ハイスクールD×D ~優しいドラゴンと最高の赤龍帝~   作:マッハでゴーだ!

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第5話 窮地と好機の狭間

 二人は何の変哲もない、ただ幸せな生活を送っていた姉妹であった。

 好きなときにご飯を食べ、二人で遊んで、時には笑ったり、怒ったり喧嘩をしたりして。そんな普通誰しもが受けるべき生活をただ受けていた、何の変哲もない少女たちであった。

 ……そんな二人の日常が終わりを告げたのは、突然のことだった。

 二人の住む町に突如、武装した謎の集団が現れて人々を蹂躙した。それに対抗するようにまた違う勢力が現れ、戦争が勃発した。

 ――その結果、ハレとアメ、二人の姉妹の両親は呆気もなく死亡した。

 人間とは境地に立たされたとき、本当に望むことを望むままする。両親は自分たちの大切な愛娘を守る――ということをしなかった。

 違和感にすぐに気がついて一番最初に彼らがしたことは、娘たちを見捨てて我先に逃げようとした。子供がいたら足手まといと考えたのだろう。しかし結果、呆気もなく謎の集団に惨殺された。

 ――その光景を一から十まで目の当たりにしたハレはそのとき、決心したのだ。誰も自分たちを救ってくれる存在はいないと。

 だから自分がハレを守るために人間であることを捨てる覚悟さえした。自分が弱い少女であるということを忘れ、一人称も僕に変え、この世界でたった一人の大切な存在のアメを守る事を決断したとき、その力に芽生えたのだ。

 ――全ての理不尽を切り裂いて、二人で切り開きたい。誰も頼らず、二人で生きていきたい。そんな願いで生まれたのが彼女の空間を切り裂く剣の神器だった――

 

「ねぇ、アメ」

「……なに?」

「――僕が絶対に、アメを守ってみせるから。だからもう泣かないで、アメ」

 

 ――薄い胸板を大きく見せるために胸を張って、本当は泣きたいのは自分もなのに泣き言を言わず強い言葉を口にする。そうでもしないと不安に押しつぶされそうになるから、自分を強く見せようと躍起になる。

 そんなハレを見続けていたアメは分かっていた。彼女が無理を続け、自分という足手まといを支えながら危険なことを続けているということくらい、当の前から分かっていた。自分の大切な人が目の前で磨耗していく姿を見るくらいなら、死んだほうがマシだと何度も思った。

 ……だけどそれと同時に、自分がいないとハレがハレでなくなってしまうことも理解していた。

 だからアメは黙って彼女に寄り添い、彼女に自分の全てを託す。

 

 

 ――そんなときに自分たちの前に紅蓮が現れた。

 いつも狙われてばかりであった二人を、初めて救った人物がいた。赤い籠手に赤い服、優しそうな顔をしているけどその表情ははっきりと怒りを示しており、その怒りは自分たちを襲っていた敵に向いていた。

 ――ハレは彼の純粋な好意に甘えることはできなかった。彼の行動を懐疑的に考え、何か裏があるのではないか、どうせ誰も自分たちを救ってくれない。そう考えを固定して、信じることを放棄してアメを連れてまた逃げた。

 ……これ以上、裏切られたら心が壊れてしまいそうだから。だからその温もりから逃げたのだ。

 

「……ねぇ、ハレ」

「なに、アメ。今は少しだけ寝かせてほしいよ」

「……うん――あの人、本当に……悪い人?」

「――そんなこと、わかんないよ……っ」

 

 ――その嗚咽が何だったのか、それはアメでも分からない。

 だけどあの時、彼が――兵藤一誠が向けた目が忘れられない。本当に自分たちを心配して、どうにかしたいと思わせてしまうような目。あの優しげな声音を、一度しか会っていないのに思い出してしまう。

 だがそれは弱さだ。そんな他人任せの甘えた考えではこの戦場を生き残ることなんてできない。

 だから……

 

「――あんなやついなくても、僕一人でアメを守ってみせる……っ。じゃないと僕が生きている意味なんて……ないんだ」

 

 ――だから、ハレは兵藤一誠を否定するしかなかった。

 

―・・・

 

「――やぁ、初めまして、赤龍帝眷属の黒歌くん! そしてそこにいる(シックス)(セブン)も、初めましてだね!!」

 

