蜘蛛の男の自由気ままな物語   作:黒豆博士

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第九話 最強の片鱗

 第287期ハンター試験二日目、午前八時〇〇分。

 受験生、第三次試験会場到着。

 

「皆様、大変お待たせいたしました。目的地に到着です」

 

 静寂を保っていた飛行船の中に、ハンター協会会長秘書・マメ男マーメンの声が響き渡った。

 

 

 数分後、飛行船の出入り口前にある大広間に受験生たちは集まっていた。ほとんどの者は黙って待機しているが、一部の者は結構騒いでいたりする。

 

「すげー! 見ろよゴン、今超たっけーぞ!」

「うん! すごいね!」

 

 と年相応に騒ぐのはつんつん頭の少年と銀髪猫目の少年、ゴンとキルアだ。コンクリートの床の一部が円形に開いて現れた、ガラス張りの床から眺められる絶景に、「スゲー」を連呼しながら見入っている。

 

「すまんかったのう、この機能があることを今の今まですっかり忘れておった。おかげで眺める時間がすっかりなくなってしもうたわい」

 

 髭を撫でながら言う全く悪びれていない様子のネテロに、ゴンとキルアは笑って「いいよ!」と返した。

 これに関しては問題ない。子供ゆえのテンションの高さも、友達と一緒に絶景に魅せられてはしゃぐのも、殺伐としたハンター試験受験中である受験生たちとってはほっこりと和みを与えてくれるものなのである。

 だからそれは問題ない。全くもって無問題(モーマンタイ)

 問題なのはその隣だ。

 

「うおっ、見ろよマチ! あれ! あれ! あそこの猿! すっげー尻尾九本あるぜ! 狐じゃねーのに!」

「やめてニード周りの視線が痛いし何より恥ずかしいから今すぐそのあたしの服の裾を掴んでる手を離せ!」

 

 少年二人から少し離れたところでギャーギャー喚いているのは二人の男女。黒髪黒目に黒いコートの全身真っ黒な黒ずくめの男と、女忍者のような衣服を着ている桃色の髪の美少女。

 言わずもがな、ニードとマチである。

 片方はいろんな意味で有名な、試験開始のところで騒ぎを起こし、走っている途中で色々やらかし、人面猿をオーバーキルし、(当事者以外は知らないが)287期ハンター試験第二次試験試験官メンチ・ブハラ両名と何かシリアスったりした黒衣の男。

 隣の美少女の服の袖を引っ張りながら、目をキラキラさせて少年のように無邪気にはしゃぐ黒衣の男(せいねん)

 はっきり言っておもっくそ目立っていた。

 あまりに目立つその光景に、どんなところに目ェつけてんだとかそもそもどうしてここから遥か下方の木の上にいるはずの猿が視認できるんだとかどこに喜ぶ要素があるんだとかなんで猿に尾が九本あんのかとかそれ以前に猿に尻尾なくねとかいう諸々のツッコミを全て放棄し、受験生たちは皆一様に不快感を露わにしていた。

 ちなみに違うことを思うものが約二名。

 

「何やってんのバカ師匠……!!」

「もうちょっと場の空気を読もうよ……」

 

 件の二人の弟子であるメンチとブハラは、自分たちの師匠がバカをやっていることに羞恥を覚え、自分たちの関係をほとんどのものが知らないことに心の底から安堵していた。

 二人は試験が終了し次第まず間違いなく合格するであろう自分たちの師匠を折檻することに決めた。

 

 

 はしゃぐ少年二人とニード、恥ずかしがるマチ、不快感を隠そうともしない受験生たち、笑い続けるハンター協会会長、密かに怒りを煮えたぎらせている287期ハンター試験第二次試験試験官の二人と、出口前大広間はカオスな空間と化していた。

 そんな中、飛行船が急停止した。

 おそらく真の意味で着陸(とうちゃく)するためだろう。しかしこれまで緩くはあっても動き続けていたものが急停止したため、飛行船全体がぐらりと揺れた。

 当然それは受験生たちにとっては些細なものだ。座っていたり壁に寄りかかったりしている者が大半だし、立っていたとしてもここまで残ってきた受験生たちにとっては「お、揺れたな」程度にしか感じない。

