仁矢の告白に、赤奈は視界が赤くなるほど憤りを覚えた。
嘘か本当かはこの際どうだっていい。目の前の悪魔は自分の触れてはならないタブーを平然と踏みにじった。躊躇いは必要ない。
胸に秘めていた怒気がどんどん膨れるのを感じながら、取りこぼした刀を拾い上げた。
いったいどうしてくれようか? 妹の痛みが仮に1だとしても、その百倍――いや、千倍で返しても足りない。
はっきりわかるのは彼を殺さなければこの怒りを納めることができそうにない。
まずは手足を削いで肉ダルマにしてやろう。それとも目をほじくり返して、それを無理やり口の中に突っこんでやるのもよさそうだ。いや、それよりも先人に倣って、拷問がいいだろう。以前読んだ拷問の歴史を引っ張り出せば何かすばらしい案が見つかるに違いない。
もはや人間らしい思考から外れたことに赤奈は気付いていない。
「……赤奈さん?」
不審に思ったユウの声すら届いていない。
赤奈は残忍な笑みを浮かべ、一気に刀を振り下ろし――――――
ドクン。
何の前触れもなく、頭の中で何かが弾けた。
いや、それは違うか。なぜなら、それ自体が前兆なのだから。
「う、くう、あ……あああああああ!」
胸を抑え、頭から倒れ込んだ。
体をよじり、痛みから逃げようとするが、それは叶わない。
いつもの発作だ。頭では理解してもこの痛みに慣れることはできない。
――いや、違う。何かがおかしい。いつもとは何かが違う。
体を二つに引き裂かんばかりの痛みに飲まれながらも、僅かに残った思考をかき集める。
――いつもより痛い? いや、そもそも今日、エレベーターで発作を経験したばかりじゃないか。こんな短いペースで発作が起きるのか? ここ最近、多くなってることと関係があるかもしれない。――――――!
結論を出す前より激しく痛覚を刺激された。
苦痛のせいで声を上げることはもちろんこれ以上思考を重ねるのは困難に思えた。
不意に熱い何かが頬にかかる。
辛うじて動く目を向けると泣きながら自分の名を呼ぶユウの姿があった。
「赤奈さん! 赤奈さん返事してください! せめて、こっちに顔を向けてください!」
「――――」
返事をしようとしても痛みが邪魔をする。
思うように動かない体に鞭を打ち、仰向けになろうと体を揺らすが上手くいかない。
だが、ユウに意図は伝わったようで謝罪の一言の後、わき腹に力が加わった。
コンクリートから一転、キレイな夜空が映るが、すぐさまユウが覆いかぶさってきた。
情緒のかけらもないキスだったが、これで安心だ。
ユウの〈天聖術〉のおかげで赤奈は痛みから解放――――されなかった。
「どうして!?」
ユウも自分の力が発動しないことに驚愕の声を上げる。
「も、もう一度」
再び唇を合わせるが愛情表現以上の効果は得られなかった。
「どうして……」
ここにきて原因不明の能力喪失。それ以上に赤奈を救う手立てがないことにユウはどうしようもない失望を感じた。
それを嘲笑うように耳障りな哄笑が間に入った。
見れば、自由の身となった仁矢が朱くなった手で顔を抑えて笑っていた。
「ここまで予想通り、いや、それ以上になるとは流石やな? 赤奈君。本当の事とはいえこんな簡単な挑発に乗ってくれるなんて。若いって罪やわ」
「な、何をしたんですか!? あなたは一体何を……!」
「別に何も。あえて言うなら覚醒の手伝いをしただけやで。それよかまだ気付いてないん? 悪魔の反応が増えてることに」
すぐさまユウはサーチを始めた。
自分の天使の反応。目の前にいる微弱な悪魔の反応。そして、一つの体に共存している天使と悪魔の反応。
気が動転していたため気付かなかった。いつの間にか赤奈の覚醒は完了していた
だが、それがどうしたというのだ。
イマイチ要領を得ない様子を察して仁矢が補足する。
「鈍い、鈍いな君も。赤奈君のこと言えんで。悪魔と天使はずっと争ってきたんやで? それこそ遺伝子レベルでな。その両方の血を引く器があったらどうなると思う?」
「…………まさか、発作の正体は天使と悪魔の血が争っていた、ということですか? それがあの発作……」
「その通りよくできました。優秀な天使ちゃんには花丸を上げますねー」
血に染まった指先をクルクル回し褒める。
ひとしきり満足したところで仁矢は話を戻した。
「でもな、一番覚醒を促したんは君やで?」
「私? 何を言って――――」
「マジマジ。というか君自体が死因やしな。まず赤奈君は激しい運動は厳禁や。興奮するとそれだけ体に負担かかるしな。それやのに今日君を探すために走り回ったり、昨日なんか死闘を演じたやん。アウトアウト。死にますよ普通」
「で、でも、赤奈さんは死んでません!」
「死なせんように天使と悪魔の血が活性化したんやろうな。というか〈銀鱗〉に触れた時点で覚醒は始まってたし」
仁矢は言う。赤奈が成長するにつれて微弱ながらも悪魔と天使の反応を感じた。力を失った自分は魔界の命令でサンプルデータを取っていたのだ、と。
「それでデータを取ってるうちにとんでもない計画を思いついちゃったんよ。それから、わずかな記憶を頼りにこの病院に来るように君の記憶を奪っといたんや。昔にな」
「記憶の無い私がここを懐かしんだのもそう言う訳ですか」
許せない。何処まで人の気持ちを弄ぶきだ、と怒鳴るが、仁矢はどこ吹く風と受け流した。
「そんなん今更やわ。悪魔に求めすぎ。
……それで記憶なくした君に接触して〈銀鱗〉を渡すとこまではよかったんやけど、案の定、赤奈君を殺すことはできんかった。前世が前世やから仕方ないけど、これも想像の範囲ないやから問題なしや」
『前世』と聞き逃せない単語が聞こえた。
自分の前世と何の関係があるのか。
問いただすよりも先に仁矢が遮る。
「そこで計画は次の段階へ進んだ。赤奈君が天使ちゃんに情を移して、君のために死ぬ。そのために外出許可したり、お膳立てしたりしたわ。エレベーターでの密室どうやった? 押し倒された?」
どうやら停電の件にも絡んでいたらしい。どのような手法を使ったかは想像できないが、もしかしたら他にも絡んでいるかもしれない。
「あなたには、関係ないことです。それよりも話しなさい。あなたの企みを全て!」
せいぜい高圧的に話してみたが、仁矢には効果は無かった。
「お、気になる? 気になるよな。教えてあげてもいいけど。先に気にした方がいいのがあるんとちゃう? 赤奈君さっきから一言しゃべってないで?」
だいぶ間が空いてすみません。
まっっっっっったくって言っていいほど話がまとまらなかったので遅れました。
本当、執筆が遅すぎて話的に終わりが見えてるのに物理的に終わりが見えない状態です。
完結だけしっかりしたいと思うので応援おねがいします