ハイスクールD×D ~優しいドラゴンと最高の赤龍帝~   作:マッハでゴーだ!

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第13話 劣勢の赤龍帝陣営

 一瞬。ほんとうにそれは一瞬と呼べるほど刹那の出来事だった。

 背後からヘラクレスが俺に対して脅威を振りかざすことなんて容易に察知していた。それに対しての防衛策も、全て事前に用意していた。

 だけどそれは―――自分の理解の外で、消えうせた。

 ヘラクレスの爆撃は俺に通る。信じられない。信じることができない。奴の攻撃では俺は傷つけられないほど、今の俺の鎧は堅牢だ。

 守護龍を終結させ防御力を特化させた。

 にもかかわらず、俺は血反吐を吐く。倒れなかったのは本当に幸いとしかいえない。

 ……体を見る。

 傷だらけだ。しかし、それ以上にどうした。

 ―――なぜ、鎧が解除されているんだ。

 

「―――ドライグっ!!」

 

 声のしない相棒に縋ると、すぐさまに鎧が装着される。

 そこには先ほどの異変が嘘のように、平常運転の鎧が健在だった。体の調子もいい。

 にも関わらず、まるでヘラクレスの攻撃に合わせるように鎧が解除された。

 

『相棒! なんだ、今のは……。まるで、無力化されたように神器が解除されたぞ!』

 

 ドライグが珍しく、敵に対して驚いていた。俺の身を案じて焦ることは多々あれど、敵に対して焦る、なんてことを滅多にドライグはしない。

 そのドライグが理解不能の力が俺に働いた、ということなのか?

 そんな考えをしている間にも、ヘラクレスの猛攻は続く。

 動きは単調、特に強みもない神器の扱い。

 ただ爆発する力とただ人間離れした力。たったそれだけ。鎧を着込めば、たいした敵でもない。

 ヘラクレスは先ほどと同じ動作で俺を爆撃する。

 俺はそれを受け止めず、避ける。

 

「おいおい、逃げ腰かぁ!? 真正面から向かえや、赤龍帝!!」

「そんなわかりやすい挑発に乗ってたら、ここまで生き残れねぇよ!」

 

 少なくとも、この理解不能な一連の出来事をどうにかしない限り、あいつの猛攻に対して対処はしないほうがいい。

 ―――ザシュッ……っと、切り裂かれる音が俺の耳に届く。

 

「……ッ!」

「ヘラクレスにばかり意識が行き過ぎたな、兵藤一誠」

 

 晴明の妖刀は俺の腹部を切り裂いて、ドクドクと血を流させていた。

 ……ヘラクレスに意識を向けていたのは認める―――だが、また鎧が解除されていることは看過できねぇぞ!!

 俺は傷を抑えて勢い良く魔力弾を放つも、ヘラクレスによりミサイルのようなものを放たれ、相殺どころかこちらに脅威が向かい来る。

 ―――このタイミングで、禁手か!? そう断定できるほど大きな出力だった。

 

超人による悪意の波動(デトネイション・マイティ・コメット)ォォォォ!!」

『Full Boost Impact Count 20!!!!!!!』

 

 ―――もうストックがないから、あまり使いたくはなかったけど、使うしかない!!

 俺は腕に装着している双龍腕の宝玉を一つ砕き、空中から流星を放つ。反射的に放ったそれは極太にヘラクレスの無数のミサイルへと向かい、全てを飲み込んだ。

 ……まずい、この状況は駄目だ。

 ここぞとばかりに俺の戦いができていない。これは間違いなく研究されている。

 俺を無力化する術がどんなものかは理解できねぇ。でも少なくとも神器を、籠手の力を無力化する術をあいつらは持っていて、それを最大限活用して俺を追い詰めている。

 ―――掌で、躍らせれている!

 

『こんなところで、フェルウェルの不在(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)が響いてくるとは……ッ!』

 

 ……今はそんな弱音を吐いているわけにはいかねぇだろ。

 落ち着け、兵藤一誠。こんなことで、俺は落ちない。

 訳のわからない力に翻弄されて、目の前を見れないほど動揺するな。

 敵は二人、ヘラクレスと晴明。例え生身であろうと、戦える術はある。

 

「―――捕捉」

 

 ―――冷え切った、酷く冷たい機械的な声が聞こえる。

 それは俺の後ろから、残酷にも聞こえていた。

 ……ここにきて、次はお前かよ―――

 

「メルティ・アバンセ!!!」

 

 ボロボロの布切れを纏うメルティ・アバンセが空中で俺を捕捉し、そしてその細い腕で俺を地上へと殴りつけた。

 俺はそれに対して回避行動が取れず、メルティの猛威を受けた。

 自分の周りに舞う土ぼこりと、口から吐き出される血反吐。殴られた胸元はあいつの爪で大きく傷ついていて、呼吸をすることも少し厳しいほどの傷を負う。

 

「ぐ、ぞ……ごえが、うまぐでない……ッ」

 

 あいつは、体の壊し方を熟知していると言いたいほど今の一撃で俺の体を壊した。

 アーシアの回復が必要なほどの傷を負い、俺はすぐに立って懐から無刀を取り出す。

 そして魔力を過剰供給し、刃を作って勢い良く土ぼこりを振り払う。

 ……まさか自分で使うとは思わなかったけど、仕方ない。俺はポケットからフェニックスの涙を取り出し、それを傷口に振りかけて緊急回復をする。

 レイヴェルからのプレゼントは本来戦場で仲間に対して使うつもりだったけど、今は仕方ない。

 ……さて、本当に、どうしたものか。

 

「緊急回避に涙を持っていたか」

「ただ次はねぇぞ、確実に消し炭にしてやるぜぇ!!!」

「……目標、捕獲」

 

 ドライグの力が封じられた今、状況は最悪。敵は晴明とヘラクレスとメルティの三人を一手に引き受けないといけない。

 そして何より―――フェルの力がまともに振るえない。

 フェルとの繋がりが消えたように、今の俺はフェルの力を使うことができない。

 つまり、なんだ。武器がまともに使えず、頼れる味方もいなく、更には敵はパワー、スピード、テクニック全てが揃った三人チーム。……なるほど。

 ―――今、俺は過去史上最悪の状況に立たされていた。

 ―・・・

『Side:祐斗』

「ほらほら、まだまだ僕には余裕がありますよ?」

 

 軽い口調で僕に6本の剣を振るうジークフリート。僕はそれを全て避け、逆手持ちのエールカリバーで奴の肩から足を切断つもりで振りぬく。

 ジークフリートはそうはさせないというのか、手元のグラムで僕の一線を受け止め、後方に吹き飛ばした。

 ……負傷したイリナさんとゼノヴィアは現在、アーシアさんの治療を受けるために戦線離脱。周りの仲間もあまり状況はよくない。

 唯一相手を手玉に取っているのは、流石というべきだろう黒歌さんだった。

 ―――それでもイッセーくんに助けに出るほど余裕もない。

 ……僕は横目でイッセーくんを見る。

 現状の最大戦力であるのは間違いなくイッセーくんだ―――いや、だった。

 しかしイッセーくんは明らかに様子がおかしい。英雄派を相手にしていて、鎧なしで戦っているんだ。

 ……しかもフェルウェルさんの力も使わないなんて、明らかに異常だ。その様子から、今彼の中で何かが起きているとしか考えられない。

 鎧を使えず、フェルウェルさんの力も使えないイッセー君がそれでもあの三人を相手に出来ているのは、彼が普段から神器がない場合の戦闘を念頭において修行しているからだ。

 だが敵は安倍晴明にヘラクレス、更に突然現れたメルティ・アバンセ。

 テクニック、パワー、スピードに特化したあの三人を同時に相手にするなんて考えただけで身震いする。

 こっちはジークフリート一人で手一杯というのに……ッ!

