天使がなくしたもの   作:かず21

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終わった……長かった。

7020文字。こんなに長くなるとは思わなかった。

今回、結希視点で話をすすめます。

前書きで時間食わせるのもあれなんで最終回楽しんでいってください


最終回

         18

 

 ホテルの一室に見紛う病室は当然のように夜に支配されていた。

 月明かりを頼りに眠っている赤奈をベットに運んだのはほんの数分前である。

 彼を背負いながら病院を巡回する看護婦の目をかいくぐるのには一苦労したが、事前に巡回ルートをインプットしていたのが幸いした。

 飛んで窓から、と言う手も合ったのだが、誰かに見られる可能性を危惧してやめておいた。潰しの効かないリスクはおうべきではない。

 ともかく、無事に部屋に戻ってくることはできた。今夜はもう見回りも来ないのでこの部屋で一夜を明かしてもいいだろう。

 と言っても横になる気にはなれなかった。

 別にソファだから眠れないとかではなく、単純にそんな気分になれないだけだ。

「でも、一緒のベットならいいかも……いや、駄目それはまだ早い。早すぎる。」

 何がはかは知らない。知らないって言ったら知らない。

 本当なら戦いで傷ついた赤奈に甲斐甲斐しく看病などをするべきだが、生憎、天聖術で傷を完治させたためそんなイベントなど来ない。

 だが、その真似事くらいすべきだ。別に寝顔を見たいなどの不純な動機からではない。決して。

「えーと…………あった」

 部屋の隅っこにあった椅子を引っ張り出し、一般的な定位置に置き座る。

「ふふ、寝息たててる。……寝顔もいいな」

 右手を伸ばし、赤奈の頬をなぞる。

 元々中性的な印象を持つ顔立ちだったが、その穏やかな寝顔が輪を掛けて少女めいた陰翳を与えている。さしずめ『白雪姫』っと言ったところか。

 兄である赤奈の寝顔を見るのは初めてではない。

 赤奈とは物心がつく前から一緒なのだから当たり前だが、結局小学生にあがっても床を共にしていた。

 だが、決まって自分が先に寝てしまう。兄とは違い活発な自分はその分エネルギーを使っていたからだろう。

 しかし、これも決まって先に目を覚ますのは自分だった。おかげで赤奈が起きるまでその寝顔を堪能することができた。今思うとブラコン甚だしい。

 そういえば、と結希は思い出す。いつも必ずといっていい程、赤奈は寝言で

「……結希」

 今みたいに自分の名を優しく呼んでくれる。それを聞く度、胸の芯が温かくなる。

「もう、たべられ、ないよ。だから、その暗黒物質を……こっちに…………」

 失礼な単語が聞こえた。ただ黒く焦げてしまっただけじゃないか。――――刺身を

 昔からこうだ。いつも余計な一言を付け加える。

 そう昔から。

「なんで、お兄ちゃんなんだろ……どうして、赤奈さんが……大好きな人だったんだろ」

 無意識に避けていた事実が言葉として漏れた。

 一度考え始めるとどんどん深みに嵌ってしまうのが人間だ。嫌な現実が次々と襲い掛かる。

 生前の記憶。自分の名は日和 結希。母の名は翠。父は祐一郎。兄の名は赤奈。好きな人の名も赤奈。

 運命は残酷だ。それが仕組まれたものだったとしても呪わずにはいられない。

 湯水のように沸く『どうして』が止まらない。感情の本流が胸の内の想いを飲み込んでいく。

 実際、自分はどうしたい? どう思っている?

