美術館から出ると雪は止んでおり、代わりに満月が夜空を照らしていた。
二人はどこかどんよりとした雰囲気のまま歩いている。
あの後、警備室で簡単な治療を受け、二人は解放された。
幸いというべきか弾は貫通していて跡は残らないそうだ。
本来ならば警察の事情聴取があるのだが、傷に触るという理由で後日改めて事情聴取を受けることになった。ユウは付き添いという形で一緒に釈放してもらえた。
しかし、警備員にありのままの事実を伝えたが、名前や住所には嘘を付かせてもらった。なにせ、犯人は自分の知り合いで悪魔なのだ。おいそれと言える内容ではない。
赤奈は深いため息をついた。これから一体どうするべきか。
普通なら逃げるだろう。危険である銃を――しかも両親と因縁がある執念深い悪魔の相手などとてもではないが相手にしたくない。 それに相手は自分の恩人だ。嫌に決まっている。
今でも信じられない。なぜ仁矢が自分を裏切ったのか。今までの5年間はなんだったのか。なぜ自分の命を何度も助けたのか。
相変わらず答えは出なかった。だが、赤奈はその問いを妄信的に考え続ける。隣で気遣わしそうに視線を送るユウに気付かず、ずっと、ずっと――――――
「っ!」
不意にズキリと痛みが走り、包帯が巻かれているはずの肩に触れる。考え事すらさせない手痛い置き土産にギリっと歯の奥を鳴らした。
「赤奈、さん? 大丈夫ですか?」
ユウはどこか怯えたような目で尋ねてきた。まるで親の機嫌を伺う子供のように感じた。
すぐにうらぶれた自分が苛立ってるからだと察した。
ユウだって目の前で鏡を割られたのだ。ダメージは赤奈より大きいはずだ。それなのに自分のことより赤奈の心配をしてくれている。不甲斐ない。本来ならば、自分が真っ先にフォローすべきなのに。これでは情けないだけではないか。
「体の方は大丈夫。ただ心の整理がつかないかな。なんだか、心が現実を受け入れる準備をしていないからかも」
「赤奈さん。私なんて言えば…………」
ユウが悲痛そうな面持ちで呟く。赤奈はギュッと胸を締め付けられた。
「ごめん。本当なら僕が君のフォローをしなきゃいけないのに」
そんな顔をさせるつもりはなかった。赤奈はうなだれるように謝る。
ユウは小さく首を振った。
「いいですよ。気にしないでください。好きでやってますから。それに私は平気です」
「平気? そんなはずはないだろ。だって目の前で悲願が叶いそうだったんだ。辛くないわけが…………」
そこで足を止めた。突、然立ち止まった赤奈に隣のユウも遅れて停止する。
振り返ったユウがどうしたんだとばかりに小首をかしげる。
言うべきか言わないべきか。迷いは本の一瞬で終わった。
「手……震えているよ」
ユウの雪にも負けない白い手を握りしめる。僅かばかりの震えが赤奈に伝わる。
「こ、これは寒さからであって赤奈さんの考えてることは何一つ――――」
「かもしれない。でもそうじゃないだろ? 本当は辛くて悲しくて仕方ないはずだ。違う?」
ユウは最初こそ狼狽の姿を見せたが、すぐに照れ笑いを浮かべた。
「すごいですね。なんで分かったんですか? 頑張って隠したつもりだったんですけど……」
語尾が涙でかすれて消えそうだ。
なぜ、ユウが仁矢に目をつけられたかは解らない。だが、少なくとも赤奈と両親が絡んでいるのは間違いないだろう。当然、それは息子である自分にも絡んでくる。
だから、自分はユウを慰める資格なんてない。
しかし、そんなちっぽけなエゴよりも目の前の少女を救いたかった。あの夜みたいに命を賭けるほどの切実な想いが胸から溢れ出た。
気付けば、赤奈はユウを力いっぱい抱きしめた。びっくりしたユウは赤奈の中で小さくなっている。
「泣きたい時は、泣いていいと思う。じゃないと心が壊れちゃうから。だから、今だけ……ね?」
「赤奈さん。私……私…………!」
それからふたりぼっちの世界にユウの泣き声だけが響いた。赤奈はユウの体温を求めるようにさらに体を密着させた。
どれくらいしただろう。泣き止んだユウが赤奈の胸から違和感を感じ取り、顔を上げた。
どこか憑き物の取れた晴れやかな表情で囁いた。
「赤奈さん。肩から血が出てますよ」
「……ホントだ。少し強く抱きしめすぎたかな?」
確認すると巻いていた包帯に赤い染みが出来ていた。ただ、あまり対したことのないように感じる。
「大事になったらいけませんから、治しますね?」
そう言って天使は唇を近づけた。艶かしい息遣いが嫌でも聞こえてくる。
天使の能力は軽傷なら触れるだけでも回復できる、とユウ本人が口にしていたことを思い出すが、赤奈は自ら唇を重ねた。
甘い感触が全身を痺れさせる。
今度は時間を数えていたので、5秒ほどの快感を味わった。
そのままユウを胸に抱く。
「赤奈さん…………逃げませんか? 私、赤奈さんがいれば他は何もいらないです」
凄く魅力的な提案だった。このまま逃げ出せばどれだけ楽だろう?
「ダメだよ。僕は逃げない」
だが、彼は逃げ出さない。
赤い瞳が深い光を放つ。それは決意の表れ。
「約束しただろ? 君を絶対に救い出すって。だから僕は逃げない。必ずユウの記憶を取り戻す。それに僕と仁矢さんの決着もつけなきゃいけない。だから、絶対に行かなくちゃ」
「赤奈さん…………やっぱり、あなたは頑固ですよ。昔から、そう。言いだしたら聞かない……」
途切れ途切れのか細い声に耳を貸しながらもあれ? と疑問を感じた。
「昔って、僕らは昨日会ったばかり…………って寝てる?」
見れば、穏やかな寝息を立てて、ユウは体重を赤奈に預けていた。
泣き疲れたみたいだ。このような子供っぽいところが妹によく似ている。
はぁー、と大きなため息をつき――だが、どこか嬉しそうに――ユウの矮躯をおぶる。
バス停まで距離200メートル。たどり着くには天使と悪魔の因子がどれだけ覚醒しているかにかかっている。
若干過ぎてるけど気にしないw
いよいよ、物語も終盤というかもう終わります。
5話もないんじゃないかな?
というわけで今現在新しい作品のプロットを製作中です。
まだっはっきりとは決まってませんがロボット(?)モノになると思います。
もしかしたら何かしらの二次創作になったりするかもしれませんが、今のところはオリジナルのロボットモノの予定なんでそちらの方も引き続き見ていただければ嬉しいです。
では、感想や誤字脱字の指摘お待ちしております。