ハイスクールD×D ~優しいドラゴンと最高の赤龍帝~   作:マッハでゴーだ!

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第4話 集まりゆく京都

「土御門の現状と、お前の知っている情報を話してもらうぞ」

 

 俺のその一言に頷く土御門の美女。俺の近くには、黒歌との連携で完全に身動きが止まっているメルティ・アバンセがいる。

 先程から何とか拘束を解こうとしているが、俺もそんなに軟じゃないんでな。

 あの子がこのメルティ・アバンセを追っていると考えれば、こいつを拘束している限りは俺は敵ではないということを証明できる。

 

「……っと、その前に名前を教えてもらえるか?」

「……そうですね。何事も、先ずは名乗ることが常識―――私の名は土御門朱雀と申します」

 

 彼女……土御門朱雀は、剣を手元から消して一礼した。

 

「先ほどはお見苦しいところをお見せしたこと、ご無礼を謝罪申し上げます。赤龍帝殿」

「お前たちの現状なら仕方ないことさ―――っと、いい加減諦めろ」

「……否定。逃走……不可」

 

 俺の手元でまだもぞもぞと逃げようとするメルティの頭に軽くチョップを入れると、メルティは「激痛……」と呟いて動かなくなる。

 ……こいつは一体何なんだろう。

 ロボットみたいに命令遂行をすると思えば、変に抜けているところがある。

 

「黒歌、こいつを頼んだぞ」

「おっけー。イッセーはあれとお話でもしてくるにゃ!」

 

 俺は木の枝からバサッと降りてきた黒歌にメルティを任せ、土御門朱雀に近づく。

 土御門朱雀は俺が来ると跪いて姿勢を低くする。

 ……結構硬い奴だな。

 

「そんなに気にするなよ。見た感じ、俺と年も変わらないんだからさ」

「いえ。かの有名な赤龍帝殿が失敬をしたのです。なんとお詫びしなければならないか……」

「だーかーら! ……そういうの、良いからさ?」

 

 俺は土御門朱雀の肩をポンと手を乗せ、少し苦笑しながらそう言った。

 その表情を見て朱雀もまた少し頬の強張りが緩くなり、薄く笑う。

 

「……すみません。私はその、昔から頭が堅いと常々兄さんに言われ―――ッ!」

「……なるほどな。今の動揺が、さっきお前を暴走させていたことっていうわけか」

 

 俺は朱雀の一瞬の表情の歪みを見逃さず、すかさずそれを突く。

 朱雀は図星を突かれたように目を丸くして俺を見ていた。

 

「―――土御門本家の崩壊に、お前の兄の存在。大方そんなところか?」

「…………おみそれしました。あれだけの情報でよくそこまで」

「……時間がない。手短で良いから話を―――ッ!!」

 

 ……その途端、次に俺は伏目稲荷神社の方から様々な気配を感じた。

 悪魔や天使だけのものじゃない! それ以外にも妖怪に似た雰囲気を感じるぞ!?

 ったく、なんで次から次へと緊急事態なんだよ!?

 

「朱雀、話は後だ! 先に上に行くぞ!! 黒歌はメルティを拘束していてくれ!!」

「し、承知しました!!」

「え~……しゃーないにゃ~」

 

 黒歌は口を尖らせてブーブーと文句を言いつつ、メルティに対する仙術拘束を更に強める。

 俺は最高速で鳥居を過ぎ去っていき、朱雀はそれについてきていた。

 ……人間なのに、まるで騎士を彷彿とさせる速度だ。

 そりゃあ祐斗並の速度のメルティを追いかけられていたはずだよ。

 ……桐生。あいつがいるのにどうしてこんな事態になるのかな。

 

「……赤龍帝殿。少し身を屈めてください」

 

 伏目稲荷神社に到達する寸前で朱雀は俺の腕を退き、賽銭箱の影に身を潜める。

 ……こいつ、さっきまで怒りに狂っていたのに今はかなり冷静だ。

 

「あれは……まさか妖怪?」

「ええ、その通りでございます。あれは京の妖怪―――周りには……!?」

 

 途端に朱雀の表情が変わる。

 ……なるほどな。

 俺の視線の先には気を失っている桐生を支えるアーシアに、徒手格闘で敵と戦っているゼノヴィアと光の剣を携えて戦っているイリナの姿があった。

 更にその敵ってのが良く分からない。

 ……ゼノヴィアは、妖怪を護っていた(・ ・ ・ ・ ・)

 敵は妖怪ではなく、謎の衣装を身に纏う悪魔や堕天使であった。

 

「堕天使に悪魔……禍の団、なのか? 何故このタイミングで現れた?」

「……奴らもまた、手がかり」

 

 朱雀はギラギラとした目つきで敵の堕天使と悪魔を睨む。

 ……なるほど、朱雀の敵は禍の団ってわけか。

 ―――なら利害は一致している。

 

「朱雀、奴らを叩くぞ」

「……ええ」

『Boost!!』

 

 俺は籠手を展開し、朱雀は先ほどの宝剣を手元に出現させる。

 ……間違いなく神器だな。

 しかも俺が見たことがない神器だ。

 アザゼルの資料でも見たことがないってことは、かなりレアな神器のはずだ。

 

