ハイスクールD×D ~優しいドラゴンと最高の赤龍帝~ 作:マッハでゴーだ!
戦争派本部地下監獄施設。そこに厳重な見張りと共に捕まった俺とフリードは、腕に機械的な腕輪をつけられ監禁されている。
敵の黒幕であるディヨン・アバンセとの邂逅し、そこから敵のほぼ最大戦力を俺たち二人に充てられたもんだから、素直に投降するしかなかった。
無理やりここから抜け出す手もあるが、その場合はフリードを見捨てなければならない。
……そんな選択肢は断じてなしだ。俺はこいつを少なくとも戦友と思っている。同じ戦場を生き延びたフリードを見捨てることはつまり、ガルドさんや子供達を泣かせるってことだ。それは俺が今まで仲間に対して培ってきた信頼を無為にすることに等しい。
……うん、だから誰に何を言われようがこうして捕まったのは仕方のないことだ。
一応外で待機している黒歌はこの状況を把握しているはずだ。眷属を結集すれば切り抜けられる自信がある。だから今は俺たちの見張りのこいつらから不審に思われないようにしないといけない。
「思ったよりも素直に投降してくれて嬉しいよ。赤龍帝が相手だから、僕もそれなりに覚悟をしていたんだよね」
「あの状況でお前ら相手に一人で無茶するわけにはいかねぇだろ、ジークフリート」
「はは、違いない」
俺たちの見張りは英雄派からジークフリート、クー・フーリン、ヘラクレス、安倍晴明。戦争派からはディエルデとティファニアの二人だ。……メルティはディヨン・アバンセに連れられてどこかに行ってしまった。
「まぁ僕たちも、君が今絶不調っていうのを聞いて動いているからね~♪ 創造神器、あんまり機能しないんだって?」
「……情報源を聞いて教えてくれるか?」
「―――大体察しはついてるんじゃな~い?」
……クー・フーリンの今の言葉が答えだ。
やはり悪魔の上層部に禍の団に通じる内通者がいるってわけか。今回のこの事件で俺たちを推薦した人物を調べれば埃は出るだろうな。
……いや、もしくは既にサーゼクス様が気付いて何らかの対策をしている可能性もある。
俺は視線をジークフリートとクー・フーリンから外し、二人から少し離れたところで座っている晴明を見た。奴は光の灯らない目でこちらをじっと見ている。
「……お前らのところの晴明も、色々あるみたいだな」
「それをお前が言うか? 赤龍帝。……俺らも思うことがねぇわけじゃねぇ。クリフォトや戦争派と俺たちは単なる協力関係でしかねぇ。仲間じゃねぇよ」
「それが曹操の考えさ」
「はっ。……あいつらしいな―――お前ら、あいつらのしていること知っているんだよな?」
俺は不意を突くように英雄派にそう問いかけた。
するとジークフリートは詰まらなさそうな色を目に浮かべ、ヘラクレスは目を細める。クー・フーリンはどこか憂うような表情を浮かべた。
「そこにいるディエルデやティファニアだってそうなんだろ? あいつに……ディヨン・アバンセに、良いように使われているだけだろ」
「……そうだ。俺とティファニアは、ただ使われているだけだ」
……すると、晴明の近くで俺たちを監視していたディエルデが俺たちの檻の方に近づいて、俺の推測を肯定した。
「あなたの言いたいことは分かる。噂だって知っている、あなたの……赤龍帝のことは。ティファニアは実はあなたのファンだったりするよ―――でも俺たちはディヨン様を裏切らない。歪でも、使われていたとしても……ティファニアの命は彼によって救われたから」
「……おにいちゃん」
ティファニアはディエルデの腕をギュッと掴み、心配そうな目で彼を見ていた。
「……だけどお前が戦えば戦うほど、ティファニアは傷つくんだぞ」
「……だったら、俺がもっと強くなればいい。ティファニアを絶対に傷つけないように立ちまわる。これからずっとずっと。役目が終わるまで」
ディエルデはそれだけ言って、ティファニアを連れて監獄から出ていこうとする。
「英雄派にこの場は任せていいか?」
「ああ、構わないさ。……まぁ君の好きにすれば良いよ」
ジークフリートはディエルデに軽く視線を向けるも、特にそれ以上のことを言わずにこちらに注意を向ける。
ディエルデはそのまま妹を連れて監獄から出ていった。
「同情してしまうね、彼らには」
「ジークフリート。敵である俺から言えることじゃないが……英雄派はあの子たちのために動かないのか?」
「……本当に、僕たちに言う言葉ではないね」
ジークフリートは俺の言葉に苦笑しながら、腕を組んで彼らが出ていった扉の方を見つめた。
