蜘蛛の男の自由気ままな物語   作:黒豆博士

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第四話 スリーシーンズ

(し、信じらんねー!! もう4・5時間は走ってるはずだぜ!! なんで誰一人脱落しねーんだ!?)

 

 はっ、はっ、はっ、はっ、という自身の呼吸音が、いやに大きく感じられる。

 少し前の方を走っている最後尾勢を見る。どどどどどど! という受験生たちの騒音ならぬ走音が空気を震わし、ビリビリと肌に伝わってくる。

 

「大丈夫?」

「おやおやもうダメなのかなレオリオさんよぉ? 俺はまだまだ余裕だぜぇ?」

 

 という自身に合わせて走ってくれるゴンにぐっと親指を立て、馬鹿にしてきやがるアホには無論ゴートゥヘルのサインを出す。

 

(なめてたぜ、ハンター試験を。いや……本試験に集まった受験生たちをだ……!!)

 

 少しずつ、だが着実に自身との距離を離して行く受験生たちの背中を必死に追いかけながら、思う。

 

(ハンター試験予備軍のこいつらでさえ、認めたくねーがあのアホでさえとんでもねー化物(スペシャリスト)なんだ!! なめてたぜ)

 

 疲れからか、今まで見開いていたはずの瞼が少し下がる。頭の中では、道中聞いた言葉が再生されていた。

 

『一万人に一人。ここにたどりつく倍率さ』

『三年に一人。新人(ルーキー)が合格する確率だそうだ』

 

 ずっ、と片足が地面にすれて止まった。

 

(マジで……選ばれた者だけしかなれない職業か……。俺みたいな凡人にゃ夢のまた夢ってか……。くそォ……)

 

 ず、とつられてもう片足も止まる。握っていた力が緩んで、手からカバンがこぼれ落ちる。

 

「レオリオ!?」

 

 朦朧とする意識の中で、ゴンの叫びが聞こえた。

 膝に手をついて、荒い息を吐く。滴り落ちた汗がコンクリートの地面を濡らす。

 

「……ざけんなよ」

 

 知らず、口から言葉が漏れた。思い出されるのはハンターになろうと決意した時の自分。ハンターになろうと決めた理由である自分の目指す夢。

 

「絶対にハンターになったるんじゃ―――――――――――!! くそったらァ~~~~~~!!」

 

 うおおおおおお、と爆走する。

 ハンターになるという自分の決意を裏切るわけには、自分の夢を諦めるわけにはいかない。

 レオリオ=パラディナイトは走る。汗をダラダラ流して、歯を食いしばって、鼻の穴を大きく広げて、みっともないままひたすら走る。

 抜く途中で黒衣のアホを全力で殴っておくのも忘れない。

 

 

 ――バカな!!

 

(バカな……!! バカな……!! バカな……!!)

 

 ゼーッ、ヒューッ、という音が何なのかすらすらわからないまま、受験番号187番の少年・ニコルは半ば機械的に足を動かし続ける。目の前は真っ暗、前を走る受験生たちの背中すら見えない。それが限界を超えて走り続けているせいだということにも気づかないまま、彼は走る。

 

(オレが脱落……!? そんなバカな!! オレにかなう奴なんて一人もいなかった。勉強も!! スポーツも!! 全てトップだった!! オレ以外の人間なんてただのクズ!! オレに利用されて捨てられていくだけのガラクタだったはず!!)

 

 ハヒューッ、ゼーッ、ヒューッ、という音がまた一段とうるさく感じられるようになった。それを煩わしいと思う余裕さえ今の彼にはなく、視界が真っ暗になっていく。

 

(いやだ!! 信じない!! あり得ない!! オレが落第生!? 脱落者!? 負け犬!?)