「―――炎の封の解く。火炎の龍よ、舞え」

 

 ……朱雀の呟きと共に、朱雀の周りに灼熱が纏わった。

 炎は朱雀を包み、そして朱雀は高速で敵の元へと駆っていった。

 ―――あれが朱雀の神器か。

 

『主様。ここは現実です。鎧の力を使えば周りへの被害が甚大に出るでしょう―――ここは籠手を通常に強化で行きましょう』

「了解!」

『Reinforce!!!』

 

 俺は事前に蓄積していた創造力の一部を籠手へと『強化』に使うと、籠手は白銀の光に包まれ形状が変化する。

 鋭角なフィルムと、更に宝玉の数が確実に多くなり、更に緑色の輝くが強さを増す。

 ……準備は完了だ。

 

赤龍神帝の籠手(ブーステッド・レッドギア)

 

 俺は先に駆け出していった朱雀を追い越し、ゼノヴィアやイリナの隣を通り抜けて数人の悪魔堕天使へと拳を振るった。

 背中に悪魔の翼を展開し、吹き飛んで建物にぶつかるところを回り込んで、更に上空から二人の悪魔と堕天使を地面に叩きつける。

 それだけで堕天使と悪魔は動かなくなり、意識が無くなった。

 ……ざっと数十人程度か。

 

「な、なんだ?」

「なぜ、ふ、ふたりがたおれてい……る!?」

 

 突如現れ、仲間の二人を行動不能にした俺の存在をようやく認知した敵は、俺の姿を確認して目を見開く。

 ……どうやら俺のことは禍の団でも知れ渡っているようだな。

 

「な、なぜ赤龍帝がこんなところにいる!? こ、こんなこと聞いていないぞ!?」

「……焦っているところ悪いが―――後ろ、確認した方が良いぜ?」

 

 俺の姿に気を取られていた悪魔や堕天使は、そこでようやく後ろから向かっていた存在に気付く。

 ―――その周りに炎龍を纏う、剣士の朱雀を。

 

「……ッ!!」

 

 朱雀は低い姿勢で悪魔の一人の懐に入り、炎を纏う剣を横薙ぎに振るい、その状態で何回転もして幾重にも悪魔を焼き切る。

 悪魔はそれに対して特に抵抗できずに焼き切られ、絶命した。

 更に肥大化させた炎龍を悪魔一帯へと放ち、呆気を取られる悪魔や堕天使を次々に切り裂いていく。

 

「このぉッ!? 人間風情が我々にぃぃぃ!!」

「……醜い。―――封を解く。死に風の龍よ、息吹け」

 

 ―――次は黒い風によって形作られた風の力が龍の形となる。

 炎は風に乗り、炎風になって悪魔の一部を吹き飛ばし、更に朱雀は剣を縦に振るった。

 それにより風の刃が生まれ、縦一直線に堕天使を真っ二つにしていく。

 俺はすかさず吹き飛ばされた悪魔を先回りし、手元に一つの魔力の球体を作り、更にそれに能力を付加させる。

 

「……お前たちを見ていると不愉快と思ったよ―――旧魔王派の残党がまだいたとはな」

 

 そこでようやく俺はこいつらが旧魔王派の残党ということに気付いた。

 もちろん力は弱く、恐らくは末端の存在だろう。

 ……敵であるならば、末端だろうと容赦はしない。

 

破裂の龍弾(プラクチャー・ドラゴンショット)

 

 俺の魔力弾は飛んできた悪魔を……貫かず内部に侵入する。

 ……せめて痛みを感じずに消えろ。

 パンッ……小さな破裂音と共に、その悪魔は塵になった。

 

「これがお前たちがしようとしていることだ」

 

 俺は既に戦況が一変している地上に降り、随分と数の減った敵を睨んでそう言った。

 悪魔や堕天使の表情は目に見えて恐怖が刻み込まれている。

 ……さて。

 

「死にたくなかったら、俺たちに投降しろ。それがお前たちに出来る最善だ」

「ば、化け物がぁッ!! お前はそうして我が同胞を―――」

「―――ああ、殺した。当たり前だろ? お前たちは……ッ! 俺の大切なヒトを殺そうとしたんだからな……ッ!!!」

『Over Explosion!!!!!!!!』

 

 俺は旧魔王派の悪魔の言葉に怒りを覚え、籠手の倍増を解放する。

 一秒後とに倍増を繰り返していた力は絶大なものとなっており、俺はそれを駆使してふざけたことを抜かした旧魔王派を殴り飛ばす。

 

「誰かを殺すなら、自分も殺される覚悟をしていて当然だよな? 言っとくが、俺はお前たちには遠慮はしない。甘えなんてないと思え」

「ひ、ひぃぃぃぃぃぃ……ッ!!?」

 

 ……完全に敵の心が折れる。

 俺はそれを確認すると神器を解いて、そして仲間の方を見た。

 ゼノヴィアもイリナもアーシアも、俺と朱雀の戦闘に目を剝いて驚愕していた。

 それはその後ろに控える二人の狐の耳を生やした妖怪と鴉のような妖怪も同様であった。

 ……突然出てきて、目の前の敵を一瞬で蹂躙したんだから当然か。

 

