたいのか分からなくて、どうにも出来ないと思い込んであいつは俺に答えを求めた。――やり方とか、解決方法は置いておいて、自分がどうしたいのか。それはフリードの中に既に明確にあったんだ」
「……どう、したいか」
――自分を救ってくれた子供達を救いたい。あいつは今では絶対に口にはしないだろうけど、それを願った。
それを自覚してから、フリードはドンドン強くなった。
「あんた、ほんとどうしようもねぇな」
フリードはただひたすら落胆した顔で、剣を構える。
「――逆に教えてくれないっすか? あんたはなんで、利用されてまで戦おうとすんのか」
「そんなもの、ただ赤龍帝を倒したいから――」
……刹那、フリードは流れるようにごく自然にドーナシークに近づいた。
あまりにも自然で、近づいたことさえも認識出来ず。
ドーナシークが気付いた時には、フリードは滑らかに剣を振るう。
「――警戒して、損したよ」
「な、に、を」
ドーナシークの声が途切れる。
「別に、戦いに理由が必要とか、高尚なことは言わないっす。白龍皇みたく、戦い大好きって奴もいるから――でも、一言目に仲間の恨み言も言えねぇ奴は」
――ドーナシークに変化が訪れる。
言葉を発せなくなり、若干の時間差でその影が二つに分かれ始めた。
それを認識して、俺はアメの目元に手をかざす。
……鮮血が、吹き出る。しかしそれはフリードにかかりさえしない。
音もなく、発狂もなく――ドーナシークは、倒れた。
「戦う資格なんて、ねぇよ」
胴体と頭部が完全に分離した状態で、最後の言葉も発することなく……ドーナシークは、その生涯を終えた。
フリードはその亡骸を背にして、先を見据える。
すると今まで先を阻んでいた壁がなくなり、前は進めるようになった。
「でも、せめて最後は元神父らしく締めてやるよ――アーメン」
――こうして、第一戦目が静かに終わった。
―・・・
俺たちは十七階層を下っていた。
そこには会話らしい会話はなく、フリードも押し黙っている。
先ほどの一戦、何かを思うところがあるのだろうか。
「……フリード、どうしたんだ?」
「んあ? 別に、俺っちはいつも通りっすけど?」
フリードはニヤリと笑うも、しかしすぐに表情は戻った。
「なんて、言ってもバレてるなら意味ないっすね――別に大したことじゃないっすよ。ただ、ドーナの旦那には飯とか結構奢ってもらってたから、ちょっとだけ恩義感じてたんだよね、これが。別に辛いとかじゃねぇけどさ」
フリードはこちらに顔を向けることなく、続けざまに言った。
「――他の道があったなら、一回くらいは飯奢りたいなとか。似合わねぇ殊勝なこと思ってただけっす」
……ほんと、似合わない殊勝さだよ。
だけど、それはドーナシークと違ってフリードが手にすることのできた人間性だ。それがきっと、二人が枝別れた理由なんだろう。
――パンッとフリードは手で拍手する。
「――さてっ、そろそろ十七階層っすね」
階段を降りきって、フリードはそう言いながら振り返る。
……しかし、十七階層は先ほどとは違う点があった。
「すぐ近くに十八階層までの階段があるのか?」
「そうみたいですねぇ。しかもこの吹き抜けの十六階層とは違って、十七階層は迷路っすか――たぶん、これ別行動しろってことだろうね」
フリードは迷路の入り口を前にして、そう断言する。
しかも厄介な仕様が、迷宮に一人が入らなければ先にはすく進めないところだろう。
……もしかしたら、フリードの奴はこの先に誰がいるのか理解しているのか?
