蜘蛛の男の自由気ままな物語   作:黒豆博士

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第八話 メンチとブハラのお師匠様

 初めて出会ったのは、メンチとブハラがまだ十一の時だった。

 黒衣に身を包んだ中性的な顔立ちの男と、女忍者のような衣服を着た桃色の髪の美少女。とある出来事から圧倒的な力を見せつけられ、また魅せられたメンチとブハラは、すぐに弟子入りを志願した。

 二人は最初相当嫌がっていたように思う。いやあれは嫌がってたとかいうレベルじゃなかった、むしろそれ以上言えばデンジャラスな結果になること間違いなしの雰囲気だった。そんな中でなお頼み続けたメンチとブハラに、二人は最後渋々折れたのだ。

 最初は修行をするのではなく脅された。自分たちはあの幻影旅団の一員だ、そんな奴らが師匠でいいのかとドスの効いた声で男に訊かれ……メンチとブハラは揃って勢いよく頷いたものだ。自分たちはあなたたちに魅せられました、だから大丈夫です、と意味のわからない根拠のない自信を持って。

 今思えば、覚悟を問われていたのかもしれない。黒衣の男はその答えを聞いたあと、柔らかい笑みを浮かべて、そうかと言ってメンチとブハラの頭を撫でた。ブハラはその時から既に超でかかったので、ジャンプして無理やり撫でていたのがいやに滑稽に見えて、十分近く笑い転げたのを覚えている。

 それからは密度の濃い修行が続いた。体を鍛えることから始まり、野宿の仕方を教わり、地形の悪い中での戦闘方法を覚え、果ては“特殊な力”の習得まで行った。

“食べ物”というものに魅せられたのは、連れて行ってもらった秘境で死にそうな思いをして手に入れた食材を、二人に調理してもらって食べた時だ。その時の達成感や充足感、何より料理の美味しさは今でも脳裏に焼きついている。

 二人に出会ってからずっと眩しかった世界が、更に輝きだしたように感じられた。

 二人は幻影旅団だったから、仕事をしに数ヶ月もいなくなることだってあったけど、毎回のように持ち帰ってきてくれたお土産にはとても喜んだものだ。

 ずっとずっとこんな毎日が続くのだろうと思っていた。

 そんな考えがぶち壊された……否、ぶち壊してしまった(、、、、、、、、、)、あの日。

 あの日、メンチとブハラは二人に自分たちの思いを話したのだ。

 ハンターになりたい。美食ハンターになって、沢山の美味しい食べ物を食べてみたい。

 それだけ、たったそれだけを、願っただけだったのに。

 

 

 

 

 照りつける陽の光が遮られたことで、メンチは思考の渦から意識を浮上させた。

 ブハラに美味しいと言わせたのは七十名。その七十名にメンチが指示したメニューはスシ。ジャポンという島国の民族料理だ。

 先程誰かがスシに魚が必要なことをバラしてしまい、今はほとんどの受験生が魚を獲りにいって調理場はガラガラだ。そんな中で一番に料理を持ってこられるのは――もとからスシという料理を知っていたものだけだろう。

 持ってきたのは、二人。黒衣に身を包んだ男と、女忍者のような衣服を着た桃色の髪の美少女。当然だろう、スシを作ってくるように指示したメンチにスシという料理を教えてくれたのは、ほかならぬこの二人なのだから。

 

「……いただきます」

 

 口に含んだ二つのそれは、半ば予想した通り、美食ハンターであるメンチでもスシとして完成された味だと思えるものだった。今のスシダネというのはほとんどが海水魚で、淡水魚のスシダネなんて普通は見かけることすらないというのに。

 美味しくて、斬新で、――どこか懐かしい味がするそれを飲み込んで。

 零れそうになる涙を堪えて、震える声で、俯きながら――言った。

 

「……どっちも、美味しくないわ」

 

 

 

 

「……スシ?」

「そう、スシ。ジャポンって島国の民族料理だ」

 

 ある日唐突に振る舞われた、一口サイズの卵型の酢飯の上に、長方形に切られた生の魚の切り身を乗せた食べ物。頬を引き攣らせながら勧められるままに口に含んだそれの、見た目に反した魚と、飯と、ワサビと、醤油の味が合わさった絶妙な美味しさには感動した。

 もっと食べたい、もっと食べたいとねだるメンチとブハラに、黒衣の男は笑いながら、桃色の髪の美少女は無愛想に応えてくれた。

 本場ジャポンに行って食べてみたい、と目を輝かせて言ったメンチとブハラに、黒衣の男は苦笑しながら頷いてくれた。

 

「そうだな。今度一緒に行こうか」

 