「……朱雀、ナイスファイト」

「……いえ。赤龍帝殿にお褒め頂くほどではございません」

 

 それは謙虚なことだな。

 ……さて。

 

「ゼノヴィア。一体何があった? それにその後ろの妖怪は……?」

「あ、ああ。……妖気に充てられ、突如桐生が気を失ったかと思えば妖怪とあの敵が現れてね。妖怪側がそちらの敵に追われていたようだから、そちらに加勢していたら二人が来たんだ」

「……なるほどな。朱雀、そっちの妖怪のことは知っているか?」

 

 俺は朱雀にそう尋ねると、彼女もまた目を見開いて驚いていた。

 ……開いた口が閉まらない、といえばいいか。

 ともかくそんな表情をしていた。

 

「知っているもなにもございません―――九尾の狐、八坂様」

「―――のぅ、朱雀。久しぶりじゃのぅ。妾はお主を心配しておったのじゃ」

 

 ―――九尾。京都の妖怪を取り仕切る、京妖怪のボス。

 その実力は龍王とも遜色がないとされ、京都においてはなくてはならない存在だ。

 それの守護の鴉ってことは……鴉天狗ってところか。

 俺は改めて九尾の妖怪……八坂と呼ばれる女性を見る。

 容姿は非常に美しいの一言だ。

 金色に近い煌びやかな、腰まで伸びた長い髪に整いすぎているスタイル。

 豪華な和服を来こなしており、目元はたれ目で、そうだな……色々艶やかなお方だ。

 

「土御門の本家崩壊の一報を聞き、お主のことが心配で夜も眠れぬ。ちこうよれ、ちこうよれ」

 

 八坂さんは朱雀に手招きをして、朱雀の頭をそっと撫でて抱きしめる。

 ……まるで子供をあやす母親のような構図だ。

 なるほど、朱雀は八坂さんと面識があったからさっきは驚いた顔をしていたのか。

 

「……とりあえずはあいつらを拘束するか」

 

 俺は神器に溜まった創造力を幾分か使って拘束する神器を創り、旧魔王派の残党を縛る。

 そして改めて妖怪のボスである八坂さんの前に前に立った。

 

「お初にお目にかかります、九尾の姫君」

「ほぉ……お主がかの有名な赤龍帝。あの悪神を下した武勇伝は聞いておるのじゃが……ふむ、納得してしまった」

 

 妖怪の世界にも俺のことは知れ渡っていることは今ので理解できた。

 ……問題は、この八坂さんが何故禍の団に追われていたということだ。

 奴らが妖怪に手を出す理由なんてないはずだ。

 しかもこいつらは既に派閥として完全に崩壊している旧魔王派の連中。

 ……何か、引っかかるんだよな。

 

「お主たち悪魔が京に訪れることは知らされておった―――歓迎する、といいたいところなんじゃが、今は緊急事態じゃ」

 

 八坂さんがそう言うが、俺はそれが土御門本家の崩壊に関しているということをすぐに理解する。

 

「それは土御門の件ですか?」

「その通りじゃ。妾はそのことが気がかりで土御門……しいてはそこにおる朱雀に接触を図ろうとしていたのじゃ。そこで―――」

「こいつら……禍の団に襲われて逃げていた、ってことですか」

 

 全く、なんの目的でこいつらは八坂さんたちを追っていたんだろう。

 八坂さんは八坂さんでこいつらから逃げ……―――逃げて、いた?

 ちょっと待て。

 なんで逃げていたんだ(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)

 八坂さんの実力は、万全でないにしろこんな悪魔には負けないはずだ。

 それに傍に控えている鴉天狗たちも一人一人が上級悪魔クラスの実力を持っているはず。

 なのにどうして逃げていたんだ?

 

「八坂さん、敵は本当にこいつら(・ ・ ・ ・)だったのですか?」

「……いや、違う」

 

 八坂さんはそれを聞いて、少し苦い表情となる。

 なんだ、この感覚……なにか、嫌な予感がする。

 

「……ともかくここから離れるのじゃ。話はそれからでも―――」

 

 八坂さんがすぐにその場から動こうとした瞬間だった。

 ―――突如、その俺たちに何かの圧力が掛かったように、息苦しさが圧し掛かってきた……ッ!