 無論ニードもその例に漏れない。彼はここまで残ってきた受験生たちなど比べ物にならないほどの力を持つ強者であるため、この程度の揺れは普段なら気にもならない。

 ――そう、普段なら。

 先述の通りニードははしゃいでいた。相棒であるマチと弟子のメンチとブハラが羞恥を覚え、受験生が不快に感じるぐらいにははしゃいでいた。加えてガラス張りの床を覗き込むためしゃがみこんでいた。

 つまり何が言いたいのかというと。

 普段なら気にもしないような揺れで、はしゃいでいたためか、しゃがみこむという不安定な姿勢だったためか、それとも大宇宙の神秘か、ニードは転んだ。

 ――隣にいたマチの方向へ。

 先述の通りニードははしゃいでいた。ガラス張りの床から覗ける絶景に見入って、妙なところに目をつけて、とても目立つぐらいにははしゃいでいた。

 つまり何が言いたいのかというと。

 ニードは急な揺れですっ転び、周囲の視線が集まる中、隣にいたマチを押し倒した。

 そして、ニードの左手は――――

 ――――鋭い目にすっと通った鼻梁、綺麗に収まった唇と桃色の髪を持つ美少女の、意外に大きい右胸をしっかりと掴んでいた。

 鷲掴みにしていた。

 つまり何が言いたいのかというと。

 黒衣の男はその場にいる全員の視線が集まる中、美少女を押し倒してその意外に大きな胸を揉んだ。

 もにゅんっ、と柔らかな感触とともにニードの手の中でマチの大きな胸が形を変える。

 その場に沈黙が訪れた。

 

 ――数秒後。

 

「……!! ~~~~~~~~ッ!!」

(あ、これ死んだわ俺)

 

 一番早く現実を認識したマチが、その整った顔をぼんっと音がするほど一気に真っ赤に染め、同じく現実を認識し顔を急激に青ざめさせていくニードに強烈な蹴りをたたきこんだ。ズバガァァァァァァァン!! という耳を劈く轟音とともに直径五十メートルほどの半球状のドームのような形をしている大広間の天井にニードの頭が突き刺さる。

 ぶらん、と顔だけを天井に埋めて力なく揺れるニードのもとへ、ハンター協会会長兼審査委員会最高責任者ネテロが無言のまま跳んだ。

 そして。

 ひとっ飛びでたどり着きその足を掴んだかと思うと、引っこ抜いて下方の床へ叩きつけた。

 ドバガァァァァァァァン!! という大音響が鳴り響き、爆風が吹き荒れる。硬い飛行船の床に罅が入り、ニードの体がバウンドした。

 直後、周りに受験生たちが群がった。罵声とともに黒衣の男を踏んで蹴って殴って刺して叩く。

 

「なに見せつけちゃってくれてんですか、ア゛ァ゛!?」

「あそこで転ぶとかありえねーだろクソが!!」

「羨ましいんだよ畜生!!」

 

 トランプやら針やら矢やら拳やら脚やら手裏剣やら蛇やらが飛び交う中、非リア充である男たちの涙交じりの絶叫が大広間中に轟いた。

 あまりの惨状にどっかの二人組は師匠へのお仕置きを取り止めたとか。

 

 ――一方その頃。

 自分の想い人に押し倒され胸を揉まれてしまったマチは大広間の隅でぺたんと女の子座りをしていた。耳まで真っ赤にしながら瞳の中でぐるぐると渦を巻かせて口をあわあわとさせている彼女の着物は押し倒されたためか少しはだけていて染み一つない肩が露出している。湯気が出そうなほど赤面しているためか、白い肌もほんのりと赤くなっている。

 そんな彼女の胸中では、

(押し倒された!! 胸揉まれたっ!! わぁぁぁぁぁぁっ!!)

