えー、今回は前書きの場を借り、お礼させていただきます。
改めてよださん推薦していただきありがとうございます。本当にたくさんの読者にこの作品を読んでもらえました。
今はおそらく10分の一くらいしか残ってないでしょうけど(笑)
それでも1人でも多くの人にこの作品のことを知っていただいたのでモチベーションは高まりました。
これからも応援お願いします。
では、どうぞ。
17
「…………ろ」
見知らぬ誰かの声が聞こえる。聞き覚えのない声だ。
「あ、あと5分……」
「……きろ」
ほんの少し険の入った声。若い女性の声だと気付いたが、やはり聞き覚えは無い。
「いや……ほんと、もう少しだけ」
それでも眠気には勝てず、懇願すると
「起きろと言っているだろうが!」
破裂音と頬の痛みによって強制的に目を覚ました。
少年は目を覚まし、口やかましく叫んだ。
「え、なに!? 頬と口内が異常に痛い! 虫歯の末期症状ってくらい痛い!」
少年がほっぺを抑えながら勢いよく上体を起こすとゴツンっと脳天から鈍い衝撃が走った。
視界が狭まり、真っ暗になる。
意識の向こうで「っ~頭を……!」と悪態が聞こえた。
歯を食いしばり、何とか自我を保ったが、あやうく再び眠るところだった。
「ここは? どうして僕はこんな所に…………」
見渡す限り真っ白な空間。他には何もない。 こんな所で毛布もなしに寝ていた自分が信じられない。
真っ白な空間はなぜか明るいと来た。常識はずれな場所だ。
いや、今更か。なにせ、自分はもっとおかしなことに巻き込まれ――――ん?
なぜかそこから先が思い出せない。いや、それだけではない。
「僕は…………誰だ?」
不安なのかやけに胸が疼く。
いやいやそんなはずは、と否定しながら必死に記憶をたどる。それはまるで財布を落とした事実を受けいられず、カバンの中を探す心境に近かった。
結果は黒だった。
名前はおろか家族の名前も住んでいた場所も、昨日の夕飯さえ思い出せなかった。
額を押さえていた女性が様子がおかしい少年を見て、さも当然の口ぶりで
「へーやっぱり、何も覚えてないのか」
「やっぱり……ってことはお…………姉さん(?)も記憶がないんですか?」
「おう、なんでお姉さんの所で詰まった。あたしはまだ20代半ばだ」
女性は「ったく、こいつもどっか抜けてる」と一人ごちりながら、立ち上がった。
スラリとした細身の体。腰まで届く黒髪。スタイルはいわゆるモデル体形で胸のサイズもモデル基準だ。
さらに見惚れてしまうくらい整った顔立ちなのだが、鋭い眼光が女っぽさよりも男らしさを醸し出している。きっと学生時代は男子よりも女子から人気だったに違いない。
「姉御。質問があるんですが」
「姉御はやめろ。学生時代の黒歴史を思い出すからやめろ。絶対に口にするな。いいな、絶対だぞ」
過去に何かがあったらしい。あまりにも真に迫るその姿に頷くしかなかった。
それにしても、せっかくの美人なのに男っぽい口調で台無しだ。だが、弄りやすい彼女は男女分け隔たりなく友人が沢山いたのは容易に予想できた。
とっくみやすい相手でよかった、と内心安堵しながら、彼は疑問を投げかけた。
「あなたは誰だ? 僕は誰? ここはどこですか? それになぜ記憶がないのか教えてもらえません?」
矢次早矢に質問をするが、女性はヘの字のまま、まじまじと少年の顔を覗き込んだ。
赤い瞳の囚われ、たじたじになる。
「な、なんですか?」
我慢できず、問い掛ける。
女性は360度あらゆる角度から少年を見回し、ふむふむと頷いた。
「あ、あの聞いてますか? 僕は――――――」
「それより、お腹減ってないか?」
前触れもなく、そんな台詞が飛んできた。
唐突すぎて、リアクションが取れない。
「減ってるだろ? 減ってるよな? そうかそうかお腹すきすぎて仕方ないか。なら、座れ。どうぞどうぞ」
「え? ちょ、まっ」
承諾もないまま、椅子に座らせられる。
「って、なんで椅子が!? さっきまで何もなかったのに!」
「細かいことは気にするな。ここはそう言う所だ」
「無茶苦茶だ……」
無茶苦茶はまだ終わらない。
女性が指を鳴らすと目の前に食卓が、さらにはキッチンまで出現した。
