四次試験が開始し早一週間が経過した、その瞬間。
ボ――――ッ!! という汽笛と共に、拡声器から島中に試験終了が告げられた。
『ただ今をもちまして第四次試験は終了となります。受験生の皆さん、速やかにスタート地点へお戻り下さい。これより一時間を帰還猶予時間とさせていただきます。それまでに戻らない方は全て不合格とみなしますので御注意下さい』
その言葉を聞き、ゾロゾロと受験生たちが集まっていく。海に面する、切り取られたように緑ひとつない岩肌に揃った人影の数は――十。
『……なお、スタート地点に到着した後のプレートの移動は無効です。確認され次第失格となりますので御注意下さい――――』
「いやー助かっちゃったわ!! まさか襲った相手から
「まーな。お前ホント運いいよ、半殺しにしちゃったけど。あ、もしかしてそれが良かったんかな? ほら、不幸にあった分の幸運ってやつ。もういっかいやってやろうか? あ?」
「いやもうあれはマジで勘弁してください死ぬかと思いましたつーか死にました三途の川の案内人のばあちゃんと仲良くなっちゃいましたもん」
ドゴン!! と床にツルツルと光るスキンヘッドをめり込ませて黒衣の男に土下座するのは、四次試験中にニードたちを襲ってきたエセ忍者、ハンゾーである。彼は第四次試験中二点分のプレートを探して島中をさまよっていたところでちょうど二人組のニードたちを発見し、試験終了が迫っていて焦っていたことも夜だったこともあり、即座に寝込みを襲撃して、なまじ実力があった分手刀一発で即撃退とはいかず半殺しにされたというある意味不憫である意味バカな人間だ。……いや、半殺しというよりも殺したと確信できるような攻撃を奇跡的に虫の息で生き残った形なので、どちらかといえば不憫な方かもしれない。
しかし、そんな彼は図らずもそのニードたちに助けられた。彼が取り逃してしまい最早探し出すことは不可能と思っていた
ゆえにハンゾーはこうしてニードたちに会い礼を述べていたのである。
ハンゾーが十数分も続けた土下座を解除してから、三人は少しの間雑談を交わした。主にハンゾーの故郷、ジャポンの話だ。生来お喋り気質な彼のマシンガントークに、ジャポン大好きのニードは大いに楽しんだ(マチはニードの隣で逃げることもできずにひたすらうんざりした)。とても元襲撃者と元撃退者の対話とは思えないような盛り上がりぶりであった。
話がひと段落した時、まるで見計らったかのようなタイミングで船内放送が入った。受験生たちを四次試験会場ゼビル島から最終試験会場まで運ぶ飛行船には各部屋各廊下に最低ひとつスピーカーがあり、どこにいても聞き逃すことはない。
黙って耳を傾けた三人は、告げられた少々意味不明な言葉に揃って首を捻った。
『……えー、これより会長が面談をします。番号を呼ばれた方は二階の第一応接室までおこし下さい。受験番号四十四番の方、四十四番の方おこし下さい』
「「「……面談?」」」
一体何のための面談かわからず、三人は思わず首だけでなく声も揃えて聞いた言葉をオウム返しに呟いた。考え込む素振りを見せながら、黒衣の男が口を開く。
「四十四ってーと、ヒソカだよな。うーん、面談の内容が個別に用意されたものなのか全員共通のものなのかを知りてーな」
「もし個別のものだったらどう回答する考えなきゃいけねーからな。個人情報は可能な限り秘匿すべし、忍者じゃなくても当たり前だぜ」
「個別の場合は予想できる質問の内容が限られてくるが……全員共通の場合ならだいぶ範囲が広くなるな」
「どっちにしても『面談』なんだから、スタンスが会長側イコール質問のこちら側イコール回答で、その回答が最終試験に繋がるモンだってことは確実でしょ? 個別だとあまりそういうのは望めないと思うんだけど」
「いや、面談と言いつついきなり攻撃しかけられるかもしんねーぞ。現時点で“裏”の人間大分いるぜ? それで実力測って相手見繕うとか」
「それだと全員共通じゃねーか。さすがこれまでバカばっかやってきた変人、意見もバカそのものだな」
「おいこらハゲ殺されてーのかテメェ、あ゛ぁ゛?」
「いやマジすんませんっした!!」
「フン。……ううむ、やっぱ個別よか共通の方がよっぽど現実的か? 『印象に残った人物を教えて欲しい』とかだけでも、自分たちの評価と受験生の視点からの評価を鑑みて最終試験に持ってけるだろうしな……」
「ここまで考えてみれば、全員共通の方がよっぽど可能性が高いな」
「というか、もう確実にそういう内容でしょ」