 

「僕を前にして余所見とは、いい度胸だね。ただ反応速度は褒めてあげよう」

「……手加減をした癖に、よく言うね」

「いやいや。僕もそこまで常に最大出力で戦えるわけではないんだよ。適度に手を抜かなければ、グラムが手に負えなくなる。それに最大出力を見せたら、君は確実に避けてカウンターをするだろう?」

 

 ……お見通しというわけか。

 このジークフリートという男は、英雄派の中でもかなりトップクラスの実力者であることは火を見るよりも明らかだ。

 それこそ曹操や晴明に近しい実力者―――それはロスヴァイセさんと相対するゲオルクにも言えることだ。

 レプリカとはいえ、グングニルの圧倒的破壊力とロスヴァイセさんの極められた北欧魔術に打ち勝っている。

 魔法、魔術を極めた上に絶霧まで宿している、か。

 ……さて、もう僕たちには逃げ場がないと来た。

 かくいう僕も、連戦でかなりの体力を消費していてあまり長くは持たない。

 ―――勝てるか、勝てないかと聞かれれば勝てる可能性は限りなく少ない。

 僕という個体の強さはまだ魔帝剣(カオスエッジ)には到達していないから、それもしょうがない。

 いや、しょうがないというのは悔しい。でも悔しいことに、僕はまだまだなんだ。

 それでも可能性がないとは思わない。

 だって、それは僕一人が彼と戦った場合の可能性なのだから。

 

「……よし」

 

 僕はふと、ポケットに手を突っ込む。

 ……現状、僕は彼には勝てない―――僕がこのままでは。

 

「……それは」

「ああ、君たちでもこれは知らないよね。だってこれはこの世でたった一人しか使ったことがないんだから」

 

 僕が取り出したのは、雪のように白銀で色褪せているオーラの集合体を瓶に詰めたもの。

 イッセーの創る癒しの白銀(ヒーリング・スノウ)という創造神器の瓶の中に、これまたイッセーくんの力―――神器の『強化』の力を封じ込めた力だ。

 神器を一時的に神滅具クラスのものに強化する、文字通りの強化薬。

 一種のドーピングのようなものかな?

 ……実を言えば、これはずっと僕は託されていた。

 本当は、ロキとの戦いのときに僕はこれを持っていた。

 でも僕はそのときには使えなかった―――なぜなら、僕ではこれには耐えられないから。

 これはもちろん肉体面でも驚くほどの負担がかかる。

 でもそれ以上に―――精神面で、ヒトを廃人に追い込むほどの負担が掛かるんだ。

 イッセーくんは創造の神器を宿しているから、その副作用を幾らか軽減されているから使用できるけど、僕はそうじゃない。

 ……昔、一度だけ試しに使ったときは本当に死に掛けると思った。

 ちょうど聖剣計画のときに色々荒れていて、何の考えもなしに使って死に掛けたなんて口に出せないけどね。

 ―――あの時から僕は、成長したと思う。

 過去を超え、未来を見据えて、友の……大好きな仲間の味方になると決めたあの時から僕は前に進み続けた。

 イッセー君の隣で、何とか追いつくように走って。それでもまだ彼は遠いところにいて、僕に背中を見せているわけだけどさ。

 ……これを使えば、ジークフリートと対等に戦える。

 

「その目、無策ではないようだ。その自信と不安に満ちた表情からかんがみるに―――負担ありの力だね」

「そこまでわかっていて邪魔をしないのは尋常なき戦いを望んでいるからかい?」

「―――さぁ、それを使え。そして僕を楽しませてくれ」

 

 ジークフリートの口角が、ニィッと上向き上がる。

 ……戦闘狂って言葉が良く似合う男だ。優しい顔をしている癖に、根本の部分はあの白龍皇と同類なんだろう。

 

「君を楽しませることはどうだっていいさ。でもその判断が失敗であると、君が後悔することを願っているよ」

 

 僕は瓶を宙に投げ、それを剣で切り裂く。

 瓶は綺麗に二つに切り裂かれ、そしてその中の白銀オーラは僕を覆い、そして……僕の中で、弾けた。

 ―――僕の頭に伝わるのは激痛。

 ズキズキと、ズキズキと。僕の精神を、頭をかち割るようなほどの衝撃が二度三度訪れる。

 ここまでは以前と同じ。僕は二重の苦しみに耐える。

 肉体的苦痛と、精神的苦痛。この二つを乗り越えたその先に―――奴を倒すための舵を、掴むことが出来る。

 限界なんていらない。有限なんてそんなものなんの役も立たない。

 生半可なものなんていらない。僕が欲しいのはただ一つ。

 

「―――他力本願だろうと、僕は君を倒す力が欲しい」

 

 たったそれだけ。覚悟と共に簡潔にそうら声を漏らして僕はようやくその力を認識する。

 神器の強化。それは僕にとてつもない負担を背負わせていることは間違いない。

 でも限界を超えた先でなら、その苦痛にも耐えられるような気がした。

 ……顕現する、魔剣創造を超える神滅具。

 その名を付けるのであれば、それは ―――

 

双覇神の聖魔剣(ソードオブ・ビトレイヤー)【無限】(ディオ・インフィニティ)

 

 神をも脅かす聖魔剣を無限に生み出す期間限定の神滅具。それをここに顕現した。

 

「―――っはは!! 素晴らしいね、それは」

 

 ジークフリートはグラムを薙ぐと、剣はまるで好敵手の出現を心より喜ぶように危ないオーラを噴出させる。

 ……今はその彼の最強の剣にも、敗ける気がしない。

 僕はこの形態になって初めて剣を作る。

 もちろんそれは生半可なものではなく、たった一振りの剣。

 僕が願いと近いの剣と呼ぶそれの名は―――

 

「聖援剣 エールカリバー・ディオ」

 

 僕の持つ最強の剣が、名を変えて力を大幅に変えて僕の手の内に生まれる。

 剣より響くのはグラムに負けないほどの威圧感。電気が放電するようにバチバチと火花が生まれ、魔帝剣グラムも負けじと更なる負のオーラを轟かせる。

 

「赤龍帝の強化の力は確かにこちらでも把握していた。しかし彼はその力を他人に与えたことがなく、いつも自分で使っていたため、他者への譲渡は不可能だと思っていたけど……なるほど。あまりもの負担から、仲間に使わせることが出来なかったというわけか」