 後日連れて行ってもらったスシ屋で新人の人に握ってもらったスシの、妙な生臭さは今でも忘れられない。

 

 

 

 結局、合格者は一人も現れなかった。偶然スシを知っていたらしいバカハゲが、クソ丁寧に作り方を受験生全員にバラしてしまったから、味だけで審査した結果だ。

 ただでさえ試験開始からずっと向けられているピエロ野郎の殺気や黒衣の男と桃色の髪の美少女との再会でピリピリしていたため、本来の審査規定と違っていることも一方的な言い分であることも重々承知していながらも、むしゃくしゃした気分に任せてゼロとしたのだ。

 その決断に納得いかなかったらしい思い上がったデブが、誇りを持って活動している自分たち美食ハンターに向かってごときとかぬかしやがった。ブハラが代わりにぶっ飛ばしてくれなかったら、今頃メンチが殺ってしまっていただろう。

 そしてデブをぶっ飛ばした直後、メンチの前にハンター協会会長兼審査委員会最高責任者のネテロ会長が現れた。正直なところめっちゃビビった。好好爺然としているくせして存在感がハンパなかった。昔黒衣の男と桃色の髪の美少女に感じたものと似て非なるものを感じた。胸をガン見されていたような気もするが、それはきっと気のせいだろう。

 メンチが自身の非を認め、試験官を降りようとしたところ、ネテロ会長の提案で即興の試験を行うことになった。実演という形でメンチも参加することになったが。

 その試験は近くのマフタツ山で行われた。メニューはゆで卵、山を中央で真っ二つにしたようになっているマフタツ山の谷の間に吊るされた、マフタツ山に生息するクモワシの卵をとる試験だ。

 そこが見えないほど深い谷にダイブしなければ卵をとってこれないため、相当な勇気が試された。代わりに味もそれに見合う美味しさで、先程不満をぶつけてきたデブにも食べてもらったところ、美食ハンターが美味を求める理由をわかってくれたようだった。何よりだった。

 そして。

 どことなくすっきりしたように見える彼の表情に、昔の自分が、重なった。

 

 

 

 

「もう、あんな苦労して仕留められたのが一頭だけって……やんなっちゃう。てゆーか、アイツって死にかけてまで手に入れる意味あった?」

「まぁまぁそう言うなって。ほら、もう少しでさっきのやつの肉入れたシチューできるぞ」

 

 全身包帯だらけにしながらブーブーブーブー文句を垂れ続けるメンチと、苦笑しながらシチューをかき混ぜている黒衣の男。秘境であるこの大森林の少し拓けた場所で、二人は木を手刀で切り倒して作った即席の切り株椅子に座っていた。現在桃色の髪の美少女と一緒に別行動しているブハラも、おそらくは同じような状態だろう。

 パチパチと燃える薪の音が響き渡り、直後ガシャンという音が続いた。燃え続けて脆くなった薪が崩れたのだろう。それと同時に、黒衣の男が声を上げた。

 

「おっ、シチューできたぞ! もう薪を足す必要はないな。ほれメンチ、よそってやっから来いよ。腹減ったろ?」

 

 にっ、と笑いながら腕を突き出す黒衣の男に、未だムッスリした顔のままメンチは皿を押し付けた。再び苦笑しながらよそられたシチューを貰い受け、即席で作ったにしてはやけに小奇麗な木のスプーンでガツガツと頬張り、もぐもぐとよく噛んでから飲み込んで、ほぅ、と息を吐いて、とろけたような顔をしながら、一言。

 

「超美味しい」

「だろ?」

 

 へっへっへー、と自慢げに胸をそらしながら笑う黒衣の男を、長年培ってきたスルースキルを最大限活用して無視し、無心で木匙を動かし続ける。

 濃い、それでいて粘つかないとろとろの汁に、長い時間かけて煮込まれてとてつもなく柔らかくなっている野菜、そして何より――メンチが狩った獲物の肉の旨味が合わさって、すごく美味しかった。

 元々腹が減っていたのもあって、猛スピードで皿を空にしたメンチは、「おかわり!」と叫ぼうとして――ようやく黒衣の男が自分たちを秘境(ここ)に連れてきた意味に気付いた。

 

「どうだ? 自分で命賭けて獲った飯は、何より美味いだろ?」

 

 ニコニコと満面の笑みを浮かべて問うてくる黒衣の男から顔を背け――顔を真っ赤にしながら、小さな声で、ぼそりと呟く。

 

「……あ、ありがと。文句ばっかり言って、悪かったわね」

 

 言ったあと、幼さ故のあまりの恥ずかしさから、「おかわり!」と叫びながら皿を黒衣の男の顔面に叩きつけた自分は悪くないとメンチは思う。

 

