14
結局、バスの発車時刻には間に合った。
道中、目を覚ましたユウが、状況を理解。顔を青くして――赤くもしていた――何度も体の調子について尋ねてきたが、笑って大丈夫だ、と応えた。
看護師に見つからないように病室に帰宅し、汚れた服を着替える。
動きやすい格好に着替え終わった頃には約束の時間が迫っていたので、そのまま移動する。
こうして、二人は旧棟の屋上で仁矢を待っているのだが
「遅い!」
いらだしげに天使が呟く。
赤奈も苦笑はしつつも、先程からずっと壊れた扉から目を離していない。
かれこれ10分くらい待っている。しかし、仁矢は約束の時間を過ぎても一向に現れる気配を見せない。
「まぁ、あの人が時間通りに来るなんてほとんど……いや、一回もないか」
はっきり言えば仁矢が遅刻するのは長年の付き合いで予想できていた。というか、あれは約束など守る人種ではない。ユウも同意のようでしかめっ面を強くする。
寒空の下で待つ二人を嘲笑うかのように北風が吹く。
赤奈は身を竦め、鳥肌のたった二の腕をこすった。
これ以上待つと肉体的にも精神的にも悪影響を及ぼしかねない。
ユウに一度中に戻ろう、と提案しかけた時、ガチッと鉄同士が噛み合う音が聞こえた。
二人の間に緊張が走った。
ドアノブの壊れた扉が開くと現れるのは白衣の悪魔、黒凪 仁矢。
彼は詫びる様子もなく、二人を見つけるとニヤニヤと卑しい笑みを浮かべながら近寄る。
「いやー、早いなーふたりとも。どうせ五分前集合やろ? 真面目ですなー」
人食った不遜な態度にユウは苛立ちを隠さず、それでいて静かに抗議する。
「約束の時間はとうに過ぎています。 指定の時間を取り付けたあなたが先に来るのが筋でしょう?」
それに対して仁矢は片腹痛そうに大声で笑う。
「約束とか筋とか悪魔が守るわけないやん? 君何考えてるん?」
「あなたっていう人は…………!」
ユウが天使の力と銀鱗を顕現させなり、すぐさま刀を抜いた。
今にも飛び出してしまいそうだ。
「おーお、怖い怖い。そんなもん向けんといてーや。それ僕があげた刀やん。やめてくれるへん?」
口ではそう言っているが、完全に煽りにかかっている。あくまで人をくったスタンスを崩すつもりはないようだ。
そこでおや? と赤奈は首を捻った。今何か重要なことを聞き逃したのではないか?
「銀鱗ってあの人から受けっとたの?」
「ええ、そうです。どんな手を使ったのかは解りませんが、悪魔である彼が神器を所持していました」
一瞬、紛い物と疑ったが、それはないと考えを改める。
徐々に覚醒しつつある天使の因子が〈銀鱗〉を本物と認めている。なにより、目の前であの力を見せつけられたのだ。疑う余地はない。
「その刀は赤奈君の父親が使ってた神器でな。あいつが逃げた際に奪ったったわ。ま、悪魔のワイじゃ運ぶことはできんから友人の力を借りたけどな」
含みのある笑いが不気味さに拍車をかける。
友人の力を借りた、ということは何かしらの手段で銀鱗の力を無効化したのだろうか。 例えば、制約を奪うとか。
「それにしても天使ちゃん。約束約束言うんやったら、僕との契約も果たしてーや。銀鱗で赤奈君をメッタ刺ししろって、わざわざお気に入りのブロマイドも貸してあげたのに」
「ふざけるな! 私の記憶を奪っておいてそんなことを言えるんですか!」
ユウの言葉に仁矢の細目が一瞬、見開かれた。
だが、すぐににやりと愉快そうに唇を引き上げる。
「いやー、もうワイの〈呪印術〉がバレたんか。そうそうワイの能力は相手の記憶を奪う力や。天使ちゃんが死ぬ間際に記憶を奪わしてもらったで」
「まさか……あなたが、私を……殺した……?」
虚ろげな問いに仁矢はにこにこと笑った。
それが答えなのだろうと赤奈が察するより早くユウの体は動いていた。
疾い。それに刀身が霞むほどのスピードで打ち込む打突を避けるなど無理だろう。
気付けば、仁矢の額に刀が打ち付けられ、大きく吹き飛ばされていた。血が出てない為峰打ちだと分かった。
頭を打ち付けた仁矢は起き上がりそうにない。それでも、気を失わないのは悪魔の体のおかげか。
ユウは脳震盪気味の仁矢に躊躇いもなく刀を突きつけ、強い口調で問いただす。その瞳はどこまでも冷たく、深い闇色が広がっている。
「さあ、返してもらいますよ私の記憶。先に言いますが私は一切躊躇しません」
半身起こすことも出来ない仁矢が諦め悪く銃を向けようとするが、宣言通り容赦のない刑が下される。
「づぁっ!」
右手を突き刺された仁矢の鈍い呻き声が耳に入る。
いかに自分が運が良かったのか再確認した。もし、彼女に迷いがなかったなら自分はここにいない。
「選びなさい。私に記憶を返して死ぬか。それとも記憶を返さずに死ぬか。私は本気ですよ」
冷酷な処刑人は表情を一つも動かすことなく、言葉をつづる。
ユウの冷淡な声音に味方のはずの自分が気圧される。
まったく恐ろしい友達だ。
「ハハ、最初からそううやって赤奈君を殺してくれると楽やねんけどな」
無駄口一ポイント。陣屋の軽口に反応してさらに深く刀を食い込ませた。
仁矢の顔が見るからに青くなる。痛みを堪えきれなくなってきているようだ。
「最終宣告です。返しますか? 返しませんか?」
「なんや、淋しいな。まるで記憶なんてどうでもいいみたいやんか。あんだけ執着してたのに」
「もう拘る必要はなくなりました。私は過去《きおく》なんかよりも大切な物を見つけました」
そこで初めて仁矢の仮面が歪んだ。分かる人にしか解らない、心の隙間が垣間見えた。
ただ、赤奈にも少なからずの驚きがあった。
彼女が見つけた記憶よりも大事なものとは一体なんだろう?
嫌な予感がした。そして、それは必ず当たる。しかも、心当たりもあった。絶対に当たる。
図らずも彼女は赤奈の予感の答えを言ってくれた。それが赤奈を――――狂わす。
「私は、もう記憶なんかよりも大事な人がいます。大好きな赤奈さんさえいればそれでいいです。だから、絶対に私はもう赤奈さんを傷つけない」
テスト期間中にこっそり投稿。
きっと誰も見てないだろう、と思いながら投稿しました。
ずっと投稿できなかったのはテスト期間だったからなんですよ。
テスト自体は8月5日まであります。終わってからまた書き始めるので8月11日に投稿開始します。
それでは、またお会いしましょう。