 黒歌とハレとアメの前に現れたのは、自分たちの支配下にいたはずのメルティ・アバンセと、そして――戦争派のトップ、そしてこの事態の黒幕であるディヨン・アバンセであった。

 ディヨンは下種な笑みを浮かべながら、舌でなめるような視線で三人を見つめている。そんな状況に対してすぐさま行動を起こしたのは黒歌であった。

 ――なぜなら、ディヨン・アバンセの顔を彼女は知っていたからである。

 戦争派で唯一露呈したのはディヨンの顔であった。なぜならディヨンは元々は人間の優秀な科学者であり、その異質な才能を堕天使陣営の極一部が秘密裏に手に入れ暗躍していた存在であったのだから。

 その堕天使の極一部が揃いも揃って禍の団に鞍替えし、その結果できたのが戦争派なのだ。

そもそも一誠のいるあの施設にいるはずのディヨンがこの場にいることが黒歌にとって想定外であった。

 

「……だれ?」

「え、あんたあいつのこと知らないの?」

 

――敵はハレとアメをコードネームで呼んでいる。にも関わらずアメはディヨンのことを知らない……というより、敵の正体すら把握していなかった。

これがどのような意味を示しているのか、それは黒歌の頭では理解に苦しむ。少なくとも彼女には突発的にそこまで頭は回らなかった。

ただ一つ、分かることがあるとすれば、それはこの場が危険であること。自分たちが窮地に立たされているという事実だけだ。

 

「それもそうだねぇ。ただ、あまりこちらも良い状況ではないので、そろそろ本気で回収しないといけないから私が直接きたのだよ!」

「今更なにを、なんて野暮なことは聞かないわ。大方、この双子を狙ってのことでしょ?」

「ふむ、そうなんだけどなぁー。こう、話したいのに既に理解されているのはちょっと寂しいもんだ! 黒歌くん、私のお喋りの邪魔をするんじゃなーい!」

 

――まるで子供のようだと黒歌は思った。これなら一誠の方が百倍大人であるとまで思った。

ディヨンの口調、態度は正に子供。嫌なことを素直に言って、我儘に自分を通そうとするその姿。姿形が子供であれば可愛げがあるだろうが、見た目年齢が三十代の男がやれば引きはすれど、可愛らしいと思うことはない。

……しかし、それでも気は抜けない。この態度、行動の全てが計算であると思わせるほどディヨンには不気味なものがあった。それを仙術で感じ取る黒歌は今すぐでも敵を屠る準備をしていた。

「ふむふむ、仙術で私を警戒するかー。うんうん、正しい判断といえば正しいねー――でも少し私を買い被り過ぎだな! 私の強さの本質はそこじゃないのだから」

「何を言って――ッ!!?」

 

ディヨンの言葉の真意を理解できず、黒歌が少しだけ瞬きをした。その瞬間、黒歌の目は見開く。

――今の今までそこにいたはずの敵が、自分の死角に移動していたからだ。それを済んでで察知するも、避けるまでには至らない。

……メルティの鋭利な爪が黒歌の横腹を掠める。服はそれで一部吹き飛ぶが、問題はそれではない。

――掠めただけだ。直撃はしていない。にも関わらず、黒歌の横腹からは掠っただけとは思えないほどの血が溢れ出ていた。

「こ、いつ!!」

 

黒歌は仙術込みの掌底を繰り出すも、既にそこにはメルティはいない。また黒歌の死角に潜り、彼女に必殺の一撃を放とうとしていた。

しかし黒歌といえど、歴戦を戦ってきた戦士だ。何度も同じ手を食らうはずがなかった。

仙術を広範囲の索敵モードから、限りなく自分の周辺数メートルに限定し、死角からの一撃を想定。メルティの一撃を絶妙なタイミングで避けて、逆に彼女の完全な死角から仙術による気を狂わせる殴打を放った。

 

「…………?? からだ、うごかない……」

 

メルティは気の流れが完全に狂い、面白いほどに動かなくなる。その隙に黒歌はハレとアメを連れて逃走をはかる。

……それを眺めるように見ていたディヨンは、薄ら笑いを浮かべたままであった。

 

「なるほど、それが仙術か。晴明くんのものよりも遥かに高い精度だ――メルティ、何をしている。さっさと気を戻しなさい」

 

……その一言が、メルティの更なる変化の兆しとなった。

 

