ハイスクールD×D ~優しいドラゴンと最高の赤龍帝~   作:マッハでゴーだ!

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第5話 土御門と邂逅

「へぇ、僕がいないところでいろいろあったんだね」

 

 修学旅行二日目の朝。

 俺たちの泊まるホテル(グレモリー家経営)の一回、食事広場にて俺は祐斗と共に朝食をとっていた。

 食事自体はビュッフェ形式で席は自由。

 俺は起きた時間が早かったからか、周りにはチラホラと生徒が見えるほどしかおらず、俺の前の席には祐斗しかいない。

 

「ああ。まさかこんな事態になるなんて予想もしてなかったけどな」

「それは僕の台詞さ。何せ、禍の団の英雄派と接触しただけでなく土御門、更に妖怪と接触した上に……」

「ガルブルトに襲われた、って言われたら驚くよな。普通」

 

 俺がそういうと、祐斗は苦笑いをしながらティーカップに指を絡めた。

 

「僕は心配だよ。イッセー君はただでさえ厄介ごとに巻き込まれる。でも今回は些か異常すぎるレベルだ」

「そうだな。曹操に清明、ガルブルトやメルティ……。恐らくこの修学旅行はただでは帰れない」

「……しかも僕たちは今、王が不在の眷属だ。いくら君やアザゼル先生、ガブリエル先生がいるからと言っても不安が残るよ」

 

 祐斗の言ってることは最もだ。

 確かに今だベールに包まれる英雄派に、ガルブルトのいる謎の派閥。

 ガルブルトを手駒として使うのが何よりも恐ろしい。

 あいつと再戦して理解できたことがある―――あいつは、恐ろしく厄介だ。

 初めて奴と戦って勝てたのは、状況が有利だったから。

 ……あのときは俺の周りには小猫ちゃんと黒歌しかいなかった。

 だからあいつの性質である「周りの人物から強制的に魔力を強奪する体質」がうまく機能しなかった。

 だから俺は手負いでも奴を倒せた。

 でも万全の状態のあいつは、本気でなくともあの強さを見せた。

 ……もっと対策が必要だよな。

 そんなことを考えていると、突如誰かが俺の後頭部にコツンと小突いた。

 俺はそちらを見ると、そこには……

 

「おいおい、修学旅行で花のねぇ話してんじゃねぇよ」

「そうですね。もっと恋バナをすれば良いと思いますよ?」

 

 ……トレーに料理を乗せたアザゼルとガブリエルさんがいて、二人は俺たちの隣のテーブルに座った。

 

「花がないとはなんだよ。これでもこっちは色々と警戒をしてでだな」

「それだよ、それ。確かに状況はあまり良くはねぇ。でもな? お前らはまだまだ餓鬼だ。そんな難しいことは俺やガブリエルが考える。一応、運良くこちらに強い味方もいるからな。だからお前らは高校生らしく、楽しめる時に楽しんどけ」

「いつ開戦するかも分からないのですもの」

 

 それ以上、二人は何も語らない。

 ……俺らを思ってのことなんだろう。

 その点に関しては感謝する。

 それでも―――

 

「俺はリアスやソーナ会長にみんなの事を任された。だから、やっぱ他と責任感が違うんだ」

「でもな、イッセー。お前はそれ以前に俺の生徒だ。だからお前を含む全部を護るのは俺の―――」

「―――そいつは、俺の役目だよ。だって俺が上級悪魔になったのは、そのためなんだからさ」

 

 決して揺るがない。

 それだけは決して、どんなときでもぶれずに俺を構成しているものだから。

 それが強迫観念や後悔からのものだとしてもさ。

 

「……ふふ。アザゼル、諦めなさい。イッセーくんは物分りが良いですが、誰よりも頑固なのです。もちろん、あなたよりも」

「ちっ……わかってんよ、そんくらい」

 

 アザゼルは俺の言葉に半分呆れながら、やはりな、という顔をしていた。

 

「仕方ねぇ。実際に俺やガブリエルだけでは不安は残るだろう。それに今回来ている悪魔たちの精神的支えは紛れもねぇイッセーだ」

「そうですね。ならばアザゼル。イッセー君に例の会談に同席させては如何ですか?」

 

 ガブリエルさんは意味深にそう言った。

 その言葉にアザゼルは神妙な表情を浮かべ、少し思考してすぐに頷いた。

 

「そうだな。イッセー、この後少し時間はあるか?」

「あ、ああ。次のイベントまでまだ2時間くらいはあるからな」

「それで十分だ。今から俺とガブリエルはとある人物たちと会談をしにいく。もちろん京都で暗躍している禍の団に対してのことが議題だ」

 

 アザゼルはトレーにある料理を平らげ、さっと立ち上がる。

 

「とある人物?」

「お前も良く知る人物だ―――魔王少女と妖怪の長との会談だ」

 ―・・・

 ホテルの近くに建てられている超高級料亭。

 そこの一室に俺とアザゼルとガブリエルさんはいた。

 円卓テーブルの四方向にはそれぞれにアザゼル、ガブリエルさんが座り、それ以外のところに目的の人物。

 四大魔王の一角、セラフォルー・レヴィアタン様と妖怪の長である九尾の狐、八坂さんがいた。

 二人とも正装に着替えており、当の俺は一応悪魔ということでセラフォルー様の後ろに控える。

 

「あ、お久しぶりだね☆ 赤龍帝くん!」

「そうですね。以前の上級悪魔の儀以来ですか?」

「うん! あ。あのときはすっごくかっこよかったよ! ものすっごく尖ってた☆」

「そ、それはかっこいいって言ってもいいんですか?」

 

 なんて軽口を挟みつつ、俺は八坂さんの方をチラッと見る。

 ……外には鴉天狗を筆頭とした妖怪の中でも猛者が八坂さんの護衛として見張っているらしい。

 それはともかくとして、俺は八坂さんの近くにチョコンと立っている小さな女の子を見た。

 髪色は八坂さんと同じで綺麗な金色、巫女服のような服を着ていて、チビドラゴンズとあまり年齢は違わないか?