「……曹操がここにいたら、もしかしたらね。だけど現状、僕たちのリーダーは晴明だ。その晴明が特に命令を出さないんだ―――故に僕は課された任務だけ果たす」
ジークフリートは腰に携える剣の柄をなぞりながらそう言った。
……晴明が命令を出さない―――この場において発言しない晴明の方を見る。未だ、俺の方をじっと見つめているだけだ。あの瞳の奥で一体あいつは何を考えているんだか。
想像できないが、少なくともあいつの精神状態は以前の戦争の時の終盤と同じで最悪だ。
「……晴明、この戦場に朱雀もいるぞ」
「……そうか―――まどか様と、謙一様は来ている、のか?」
「……いいや、来ていない」
晴明がそれを聞く意味は俺には分からない。思えば前回の戦争の終戦間際、晴明は自分の前に父さんと母さんが現れた時、あいつは不安に押しつぶされるような顔になった。
……それが、それこそが晴明の心の闇の正体なんだろう。あいつは執拗に「兵藤」に拘っている。最後の最後まで俺を仲間に引き入れようとし、母さんと父さんだけには最後まで攻撃しようとしなかった。
「そうか……なら、いい」
「晴明、お前は何で兵藤に拘るんだ? 一体お前に何があったんだよ」
「―――もう忘れたことだ。今更、思い出したところで何にもならない……」
晴明はそれだけ言うと、再び黙り込んでしまった。それを見て晴明派の紅一点、クー・フーリンが何やら文句を垂らしこんでくる。
「ありゃりゃ~、久しぶりに話したと思ったらまた黙ったちゃった。ちょっと、赤龍帝くん、責任取ってよ~」
「言われてるぜぃ、イッセーくーん」
「お前はどっちの味方なんだよ、フリード―――で、責任ってどうやったら取れるんだ?」
「それはもう僕たちの仲間になる……なんてことを聞き届けないよね、君は―――この件にはもう関わらない。それでどうだい?」
「……お断りだ」
クー・フーリンは最初から俺の答えが分かっていたのか、「ま、そうだよねー」などと軽い口調で聞き流してくる。
分かっているなら聞いてくるな、と言いたくなるな。俺は会話をしても無駄なことを察すると、その場に寝転がる。
―――戦争派の子供たち。それぞれにきっと、壮絶な過去があることは見て取って分かる。
感情がなくて常に命令で動いていたメルティ、聡明なところもあるが妹のことになると感情が荒ぶるディエルデ、そんな兄に命の全てを預けている弱気なティファニア、異常なまでの獰猛さと殺意に満ち溢れるドルザーク。
そして……この戦場で常に危険と隣り合わせのハレとアメの二人。
何から何まで異常すぎるんだ、この戦争派という連中は。子供を使って何かをする連中にこれまで碌な奴が居なかったからこそ、胸騒ぎがする。
水面下で何かとんでもないことが動いているんじゃないかって。そう考えて間違いはないんだろう。
だったら外で奴らがハレとアメを野放しにしているのだって何かしらの目的があるはずだ。きっと戦争派にとって予想外のことがあったとすれば―――それは恐らくメルティの離反だ。
そのメルティも今回で再び向こうの手に渡ってしまった。俺たちは完全に後手に回ってしまったという事だ。
「でも暇だねぇ~―――あの子たちの話、聞きたい?」
「……知っている、のか?」
「それはそうとも。よーく知っているよ―――だって僕もあの子たちと同じ立場だったんだから」
――同じ立場。それがどんな意味を示しているのか、俺はすぐに理解できた。クー・フーリンが彼らを見て時々憂いた顔をする意味もなんとなく理解できた。
「……僕もまた、八人の子供の一人――
「あの子たちと同じ、戦争派で運命を定められた子供たちなのか?」
「んー……僕はあの子たちとは違ってちょっと特別なんだよ―――子供たちの番号ってさ、実験の成功順に決まるんだー。僕は実は少し前に戦争派に拾われてちょろっと実験を受けて、その脚で英雄派に逃げ込んだクチでね」
―――そうか。戦争派がどうしてここ最近になって活動が活発したのか、やっと理由が分かった。
……こいつの話を全て鵜呑みにするのならば、戦争派は子供が8人になるのを待っていたんだ。いや、もしくはドルザークが8番目だから、ドルザークの完成を待っていたのか。
「特にディエルデくんとティファニアちゃんは古株の中の古株らしいよ。決して彼らはディヨン・アバンセからは逃げられないんだろうねー」
「―――そこまで分かっていて、お前はどうにかしようと思わないのか?」
「……その質問はナンセンスだよ。彼らは僕が何を言ったところで聞きはしないからさ」