 

 

 

 ゴオンゴオンと、ハンター試験第三次試験会場へ向かう飛行機の飛行音が鳴り響く中、メンチとブハラは、かつての師である二人に会っていた。

 

「……で、二人共、私たちに何か言うことはある?」

「突然離れちゃって申し訳ありませんでしたっ!!」

 

 がばっ、と華麗に黒衣の男流・必殺☆DOGEZAを決めた黒衣の男を革靴(ローファ)で踏みつけながら、メンチは頬をひくつかせつつ、

 

「そうじゃなくて、ハンター試験を受けに来た理由を聞いてんのよッ!!」

「あっ、そっちでしたがぼるふぇえッ!!」

 

 ドガン!! という音と共に足に込める力を強め、黒衣の男の顔を半分以上床にめり込ませながら、問う。

 

「で?」

「いや単純に便利そうだと思ったからであります!」

 

 床の下から返事が返ってきたので、顔全部めり込ませておいた。

 仁王立ちしたメンチとブハラの前で、土下座の体勢のまま顔が全部床にめり込んでいる隣の黒衣の男を見て桃色の髪の美少女は頬を引き攣らせた。

 

「……そっか。偶然か。私たちに会いに来てくれたのかなって、ちょっと期待しちゃったじゃない」

 

 先程までと一転して、悲哀を含んだその声に、黒衣の男と桃色の髪の美少女はばっと顔を向けた。

 潤んだ瞳で、メンチは叫んだ。

 

「なんであの日……いなくなっちゃったのよ」

「「…………ッ!!」」

 

 二人が鋭く息を飲む音を聞いて、メンチはいっそう瞳に涙を溜めながら、呟いた。

 

「私たちが、あんたたちを売るわけないじゃない……!!」

 

 数年前、言えなかった言葉を、絞り出す。

 

「なんで……私たちを、信じてくれなかったのよッ!!」

 

 

 

 

 あの日。

 メンチとブハラが、美食ハンターになりたいという夢を師に語った、あの日。

 話を聞き終えた二人は、唐突に告げた。

 

「そうか。じゃあ、俺たちはもう会わないほうがいいな」

「え……ッ!?」

 

 突然の言葉に驚くメンチとブハラを無視して、黒衣の男は淡々と告げた。

 

「俺たちは蜘蛛だ。ハンターになるんだったら、俺たちは繋がってちゃまずいんだよ。売られるかも知んねーからな」

 

 ま、売られたところでどうってことはねーんだけどなー、と何処か呑気に呟く黒衣の男の前で、メンチとブハラは理解不能の言葉に硬直していた。

 ハンターニナルナラツナガッテチャマズインダヨ。ウラレルカモシレネーカラナ。

 あまりに唐突な別れの言葉。突然すぎる幸せの終焉。

 その言葉の意味をようやく脳が理解した時には、既に二人は立ち去ろうとしていた。

 

「ま……ッ!! そんなつもりじゃっ……あたしたち、二人を売ったりなんか……ッ!!」

 

 慌てて呼び止めるメンチに、二人は最後の言葉を告げた。

 

「じゃあ、達者でな」

 

 お前たちとの数年間、悪くはなかったよ。

 言い残してバタンと閉じられた扉を開けた時には、既に二人の姿はなかった。

 

 

 

 

「寂しかったんだから……!!」

 

 堪えきれなくて、涙を抑えきれなくて、そんな顔を見られないように、メンチは黒衣の男に抱きついた。ブハラは後ろで、無言で涙を流している。

 泣き続ける二人の頭を撫でて、黒衣の男は言った。

 

「……ごめんな。急に離れて」

「……なら」

 

 黒衣の男を見上げて、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で、メンチは呟いた。

 

「なら、もういなくならないで……」

 

 しばし無言が続いて――――――。

 黒衣の男と桃色の髪の美少女は、頷きあってから、メンチとブハラに満面の笑みを見せた。

 だからメンチは、無理やりに笑顔を作って、けれど心からの笑顔で、言った。

 

「――――――なら、許してあげる」

 




※ヒソカ = メンチ、ブハラのことをニードとマチから聞いて知っている。
 メンチ、ブハラ = ヒソカのことをマチとニードに聞いていないので知らない。
 ということになっております。

 ヒソカの占いの結果ですが、過程が悪く(泣かれた・怒られた)結果が良い(仲直りできた)方に転んだ、ということになっています。作者の表現力の無さのせいで理解できなかった方、申し訳ありません。本文中で説明するか迷ったのですが、この形でまとめさせていただきました。

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