「な、に……それ――あんた、その子に何をした!?」

 

その変わり果てた姿を見て、黒歌の琴線は完全に感情によって荒ぶれた。

――黒歌といえど、何もメルティに対して悪感情だけを抱いていたわけではない。曲がりなりにも一誠の影響を受けて変化し、敵でありながら一誠に懐いているのは見ても理解できた。

少し犬っぽい彼女のことを、少しずつ気に入っていたのだ。

そんなメルティを観察していた黒歌だから分かる――これは前までメルティの姿ではない。こんなもの、前までは考えられない。

――少女らしさを失った獣。全てを噛みちぎると思ってしまう巨大な牙、犬の毛並みが逆立っているような肌、目は危険なほど赤く充血し獰猛に光り輝いている。

……瞳の瞳孔が完全に開き、もはやそれは人間ではなく――獣。その獣は二足歩行ではなく、半身を酷く曲げて、四足歩行で立って黒歌を睨みつけていた。

 

「ははは! 以前ならばこうも早く定着はしていなかっただろうさ! しかしこれも兵藤一誠による変化というのかな? いやぁ、実に彼は進化を促すツールだよ。おかげで私の研究は大成功だ!!」

 

――その台詞は不味かった。言うに事欠いてディヨン・アバンセは、彼女が最も愛し、尊敬し、付き従う存在を「ツール」とのたまった。

それはいけない。他の眷属の誰よりも昔から彼の近くにいて、彼の優しさに触れてきた黒歌に対してその台詞は自殺行為と言ってもいい。

 

――確かにイッセーの周りでは色々な変化が起きる。それは私にも言えることで、それはいつでも正しい変化だった。

 

……心の中でそう思いながら、黒歌は「でも」と言葉を打つ。

――心の底から腹が立つ。はらわたが煮えくりかえる。気に触れてしまった。

激昂、憤怒、立腹、激怒、赫怒……数多ある怒りの言葉を以ってしても許さなかった。

「――イッセーをそんな形で利用するのは、許さない」

 

……黒いオーラが黒歌から湧き出る。それは仙術の暗黒面を表面化させた時に浮き出るもの――ではなく、魔力や妖力、霊力、仙術が混ざり合って成した色だ。

混ざり合った色は互いと反応し、色を変化させ結果として黒に近いものとなった。――いや、違う。それは禍々しいというには美しく、綺麗な菖蒲色だ。黒歌の綺麗な濡れ羽色の長髪は逆立ち、彼女の雪のように白い肌と対比で異様な美しさを露わにしていた。

猫又特有の双葉の尻尾は三又の尾となる。

――これもまた、一誠と触れ合うことで黒歌に訪れた変化だ。より強く、黒歌の性質が一体となってそれが表面化した猫又の新たな進化――黒歌の進化だった。

 

「ん、それは情報にない形態か! メルティ、データが取りたいから一戦交えなさい」

「…………」

 

音もなくメルティは消え去り、そして黒歌の背後に現れる。その爪という凶器を振りかざし、命という神秘を奪い去ろうとする獣は黒歌の心臓を貫こうと攻撃した。既に黒歌は致命傷を負っており、動けないであろう――それがディヨンの読みであった。

しかし、黒歌はメルティの動きの早さなど承知の上だった。無策で彼女に相対するはずがない。

――熟練された仙術が更に昇華し、そこに黒歌の要素である魔力、妖力、霊力などのあらゆるものを自己回復の一点に集中。その結果生まれたもの、それこそが――超回復。更に仙術の元よりある気配を察知する性質が更に過敏になった形態。

それこそがこの形態。その名も

 

「――黒歌バージョンⅡにゃん」

 

死角からの一撃を予測していたかのように避け、そのまま三叉になった尻尾でディヨンの方まで叩き飛ばす。

――既に黒歌の致命傷であった傷は存在していない。

 

「……今のメルティの速度に反応するか」

 

その光景を目の当たりにしたディヨンは、興味深そうに彼女を観察していた。

――黒歌は自身の進む道を考えていた。赤龍帝眷属は一誠を始めとしてティアマットといった高火力な力を持つものが多数いる反面、サポート要因があまりにも少ないと。

朱雀もレイヴェルもまだまだ未熟といえど将来的な才能はあるも、それはあくまで戦闘面の話だ。そう考えた時、一誠の僧侶として彼女は眷属を――一誠を守るということを選択した。

