なかなか執筆が進まないもので。これからもこんなことが続きそう……
それでは、どうぞ。
9
あれからなんやかんやでひとまず許してもらった。
だが、当人の天使はエレベーターの隅っこで、膝を抱え込みながら長いことぶつぶつと呟いていた。時々「恥」だの「死」だの「責任」だのといった単語が聞こえてきたが、あまり突っ込んで聞かないほうがいいだろう。触らぬ神に祟りなしだ。
だから、赤奈も天使と同じように部屋の隅っこであぐらをかいている。それ以外にやることがない。
ならば、さっさとエレベーターから降りればいいだろうに。しかし、そういう訳にもいかなくなった。
閉じ込められたのだ。どうやら、停電か何からしくエレベーターの稼働が止まった。原因は今年一番の大雪だろう。全くとんだ不運である。
「これじゃ、美術館の開館時間に間に合わないな……」
何気なく発した言葉にピクリと――ようやく――天使が反応を見せた。
膝に埋めていた顔を上げる。どうやら、自分の中で折り合いをつけれたらしい。……少しばかし睨みを利かせているが。
「…………やはり間に合わないですよね。銀鱗で扉を壊しましょうか? 天使化すれば、鉄の扉くらい真っ二つにできますよ」
物騒極まりない発言だが、一応、赤奈もこの案を事前に考慮していた。
しかし、小さく首を振り
「いや、ダメだ。扉を破壊して刀を持った女の子がいたら色々とマズイし、天使っていうのが世間にバレちゃう。君たちの存在は隠さなきゃいけないんだろ? それになにより、お店の人が可哀想だ」
至極まともな意見だが、天使は若干不服そうに頬を膨らませる。その瞳にごく少量の焦りが垣間見えた。
「じゃあ、どうするんですか? まさか、救助が来るまでここに居ろと?」
その問いに赤奈は苦い表情をした。まさにその通りなのだ。
赤奈はどこか申し訳なさそうにこうべを垂れ
「うん、それしかないんだよね。本当に申し訳ないけど、僕には他の方法が思いつかないんだ」
ごめん、と赤奈は両手を合わせる。
ただ、これで宥めれるとは思っていない。この程度で諦める程、天使の切望は安くない。だから、この瞬間も想い焦がれているはずだ。それは昨晩の出来事が雄弁に物語っている。
それが分かっている為、どのようにして説得するか少々悩んでいる。しかし、結果は思わぬ方向へ転んだ。
「…………まぁ、それなら仕方ないですね。もうしばらく待ちましょう」
「……え?」
正直、耳を疑った。自分の記憶を取り戻す為に赤奈を殺そうとした天使の発言とは思えなかった。
「赤奈さん?」
唖然と天使を見やる赤奈の視線に気付いたのか、天使は少し首を傾げた。
赤奈は慌てて首を振り、何でも無いように装う。しかし、胸の中では驚きと困惑が織り交ざっていた。
一体この短い時間で彼女に何があったんだろう?
確かに天使は昨晩、赤奈を手にかけることに迷いを抱いていた。
しかし、それでも、最後まで刀を振るい続けた。そして、剥き出した感情の叫びが、彼女の想いの強さを証明している。――なのに、なぜ?
「やっぱり、おかしいですか? あっさり納得したことが」
「え、いや……」
どうやら、平静を装ったつもりが、顔に出ていたらしい。
うまく言い訳できず、バツ悪そうに頭をかいた。
「まー、正直、昨日のことを思い出すとどうもね。どういう心境の変化?」
不躾な質問だったが、今更だと思った。散々天使の領土を土足で踏み入ったのだ。この期に及んで取り繕う必要もないだろう。
しかし、天使は人差し指を唇に当て、悪戯っぽく笑い
「赤奈さんには秘密です」
「えー、なんだよそれ。あんまりだよ……」
開き直っていた赤奈は完全に肩透かしを食らった。また天使のことを知るチャンスだと思っていたが、現実は甘くないようだ。
なんとなく悔しかったのでそっぽを向く。
すると、後ろからクスクスと笑い声が聞こえた。
内心ドキドキしながらも首を捻り、天使に照準を合わせる。
笑っていた。今まで微笑や苦笑は見たことがあった。だが、こんなにも『大笑い』をしているのは初めてだった。
なぜか頬が熱くなるのを意識しながら、そのまま貴重な笑顔に魅入る。
しばらくそのままでいると天使の藍い瞳が赤奈の黄金の瞳を捉えた。
しまった、と赤奈は咄嗟に身構えた。
「な、何見ているんですか! 女の子の顔をじろじろ見て失礼ですよ!」
と、怒鳴られるところまで想像できたからだ。
しかし、強襲に備えて耳を塞ごうとしたら予想外な言葉が聞こえた。
「その、あんまりジロジロ見ないでください。……恥ずかしいです」
はぁ? と聞き返しそうになった。今までこんな反応をされたことがない。妙に控え目なお叱りに拍子抜けする。
おまけに小さい、ギリギリ拾えるくらいの音量で
「でも、好きな人に見てもらえるのは悪い気はしませんね」
と、はにかんだのだ。
絶句。赤奈はショックとはまた別の衝撃に頭を揺らした。
そして、すぐに顔を引き締めた。
そうだ。自分は追いかけたのだ。彼女の告白の返事をするために。天使もそのつもりで言ったのだろう。
「赤奈さん。こんな時に聞くべきではないのは分かっています。でも、私の我が儘に付き合ってください。赤奈さんもそのつもりで追いかけてきたでしょう?」
天使の碧色の瞳がまっすぐ赤奈に向けられる。
忘れていた訳ではない。ずっと頭にこびれついて離れなかった。天使の泣き顔と愛の告白を。
赤奈は汗でグッショリの額を拭い、気持ちを落ち着かせた。
答えは決めていた。だが、今この瞬間もそれでいいのか迷っている。
まだ、自分は天使に全てを話していない。天使は己の全てをさらけ出したというのに、赤奈はまだ語るべきことを隠したままだ。
きっと、この話をすれば天使は自分の返答など関係なく、赤奈を拒否するだろう。そんな重要な秘密を心に隠したままなのだ。
だから
「その前に、僕の昔話を聞いてくれない?」
これは走っている最中、自分と向き合った末の結論だ。それ故に告白の返答よりも先にまずこの話をせねばなるまい。『あの事件』にまつわる話を……
その時だった。あっ、と声が漏れた。それが自分の声だとすぐに解った。
――来るあれが来る。
それはある種の経験則だったのかもしれない。あるいは、体から発する警告か。とにかく赤奈には解った。
――発作が起こる。
次の瞬間、二つに裂かれるような痛みが赤奈を襲った。
はい、お疲れ様でした。
地味にこの作品一周年迎えたんですよね(4月に下書きを始めたため)。個人的にも書いてて飽きない作品なのでおいしい思いさせてもらってます。
それでは、感想や誤字脱字の指摘まってます。