 今、ユウの記憶に結希の記憶が混ざっている。どちらも独立しているわけではなく、統一されている。

 赤奈のことは好きだ。愛している。

 だが、その『好き』も『愛』も兄妹としての物か異性としての感情かどうか分からなくなってしまった。

 もはや、赤奈のことをどう呼べばいいかすら分からない。

 分かることはただ一つ。時間が解決することはありえない。

「この気持ち、どうしたらいいんですか…………このままじゃつらいだけだよ……」

 ギュッと両目を瞑った。こうでもしないと涙が溢れそうになる。

「答えてください。おねがいだから……」

「それはできないかな」

「え?」

 耳障りのいい声に反応して瞼を開けると黒い双眸と目が合った。

「起きたんですか。……よかった」

「うん、ごめん。心配掛けたね。もう大丈夫だよ」

 むくりと上半身を起こし、状況を確認するように周りを見る。

「ベヒモスは……本当に倒したの?」

「はい、ちゃんと倒しましたよ」

 そっか、と赤奈は呟いた。端整な顔が僅かに曇る。

 赤奈がすぐにそれを隠すように作り笑いを浮かべた。

「怪我とかはない。大丈夫?」

「はい、おかげさまで。かすり傷くらいで済みました」

「僕の方は……どうやら、また君に助けられたみたいだね。ありがとう」

「いえ、そんな……戦いの最中も手助けできなくて。本当は私が戦うべきだったのに」

「仕方ないよ。あの時、ベヒモスに力のほとんどを奪われていたんだから」

 それに、と赤奈はつけたし

「人を想う力が天使の力の源、だろ。僕が勝てたのは君のおかげだよ」

「そう言ってくれると、気持ちが少し楽になります」

 怖い。赤奈の気持ちが分からない。

 赤奈と言葉を交わすたびにそんなフレーズが脳裏をよぎる。

 彼は笑顔の裏で何を考えているのだろう。その言葉にはどんな意味が込められているんだろう。そればかりが頭の中を支配している。

「一つ聞いていいですか?」

「? どうしたの? 急に改まって。別にいいけど」

「あなたは私のことをどう思ってますか? 兄妹だと聞いて、まだ好きでいられますか?」

 卑怯だと自分でもそう思う。

 この問いは否定されたとき自分を守るための予防線だ。

 もうなんとも思ってない、と言われても自分はそれに合わせるだけの卑怯なやり方。

 赤奈は顔を伏せたきり答えない。

「私は、分からないんです。『好き』なはずなのにその『好き』の意味が分からなくなって……だから、考えて……でも、答えが出ないんです」

 言葉を紡ぐと自然と涙が出た。我慢なんてできるはずなかった。

 赤奈の軟い胸に抱きつく。泣き顔を見せたくなかった。

 赤奈が結希を抱く。その腕に僅かな躊躇いいを感じた。

「分からないんです。教えてください……私のあなたに対する想いはどうしたらいいの? どこに持っていけばいいんですか?」

 結希にとって赤奈はヒーローのような人だ。

 出会ってから何度も彼に救ってもらった。命も心も。

 だから、今回も助けてくれる。そう思っていたのに

「ごめん、それは分からない。その気持ちは僕のじゃない。君のだ結希。どうしたいかなんて自分で決めるしかない」

「そんな……そんなのひどいよ。あんまりだよ」

 予想外の言葉に心の外装が解け、素の結希が色濃くなった。

「こんなの嫌だよ。苦しいよ。こんな思いするなら赤奈さんを好きになるんじゃなかった! そしたら、お兄ちゃんを好きになることもなかったのに! 辛い。辛すぎるよ…………」

 裏切られたような気がした。実際は自分勝手に期待しただけなのに、意にそわなかっただけで子供のような癇癪を起こす自分に失望した。

 でも、どうにもならない激情の奔流が胸を貫き、わななく唇によって言葉に変えられた。

「おねがい。助けてよ。私を助けてお兄ちゃん………………じゃないと胸が苦しくて辛くて死んじゃいそうだよ」

「…………僕らは前に進まなきゃいけない。でも、君はこのままじゃ立ち止まったままだ。だから、手助けくらいはするよ」

 なぜか「本当に?」と聞き返すことができなかった。

 2日と9年の付き合いによる経験が告げている。

 赤奈が今からとんでもないことをすると。

「辛いなら、苦しいなら忘れてしまえばいいんだよ」

「どういう、ことですか?」

 結希を抱きしめていた力が強くなった。いや、もはやそれは拘束と言うべきものだ。

 身動き一つ取れない。唯一可動する顔を上げると赤奈の両の眼は紅蒼と光っていた。

 ブレスレット(リミッター)のない赤奈は意識の切り替えで力を解放できる。こうなってしまっては結希も天使化することで対抗するしかないのだが……

「余計な呪文が聞こえたらすぐに大人しくしてもらう。僕にはその力がある。余計なことはしない。いいね?」

 首を縦に振る以外選択肢はない。結希は大人しく従う他なかった。

「僕の呪印術はね、相手の能力を奪うことなんだ。天聖術はもちろん、呪印術もね。僕はさっきの戦いでベヒモスの『記憶を奪う』力を奪った。この意味分かるよね?」

「私の記憶を奪うってことですか? どうして……そんなことを」

「君がそう望んだ。辛いから苦しいから助けてって。それには記憶を奪って忘れるのが一番手っ取り早い」

 赤奈が何を言っているのかが分からない。まるで泥人形が言葉を発しているかのように感情の有無が伺えない。

「辛いなら苦しいなら忘れてしまえばいい。この二日間の出来事も。日和 結希としての記憶も。僕に関する何もかも忘れればいい」

 後頭部を抑えていた赤奈の手から僅かに熱を感じた。力を使う一歩手前まで来ている。

 このままでは奪われてしまう。だが、それもいいと思えた。

 記憶(こんなもの)いっそ無い方が幸せなのかもしれない。これ以上辛い思いをするのは嫌だ。恋がこんなに苦しいなら忘れてもいい。

 だから、それを受け入れようと――――

 ――――本当にいいの?