……思い出すのは悪神ロキとの戦いだ。あの時、黒歌は一誠のために何もできなかったと後悔した。自分の未熟さを呪いさえした。

結局、一誠を救うのはいつもアーシア・アルジェントだ。回復という稀有な神器は身体を癒し、優しい心は心を救う。……では黒歌はどうだ。そう考えた時、黒歌は悔しさが募ったのだ。

 

「……あーあ、イッセーのための力を、あんたみたいな奴の前で使うことになるとか、ホント勘弁にゃん」

 

黒歌は手の平を閉じたり開いたりして、今の状態を確かめる。

――動きは良好。むしろ普段よりも調子が良いとまで思える。

 

「――とりあえず、そこの馬鹿犬の目、覚まさせるから」

 

黒歌の周りに浮かぶのは、彼女の発するオーラと同色の球体だ。それが幾つも浮かんで黒歌を周りをゆっくりと回転しており、メルティはそれに近づこうとはしない。

――分かっているのだ。野生的な第六感が、今の黒歌に近づくことを止めている。ディヨンに何らかのことをされていても、メルティの勘の良さは損なわれていない。

 

「何をしている、メルティー。私は彼女の戦闘データが取りたいんだ。早く戦え」

「――じゃああんたが戦えば良いにゃん」

 

――その発言が気に食わなかったのか、黒歌は浮かんでいる球体の一つをディヨンの方に投げた。それにいち早く反応したメルティは爪でそれを引き裂こうとしたが……手を引っ込めた。

――その瞬間、響いたのはディヨンの絶叫だった。

 

「ぎ、ぎゃぁぁぁぁぁぁ!?!?!?」

「どう? 結構効くでしょ。そこのメルティがあんたに操られていたとしても、手を引っ込めるほどの技にゃん」

 

 なお痛みに苦しむディヨンに向けて、黒歌は人差し指の先に球体を浮かばせ遊ばせながらそう言った。

 ――原理はそう難しいものではない。いや、それは異常なほど優れた頭脳を持っているディヨンも既に理解していた。自分を苦しめるこの力の正体を。

 

「気の、活性化……な、なるほどねぇ――僕の神経を、過剰に活性化させて……神経系を、ズタボロにする技、か」

「そっ。気はどんな生物にもあるもの。もちろん本当の使い方はこんなものじゃないんだけどね」

 

 本来なら自然回復の促進のための力であるが、それを攻撃的な力に転じた技だ。

 ――とはいえ、黒歌のこの形態はあまり長くは持たないことは彼女自身が一番理解していた。

 黒歌の誇る力。例えば仙術であったり、魔術であったり、妖術であったり、魔法であったり……それらはそれぞれの使いどころで使いこなしてこそ発揮する力だ。それぞれの力にはそれなりにリスクがあり、互いにリスクを互いに補い合って黒歌は万能に近い戦いをしてきた。

 ――しかしこの形態は圧倒的な爆発力を発揮する反面、それぞれの力のリスクを掛け算しているのだ。よってリスクの補いはあまり機能していないのである。

 

「ここらでさっさととんずらといきたいところだけど――まぁあんたから逃げられるなんて思ってないにゃん」

「……目標、確保」

 

 しかし彼女の前に立ち塞がるのは、かじろうて人の名残があるメルティだった。

 その力は黒歌の目から見ても自分と渡り合うものであると認識して、無理をすることを覚悟した。

 

―・・・

 

 ――オーフィスの片割れの存在、リリスを連れているティアマット、朱雀、レイヴェルの三人は一誠の元に向かいながら常に注意を付近に向けていた。

 オーフィスが禍の団を抜けるため、せめてもの償いとして置いてきた無限の力の一部を用いて創られたリリスの力は、多少の弱体化をしたオーフィスに近しいものになりつつあるとティアマットは肌で感じていた。

 そんなリリスはといえば――呑気にお菓子を食べながら、ちょこちょこと三人の後ろをついてきていた。

 

「お菓子に目がないところはオーフィスと同じか」

 

 普段オーフィスと触れ合うことが多いティアマットはその姿を見つつ、多少肩の力が抜ける。

 敵の最強戦力を前にそれは些か無防備ともいえるが、実際に今のリリスからは敵意の一切が見えないのだから仕方がない。

 