 それはまるで魔力を無差別に奪われる感覚。

 ……俺はそれを知っている。

 ただそこにいるだけで他人から魔力を奪い、自らのものにする強欲の力を。

 その使い手を。

 ……忘れるわけがない。

 だってそいつは―――

 

「……なんでこんなところにいるんだよ、お前は―――なぁ、ガルブルト・マモン!!」

「―――はははッ!! おぅ、久しぶりだなぁ~……兵藤一誠!!」

 

 ―――俺の宿敵だから。

 俺の視線の先には大社があり、その屋根の上には黒いコートに身を包む悪魔。

 ……元最上級悪魔であり、三大名家の一角。俺と黒歌と小猫ちゃんにとっては宿敵である存在。

 ―――ガルブルト・マモンが歪んだ笑みを浮かべながら、俺たちを見下ろしていた。

 ―・・・

 そっと地面に着地をするガルブルト・マモン。

 その顔には相変わらずの不敵な笑みが浮かんでおり、俺はすぐに戦闘が出来るように構える。

 ……禍の団に転がり込んだってことは知っていたけど、まさかこのタイミングで現れるなんて思ってもいなかった。

 

「おいおい、随分と警戒してくれてんじゃねぇか。……嬉しいぜ、それでこそてめぇは俺様の敵に相応しい」

「……お前も、随分なご登場だな。顔も見たくなかったよ、ガルブルト」

「寂しいこと言うなよ、兵藤一誠ぃ……俺は楽しみにしてたぜ? ―――てめぇを殺せる、この時をぉぉぉぉ!!!!!」

 

 ガルブルトは目を見開き、歪んだ笑みを浮かべながら魔力弾を周りへの被害を無視して放つ!

 ……この野郎、ここは結界もまともに張れてない人間界だぞ!?

 桐生だっているのに、てめぇは!!

 

『相殺しかない。相棒、あの一撃と同格の一撃を放つぞ』

「分かってる!!」

 

 俺は即座に魔力弾をガルブルトの一撃に合わせるように放つ!

 二つの弾丸は互いに相殺するように削り合い、その最中にガルブルトは動き出す。

 

「はっははぁ!! おいおい、また腕あげてんじゃねぇかぁ!! さいっこうに、おもしれぇぞ!!!」

 

 ガルブルトは手元に魔法陣を展開し、拳を握って俺を射程圏内に捉える。

 ……こいつは鎧を使わないと勝てない。

 でもこんなところで鎧を使うわけには―――

 

「―――ご主人様に、近づくな」

 

 ……しかしガルブルトは俺の元に攻撃を届けることなく、再び後退する。

 それは俺の背後からの不意打ちによるものだった。

 ……妖術、仙術、魔術。

 それらを組み合わせて圧倒的テクニックと破壊力を体現する黒歌が、ガルブルトに向けて三種混合の弾丸を放ったからだ。

 黒歌はメルティを拘束しながら、鬼気迫った表情でガルブルトを睨みつける。

 ……俺以上に、黒歌はガルブルトに恨みを持っている。

 小猫ちゃんと引き離される原因となった存在であり、一歩間違えれば俺たちを殺していたかもしれない存在。

 ……俺や小猫ちゃんを命よりも大切にしている黒歌が、世界で一番の敵と思っている存在だ。

 

「……聞いてはいたが、糞猫も悪魔になっていたか。ちっ……思った以上に面倒だな」

「そんなこと、聞いてない。あんたは話す必要もない―――イッセーをあんなになるまで傷つけた。白音を泣かせた。覚悟して、ガルブルト・マモン」

 

 黒歌は猫耳と尻尾を完全に生やせ、仙術の際の青いオーラを迸らせる。

 ガルブルトは黒歌から発せられる殺気と力の片鱗を感じたのか、何故か歪んだ笑みを浮かべた。

 

「良い殺気だぜ……そんな奴の顔を絶望にするのが一番楽しいってもんだからなぁ!!」

「二度とあんたには負けない!!!」

 

 ガルブルトから放たれる魔力弾を妖術と魔術の防御陣で完全に防ぎ、仙術によって奴へと近づく。

 ……今の黒歌なら、ガルブルトと対等に戦える。

 大技な上に周りに甚大な被害を及ぼす俺よりも、黒歌の方がガルブルトと上手く戦えるはずだ。

 

「ゼノヴィアにイリナ。今の内に八坂さんたちを連れて安全なところに。ここは俺と黒歌に任せてくれ」

「……大丈夫だな?」

「誰に言ってんだよ―――行け」

 

 俺の言葉にゼノヴィアとイリナを先導としてアーシアに八坂さん、鴉天狗たちはそこから離れていく。

 ゼノヴィアが桐生を背負って走っていく最中、アーシアが俺の方を真剣な表情で見てきた。

 ……ああ、分かっているよ。無茶はしない。

 

「ドライグ、俺は黒歌のサポートに回る」

『まあそれが最善だろう。……だが』

「ああ、分かってるよ―――朱雀、なんでみんなと一緒に行かなかった?」

 

 俺はその場から離れなかった朱雀に対して、声音を少し低くしてそう呟いた。

 

「……奴らは土御門を滅ぼそうとする存在かもしれません。そんな連中を、放っておけるはずがない」

「お前の気持ちは痛いほど分かる。でもな、あの野郎の力は最上級悪魔でも相当上の方だ。……お前の力は強いとは思う。それでもあいつを相手取るのは危険だ」

「……それでも構わない」

 

 朱雀は手元に宝剣を出現させ、そのうちの二つの宝玉の力を解き放つ。

 先程の炎と風の力だ。

 それを混合させて炎風にして、剣にそれを纏わせる。

 ……仕方ねぇな。

 少しばかりこいつの保護者してやるしかないか。

 

「―――仕方ない。ついてこいよ、朱雀」

 

 俺は手の平に魔力の塊を浮遊させる。

 それを籠手で握り潰し、赤い魔力を拳に纏わせた。

 

『Force!!』

 

 更にフェルの神器で創造力をさらに溜めて、神器を創造する。

 ……前のサイラオーグさんとの一戦で試した力。

 平行世界の兵藤一誠の力の再現をフェルの力でするって発想から生まれたのは、なにもガントレットだけじゃない。

 戦車の力をガントレットで再現したのだから、もちろん騎士や僧侶の力も再現できる。

 ……創造工程を完了。

 行くぜ、フェル!