 自分の声が聞こえた。

 幻聴だ。自分はそんなことは思っていない。

 ――――いや、思ってる。私はこの記憶が大事。

 気付けば暗い闇の底にたたずんでいた。目の前には幼い結希がいる。

 ――ねぇ、私は嫌だよ。また記憶を失うのは。ようやく手に入れたんだから。

 でも、辛いだけじゃないか。

 ――気に入らないから捨てるなんて都合がよすぎると思うな。記憶ってそう簡単になくせるものじゃないよ。

 だってもう、どうにもならないよ。好きな人がお兄ちゃんだったなんて。こんなの恋、苦しいだけ。

 結希は屈み、両手で耳を塞ぐ。その傍らで幼い結希が細い肩に手を起きながら耳元で囁いた。

 ――人はきっと思い出の中に生きているんだよ。でも、いつかそれに折り合いをつけて、前に進んでいく。でも、私は違うよね? 私がしようとしていることは後ろの道をごっそり削って前に立っている気になっているだけ。そんなのじゃいつまでたっても前に進めないよ。私も。お兄ちゃんも。

 だったらどうしたらいいの? 私はどこに進めばいいの?

 ――その答えはもう知ってるでしょ? 私は私の本音なんだから。

 結希は闇の中で瞼を開けた。目の前に、小さくて、頼りない、白い腕が見えた。恐る恐る手を伸ばし、握り締める。

 結希は太陽のように笑い、結希を助け起こした。

 ――ほら、行って。待ってるよ。

 幼い自分が霧のように消えた。

 闇しか存在しなかったはずの場所に一本の道が現れる。

 ここから先は一人で前に進まなければいけない。

「行かなきゃ。待ってる人がいるから」

 結希は闇の底を蹴り、前に進みだした。

 