「それにしても今までとは打って変わって、静かになりましたね。先ほどまではあれほどに戦争派がうろついていたというのに」

「えぇ――ディン、この状況をどう思いますか?」

『そうだね、少し不気味かな。それはきっと朱雀くんも分かっていることだよね――イッセーくんたちが捕まっている。そして黒歌ちゃんが先ほどの通信以降、反応がない。僕たちは僕たちで問題を抱えている。状況は最悪に等しい』

 

 宝剣からディンが現状をまとめる。ディンの言う通り、把握しているだけでも赤龍帝眷属の置かれている状況は厳しい。

 ……ただその中でもまだマシなのが三人だというのもまた事実だ。リリスの目的がはっきりとしている分、彼女は御しやすい存在である。それもリゼヴィムが絡んでこない場合によるのであるが。

 

「リリス、もう一度確認するぞ。リゼヴィムはここにはいないんだろうな?」

「……こうてい。リゼヴィム、ほんぶをおそわれて、ていっぱい」

「あぁ、リアス嬢たちの作戦にまんまと引っかかったというわけか」

 

 禍の団の隠れ家の一つが割れて、大きな戦力を投入して実施されている掃討作戦。それによってリゼヴィムの目がこちらに向いていないということは説得力があることだった。

 実際にこの作戦はリアス・グレモリーとエリファ・ベルフェゴールを筆頭に三大名家の現当主の二人、ディザレイド・サタンとシェル・サタン、更には冥界の強力な人材を投入しているのだ。既に扇動者としての強みを失くしているリゼヴィムにとっては決して無視できないのであろう。

 しかも英雄派の中でも比較的クリフォトに友好的な晴明派が現在北欧にいることを考えれば、余計にその情報は信憑性を増す。

 

「……まぁ今は疑っていてもどうしようもならない――ところでリリス。これをやるから一つ教えてほしいことがあるんだが」

「……ちょこ」

 

 ティアマットが懐から出したチョコレートを見て、リリスの目が少し輝きを見せる。こうして少しずつ敵の情報を小出ししているティアマットなのだが、仲間から見たらそれは何とも言えない光景に映ることだろう。

 

「……敵の親玉を餌付けしていますよ、ティアマット殿は」

『彼女はよくも悪くも純粋だからね。ただ……危険であることは間違いないよ』

 

 かつて多くの邪龍と相対し、それを封印してきたディンだからこそ誰よりもリリスの異質さを肌で感じていた。

 ――ディンからしても、リリスというドラゴンを正確に看破することは出来ない。ドラゴンのようでドラゴンならず。異常なほどに様々な力が入り組んだ存在。

 どこか邪龍と同じような匂いを感じつつ、しかしながら感情も芽生えているその姿は子供のようで――つまり良く分からなかった。

 

『ともかく今はイッセーくんの救出を第一に考えるべきだ。そのためならリリス、君も僕たちに譲歩してくれるだろう?』

「……? けんから、ドラゴンのけはい? ――かまわない」

 

 するとリリスは腕をぶんぶんと振り回しながら、多少可愛く握り拳を突きだした。

 ――一行はその素振りを見て、不意に可愛いと思ってしまうのであった。

 ……そうして一向は戦争派の本部に襲撃計画を企てながら、移動をしていた。

 

「リリス、この戦場に邪龍は来ているのか?」

「……わからない――クロウ・クルワッハ。あとで、くるかも」

「――やはりか。ただそれは予想の範疇だから良いとして」

 

 ティアマットからすればクロウ・クルワッハとの再戦は願ったりかなったりである。前回の戦争で手酷く敗北していることに対する執念を晴らすいい機会であるからだ。

 

「――情報によればこの辺りか」

 

 ティアマットは戦争派の隠れ家である森の前で立ち止まる。

 ――ただし、その様子は少し可笑しなところがあった。

 

「……待ってください。本来ここは結界で隠れているはずです――なのにどうして、巨大な建造物が私たちの目の前にあるのですか?」

 

 ――戦争派の隠蔽工作でここら一帯は深い森になっていたはずなのに、どこからどう見てもそこには巨大な研究施設があったのだ。それがまず可笑しい。

 だがそれ以上に可笑しいことがある。

 それはレイヴェルがすぐに気付いた。

 