 俺の予想では八坂さんの子供であるってのが妥当なところなんだろうけど……っと、こちらをさっきからチラチラと見ているな。

 

「八坂さん、その子は?」

「おお、赤龍帝の。紹介が遅れて申し訳ない―――この子は九重。妾の一人娘じゃ。ほれ、九重」

「う、うむ!」

 

 九重と呼ばれた女の子は緊張からか、少し硬い表情でこちらを見てきた。

 ……年端もいかない女の子が、こんな場にいて緊張するなって方が無理な話だよな。

 

「わ、私は九重と申す! せ、赤龍帝殿のことは母様から聞いているのじゃ! こ、心から感謝を―――」

 

 俺はさっと九重の元に寄って、彼女の頭を軽く撫でる。

 恐らくこの場に九重がいるのは八坂さんの計らいだろう。

 ……自分が謎の連中に連れ去られそうになったとあれば、娘を想う母ならば近くに置くのは当然だ。

 ……だからこそ、この子の周りはピリピリとした雰囲気だったと思う。

 子供っていうのはその場の雰囲気でストレスを感じたり、緊張したりする敏感な存在だ。

 ―――なんてこと言ってると、ますますお兄ちゃんドラゴンって言われるんだろうな。

 

「九重っていうのか、君は。俺の名前は兵藤一誠。そんな堅苦しくなくて、もっとフランクにイッセーでいいよ」

「じ、じゃが……ふにゃ!?」

 

 九重が更に物申そうとするので、俺はチビドラゴンの相手をするように頭をくしゃくしゃと撫で回した。

 

「な、何をするのじゃー! 母様に整えてもらった髪が乱れるのじゃー!」

「あはは、ごめんごめん―――そうだよ。それくらい騒がしいくらいが子供は可愛いんだからさ」

 

 俺はくしゃくしゃになった九重の髪を直すように手ぐしをして、九重にそう諭すように言った。

 九重ははっとするような表情をしながら、直された髪の毛に手を当てる。

 その光景を見る周りは生暖かい気がするけど、まあいいや。

 

「そ、その……わかったのじゃ、イッセー!」

「そうそう。よろしくな、九重。あ、八坂さん。九重にお菓子をあげてもいいですか? 人間のものは身体に合わないとかは……」

「……ふふ。赤龍帝殿、別に構わんよ」

 

 八坂さんは驚くも、すぐに微笑みを浮かべてそう了承する。

 すると俺は鞄の中に入れていた、チビドラゴンズに修学旅行に行く前に貰った大きなペロペロキャンディを手渡した。

 

「ほら。今からの会話は九重にとっては退屈なものとなるから、これでも食べて暇を潰そっか」

「え、でも……」

 

 九重はそれを貰ってもいいか分からないからか、八坂さんの方を不安そうに見つめる。

 そんな娘に八坂さんは優しく頷き、九重は恐る恐るキャンディーを俺から受け取った。

 それを物珍しそうに見つめながら、九重は可愛らしくはにかんでお礼を言ってきた。

 

「ありがとなのじゃ、イッセー!」

「ああ、どういたしまして」

 

 ……ふむ、やはり子供は可愛いな。

 この子に対しては対チビドラゴンズと同じ対応をしてしまうせいか、異様に接していて癒される!

 さっきまでの緊張も解れたみたいだし、これで少し安心できたならいいんだけど。

 

「話には聞いていたが、ここまでとは思っておらんかったよ。九重が初対面でこんなに懐くとは珍しいものじゃな」

「あれが悪魔が誇るお兄ちゃんドラゴンだぜ? 妖怪の方にも兄龍帝・お兄ちゃんドラゴンを放送開始させたいんだが、どうだ?」

「うむ、それは是非ともじゃな」

「…こらこら、ここにはそんな交渉をしに来たわけではないのですよ?」

「むむむ、ホント最近子供達の人気が赤龍帝ちゃんの方に流れて困ったものなのよ! あ、でも私も一ファンとしてコラボとかしたいなー、なんて!!」

 

 なんか大人の方々が色々な思惑を張り巡らしているようだ。

 まあそれはともかくとして……

 

「―――んじゃ、会談を始めようぜ」

 

 しばらくしてからのアザゼルの一言で、四勢力による緊急会談が始まった。

 ―・・・

 会談の議題はもちろん、先日の禍の団による襲撃事件のことだった。

 実際に禍の団に連れ去られそうになった八坂さんに、英雄派のトップの一角、清明と邂逅した俺。

 この京都で良からぬことを企んでいる禍の団の対策と、それに伴う双方の協力関係を結ぶための会談……ってところか。

 

「い、イッセー……む、難しいのじゃ! こ、これも私の無能さのせいなのか!?」

「いや、違うからな? 九重はその年にしてはすごく頭がいいよ?」

「あ……イッセーのナデナデはすっごく優しいのじゃ〜」

 

 ―――ちなみに俺は話を聞きつつ、この場において場違いとも言える九重の面倒を見ていたりする。

 今は用意して貰った椅子に俺が座り、膝の上に九重が座っているほど仲が良くなっている。

 まあ俺もその分可愛がっているんだけどな。

 ……これはチビドラゴンズに匹敵する愛くるしさかもしれない。

 あの三人とはまた違うタイプの可愛さを発揮してるな!