 

『Creation!!!』

『Convert Creation!!!!』

 

 神器の基礎を創造した後に、さらにそこに新たな能力を付加するように、神器を創り換える。

 こいつは赤龍帝の力と併用するとすぐにガス欠をするから、そんなに乱用はできないか。

 

「神器創造―――騎士の脚甲(ナイト・オブ・ソニックブーツ)

 

 俺の両足に白銀の光に覆われ、神器を形作る。

 形態はシューズ型の脚甲。

 踵の辺りに噴射口があり、俺の太ももまでを覆う仰々しい機械型のブーツだ。

 色はいつもどおり白銀で、光が止むと俺はつま先をトントンと地面に当てる。

 ……状態は良好だな。

 

「いくぜ、フェル」

 

 俺は足腰にグッと力をいれ、少しの予備動作をした後に―――一気に駆けた。

 俺が力をいれた瞬間にブーツの噴射口からは白銀のオーラが放射され、俺は今までよりも高速でガルブルトに近づく。

 踵の噴射口からオーラを逆噴射して回転するように体を動かし、黒歌がガルブルトから離れた一瞬を突いて上空から回転蹴りを放つ!

 

「……っ!? いつもいつも、てめぇは俺様を楽しませてくれるなぁ!!!」

 

 ガルブルトは俺の蹴りをギリギリのタイミングで受け止め、身を屈めて魔法陣を描いた。

 それに対し、俺は神器の力を解放する。

 力の戦車に対し、騎士は速度。

 この神器は俺が動けば動くほど速度を加速させ続け、蹴れば蹴るほどその力を大きくしていく!

 速度の基礎能力を上げる能力と、速度を加速させる能力を組み合わせた力だ!

 出力が足りなくても、厳密的には神滅具の理に近づけた神器。

 ―――これが創造神器の新たな力、ロンギヌスシリーズ。

 創造と創換を組み合わせ、俺の経験を元に生まれたフェルと俺の新たな力だ!

 

「おいおい……赤龍帝の力を使わなくてもここまでできんのか? ははは! なるほど、あの野郎(・ ・ ・ ・)がお前を欲しがるわけだなぁ!!」

 

 高速で奴の周りを駆動する俺に対し、ガルブルトは翻弄されることなく楽しそうに笑う。

 ……なんだ、この違和感。

 以前の奴とはまるで違う。

 

「敵は赤龍帝殿だけではない!」

 

 すると俺が駆動し続ける中、朱雀が宝剣を片手に持ち前の速度でガルブルトへと食いかかる。

 その姿を見たガルブルトは少し面白くないように舌打ちをし、手の平に刺々しい魔力の塊を作る。

 ……なんだ、あれは。

 俺と戦ったときはあんなもの、見なかったぞ?

 

「……てめぇは後だ。俺様の領域に踏み込むな」

 

 ガルブルトは凍るほどの冷たい声音でそう言い放つと、魔力を朱雀へと放つ。

 それは黒い網のような形態に変化し、そして―――朱雀を拘束した。

 

「な、に? こんなもの! 死に風の龍よ、切り裂け!!」

 

 朱雀は先ほどと同じように黒い風の龍を顕現し、その黒い網を切り裂こうとする。

 ……しかし、それは叶わなかった。

 それは朱雀が突如、力を失ったように膝を地に落とし、息を乱していたからだ。

 ―――まずい。あの黒い網は危険だ。

 ガルブルトの性質を考えて、普通の魔力弾なはずがなかった!

 

「黒歌! 朱雀の救出を頼む!」

「わかってるにゃん!」

 

 俺の指示を受ける前に黒歌は朱雀に近づき、朱雀に絡まる黒い網を消し去ろうとする。

 しかしその最中にも黒い網は朱雀を蝕み、その度に朱雀は絶叫に近い声を上げた。

 

「こ、れは―――くぁぁぁぁぁっ!?」

「ちょっと我慢する、にゃん!!」

 

 黒歌は少し強引にそれを引き千切り、すぐさま朱雀に仙術を施す。

 ……あいつ、あんなものを隠してやがったのか?

 

「強制拘束魔力術。俺様の力は奪うこと、蝕むことに意味があんだよ。そいつはその一端だぁ……さて、お次はてめえを捉えてやるよ」

 

 ガルブルトは人差し指に黒い、幾つかの天輪の輪っかを引っ掛け、指先でクルクルと回す。

 ……おそらく、あの力には魔力を吸い出す能力があるはずだ。

 しかも尋常ではない速度。

 ―――今ここで、こいつとやり合うのは分が悪すぎる。

 手負いの朱雀と、メルティを拘束したままの黒歌を守りながらで奴は倒せない……っ。

 

「さぁ、考えは纏まったか? まあそんなもんあっても―――意味ねぇんだけどなぁ!!!」

 

 ガルブルトは天輪を俺へと放つ!