――フリードは一際聖と魔に敏感だ。アロンダイトエッジの機能上、そうなってしまった。
そのフリードが見抜くってことは――敵は恐らく、ディエルデたちだろう。
「聖剣には聖剣っしょ。ってことでそっちはお先に十八階層へ行ってきなよ」
「……大丈夫か? 圧勝したとはいえ、お前もそれなりに消耗して……」
「――うっぜぇぇぇぇぇ!」
……次の瞬間、フリードは本気で面倒臭そうな顔をしながら、俺を十八階層前の階段に突き飛ばした。
――入った瞬間、俺の前には透明な強固な壁が生まれる。……なるほど、入ることは可能だけど、出ることが出来なくなるのか。
「効率考えて、あの聖剣使いたちを相手にするのは、あんたの力は大きすぎるだろ? どうせ優しい優しいお兄ちゃんドラゴンのことだ。なるべく子供達は傷つけたくないとか言いそうだかんな」
「……そりゃ、そうだけどよ」
「……第三次聖剣計画の被験者だ。ちゃんと落とし前はつけてくっから、イッセーくんたちも先を急ぎな」
「――ああ。任せたぞ、フリード」
……フリードを信じて、俺は背を向ける。すると黒歌とアメが俺についてくるように十八階層の階段に足を踏み込み、俺たちは元の場所に戻れなくなった。
「――油断して足元救われんなよ、イッセーの旦那」
別れ際、フリードがそう言ってきたが!俺は振り返ることなく先に進む。
……この先に誰が待ち構えているのか、俺もすぐ察したんだ。
フリードほどではないにしろ、俺も気配察知はそれなりに自信がある。なにぶん、夏休みに最強格のドラゴンたちと修行をした身だ。
――今思い出すと、ティアにタンニーンの爺ちゃん、夜刀さんとオーフィスが修行相手って、おかしいよな。
『今それを思い出すか、相棒。お前は全く、大胆不敵というべきか……』
……言うな、相棒。
――階段を降り切ると、そこには新たな空間が浮かび上がった。
その光景、一言で表現するとすれば……森だ。
大きな空間全体には森があり、樹々が天井に向かってそびえ立っていた。
「これはまた凝った作りだにゃん――こんなところで戦うのが有利な奴は、一人だけね」
「あぁ、その通りだと思う。そうだろ? ……メルティ」
――その名を呼ぶと、樹々の影から人影が現れる。
そいつは俺たちの前に姿を現した。
「…………目標、確認」
一番目の子供、メルティ・アバンセ。魔獣の核たる宝玉を埋め込まれ、魔獣人間となったディヨンの娘だ。
「――さーて、んじゃそろそろ私がいっちゃおうかなー」
……黒歌が身体を伸ばしながら、一歩前に出た。
「……黒歌、お前、まだ前の傷が全治してないだろ。ここは俺が」
「ダーメにゃん♪ ……たとえイッセーの命令でも、これだけは聞けないよ」
……黒歌は苦笑いを浮かべながら、そう謝った。
――既に黒歌の身体は十八階層の中に入っていた。その結果、俺とアメはその空間の前で立ち止まるしか出来なくなる。
「……元はと言えば、私が油断しなければこんな強硬手段に出る必要性はなかった。ハレを連れ去られた原因は私にゃん――あの馬鹿犬を取り逃がしたのも私。だから尻拭いは自分でする」
「……勝てるのか?」
「――もちろん。そもそも赤龍帝眷属、最初の下僕は私にゃん♪ そろそろ活躍しないと立つ瀬がないでしょ」
黒歌は赤い制服の前ボタンを全てはだけさせた。
自分の周りに色々な属性の要素を持つ球体を出現させて、それらを浮遊させて拳を握る。
「――馬鹿犬、いい加減あんたの目を覚まさせるにゃん」
「目? 必要性、皆無」
「それさえもプログラムで話させられてるんでしょーが。……犬の相手は猫がする。相場はそれで決まってんのよ」
その理論は意味が分からないが――この戦場、明らかにメルティに有利なものだ。
樹々の間を飛び渡ることに長けたメルティの身体能力に加えて、小回りの効く戦闘スタイル。
この森におけるメルティは、絶対的な狩猟者である他ない。
「……最初っから全力で行くにゃん――っ!」
――黒歌は周りの球体を全て取り込む。
それは魔力であったり妖力であったり仙術であったり……黒歌が持てる全ての要素だ。
それを一度に内包し、一時的に全能力を向上させるあの力は――黒歌バージョンⅡ。
三又の尻尾をくねりと巻くと、より猫に近付いた黒歌は一瞬でメルティに近付いた。
「っっっ」
「あんたも、早く本気になりな。じゃないと気が狂っておかしくなるよ?」
「――殲、滅」
黒歌はそう煽りつつ、その表情はどこか……メルティのことを他人とは思えない。
そんな表情であった。
―・・・
『Side:三人称』
フリード・セルゼンは迷路を迷うことなく進んでいた。