「うちのお兄ちゃんドラゴンは甘々だからね。僕にこれを渡すときも躊躇していたくらいさ」

 

 軽口を叩きあう僕たちだけど、既に頭の中で戦闘はとっくに始まっていた。

 ジークフリートは初めて僕に脅威を感じているんだろう。先ほどまでの余裕さは完全に消えている。

 ……それどころか、まさに同等の強者として僕を認識しているように隙を一切見せない。

 

「……驚きだ―――僕が先に君のリーチに届けば、自分の殺される未来が見えるくらいだ。これはこれは、末恐ろしいものだ」

「試してみるかい?」

「……そうだな。それも一興……ッ!!」

 

 ジークフリートは最後まで台詞を言い切ることはない。

 何故なら僕が彼の懐に入り込み、剣を振るっているからだ。

 ……僕は遅れて、言霊をはっきりと発する。

 

「―――神・天閃(エール・ディオ・ラピッドリィ)

 

 その言霊と共に、僕の全身全霊の速度は神速へと昇華し、ジークフリートを討つための武器となる。

 彼でも反応が遅れるほどの神速で、連続的に絶え間なく、ジークフリートの斬撃の雨を打ち刻み続ける。

 ジークフリートは驚異的な反射速度で僕の剣を、6本の腕に捕まれた魔剣聖剣で防ぐ。

 ……まだだ。こんなものじゃない。

 限界を越えたその先にある僕の神速は、こんなものじゃない。

 もっと速く、もっと風に、もっと羽根のように軽く。

 この世の誰にも負けないほどの速度を体現する―――騎士である僕が、その役目を果たす。

 

「―――神・光天閃(エール・ディオ・ライトラピッドリィ)!!」

 

 ―――神剣化されたエールカリバーの新たな力、7つの力の重複使用。本来であれば一本につき一つの能力を変換使用するのがエールカリバーの掟であり、限界である。

 でもエールカリバー・ディオは本来何十本も創って使用する能力の重複をたった一本で行う。

 権能の一つ一つをオリジナルのエクスカリバーに限りなく近づけ、その限りなく近い力を一転集中とはいえ、重複強化して使えるんだから、エクスカリバーよりも僕向きの剣だろうね。

 僕の限界を越えるまで、無限大まで強化をし続けることが出来る7つの力。僕は神速に神速を重複し、更に速度を上げる。

 

「まだあがるのか!?」

 

 流石のジークフリートも、この速度は予想外だったんだろう。明らかな狼狽を見せた。

 ジークフリートの右を通り過ぎて剣を振るい、左を通り過ぎて剣を薙ぎ、後ろを通り過ぎて剣を逆手持ち、正面を通り過ぎて柄で殴りつける。

 規則性の皆無な出鱈目な動きで確実にジークフリートの身体にはこれまで一度もつけることの傷が生まれていた。

 ……神速を体現しながら、口の中には鉄の味が広がる。当たり前だ。元々限界に近かった体を無理やり気合で動かしているんだから、血反吐も吐く。

 でも、これくらいならまだ動ける。

 足は瞑れていないし、頭はしっかり働いている。

 

「これはもう神速の域ではない―――瞬間移動の、域だ」

 

 ジークフリートがふとそう漏らした瞬間、僕はジークフリートの前に現れエールカリバーを振るう。

 彼の反応は明らかに遅れ、剣を構えるも僕は彼を切り裂く―――はずだった。

 しかしジークフリートの反応が遅れるも、僕の剣は彼の身体を勝手に動かしてその刀身で受け止めるグラムによって防がれる。

 

「―――命拾いをした、かな? だがこうなってしまえば、ここからは僕の領域さ」

 

 ぐっと、ジークフリートが柄に力を加え、僕を押し返そうとする。

 ……確かに、僕は悪魔でありながら力は非力な方だ。

 ゲームで言う所ならステータス振りを、速度に全て振り分けていると言っても良い。

 

「例えそれが君の有利なものでも、それを真っ向から打ち破るくらいのことをしないと、この力を使った価値はない」

「―――まさか」

「そのまさかさ―――神・破壊(エール・ディオ・デストラクション)!!!!」

 

 能力を攻撃力激増の破壊の力に変換し、ジークフリートのグラムと真っ向から打ち合う。

 ……だが接近戦では今の僕ではまるで歯が立たない。

 ならば無茶をしよう―――僕は解き放つ。

 

「―――神・滅破壊(エール・ディオ・ルインデストラクション)!!!!」

 

 神強化された、エールカリバーの破壊の力を!

 破壊の力はジークフリートのグラムと同等で、僕たちはこれで拮抗の鍔迫り合いとなる。

 逃げない。この男から、僕は逃げない。

 

「はははは!! グラムを相手に、真正面から力勝負? しかも技術が本質である君がそんなことをするなんて―――最高だ!! そうだろう、グラム! 彼こそ、僕の好敵手に相応しいと思わないか!?」

 

 ジークフリートの高揚の声は、ジークフリートを鈍く光らせる。

 ―――しかしそれも束の間。ジークフリートの背中に携えた6本の剣が僕を狙い定めてくる。

 振るわれた6本の剣を、僕は回避するためにエールカリバーの新たな力を発動する!

 

神・夢幻(エール・ディオ・ナイトメア)

 

 夢幻の力で僕は6人の僕の分身体をつくり、ジークフリートの同時攻撃を全て止める。しかし僕が力を夢幻にしたことを理解したのか、次の瞬間にグラムの圧倒的力によって僕を薙ぎ払うジークフリート。

 追い打ちをかけるように僕の分身体も吹き飛ばし、激しい追撃に転じる。

 ……そうか。まだ夢幻の力では僕の力量まで完全に再現できない。

 ならもう一つ、上だ。天閃も破壊もそうであるように、夢幻もまたもう一つ上の段階がある。

 現状、僕の理解の深い力に限定的ではあるけど、その上に到達できる力は全部で三つ。天閃に破壊、そして夢幻。

 一度通常強化をしてからの重複強化でようやくこの力は振るうことが出来る仕組みだ。

 

「―――神・儚夢幻(エール・ディオ・ヴェインナイトメア)

 

 超強化版の夢幻の力により再び僕の分身体が6人ほど生まれ、それぞれエールカリバーを手にジークフリートに襲い掛かる。

 ただの強化だけなら単なる残像にしか過ぎないこれも、ここまで極悪化すると、それは実体のある有幻覚に変わる。

 ―――僕の全てを継承する、完全な分身がジークフリートに襲いかかった。

 ジークフリートは僕の分身に対し背中の6本の剣で薙ぎ払おうとするが、分身は今や僕だ。

 全ての剣は受け流され、そして―――一矢報いる。

 6本の剣を握る腕は僕の分身体により全て両断され、それぞれが待っていた聖剣魔剣は四方八方に散らばり飛んだ。

 神器が解除されたジークフリートはその状況に、僕との戦闘開始から初めて焦る表情を浮かべる。

 ……初めて出来たジークフリートの完全な隙。

 僕はその隙を見計らうようにジークフリートの懐に飛び込み―――一閃。

 

「……ッッッ。はは、は。これはまた、随分と予想外だな」

「やっと君に一矢報いた」

 

 ジークフリートは少し深めに切り刻まれた腹部の切り傷を抑えながら、それでも口元を緩めながら楽しそうな声音で僕を見てくる。

 ……感触は上々だ。今なら僕の力はジークフリートに届く。一人の力では届かなくても、仲間の力を借りれば!