これに追い打ちをかけられ、一周回って呆れた。
「まあ、料理しながら待っといてもらおう。何か飲みたいものはあるか?」
「…………じゃ、カルピスで」
正直、正体不明の女性の手ほどきは受けたくなかったが、緊張のあまり喉が渇いて仕方ない。
注がれた白い液体は好意として受け取っておくことにした。
「それじゃ、最初の質問から答えようか。私の名前はマリー。まあ、訳あってここで暮らしている」
「一人で、ですか?」
「いや、もう一人同居人がいるんだがここは二人用でな。お前が来たから追い出した」
「うわー。そうですか」
悪いことしたな、と少年は顔も知らぬ住人に心の中で合掌をする。
女はケラケラと笑いながら、エプロン姿で材料を並べている。
「それで次はお前の事だったな。そろそろ名前くらいなら思い出したんじゃないか?」
言われてみれば確かに真っ白な記憶が色を取り戻し始めた。
そう色だ。自分の名前も色に関係がある。
「僕の、名前は…………日和……赤、奈。そうだ日和赤奈。それが僕の名前だ」
少年はようやく自分の名を取り戻したが、残念ながら全てとはいかなかった。
「えっと、どうして僕はこんな所に? 確か病室で本を読んでそれから…………それから…………うっ、思い出せない」
なぜかそこから先の記憶がない。記憶が完全に戻っていないのか?
「まあ、そんなものか。焦らなくてもそのうち思い出すだろう」
「ちょっと、そんな他人言な――――」
軽率な物言いに抗議しようとしたら、狙ったようなタイミングで現金な胃が鳴った。
たちまち羞恥で顔が染まり、何も言えずに鎮座した。
「はっはっは、恥ずかしがらなくてもいいじゃないか。成長期なんだから」
赤奈はそうですね、としか答えれなかった。
女性がフライパンを振るう度油の弾ける音が聞こえる。醤油と肉の焦げる臭いが胃を余計に刺激した。
「すまないがもう少し待ってくれ。あと数分は必要だ」
「い、いえ、別にお構いなく…………」
「なんだか他人行儀だな……仕方ないか」
「ごめんなさい」
「いや、別にいいさ。よくよく考えたらそれが当然の反応だ。初対面の人間に警戒心を抱くのは当然だからな。特に今は記憶が半端に戻ってるから余計に混乱してるんだろう」
女性の言う通りだった。
別に取り乱すほど混乱しているわけではないが、マリーという謎の人物については徐々に警戒心を高めている。
「それでこの場所について答えないとな? 赤奈はここをどこだと考える?」
「……仮説ですけど①夢 ②仮想空間 ③催眠術の類。現実ではないのは確かです」
「ぶっぶー。はずれだ。正解は死後の世界でしたー」
マリーが唇を突きだし、両手で×を作る。昔からある不正解のお約束だが、答えは突拍子の無いものだった。
「………………」
「? びっくりしないのか。私は君が驚く顔を見るのが好きなんだがな」
「充分驚いてますよ。ただ、表情に出ないくらい驚いているだけです」
死んだことにも動揺しているがそれ以上にすんなり死を受け入れている自分が信じられなかった。
マリーはどこかつまらなさそうに眉間を寄せたが、すぐに元の表情に戻った。
「だからといって天国や地獄というわけでもないんだ。ここは」
「そもそも天国地獄ってあるんですか?」
「あるとも。天使や悪魔だって本当にいるんだからな。とは言っても人間の記した聖書や伝記などとは色々異なる点はあるがな」
『とは言っても人間の記した聖書や伝記などとは色々異なる点はありますが』
ドクッと心臓が跳ね上がった。
ひどいデジャブを感じた。マリーの後を追うように女の子の声が再生されたのだ。
自分はこの台詞を以前誰かから聞いたことがあるのか。
「大丈夫か少年? 顔が青ざめているぞ?」
「大丈夫、です。話を……」
マリーは気遣う姿勢のまま話を続ける。
「ここは天国に行くことも地獄に落ちることができなかった奴が来る所だ。もっとも私と同居人以外いないがな」
「どうして、そんなことに……?」
「禁忌を犯してしまったんだ。私と同居人はそれを承知だったんだがな。もちろん君は違う。少年は、そう、巻き込まれたんだ」
巻き込まれた? 誰に? 禁忌? なんだそれは?