 俺は脚甲の踵の噴射口から白銀のオーラを盛大に放ちながら、更に籠手に溜まった倍増の力を解き放つ!

 

『Explosion!!!』

「フェル! 脚甲からの衝撃波で撃ち落とすぞ!」

 

 俺の言葉にフェルは応えてくれるかのように、脚にオーラが溜まる。

 俺はそれを衝撃波のように放ち、更に空を縦横無尽に駆けてガルブルトに一気に近づく!

 そして拳を振るい―――

 

「―――バァァカか、てめぇ。そんなもん、とっくに見切ってんだよ」

 

 ……確実に裏を突いたと思った矢先、ガルブルトは俺の方へと手の平を向けていた。

 そこには先程の朱雀を拘束した魔力の塊。

 ―――まずい。

 今からじゃ、こいつの一撃は止められない……っ!!

 黒い網は目前に迫る。

 俺は抵抗するように拳のオーラを逆噴射して身体を後方に飛ばすも、黒い網は俺を追尾する。

 そして……

 

「さぁて、これで俺様の任務も完了……おいおい、てめぇ」

 

 ……ガルブルトは表情を変える。

 それは俺の方を向いているのではなく―――俺の目の前のヒトを睨んで、不機嫌な声を上げていた。

 そのヒトは藁で出来た帽子を被り、紫色の袴で身を包み、刀を片手にガルブルトの一撃を切り裂いた。

 

「―――ご無沙汰でござる、イッセー殿」

「や、夜刀さん?」

 

 ―――三善龍の一角。ドラゴンファミリーの従兄弟担当の優しいドラゴン。

 ……閃龍、夜刀神がそこにいた。

 

「ふむ。奇妙な気の流れを感じ取って来てみれば、まさかこのような状況になっていようとは。……さて、そこの悪魔殿。貴様はイッセー殿の敵とお見受けするが、如何でござる?」

「ちっ……見ればわかんだろ? 偽善野郎」

「ふむ、ならば―――拙者の敵で異存はないでござる」

 

 瞬間―――ガルブルトの腹部に突き刺さる、一本の刀。

 

「がぁっ!? て、めぇ……」

「少し狙いが外れた。拙者もまだまだ未熟でござるな」

 

 夜刀さんは更に刀を創り出し、それを逆手で持つ。

 

「だが次は外さないでござる。その心臓を確実に射抜いて見せようぞ」

「…………。流石の俺様でも分が悪りぃな―――仕方ねぇ。最低限の仕事だけして帰るとするか」

 

 ガルブルトは腹部を抑えながら、反対の手で指を鳴らした。

 

「……にゃ!? イッセー! 気をつけるにゃ!!」

 

 突如、黒歌が焦る声でそう言った。

 俺はその異変にすぐ気がつき、後方から凄まじい速度で近づく存在に目を見開く。

 

「……捕獲」

「なっ!? 黒歌の拘束を振り切ったのか!?」

 

 そこには目を充血させ、黒い耳と尻尾を生やして牙を剥くメルティがいた。

 先程よりも更に獰猛さを強化したような容姿。

 メルティは俺に襲いかかろうとするも、すぐさま夜刀さんは刀を流れるような動作で振り抜き、メルティを切り裂こうとする。

 ……しかしメルティは驚異的反射神経でそれを飛ぶ形で避けて、ガルブルトの傍に着地した。

 ―――あの夜刀さんの一閃を、あの速度で避けた!?

 

「こいつの回収は最低条件だったんだが、まぁいいか―――っと、そいつらもか」

 

 ガルブルトは指先を俺たちではなく、俺の神器で拘束されている旧魔王派の一派に向け、そして―――問答無用で、魔力弾で奴らを貫いた。

 旧魔王派の残党は絶叫を上げることなく絶命した。

 ……口封じってわけかよ。

 ―――仲間じゃ、ねぇのかよ……っ!!

 

「ふざけんじゃねぇぞ、ガルブルトぉぉぉぉ!!!」

 

 俺は今引き出せる全力の一撃をガルブルトへと放つ!!