「そういうことを言ってるんじゃねぇよ。お前は、どうにかしたいと思わないのか?」
「……僕には、関係ない」
―――ああ、今のではっきりした。このクー・フーリンと少女はあいつを恐れているんだ。
戦争派の、特にディヨン・アバンセという存在に。そしてこいつは英雄派に所属していながら、正義というものを持っていない。
……曹操は曲がりなりにも正義を掲げて戦っている。これまで曹操派の連中を見てわかったのは、あいつらは確固たる意志を持って、何かのために懸命に戦っているんだ。
―――だけど清明派は違う。クー・フーリンは逃げるため、ジークフリートは尋常ない戦いを繰り広げたいがため、ヘラクレスは己が欲望のため。
そして―――清明は現実から目を背けるため集団を作り、英雄派の理念に基づかず戦っている。あべこべな集団で、一人として目的が一致しない集団。
それが英雄派二大派閥の一つである清明派の正体だ。
「……そうかよ。ならもう何も聞かないさ」
「あ、そう? なら俺っちそろそろ喋ってもいいかなー?」
それまではずっと沈黙を決め込んでいたフリードがそう言ってきた。好きにしろ、といいたいところだけどこいつを放っといたら何を言い出すか分からない。
一応注意はしておくか。
「ジークの兄さん、前回はまともにお話出来なかったから腹割って話そうぜ♪」
「……色々と変わったね、フリード。同郷として君の成長が嬉しいよ」
「またまたぁ、そんなこと心にも思ってねーのに良く言うよー」
フリードは可笑しそうに笑う。それに対してジークフリートもにっこりと笑顔を浮かべて、牢の近くに寄ってきた。
「嘘じゃないさ。木場くんも然り、君も然り―――こんなにも滾らせる剣士がたくさんいるんだ。この僕が嬉しくないわけないだろう?」
「……相変わらずの戦闘狂なこった。んでさ、ぶっちゃけジークの兄貴たちは何の目的でこの戦場にいるわけ?」
「僕が口を割るとでも思っていたのかな?」
あっけらかんとした態度のフリードに、ジークフリートはつい可笑しそうに笑った。
あろうことか、フリードは至ってシンプルに敵に対して尋ねるものだから仕方ない。俺がジークフリートの立場でもきっと同じ反応を取るだろう。
「思っちゃうね、これが。見たところジークの兄貴はあいつらのやり方が気に食わないという表情をしておるぜぇ」
「……例えそうでも、立場があるさ。おいそれと話すわけないだろう?」
「んじゃ聞き方変えちゃおうか―――黒幕さんを殺したいか、殺したくないか。さて、あんさんはどっちだろうねぇ」
フリードの言葉に場が凍る。
黒幕、というのは確実にディヨン・アバンセのことだろう。禍の団の一つの大きな派閥のボスを殺したいか殺したくないか。その質問は実にフリードらしい下衆な質問だ。
しかし、その質問はジークフリートにとっては好物なものなのだろう。奴は先ほどよりも純粋な笑みを浮かべていた。
「―――立場が許せば殺すだろうね。これで満足かい?」
「……あぁ、充分っすよ。俺からは以上っす」
フリードはそのまま再び寝転んで無言を決め込んでしまった。
……俺も俺で最早話すことはなく、壁にもたれ掛り、そっと目を瞑った。
―――後はもう待つだけだ。この事態を打開できる瞬間を。
―・・・
俺とフリードが捉えられてから時間は過ぎ、既に夜となっている頃だろう。その間、俺とフリードが出来ることはほとんどなく、俺はその間に情報の整理をしていた。
フリードもフリードで考えるところがあるんだろう。少なくともあの時、ディエルデが話していたときのあいつの表情は真剣そのものだった。
……俺もこいつも、祐斗も聖剣計画という変な縁で繋がっている。いつかはこの問題に終止符を打たないといけない―――その大きな一撃を今回で与えてみせる。
その前にまずこの状況をどうにかするってのが先決しないといけない問題なんだけどな。
「起きてるっすか、イッセーくん」
「……起きてるよ、残念ながらこんな状況で眠れるほど無神経じゃないんでな」
「つまり俺っちは無神経ってことっすね、あっははは!」
……つまり眠っていたと。こいつが眠るせいで俺が気を緩めれないんだよ。
―――俺たちの監視は変わらずジークフリートとヘラクレスだ。あれからクー・フーリンによって晴明は違う場所に移され、今はこの二人が俺たちの見張りをしている。
……実際にはこいつら以外に見張りはいるんだろう。
未だにドルザークがここに姿を現さないのも少し気になるな。
「ここまで戦争派のトップ、ディヨン・アバンセはここに現れない―――可笑しいとは思わないっすか? 奴はイッセーくんの力に注視していた。恐らく創造の力にね」