 

 いやだ!! その一心で、彼は走り続ける。

 

「いや…………たくない」 

 

 口から声、否、呻きが漏れた。ズズ、と足が地面にすれて、愛用のパソコンが手からこぼれ落ちて砕けて壊れたのにも気付かずに、言葉になってない何かを喚き、必死に手を振り回しながら、彼は必死で足を前に出す。

 

 ――そんなニコル少年の少し前を走り、彼の無残な様子を観察する三人がいた。

 彼らはアモリ三兄弟。新人つぶしのトンパに頼まれ、ニコル少年に絶望の表情を浮かべてもらうため、頃合を見て少年を貶す言葉を吐こうとしていたのだ。

 そろそろやるか、と合図し合って近づこうとした……のだが、その前に誰かに近づかれてしまった。

 これからやろうとしている行いは決して褒められるものではないため、ほかの人間にはできるだけバレたくない。タイミングの悪いヤツめ、と心の中で毒づきながら近づいている人物を見ると、なんと試験開始時に騒ぎを起こし、走っている途中も前の方でなんかギャースカ騒いでいた変人・407番ではないか。

 何の目的できたのかは察しかねるが、とりあえずは離れてくれねーかな、とアモリ三兄弟は思った。このまま時間が経てば、自分たちが言葉を浴びせ貶す前にニコル少年が勝手に力尽きてしまう。ギリギリの今こそチャンスなのに――――

 と。三兄弟がもう一度心の中で毒づこうとした瞬間、407番が大きく息を吸い込んだ。何事か、と思う間もなく、大きな声が飛び出る。

 

「おらぁ!! 諦めてんじゃねー!! まだいける!! オメーなら行けるぞ!!」

「ッ……!!」

 

 必死に奇怪な行動を繰り返していたニコル少年の額に青筋が浮かんだ。少年を貶そうとしていた最低のアモリ三兄弟が、思わず少年に同情を送る。人間誰しも必死に限界まで頑張ってる時に「もっとがんばりやがれテメェ!」とか言われたら怒りを感じるものである。それでも何も言い返さないのは、言い返すほどの余裕がないのと、何より声に籠った百パーセントの善意を感じとったからだろう。

 いい奴っぽいがそれじゃいけねえんだよ、と三人が思う間もなく――――

 

「ホラ!! 頑張れ!! いっちにーいっちにー!!」

「カヒュッ、ゼッヒュ、ヒューッ」

「ほら頑張れってば!! まだ走り出して六時間程度だ!! こんなトコでへばる奴なんて他にはいねーぞ!! 大丈夫だ、お前ならまだ頑張れる!!」

「ッ!?」

「このまま負けちまえば負け犬(笑)とか落伍者とかバカとか落ちこぼれとか愚者とか落第生だとか言われて馬鹿にされんぞ!! いいのかそれで!!」

「う……ううぅ……!!」

「まだ、まだだ!! ほら頑張れ!!」

「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「うおおおおっ!? どうしたんだ!! 立て、立つんだ少年!! 立て――――!!」

 

 そこまでのやりとりを見てから、アモリ三兄弟はゆっくりと顔を前方に向けた。走っていって、すぐ近くにいたトンパに少し疲れた様子で言う。

 

「……トンパ、やっぱ金はいらねぇ。さすがにアイツには同情する。アイツ、立ち直れるかなぁ……」

「……おう、分かった。オレも絶望した顔に同情したのは久しぶりだ。善意百パーセントの言葉って、時に普通の罵倒よりも効くんだな……」

「「「「…………」」」」

 

 チラリ、と後方を見る。蹲るニコル少年と、必死に声をかけ続けてから、「クソッ……少年、来年こそ頑張れよ――――ッ!!」とか言ってこちらに駆けてくる407番(いいやつだけどひどいやつ)を視認。

 きっと少年も心のどこかで自分はもうダメなのだと分かっていたのだろう。人間誰しも確定した負の未来を善意溢れる励ましで指摘されたら落ち込むものだ。

 合掌。

 

 

 ――チラリ、と横を見る。視線の先には、戻ってきてから一言も言葉を発することなく、ひたすらハァと溜め息をつきまくる相棒。

 恋する乙女マチは考える。――これは、ひょっとしてチャンスなんじゃないだろうか?

 ここで慰めの言葉の一つもかけてやれば、このバカの自分に対する好感度が上がるだろうことは容易に予想がつく(というか上がって欲しい。上がらなくては許さない)。乙女であるマチにとってそのポイントは絶対に稼いでおきたいのだ。なにせ、これまでずっと自分の想いが届いたためしはないのだから。

 だから、何か言わなければいけないのだ。

 ――しかし、しかしである。

 

(……、な、なんて言えばいいんだろう?)