聖と魔のオーラに人一倍鋭い上に、彼はそもそも頭が良い。音の反響なども取り入れると、迷うことはなかった。
その彼も、この先に感じるオーラの正体は感じ取っている。むしろここまでの強すぎる聖なるオーラが分からないはずがなかった。
「むしろ、なんでたかが人間がここまでの聖属性特化になれるのかが不思議で仕方ねぇっすわ」
――恐らくこの先にいるであろうディエルデとティファニア。ティファニアは人間が聖剣と化した存在で、ディエルデはそれの担い手である。
フリードは、特にティファニアに歪なものを感じていた。
「ディエルデきゅんはあくまで聖剣の因子が凄まじいだけ。聖剣に愛されているだけ。だけのあの子は確実に違うっすよね」
人を剣に変えるなど、彼から言わせてみれば人を人外にする以上に難しい。
人と剣は似通った部分は一切ないからだ。
あくまで有機物と無機物。この壁を取り払うことは非常に難しいのだ。
「だけど、戦争派はそれを可能にしたっつーなら、そこには確実に理論的な要因がある。としたら――」
その壁を越える方法、フリードは実は考えついていた。
しかしそれは考えることが億劫になるほどの胸糞悪いもので、フリードは毒を吐く。
――フリード・セルゼンは聖なるものと魔なるものに対する察しが異常だ。つまり、一度でも感じたオーラならば、すぐに識別できるのである。
「んま、答えはすぐそこにあるってこった――そーだろぃ? おぼっちゃんにお嬢ちゃん?」
「――お前が、俺たちの敵か」
「お……お兄ちゃんっ」
戦争派の子供達。ディエルデとティファニアが迷宮の奥、神台の上でフリードを待ち伏せていた。
「しっかし、一対一とはどこがって話っすよね。だってそちらさんは二人がかりじゃん?」
煽るようにヘラヘラと不平不満を言うが、実際にはそんなことは思ってもいないだろう。
目を細目で開けて、研ぎ澄ました観察眼で二人を観察する。
「……俺とティファニアは二人で一人の戦士だ。それともお前は、俺たちが怖いのか?」
「――残念、俺の恐れ知らずと言えば、天井破りのもんだぜぃ? なんたってあの赤龍帝を前にしても勝つつもりだったねぇ」
幾度なく兵藤一誠に挑んでいたのは、他の誰でもないフリード・セルゼンだ。
昔はただのエクソシストとして、光の剣と銃を携えて。
次に相対したときはエクスカリバーを扱い。
そしてその次には聖堕剣・アロンダイトエッジに認められて。
――しかし、因縁というものはかくもおかしく変わってしまうものだ。
「ほんと、どこで俺の道は、真っ当なところに戻ったんだかね」
フリードはそのことを思い出し、ボソリと呟いた。
そして、仕切り直しのようにアロンダイトエッジを天井に向けて放った。
それは斬撃波として天井を抉り、堅牢な壁までもを削り取る。
――最上級堕天使クラスになったドーナシークを、フリードはいとも簡単に屠った。
それは彼が弱かったのでもなく、運や相性が良かったわけでもない。
「さて、僕ちゃんたちにこんなことは出来るかなー?」
「――俺たちを甘く見るなよ、フリード・セルゼン」
ディエルデは、ティファニアを抱きしめながらそう言った。
「ヒュー、甘いねぇ。どこぞのイッセーくんを見ているようっすよ」
フリードがそう囃し立てた瞬間であった。
――ティファニアの身体が、眩い光に包まれる。その瞬間彼女が纏う聖なるオーラは段違いに跳ね上がる。
「……やっぱお嬢ちゃん、身体に聖剣ガラティーンの因子を埋め込まれてるねぇ」
「――なぜ、それが分かった?」
「はん、第二次聖剣計画をぶっ潰したのは俺だぜ? だが解せねぇのは、ガラティーン自体は俺が完全に消し飛ばしたってところだ。残った微かな因子を埋め込まれたんすか?」
第二次聖剣計画における対象の剣は、エクスカリバーの姉妹剣であるガラティーンである。
聖剣としての性能がほとんど知られていない幻の聖剣で、しかしエクスカリバーに並び立つと言われている。
「……貴様に言う必要性を感じない」
「ま、別にそれでも良いっすよ。だけど、そんな簡単にこの外道神父に勝てるとか思ってたら百年はぇぇよ」
……奇しくも、フリードのアロンダイト・エッジとディエルデとティファニアのガラティーンはとても近しい剣だ。
円卓の騎士のランスロットとガウェインがそれぞれ持っていたのが、アロンダイトとガラティーン。
……共に昔とは姿形は変わってしまったのも、同じだ。
「――聖霊剣ソウル・ガラティーン。それがティファニアが聖剣化した時の名前だ」
そして、ディエルデの他には聖剣と化したティファニアが握られていた。大体の見た目は聖剣エスクカリバーに酷似しているものの、柄の部分や握り手はクリスタルで出来ている。