「リゼヴィムが俺の創造の力に注目しているから、恐らくそうだろうな。つまりディヨンはリゼヴィムと繋がっていると俺は睨んでいるけど……」
俺はちらっとジークフリートの方を見るも、あいつは涼し気な顔で魔剣の手入れをしているだけだ。あくまで協力の範囲内でしか動かないつもりか。
「ま、想定するならそう考えるのも妥当ってところっすね。タイミングを見計らっているのか、イッセー君の前に現れる危険性を危惧して様子を見ているのか……もしくは両方かってところかねぇ」
「もしそうだとするなら、逆に俺がここにいることでディヨンが動けなくなるんじゃないか?」
「そうっすねぇ。ただし、外ではイッセー君がいないことで状況が停滞する―――子供たち、どうなるのかわかったもんじゃないっすよ」
フリードの言う通りだ。ディヨンの近くに入れるこの状況は確かにチャンスでもあるけど、同時にピンチにもなりえるものだ。俺たちの最終目的は戦争派の殲滅。だけど救えるものは全て救うのが俺たちのモットーだ。
俺の元にはいないメルティ、戦争派に追われているハレとアメ。奴らの手足となっているディエルデとティファニア。……放っておけるはずがない。
「と、なると必要になってくるのが最終的にはフェルの力ってことだよな」
―――フェルの力が万全に使えれば、そもそも今の状況には至らなかっただろう。それほどに創造の力は万能で、俺が如何にその力に頼りっぱなしだったかということが痛感してします。
最終的な答えとしてはここから脱出し、戦力を整えて戦争派を叩く。そのためにもフェルの力が必須となってしまうんだ。
『俺が話しかけても恐らくフェルウェルから反応はないだろう―――やはりあいつを起こす要因は相棒でなければならないようだ』
「やっぱりそうなっちまうんだな―――フリード、少しの間、頼むぞ」
フリードにそう言うと、あいつは手をひらひらとさせながら了承の意を示した。
―――俺は静かに目を瞑り、魂を自分の深層。更にそれと繋がる神器の部屋へ繋げた。
―・・・
―――自分の深層心理とはドライグは「自由自在」であると表現した。深層心理は色で変化し、更に魂と繋がる神器は部屋が分かれているらしい。
俺の場合、異例として神器が二つ宿っているという点から、兵藤一誠としてに心の部屋と赤龍帝としての部屋、そしてフェルが宿る創造の部屋がある。
その三つの中心に中立の大広間のようなものがあり、今そこにドライグと俺がぽつりと立っていた。
『……やっぱり扉は閉ざされたままか』
『ああ。見てのとおり、分かりやすく鎖がぐるぐるに巻かれているさ』
俺の視線の先には、フェルの領域である創造の部屋の扉があった。それはドラゴンの巨体が難なく通れる大きな扉で、その扉には今、大きな鎖が幾重にも繋がっており開けることができない。
俺はドライグと共にその扉の前に立つも、そこからまるで俺たちを遠ざけるように強烈な風が生まれる。
『この通りだ。起こそうとしてもこの扉が邪魔をする。この深層世界で物理技が通用するはずもないからな。俺は残念ながら物理任せのドラゴンだ。そもそも説得という能力が欠如していると言ってもいい』
『あんまり自分を卑下にするなよ、ドライグ―――少なくとも宿主である俺の責任でもある。ここは俺に任せてくれないか?』
俺がそういうと、ドライグは「任せた」と言って自分の領域に帰る。
俺はドライグを見送ると、扉の方に近づいてそっと手を触れた―――バリィン!!
……突如伝わる電撃のような痛みに、俺は戸惑いを隠せない。
『―――フェルの馬鹿野郎。なんでこうも拒否ばかりをするんだよ』
俺はそう呟くも、フェルからの返事はない。
―――アルアディアが残した爪痕。フェルが俺に何かを隠しているという疑惑と、俺がいずれフェルの存在によって絶望するという警告。
……本来魂に宿る神器を二つも宿してしまった俺の魂。本当なら例外なく一つの魂に神器は一つしか宿れない。
にもかかわらず俺はフォースギアを宿した。
―――フェルのことは今の今まで謎だらけだった。謎だらけのまま共に過ごし、共に戦い、共に絆を深めてきた。
……俺は自分の左腕に赤龍帝の籠手を出現させる。
『―――俺はお前を最初から信じ切っているんだよ。今更実は黒幕でした、なんて言われても仲間だって言ってやる。家族だって、相棒だって言い切ってやる』
籠手より洩れるのは緑色の倍増のエネルギー。それが俺の拳を包み込む。
拳を振り被り、そのまま扉の鎖に向かって振りぬく!!