聞きたい。女性を問いただして洗いざらい吐いてもらいたい。
そうしたい衝動に囚われながらも、赤奈は実行できなかった。
女性のやるせない声が、赤奈の心を萎ませるからだ。
「君がここに来てしまったのは私達のせいだ。本当にすまないと思っている」
「どういうことですか? あなたたちのせいって……」
「すまない。それは言えない」
「……僕が記憶をなくしているのは死んだからですか?」
マリーは首を振って肯定した。
「ただ、まだ完全に思い出せてないのは君が無意識に拒んでいるからかもしれない。……欠けた記憶は残酷すぎるからな」
「だったら、教えてください。僕の失った記憶について!」
今度は首を横に振った。
「すまないが、私には君の記憶についてはわからない。ここは完全に切り離されているからな。だからこればかりは君が思い出すべきだ。出なければ意味がない」
「そんな…………」
すまない、とマリーは今一度謝った。
しばらく沈んだ空気が二人の間に広がった。
だが、彼女は知っていることがあるはずだ。 知る権利を取り上げられた赤奈はくすんでいた苛立ちが怒りに変わった。
しかし、それを飲み込み、静かに彼は呟いた。
「大人はみんな卑怯だ。大事なことは隠したがって手遅れの時に言う。僕の病気だってそうだった……余命一年なんて遅すぎるよ」
マリーは何も言えなかった。自分の非を認めているから当然である。
目を伏せ、色んな感情を堪えている。
見るに見かねた赤奈が憮然と尋ねた。
「ご飯、できました?」
「! ああ、もう少しだ」
止まっていた手が再び動き出し、程なくして晩ご飯が並べられた。
キャベツの千切りやプチトマトに彩られた豚のしょうが焼き。おひたしに味噌汁、白ご飯と至って普通の家庭的な料理だった。
だが、病院生活の長い赤奈には縁のない料理だったのは間違いない。
「食べていいですか?」
「ああ、どうぞ。よく味わってくれ」
ずっと気になっていたしょうが焼きを口に運ぶ。たちまち彼の両目が開かれる。これは――――
「温かい」
それは奇妙な感想だっただろう。
味の感想ならばおいしいかまずいかの二択だ。
赤奈はマリーの料理から何を感じ取ったのか。
それから空腹も手伝って彼は手を動かし続けた。それをうっとりと眺めつつマリーは聞いた。
「おいしいか?」
「ふぁい」
レタスを頬張りながら答える。マリーはきゅっと身をすくめ、Vサインを作った。
マリーの喜びを露とも知らず、温かさを補充する。途中、味がしょっぱくなるのに疑問を覚えたが、完食するまで腕を動かし続けた。
やがて、皿の上から料理が消えるころに自分が泣いていることに気づいた。
「え、あ、あれ? おかしいな。なんで、涙が……ごめんなさい。こんなはずじゃ……」
感情の濁流が巡る。5年間の飢えがようやく涙に代わった。
「赤奈!」
マリーはテーブルを消すとすぐさま赤奈を抱きしめた。
甘味系のにおいが彼の心の隙間を癒した。母の手の中で眠る赤子のように落ち着きを取り戻していく。
鼻声のまま彼は心中を語った。
「僕は家族の愛情に飢えていたんです。妹が死んでから父は余計に仕事が忙しくなって、会う機会が減りました。母は僕のことを死んだ妹だと思い込んで『赤奈』を見てくれなかった。誰も僕のことを理解してくれない。誰も愛情を与えてくれない。そんな毎日でした」
小さい頃から大人に囲まれ顔色を伺うことのできた赤奈はそれを表に出したことはなかった。だから、誰も気づくことができなかった。
「だから、だから、あの子に会えて初めて僕を見てくれる女の子に出会えて、少しは僕も変われた。変わっていくはずだった。なのに、こんなのって、こんなのないよ! 僕はまだ生きたい! 死んでもいいなんてかっこつけたけど、本当はまだ生きたいよ。僕はあの子にまだ告白の返事すらしてないんだ!」