刀身も水のように澄み通っており、フリードをしてあれほどに美しい剣は見たことがなかった。
「……ははっ、俺っちの相棒とは大違いっすね。うちは基本黒主体の剣だから」
……アロンダイトが贖罪の聖剣ならば、ガラティーンは――今もなお過ちを犯し続けている罪科の聖剣だ。
「だけど、聖と魔に関しちゃあ、相手が良くないっすよ」
「……確かに、ソウル・ガラティーンは聖剣だ。ティファニアの美しい心が元の聖剣よりも更に光力を高めている」
ディエルデはその刀身を宝物を扱うように優しく指を添わせる。
そこには確かな兄妹愛があり、フリードは不意に自分が守る子供達を思い出した。
……ディエルデとティファニアよりも小さい子供ばかりだ。まだまだ餓鬼臭く、中々甘えん坊が抜けない子供ばかり。
「……はぁぁぁ、なんでこのタイミングで思い出すかね。俺ってば、自分で思ってる以上に平和ボケしてる?」
服の下の写真の入ったロケットを握り締め、フリードは苦笑いを浮かべた。
――フリードは未だこの戦場で己のやりたいことを言っていない。やらねばならないことを口にはしていても、それだけは言わなかった。
それを言ってしまえば気恥ずかしいのだ。
「――なぁ、ディエルデよ」
フリードは、彼の名前をわざと呼び捨てにする。
その態度の変化にディエルデは訝しげな表情になる。それもそうだ。敵が突然親しげに呼び捨てにしてくるなど、違和感以外の何者でもない。
「あんたと前に話したとき、言ってたよな? ディヨン様は曲がりなりにも自分たち兄妹を救ったって」
「……ああ、そうだ。ディヨン様は、死ぬはずだったティファニアの命を繋いでくれた。返しきれない恩だ。だから俺は、ディヨン様のために戦う」
ディエルデは美しき聖剣を構え、刀身からキラキラと光るプラチナのようなオーラを溢れ出す。
「……ま、あんたらの過去に何があったかは分からないけどなー――妹を人外にされて、お前はそれでも感謝してるわけ?」
「……っ」
……表情が、歪む。
フリードはディエルデの本音を見抜いている。
彼の言葉は、いわば妥協の末の行動なのだ。ディヨンのしたことに納得はしていないし、彼に忠誠を心から誓っているわけでもない。
だが妹と二人生きていくためには、ディヨンの手を借りないという手段を用いることが出来ないのだ。
故に妥協する。尊厳や自尊心を捨てて、許せぬものに屈することも辞さない。
――その姿を見て、フリードはかつての自分を思い出した。
「あぁ、そういうことか。俺は、お前たちに自分を重ねてたってことかい」
「……自分、と?」
するとディエルデは思いの外、フリードの呟きに興味を示した。
……第三次聖剣計画の被験者であるディエルデは、フリードのことを良く知っている。
フリードは第二次を壊滅させた張本人だ。もちろんある程度、彼のことは調べられている。兵藤一誠に並ぶ要注意人物の一人であるからだ。
……だが、その中に彼の内情については何も記されていない。そこをディエルデたちに知られるわけにはいかなったのだ。
何故なら、
「どうしようもねぇ泥沼に入るしかない気持ちは、まあわからねぇこともないってこった――俺もそっち側の人間だったもんでね」
彼もまた、誰かに利用されていた人間であったからだ。
そしてフリードの本質を知れば、彼ら子供達が戦争派にとってあまり好ましくない行動に出る可能性がある。
だから戦争派は、敵の内情を漏らすことはしなかった。
「……だからよ、今日はちっとばっか真面目に、くっそ似合わねぇことをしてやんよ」
フリードは頭を掻き毟り、深いため息を吐いた。
……言うのが憚られるほどのことなのだ。少なくとも彼からすれば本当は口にするのも嫌な単語ばかりだろう。
だが、この手の分からず屋には、ちゃんと言葉をぶつけなければ届かない。まるで自分が手を焼く子供と同じだ。
「――俺がお前ら兄妹を助けてやる。少なくとも戦争派よりは幸せな世界を見せてやるよ」
「な……な、にを、世迷言を……っ」
フリードの一言に、ディエルデは目に見えて狼狽していた。
ティファニアを握る両手が震えている。フリードの表情を見て、彼が嘘を吐いていないことが理解できるからだ。
「ま、口で言っても理解しないのも知ってんよ――だからまぁ、剣でも交えてお前さんの本音を吐かせてやる」
それを、フリード・セルゼンは出来る。彼と、彼の持つアロンダイトエッジには、それを実現するだけの力がある。
「――ダマレェェェェ!!!」
しかし、ディエルデは頑なに信じようとせず、天に向かって絶叫した。