 ―――今は、まだ。

 

「……ッッッ」

 

 ……そう思った瞬間、僕の中で凄まじい負担が急激に圧し掛かる。

 鼻血が噴き出て、嫌な汗が止どめもなく溢れ出た。

 ―――強化の力に、これ以上僕の身体が耐えきれないということなのか……?

 僕の急激な変化にいち早く気づいたジークフリートは声を掛けてくる。

 

「ただの神器を神滅具にまで昇華させる強化の力。なるほど、それは凄まじいよ。現在の君と、僕の戦闘力は君の方が上なのかもしれない―――だが、それはその形態を保てるまで。決定打には欠けると言っても良い。だから長期戦になれば君は不利となる」

「……ああ、そうかもね―――でも、それは君も同じじゃないかな?」

 

 僕はジークフリートの状態を見る。

 背中には一本たりとも剣はなく、あるのはグラムのみ。そしてそのグラムを握る手も、いつの間にか傷が出来ていた。

 ……当たり前だ。あれほどの魔剣を、何のデメリットもなく使えるはずがない。

 

「気付いていたか。……そう。この魔剣は驚くほどに暴君でね。全力で使えば人間である僕の身体には想像できないほどの負荷が掛かってしまう。いつもは7刀流でグラムの本領は発揮せずって戦い方をしているから問題ないけど、今日は話が違う。木場祐斗という悪魔を相手にするならば、グラムを出さなくてはならない。しかもグラム以外の魔剣まで使用しないといけないところまで拮抗されては……はは」

「用は君と僕の戦いは共に長期戦は不向き。君はグラムの力に、僕は強化の力に翻弄されてもう残された時間は少ない―――」

 

 ここまで言えば、僕たちの間に会話なんて必要ない。

 ―――ここから先はどちらが先に根を上げるか、たったそれだけの根競べだ。

 僕たちは互いに視線を見合わせ、そして……ほぼ同時に、互いの最強の剣を掲げて尋常なき剣戟を開始した。

『Side out:祐斗』

 ―・・・

『Side:三人称』

 兵藤一誠が劣勢強いられている時、木場祐斗がジークフリートと接戦を繰り広げている時……そこからさほど距離の離れていない場所で戦闘を繰り広げている赤龍帝陣営の三人がいた。

 それは赤龍帝眷属の僧侶である黒歌と騎士である土御門朱雀、そしてベルフェゴール眷属の王であるエリファ・ベルフェゴールであった。

 英雄派のジャンヌ・ダルクとクー・フーリンの二人を相手にしている黒歌と朱雀は、非常に強力な戦士二人を前にして、悪い戦況の中でもかなりの善戦を示していた。

 

「……予想外ね。黒歌の実力がこの中でも兵藤一誠に次いで高いことは知っていたけど、まさか私とクー二人掛かりでようやく対等だなんて」

「むぅぅぅぅぅ!! むかつくむかつく!!」

 

 ……二人の善戦の大きな理由は、偏に語るところ、黒歌の存在であった。

 元々の実力があの元最上級悪魔であり三大名家の一人であるガルブルト・マモンを隙を突いたとは言え、生命の危機にまで追い詰めた黒歌である。

 更に兵藤一誠の僧侶として黒歌の実力は、更に拍車をかけていた。元々ある妖術や仙術だけでも黒歌は十分な力を振るっていたのだ。

 そこに悪魔としての魔力が加わり、更にその魔力により魔術や魔法にまで手を出した黒歌。

 猫魈として卓越した身体能力も相まって、今の黒歌には主である兵藤一誠も顔負けなほどに隙がない実力となっている。

 その黒歌を前にして呆然としているのは、何も敵のジャンヌやクー・フーリンだけではない。

 ―――その傍らで同じ戦線を共にしている土御門朱雀もまた、彼女の圧倒的実力に舌を巻いて驚いていた。

 朱雀もまた悪魔に成り立てとは言え、相当の実力を持っている。速度は木場祐斗にも負けず劣らずで、内に秘める封印の神器の扱いも徐々に慣れてきていて、ほんの数日前とは比べ物にならないほどの力を持っている。

 だが……それでも黒歌の実力は、現状の朱雀では追いつかないものと本能的に察したのだろう。朱雀はいまだ無傷を誇る黒歌を見て、苦笑いをした。

 

『そんなに悲観することはないよ、朱雀くん。君はまだまだ発展途上なんだからね』

 

 すると、彼の中の神器に魂の存在となって封印されている三善龍の一角、ディンが相棒である彼を気遣っているようにそう声を掛けた。

 ディンの意識の覚醒により朱雀の中の神器は本来の力を発揮し始めた。

 ディンの正義の考え方や人当たりの良さと、朱雀の根の素直さや優しさからこの二人の相性は良く、既に信頼関係が成立しているほどだ。

 そんなディンの気遣いに心の中で感謝をする朱雀は、ふと黒歌の様子を見る。

 ……確かに黒歌はジャンヌとクー・フーリンを相手にして圧倒している。それは間違いない。

 だが、黒歌はどこか心ここに在らずであった。

 ―――その理由は朱雀も良く理解している。

 それは黒歌の視線の先にいる存在が理由であった。

 そこにいるのは―――兵藤一誠であった。

 

「黒歌殿。あれは」

「わかってる。明らかにあれ、普通じゃない」

 

 いつもの猫口調でないのは、黒歌が本気で焦りを感じている証拠だ。

 二人の視線の先の一誠は、苦戦を強いられていた。

 それだけなら別に心配はない。なぜなら兵藤一誠は戦いの中で相手を見極め、戦い方を定め、そして相手を攻略していくからだ。それでこれまで多くの格上の強者を下してきた。

 だがそれは彼が万全であればこその話。

 今の兵藤一誠は、明らかに異常な状態に晒されていた。

 ―――鎧を解除し、腕にある白銀の腕だけを武装としていた。その周りには無刀とアスカロンが転がっているという状況。腕の腕の宝玉も残すところ後4つという状況であり、鎧を装着しない理由がないのは朱雀でもすぐに理解できる。

 しかも相手は敵の大将である安倍晴明を含め、ヘラクレスとメルティ・アバンセの3人。

 

「戦力が完全な状態のイッセーなら、あの三人を相手にしても何とかなる。でも、イッセーは鎧どころかフェルちんの創造の力も使ってない―――いくらなんでもありえない」

「……」

『黒歌ちゃん、君の言うとおりさ。あれは普通じゃない―――さて、敵は本当に三人なのかが疑問だよ』

 

 ディンの言葉に朱雀と黒歌はギョッと驚いた。

 それと時を同じくして、痺れを切らしたクー・フーリンが光の剣を片手に特攻してくる。

 黒歌と朱雀は突進するように特攻をしてくるクー・フーリンを避けると、クー・フーリンは追い討ちを掛けるように凄まじい俊敏性で体の角度を黒歌の方に向け、更に大地を蹴って飛び立つ。