 という嬉しさと恥ずかしさを等量ずつ含んだ桃色思考が展開されていた。喜んだほうがいいのか怒ったほうがいいのかわからないまま、火照った体を抱いて恋する乙女はさらに顔を真っ赤に染める。

 勝気そうな印象を受ける顔立ちの美少女がそれに反して魅力的な格好で羞恥に悶える姿は小動物を連想させた。

 とどのつまり、彼女はとてもエロかった。

 幸か不幸か彼女のエロ可愛い姿を見てしまった男性受験生は揃って前かがみの姿勢になったのだが、それを語るのは彼らの精神衛生上大変よろしくないので割愛させていただこう。ごめんやっぱり割愛できなかったわ、一行で包み隠さず全部伝えちゃったわ。

 

 

 

 飛行船が降り立ったのは、広大な円形の、おそらくは塔の天辺であろう場所だった。何もなく誰もいない場所で、若干息を荒くした受験生たちはマメ男マーメンの説明に耳を傾けていた。

 

「ここはトリックタワーと呼ばれる塔の天辺です。ここが三次試験のスタート地点になります」

 

 ハンター協会会長秘書である彼は、愛嬌のある顔で淡々と告げていく。

 

「さて、試験内容ですが。試験官の伝言です――――」

 

 ――――生きて下まで降りてくること。制限時間は七十二時間。

 第三次試験参加人数、四十名。

 

 

「どうするマチ? あいつらについてった方がいいと思うか?」

「うーん、そうだね……」

 

 相棒に訊かれ、マチは少し考え込んだ。

 二人の視線の先には集まる四人の受験生たち。ニードとも一応面識があるレオリオ、クラピカ、キルア、ゴンの四名だ。おそらくは降りるための入口を見つけたのだろう。

 ニードとマチがマークしているのはクルタ族の生き残りであるクラピカだ。先程既に現在四人の集まっている場所は調べたので、そこに五つの入口が密集しているのは知っている。おそらくは罠が仕掛けてあるか同じ部屋につながっているのだろう。その気になれば、彼らとともに行動することもできるのだ。

 

「んー……私の勘じゃ行っても行かなくてもあんまり大差ないと思うよ。お好きにどーぞ」

「そっか。じゃ、めんどいし行かねーでいいや」

「ん……団長といいニードといい、そこまであたしの勘を信じられてもね」

「いいじゃん、お前の勘良く当たるんだしさ」

 

 ははは、と黒衣の男は笑った。

 ちなみに彼は三次試験詳細説明時には既にけろりとしていたためその場の受験生たちを戦慄させたり恐怖させたりしたのだが、長くなるのでそれは今度こそ割愛させていただこう。

 ともかく、隣に座るマチの勘はそれは良く当たるため、ニード含め旅団の人間のほとんどは彼女の勘をかなり信用しているのだ。

 

「ま、そうと決まれば話は簡単。少し待つか」

「ん、わかった」

 

 頷き合い、彼らは一気にだらっと体から力を抜いた。

 余談だが、未だに顔を赤くしていたマチにニードが気づくことはなかったため、マチとしてはわかっていたこととは言えホッとしたような残念なような気分だったとか。

 

 

 ――約三時間が経過した頃には、塔の頂上に受験生は既に一人もおらず、完全にマチとニードのみとなっていた。

 

「よし、いくか」

「ん、オッケー」

 

 よいしょと立ち上がり、端に近づく。

 合格するにはトリックタワーの下までたどり着かなければいけないが、別に外から行ってはいけないというわけではない。が、試験開始直後にその考えにたどり着いたプロのロッククライマーであるらしい受験生が挑戦したところ、彼方から怪鳥が飛来し襲われて果ててしまった。

 

「ま、そんなん俺には関係ねーがな」

「あたしは楽だからいいけど、ほぼ確実に撮られて不特定多数に見られるはずだから覚悟しといたほうがいいよ」

「わーってるって。それに、もし見られてかかってこられたりしても、さ」

 

 にィィ、と口角を吊り上げ、黒衣の男は獰猛に笑った。

 

「全員殺すぐらいならわけねーわな」

「はいはい、あんたも十分戦闘狂だね」

「くっくっく、むしろ蜘蛛(ウチ)戦争(ケンカ)嫌いはいねーだろ」

 