 

「……んとまあ、あそこがアットホームしてる間に話は纏まったな」

「そうね☆ それも踏まえてこちらからの要求と、そちらの要求を提示しましょう!」

「うむ。こちらは要求は定まっているのじゃ」

 

 アザゼル、セラフォルー様、八坂さんの考えは纏まったようだ。

 なお俺は九重の尻尾をモフモフしながら九重と戯れる。

 

「では我々三大勢力からの要求を私から申し上げます。妖怪の方々による支援、が主となります。この京都が戦場になることも考えられ、その場合の人民に対する被害を出来うる限りなくすための協力をお願いしたいのですが……」

「無論、快諾しよう。妾も同じ考えであるからのぉ」

「ありがとうございます。それともう一つなのですが、今後の妖怪と我々のことでの―――」

 

 それからガブリエルさんは今後の三大勢力と妖怪との友好関係についてを八坂さんに伝える。

 八坂さんは何度も首を縦に振って頷く。

 そしてひとしきりガブリエルさんの話を聞いた後、次は自分というように話し始めた。

 

「ふむ。我々としてもそなたらの協力を惜しむ理由はない。もちろんそちらの要求は全て呑もう―――じゃが、こちらはそちらよりも要求が多い」

「へー、そーなの?」

「うむ。今京都で起こっている緊急事態は、妾たちだけでは解決は不可能じゃろう。故にそのあたりの要求が増えてしまったのじゃ」

「問題ない。言ってみてくれ」

 

 八坂さんの言葉にアザゼルは同意をするようにそう催促した。

 

「うむ。まず一つはおぬし等と同じで、我々に協力を要請すること。次は……九重のことじゃ」

 

 八坂さんはそこで俺と戯れる九重を見た。

 焦点を当てられた九重は途端にビクッとして先ほどと同じように緊張しそうになるも、俺はすぐに頭を撫でてあげて緊張を和らげた。

 

「なぜ妾が彼奴らに狙われたと考えてみた。その一つの答えが、『妾が九尾の狐』であるからじゃ」

「その狙いで自分が狙われたと考えるなら、もしかしたら娘も狙われるのではないかって考えたわけか」

「そうじゃ。妾はまだ自分を守る術はある。しかし九重はまだ生まれて間もない子供じゃ―――この問題が片付くまで、九重をお主らに預けたいと考えておる」

 

 ……その瞳は他の誰でもない俺に向けられているような気がした。

 八坂さんの意見は最もだ。

 母親が狙われて、娘が狙われない確証なんてどこにもない。

 何よりガルブルトはそんな外道をする存在だ。

 ……俺は手元にいる小さな九重を見た。

 

「……九重。辛いのは分かっておる。じゃがこれはな? 妾としても予想外のことなんじゃ。どうかそれを分かっておくれ」

「母様……」

 

 こんなときに一緒にいることのできないことが悔しいのか、八坂さんは申し訳なさそうな顔で九重を見る。

 当の九重は少し俺の手を強く握り、不安そうな上目遣いで俺を見てきた。

 ……俺って子供に弱いんだよ。

 こんな不安そうな目をする小さな子供を、放っておけるはずがない。

 お兄ちゃんドラゴンを成り行きとはいえ、やってるんだからさ。

 ここで九重を不安のままにしたら、お兄ちゃんドラゴン失格ってもんだ。

 

「―――大丈夫ですよ」

 

 至って、いつも通りの台詞だ。

 その言葉に誰よりも驚いたのは八坂さんで、少し笑みを浮かべるのはアザゼルとガブリエルさん。

 九重は目をキョトンと丸くして、俺をじっと見ていた。

 

「九重は俺が守ります。この京都で起こる問題だって、俺たち(・ ・ ・)が解決します。これでも上級悪魔ですし、何より……―――守護覇龍を名乗るのなら、これくらいはやらないと俺の中の相棒たちに怒られそうなので!」

「……すまない、赤龍帝殿」

 

 八坂さんは頭を深々と下げて、そう礼を言ってくる。

 ……だけどまだだ。

 おそらく、八坂さんの要求はまだ終わっていない。

 なぜなら、まだ彼女の口から『朱雀』の名前が一言も出ていないからだ。

 しかしそれ以降、八坂さんは朱雀の名前を出すことなく、会談は終わった。

 ―・・・

「のぅ、赤龍帝殿。少し良いか?」

 

 会談が終わってすぐ、八坂さんは俺に話しかけてきた。

 ……まあ予想はできていたから、俺は特に身構えることなく頷いて、八坂さんと共に会談をしていた室内から退出する。

 九重はガブリエルさんに預け、俺と八坂さんはその隣の部屋に移動した。

 ……まさか俺と話すためにこの部屋も用意していたのか?

 

「聡明なお主のことじゃ。なぜ妾がお主に話しかけたことも予想はついているじゃろう?」

「……まあある程度は。朱雀のこと、ですよね?」

「……本当にお見通しなのがつらいのぉ」

 

 八坂さんは苦笑いをして、扇子をバサッと開いて軽く仰ぐ。

 

「……朱雀が生まれてからずっと、妾はあやつを気に入っていたのじゃ。あやつは土御門にしては純真な心の持ち主でな。汚れきった土御門の家にはもったいない存在じゃった」

「……そうですか」

 

 内心、土御門の腐った部分を知っている八坂さんに同調する俺。

 

「他人を、更には親族であろうと蹴落とすことしか頭にない馬鹿者しかおらんかった。そもそもそのような教えを子供の頃に叩き込まれたものばかりじゃからな―――それでも、朱雀は真っ直ぐに育ったのじゃ」

「……真っ直ぐに、か」

 

 ……母さんを追放に追い込んだ土御門。

 そんな劣悪な環境で正しく有れた朱雀は、一体どれほどの苦労してきたんだろう。

 自分を見失わず、楽な道に逃げようともせず……俺は八坂さんの話を聞きながら、内心そう思っていた。

 

「……朱雀が真っ直ぐに成長した訳。それは奴の憧れが存在していたからこそじゃ」

「憧れ、ですか?」

「……そう。朱雀にはのぅ。心から慕い、心から憧れていた存在が二人いた」

 

 八坂さんはすぅっと自身の簪を髪から抜き去り、それをじっと見つめながらそう言う。

 

「一人は土御門でも最も有名である伝説の陰陽師、安倍晴明じゃ」

「っ……」

 

