蜘蛛の男の自由気ままな物語   作:黒豆博士

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第十二話 それぞれの結果

 そよ風が吹いている。陽の光が閉じた瞼を明るく照らした。

 泥のように深い眠りから、くじら島出身の少年・ゴン=フリークスは唐突に目を覚ました。

 

「…………ッ!」

 

 意識を覚醒させた瞬間にがばっと起き上がり、慌てて現状を確認する。違和感を感じる左腕を見れば、包帯を巻かれて首から吊り下げられていた。既に治療を施してもらった後のようだ。次いで周囲を確認する。

 自分が寝ていたのはかなり大きめのベッドだった。ふかふかモコモコの感触からかなりの上物だとわかる。広い部屋には観賞用の植物がいくつも置いてあり、控えめだが上品な雰囲気を醸し出す装飾が部屋のあちこちに施されている。左側にはこれまた大きな全開の窓。部屋の隅にはクローゼット、壁には豪華な額縁に入れられた写真が掛けられている。

 と、奥の部屋への入口の前の椅子にゆったりと腰をかけている人物が目に入った。特徴的な髪型にダンディな髭、ハンター試験第一次試験官サトツであった。

 ゴンが彼に気づいたのとほぼ同時に、彼も起き上がったゴンに気づいたようだった。

 

「おや、目覚めましたか」

 

 読んでいた本をパタンと閉じ、腰掛けていた椅子を引きずってベッドに近づいてくる。

 

「…………ここは……」

「最終試験会場横の控え室です」

 

 状況がよく飲み込めず呆然と呟くゴンに、サトツは「よっこらせ」とオッサンくさいくせに妙に似合う言を呟きながら返した。

 

(そっか……。ハンター試験の最中だったんだ)

「腕はすぐにくっつきますよ」

 

 ぼんやりと左腕を見つめながら心中で呟いていると、サトツは腕を気にしていると思ったのか指を立てて穏やかに声をかけてきた。

 

「非常にきれいに折ってくれてます。むしろ完治後には丈夫になるくらいのもんです」

 

 その言葉を聞いたゴンの頭に、最終試験の対戦相手であった禿頭の忍者の顔が浮かんだ。しかし、次のことを考える前にサトツから再び声がかかり、ゴンの思考は中断された。

 ス、と手をゴンの方に差し出しながら、サトツはあくまで穏やかな声音で言った。

 

「なにはともあれ――合格おめでとうございます、ゴン君」

 

 

 最終試験は受験生全員による一体一の変則的なトーナメント制で行われた。

 四次試験終了から三日後、飛行船によってゼビル島からハンター試験審査委員会の運営するホテルに連れてこられた受験生たちは、貸切となったそのホテルの一室、タイル床の文字通り何一つものが置かれていない広大な部屋で、最終試験の試験官でもあるハンター協会会長ネテロより直々に詳しい説明を受けた。

 何百人も収容できそうなほど広い部屋の入口の大扉前で、ネテロは部屋の大きさに比べてあまりにも小さなトーナメント表を見せながら、指を立てて説明を開始した。

 曰く、たった一勝で合格。最終試験のトーナメントとはすなわち勝った者が次々と抜けていき敗者が上に登っていくシステムであり、最終的にトーナメント表の頂点まで達してしまった者がたった一人の不合格者である。誰にでも勝つチャンスは二回以上与えられているが、これまでの試験の成績によって取り組みを決めているため組み合わせは公平ではない。

 トーナメント表は特異な形であった。戦うチャンスが五回以上与えられている者がいれば、二回だけの者もいるのだ。チャンスは成績のいい者ほど多く与えられている、という説明がなされ、これにキルアが詳しい採点方法を教えろと食ってかかったもののすげなく却下、簡単な審査基準のみが教えられた。ネテロ曰く、審査基準は大きく分けて三つであり、身体能力値、精神能力値、そして一番重要な印象値というハンターの資質評価の三つの総合評価である、ということだった。

 さらに加えられたところによると、武器オーケーに反則なしで、相手に「まいった」と言わせれば勝ちの単純明快な戦い方だが、相手を死に至らしめてしまった者は即失格らしい。

 つまるところ、これまでで自分が示してきた力でもってチャンスを多く掴み取り、一体一の喧嘩(タイマン)トーナメントやって最弱決めちゃおうぜ、ということである。

 