 薄く笑ってから、ニードは顔を引き締めた。

 

「さて、と。じゃ、やりますか」

 

 パキパキと。どこかで音が鳴った。下に向かって手をかざし、ニードは自身の誇る“能力(チカラ)”を解放する。

 

 

「――――“死へと誘う無限の白銀(アイスクリエイト)”」

 

 

 バギイイイイイイイイッ!! と。

 突然、黒衣の男の足元の壁から透明な塊が飛び出した。ソレは渦を巻きながら瞬く間に下へと伸びていく。ガガガガガガという高速でレンガを積み重ねているかのような音が連続していき、すぐにピタリと止む。

 ソレは道。幅一メートルほどの、透明で硬くて冷たい道。

 しかしそれだけでは終わらない。ギュアアッ!! と、道の両端から等間隔で透明な八十センチほどの柱が屹立していく。それを追う形で、柱の上を透明な何か(ライン)が走っていく。

 それは手すり。透明で固くて冷たい手すり。

 そして、道が削られていく。透明な一本道が削られ、段差がついていく。

 ソレは階段。透明で固くて冷たい――――氷でできた螺旋階段。

 一瞬で創造された(つくられた)それを見て、マチはほぅと感嘆の息を漏らした。

 

「何度見てもすごいね、ニードの氷を創りだすだけ(、、)の能力」

「言うなよ、カッコイイだろ。アイスをクリエイトしちゃってんだろうが。橋にもできるし即興の足場にもできるし武器にもできるし、応用性だって超高ぇのはマチだって知ってるはずだぜ」

「長い、二十文字以内で簡潔に言って」

「アイスをクリエイトしちゃってんだろうが」

「あっ言いたいのそこだったんだ」

 

 ――二人は氷の螺旋階段を降り始めた。

 しばらく、コツ、コツ、という二人の足音だけが響く。沈黙を守りながら、マチは相棒の化物性を再確認していた。

 

(相変わらず馬鹿げたオーラ量だ……)

 

 幼馴染であり相棒であり想い人である黒衣の男の背中を見ながら、思う。

 

(この能力よりあんたの強さの方が目立ちそうだね、こりゃ)

 

 はぁ、とマチは溜め息をついた。

 この“能力(チカラ)”の正体は“念”と呼ばれる技術である。

 万人に例外なく備わっている“オーラ”と呼ばれる生命力の源を自在に扱う技術の総称であり、修めた者はこれを応用した特有の“能力”を手に入れることができるというこの世界に生きる真の強者ならば必ず修めていなければならないほどの絶対的なチカラだ。

 しかし強力な力の行使にはそれ相応の代償が必要である。念の使用には一部を除き悉くオーラを消費するのだ。

 当然、この氷を創り出すのにもオーラを消費する。巨大で長大なこの氷の螺旋階段を創り出すにはそれに見合った相当量のオーラが必要なはずなのだ。それこそ、念を覚えたての者の総オーラ量ぐらいには。

 ――だというのに、目の前を歩く黒衣の男は平然としている。

 念というのはなにも能力のみが役立つわけではない。オーラは纏うことでただの紙切れでアルミ缶を切り裂くことも拳の一撃で岩壁を砕くことも可能とするのである。従って(絶対ではないものの)総オーラ量イコールその人物の強さの指標とすることすらできるのだ。

 つまり、これだけのオーラを使って平然としている黒衣の男は正しく化物であるということだ。まぁ、そんなことを考察するマチも、彼女たちの仲間である蜘蛛の団員も大概化物なのだが、しかしそれでも黒衣の男の前では霞む。

 ――ニード。マチの幼馴染であり相棒であり想い人である黒衣の青年は、化物が集う蜘蛛の頂点に君臨する最強の男なのだ。

 最強の片鱗を見せた黒衣の男の背中を、マチは黙って追い続けた。

 

『――――406番マチ、407番ニード、三次試験通過第一号及び二号!! 所要時間、三時間四十八分』

 


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