夏休みも終わるというのに……
とりあえず、9月からは通常営業に以降するのでそのつもりで
では、どうぞ。
当然、そんなことは知らない。
「いや、でも、なら、君はここに来たことがあるっていうのか?」
その問いに天使は、無言で首を左右に振った。
「死後、神様に選ばれた者が天使になることができます。天使は生前の記憶を引き継ぎ、転生するはずでした。なのに、私は――私の記憶は……」
不意に天使は喉を詰まらせたかのように言葉を止めた。
なんだ、と思い赤奈は天使の顔を凝視する。闇の中に佇む天使は――――泣いていた。
一筋、二筋、と涙が赤い頬を伝い、流れ落ちた雫が地面にぶつかり弾けて消える。天使は涙を拭うが、とめどめもなく滴る雫は止まりそうになかった。
「………………」
その様子を赤奈はどこか他人事のように傍観していた。正確には、何かの遇像と重ねようとしていた。
昔、見たことがあるのだ。こうやって泣きじゃくる少女を……
前触れなく、その偶像はピタリと重なった。途端に、なんとも言い難い感情が溢れ出した。なぜこんな感情が溢れるかは分からない。
「君はもしかして、記憶がないのか?」
しばらく、天使は口を開こうとはしなかった。彼女なりに何かしらの葛藤があったのだろう。天使は嗚咽を交えながらも心中を吐露する。
「そうです。私には、生前の記憶がないんです。気づいたら、私はそこにいて……誰だかもわからないまま今まで流されてきた」
後半は掠れ声で、聞き取るのがやっとだった。
生きてきたのではなく、流されてきた。
赤奈は想像してみた。記憶がなく、全く知らない環境で育ってきたことがどんなに辛いのかを。
「………………でだよ」
赤奈の足元から低い唸り声が響く。赤奈は親しみのない感情が込み上げてきたのが解った。その言い知れぬ気持ちと共に怒声を吐く。
「なんでだよ! なんでそんな風に泣くんだよ!」
静寂を破る怒鳴り声にビクッと体を震わせ、恐る恐る顔を上げる天使。彼女の目元は腫れていた。
そんな不安定な彼女に対する感情を一切排し、負の感情を爆発させる。
「いきなり泣き出してなんなんだよお前は! ふざけるなよ! 同情なんかしないぞ! 可哀想だなんて思わない! じゃないと僕は――――」
――――君に同情してしまう。
言葉が最後まで続くことはなかった。なぜなら言下に言い終えぬまま天使が気丈にも立ち上がったからだ。目にいっぱいの涙を貯めているものの、その眼光は鋭かった。
「ええ、そうですよ! 同情を誘っているんです! あなたが油断してくれればそれだけ事がスムーズに済むから泣いただけです! 嘘なんですよ。この涙も、記憶のない私も! だから、本当を取り戻すために――――!」
後は刀で語ると言わんばかりに、刀を抜いた。
「…………っ」
――――可哀想だ。同情するよ。できることなら何とかしてあげたい。
偽りなき本音が胸を反芻する。情が完全に移ってしまっている。
だとしても、容易にこの命を差し出すわけにはいかなかった。約束がある限り優先度は自分を一番にする。
なら――――彼女を救うことを二番に設定してしまえばいい。自分の命を損なわない程度のリスクを負い、彼女の目的を叶える他の道を模索する。
無茶無謀でもやると決めた瞬間、自然と腹をくくれた。
「僕の命と引き換えに記憶が戻ることは理解できたよ。どうやってかは気になるけどね。でも、そう簡単にこの命は渡せない。そんなに僕らの命(・・・・)は安くない」
「世迷言ですね。あなたはここで死ぬ。恨んでくれても構わない。憎んでもらってもいいです。でも、命だけはもらいます」
何を言われても今の赤奈は天使を助けることしか考えられなった。まだ、具体的な方法は思いつかない。だから、まずは動きを止めよう。
「そんなことはさせない。君に僕を殺させない。他にいい方法があるはずだ」
「そんなものない! あるわけない!」
「そんなことない。きっとあるはずだ。だから、二人で考えよう」
「勝手なことを……何も知らないくせに!」
赤奈の言葉が天使の何かに火をつけた。
感情のセーブが効かなくなった天使は、床に火花が散る勢いで地面を蹴る。全体重を余さず乗せた刀が振り下ろされた。
赤奈は身じろぎひとつ出来なかった。それぐらい凄まじいスピードだったのだ。
しかし、天使の乾いた唇が何か呟いているのに気付いた。目が追う。
さようなら。ごめんなさい。
次いで、刀身が霞む程鋭く〈銀鱗〉が赤奈の額に吸い込まれた。
最近、ワードからVEというソフトに変えました。
いやー、原稿で打てるのはなかなか面白いなw
できれば8月中にもう一度更新します。
では、8月中の5時か、6時にまた逢いましょう。