「……ま、そういうこったな。別段警戒する必要はなさそうだ」
顔を突き合わせての短い意見の交換は終了した。ちょうどいいタイミングで放送が来たと、ハンゾーが立ち上がり、ニードとマチに背を向ける。
手刀を額に当てて敬礼の仕草をしながら、ハンゾーは去り際のセリフを残す。
「こうしてなんとか最終試験まで来れたのはあんたたちがプレートを取っててくれたおかげだ。偶然とは言え、感謝してる。絶対受かるとは思うが、最終試験、お互い頑張ろうぜ」
「ああ」
「はいはい」
適当に返事をする二人に、ハンゾーは満面の笑みで頷くと、マチを見てにやけながら余計なことを言った。
「あんときは二人だけの時間邪魔して悪かったな」
「うっ」
「もうちょいだったのにな、キs」
「わーっ、わーっ!!」
「チュu」
「言うなぁああああああああ!!」
顔を真っ赤にして腕を可愛らしくぶんぶん振り回しながら「コロス!!」と言っても迫力がなかった。手加減に加減を加えたその拳の一撃一撃が必殺級ではあるのだが。
ハンゾーが高笑いしながら逃げていくのを見て、黒衣の男はハンゾーの走り去った方向を殺意のこもった目で睨みつけながら唸るマチの後ろで「何言おうとしてたんだあいつ?」と首をひねりまくった。倍率数十万分の一と言われるハンター試験の最終試験を前にして、なんとも呑気な光景であった。
ちなみに。
ハンゾーが半殺しにされた時のダメージの三分の二はマチが与えたものである(※拳二発分)。
「というわけで、面談の内容は大体わかってるから手短に頼むぜ」
「何がというわけでなのかはわからんが、とりあえずなるへそわかったわい」
ニードの軽い言葉に全く動じずふむ、と頷いたネテロは、年季の入ったどころではないレベルで老獪で狡猾で強靭な、それでいて水面の木の葉のようにゆらゆらと揺れ動くオーラを纏いながら豊かな顎髭を撫でた。
黒衣の男は、飄々とした態度を崩さずに、目だけを細めて眼前の老人を観察する。
どこからどう見ても隙だらけである。なのに隙があるようには見えない。そんな矛盾した感情を抱かせるほど、このジジイに積まれた経験は膨大だということだ。戦闘になれば十中八九ニードが勝利するだろうが、圧勝というわけにもいかないだろう。その身に蓄積された経験だけで言えば、数え切れないくらいの修羅場を乗り越えてきた猛者たるニードですら及ばない。当然だ、重ねてきた年月の量が全く違うのだから。
滅多なことでは動じず、飄々とうそぶくことのできる強者――それがハンター協会会長・アイザック=ネテロ。
(……俺の視線にも多分気づいてるだろうしな)
食えないジイさんだ、とニードは肩をすくめた。
「――では要望に応えて手短に行くとするかの。まずなぜハンターになりたいのかな?」
「くっくっく、そうだなぁ。便利だからってのと、ハンターサイトってモンに興味があってね」
ネテロの対面にニードが座し、面談は開始された。
その身に宿る化け物級の力に見合わない華奢なおとがいに手を添え、くつくつと笑いながら答えるニードに、ネテロはやはり気にした様子もなく淡々と次の質問を投げかけた。
「ではおぬし以外の九人の中で一番注目しているのは?」
「うーん、そうだな……四〇五番かな? いいよねアイツ、磨けば光る原石っつーのにも程があるぜ」
「ふむ……では最後の質問じゃ。九人の中で一番戦いたくないのは?」
「四〇六番」
最初と二つ目の質問には笑いながら楽しむようにわざと時間をかけて答えていたニードが、その最後の質問にだけは即答した。瞬間、黒衣の男の双眸がギラリと光る。まるで幼い我が子に触れられた猛獣のように、燃え盛る激情をその奥に宿して。
ネテロの背筋を、一瞬壮絶な悪寒が襲った。ひやりと背骨の芯を撫でていくその感覚は、これまでの人生で幾度も味わったものだ。すなわち――
――死、その一文字が脳裏によぎるほどの、凶暴な殺気である。
ゾァァッ!! と。総毛がよだつほど濃密な殺気に当てられ、ネテロは無条件で体をこわばらせた。本能が警鐘を大音量で鳴り響かせ、どんな攻撃が来ようと対処できるよう、反射的に一挙手一投足をねめつける。
――――しかし直後、男から放たれるプレッシャーは綺麗に霧散した。
は? と。思わずポカンと口を開けて硬直する老兵の眼前で、中性的な顔立ちの男は苦笑しながら頭を掻いた。
「いやー、悪い悪い。つい条件反射で殺ろうとしちまったぜ。ごめんなジイさん、あまり腹立てねーでくれ」