 

「あんた、邪魔にゃん! 私はイッセーのところへ!」

「うるさいうるさいうるさいうるさい!! この僕が! 悪魔に劣るなんて絶対にあってはならないんだよ!! 輝きを増して、クルージーン!!!」

 

 クー・フーリンは手に握る光輝剣・クルージーンにそう怒鳴りつけると、すると剣は呼応するように光の輝きを増して、刀身が巨大なものとなった。

 それは黒歌が彼女たちと戦い始めてから最も出力が高いほどで、自分の身の丈の何倍もある刀身は黒歌へと向かって振るわれる。

 流石の黒歌もその出力を避けることは無理だと察知したのか、すぐさま防御魔法陣を展開してその一撃に耐えようとする。

 

「黒歌殿!?」

「こっちは大丈夫にゃん! それよりあんたはジャンヌの方を―――」

 

 黒歌の言葉を他所に、朱雀は自身の周りに不穏な空気を感じた。

 その嫌な予感に従い、朱雀はその場から飛び立つと、それまで朱雀の立っていた場所には聖剣が返り咲いて朱雀を突き刺そうとしていた。

 

「あら、いい反応ね。確実な隙を狙ったんだけど?」

「……ジャンヌ・ダルク」

 

 朱雀は小さい声でその名を呟く。

 聖剣を無限のように作り出す神器、聖剣創造(ブレード・ブラックスミス)。木場祐斗の宿す魔剣創造(ソード・バース)と同等の能力を持つ力を使い、ジャンヌは実にトリッキーな戦術を繰り広げる。

 対する朱雀もまた彼女に負けないテクニカルでトリッキーな戦い方をする。

 封龍の宝群刀(シィーリング・プレシャスブレード)は生前、ディンが封印してきたドラゴンの力の一部を使用者が使用できる神器である。

 更に極めれば生前にディンが行ってきたドラゴンの封印も可能であるほどのもの。

 あのアザゼルが「場合によれば神滅具として認定される可能性がある」と言わしめるほど可能性を持った神器だ。

 兵藤一誠でなければ、彼を騎士の駒一つで転生させることはできなかっただろう。

 朱雀は宝剣を両手で握り、ジャンヌにその剣先を向ける。対するジャンヌは特に構えることもなく聖剣を自身の周りに浮かせ、その剣先を全て朱雀に向けていた。

 

「―――封を解く。煉獄の火龍よ、焔焦がし溶かせ」

 

 朱雀は宝剣の赤い宝玉の封を解き、剣より煉獄の火龍を顕現し、溶岩にも似た炎で一斉掃射されたジャンヌの聖剣を一本残さず溶かしつくした。

 その光景を目の当たりにしたジャンヌは遠距離戦が不利と感じたのか、より精巧な一本の聖剣を作り出して朱雀に切りかかった。

 それに対してすかさず行動に起こしたのは朱雀だった。

 朱雀は緑色の宝玉を光輝かさせて、更に封を解くための言霊を呟く。

 

「―――封を解く。雷鳴の電龍よ、雷を帯び轟かせよ」

 

 朱雀によって顕現された電龍は宝剣に宿るように帯電し、雷を宿った宝剣でジャンヌの聖剣を迎え撃つ。

 ―――ジャンヌの聖剣が朱雀の宝剣に触れた瞬間、聖剣は四散する。バチッ! っという音で一瞬で壊れた聖剣をジャンヌは一瞬呆然とした。

 ……それが彼女にとっての命取りとなった。

 その一瞬で朱雀の宝剣の、翠色の宝玉が強い輝きを放つ。

 

「封を解く―――斬撃の死に風の龍よ、荒息吹け」

 

 それは朱雀の中の宝玉の龍の中でも一際強力なドラゴンが封じられたもの。

 その翼で仰がれた存在は否応なく切り裂かれ、そのドラゴンの動いた軌跡には必ず無数の大きな切り傷が生まれていたとされる龍。

 その龍が顕現され、暴風がジャンヌを包み、そして体中に無数の切り傷をつけて朱雀よりはるか前方に勢い良く落下した。

 

「かはっ……ッ。はぁ、はぁ……、ちょっと、舐めていたわ」

 

 ジャンヌは体のあちこちからあふれ出る血のせいで体力が奪われたのだろう。息が多少切れていた。

 しかしその目に宿る戦闘を続けるという意思はまだ消えていない。

 

「そうね。あなたも曲がりなく兵藤一誠の眷属だものね。彼の眷属が、弱いはずがない―――ならば本気を出すしかないかな」

 

 ジャンヌは目つきを鋭くし、自身の周りに無数の聖剣を次々と創っていく。

 その聖剣は白い光に包まれ、そしてジャンヌの上空に剣が集結して一つになる。剣の塊は全て一つの光として何かを形作り、そして―――

 

「これが私の禁手化(バランス・ブレイカー)―――断罪の聖龍(ステイク・ビクティム・ドラグーン)

 

 ジャンヌは、自身の神器を禁手に至らせた。

 彼女の真上上空に浮かぶのは10メートル強の大きさまで肥大化した、ジャンヌの聖剣によって形作られた剣のドラゴン。

 それはまるで意思を持つようにジャンヌの周りに纏わりつき、朱雀を威嚇する。

 

「聖剣によって作られた龍……」

『……気をつけて、朱雀君。あれ、さっきまでのレベルが違うよ』

 

 ディンはその聖剣の龍を見て何かを察したのか、朱雀に注意するように勧告する。

 もちろん朱雀もその意見には同意しており、すぐさま聖剣の龍を葬るため、風の龍を顕現して対象に向けて放った。

 しかし―――その風の息吹は、聖剣のドラゴンによって掻き消される。

 聖剣の龍はただの初動で風を掻き消し、更に翼を一度羽ばたかせただけで風を押し返し、更にこぼれた聖剣の一部を朱雀に対して放った。

 それは目にも留まらぬ速度で朱雀に放たれ、呆気を取られていた朱雀はそれをかじろうて避けるも、避け切れず横腹を抉られる。

 朱雀は苦痛に表情を曇らせるも、すぐにジャンヌを睨む。

 

「ただの神器の性能ではあなたには勝てないわ。でも禁手なら話は別―――さ、いくらでもドラゴンを顕現していいわよ? その全てを斬りおとしてあげる」

「……封を解く―――」

 

