もはや不定期更新になってきたので日付の変わり目か日曜日に投稿すると思うのでちょくちょく見に来てくれたらありがたいです。
では、どうぞ。
「少し話を脱線するよ。……この話はしたことがあるね。5年前に僕は暗くなるのを計って父さんの書斎に忍び込んだんだ」
「ええ、ある目的の為、でしたよね? それでその目的とは?」
赤奈は小さくかぶりを入れた。
「それが、憶えてないんだよね。どういう訳か」
と、肩をすくめてみせた。
「憶えていない? …………それって、まさか!」
天使が信じられないものを見るような目で赤奈を見た。赤奈は乾いた笑みで応える。
「察しの通り僕、記憶がないんだよね。と言っても君と違ってその晩の記憶だけだけどね」
本当は言うつもりはなかったが、案外すんなりと話せた。それも天使が自分と同じだからだろう。
「解離性記憶障害。簡単に話すなら耐え難い事態に直面し、部分的に記憶を失ってしまった、という所かな? あの日、真実の鏡で僕は何を見たんだろうね?」
赤奈がふと思いつめたような目で天井を見上げた。相変わらず薄暗い光がチカチカと小さく点灯している以外別段変化はない。
「その、私、なんて言えば……赤奈さんだって自分の記憶がないのに、私……」
天使はそこから言葉を詰まらせた。その声色から自責の念が伺える。
「いや、気にしなくていいよ。僕なんて失った記憶はせいぜい10分だけなんだから。君と比べるのもおこがましいよ」
しかし、天使が小声で「でも……」と続けたので無理やり話を続ける。
「それで話を戻すけど、僕は記憶が失うくらい耐え難い真実を鏡で見たんだ。正気を失うくらいね。僕は屋敷を飛び出したんだ。ただ、それを妹が見ていたみたいで、追いかけてきたんだ。多分、僕の様子がおかしいのがひと目で分かったんだろうね。追いかけてくるのに気付かず、僕は不注意にも十字路から飛び出したんだ」
元からその道はよく衝突事故も多かった。 更に夜道ということもあり、車の存在に気付いた時には、もうすぐ傍の距離だった。
「そして、僕が轢かれそうになった時、追いついた結希が僕を突き飛ばしたんだ。僕は擦り傷で済んだけど、代わりに結希が轢かれた。目の前が真っ暗になったよ」
「…………それで……妹さんは……どうなりました?」
「死んだよ」
真正面の天使がビクリと体を震わせた。
「死ぬまでに少し意識はあったよ。僕に何かを伝えようとしてたけど、聞き取れなかった。でも、きっと、僕のことを恨んでいただろう…………な……」
自分の声が詰まるのを感じた。心の奥底に封印した記憶を初めて言葉にすることによって、結希の死に際のシーンを鮮明に蘇らせた。
トラックに跳ね飛ばされ、空を舞う小さな体がゴッと鈍い音をたてる。結希がコンクリートに叩きつけられ、朱い花を広げる。即死じゃないのが今でも信じられない。
気を抜けば泣いてしまいそうだった。だが、お前にそんな資格はない――――と心の中で叫ぶ声がして、思いとどまる。
「結希を殺したのは僕だ。僕が、家から飛び出さなければあの子が死ぬことは無かった。いっそ……僕が死ねばよかったんだ。そしたら、こんなことには…………」
瞳がじわりと滲み、喉の奥から「うっ」と情けない声が漏れた。
泣いてはいけない。一心に念じ、歯を食いしばる。
不意に天使が立ち上がった。元の人間に戻り、両手で赤奈の顔を包み込んだ。穏やかな微笑を湛えた慈愛の顔から息遣いが聞こえてくる。
「そんな悲しいことを言わないで下さい」
囁くような、穏やかで優しい声。硬直した全身から力が抜ける。
「妹さんは赤奈さんのこと恨んでいなかったと思います。じゃなきゃ、あんな表情できないもん」
そう言って、天使は赤奈の顔を胸に包み込むように抱いた。柔らかく、温かい体温が胸の中の氷を溶かしていく気がした。
「君には慰められてばかりだよ……本当に天使みたいだね」
「本当に天使ですから」
天使の勝気な笑みが容易に思い浮かんだ。
赤奈は天使の胸に埋もれたまままぶたを閉じる。
「その後の葬儀で僕は誓ったんだ。絶対に生きることを諦めない。最後まで抗うってさ。でも、その後からが大変だったよ。結希を溺愛していた母さんが精神病を患ってね。僕と結希が入れ替わったんだよ」
「入れ替わった? つまり、赤奈さんが死んで妹さんが生きてるってことになっているんですか? 母親の中では」
「その通り。それが原因でストレスにやられてね。僕も入院しちゃった。唯一の救いは僕の名前だけを忘れないでくれたことかな?」
「なるほど。じゃ、あのクローゼットの中身は赤奈さんの趣味じゃないんですね」
「まだ、疑ってたの!?」
はい、おつかれさまでした。
もうほとんど会話ばかりなのは狭い空間だから仕方ないですよね。
たぶん次あたりで外に出れると思うので気長に待っててください。