『―――だからさっさと目を覚ませよな』
―――ガキン、という鎖にひびが入る音が聞こえると同時に俺は現実世界に意識が戻る。
上手くいったとは思わない。最後の最後までフェルの声は聞こえなかった。だけど、最後のあの軋んだような音が、何かのきっかけになればと願うばかりだった。
―――この時、俺は知らなかった。
俺とフリードが戦争派の施設で囚われている中、外で起きている様々な出来事に。ディヨン・アバンセが俺たちの前に現れなかった本当の理由を。
そして―――直後に聞こえた施設内に響き渡る轟音と、不穏な雰囲気を。
―・・・
『Side:三人称』
―――赤龍帝眷属の僧侶、黒歌は聡明な頭脳を持っている。兵藤一誠に負けないその冷静で視野の広い観察力は、彼らが囚われていることに気付くのにあまり長い時間は必要なかった。
黒歌が待機しているのは施設付近の森の中。その中で息を潜め、状況を窺っているのだ。
「イッセーたちが捕まるなんて普通じゃない。ってことは中にはイッセーが大人しく捕まるほどの戦力が集結しているってことにゃん―――歯がゆいけど、私一人では救出は不可能だね」
冷静にそう分析するも、今すぐにでも助けに行きたいという激情に囚われる。しかし黒歌はそれを、兵藤一誠の考えを汲み取って理性的に止めていた。
―――やろうと思えば強行突破できるほどの力が彼にはある。しかしそれをしないのはフリードやメルティを見捨てることになるから。彼女の主の考えや置かれている状況が理解できるからこそ、彼女はこうして好機を待つことが出来るのだ。
「チャンスは他の皆が合流してから。それまでは出来る限り状況を分析しないと」
だからこそ黒歌は周りの状況を常に目配っている。
そんな中で彼女が把握していることが数点ある。一つは一誠やフリードの現状。更に施設内には一誠が投降するほどの敵がいるという点から、高確率で英雄派クラスの猛者がいること。
……下手をすればティアマットを一方的に倒した最強の邪龍の存在も否定は出来ない。
―――ふと黒歌に通信が入った。
「……ッ。もしもし、こちら黒歌だにゃん」
『―――黒歌か。お前が通信に出て一誠が出られないということは、あまり良い状況ではないのだな』
その相手はティアマットであった。自分たちとは違い独自で暴れまわっているはずのティアマットからの連絡に黒歌は驚いているものの、黒歌側は緊急事態だ。すぐに救援を願い出ようとするが……
「そうにゃん。今、イッセーとフリードが戦争派に掴まってるにゃん。私は施設のすぐ近くにいて……」
『そうか―――黒歌。私たちは一誠の拳であり、牙であり、剣だ。だが武器を出せる状況はまだ先だ。それほどに準備が整っていない』
「―――それって」
―――緊急事態における、眷属における隠語であった。その隠語を解読すると、ティアマットはこう言っていた。
……私たちは現状、お前たちの救援には迎えない。
そしてそのような隠語をあのティアマットが言う時点で、黒歌は理解した―――ティアマットたちもまた、救援に迎える余裕がないということ。もしくは彼女たちもまた緊急事態であるということだ。
「……分かった。こっちはなんとかしてみせるにゃん―――そっちも気をつけて」
『ああ』
そのままティアマットは通信を切り、黒歌はそっと立ち上がる。
―――一人でどうにかするしかない。そう悟ったのだ。
「……あぁ、こういう時に白音が居てくれたらなぁ―――ちょっとは無茶しないといけないね」
……仙術にも奥の手はある。邪気を吸い込み、一時的に力を爆発的に増幅させるという禁断の手。代償は大きいモノの黒歌ほどの実力者であれば何度かは使うことが出来る手だ。
無論、一誠が知れば止めるのは確実であるが……
「ま、幸い優しいご主人様はいないから―――」
黒歌は臨戦態勢を整えようとした―――その時であった。
近くの森の木が、数多も切り倒れて大きな音を響かせたのだ。
「……敵? でも私は気配を完璧に消しているし……」
……少なくとも、自分の存在がばれているという風には思わない。となると考えられるものがもう一つだけ―――戦争派と戦う存在がこの森にいるということ。
「……どうしよう」
黒歌は考える。本音を言えば、今すぐにでも一誠の救出に向かいたい。だけど彼女の予想が当たってしまえば、この戦闘をしている存在を放っておくことは出来ないのだ。
―――黒歌は考える。自分が尊敬し、愛する一誠ならば自分にどう命じるかということを。
「―――あぁもう、うちのご主人様は!!」