 朱雀は、宝剣の幾つもの宝玉を輝かせて聖剣の龍へと挑む―――

 ―・・・

 赤龍帝一同が先頭真っ只中、そんな時に前線を離れて一人護衛任務を果たしているのはエリファ・ベルフェゴールだ。

 本来彼女の護衛対象は兵藤夫妻であるが、突然の転移によって彼女は兵藤まどかとはぐれた。

 そして自身と共に転移された兵藤謙一を守りながら目的地である二条城に向かっていた。

 そして視線の先に最前線を捉えた時、彼女と兵藤謙一を謎の集団が襲ったのだった。

 全方位を囲む謎の集団を前に、エリファが取ったのは完全防衛であった。

 攻防一体のエリファは攻撃も防御も優れている。敵が格下であればたとえ一日中攻撃をされても崩壊することのない防御魔方陣を展開しながら、現在の戦況を冷静に見据える。

 ―――自身の眷属であるミルシェイド・サタンと霞の所在は現状、彼女は掴んでいた。

 だがその救援を望むことは絶望的であることも同時に理解していた。

 ミルシェイドと霞は今、この空間とは切り離された別の空間に囚われている。エリファの想像だとそれは英雄派の一員の仕業だろうと考えているが、更に英雄派の幹部クラスの仕業というのが彼女の評価だ。

 ミルシェイドはともかく、エリファの騎士である霞は駒を二つ消費の下僕だ。

 隠密に優れ、察知に優れ、冷静沈着な彼女を捕えることのできる存在がいることに驚いているエリファ。

 ……今、二人を捕えているのは英雄派の神器使いの一人。

 幻映影写(ドリームライク・カース)と呼ばれる神器の、更にその禁手である永久に包まれた幻想郷(パラセレネ・ユートピア)という力に囚われているのだ。

 対象を術者の作り出した空間に閉じ込め、そこで幻術や幻影を間永久的に見せ続けるという能力。直接的攻撃力はないとはいえ、精神を壊すことに特化した能力は恐ろしいものだ。

 更にその空間では数時間が数日に感じるほど体感時間と現実時間が異なっており、二人は囚われてからその空間で数日という日々を苦痛で囚われていることになる。

 もちろん、そんなことをエリファは知るはずもない。彼女ができるのは自分の眷属を信じることだけ。

 ゆえに彼女は、現実だけに目を向けていた。

 

「エリファちゃん。彼らはその、英雄派という奴なのか?」

「……恐らくは違うでしょう。英雄派は私の感じたところでは、彼らなりの正義の元で正々堂々我々と相対するはずです。ですがこの周りの敵は確実に下種に近い分類―――何の目的に私たちを狙うかはわかりませんが」

 

 いまだ、エリファの謙一を囲んで攻撃を仕掛けてくる敵を睨み、少し溜息を吐くエリファ。

 しかしそんなことで軋むほどエリファの力は甘くはない。むしろ全く影響がないと言っていいほど、エリファにとって囲む敵は弱者であった。

 

「恐らくはガルブルト・マモンが所属する一派の一員でしょう。感じる限りでは、敵は悪魔だけでなく堕天使やそれ以外の何かもいます―――私の盟約が兵藤夫妻の護衛なので、下手に攻めに転じることができないのが痛いところです」

「……俺がいるせいで、か」

「―――いいえ。それにあなた方が戦場にいてくれてよかったくらいです。なぜならこの集団が狙っているのは私ではなく、あなたなのですから」

「それは……」

 

 エリファの予想は確かに当たっていた。

 エリファがなぜその結論に至ったかといえば、それは彼らの攻撃方法に謎があったからだった。

 彼らが狙うのは執拗にエリファのみ。本来、非戦闘要因である謙一を狙えばエリファがそれを庇い、そのときに隙ができるというのは一目瞭然だ。

 だがそれをしないというのは謙一の身柄を目的としている他ならない。

 そうなれば、もし謙一やまどかが戦場について来なければエリファがいないところで拘束された可能性だってゼロではないのだ。

 その点でまどかが自分の近くにいないという一抹の不安も残るが……エリファはそれを考えつつ、視線の先にいる最前線の皆を注目する。

 

「……敵は英雄派の幹部が全員。更に英雄派のアンチモンスターを創る神滅具の少年によって創られた怪物。現在、その怪物はイリナとゼノヴィアで対処し、非戦闘要員の護衛をしています」

「……一つ、聞きたい」

「なんですか?」

 

 エリファと同じく、視線を前方に向ける謙一が、震える肩でエリファに尋ねる。

 

「イッセーは、普段から丸腰で戦っているのか……?」

「……いいえ。彼はほぼ全ての戦闘を神器の鎧を纏って戦っています。更に加えて創造の神器を重ねて使い、様々な手札から最適解を出して的確な戦闘をする……はずなのですが」

 

 謙一の先にいる一誠は、苦戦を強いられていた。

 謙一の目から見ても今の一誠の状態は異常の一言に尽きる。それはエリファも同意見だ。

 普段の武装がほとんど解除されている状況を見れば、彼を少しでも知る存在であればそれが異常事態ということはすぐに理解できるだろう。

 

「……俺の大切な家族が、傷ついている」

 

 謙一は、小さな声で呟く。

 一誠は何とか食らいついているとはいえ、明らかに不利な状況だ。

 それもそうであろう。妖刀と同調し、仙術を使いこなし、更には神滅具までもを宿している晴明の相手だけでなく、全身凶器のヘラクレスとメルティ・アバンセの相手を同時にしているのだ。

 更に鎧はうまく機能せず、頼みの綱のフォースギアとのリンクまで切れ使用不可。残る武装が回数制限付の双龍腕だけでは戦闘が慎重にならざるを得ない。

 助力の伝もなく、八方塞りと言ってもいい。

 もちろん謙一にそんなことを知る由もないが、ただ謙一の中には「兵藤一誠が傷ついている」という事実だけが痛いほどに響いていた。

 それは無意識に拳を握りしめ、あまりもの強さに爪が掌に食い込み流血してしまうほど。

 端的に言えばそれは―――怒りと、悔しさ。

 それは敵に対しての怒りと、自分に対しての怒り。何もできないことに対する悔しさ。

 謙一は、決して目を背けずに一誠を見る。

 

「……それは暗に、私に助けに行けと言っているのですか? それでしたら承りかねます。私は魔王、サーゼクス・ルシファーの命を受けてこの京の町に馳せ参じました。あなた方の護衛は絶対であり、それを遂行するために確実な道を私は取ります」

 

 エリファは揺るがない眼でそう断言する。

 ……謙一だって、そんなことは当に理解していた。自分には一切の力がないことくらい。

 ただ守られるだけの存在。それがどうしようもなく、彼の心を蝕んだ。幾ら自傷の言葉を自らに掛けても、どれだけ自分を責めても消えることができない。

 自分の身などどうなってもいい。どうだっていい。家族を守れるくらいならば。

 

「……ああ、そうだろうな。君の目は、例えどうにかしたくても自分に対して冷たくなれるヒトのそれだ。わかっているんだ、どうしようもないくらい……ッ!!」

 

 拳から砕けると思うほど、謙一は地面を殴りつけた。

 それをしてもただの八つ当たり程度のものにしかならないことも、彼は理解していた。

 でもその感情の行き所がなく、霧散しようとしても霧散しない消えない感情が永遠と渦巻く、

 ……こんなことは、一度や二度ではなかった。

 ―――兵藤謙一の人生は、後悔ばかりであった。

 

「……俺は、傷つくイッセーを救うことが一度だって出来なかった」

「なんとかしたいと思っても、その力がなかった。真正面から向かい合っても、あいつの本当の気持ちを理解することができなかった」

 

