なかなか執筆が進まずこんなに遅くなってしまいました。夏休みが終わるまでに完結させるつもりだったのになー。
これkらも生温かい目で見守ってください。
では、どうぞ。
「私は、もう記憶なんかよりも大事な人がいます。大好きな赤奈さんさえいればそれでいいです。だから、絶対に私はもう赤奈さんを傷つけない」
その言葉にユウがどれだけ自分を思っているか改めて思い知らされた。
「あはははっはははあっははあ!」
その時、狂ったような嗤いが虚空を突き抜けた。
視線を落とせば、仁矢が心底おかしそうに体を縮めて、喉を震わせている。
「……何がおかしい!」
自分の言葉が馬鹿にされたのが癇に障ったのか、瞳には憎悪がより一層強く彩られた。
そんなユウに物怖じもせず、高笑いを交えながら仁矢は愉快そうに語る。
「これが……ハハッ笑わずいられるはずないやん? その調子やと何も聞かされてないようやな。殺生な話やでハハハ」
なおも笑い続ける仁矢を不快の対象としか見れないユウは刀を半回転して黙らせる。それでも笑いを漏らす音だけは聞こえるが、いちいち相手をするのもバカらしくなったようで、それ以上アクションを起こすことはなかった。
赤奈はまぶたを閉じ、ゆっくりと開いた。
――――ありがとう。でも、ごめんね。
赤奈はそっとユウに近づき、刀に手をかけた。
「ちょっと借りるね」
「え、あ、赤奈さん?」
びっくりするユウを尻目に、赤奈は銀鱗を半ば奪い取るような形で刀を引き抜いた。
昨日よりもずっと軽くなった刀を握り締めたまま、もう一度、今度は聞こえるように謝る。
「僕、君に謝らなくちゃいけないことがある。だから先に言わせてもらうよ。――――ごめん」
唐突に謝罪を貰い、ユウは困惑を隠せないようでわずかばかり顔を引きつらせた。
赤奈はそんな彼女に申し訳なさでいっぱいになるが、それでも言葉を続ける。
「僕、ユウに言ってなかったことがあるんだ。もっと早く言っていればよかったって思うよ。そうだったら、君の中の優先順位が変わることもなかったのにね」
哀れみを込めた言葉にユウは今度こそはっきり、当惑の色を示した。その姿を昨晩の自分と重なった。
「僕はもうすぐ死ぬんだ。この訳のわからない発作のせいで」
飾りげのないシンプルな言葉は天使から表情を奪うのに十分すぎる威力だったようだ。 咄嗟に言葉が出なかったユウは十分な間の後、虚ろげな声を出した。
「嘘……だって、赤奈さんあんなに生きるのに必死で、最後まで私からがんばって、戦って。それに、退院するって、言ってたじゃないですか」
「うん、退院はするよ。でも、病気が治ったわけじゃないんだ。僕の病気は治ってない。そもそもこの病気は原因不明の不治の病だから、治ることはないんだ。だから、僕が退院するのは単なるターミナルケア。残りの余生を人間らしく過ごしてくださいっていうことなんだ」
天使には到底縁のない単語に解説を交え、目を伏せた。恐らく、今ユウは見たことのない表情をしているに違いない。赤奈にはそれを直視する自信はなかった。
しかし、それも全部自分のせいだ、と自覚はしている。
友達を作ろうと思わなければ、いや、そもそも素直に彼女に殺されていれば…………
瞬間、すぐに首を振る。
それは墓前で誓った妹との約束に反する。病でふせるその日まで自分は生きることを諦めてはならない。己の内に決めたそれはどのようなルールや法則よりも絶対である。
だから、昨夜の自分はその信条に従った。今更、昨日のことをグダグダ言っても仕方ない。
しかし、だからこそこんな考えの元に動く自分が、いや、考えついた時点で十分おかしくなっているのがよく分かった。
――話さないといけない。僕が何を思っているのか。何をしようとしているかを伝えなきゃいけない。だから、もう一度言うよ。ごめん。
もう何度目かわからない謝罪を心で呟き、顔を上げた。
涙で泣き腫らしたユウの顔を直視する。ズキリと胸が痛みを訴えたが、これからする話は彼女の顔を更に歪める話だ。今は心を殺してでも話さなければならない。
「近い将来、僕は死ぬ。これは逃れられない運命だったのかもしれない。だからさ、その前に僕の命――君にあげるよ」
彼を知る者が聞けば、耳を疑うだろう。それ程までに衝撃的な言葉だった。それは天使も例外ではない。
「聞き間違いですよね? 今、赤奈さんが自ら命を捨てるような発言をしたよう気がしたんですけど……私の勘違いですよね?」
乾いた笑いを張り付かせるユウに向かってはっきりと首を振った。
「聞き間違いなんかじゃないよ。僕はこの場で君の為に死ぬ」
ユウの為に死ぬ。それはつまり、赤奈が死んでユウの記憶を蘇らせると言う意味だ。
「ふ、ふざけないでくださいっ!!」
我慢ならない様に天使が叫んだ。
「私の為に死ぬ? 何を馬鹿なことを言ってるんですか!? 私の話を聞いてましたか!? 私は記憶なんてもういらないんです。赤奈さんさえ居てくれればそれでいいって、そう言ったじゃないですか!」
「うん。言ってたね。でも、僕はもう死ぬよ? 何にも残せずこの世からいなくなってしまうんだ。だったら、誰かの役に立った方がいい」
興奮するユウとは対照に赤奈はひどく淡々としている。本当に心を殺してしまったのか?
「…………役に立つ立たないってなんですか。そんな自分を物みたいに言うなんておかしいですよ。あんなに命を大切にしていた赤奈さんが、そんなことを言うなんて…………何でですか!?」
ボロボロと大粒の涙を流すユウはもう叫ぶ元気すら残っていないようだ。言葉を詰まらせてただただ溢れ出る涙を拭いている。
「僕がおかしくなったのは、君のせいだよユウ。君が僕を変えたんだ」
「どういう、意味ですか?」
ほとんど呆然自失の体となったユウが尋ねる。
涙に反応しっぱなしの心が激しく揺れるのを感じながら、想いを言葉に変える。
「僕の中でも優先順位が変わったんだ。僕の命でも、妹との約束でもない。君が一番大事になったんだ。ユウと同じように一緒に過ごした一日が今までのどんな時間よりも充実していた。だから、お願いだよ。この命貰ってくれない?」