あはははは、と笑いながらまるっきり気の抜けた様子で話すニードに、ネテロは毒気を抜かれたように少し浮かしかけていた腰をボスンと下ろした。
目線だけを投げかけ続けるネテロに、ニードはバリバリと乱暴に頭を掻きながら、
「あいつは俺にとっちゃ特別すぎる存在でな、あいつが俺の前に敵として現れるとか、考えただけで殺気立っちまうのよ。殺るつもりはないから安心しな、ジイさん」
まるで近づくもの全てを噛み千切ろうとしているかのような、凶悪な笑み。
現最強のハンターに向かって、戦闘になれば勝てるのは自分だと明らかな態度で表したニードに、ネテロは愉快げに唇の端を歪めた。
「……くくく、おぬし、一体どのような鍛錬の末、その若さでそれほどの力を身につけた? やれやれ、年甲斐もなく血が騒いできてしまったわい。廃れかけてきた夢が叶いそうじゃ、ぜひ一戦願いたいのう」
「やめといたほうがいいぜ。あんたの夢ってーのは大体察しがつくしその話には俺も大いにそそられるが、お互い一度やり始めたら唯の喧嘩程度じゃ満足できねーだろうし、どうやったってどっちかが確実に死ぬことになる。どっちが死んでも失うモンが多過ぎるぜ、ハンター協会の会長さんは特によ」
言い終えると、ニードはよいせと立ち上がって背を向けた。しかし、ドアに手をかけ半身を出したところで、思い出したように振り向く。妙に鋭く見える犬歯を剥き出しにしてニヤリと笑い、圧倒的なまでのオーラを叩きつけながら、様々な感情を入り混じらせた澱んでいながらも澄んでいる瞳を向け、告げる。
「だがよ、もし死合うことになったらよろしくな」
殺りあっても、勝つのは俺だがな。
最後にいたずらっぽい笑みを浮かべ、黒衣の男は今度こそ身を翻して退室していった。
ふぅっ、と長い息を吐いたところで、ネテロは自分が黒衣の男にオーラを叩きつけられた時から息を止めていたことにようやく気がついた。つるつるの頭をがしがしと掻いて、呆れたように呟く。
「……やれやれ。戦闘狂の毒気が抜かれるのは、これで今日二度目じゃの。まさかワシがなるとはな」
――現最強のハンターは悟る。
アレは――アレは、『覚悟』と『想い』、その二つの己を縛る枷が育て上げてきた、最強の『
いったいどうしてそれほどの覚悟と想いを抱いたのかはわからない。喜劇があったのかもしれない。惨劇があったのかもしれない。なんてことない日常から生まれたものだったのかもしれない。だからわからない。わからないし、わからなくていいのだろう。ただひとつ、あの黒衣の男を鍛え上げあれほどの鬼神に至らしめた『覚悟』と『想い』は、紛れもない本物であるということだけがわかっていればそれでいい。
なぜなら、それを考察することに意味はないからだ。かつてネテロ自身が長い時を正拳突きのみに費やしたように、狂気にすら近い感情に身をゆだねた時のように、『ソレ』は己のみがわかるものなのだから。
気づけば、ネテロの戦闘衝動は綺麗におさまっていた。もうあの男と積極的に戦いたいとは思わない。なぜなら、ぶつかってもぶつからなくても、それが己が己のしたいようにした結果であるからだ。この先ぶつかる機会があればそれでいいし、ぶつかれなくてもそれでいい。ただ、己の道を進めばいいのだ。
黒衣の男はそれをわかった上で最後のセリフを残したのであろう。今は戦わないが、もし死合うことになったらよろしくな、と。
「………………くくく、食えん男よの」
独り呟き、ネテロは肩をすくめた。
その感情と仕草は、奇しくも黒衣の男がネテロに対し抱きとったものと全く同一のものであった。
――――――――面談結果。
四十四番ヒソカ。注目しているのは九十九番、戦いたくないのは四〇五番。
九十九番キルア。注目しているのは四〇五番、戦いたくないのは四〇七番。
一九一番ボドロ。注目しているのは四十四番と四〇七番、戦いたくないのは九十九番と四〇五番。
二九四番ハンゾー。注目しているのは四十四番、戦いたくないのは四十四番と四〇六番と四〇七番。
三〇一番ギタラクル。注目しているのは九十九番、戦いたくないのは四十四番。
四〇三番レオリオ。注目しているのは四〇五番、戦いたくないのも四〇五番。
四〇四番クラピカ。注目しているのも戦いたくないのも特になし。
四〇五番ゴン。注目しているのは四十四番と四〇七番、戦いたくないのは九十九番と四〇三番と四〇四番。
四〇六番マチ。注目しているのは四十四番、戦いたくないのは四〇七番。
四〇七番ニード。注目しているのは四〇五番、戦いたくないのは四〇六番。
以上の結果を元に最終試験の内容を決定する。