 俺は不意に先日邂逅した清明のことを思い出し、その言葉に反応する。

 八坂さんはそれに気づいていないのか、すぐさまにもう一人の名前を口にした。

 

「そしてもう一人は、朱雀の実の兄であり、土御門を追放された男―――名を、土御門白虎という男を奴はずっと慕っていたからこそ、朱雀はここまで真っ直ぐでいれたのじゃ」

「……朱雀が兄のことを慕っているのは知っています。ですが、なぜ朱雀が慕うほどの男が追放になってしまうのですか?」

「……そうさな」

 

 八坂さんは少し苦虫を噛むように苦しい表情を作る。

 ……そうだな。俺もそんなこと、理解している。

 ―――それほどに正しい存在が拒まれる。それが土御門だ。

 

「白虎は……そうじゃな。非常に賢かった。聡明で冷静沈着。常に先を見据え、文武両道な好青年じゃった。奴を慕う者は多く、兄弟の朱雀を誰よりも厳しく、しかし誰よりも可愛がっていた」

「……それが何故、追放に?」

「―――正しすぎたんじゃよ。白虎は」

 

 八坂さんは、そう告げる。

 

「ある時、白虎は土御門の裏で暗殺を企てる輩に気がついた。もちろん白虎はすぐさまその解決に尽力を注ぎ、あまりにも完璧すぎる策で暗殺を打開させた―――それが邪魔と感じたんじゃろう、土御門は」

「……たった、それだけで?」

「そうじゃ。たったそれだけで身内をも追放に追い込む。それが土御門じゃ。白虎の出生が分家の下の位ということも加味したのかもしれんの」

「……分家だから、身分が低いから優秀でも正しくても追放される―――そんなのって、あるかよっ!!」

 

 ……今は滅んだ本家に対して、俺は感情的な声を上げる。

 机をバンッ! っと叩きたくなる気分になるが、それを何とか堪えた。

 ……母さんを傷つけ、朱雀の兄をも己の目的のために不幸にする。

 ―――心の何処かで、滅んでも擁護が出来ない気持ちになっていた。

 

「……兄が追放され、残された朱雀は心に誓ったんじゃ―――この間違った家を変える。そしていつでも大切な兄が帰ってこれる居場所を作る、と」

「……でも、そこがもう無いから、朱雀は今、暴走しているんですよね?」

 

 八坂さんは頷く。

 ……復讐なんかじゃないんだろう。

 朱雀はそこまで土御門に未練があったようには思えない。

 それでも朱雀を突き動かすものは何なんだろう。

 ……それは、あいつに直接聞かないといけないよな。

 俺がそんな風に考えている時であった。

 ……八坂さんはふと何かを見抜いたように、確信めいた言葉を俺に言ってきた。

 

「―――お主、土御門を以前より知っていたようじゃな。しかも腐った部分を。でなければ先程の怒りは説明がつかん」

「……まあお見通しなんですよね。はい、あなたの言う通り、俺は少し前から土御門の闇を知っていました」

「そうか。だからお主は……」

 

 すると八坂さんは、俺をじっくり観察するように見つめてきた。

 その目は何処か懐かしいものを見る目であり、八坂さんはそっと席を経つと、両手で俺の頬をそっと包んだ。

 

「お主はあやつに似ているのじゃな。特にこの目が似ておる。そんなお主を見ていると、つい想ってしまい感慨にふける―――まどか(・ ・ ・)は、元気にやっているのかと」

 

 ………………………え?

 や、八坂さんは今、なんて言った?

 

「すまんな。まどか、というのは土御門を追放になった女子のことじゃ。その身に余る体質で土御門から干され、心を閉ざしてしまった女子でな。……妾が追放を知ったときには、もうどこにいるかも分からず、ずっと後悔したものであった。あの時、妾が彼女を救っていれれば、と」

 

 八坂さんは本当に悲しそうに、そう淡々と話す。

 ……俺は内心、泣きそうなくらい涙がこみ上げていた。

 母さんを分かってくれるヒトが、母さんのために悲しんでくれる人がいる。

 救おうとしてくれたヒトがいるというだけで、こみ上げるものがあった。

 ……だから言おう。

 このヒトは、八坂さんは誰よりもそれを知らないといけない。

 だから……

 

「元気ですよ、俺の母さんは―――兵藤まどかは」

「そうか、すまんのぅ。慰めるようなことを言わせてしま……ちょい、待て。お主、今なんと?」

 

 八坂さんは、途端に表情を変える。

 悲しそうな表情から一転して、信じられないような表情に。

 それを確認して、俺はポケットの携帯から一枚の写真を表示させ、八坂さんに見せた。

 ……ついこの前に三人で撮った写真。

 真ん中に母さんがいて、俺と父さんの腕を満面の笑みで組みながら、本当に幸せそうな表情の母さん。

 父さんと俺も苦笑いを浮かべながら幸せで、それを八坂さんは見つめていると……次第に八坂さんの瞳から涙が零れた。

 

「母さんは……兵藤まどかは今、幸せです。自分の全て知っても自分を受けいてくれる最高の旦那がいて、そんな二人を大好きな子供がいます。俺が崩れたときは俺を救ってくれるほどに強くなりました―――八坂さん、だからあなたは苦しまなくてもいい。だって、母さんはこんなにも今、幸せなんですから」

「そうか……っ! それならば、妾は安心じゃっ!! ありがとう、本当に、ありがとう―――っ!」

 

 八坂さんは本当に嬉しそうにそう言って、涙を流す。

 ……ありがとうございます、本当に。

 だからあなたと母さんは再会するべきだ。

 その涙は、母さんの前で取っておいてください。

 だって俺の前で見せるのは勿体無いから。

 

「……その涙は、母さんの前でとっておいてください。八坂さん」

「うむ……っ、うむ……っ!」

 

 ……その頷きと裏腹に、八坂さんの涙は止まらなかった。

 ―・・・

「京都の観光は私に任せるのじゃ!」

 