「――結界はまだ確かにあります。だって私たちが遠くから見ていた時には、こんな巨大な建造物、見えなかったのですから。恐らく何者かが結界の一部分だけを消し飛ばしたのです。跡形も残さず」

「……そんなこと、不可能です。だって結界を消し飛ばしたとしても、その残骸は少しは残ります。ですがここにはそれすら見受けられない――まるでこの一部分の結界を無理やり無力化したとしか思えません」

 

 ――無力化。その言葉に引っかかったのはティアマットだった。

 

「私たちの味方にそんなことが出来るのはイッセーくらいなものだ。敵である戦争派がわざわざそんな暴挙をする必要性もない――ならば考えられるのは、私たちも敵すらも想定外の第三勢力だ」

 

 そして彼女は、それが出来る第三勢力について一人しか――いや、二人(・ ・)しか心当たりがなかった。

 

「不味いぞ、今すぐに一誠とフリードの救出に向かう! リリス、お前も手伝……は?」

 

 ティアマットが振り返った時、そこには先ほどまでいたはずのリリスが忽然と姿を消したのだった。

 そのあまりにも突然の出来事に、ティアマットも開いた口が閉じない模様だ。

 

「……あんのオーフィス擬きぃ! こういう時にいなくなるとはどういうことだぁ!!」

「お、落ち着いてくださいティアマット様! 今はそのことよりも、イッセー様の救出が急務です!」

 

 怒り狂うティアマットの腹部に抱き着き、レイヴェルは彼女を止めた。

 

『リリスが突然消えたのは偶然だとは思えないよ。ここに着いた瞬間、リリスは消えたことを考えたら――ここに着いた時点でリリスの目的は果たされたということだね』

「つまりリリスはイッセー殿の居場所を察知したということですね」

 

 ならば、と朱雀は考えた。リリスが一誠の居場所の在処を、この研究所に着いた時点で察知したのだとすれば――何故自分たちの前から消えた。そしてその解はすぐに出る。

 

「……既にイッセー殿はここにはいない、ということです」

「――朱雀っちの言う通り、ここにはもうイッセーくんはいねぇですぜ」

 

 その時、ふっとフリードが靄から姿を現した。フリードの剣の能力なのだろう。しかし一同はその突然の登場に驚く。

 

「フリード、お前、もしかして捕まっていなかったのか?」

「んにゃ、俺っちも絶賛捕まってたぜ? ただ……ちょっとあれに関しては俺は専門外と言いますか、何と言いますか」

『……何があったんだ?』

 

 ディンは核心を知るため、フリードにそう質問した。

 するとフリードは静かに真実を語った。

 

「――黒金の力を持つ女が、イッセーくんを牢屋から連れ去った。そういえば、分かるっしょ?」

 

―・・・

 

 ……二度目の邂逅は、くしくも救われる形になってしまった。

 ――そのような状況に陥ってしまったのは、今からほんの数分前の出来事だった。

 牢屋から抜け出す機会を待っていた俺たちであったが、その状況は急変したんだ。警報のブザーが鳴り響き、戦争派の本部は慌ただしくなった。俺は一瞬、仲間が救いに来たと考えたけど……それも違った。

 赤龍帝眷属が王である俺の救出に来ることは、あいつらからすれば想定内のことだ。しかし敵は全く予想外の敵であったのだ。

 

「――これは、少し嫌な予感がするね」

 

 最初にその異変に気付いたジークフリートは神器である龍の手を禁手化させ、六つの大きな龍の手を出現させ、それら一つ一つに魔剣聖剣を持たせて臨戦態勢を整えた。ヘラクレスもクー・フーリンも敵が近づいていることを認識していたんだろう。

 ――そしてそいつは現れた。音もなく、扉を消し飛ばした。

 

「――あ、いたー。やっほー、イッセーくーん」

「……エンド、お前がどうしてここに」

 

 ――終焉の少女、エンド。彼女がこの状況下で現れるなんて、俺としても予想外だった。もちろんそれは英雄派の連中もそうであった。

 

「つまらない状況になっているからね――私のイッセーくんを捕まえるなんて、私が許すはずないでしょう?」

『Force!!』

 

 エンドの胸元のネックレスより発せられる力が溜まる音声。それは俺のフォースギアと同じ音声で、違うのはフェルの声音かアルアディアの声音かの違いだけだ。

 エンドの手元にあるのは、形式上は鎌と呼ばれるものだろう。しかしそこには確たる形はなく、物体ともいえない『モノ』があるだけだ。

 