……助けに行けと、そういうに違いない。
黒歌はそう確信し、気配を殺していた仙術を攻撃的なものに変え、音の鳴る方へ駆けていく。木々の間を走り抜けて、ついにその者達の元に辿り着いた。
―――そこにいたのは、人間だ。たった二人で周りの異形の者達と戦う少女が二人。その異形は鴉のように黒で漆塗りしているかと思うほどの翼を生やしており、その手には光と思わしき力で出来た武具を手にしている。
……何をしているかなど明快―――ハレとアメが、堕天使に襲われている。ただそれだけだ。
「堕天使までが戦争派に加担している―――たぶんはぐれだろうけど、アザゼル先生、しっかりしてにゃん」
この場にはいない総督に苦言を漏らすも、黒歌のすることはたった一つだ。
―――ハレとアメの救出。これは一誠が優先していたことの一つだ。本来はティアマットたちの役目であったが、状況が入り組んでいる今、彼女たちを保護できるのは黒歌だけである。
黒歌は猫魈としての本来の姿となる。そのため身体能力も仙術と戦闘形態との兼ね合いによって底上げされ、目にも留まらぬ速さで姉妹と堕天使の間に割って入った。
「―――貴様は赤龍帝眷属の」
「モブは黙ってね!」
自身の周りに様々な色を浮かべる光球を浮かべ、それを立て続けに堕天使に振るい攻撃を加える。
それは魔力で出来たものであり、仙術によって出来たものや妖力で出来たもの。様々な力が交差する黒歌にしか出来ない戦闘スタイルだ。
仙術は張り巡った生物の気をぐちゃぐちゃに掻き乱し、妖力と魔力の変幻自在の攻撃は敵を殲滅する大きな武器だ。更に黒歌の鍛えてきた格闘技術を加えれば、高が堕天使如きに黒歌が苦戦するはずもない。
―――普通であれば。
「こいつら、強い……ッ」
「はははっ! 一人で出てくるなど、馬鹿がいたものだなぁ!!」
はぐれが大きな力を持つはずがない。そう思っていた黒歌であるが、実際に戦ってみれば敵の力は少なくとも上級堕天使に近しいものであった。それが束になって掛かってくるのだから、黒歌も守りながらでは分が悪いのは必然だ。
……たかがはぐれが上級クラスの力を持つ、この点に疑問を抱きながらも黒歌に出来るのは一つ。この姉妹を何とか守ることだ。
「―――何をぼさっとしてるにゃん! あんたも応戦するにゃん!!」
「その服はあの男の―――そんなこと、言われなくても分かってる!!」
黒歌の登場に今まで呆けていたハレであるが、彼女の強い言葉にハッとしたように顔を上げ、不服そうな顔をするも応戦を開始する。
……空間を越えて斬る剣の神器。それは非常に強力なものだ。いわば防御魔法陣を全て無視することの出来る剣と言っても差し支えはない。無論、それを扱うハレの熟練度は決して高いとは言えない。しかしそれを補うほどのスペックがこの神器にはある。
「厄介な神器だッ!!」
―――どこから来るか分からない刃。どんな堅牢な装備をしていても、鎧の内部から切られれば装備の意味をなさない。故にいつ来るか分からない剣撃を常に警戒する必要がある。
初見では間合いを測ることが困難であり、どんな範囲で空間を越えて斬撃を加えられるか分からない敵。これまでは物量で追い込んでいた堕天使であるが、現状は黒歌の加勢によりその優位性は完全に少女たちに向いていた。
「一、二、三!!」
黒歌が三つ数えると、黒歌の周りの光球は彼女を主軸に高速回転し、堕天使たちに連続で直撃を与える。仙術により気が狂い、魔力による直接攻撃で物理的に体は蝕まれ、そして最後は妖術による精神攻撃で心を蝕む。
「な、なんだこれはぁッ! な、何故あなたがここに……ッ」
「……自分が一番恐れる存在を見せる幻術。さ、楽しんでいくにゃん」
―――妖術による幻術効果。彼らの目に映る恐怖の存在はそれぞれだろう。
無論、強者にこれはあまり聞かない力だ。力がある、という点ではこの堕天使たちには本来効くはずがない幻術。
……ただし、例え力が強くても心が力に追いついていない場合、この術は発揮される。この時点で黒歌の抱いていた疑問は解消した。
「……あんたら、弄られてるね―――ま、聞こえないだろうけどさ」
……戦争派によってその肉体を弄られ、本来のポテンシャルを遥かに超える堕天使たち。今まで無力であった彼らが突然強大な力を手に入れ、他者を見下して力だけの力を振りかざす。そこに信念などなく、力を振るう覚悟もない。
そんな者達にこれ以上苦戦するほど黒歌は甘くない。堕天使たちは地面に這いつくばり、幻術に囚われ続けていた。