剣を両手で握り、以前に見せた冷静さをかなぐり捨てて、フリードを黙らせようと必死になる。
フリードはその剣の軌道を読み、それを全て避ける。
聖剣を扱う以上はアロンダイトエッジの能力で、予知されてしまうからだ。
そのことをディエルデは知っているはずなのだが……甘言を信じられないディエルデにそれを認識した上で対処することなど到底不可能であった。
「……まだ、あんたは子供っすよ。だから、楽な方に行こうとしても良いじゃねぇか」
「うるさい、黙れ黙れぇ! お前なんかに、俺たちを救えるはずないんだぁ!」
――フリードはなるほど、と思った。こうも自分を拒否する理由は、根底にあるのは恐怖心であると理解した。
要はフリードの強さを信じることが出来ないのだ。もしも失敗でもされれば、ディエルデはディヨンを裏切ったことで処罰を受けてしまう。
それだけならまだしも、ティファニアまで被害が及んでしまうことを考えれば――彼がその行動に出るのも頷ける。
どこまでも聡明で、守るもののためだけに戦っているのだ。
「……つまり、俺があんたたち兄妹に勝てば、信じてくれるってことっすよね。なら話は簡単だねぇー」
フリードはそこでようやく腰を下ろし、戦闘姿勢を取った。
そこから滲み出るのは、幾多もの惨状を生き抜いてきたものだけが放てる、覇気のようなもの。
ディエルデはつい、足を止めてしまった。
「懸命だよ。未知に対して突っ込んでくるのは単なるバカか、超越した強者だけがすることだ」
ただ、そんな馬鹿がフリードは嫌いではないが。
「ま、俺がその馬鹿筆頭なんすけどね?」
――こうして聖剣同士がぶつかり合う。
その戦いは、歪ではあるものの、守る者たちの戦いであった。
―・・・
「ちぃっ! なんだってお前がこんなところにいるんだよ――サイラオーグ・バアル!!」
「援軍というものだ。悪く思うな、英雄派のヘラクレスよ」
――英雄派の一人、ヘラクレスはトレーニングルームで己を鍛えていた時だった。
突如、彼のすぐ隣に空洞が出来て、そして生まれた大穴の上には赤龍帝がいたのだ。
強襲は考えられていた手の一つだ。しかし、まさかこうも早く敵が動き出すとは思ってもいなかったのだろう。
そして現在。ヘラクレスの前には予想外の敵であるサイラオーグ・バアルが立ち塞がっていた。
「……ふむ、聞いていたよりは随分と慎重だな。出会い様に爆撃してくると思っていだが……」
「はっ、慢心して痛い目にあってんだよ。俺も反省はするし、対策だって考える!」
元より敵は若手最強の王と誉れ高いサイラオーグ・バアルだ。その強さ、禍の団でも度々名が上がるほどのもの。
「さて。貴殿は英雄派のヘラクレスとお見受けする。現在の俺はあくまで赤龍帝の手駒だ。その赤龍帝に俺はこう命令されている――敵を一人でも多く屠れ、と」
サイラオーグは貴族服を脱ぎ捨て、両腕が露出するバトルスーツ一枚となった。
ヘラクレスの目に映るその腕は、鍛え抜かれた豪腕とも言える素晴らしい筋肉の腕。
そんな美しいまで思える腕で、顔の前でボクサーのような構えを取った。
「……魔力の才能もなく、滅びの魔力を持たない大王。そう聞いていて最初は舐めてたけど、冗談きついぜ……っ!!」
ただ己の身体のみを信じ、鍛え抜いた上で手に入れた純粋な武力。それを前にして、ヘラクレスは恐怖心を抱く。
近づいたら確実に負ける。以前までは悔しくてそれを頑なに認めなかっただろうが、今のヘラクレスは切にそう思っていた。
「……こうも警戒されては時間が掛かるな」
サイラオーグは苦笑いを浮かべ、中々隙を見せないヘラクレスを観察していた。
――前情報でサイラオーグはヘラクレスを知っていた。主に英雄派と渡り合ってきた兵藤一誠からの情報なのだが……その情報と少しばかり相違する部分がある。
一つ、ヘラクレスは自己中心的で視野が狭い。
一つ、精神的に弱さを隠しきれず、己に過信している。
一つ、神器の熟練度が低い。
「――分からないなら、一つ一つ己の目で確認してみようか」
サイラオーグは動き出す。姿勢を低くして、ヘラクレスの懐に入り込んだ。
その速度は高速で、ヘラクレスは反応が遅れる。
「こな、くそがぁぁ!!」
「……む」
その強力無慈悲な拳打がヘラクレスを撃ち抜こうとする――しかし、ヘラクレスは初見殺しのような彼の拳を、意外な方法で避けた。
「爆撃の力を己に向かって使って、爆風の逆噴射で避けたか。咄嗟の判断としては実に良い選択だ」
「勝手に、採点してんじゃねぇ!」
ヘラクレスは少しばかり離れたところで、爆撃による火傷部分を抑えながら、サイラオーグを睨む。