 最終試験初戦――四〇五番対、二九四番。天賦の才を持ちながらも現時点ではとてつもなく非力な少年と、幼少の頃より鍛錬を続けてきた隠密集団『忍』の末裔の喧嘩である。

 結果は火を見るより明らかだった。

 開始早々ゴンはハンゾーの手刀によりダウン、そこから三時間にも及ぶ拷問を受け、最終的に左腕を折られた。

 しかし、ここで誰にも予測し得なかった事態が発生した。

 余裕の態度で這い蹲るゴンに降参を勧めたハンゾーの顔面に、起き上がったゴンによる蹴りの一撃が加えられたのである。原因は、生来のお喋り気質であるエセ忍者のあまりの長話であった。簡単に言うとハンゾーが間抜けだった。

 そこで拷問は無駄と悟ったハンゾーから暗器による脚の切り落とし宣告がなされ、これにゴンが「それは困る」と場の空気を緩ます発言をした。要するにゴンがマイペースだった。

 直後怒ったハンゾーに暗器を額に突きつけられ退かないことの無意味さを説かれたが、それでも揺らがぬゴンの意思と目に感銘を受けたハンゾーが降参を宣言、初戦はゴンが制した――のだが、納得いかない決着つけよう、といい意味でも悪い意味でもバカな発言をした勝者に再度ハンゾーの怒りが爆発、猛烈な速度のアッパーを顎に喰らい、ゴンの意識はそこで呆気なく途絶した。

 ――――そうして、現在に至るわけである。

 

 

「――――ゴン君。このカードを使う時期は自分で決めればいい。君ならそれができるでしょう」

 

 差し出されたカード――自分専用のハンターライセンスを受け取り、ゴンは素直に「うん」と頷いた。プロハンターになった証を、無くさないように左腕を包む包帯の中へ差し込みながら、

 

「これまでいろんな人に助けてもらって、いっぱい借りも作ったしね。それを全部返してから使うことにするよ」

 

 ゴンの答えにサトツは満足そうに頷き、優雅に右手を差し出した。一度は拒否したその手を、今度はしっかりと握る。

 

「あらためて――合格、おめでとうございます」

「ありがとう!」

 

 少年と先達は笑い合って握手を交わし、そして――

 

「誰が……落ちたの?」

「……それは――」

 

「――、キルアが……?」

 

 

 

 第二試合、四十四番(ヒソカ)四〇四番(クラピカ)。しばらく戦ったあとヒソカが何事か囁き、そのまま降参を宣言――勝者クラピカ。

 第三試合、二九四番(ハンゾー)四〇七番(ニード)

 開始直後ハンゾーが魂を込めた土下座に移行、「まいっ……」まで言ったところで顔面に神速の蹴りが炸裂した。そのまま吹っ飛び壁にめり込んで気絶したハンゾーに向かって笑顔でサムズアップしながら黒衣の男が降参を宣言、ハンゾーが勝利した。

 第四試合、三〇一番(ギタラクル)四〇六番(マチ)。開始早々ギタラクルが降参、お互いに何もしないままマチが勝利した。

 第五試合、四十四番(ヒソカ)一九一番(ボドロ)。一方的な試合の後、ヒソカがまた何か耳打ちをし、直後にボドロが降参した。勝者ヒソカ。

 第六試合、九十九番(キルア)四〇七番(ニード)。開始直後に黒衣の男が「キルちゃーん、念のため言っておくけど、俺の言ったことは全部ホントのことだぜぃ? 俺には何もかもお見通しなのだ★ ――なぁキルちゃん?」と自信たっぷりになんかムカつくポーズで訳わかんないことを言い放ち、それを聞いて尋常じゃない量の汗をかき始めたキルアが「あれ俺言ったよね? 戦いたくないって言ったよね? 言い忘れてないよね? 殺してやろうかあのジジイ」などとブツブツ呟きながら降参、笑顔のままニードが勝利した。

 第七試合、一九一番(ボドロ)四〇三番(レオリオ)は、レオリオがボドロの怪我を理由に延期を要求、後回しになった。

 そして第八試合、九十九番(キルア)三〇一番(ギタラクル)―――

 

 ――バァン!! と。盛大な音を響かせて、新生ハンター達が講習を受けている部屋の扉が開かれた。

「―――キルアにあやまれ」

 

 

 ゴン、クラピカ、レオリオの三人は、キルアの家に行こうと最終試験のホテルを出たところで硬直していた。近くを通るものを識別して開く自動ドアは、立ち尽くす三人を見つめ続けて一向に閉じる気配がしない。