 それから数時間後。

 俺は会談の料亭から九重を連れて出て、今はアーシアたちと合流していた。

 本日の活動は完全なフリーであり、他のクラスを交えても良いし、しっかりと担任にどこにいくかを連絡すれば、遠出の許可も出る。

 ……だから非常に都合が良かった。

 禍の団を警戒するためにも眷属の他のメンツと合流する方が都合が良いし、動きやすいというのもある。

 

「とりあえず集まれたね。イッセーくんにアーシアさん。イリナさんにゼノヴィア、黒歌さん、そして……」

 

 ふと祐斗は俺の後ろを見た。

 ……そこには以前の格好とは違い、若者らしい私服に身を包んだ朱雀がいた。

 ―――先日、朱雀から告げられたお願い。

 自分を俺に同行させて欲しいという願いを俺は叶えた。

 表情は相変わらず固く、かなり居心地が悪そうだ。

 

「ああ、こいつはしばらく俺たちに同行する土御門朱雀。んで、この金髪の女の子は俺が護衛することになった八坂さんの娘の九重だ」

「よろしく頼むのじゃ!」

「……申し訳ございません」

 

 元気良く挨拶をする九重とは対称的に、朱雀は低い声で会釈をするように挨拶をする。

 ……元来が人見知りなのか、それとも今回の件で心が沈んでいるのかは分からない。

 本人に直接聞いていないにしろ、俺は朱雀の事情をある程度知ってしまった。

 ……後で話をする。

 土御門でも、こいつのことは信じようって決めたんだ。

 

「とりあえず立ち止まっていても埒があかないし、移動しよう! お前ら、何がしたい?」

「はい! 私は京都のスイーツ巡りをしたい!」

 

 勢い良く挙手をするイリナは、早速女子らしい提案をしてきた。

 その言葉に頷く女神……じゃなかった、アーシア。

 

「よし、スイーツ巡りにしよう。流石はアーシア。的確な提案だな!」

「ち、ちょっと、イッセーくん!? 提案したのは私なのよ!?」

「え……気のせいじゃないのか?」

「気のせいじゃなぁぁぁぁい!!」

 

 イリナと俺の馬鹿らしい小芝居で周りからはドッと笑いが生まれる。

 あの表情も固かった朱雀もそれで笑みを浮かべ、内心俺は安心する。

 ―――なんだ、ちゃんと笑えるじゃん。

 俺はそう思いつつ、傍目を案じて九重の頭に手をポンと置いて、話しかけた。

 

「んじゃ九重。案内頼むな?」

「うむ! 早速移動するのじゃ!」

 

 ……こうして修学旅行二日目の、この奇妙な面子による行動が開始した。

 あ、ちなみにだが……

 

「ぇぇぇ……どうして私がこんなむさ苦しい松田と元浜と行動しないといけないのかしら?」

「うるせー!! 朝起きたらもうイッセーがいなかったんだよチクショー!」

「ぅぅ……イッセー氏は、最近優しいけど冷たいのである」

 

 ―――同じ班の桐生や松田と元浜は、何故か三人で行動しているそうだ。

 ―・・・

「キャーーー☆ このパフェすっごく大きいわよ!!」

「イリナ、少しは落ち着いて……いや、だがこれは大きいな、ふふふ」

「うむ! 私の一押しの店じゃぞ! ここの超ジャンボ満足京都パフェは絶品じゃ! ……ちとでかすぎるのが難点ではあるけど」

「ふぇぇ……九重ちゃんの背丈くらいあります!!」

「にゃふふふ……これは食べる価値があるにゃん♪」

 

 九重のオススメで入った店内で、九重の背丈を越す巨大なパフェが運ばれる。

 ……なんであれ見て目をキラキラさせてんだ?

 それに驚きだよ!

 ってかイリナがどこぞの魔王少女みたいになってるし!

 

「……あれは胃に悪いね、あはは」

「ど、同感です。あんなものを食べる彼女たちの気がしれません」

「あ、ああ。まあ女の子にとって、甘いモノは別腹らしいせど……」

 

 あれに関しては別腹でも無理だろ。

 そんなことを会話する俺、祐斗、朱雀は別席にてその光景を苦笑いをしながら見ていた。

 俺たちの頼んだものは至って普通だ。

 俺は抹茶アイスの乗ったパンケーキ、祐斗は紅茶に抹茶ケーキ、朱雀はあちらとは別の、普通のサイズのパフェ。

 ……普通っていうか、なんか女子力が高いよな。

 まあ朱雀は当然だろうけど。

 

「……まるで悪魔とは思えないですね。貴方たちは」

 

 ふと、思いついたように朱雀はそう言葉を漏らした。

 ……昼間からこんなに俗世に染まってる俺たちが悪魔って言われても、確かに信じられないものだろうからな。

 朱雀はスプーンでパフェの生クリームとアイスをすくって、口に入れる。

 

「そんな貴方たちを見ていたら、一人肩に力を入れていた自分が馬鹿のように思えます」

「それは仕方ないだろ? お前は家族を殺されたんだ。それで悠長にのんびりしろって方が酷だろう?」

「ええ、そうですね。ですが……私は重圧に呑まれそうになっていました。自分が犯人を捕まえるのだ、と。ただそれ一つだけに動き、視線の先全てに疑心暗鬼になっていた―――それでは見えるものも、見えなくなるのでしょう」

 

 クスリと微笑む朱雀。

 その笑みはさながら一枚の有名な画家に描かれた人物画のように、華やかにも儚げにも見えた。

 

「そういう意味では、特に赤龍帝殿には感謝しています。私を案じてこのような催しに参加させてくれているのです。……ですが大丈夫です。私はもう冷静ですから」

「……そっか」

 

 その言葉が本当のものと知り、俺は肩の荷が下りる。

 ……周りに注意を向け続ける朱雀は危うかった。

 少し前の自分といえば良いのかな? アーシアを旧魔王派に殺されたと思って暴走し、覇龍を暴走させたときからの自分とどこか似ているようにも思えた。

 ……実際に朱雀の状況はそれよりもひどいんだから、本当なら心が乱れていてもおかしくないと思うんだけどな。

 冷静さをここまで取り戻せるところにも少し疑問を感じてしまう。

 この冷静さの所以が朱雀の兄貴の土御門白虎の存在なのか?

