その時だった。
部屋の空気が、一瞬膨らんだ気がした。両耳がジーンと痺れ、それが破裂音のせいだと気付くのに時間を要した。次いで、コン、と何かが足元に当たった。茶色っぽい金属の筒だった。
「…………薬莢?」
どうにかそれだけを確認すると隣の天使から悲鳴が聞こえた。
色の良かった顔が蒼白に染まり、一点を指した指先が震えている。指先に導かれ、視線を向けた。
「なっ…………!」
言葉が詰まったのが分かった。
赤奈の目が限界まで開かれ、顔色が驚嘆でいっぱいになる。
〈真実の鏡〉に細かいヒビが入っていた。 中心から蜘蛛の巣のようにヒビが広がっている。そして、その原因は一発の鉛玉だった。
鉛玉。それ意味するのはたった一つ。
つまり、銃。誰かが後ろから撃ったのだ。鏡に――――または自分達に。
では一体誰が?
その答えにたどり着く前に声が聞こえた。
「ちょっと二人共~鏡を確認するよりも先に後ろ振り向くんが普通の反応やろ?」
耳だけではなく、思考も麻痺していたらしい。いの一番にしなければいけないことができていなかったようだ。
それにしても、声に聞き覚えのあると思った。勘違いか? いや、聞き間違えるはずはない。なにせ長い付き合いなのだから。
だが、それはありえない。考えるのもバカバカしい。赤奈は最後まま否定し続けた。振り返るまでは。
「…………!」
その姿を確認した瞬間、直感的に全てを把握した。
天使は言っていた。――契約者は変な言葉遣いだと。
天使が見せくれた。――自分の写った写真はふざけた加工が施された。
彼は言っていた。――また、来世で会おうと。
全てが繋がった。一体自分はどんな顔をしているのだろうか。絶望か? 怒りか? それとも悲しみか?
いずれにせよ赤奈はこの複雑な塊を喉に詰まらせながら尋ねる。
「あなたが今回の黒幕なのか……?」
「ん? せやで。ワイが今回の黒幕や。ついでにお察しの通り悪魔デース。」
いつもの怪しげな関西弁と軽い調子でごく当たり前のようにそいつは答えた。
「いやー、それにしても焦ったわ。まさか、天使ちゃんが赤奈君を仕留めないどころか、友達になって、あまつさえ恋人になりたいなんて言い出すなんてな? こりゃ流石のワイも読みきれんかったわ」
聞いてもいないことをペラペラと語り出す。まさしく彼だ。それが偽物ではないことを物語っている。
「…………から」
「ン?」
赤奈の途切れそうな、陶器のような硬い声が聞こえる。
「いつから……僕のことを裏切ったんだ?」
「いつからやと思う?」
人を食った、不遜な態度。それが燻らせている怒りに火をつけた。
「ふっっざけるなぁ!」
赤奈は怒りで我を忘れ、あろうことか飛びかかった。
契約者は焦ることなく、怪しげな笑みを浮かべたまま引き金を引く。
銃口からオレンジ色の光が見えたかと思うと方から血が吹き出た。
「ぐぁ!」
そのまま肩の痛みに引きづられるように地に伏せた。
「あ、赤奈さん!?」
我に返った天使が駆け寄ろうとするが、牽制の弾丸が足元で跳ねる。
うかつには動けない。せめてもの抵抗でユウは精一杯睨みつけた。
それをものともせず、契約者は地に伏せている赤奈を見下ろしながら嘲笑った。
「いやー愉快愉快。こうやってると気分いいわ。今まで楽しかったで? 君とのお友達ごっこは?」
「あんたっていう人は……!」
抑えきれない怒りが力に変わる。
しかし、立ち上がろうとするものの肩を撃たれている為うまく立ち上がれない。
見れば血の水溜りが出来ていた。相当な出血量だ。うまく立てるはずもない。
「それに、嬉しい誤算もあるで。おかげで計画の見返りが大きくなるわ」
「ど、どういうことですか!? あなたは一体何を考えて、こんなことを…………」
男はクルクルとハンドガンを遊ばせながらんーと考える仕草をした。
やがて、「まぁ、いいか」と呟き、嬉々とした語りだす。
「ワイは昔、好きな女がいてん。そりゃごっつ美人でな? 運のいいことにワイはそいつの幼馴染やった。でも、ある日、天使の男が現れた。二人は劇的な出会いをして駆け落ちをしよった」
いきなり、昔話が始まったかと思えば、衝撃的な内容にユウは薄ら寒いものを感じた。
天使と悪魔が恋? 有り得ない。
だが、男は構わず続ける。
「ワイは裏切られた。だから、その二人を――マリーを追いかけた。復讐するためにな。だが、ようやく見つけたかと思えば圧倒的な力の差にワイは手も足も出んかったよ。ただ、二人には弱点があった。なんやと思う?」
二人は答えない。そもそも答える気はない。
それを見越していたのかたいして間を開けず契約者は続ける。
「あろうことか子供を作ったんや。決して相いれることのない天使と悪魔の子をな。二人はその子を庇った。ただ、その時マリーに致命傷を与えられ、ワイは力をほとんど失ってもうたんやけどな」
反吐が出るくらいゲスな話だった。要約するとただ寝取られたから八つ当たりしただけである。
吐き出しそうな嫌悪感を込めて赤奈は訊く。
「その子は……どうなったんだ?」
「生きてるよ。しかも、ワイの目の前にいるで」
目の前に。それはつまりそういうことだろう。
赤奈は震える声を必死に押さえつけて、答えを問う。
「まさか、僕なのか? 僕は天使と悪魔の間にできた、子供……?」
「大正解。良かったな赤奈君。衝撃の真実が知れて」
赤奈は相当混乱しているようだが、天使はこれで納得した。
天使の因子が覚醒し始めた時、遅れて悪魔の気配が赤奈から感じた。最初は勘違いだと思ってたがどうやら正しかったようだ。
「さて、鏡も壊したし、あとは僕に頼るしかないな? ていうわけで今夜の0時に旧病棟の屋上で待っとるわ」
そうして契約者――いや、赤奈の担当医『仁矢』は白衣を翻しながらその場を立ち去った。
ユウが追いかけようとするが赤奈は追わなくていい、と静止をかける。
そして、しばらくして入れ替わりで警備員が大挙してなだれ込んでくきた。
血を流して倒れている赤奈を見て泡を食った様子で駆け寄ってくる。
担架で担ぎ込まれ医務室に運ばれる間、赤奈は何度も仁矢との会話をループさせていた。
今夜、自分の運命は劇的に変わるはずだ。それがどのように進むかは解らない。だが、逃げることは決して許されない。薄れてゆく意識の中でそんなことを思った。
若干遅れたけど気にしない!
再登場&黒幕判明。
なんか展開が一気に来た感じだけどもう少しゆっくりでもよかったきがする。
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