 一度強く目を瞬かされると結希は現実世界に意識をリンクした。

 赤奈はあの体勢のままで今にも力を発動しようとしている。

「やめて!」

 だから、強く拒絶した。今までにないくらい。

「やめてください。私はこの記憶を失いたくない!」

「どうして? 記憶があると辛くて苦しいんでしょ? だったら無くした方が賢明じゃないかな?」

「そうかもしれない。天使の記憶はいい思い出とは言いがたい。生前の記憶だって赤奈さんがおにいちゃんだった残酷な事実を裏付けるものです。

 でも、どちらも私なんです。どの記憶も私を作る一つの要素です。大事なものだからどちらも私だから奪わないで……!」

 長い沈黙が続いた。

 赤奈は身じろぎ一つしない。ただ無言のままで結希を見下ろしている。

 心臓が破裂しそうなくらい音をたてている。

 怖い。このまま記憶が奪われることがたまらなく怖かった。

 ――もし、記憶を奪おうとしたら全力で抵抗しよう。どこまでやれるか分からないけど前に進むって決めたから。

「……じゃあ、君は僕のことをどう思ってる?」

 ようやく赤奈は開口した。

 その質問は先ほど自分が尋ねた内容だった。

 それに対する答えはある。

「好きです。あなたのことを」

 否定されるかもしれない。でも、不思議と悔いはない。

「私は今、二つの記憶が混濁してます。だから、この好きが異性としてなのか妹としてなのか分かりませんでした。でも、今なら言えます。

 両方です。私は妹としてもあなたのことが好きです。それと同時に異性としても好きです」

 嘘一つ無い真実の気持ちを伝える。言うべきことは全て言葉にした。後は返事を待つだけだ。

 どんな返事でも自分は笑顔で耐えて見せよう。もう涙はいらない。その覚悟で挑んだ。

「……そっか。君もそう選んだんだね」

「君も? ……まさか!」

「うん、僕も君と同じ答えだよ。結希のことを妹としても好きだし、異性としても好きだ」

 視界が涙で霞んだ。なんて安い覚悟だろう。赤奈の言葉に負けるなんて。嬉しすぎてどうにかなってしまいそうだ。

 でも

「この気持ちはいけないんですよ? 兄妹同士は駄目だから」

 そうだ。例え、両人の気持ちが通じ合ってもこればかりは破れない。間違えてはいけない。

 だが、彼はたやすく撃ち破いて見せた。

「もし、僕らが本当の兄妹じゃないって言ったらどうする?」

「そんな、ことあるわけ…………!」

「あるんだよ。ありえないと思うけど。僕らは本当の兄妹じゃない」

 そんな都合のいい話あるわけ無い、と切り捨てることは簡単にできた。なのに、信じたくなった。その世迷言にすがりついた。

「僕が記憶を失くした話覚えてる?」

 僅かに頷く。

「少し違うけど死んだショックで僕は記憶を取り戻すことができた。妄想なんかじゃないよ」

「でも、そう思い込んでるだけかもしれないじゃないですか」

 何故自分はこんなにも強く否定しているんだろう。嬉しいはずなのに。

 確証が欲しいんだろうか。それもあるだろうが、少し違う気がする。

 すぐに核心に思い当たった。

 赤奈が兄じゃないのが嫌なのだ。

 なんて傲慢なんだろうか。

 どこまでも欲張り奈自分に嫌悪を抱く。

「……ねえ、結希。家族ってなんだと思う?」

 全てを見透かすような色違いの瞳。本当に自分の考えを読まれているような気になる。

「それは……」

 答えにくい問答だ。

 何も答えが分からない訳ではない。むしろ、多岐に渡って存在するため一つに絞れそうに無い。

 だが、赤奈はまるでそれしか正解がないような言い素振りで告げた。

「僕はね、この世で最も傍にいられる人を家族と呼ぶことができるんだと思うよ。そこに血のつながりは関係ない。だから、君は僕の妹だ。何があっても」

 その言葉に胸が洗われる想いだった。もはや、この問答に意味はない。

「そう、ですね。赤奈さんは私のお兄ちゃん。たとえ、そこに血縁関係が無くてもお兄ちゃんはお兄ちゃん」

「うん。だから、結希は僕の妹だ。この世でたった一人の大事な妹」

 赤奈の右手が髪を撫でる。くすぐったさを覚えた。だが、悪い気などしなかった。

「それにちゃんと根拠もあるよ」

「あるんですか?」

「少し考えれば分かるよ。僕の母親の名前と母さん……つまり、結希の母親の名前を思い出してごらん」

 結論に達するのに5秒も掛からなかった。

 ベヒモスが言っていたじゃないか。幼馴染のマリーは天使と結婚し、子をもうけたと。その子供こそ赤奈だと。

「じゃ、本当に、赤奈さんとは血が繋がってない……?」

「うん、間違いないよ。僕はあの世で本当の母親に会ってきたから」

 寂しげに告げるその声音は深い哀愁を漂わせた。

 しかし、赤奈はすぐに結希をもう一度抱きしめる。

 胸に顔をうずくませ、震える声で呟く。

「試すようなことをしてごめん。臆病な僕を許してほしい。君に、否定されたくなかった……」

「……はい」

 その弱弱しい背中を放っておけなくて、結希は両腕で包み込む。

「君のことを殺してごめん。僕が全部悪かった」

「……うん、大丈夫。赦すよ」

 いたわるように兄の背を撫でながら囁き返す。それだけで震える背が和らいだ気がする。

「もう僕の傍からいなくならないでくれ」

「赤奈さんこそ、私の目の前からいなくならないでくださいね。もうあんな思いしたくありませんから」

 濡れた瞳で結希の目を見つめながら赤奈はいつくしみを持って告げた。

「おかえりなさい。結希」

「ただいま。お兄ちゃん」

 どちらともなく近づき、唇が重なった。冬の雪が溶けていくような春の温かさがそこにはあった。

 満月の夜。二人は互いを求め合った。その温もりを赤奈と結希は一生忘れないだろう。

 




※注意 やたらと作者のテンションが高いです。不愉快な思いをさせてしまう可能性がございますのでご注意を。


おつかれさまでした。

ここまでやってこれたのは今まで読んでくれた読者の皆さんのおかげです。

完走できてよかったです。1年半。この作品と長い付き合いをするとは思わなかった。それでは次回作もお楽しみください。

ありがとうございました。




うん、ここまでが茶番。もう気付いておられるかとおもいますがまだ最終回じゃないwwww。終わらないエンドレスワルツwww
いや、本当はこの49話で終わらせるつもりだったんですよ。でも書いてるうちにあれ? こんなに長くなるの? え、マジで? 状態に陥りました。
終わる終わる詐欺です。本当に申し訳ない。

あと一話だけ赤奈と結希の物語に付きやってください。おねがいします。

次回作などの話はまた次の回のあとがきで。

感想や誤字脱字の指摘お待ちしております。

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