 

 だってこのバカときたら来てからずっと溜め息をつくばかりで何も話してくれないのだ。事情を察して慰めの言葉をかけるという手段もあるにはあるが、手がかりのカスすらないこの状態で何をどう察しろというのだ。

 前方を走るヒソカにヘルプミーという意思を込めた視線を送る。彼にはからかわれることもあるが、こういう時は何かと助けてくれるのだ。おかげで時々三人でお茶するくらいに仲がいい。

 今回も期待しお願いしますヒソカさんの精神を保つ。ここで適当に慰めて地雷を踏めば元も子もないのだ。

 案の定、救世主は振り返ってすぐに現状を察してくれたらしく、マチにだけ見えるように親指を立ててくれた。安心して任せていいだろう。

 このバカに自力で復活されてしまってはたまらないため、自分でも言葉を考えるのはやめないが。

 

「それで? どうしたって言うんだいニード♦なんか元気ないけど♣」

「え? あ、あー、あのさ。実はよー……」

(ヒソカナイス!!)

 

 内心でガッツポーズをとる。満面の笑みを浮かべたヒソカにつられ、ニードも苦笑めいた微笑を浮かべた。

 

「レオリオに……あ、後ろで踏ん張ってるやつなんだけど。オッサンみたいなオッサンね。に、挑発して逆に奮起してもらおうとしたらそのままの意味に捉えられたらしくって殴られてさ」

「「…………」」黙して視線で続きを促す。

「……それにさ、あの金髪くん――名前はクラピカって言うらしいけどさ――の俺に対する印象よくしておこうと思って一番後ろで頑張ってたやつを励ましたんだが、結局倒れられちゃって。肝心のクラピカくんは前走っててこっちなんか見向きもしない上、なんかちょっと一部始終見てた人に距離を取られちゃったわけよ」

「そ。……お疲れ」

「ん、あんがとマチ」

 

 やった、自然に言えた! と再び心の中でガッツポーズ。ありがと、とヒソカに視線を送ると、笑ってひらひらと手を振り返してくれた。ヒソカさんあんたいい人すぎますよ、ホントに戦闘狂ですかあんた。

 

 

 しばらく走っていると、立ち直ってくれたニードが「そういえば」と思い出したように呟いて、笑いながら言った。

 

「あの妙に見覚えのある銀髪のガキ、キルアだったよ。マチは俺と違ってきちんと面識あるだろ? 一回あってきたらどーよ」

「いや、キルアだってもう気づいてたけど?」

「……え、ななななにぃ!? いやいやいやだってマチさっき俺が『あのガキなんか見覚えあるんだよなー』って言ってたときなんも反応してなかったじゃん!! え、なに? まさかあえてキルちゃんスルーしちゃってたりとかなの?」

「そうだけど?」

「…………えっと」

 

 ガクッと肩を落とすバカを一瞥し、前方を見ると、

 

「……え、何アレ?」

 

 長い、長い、ホントに果てがあるのかと小一時間試験官を問い詰めたくなるほど長い階段が目に入った。

 

「うわ、あれはだるいな。どこまであんだ?」

「くくく、ホントにね♠まったくたるすぎだよ♣ここを出たらひと暴れしたいなぁ♥」

「程々にしときなよ、ヒソカ」

「はいはい♦」

 

 どどどどど、という空気を震わす大きな音が真っ暗なトンネル内に響く。

 ハンター試験は最初の大壁を迎えた。




原作とは違い、マチとヒソカは結構仲良しです。

※ゴンがレオリオのカバンを回収したとき

ゴン「ほっ」ヒュン!
キル「おー、かっこいいー。あとでオレにもやらせt」
ニー「ふぉおおおおおおおおおお!! すっげー!! 何アレ!! 何あのヒュンって!! ヒュンって!!   ふぉおおおおおおおお!! かっけぇえええええ!!」
ゴン&キル「「…………(呆然)」」

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