赤奈はただひたすらマリーの胸の中で泣き続けた。マリーは慈愛に満ちた顔で彼の背中を落ち着くまで撫でる。
やがて、嗚咽がしゃっくりに変わる頃には再び赤奈は落ち着きを取り戻した。
「……ごめんなさい。みっともなく取り乱しちゃいました」
「いや、いいさ。役得だからな。
記憶は戻ったのかい?」
「はい。おかげさまで全て思い出せました。ユウに出会ってからのこと。そして〈真実の鏡〉で見た内容も」
彼は全ての記憶を取り戻した。
心の錠をはずした鍵の名は愛情。彼の願いがかなった瞬間でもあった。
「行かなくちゃ」
赤奈は真剣な声で言った。そこに泣き虫はいない。
「赤奈。ここは望めば何でも手に入る。私と同居人と君の三人で暮らさないか? なによりここは安全だ。危険など一切ない」
「でも、ここにユウはいない」
ぴしゃりと強い意志を感じさせる声が遮った。
彼はどこか遠い目をしている。マリーは悟った。赤奈はもうここを見ていない、と。
「ユウに会いに行くには危険を冒す覚悟はあります。だから、行かなくちゃ」
そう言って彼特有の気弱な笑みを浮かべた。
「……赤奈の覚悟は分かったよ。だが、どうやって行くんだ? 君はもう死んでしまっている」
「そ、それは…………気合?」
つまり、ノープランである。らしいといえばらしいが格好がつかない。
「最初から分かっていた。君がこうするということは……分かっていたさ」
やりきれない想いを抑え込み、マリーは力を解放した。
15年前から何度も話し合った。赤奈が死ぬのは確定事項だ。ここに来るのも想像はできた。だからこそ、同居人から奪った〈天聖術〉を使うときがきた。
「今から君を生き返らせる。この『命を与える』〈天聖術〉で」
コウモリのような翼を生やし、黒い角を二本生やした悪魔は赤い瞳を強く輝かせた。
「命を与える? そんなものが…………」
「一回限りしか使えないから君のために取っておいた。だから、無駄にはするな」
マリーの手が淡く光る。その光は温かく力強かった。
命の灯火とも言える光が自分の体に溶けていくのを認めると視界が揺れ始めた。
「自分の中の天使と悪魔を恐れるな。受け入れることができればきっと力になってくれる」
「うん」
さらに振動が激しくなってきた。マリーは平然としているのできっと揺れを感じているのは自分だけだろう。
「最後に赤奈と一緒にご飯を食べることができてうれしかったよ」
「僕もうれしかったよ」
視界が白く染まっていく。いよいよお別れ手の時だ。
ほんの数時間しかいなかったが名残惜しさを感じた。
「さようならだ」
「違う。またねだよ。――――――――」
完全に赤奈が消えた。生者が死後の世界にいることはありえない。この無の世界ならばなおさらだ。
不思議と涙は出なかった。正直、先ほどの赤奈の比じゃないくらい泣く自信があったのだが、別れ際の言葉にまんまとやられた。
「またね、か」
願わくば再会はずっとずっと後になりますように。
マリーは『またね』の後に続いたワンフレーズをリピートさせながらそう祈った。
ここまで長い内容を読んでくださりありがとうございます。
今回はもういい気にやってしまおうと思い、最後まで書いたのですがまさか、ここまで長くなるとは思いませんでした。6000近くって(汗)
今までで一番長いやw
というわけで単発の新キャラが出てきました。最初はマリーはもっと活発なしゃべりにするつもりだったんですが、いまいちキャラがつかめず練り直し(おかげで2週間かかった)で投稿も遅くなってしました。すみません。
それでは、これで。
感想や誤字脱字の指定などお待ちしてます。