 ……そこの辺りを朱雀と話をしたいところだ。

 

「楽しめるときに楽しむ。特に俺たちは人生で一度きりの修学旅行だから、さ」

「……そうですね。申し訳ないです、赤龍帝ど―――」

「それも禁止だよ、朱雀」

 

 俺は朱雀が赤龍帝と呼びそうになるのをピッと止める。

 そうだ、朱雀は俺に対して固すぎる。

 呼び方から、あいつの性質かもしれないけど言葉遣いに至っても。

 これから少しの間だろうが一緒にいるんだし、何より―――一応、従兄妹だからな。

 こいつはそんなこといざ知らずだろうけど。

 

「俺の名前は兵藤一誠だ。そいつは俺じゃなく、ドライグの異名だからさ」

「し、しかし……」

「しかし、じゃねぇよ。俺は名前で呼んでくれって頼んでいるんだからさ? いつまでも他人行儀だと、これからの行動に支障ができるだろ?」

 

 俺は自分の皿のパンケーキを無理やり朱雀の口の中へ入れ込んで、二カッと笑ってそう言った。

 朱雀は目を見開いて驚いているものの、次第に口をモゴモゴと動かしてパンケーキを食べる。

 

「……わかりました、イッセー様」

「まだ敬語だけど、まあいいや。……って祐斗、何で朱雀を睨んでいるんだ?」

 

 俺はそこで祐斗が朱雀を睨んでいるのに気づき、そう指摘した。

 

「いや、イッセー君からあ~んを羨んでいるわけではないよ? ああ、全く以って羨ましいよ、あはは」

「どっちだよ。ってかキモいぞ、祐斗」

「なんのことかな? あはは」

 

 祐斗が歪んだ笑みを見せるが、俺はそれに対して恐れしか抱かなかった……っ。

 なんか寒気を感じたんですけど!?

 ……あぁ、平行世界の祐斗が恋しくなるな。

 なぁ平行世界のイッセー、お願いだからこっちの祐斗と綺麗な祐斗を交換してくれ。

 なんて現実逃避をしていると、俺は女性陣を見た。

 そこには―――

 

「にゃふぅ……ちょろいにゃん、これしき」

「全くだな。こんなもので私たちの胃が満足できるものか」

「全くよ! もっと美味なるものを食べ歩くのよ!!」

「は、はわわ……皆さんのお腹が私は一番怖いですぅ!!」

「あ、あれをたった三人と食べるとは天晴れじゃ!! ……。あ、私食べてないのじゃ……」

 

 ―――あれほどの大きさを誇っていたパフェが、たった三人の手で完食されていたのだった。

 俺はそれに対して驚愕を覚えつつ……

 

「九重、こっちにおいで?」

「……うん」

 

 一人しょんぼりしている九重を膝の上に乗せながら、俺のパンケーキを半分こしたのであった。

 なお、これで九重は更に懐いてくれたのである意味あいつらに感謝したのであった。

 ……ふむ、これは九重とチビドラゴンズは良い友達になれるんじゃないかな?

 そんな計画を頭で描きつつ、俺たちはお店から出た。

 ―・・・

「ここは清水寺子安の塔じゃ! 寺名では泰産寺といわれ、その名の通り子を安産で授かるや、子を授かるというご利益があるのじゃが……おぬしら、なぜそんなに本気で祈願しておるのじゃ?」

「「「…………」」」

 

 次に俺たちが来たのは清水寺。

 その清水寺の本堂から錦雲渓をへだてた丘の上にある建築物で、九重の説明通り、安産祈願のお寺なんだけど……イリナを除く面子はその説明を聞いた瞬間に黙って掌を重ねて祈願を始めた。

 その形相は最早怖いと形容しても良いほどだ。

 ……うん、真剣すぎて逆に怖い。

 現に九重が驚きと恐怖で怖がっている。

 イリナはイリナで何故かあいつらに向けて羨ましそうな顔をしているし……あれか、天使的に祈願したら「子供を作りたい」って解釈から、堕天してしまうってわけか。

 まあそんなことを考えている時点で堕天の狭間に迷い込むってものだけど……まああいつにとって日常茶飯事だもんな。

 

「彼女たちは何を真剣に祈願しているのですか? 彼女らはまだ未成年とお見受けしますが……」

「それは触れないでくれよ、朱雀」

 

 朱雀は本気で不思議そうな顔で俺にそう言ってくるから、俺も返答に困るってものだ。

 ……俺は子安の塔から見える清水寺の諸堂の風景を見て、感動する。

 

「……いつ見ても、ここからの風景が好きです」

 

 ……ふと、朱雀がそう言葉を漏らした。

 それは先ほどまでの張り詰めた敬語でもなく、心の底から漏れ出た本音のように聞こえた。

 ……聞くなら今しかない気がした。

 

「……それは、お前の兄との思い出か?」

「……そうですか。そういえば私はあなたに兄の存在をお話しましたね」

「悪い、それだけじゃないんだ―――八坂さんと話をした、っていえば通じるかな?」

「っ。……そうですか。八坂様がお話したのであれば、それほどに貴方が信用に値すると納得します」

 

 朱雀は少し衝撃を受けるも、すぐに平然を取り戻して薄く笑った。

 

「……兄さんは、聡明な人でした」

 

 朱雀は諸堂を見つめながらそう言葉を漏らした。

 

「間違いを正し、その正しき道の先で居場所を失い、追放された―――知っていますよ、土御門が間違っていることは誰よりも私が知っています」

 