 紅蓮の魔力弾はガルブルトへと放たれる……しかし突如現れた見たことのない魔法陣に阻まれた。

 

「てめぇを倒すのはまだ後だ―――兵藤一誠。てめぇは俺様たちには勝てねぇ。今はその余生を楽しむことだな! ははははははは!!」

 

 ガルブルトはそんな高笑いをしながら魔法陣と共に、その場から消え去る。

 メルティもまたその場から消え去り、その場に残るのは沈黙。

 ……ここで止まっていても仕方ない。

 

「……今はみんなと合流しよう。話はそれからだ」

 

 俺はなんとか冷静さを保ちつつ、あることを考えていた。

 最後、俺の一撃を止めた魔法陣。

 見たこともない魔法陣な上に、あれはガルブルトのものではなかった。

 でも一つだけ気掛かりなことがある。

 それは―――あの魔法陣は、ヴァーリの魔法陣に何処か似ていた。

 ―・・・

「お前から連絡を貰って、まさかと疑ったけどなぁ―――まさかこんな事態になるとは思ってなかった」

 

 ゼノヴィアたちと合流した俺たちは、とりあえずアザゼルに連絡を送った。

 そして安全地帯である夜刀さんの隠居先である母屋に移動し、今ようやく落ち着いて現状の話し合いをすることになった。

 桐生はアザゼル先生経緯で他の教師に保護してもらい、今は体調不良ということで休んでもらっている。

 ……せっかくの修学旅行なのに、あいつを巻き込んでしまったのは本当に申し訳が付かない。

 

「それにしても、八坂の姫君までこんなところにいるとはな」

「堕天使の総督殿。お主の生徒にはお世話になったのじゃ。心より礼を申し上げたい」

 

 八坂さんは深々と頭を下げ、そして少ししてから頭を上げた。

 ……でも、今は悠長に会話をしている時間はない。

 ―――この場に集まるのは、悪魔、堕天使、天使、妖怪、ドラゴン、そして……人間。

 その人間代表である朱雀は、そっとすっと手を挙げた。

 

「……初めまして、と言えばいいでしょう。私の名は土御門本家の出、土御門朱雀と申します」

「なるほど、本家の生き残りか。まさかそんな奴とも接触しているとは……これも赤龍帝の性質ってやつか?」

「知らない。まあ今の問題はそれじゃない―――朱雀、八坂さん。俺たちは貴方たちに問いたい。まず、何があったのかを」

 

 俺の問いに、互いに隣り合わせで座る朱雀と八坂さんが頷いた。

 

「そうじゃな。ならばまずは妾が話すとしよう。あれは土御門の一報を聞いた後のことじゃ―――妾はその事実の確認と、朱雀の安否の心配からすぐに行動した。妾の側近である鴉天狗を数人率いて、屋敷を出た。……それからすぐに悪魔に襲われた。先ほどの黒いコートを着たあの悪魔じゃ」

「ガルブルト……ってことですね」

「そうじゃ。奴の実力はすぐに察し、妾はあしらいながらも奴から逃げ、そしてそこにいる悪魔の娘たちと出会った。そこからはお主も知っての通りじゃ」

 

 なるほど……大体は俺の想像通りではあったな。

 だけど―――朱雀。こちらの事情は俺には想像も出来ない。

 土御門本家の崩壊を生き残り、メルティ・アバンセと戦っていたこいつの状況が分からない。

 

「そうでありましたか、八坂様」

「朱雀、お主の身に何があったのか、妾たちに教えてくれぬか?」

 

 八坂さんは朱雀の頭を撫でながら、優しげな表情でそう呟く。

 朱雀はそれに対し、ほんの少し恥ずかしそうな顔をしながらも、咳払いをして―――そして話し始めた。

 それは俺がずっと気になっていた土御門本家崩壊の一端。

 ……朱雀はどこかやせ我慢をするように、冷静さを装いながら話し始める。

 

「事の始まりは、私が本家を不在にしていた時でした……―――」

 

 ……朱雀は全てを包み隠さずに話した。

 事件が起きたのは朱雀が土御門本家から不在のときに起きた。

 朱雀が帰還するたったの数時間前に土御門は襲われ、帰った頃には既に全滅。

 建物はボロボロに風化して、既に誰も生き残っていなかった。

 

「誰が土御門を襲ったのかは存じません。ですが、他方面から危惧されていた禍の団。この存在が関与していると考え、私は血眼になって奴らを探していました。そんなときに―――」

「メルティを発見したというわけか」

 

 朱雀は頷く。

 ……なるほど、それならば納得はいく。

 メルティの目的は俺の捕獲にあったからこそ、朱雀からは逃げていたのか。

 そして俺の捕獲を企てていたのが、ガルブルト・マモンと奴を支援する何者か。

 更に英雄派までこの京都で身を隠している。

 

「……以上が、私の知っていることの全て。それを踏まえてあなた方にお願いがあります」

「……なんだ、言ってみろ。土御門朱雀」

 

 すると朱雀は少しばかり間を置いて、俺たちに願いがあると進言する。

 なんだろう、と考えつつもアザゼルは代表してそう尋ね返した。

 朱雀は少し考える素振りを見せ、そして意を決したように―――

 

「私を、赤龍帝殿に同行させて欲しい」

 

 そう、言い放った。

 ―・・・

「そっか。父さんたちも全部知っちゃったんだ」

『ああ。アザゼルから全て聞いた』

 

 俺はホテルの割り当てられた一室にて、父さんと通話をしていた。

 もちろん内容は土御門本家の崩壊のことだ。

 アザゼル経由で父さんたちにも連絡が行き届いていると聞いていたとおり、父さんは至って平常の声音だ。

 

「父さんはさ。この件、どう思うんだ?」

『どう、か……。それは難しいな。俺にとって土御門はまどかを傷つけた存在でしかない。正直に言えば悲しくはない。清々もしない。……だから答えは難しい、だ』

「じゃあ質問を変えるよ―――母さんの様子はどう?」

 

 そう質問すると、父さんは少し押し黙る。

 ……父さんにとって土御門は忌むべき存在でしかない。

 母さんを傷つけ、泣かせて捨てた家。

 確かに母さんからしても同じことが言えるかもしれない。

 それでも―――自分の実家が消えた。

 その事実を母さんはどのように受け止めているんだろう。

 もしくは……受け入れられるのか?