「―――許さない、アメを傷つけたお前たちを!!」
……ハレの刃が堕天使たちを襲う。その刃で堕天使たちは翼がもがれ、中にはその一撃で絶命する者もいた。その容赦のない一撃を見て黒歌は静かに目を瞑る―――血を流すことに躊躇いのない現実に、心が締め付けられる思いであった。
―・・・
黒歌はジタバタと拒否するハレと、それとは対照的に静かなアメを抱えてその場から離脱していた。
戦争派の基地から遠く離れることが得策だと考え、彼女たちを連れて逃亡を謀っているのだが―――無論、ハレがそれを素直に良しとするはずもない。
ある程度安全な場所と判断するや否や、黒歌を突き放して距離と取った。
そこは基地からかなり離れた廃屋の中。戦闘からの全力の逃走もあってか黒歌にも若干の疲れも見えた。
「……はぁぁ、とりあえず撒けたにゃん。あんたらは大丈夫?」
「…………別に、助けられてとか思ってないから。僕一人でも、あんな奴ら倒せたから」
「はいはい、それで良いから―――でもあんたら姉妹を放っておく選択肢は私にはないから、そこんとこよろしくにゃん」
黒歌は廃屋のボロボロの椅子に腰かけて、肩の力を抜く。……一誠の元から離れ、独断行動をしているのだ。不安は残っているのは仕方がない。
今の彼女に出来るのは、一誠が気にかけていた姉妹を保護すること。この一点に尽きるのだから。
「余計なお世話だ。それにこんなところに留まってたらまた敵が」
「……じゃあ聞くけど、行く当てなんてあるの?」
「……私たちは二人だけで生きていける。今までもそうだったから、これからだって……っ」
「―――無理だよ。どう足掻いても、いずれ限界が来る。守る側も、守られる側も」
……それが難しいことを、誰よりも黒歌は知っていた。自分が昔そうだったからこそ、黒歌はこの姉妹に―――特にハレに過去の自分を映していた。
「(……私はこの子たちのことは何にも知らないから、何を言っても意味ないんだけどさ)」
境遇は似ていると思った。黒歌と白音は共に親を亡くし、外敵ばかりの世界でただ命を繋いで生きていた。信じることが出来るのはお互いだけ。いつも妹を亡くし、身を削って彼女はここまで生きてきた。
違いがあるとすれば、手を差し伸べてくれた存在があるかないか。それだけだ。
「……例えそうでも、僕はどれだけでも強くなる。どんな敵が来ても倒して、何度でも―――」
「……ハレ」
アメがほんの少しだけ表情を曇らせ、ハレの手を掴む。その姿が少しだけ彼女の最も愛する妹に似ていた。
「分かったにゃん―――とりあえず」
―――刹那、黒歌はハレの背後に回る。仙術を極めている黒歌から見て、ハレの気の乱れは看過できるものではなかった。
これまでの体力の消費や精神的摩耗が顕著で、恐らくはほとんど眠っていないのだろう。ハレは成す術なく黒歌による仙術で気を操作され、程なくして意識が無くなった。
「……安心して。ただ熟睡させて体力を回復させるだけだから」
「…………」
黒歌はじっと見つめて来るアメにそう言うと、彼女はホッと胸を下すように安堵の表情を浮かべた。
……黒歌はハレを地べたに寝かせて、自分の上着を掛けた。
「……ありがとう」
「へぇ。あんたはこの子と違って敵意剥き出しってわけじゃないにゃん」
「……無力だから。私は、ハレに守られているだけ……だから」
アメはハレの方を見つめながら、そう呟く。
「―――あなたは……あの赤い人の、仲間?」
「赤い人……イッセーのことかにゃん?」
「……たぶん。私たちを、助けてくれたヒト」
「じゃあイッセーだ。うん、私はイッセーの眷属の黒歌だにゃん。あんたたちを助けたのも、うちのご主人様のご意向ってこと」
「……そう」
掴み所が難しいところも白音にそっくりであると苦笑いするも、黒歌はアメの近くに寄る。警戒心が上限を超えているハレと違ってアメは比較的友好的で、特に逃げる素振りは見せなかった。
「私たちはあなたたち二人を保護したいと考えてるにゃん。こんな戦場で二人でなんて危険すぎる」
「……そうしたい、けど。……でも無理」
「どうして?」
「―――あいつらから、逃げ切ることは出来ない……から」
……あいつら、というのは十中八九、戦争派のことだろう。彼女たちを執拗に追い掛け回す戦争派によって操られた兵士や先ほどの堕天使たち。そしてメルティ・アバンセの発言から鑑みてもそれは間違いない。
その詳しい情報を得るために一誠とフリードは潜入したのであるが、現状では彼らの持つ情報を得ることは出来ない。