 独白のように、朱雀は言葉を紡ぐ。

 

「正直にいえば、私がすぐに冷静を取り戻せるのは、土御門の崩壊に対しては悪い感情を持っていないからです。兄を追放した家などどうでも良い。私が許せないのはたった一つです」

「……教えて、もらえるか?」

 

 朱雀は頷き、真っ直ぐな瞳で俺を見つめた。

 そして―――

 

「私はこのような理不尽を許さない。―――私は、土御門を変えたかった。この手で今の土御門を壊し、優しい家にしたかった。そのための努力が、私は第三者のせいで台無しにされた。それが耐え難いのです。だから怒りの矛先を敵に向けていなければ、私はどこに進めば良いかわからないんです」

 

 ……全ては大切な人のための行動が、行動自体に意味を失くしてしまった。

 だから向かう道が分からず、ただ目の前の禍の団を追いかけるしかない。

 朱雀はそんな道を……道もない道を、進もうとしているのか?

 

「……私は、本当は兄さんに付いていきたかった」

「朱雀、それは……」

「分かっています。それがどれほど厳しい道程だということは、当時から理解しておりました。……そうだと分かっていても、私は兄さんに付いていきたかった―――でも兄さんは私にそのとき、言いました。お前は、土御門に残れと」

 

 朱雀は掌を広げて、手元に青白いオーラを軽く光らせる。

 妖術のようなものだろうか。

 それをそっと握り、空を見上げた。

 

「兄さんは私にこの家を変えろと言ってくれました。だから私は頑張れた。厳しかった兄さんが、私を認めてくれたからそうお願いしてくれたと思い、私は努力を重ねました。……土御門の次期当主候補に成り上がり、少しずつ土御門を変えて、最後は―――兄さんの居場所を、作ろうと思っていたのに……」

「…………」

 

 朱雀の声が次第に小さくなる。

 怒りか悲しみなのかは変わらないけど、拳を強く握りしめていた。

 

「私は……何をすれば良いか分からない。私はいつだって自分で決めたことがありません。……貴方に同行しようと思ったのは、何より貴方を見ていれば何か分かるかもしれないと思ったからなのです」

「…………」

 

 ……他力本願、という言葉が思いついた。

 朱雀は自分の進む方向を見失っている。

 目の前にあった目標を潰され、一体何をすべきかが絞れていない。

 兄を追放した土御門を変えたい、兄の居場所を作りたい。

 その願いすらも、彼には叶える術がなくなってしまった。

 だから進む道筋を知りたい。

 道筋を欲しているんだ。

 例えそれが他力本願で、自分でも情けないことだと分かっていても、朱雀はそれを理解した上でなお欲している。

 ……でもそれは、間違いなのか?

 ヒトは誰しも、最初から自分で決めて自分で進むことは出来ない。

 親の敷いてくれたレールを進みつつ、その過程で自分だけの道を見つけて行く。

 そうして成長していくんだ。

 朱雀は……その成長過程でこの事態に直面した。

 頼れる仲間も友もいないあいつに、自分で決めろなんてことは……俺は決して言えない。

 例え甘いと言われようが、それが俺の考えだ。

 だから俺は―――

 

「朱雀。俺の母さんの旧姓は……土御門っていうんだ」

 

 朱雀の味方であろう……そう、決めた。

 

「…………えっ?」

 

 朱雀は突然の言葉に、目を丸くした。

 だけど俺はそんなことお構いなしに話を続けた。

 

「俺の母さんはお前の兄さんと同じで、土御門を追放された。理不尽な理由で人生を台無しにされて、それでも土御門に向き合おうとしている」

 

 家族に蔑ろにされ、家さえも追放されたのに、今、この状況で母さんは土御門と向き合おうとしているんだ。

 決して恨み辛みを吐くわけでもなく……母さんは自分で決めた。

 だから京都に、この地にやってくる。

 

「朱雀。お前はやりたいことがあるはずだ。お前が禍の団を追いかけているのだって、本当は分かっているんじゃないか?」

「わ、わかっているって……私は分からないから、今もこうやって……」

「―――お前の兄貴にとっての居場所って、本当に土御門なのか?」

 

 俺がそう言った瞬間、朱雀から表情が失われる。

 

「優秀で、正しい正義を持っている。そんな奴が土御門に帰りたいと思えないんだ」

「―――それならばっ!! なぜ兄さんは私に土御門を変えてくれと言ったのです!? それはつまり、俺の帰るところを作れと言っているのと同じではないですか!?」

 

 ……朱雀は初めて声を荒げる。

 その声量に周りの視線がこちらに向くが、俺は構わず話続ける。

 

「真実は知らない。でも一つだけわかることがあるとすれば……なんとなくだけど、土御門白虎は俺に似ている気がしたんだ」

 

 もちろん性格とかの話ではない。

 それは、そうだな……考え方、と言えばいいか。

 俺なら自分の居場所を他人に作ってもらおうとは思わない。

 だから何となくだけど……土御門白虎は朱雀になにか思惑があって、その言葉を託したんだと思う。

 その詳しいことは分からないけど。

 

「朱雀、お前は生真面目すぎる。そんなんだったら、見えるものも見えなくなる―――きっと、お前の兄さんだったらこう言うよ」

「…………っ」

 

 朱雀は俺の言葉に対して固唾を飲んで、そして俯いてしまう。

 ……朱雀、今のままじゃお前は前に進むどころか、後ろに後退してしまう。

 まだまだ付き合いは短いけどさ。それを俺は見たくないんだ。

 後ろに下がるな、なんてことは絶対に言わない。

 だけど……後ろに下がった以上に、次は前に進まないといけないんだ。

 

「朱雀、俺は答えは出さない。この問題はお前が決着を着けるべきだ。……そうじゃなきゃ、お前は前に進めないだろ?」

「……そう、ですね―――私は考えが甘かった。あなたに着いて行けば何かを掴めるぐらいにしか考えていませんでした。……でもよかった。貴方に着いてきたのは、何にも変え難き幸運であった」