「……話には聞いていたけど、君か――終焉の力を持つ、規格外の化け物」

「ふーん、そんな風に聞いているんだ~。ひどいもんだねぇ~。女の子に対してその言い草、もっと君たちはイッセーくんの紳士さを見習いたまえ! ……ま、習ったところでグラッとも来ないけどね」

『Demising!!!』

 

 エンドはつまらなさそうにそう言うと、その瞬間、ネックレスより発せられる黒金のオーラで俺の方の牢屋を消し飛ばした。

 ……始創の力とは対称にある終焉の力。この世界の全てを無に帰すその力の前では、如何なるものも無意味――以前、フェルにそう言われたことがある。

 

「っていうか、ちゃんと忠告したのにまだイッセーくんに手を出しているんだねぇ。さ――もう終わってよ」

 

 エンドは英雄派の三人に対して鎌を向け、それを一身に振るう。ジークフリートはヘラクレスとクー・フーリンの盾になるように魔剣を盾のように交差させるが……

 

「――僕の魔剣を消失させるだと!?」

 

 ……ジークフリートの持つ伝説の魔剣の一振りが、エンドの終焉の力に触れて塵のように消えていった。それを見てジークフリートは目を見開いて驚くしかない様子だった。

 

「……なるほど。伝説の武具を相手にするなら、終わらせるのにはそれなりに力がいるんだね。だったら今の出力だったら神滅具を終わらせるのは難しいかー」

「……これは、グラムを使って勝てる気がしないね」

 

 あの好戦的なジークフリートが勝てないと悟るほど、エンドは凄まじい。

 ……あいつがした行為はほんの一つ。鎌を振るった、それだけだ。それだけで戦況は終わってしまった。

 俺も神器二つを展開するけど、今の状況であいつに勝てる気がしない。

 

「さ、そろそろ諦めなよ――って、はぁ。君たちは周到だよね。ちゃんと緊急時の脱出手段を用意している辺り、弱者そのものだよ」

「なんとでも言うといい。君みたいな化け物を相手にしていたら、命が幾つあっても足りないからね」

 

 ジークフリートたちの足元に浮かぶ魔法陣を見て、エンドは酷くつまらないような声を出す。ジークフリートたちはエンドに対して成す術もなく逃走する様を見ながら、既に彼女の視線は俺に向いていた。

 ……あいつの狙いは間違いなく俺だ。だったら今は――

 

「フリード、今すぐここから離れて皆と合流するんだ」

「……それすると、俺っちはイッセーくんのお仲間に八つ裂きにされそうなんすけどねぇ。ほら、君を見捨てたとか難癖つけられてね?」

「そういう遠まわしの気遣いは良い――この状況、情報を持ったお前がこの場を切り抜けるべきだ」

 

 ……フリードは捕まる前に既に戦争派の情報の詰まった危機を拝借しており、それを剣の力で隠しているんだ。それをもってまずは安全なところに非難しなくてはならない。

 

「あはは、別にいいよー? 勝手に逃げてくれて。見たところ、君には害を感じないからね」

「ほほー、俺っちを害なしとか、それこそナンセンスっすよ?」

「――え、だっていつでも消せるもん。そんなのわざわざ追いかけるより、イッセーくんとの時間を大切にするに決まってるでしょ?」

 

 ……分からない。こいつの目的が俺なのは間違いないが、その真意はさっぱりだ。

 だがこいつは俺の知りたいことを絶対に知っている。前回の邂逅でそれは明らかだ。だったら今は、少し危険を冒してでもエンドと会話をするべきだ。

 ……フリードはアロンダイトエッジの能力で姿を消し、この場から消え去る。去り際、耳元で「後で必ず助けに行くッス」とあいつらしくない真剣な声でそう言ってきたのが聞こえた。

 

「さてと。邪魔者は全部消えたということでー――こんな暗い場所じゃなんだから、移動しよっか?」

 

 ……俺はそれに頷いた。

 

―・・・

 

「北欧は景色が良いよねー。空気もおいしいし、こんな良い場所を穢すなんて戦争派の彼らも中々おバカさんだよね」

「……意見が合うな――それで、こんなところに俺を連れて来てどういうつもりなんだ?」

 