 彼の後悔は小さな頃に遡る。

 それは実父との最後の会話。彼は仕事で授業参観に来れなくなった父と口論となった。

 謙一の父はヒトの命を守る消防士であった。元々非番であった彼は突然の家事に駆り出され、そのときに謙一と口論となったのだ。

 そのとき謙一は言ってしまった。父の手一つで育てられ、中々一緒にいられない父に対する愛情の行き場がなく、彼は言ってしまったのだ。

 ―――父さんは、僕より他人のほうが大切なんだ、と。

 子供ながら言ったその言葉に、父は泣いていた。もちろん表面には出ず。心の底で。

 謙一の父はそんな謙一の頭を撫でて、ただ一言言ったのだ―――行ってきますと。

 そして……彼は帰ってこなかった。

 火事現場で、自分の息子と同じくらいの年頃の子供を救うために、命を掛けて。

 彼の同僚の隊員は彼を見取り、最後の彼の言葉を謙一に届けた。

 それは―――

 

「―――家族を守れるくらい、強い男になってくれ。俺は、この世で一番尊敬する親父に、そう言われた。そして誓ったんだっ!!」

 

 後悔はまだあった。

 まどかを救おうと思ったのに、空回って彼女を更に傷つけたことがあった。

 一誠の出産に間に合わず、まどかに土下座をしたこともあった。

 たくさんの後悔の中で、ただ謙一は後悔だけでは終わらせたくなかった。

 親との離別で、家族を守るくらい強くなると誓った。

 まどかを傷つけたなら、傷つけた分を帳消しにするくらい彼女を愛そうと。

 出産に立ち会えなかったから、その後のことを必死に支えようと。

 ―――しかし、一つだけ後悔しただけのことがあった。

 それは……一誠だった。

 彼の最大の後悔は、傷つく一誠を救うことが出来ず、自分には何も出来なかったことだ。

 悪神ロキによって一誠が傷ついたとき、謙一は何も出来なかった。

 危険な戦いに向かう一誠を、ただ待つことしかできなかった。

 ……彼の居場所でしかなかった。

 

「……そうですか」

 

 エリファは謙一に目を向けない。

 見て、られないのだ。

 目も入れられないほどに謙一は痛々しかった。

 赤く滲んだ拳で地面を赤く濡らし、悔し涙を流す大の大人を。

 格好もなく、鼻水を垂れ流して泣く大人を。

 ―――でも不思議と、それを汚いと思わなかった。

 むしろ謙一を格好悪くも格好良いと思ってしまった。

 ……ああ、紛れもなく、この男は兵藤一誠の親であると。

 キュン、と……心が締め付けられる。

 エリファにとってそれは人生で二度目の出来事だ。

 一度目は兵藤一誠をはじめて見たときの愚直さ。それに憧れ、傍で歩みたいと思った。

 

「……本当に、あなたたち親子はとんだ女泣かせです」

 

 ボソッと、エリファが呟く。謙一には届いていない言葉。

 ……謙一は立ち上がる。

 

「……君が止めることなんて理解した上で、こう願う―――行かせてくれ、俺を」

「駄目です。そんなことをして、何になります?」

「わかってる。俺が何の戦力にもならないことくらい」

 

 謙一は魔方陣によって作られたドーム上の空間の壁に触れ、真っ直ぐに一誠を見た。

 

「……俺がいなくなることで、君は自由に動くことが出来る。親だからわかるんだ。君はイッセーのことを好ましく想っている。本当ならば、私を放ってイッセーを救いに行きたいと思っているんだろう?」

「たとえ私がそう思っていても、絶対にしません。あなたは私の護衛対象であり―――」

 

 エリファがそう言おうとしたときだった。

 ―――エリファの視界が、途端に真逆になった。

 彼女はその事実に気づいたとき、彼女は謙一によって投げ倒されていた。

 一瞬、彼女は自分の身に何が起きた分からなかった。

 まさか自分が人間である謙一に投げ飛ばされるなんて考えていなかった。だからだろう―――彼女は、気づいたときには魔法陣を解除していた。

 それにすぐに気づいたときには既に謙一は外へと走り去っていた。

 

「―――あ、あなたは馬鹿ですか!?」

 

 エリファは謙一のあまりにも無謀な行動に、らしくもない年相応の焦った声を上げるも、既に謙一は行動に移している。

 あまりにも突然のことに敵も謙一に反応できていないことが唯一の救いであるか。

 いち早く反応した敵も、謙一の武術にあしらわれてエリファと同じように地面に倒されていた。

 

「ああ、自分でも馬鹿さ加減は理解している!! ただそれでも、俺は行かねばならん!!!」

 

 それは彼が兵藤謙一だから。

 兵藤まどかの夫で、兵藤一誠の父がこんなところでずっと泣いているわけにはいかない。

 謙一の人間離れした身体能力と武術の心得で、自分を捕えようとする敵を避けて一歩、また一歩と一誠に近づく。

 ―――しかし、終わりは来た。

 幾ら武術に精通していても、人間離れしていても……彼は人間であった。

 謙一の動きを止めたのは肩に刺さる一本のナイフ。

 体中黒ずくめの、隠密行動を得意とする敵を前に、彼は地に伏した。

 

「―――ッッッッッ!!!!?」

「……ばか、め。おれが、ぼくがいるの、にのこのこのこ、と……」

 

 暗殺者のような男は、倒れる謙一に近づいてくる。

 その手には謙一の肩に刺さるナイト同じものが握られており、暗殺者はそれを謙一の喉に添えた。

 ……しかし謙一は、たかが一度の転倒で諦めるほどお人よしではなかった。

 決してスマートでも、美しいという言葉が似合う男ではない。

 むしろ泥臭いという言葉が良く似合う男だ。

 ……諦めが悪いのだ、つまり。

 兵藤一誠の父である彼は、息子よりも頑固で強情で諦めが悪い。

 暗殺者はそれを理解していなかった。

 暗殺者が不用意に謙一の近くに近寄ったとき、即座に暗殺者の視界は一回転する。

 これには暗殺者も驚きだったのだろう。まさか麻痺毒の塗られたナイフを受け、謙一が動き出し、なおかつ技を自分に掛けてくるなど露ほど考えていなかった。

 暗殺者は可笑しいほど簡単に地面に伏し、そして次の瞬間―――四肢の関節を全て抜かれた。

 

「―――!?!?!?!?!?!?」

 

 暗殺者は声にもならない声で突然の出来事にのた打ち回るが、謙一は一々そんなことを気にしていられる状況でもない。

 暗殺者の隣を通り過ぎて、謙一は歩みを進めた。

 

「……悪いが、俺は、先を……急がせて、もらうぞ……」

 

 謙一は今更ながら回ってきた麻痺毒に犯されながら、それでも一誠に近づいていく。

 額から留め止めもなく嫌な汗が流れ、視界も朦朧とする中で、彼は真っ直ぐ歩き続けた。

 

「―――ッセー」

 

 口まで麻痺毒が回り、うまく声が出ない。

 だが、謙一はそれでも喉を鳴らし、声が枯れるのではないかと疑うほどの大声を上げた―――

 