 

 朱雀は少し微笑んで、先ほどとは別物の穏やかで素直に美しいと思える表情を俺に見せた。

 

「それにしてもイッセーさまが私の従兄弟とは思わなかったです」

「遠縁が妥当だろうな。何せ俺の母さんは―――」

 

 俺は元本家の長女であった母さんの名前を出そうとした瞬間であった。

 ―――ゾクリ、と背筋が凍るほどの悪寒を感じた。

 

「……よぅ、随分とまあ無防備だなぁ―――兵藤一誠よぉ」

「……っと、なんなんだよお前は。こっちは修学旅行っていうのにさ―――ガルブルト・マモン」

 

 ……突如俺たちの真正面から姿を現すのは、ガルブルト・マモンであった。

 相変わらず歪んだ気味の悪い笑みを浮かべてやがる。

 ―――だけど、こいつの存在に気づかなかったのは怠けていたからではない。

 それはこいつがあまりにも魔力の隠匿がうまかったから。

 目の前に現れるまで、それに気づかないほどに。

 

「昨日の今日でまた襲撃か? 暇な野郎だな」

「抜かせ。俺様はこれでも楽しみの一つなんだぜ?―――てめぇと戦えるこの時がなぁ!!!」

 

 ガルブルトは手元に魔力の塊を作り、好戦的な笑みを浮かべて俺へと襲いかかろうとする。

 俺も朱雀も交戦の態勢を整える。

 俺はいつでも二つの神器を展開できる準備をして、朱雀は例の宝剣の神器を展開を半分展開する。

 この以上事態に気づいた黒歌たちもガルブルトに警戒をしており、空間に異常な沈黙が続いた。

 ―――だから気付かなかったんだ。

 辺りに誰も人が存在しないことに、今の今まで。

 これだけの騒ぎで、こんな昼間にヒトの叫び声が聞こえてこないことに。

 ……ざくっ。

 その辺りに散りばめられている砂利が鳴る音がする。

 それは一つではなく、幾つも聞こえる。

 俺は横目でその音のする方向を見た。

 そこには……

 

「―――ガルブルト・マモン殿。その者たちは俺たちの標的ですよ」

「全くよ。私達が高みに登るための”足掛かり”を奪わないでよねー♪」

「まあまあ、落ち着きましょう。まだ手は出していないようですし」

「んなことより、あの悪魔諸共でもいいじゃねぇか!?」

「あ。あの茶髪の男の子、お兄ちゃんドラゴンだ! 後でボコボコにしてサインもらおーっと♡」

「…………」

「こちらは結界の創造は完了だ」

 

 ―――黒と白の制服のような服が入り混じった一学生集団。

 まるで俺たちと同じように修学旅行生としから思えない。

 だけど―――奴らはただの人間ではない。

 黒い方の学ランのような服を着て、奴らの先頭に立つ男。

 あいつは……っ!!

 

「―――曹操。英雄派のトップ……っ!!」

「はは、覚えてもらえて光栄だよ。赤龍帝 兵藤一誠」

 

 ……駒王学園のオープンキャンパスで俺の前に現れた英雄派の二大トップの一角、曹操。

 曹操はさわやかな笑みを浮かべつつ、そっと自分の隣に空間を空けた。

 ……曹操の隣。そこにふと一人の男が奥から歩いてきて、曹操の隣に立った。

 それは―――

 

「数日ぶりだ。兵藤一誠」

「……安倍晴明」

 

 英雄派の二大トップの一角にして、曹操と共に英雄派を率いる長。

 先日俺の前に姿を現した男、安倍晴明であった。

 俺はそれらの存在に対して更に警戒をする。

 ……恐らく英雄派の幹部クラスが全員勢揃いしている。

 ……元に黒歌はここにいる誰よりも奴らを警戒していた。

 あいつらの実力を知っているのかもしれない。

 

「そんなに驚くこともなかろう。少なくとも、君の隣にいる朱雀ではないのだから」

「……? お前、何を言って」

 

 俺は突如奴が呼んだ朱雀の名に驚き、ふと隣を見た。

 そこには―――目を見開いて、じっと晴明を見ている朱雀であった。

 

「す、朱雀? 一体なんなんだ、あいつは。まさかお前と知り合い―――」

 

 そこまで言って、俺は自分の中で何かが繋がったように答えを見つけた。

 ……京都を見納めといって、各地の名所を回っていた晴明。

 土御門を追放された晴明に、そもそも安倍晴明という名前。

 何より朱雀のこの表情。

 ……そうか。

 やっと合点が一致した。

 それならば朱雀が驚くのも無理はない。

 ……何故なら、彼は―――

 

「どう、してなのです……っ! どうして貴方がそんなところにいるっ!? ―――兄さんっ!!!」

「―――その呼び方は実に久しぶりだ、朱雀。大きくなったな」

 

 ―――土御門白虎。土御門を追放された、朱雀の兄。

 まさかあいつの兄が、禍の団にいるなんて思いもしなかったっ!

 それになんで妹が驚いているのに、あいつはあそこまで冷静な―――

 

「流石は俺の自慢の()だ」

『――――――え?』

 

 ……恐らく、この場にいるガルブルト以外の声が綺麗に重なった瞬間であった。

 ……え? お、弟?

 

「す、朱雀? お、お前って、もしかしなくても……男、だったの?」

「何をこんな時に言っているのです!! そんなもの、見れば分かるでしょう!?」

 

 ……いや、朱雀さ。

 俺、お前のことを心の中で絶世の美女とか、美しいとか連呼してたんだぜ?

 うん、だからさ―――

 

『わかるかー!!!!!』

 

 ……この異常事態の中で、俺たちは声を一つにしてそう言うのであった。

 ―――このビックリするほどシリアスな状況で。


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