……しかし、今の対応で視野が狭いとは思えなかった。サイラオーグの拳打とヘラクレスの応急策。どちらがダメージが大きいかと言われれば……間違いなく前者であろう。
「爆撃は応用も利くようだな。だが――俺と相性があまり良いとは言えないな」
「……ちっ、黙って入れば勝手なことばかり言いやがって」
ヘラクレスはサイラオーグと戦っていると、嫌なほどとある人物を思い出してしまう。
それは自身を完膚なきまでに叩き潰した男で、嫁やら息子やらうるさい男であった。
ただ、その裏付けされた強さは本物で、接近戦ではヘラクレスは手も足も出なかった。
「どうしてこう、近接戦闘馬鹿ばっかりなんだよ、チクショー」
「馬鹿とは不敬だな。俺も好き好んで近接戦闘をしているのではない。これしか生きる道がなかったから、ひたすら鍛え抜いたまでだ」
故に、サイラオーグは決して自分に驕らず、常に高みを目指し続ける。
弱さを知っているから、無力さを知っているから。
誰よりも才能のなかったサイラオーグだからこそ、彼は高みへと手を伸ばし続ける。
「……貴殿も英雄を語るのならば、恐れずに来い。俺にあるのは、本当にこの身体だけだ――だが、この拳は如何なるものも殴り飛ばすと決めている。生半可な覚悟では、焼け死ぬぞ」
「はん、それは御免被るぜ。俺だって、意地ってもんがある。そう易々と何度も敗走繰り返してたら、惨めで仕方ねぇ」
ヘラクレスはにぃっと笑った。
それは歪な笑みではなく、強者を前にし、昂ぶった結果の笑みであった。
「俺の先祖のヘラクレスは、十二の試練を乗り越えて半神の英雄となった。こちとら試練には慣れたんだよ」
「奇遇だな。俺もこの人生、試練ばかりだ」
――この敵を前に、手の内を隠すことなど不可能であると、ヘラクレスは悟っていた。
しかし、彼の持つ神器の禁手で倒せるとも思えない。
彼の禁手はミサイルを半永久的に、精神が持つ限り射ち放ち続けるというもの。
「……あのレベルは禁手じゃ、ぜってぇ勝てねぇよな」
ヘラクレスも、実のところは自覚していた――自分が英雄派の中で、実力が伴っていないことを。
曹操に晴明を始め、ジークフリートやジャンヌ、クー・フーリン、ゲオルク。例外としてレオナルドだが、彼も含めて全員がオンリーワンに等しい力を持っている。
だが、ヘラクレスにあったのはただ殴った対象物が爆発するという神器だけ。
兵藤謙一との戦いで嫌という程に自覚させられた。何せ、悪魔になりたての男に完封されてしまったのだから。
……それからというもの、ヘラクレスは己の魂と向き合うようになった。
英雄の魂、自分の神器。それらと見つめ合い、彼は己の弱さを自覚したのだ。
「……何か俺に対抗する術があるのか?」
その表情を見たサイラオーグが、そう尋ねた。
「んな明確なもんはねぇよ。ただの可能性の話だ。ただの神器持ちの俺が、どうにかしてお前ら化け物に対抗する方法は、禁手しかねぇ。でも、それでも普通の禁手だったら手も足も出ねぇ」
だからこそ、ヘラクレスは模索している。
彼の中に確かにある英雄としての魂と、神器という魂が交差する方法を。
「あるいはよ、てめぇとやれば何か見えるかもしれねぇ」
「――面白い。ならば油断せずに来い」
サイラオーグがそう言った瞬間、ヘラクレスは動き出した。
ヘラクレスの宿す「巨人の悪戯」は非常にシンプルな強さを持つ。殴った箇所が爆発するのだ。
神器にはパターンめいたものが存在して、色々なことが出来る複合的なものや、単純明快な一点突破のもの。大まかに分かれば、通常の神器はこの二パターンである。
例えば木場祐斗の「魔剣創造」は数多の魔剣を想像することが出来るが、しかしその力は本物には遠く及ばない。複合的な力はあるものの、爆発力に欠けるのだ。
それに比べて「巨人の悪戯」は爆撃に一点集中の力だ。出力は並みとは桁外れに違い、高出力の力を発揮する。
――敵がサイラオーグのような極端な超近接戦闘の戦士でなければ、ヘラクレスの敵は同世代には中々いなかった。
「くっそぉ、んでそんなに硬いんだよ!!」
「鍛え方が違うものでな」
ヘラクレスはサイラオーグに拳打を何度も繰り返す。殴った瞬間、常人であれば千切れ飛ぶほどの爆風が襲うが、サイラオーグには擦り傷しか出来ないのだ。
――闘志がオーラのように、サイラオーグの身体から湧き出る。生命力に溢れたサイラオーグを突破する破壊力など、彼と近しいものの中では兵藤一誠くらいのものだろう。
……だが、とサイラオーグは思った。
「思っていた以上に破壊力がある。擦り傷すら負わないと思っていたが――貴殿を元の情報に踊らされ、舐めていたようだ」