「―――イッセェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!!!!!!!!!」

 

 ……その声が戦場に響いた時、彼はその場に倒れた。

 最後の力を使い果たし、指一本を動かせない謙一。

 ……あの麻痺毒は、悪魔などの異常側の動きを止める用のもの。人間であれば、秒を待たずともすぐさま体が動かなくなるほどの毒なのだ。

 それでも謙一は動いた。その執念、根性と言ったほうがいいか。

 それはほとんど誰の目にも入っていないものだろう―――ただ一人を除けば。

 

「―――あなた、本物の馬鹿ですか?」

 

 倒れる彼の傍に寄るエリファ・ベルフェゴールは、頭を抑えてそう言うしかなかった。

 当然だ。ただの人間が、あれほどの敵を前にあしらい、しかも麻痺毒に犯されながらも暗殺者を戦闘不能にしたのだ。

 それでもなお、前に進もうとしている。今も、変わらず。

 その意思は目を見れば理解できる。エリファは思った。

 ―――このヒトならば、と。

 

「兵藤謙一。あなたに私から選択肢を差し上げましょう」

「―――」

 

 謙一は声に出さず、目線だけをエリファに向けた。

 

「選択肢①、ここで何も出来ず、息子が傷つく様を見ているだけ」

 

 エリファは人差し指を突き出し、空中に光の文字を浮かばせる。

 

「選択肢②、私があなたの麻痺の治療をして、また馬鹿の一つ覚えのように駆け出す」

 

 エリファは中指も突き出し、二つ目の選択肢を示す。

 ……謙一は言葉を話せない。

 だがその心の中でもう一つ、選択肢があることを確信していた。

 謙一が確信していることをエリファも理解し、彼女は小悪魔らしい微笑を浮かべる。

 エリファは膝を落とし、その美しい相貌で真正面から謙一と向き合った。

 その手には―――があった。

 

「選択肢③―――私のものになること」

「―――」

 

 謙一はエリファの言葉に目を見開く。

 彼は一瞬、何を言われたのか理解できなかった。

 ……だが彼女が悪魔であること、そして彼女の手にある―――を見てすぐに理解する。

 

「この選択肢を選べば、あなたはきっと大切なものをまとめて救うことができるでしょう。あなたは心の底から求めるものを手に入れる代わりに、それと天秤にかかるほど大切なものを失う―――選びなさい、兵藤謙一」

 

 宙に浮かぶ二つの光文字の選択肢と、エリファの手の中にある―――。

 謙一は言葉を出すことが出来ない。

 ……兵藤一誠は、懸命に傷つきながら戦っていた。

 彼を見守ることしか出来ない兵藤まどかは、自分の無力さから涙を流していた。

 ……謙一は揺れている。エリファの言葉の意味を理解しているからこそ、ほんの少し戸惑った。

 この選択肢を選んで、自分には後悔はない。だが残されたまどかはどうだ? 一誠はなんと言うだろう、と。

 ―――視線の先の一誠は、ヘラクレスのミサイルをまともに受けて血反吐を吐く。

 メルティ・アバンセの爪を避けた結果、その先の晴明に蹴り飛ばされた。

 

「―――っ」

 

 動かないはずの謙一の手が、腕が、体が動く。

 

「―――が、―――っ……ッ!!」

 

 声が、響く。

 エリファはその光景を見て鳥肌が立った。こんなことがあるのだと、心底、兵藤謙一に畏怖を示した。

 漢は、立ち上がる。

 その目には闘志が、消えることのない炎が燃え盛っていた。

 その手はエリファの手元に伸び、そして―――を、確かに握っていた。

 そしてその上で、謙一は明快な声で

 

「―――俺が」

 

 全てを捨てる覚悟を以って

 

「―――家族を守る……ッ!!」

 

 

 たった一つの願いを胸に、兵藤謙一は―――

 ―・・・

 戦況は一変した。

 木場祐斗はジークフリートとの接戦の末、互いに凄まじい傷を負いながらの壮絶な死戦を繰り広げる。

 兵藤一誠は翻弄されながらも善戦する。

 だがもう終わりは近かった。

 

「く、そ……僕のほうが、先に……」

「はぁ、はぁ……っっ。末恐ろしいよ、君は……木場祐斗くん」

 

 そこには木場祐斗がジークフリートに敗北する姿があった。

 

「さぁ、もう終わりだ。兵藤一誠」

「いっくぜぇぇぇ、こいつで仕舞いだぁぁぁ!!!!」

 

 そこには、断崖絶壁の危機に追い込まれた兵藤一誠の姿があった。

 ジークフリートは倒れ伏している木場祐斗に魔帝剣グラムを振るう。

 ヘラクレスは体から無数のミサイルを生成し、兵藤一誠に向かって放つ。

 ……この戦線を支える二人の柱が、散る。

 それは赤龍帝陣営の敗北を意味するだろう。

 ―――だが、言ったはずだ。戦況は、一変したと。

 

 

「―――なぜ、お前が」

 

 ジークフリートが振り下ろした魔帝剣グラムは、防がれていた。

 それは木場祐斗の手ではない。―――その剣は堕ちた聖剣であった。

 絶望の底に堕ち、それでも大切なものを守ろうとしたある男が扱う。そんな剣であった。

 

「―――んぁ? おい、おっさん。てめぇ、何してやがる?」

 

 ヘラクレスのミサイルは決して、兵藤一誠に届くことはない。

 たったの一つも残さず、全てを落とされる。

 ―――否、落とさなければならない。

 たとえ命を賭してでも、その男は守ると決めたのだから。

 その拳で、大切な―――家族を、守ると。

 

「―――いやっほぅ、ジークのあにきぃ~。それにイケメンくんもおひさだねぇ~……。あらま、倒されちゃった? 俺、あの時に言ったっしょ? いつか俺が潰すって。だから、先に潰されたら困るんだよね~」

「ど、うして……君が」

「まーまー細かいことを気になさんなって♪」

 

 その白髪の青年は、いつも通りの飄々とした声音と態度で、しかしその瞳の奥には木場祐斗の知らない『彼』がいた。

 

「さぁて、んじゃイケメンくんはちょっと回復したら戻ってきなよ~? あとはまぁ―――この外道神父、フリード・セルゼンにお任せよ」

 

 

「何をしている? そんなこと決まっているだろう―――それはそうと、貴様。貴様、一体何に手を出しているのか理解しているのだろうな?」

「ま、てよ……どうして、―――が」

 

 その強靭な肉体で兵藤一誠を守る『彼』は、いつもとは違う恐ろしいほど低い声音で、大切なものの敵を睨みつける。

 

「どうして、か―――そんなこと、お前が一番良く理解しているだろ。イッセー」

 

 先ほどとは打って変わって、朗かな笑顔を浮かべる男。

 男は一誠の頭を撫でる。

 

「良く頑張ったな―――さすがは、俺の息子だ!!」

 

 ―――大切なものを守るため、兵藤謙一が立ち上がる。

 全てを守るために、二人の男がこの戦場に参戦した。


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