 ――俺とエンドが会話をしているのは、遥か上空であった。戦争派の本部から少しばかり離れたところからの上空の景色を見ながら、そんな平和な会話をする。

 一番謎な、敵なのかも分からない存在とそんな会話をすること自体、可笑しい話だ。

 俺はとりあえず、質問を彼女に投げかけた。

 

「んんー、正直にいえばイッセーくんを助け出した時点で目的は果たしているんだよね。だからこれは、私の個人的な願望を果たしているだけだよ?」

「……景色を見て、世間話をすることがか?」

「そのとーり! ……ま、状況は何となく把握しているよ。別に前と同じで邪魔はしないし、求めるなら協力してあげても良いよ」

「……どうせ、そのかわりに私のところに来て、とか言うんだろ」

「ふふ、良く分かってるね♪ もしかして私にぞっこん!? あ、あわわ、ちょっとドキドキしちゃうね!」

 

 ……先ほどの冷徹さを感じさせないほど、普通だ。だけどその普通さが俺は少し怖い。

 白色の布で全身を隠すエンド。口元しか見せない彼女が何を考えているのか、それがどうしても分からない。

 

「……馬鹿言うな。顔も知らない奴のことを好きになるかよ」

「ふーん……じゃあ、見せてあげようか?」

 

 ――するとエンドは、そんなことを唐突に言ってきた。

 

「……仮に俺がお前の顔を見たら、どうなるんだ?」

「さぁね。もしかしたら私の顔を見たら惚れてしまう呪いがあるかもしれないよ? もしくはとてつもない不細工でがっかりしちゃうかも! ……それとも、もしかして私の正体を知るのが怖いとか?」

「…………」

 

 正体を知るのが怖い。それを彼女が言ったのが既に答えだった。

 ――思えば彼女は最初から俺に対して好意的だ。そもそも俺の名を何故知っているのか。しかも俺を愛称で呼ぶことに違和感さえ覚えていた。

 すぐに気付いた――彼女は、俺と面識があるという可能性に。

 そしてもう一つの可能性がある。それは……

 

「――ミリーシェの欠片」

「……ッ」

「……その反応を見る限り、やっぱり知っているんだな。それを」

 

 彼女もまたミリーシェの欠片を持っているということだ。

 ……俺とミリーシェは死に、そして現代に転生した。俺は兵藤一誠として、そしてミリーシェは全ての黒幕に要素をバラバラに分けられた。

 だからこの世界にミリーシェと瓜二つの見た目のエリファさんがいたり、白龍皇の宝玉の中に残留思念と同じようにミリーシェの記憶が存在していた。

 そして彼女もまた、ミリーシェの要素を含んだ存在であるということ。だったら俺に拘る理由も分からなくはない。

 ……いわば、ミリーシェの何かがあいつにもあって、それのせいで俺のことを追い求めているんだろう。

 

「――北欧の悪神、ロキ。そしてその娘であったヘルを覚えているかな?」

 

 するとエンドは突然そんなことを言ってきた。

 ……ヘルといえば、死んでも生き返る厄介な敵だった。最終的にはロキを俺が倒し、それからは行方不明になっていると聞いている。

 

「ああ、覚えているさ。俺も苦渋を舐めさせられたからな。あいつが何か関係があるのか?」

「――当たり前だよ。だって、ヘルはミリーシェの欠片の一つだったんだから」

 

 ――エンドがそう発言したとき、俺はハッとした。

 今、彼女は……なんて言った? ……ヘルが、欠片の一人……だった(・ ・ ・)?

 

「だったってどういうことだよ。そもそもどうしてお前はそんなことを知っているんだ!? ミリーシェと再会した俺でさえ知り得ない情報なのに、どうして!!」

「――だって、私がオリジナルだもの」

 

 ……オリジナル? 待て、これを聞いてしまっても良いのか?

 ――違う、最初からその可能性はあった。それを俺は考えようとしてこなかっただけだ。そうしないと、こいつを敵だと認識することが出来ないから。仲間を傷つけようとした時、戦えなくなってしまうから。

 ――言うな。言わないでくれ。

 

「――私はミリーシェ・アルウェルトの多くを受け継いだ、限りなく私に近い私。ね……オルフェル?」

 

 ――そう彼女(ミリーシェ)は、俺に言った。






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