頬の火傷跡に付着する血を拭い、サイラオーグはヘラクレスを真っ直ぐに睨んだ。
「実に力の篭る拳だ。爆撃以上に、貴殿の強くなりたい意志を感じる」
「はん。悪魔のお前に賞賛されてもうれしかねぇよ」
「……うむ。それもそうか―― 余力を残そうと思っていたが、それはお前に対しては失礼だな」
サイラオーグは普段、己の両腕両足に枷をつけている。魔術的な力を眷属に掛けてもらい、力を抑えている。
その枷の魔法陣を全て外した。途端に、サイラオーグの身体からそれまで以上のオーラが溢れる。
「……なんだ、そりゃっ。それはまさか、仙術か!?」
「仙術? それが如何なるものか、俺には想像も付かないが……反応としては正解だな」
サイラオーグは距離のあるヘラクレスへと拳を振るう。その瞬間――彼の背後にあった壁が、消し飛んだ。
……ただの拳圧だけで、遠く離れたものをいとも簡単に壊した。それを前に、ヘラクレスは冷や汗をかいた。
「……はっ、本当に、ふざけてやがる」
余波で流石に理解した――サイラオーグという男は、ヘラクレスの常識で測れるような男ではないということを。彼は理解した。
「……だってのに、なんだよ、俺のこれは――高鳴るぜ、心がうるせぇほどに」
それでもヘラクレスは絶望しなかった。むしろ、目の前の明確な壁を前に、ワクワクさえしていた。
サイラオーグの拳を直に浴びて、そう感じるものはほとんどいない。
彼と真っ向から戦った敵は大抵、手も足も出ないことに絶望し、再起不能になってしまうからだ。
「勝てるとか勝てねぇとかしらねぇよ。どこまで通用するかも分からねぇ――それでも全部ぶち当ててやる」
ヘラクレスの気配が変わる。その波長、兵藤一誠ならばすぐに察したはずだ。
――バランスブレイク。神器の最終奥義であり、奥の手の発動。
「超人による悪意の波動。そいつがこの神器のバランスブレイカーだ。……今思えばつまんねぇ力だ」
ヘラクレスの周りには、幾多ものミサイルが生成される。
それこそがこの禁手の最大の能力である。ヘラクレスの精神力が続く限り、半永久的に爆撃を続ける力だ。
無論、その力は強い。元の物理的に干渉した場所の爆撃に加えて、遠距離攻撃も兼ね備えているのだ。弱いはずがない。
近距離、中距離、遠距離に対応したバランスのいい力だ。
ヘラクレスは全てのミサイルを次々とはサイラオーグに放つ。矢継ぎ早に放たれるミサイルは全てサイラオーグを襲い、彼の周りを爆炎が包み込んだ。
――バキン、という音の後に爆発音が響く。それを聞くと、もはやヘラクレスは苦笑いが浮かべてしまっていた。
「この、化け物が……っ」
「――悪魔だからな」
爆炎は刹那、消え去る。
……爆炎の渦中にいたサイラオーグは、身体の至る所に火傷を負っていた。傷がないわけではない。
――だが、豪雨のようにミサイルを繰り出され、それを全て受け切ってなお、五体満足で立ち塞がっている。
その現実を目の前にすれば、苦笑いも浮かべてしまうのは致し方ない。
「……なるほど、貴殿の言いたいことは理解できた。その力、強力だが、魂は篭っていない。これならば、先程までの貴殿の拳の方がなお強い」
サイラオーグは身体を屈めた。
――そして、ヘラクレスが気づく頃には、彼の腹部にその屈強な拳が突き刺さっていた。
「がぁぁっっっっ……っ!?」
……ヘラクレスは、サイラオーグの一撃をまともに受けてしまった。
二メートルを超える巨体が、ただの一撃の拳で吹き飛び、基地の壁を幾多も撃ち抜いていく。
そうしてその余波がなくなるまでに、基地の壁全てに穴が空いた。
「別に、俺の拳が正解というわけではない。だが少なくとも、貴殿よりは重いだろう」
「――うる、せぇよ……っ」
――しかし、ヘラクレスはまだ倒れない。
先の見えない穴の中より、高速でミサイルを放つど同時に、自身も大きなミサイルに乗ってサイラオーグの元に戻ってきた。
遠距離に加えて、自身の拳にミサイルを装着し、その上でサイラオーグに殴りかかる。
拳は頬を捉え、サイラオーグを少しだけのけぞらせた瞬間、至近距離で機関銃のようにミサイルを放ち続ける。
――勝機があるとすれば、このタイミングだ。そう思い、彼は持てる全ての武をこの一瞬にこめた。
サイラオーグは防御も、撃ち落とすことも出来ずにミサイルを受け続け、少しすると後方に吹き飛んでいく。
その間もミサイルは絶え間なく放たれ続け、そしてヘラクレスはトドメの一撃のように巨大なミサイルを創り出した。
「おわれぇぇぇぇぇ!!!」
未だ無防備にも宙に浮かぶサイラオーグに、その特大のミサイルが向かっていく。
