できるだけ早く投稿していきたいです。
では、どうぞ。
13
館内に入ると暖房が効いていた。仙湯のような温かさが冷え切った体に染み渡る。
開館初日な為、館内の人だかりは相当なものだった。やはり、馬鹿らしいが広告の売り言葉が話題を呼んだのだろう。
二人は出入り口に立っている案内嬢からパンフレットを受け取り広げる。目当ての〈真実の鏡〉はどうやら建物の最奥にあるようだ。
「うへぇー、結構広いね。どうする? 待ちきれないなら走って行く?」
「そんなはしたない真似はしません! もう……私をなんだと思ってるんですか……」
何か形容し難い気持ちが胸の内に生まれたが言葉にはしなかった。言えば必ず銀鱗の錆になってしまう。
それでも、ウズウズと体を震わせてる天使を見て、それとなく最短ルートを歩き、目的地へと急ぐ。
人集りをくぐり抜け、奥へ奥へと向かう。
途中、何度か興味のそそられる鉱物や古代遺産の誘惑を振り切り、足を動かす。
そして、ようやくそれにたどり着いた。
本日のメインである〈真実の鏡〉は窓が一つしかない部屋にあった。
最奥にある部屋の中心に胸まであるショーケースがぽつんと立っている。その上に鏡はあった。
そこまで確認した時、ユウは自制が効かなくなったようだ。ネジ巻き人形のように一気に走り出す。
はしたない真似とは一体なんだったんだろうか? かくいう赤奈もウズウズを開放して、後を追うのだが。
赤いロープに囲われた鏡を前にして足踏みしているユウを落ち着け、鏡について聞いた。
「どう? 何か解った?」
「ええ、ここまで近くに来るとはっきり感じます。〈真実の鏡〉は神器です」
「へー、神器って武器だけじゃないんだね。楽器とかもあるの?」
「どうでしょう? 私も全て把握してる訳ではありませんから」
やや興奮気味な回答が返ってくる。
赤奈は相槌を打ちながら、ある確信を得た。
昔、自分が鏡を使って何かを見たのは夢ではなかったのだ。その内容は全く思い出せないが、今はさして重要なことではない。
「鏡を手にとって、見たい内容を強く念じるんだ。それが鏡に映るよ」
幸い今は客も警備員もいない。監視カメラに映ってしまうだろうが、触るくらいなら見逃してくれるはずだ。
視線だけでユウを促し、自分は鏡から離れた。ユウは眉をひそめ、同じように視線だけで問いかける。
「プライバシーもあるしね。僕は離れておくよ」
至極、当然の回答をしたつもりだが、ユウはお気に召さなかったらしい。
仏頂面になり、距離をとった赤奈に詰め寄る。そして、仏頂面のまま赤奈の手を取る。
柔らかい感触が右手から伝わり、少し頬が赤く染まった。
「え、え?」
たじろぐ赤奈。ユウは赤奈を尻目にもっと強く手を握り締める。
「赤奈さんも見て下さい。ここまで関わってしまったんですからアナタにも見る権利はありますよ?」
確かに気にならないといえば嘘になる。だが、言ってしまえば記憶を見るということはユウの頭の中を覗くことと同義だ。
それでも構わないのか? そう尋ねると構わない、と返ってきた。
「分かったよ。一緒に見よう。そして、決着をつける。ユウの記憶、そして僕らの関係に」
「うん!」
満面の笑みをこぼし、二人は改めて鏡に向かい合う。
どちらからともなく手を繋ぐ。絡め合った指先の熱がお互いの存在を証明してくれる。一人じゃない。痛いくらいにそれが解った。
「…………本当は、本当は怖いんです」
「怖い? 何が怖いの?」
「私が怖いのは昔の私が悪い人間だったらどうしよう。ううん、赤奈さんに嫌われるような醜い人間だったらどうしようって。それを考えるだけで寒くなるんです。震えが止まらなくなって、足がすくんで動けなくなる」
言葉通り、ユウが震えているのを感じた。声が、指先が、僅かに触れ合う肩すらはっきりと分かるくらい震えている。
抱きしめる。あるいは額を当てるなどの高度なスキンシップは頼りない自分には取れそうにない。
だが、大切な人であるユウを安心させてあげたい、励ましたい。その強い想いだけが胸中を支配する。
だから、自分の気持ちが伝わるよう痛いくらいに手を握りしめた。
「僕は、僕はどんな君でも絶対に受け入れるよ。たとえ、君が善人から程遠い人間だったとしてもそれは君の全てじゃない」
力強く言い切る。紅い瞳がユウの瞳を覗き込む。
「少なくとも僕の知ってるユウは普段はクールでツンツンしてるけど、本当は子供で、甘えん坊で、暗がりを怖がる可愛い一面もある――――とっても魅力的な女の子だよ」
言い終わってからハッとなった。感情任せでとんでもないことを口走ってしまった。後から羞恥心で体中の体温がマグマが吹き荒れるかのように熱くなる。
ユウからの反応がない。あれだけは恥ずかしいことを言ってしまったのだ。何かしら反応がないと困る。いや、本当に。
「やっぱり……好き。赤奈さんの事」
ぼそり、と小声でそんな言葉が聞こえる。もう死ぬかと思うくらい、体が火照てた。心臓がやかましいくらい鳴る。
どうしようもなく体を硬くしているとユウが片手で鏡に触れた。
「ありがとう。赤奈さん。やっぱり、私アナタのことが好きです」
うっと喉を詰まらせた。
面と向かってはっきりと言われるとむず痒い。言葉を濁しながら、そっぽを向いた。
ユウは最後にとばかり、赤奈の手を強く握り返し、手を離した。
「充電完了です。これで私はもう大丈夫!」
明るく振舞うユウ。どうやら覚悟は定まったようだ。
天使としての力を解放し、翼を生やす。それから、両手で鏡を手に取った。
いよいよだ。赤奈の唇が急激に乾いていく心臓の鼓動などもう一生分使い果たしたんじゃないのかというくらい速い。
隣のユウが目を閉じた。そして、強く念じるようにこめかみに力が入れる。
ほどなくして、鏡に変化が起きた。
ユウと赤奈を映していたはずの鏡が絵の具を混ぜたようにぐにゃりと歪み始めたのだ。
歪みはどんどんと荒くなっていき、しまいには回り始める。そして、その怪現象が収まりを見え始め、ついには――――――
はい、お疲れ様です。
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