 

『まどかは……ははは。強くなったものだ。本当にな』

 

 そんな俺の考えもいざ知らず、父さんは少し笑ってそう言ってきた。

 それってつまり……

 

『まどかは終始、イッセーの心配だけをしている。まどかにとって本当に大切なのはイッセー……家族の安否だけなんだよ』

「でもそれは……」

『ああ。そんなものは強がりだ。口ではそう言っても、やはり心の何処かでは動揺は隠せていない―――それでもお前のことだけで焦ることが出来るほど、まどかは強くなったんだ』

 

 ……普通に焦ることが強くなった、か。

 ―――そこで俺は不意に土御門朱雀のことを思い出した。

 本家の唯一の生き残りであり、自らの目的のために俺に同行することを求めてきた存在。

 

「父さん。俺さ、こっちに来て土御門の唯一の生き残りと出会ったんだ」

『……っ。そう、か』

 

 父さんにそのことを伝えると、少しだけ言葉に詰まる。

 父さんにとって土御門は敵視するものなんだろう。

 複雑な気持ちを抱いているはずなんだ。

 

「俺はこのことが何かの縁に感じてさ。だからこそ、これは俺が解決するべきものなんじゃないかと思うんだ」

『……違う。結局は、ずっと逃げて来た俺たちが向き合わないといけない問題なんだ』

「だったら関係あるよ―――だって俺は、父さんと母さんのたった一人の息子なんだからさ」

 

 ……一人苦しんでいるときに俺を救ってくれたのは紛れもない二人だ。

 そのおかげで今、俺はこうしてここにいる。

 なら、それならさ。

 今度は俺の番なんだ。

 決してただの恩返しなんかじゃない。

 俺はただ―――苦しんでいる家族を助けたいんだ。

 

「だから心配をかける。俺はまた、無茶をする―――それでも最後は帰ってくる。だから」

 

 待っていてくれ、そう言おうとしたときだった。

 受話器からは何かカサカサと動く音が聞こえ、父さんの声が聞こえなくなる。

 そして

 

『待たないよ。もう私は、イッセーちゃんを待たない』

 

 ……何かを決心する母さんの声が聞こえた。

 

「……母さん」

『ごめんね、イッセーちゃん。二人の話はずっと聞いてたんだ? 私、心が聞こえるだけじゃなくて耳も良いから』

「……だったら、分かるだろ? 今の京都がどれほど危険なのか」

『うん、分かるよ? イッセーちゃんがそんなに危ないところにいることが』

 

 母さんはあっけらかんとそう言う。

 俺はとうして母さんがこんなことを突然話しているのか、なんとなくだけど分かっていた。

 だから尋ねないといけない。

 

「私ね? 昔だったらこんな考え方できなかった。私はとっても弱くて、一人じゃなんにもできないから」

 

 ……母さんは「でも」、と続ける。

 

『今は違うの。私には頼りになる愛しい旦那さんがいて、可愛い子供がいる。いつも支えてもらってばかりだけど、でもそのおかげで私は前を向いていける』

「……母さんは、どうするんだ?」

 

 俺は分かりきったことを敢えて問いかける。

 母さんもそのことを分かっているのか、くすっと笑った。

 

『―――迎えにいく。私たちも、京都に行く』

 

 ……母さんの決心に、俺は納得した。

 やっぱりなって感じだ。

 母さんと父さんがこの事態に動かないとは思えなかった。

 ……この子にして親あり、か。

 本当に寝たもの家族だよな、俺たち。

 

『イッセーちゃんの心配はわかるよ? 私もそこまで無謀じゃない。……護衛、って形で従者を悪魔から提供してもらう手筈になってるの』

「従者?」

『うん。サーゼクスさんに直接お願いしたから、信頼できる人だと思う。……だからお願い、イッセーちゃん』

 

 それが暗に、俺のところに来ることを許してくれといったものだとすぐに理解した。

 ……そして何より、俺がどういっても二人は自分を曲げないことを重々理解していた。

 だって二人は―――俺の父さんと母さんなんだから。

 

「……大丈夫だよ」

 

 それはいつも通りの言葉。

 

「何があろうと、俺は全部護る。それが俺が自分に掲げた答えなんだから」

 

 幾多の戦いを経て、苦しい思いをして、泣いて悲しんで、そして得たもの。

 

「―――二人は俺が護る。家族を護るのは、家族の役目だろ?」

 

 ―――そのきっかけをくれたのは、紛れもない父さんと母さんなのだから。

 母さんはその言葉に涙ぐみ、嗚咽を少し漏らした。







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