ヘラクレスの見事な連続攻撃を受けたサイラオーグは、それが来るのを待ち続ける、
――そんなはずがない。
「――前言を、撤回しよう」
静かな声だが、ヘラクレスの耳には鮮明に届いた。
その瞬間、察した――これでもまだ、届かなかったと。
「貴殿の攻撃は全て、重いと。その上で貴殿と戦えるこの幸運を嬉しく思う。未だ発展途上だろうが、ここで合間見えたことを心より光栄に思おう」
空中で、サイラオーグは態勢を整えていた。
ほんの僅かな攻撃の緩み。機関銃のようなミサイルと特大のミサイルの間に生まれた一瞬を、サイラオーグは見定めた。
「……ちくしょぉぉ……っ! お前と俺の差は、これか……」
どんな状況でも冷静でいるか、いないか。もしもヘラクレスがミサイルを永遠に放ち続けていれば、もしくは勝機があったかもしれない。
しかし、大技に着手した時点で、既に勝敗は決していた。
「――ぬん……!!」
サイラオーグは力を籠めた拳を一度放った。闘気のオーラが含まれたその拳でミサイルは消し飛ばされ、着地したサイラオーグはヘラクレスと距離を詰める。
一瞬の反応が置かれたヘラクレスは仰け反り、サイラオーグは二度目の拳を放とうと腰を捻らせ、全力の力を籠めた。
「――出直して来い、英雄ヘラクレス。俺は今よりも強くなった貴殿と全力を以って戦いたい」
その台詞と共に、ヘラクレスに強烈な衝撃が襲った。
その一撃の最中、意識が朦朧となる。それはすなわち、彼の敗北を意味していた。
「――ちっくしょぉぉ…………っっっ」
意識釜途切れる最中、ヘラクレスはサイラオーグの表情を見た。それを見て、その悔しげな声が漏れてしまう。
――サイラオーグは好敵手を見つけたように笑っていた。その表情を見て、自分が完敗であることを理解したのだ。
「俺はいつでも、お前の挑戦を待ち受ける」
――その声はヘラクレスに届いた。
……その直後、彼の意識は途切れてしまった。前方で倒れるヘラクレスを見て、サイラオーグは一歩近づく。
「――っ!!」
しかし、すぐに彼はその場から跳び離れた。
――今まで彼のいたところには、4本の剣が刺さっていた。それはどれもこれも強力な力を持つ伝説級の魔剣で、その飛んできた方向……上空から、一人の青年が現れた。
「流石はサイラオーグ・バアルだね。だけどうちのヘラクレスも捨てたものじゃないだろう? 君に対して随分食いかかっていたしね」
「……知っていてもらえて光栄だ――英雄派の剣士、ジークフリート」
――白髪然とした微笑みを浮かべた青年、ジークフリートが魔帝剣・グラムを握りながら、サイラオーグとヘラクレスの間に割って入った。
「……さて、選手交代と行こうか。正直、君がこの戦場にいることが予想外すぎて困っているけどね」
「――なるほど、貴殿は別格というわけか」
サイラオーグは気を引き締める。
目の前の剣士の実力の高さは、英雄派の中でもトップクラスなのだ。その警戒は正しい。
「過大評価はよしてくれよ。うちの最強は曹操だ――次席はあくまで次席さ」
「……あながち、嘘ではないな。ならば、やろうか。手負いで少し申し訳が立たないが、しかしなんら問題はない」
サイラオーグは拳を構えた。
対するジークフリートはグラムをしまい、地に刺さる四本な魔剣と、帯剣している二本の聖剣を取り出した。
――背に四本の龍の腕が生えていて、その全てで合計六本の聖剣魔剣を握る。
「一本の強い魔剣が少し前に消されてね。ストックの聖剣を用意したよ。 そしてこの四本の腕は――僕の神器、龍の手のバランスブレイカーさ」
名を、「阿修羅と魔龍の宴」である。一本の腕につき身体能力が倍になり、すなわち二の四乗分だけ強くなる。
単純計算で十六倍の身体強化――元が卓越した剣士には十分すぎる力だ。
「僕も超接近タイプの戦士だ――さぁ、尋常に勝負と行こうか」
「ふっ……是非もない」
――英雄派幹部、ジークフリート。
――バアル眷属の王、サイラオーグ・バアル。
剣士と拳士の戦いが、始まった。
サイラオーグと戦ったやつバトルジャンキーになる説。あると思います。
それはさておき、お待たせしました、第9話でした。
前話のあとがき通り、フリードくんが大活躍の今回。そして長くなった原因であるサイラオーグとヘラクレスの戦い。
ヘラクレスは今作で英雄派の中では一番成長すると思います。神器も亜種の禁手を考えておりますので(もちらんヘラクレスの設定に違和感がないような能力)、お楽しみにお待ちくださいませ!
次回は黒歌、フリードの戦いを中心に、子供達にも深く触れて行こうと思います。
それではまた次回の更新をお待ちください!