 原因はすぐ眼前に“居る”。巨大生物の襲来とか突然の金縛りとか、そんなショッキングな出来事が起こったわけではない。ただ単純に、眼前に悠々と立つ二人の人物が原因なのだ。

 風に黒いコートをはためかせる黒髪黒目の男と、和服に身を包んだ桃髪の美少女が、ホテル入口前で、ゴン達を待ち受けていたのである。

 壁に背をあずけている黒衣の男が、薄い笑みを浮かべて声をかけてくる。

 

「よぉゴン、さっきのお前にゃ痺れたぜ。これから行くんだって? キルちゃん家」

「……うん」

 

 正直なところ、ゴンはこの中性的な顔立ちの男との付き合い方が全くわからなかった。自然、素っ気ない返事が口をついて出る。

 無理もない。普段とぼけた態度をとるくせして馬鹿みたいに強いし、変人なのに時々まともなことを言うこの黒衣の男は、つい一週間ほど前にゼビル島でヒソカですら感知し得なかったゴンの存在に唯一気づいた人物なのだから。むしろ、ちゃんとした会話ができるだけでも評価に値する。

 なにせ、この全身黒ずくめの男は、ゴンにとって圧倒的畏怖の対象であり恐怖の対象であり羨望の対象であり――――得体の知れない未知の化物そのものであるのだから。その存在は、ゴンにとってヒソカとほぼ同格である。

 ポツリと呟くような返事を返したゴンにぎょっとしたような視線を向け、クラピカとレオリオの二人が思わずといった様子で一歩下がる。

 しかしそんな失礼な反応であっても、眼前の男は全く気にしていない様子だった。慣れているのかおかしな自分を自覚しているのか、黒衣の男は依然薄い笑みを顔に張り付けられたまま、、

 

「くくく、そうかい。んじゃ、先達からの一応の忠告だ――あそこのキチガイさ舐めてっと痛い目みるぜ?」

 

 ゆらりゆらりと黒が揺れ、肌色の空に薄紅の半月が描かれた。

 闇を纏った男は笑う。その唇が、薄く薄く酷薄に愉しげににやりと弧を描く。

 

「ほんじゃ、試験お疲れ様。ま、言いたいことはそれだけだったんでな。――んじゃな、俺の『友人』くんたちよ」

「「「――友人?」」」

 

 唐突すぎる衝撃発言。

 わけのわからないタイミングでの、いきなりな友好的単語。

 一体いつそんなものになったのだろうか、という声を孕んだ三対の視線に射抜かれて、黒衣の男は今度はこほんとわざとらしい咳をして、

 

 

「“どちらか一方でもお互いのことを友人だと強く思っているのならば、その二人はすでに友人関係である”……俺の自論であり持論だ」

 

 

 さぁ、と時の止まっていた空間に微風が吹き込んだ。

 その自論を、眼前の黒衣の男がどんな思いで持つに至ったのかはわからない。

 どんな思いで、そしてどんな基準で口にしたのかもわからない。

 ただ――その不敵な目元が少しだけ伏せられたのに、ゴンとマチだけが気づいた。

 

「……ま、つまりお前らはもう俺の友人ってわけよ。お前らが俺のことをどう思ってようが関係なくな。――んじゃ、改めてバイナラだ、三人とも。またな」

 

 

 遠ざかっていく二つの背中を見つめながら、ゴンは思う。

 おかしな行動おかしな発言おかしな信念――狂っている、と思う。――思うのだが、なのにそれはまるで“それこそが”完成された一つの“個”であるかのように思えて仕方がないのだ。ますますあの男の得体の知れなさが強まっていく。

 それに、引っかかる言葉もある。「先達」、「またな」などだ。この言葉が意味するのはどういうことなのだろうか。それでは、まるでゾルディック家に行けば何が起こるのか全て分かっているかのような物言いではないか? まるで未来が見えているかのようではないだろうか?

 ――――あの男は、それほどまでにゾルディック家と密接に関わっているというのだろうか?

 

「おい、ゴン。行くぞ。飛行船に間に合わなくなる」

 

 絞り出すようなクラピカの言葉を聞き、一気に焦り出すまで、普段の天真爛漫な性格をどこかへ捨てて、ゴンはそんなことばかりを考えていた。

 

 この日――――ゴン、レオリオ、クラピカの三人に、新しく得体の知れない最強の化物の友人ができた。


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