だからこそこれは黒歌の持つ情報を組み合わせた予測でしかなかった。
「あんたは―――アメはあいつらのことはどれだけ知ってるにゃん?」
「……追い掛け回してるのと、ハレの力を……狙ってると、思う」
「そうね。神器持ちなんてあいつらからしたら格好の得物にゃん」
「……神器。それが、あの剣のこと?」
「そう。人間のみに宿るヒトならざる力の総称―――それが神器」
黒歌がそう言うと、アメは表情を変えずに「そう……」と呟き、それ以上は何を言わなくなった。
……黒歌は彼女たちの状況を知りたいと思った。どういう事情でこんな戦場で二人で生きているのか、それを知れば何かの取っ掛かりになると考えたのだ。
「……親のこと、聞いても良い?」
―――黒歌がそう尋ねた瞬間、アメの表情は歪む。
……黒歌は何となく予想していた。この明らかに危険な状況下で誰も頼ろうとせず、一人で何とかしようとするハレを見ていて、過去に何があったかを予想していたのだ。
「……ううん。やっぱ言わなくていい―――誰かに裏切られたんだね、二人とも」
……それも彼女たちと限りなく近しい人に。アメは俯いて何も喋らなくなるのを見て、黒歌は確信する。
―――余計に自分と二人を重ねてしまう黒歌。どうしてこんなにも小さな子供が、ただ神器を宿しているというだけで理不尽に巻き込まれてしまうのかと、心から怒りを覚えた。
神が作ってしまった理不尽に対して、そしてそれを平気で利用してしまう戦争派に対しても。
「……ハレは不器用」
……ふとアメは、無言を破って絞り出すように話し始めた。
「……いつも真っ直ぐで、強がって。……だけどいつもアメを守ってくれる……今だってそう」
決して見捨てず、何があってもアメを最優先し、自分のことは二の次で大切な人を守ろうとする。
それを聞いて黒歌は思った―――本当に、どこかの誰かさんにそっくりであると。そんなハレだからこそ、アメだからこそ黒歌は彼女たちを守りたいと思った。
過去に自分が一誠に救われたように―――今度は自分が二人を絶対に護りたい。そう思った。
「―――大丈夫」
……だからかつて自分が掛けられた温かい言葉を、アメに言った。
「私やイッセーは絶対に二人を助けてみせるから。だから安心して。私たちは何があっても君たちを裏切らない」
「……迷惑、かかる」
「じゃあうちのご主人様の言葉を借りるにゃん―――迷惑とかそんなもの全部取っ払って、どうしてほしいか言って? そしたら私たちは絶対にそれを叶えてみせる」
……似合わないと思う。それは一誠だからこそ映える言葉であり、黒歌が決して言わない言葉だ。
だけどこの子には言葉が必要だと、黒歌は思った。意志を見せないと信じてもらえない。だから黒歌は敢えて言葉に出した。
「……アメは―――」
「―――目標、捕捉」
―――アメとは違う、冷ややかな声が廃屋に宣う。
その瞬間、黒歌は今まで感じなかった殺気に気付き、ハレとアメを抱きかかえて廃屋から飛び出た。
―――その瞬間、廃屋は木っ端微塵に切り刻まれ、消え去った。
「…………あんた、どうして……っ」
黒歌はそれをした張本人の顔を確認し、苦虫を噛むような表情を浮かべる。
それもそのはずだ―――本来はこの場に居るはずがないのだから。彼女は一誠やフリードと共に施設に潜入したのだから。
黒歌はハレとアメを背中に隠し、目の前の敵を睨みつける。
目の前の敵―――メルティ・アバンセを。そしてその後ろで歪んだ笑みを浮かべている白衣を着た男を。
―・・・
―――大きな力が動いていた。
赤龍帝眷属の前にある問題は三つ。ティアマット、朱雀、レイヴェルの近くにはリリスという問題があり、黒歌の前にはこの騒動の黒幕が現れた。
……ならば兵藤一誠の前に現れる問題とは何か。
―――それは黒金だった。
戦争派の施設をゆっくりと徘徊する一つの影があった。
それはゆっくりと、しかし着実に前進していた。
目の前に現れる戦争派の戦闘員を消して進み、ある一点に向かって歩みを進める。
真っ黒な布で頭まで覆って、唯一見えるのは口元だけ。胸元に黒と金で装飾された機械的な見た目のネックレスを下げて、そこに嵌めこまれている宝玉を黒金に輝かせて―――終焉は、ゆっくりと歩いていた。
「―――ダメだよ。こんなつまらないところに彼を閉じ込めちゃ」
―――全てを終わらせる黒金の鎌を振り払い、彼女は向かう。
その邂逅は近い。
「―――さぁ、アルアディア。ここ全部、終わらせよっか」
―――終焉の少女、エンドは微笑みを浮かべて進んでいった。