随分と間が空いて済みません。
こっそり投稿します。
一応、日曜日も予定通り投稿します。
では、どうぞ。
8
好き。
あんなことを言うつもりはなかった。というより自分は赤奈のことが異性として好きだなんて知らなかった。気付けば、口が開いていた。
無心に走っていた天使は、今は足を緩め、トボトボと歩いていた。
そもそも、自分はいつ、なぜ赤奈を好きになったんだろう? あの時は、暴走する気持ちが勝手に言ったようなものだ。本当は事を温和に済ます予定だった。簡単な小言を漏らして、そのあとは、また元通りに、と。
でも、できなかった。
赤奈を前にした途端、色んな感情が溢れかえって、胸が掻きむしられるくらい辛くなった。自分が制御できなくなって、勢いのまま罵声を浴びせた。
挙句、赤奈に「好き」と言ってしまった。
あんなことを伝える気なんて、まるでなかったはずなのに。
もう自分を信じることすら難しい。ただでさえ記憶のない希薄な存在なのだ。これ以上のアクシデントは下手をすれば自我の崩壊を起こしかねない。
今、なんとか自分を保てれるのは、ほかならぬ赤奈のおかげだろう。
彼のことを考えるだけ心が温かくなる。自分は恋をしているんだ、と今更ながらに自覚する。
だからこそ赤奈をあんな暗い、絶望の淵に立たせたような顔をさせた自分が許せない。
嫌悪感で胃の中のものがグルグルと掻き回される。今にもその場で吐いてしまいたかった。
しかし、これは罰なのだ。なるほど、人を呪わば穴二つ、とはこのことか。赤奈もこの苦しみを――いや、それ以上の苦しさを味わったはずだ。
だから、自分だけ楽になってはいけない。この不快感を拭ってはいけない。時間が解決するまで、絶対に捨ててはいけない。
「………………はぁー」
なんとなく周りを見渡す。道行く人々の中に赤奈の姿は見当たらない。
それを見て、ホッとする自分の他に残念に思う自分がいた。
改めて自分が嫌になる。あんなことを言った癖に、追いかけてくることを期待するなんて愚かとしか言いようがない。
「自業自得……か」
もれた自嘲すら虚しい。天使は深い溜息を吐き、適当な柱に体を預けた。
もし赤奈が追いかけてきたらどうしよう。自分はどんな反応をするだろうか? すぐに謝り倒すだろうか? それとも、逃げ出すのか?
おそらく後者だろう。今の自分はそれくらい弱虫になってしまっている。
このまま天界へ帰ろう。記憶の件も赤奈のことも全て忘れて逃げてしまおう。
ようやく定まった方針をすぐに実行するため、すぐそこにあるエレベーターのスイッチに手を伸ばした。
1の字がオレンジ色に光り、エレベーターの移動する音が聞こえる。天使はただ、扉が開くのを待った。
悩み通しでいい加減疲れたのか、こうしてぼんやりするのが心地よかった。頭の中を空っぽにして、難しいことを考えない。
――今日は色んなことがあったな。バス停で赤奈さんにキスしそうになった時は、本当に焦った。でも、嬉しかった。あの時の無理に奪ったキスをやり直せるって思ったから。結局ダメだったけど……あ、でも、その後、赤奈さんの肩を借りて眠れたのは良かった。 あの時は心臓がうるさすぎてまともに眠れなかったけど、直に触れて安心できた。
その後の喫茶店。正直、食べ物の趣味はドン引きだけど、赤奈さんが幸せそうに頬張ってるのを見て、胸が暖かくなった。
そして、いよいよあの時のやり直しができる場が来た。でも、赤奈さんは逃げ出した。その後ろ姿を見て、胸がものすごく痛くなった。この時の時点で私は赤奈さんのことが好きっだったのか。なのに、馬鹿だな。あんなことを言っちゃって挙句告白なんて……あれ、私――――
――気付けば、赤奈のことばかり考えていた。こんなにも自分の中で赤奈は大きくなっていたのだ。そう思うと涙が溢れてきた。
こんなにも自分は弱かったのか。周りと壁を作っていた自分がいざ外に出るとこんなにも弱々しいなんて想像の埒外だった。
訳が分からくなり、頭の中が混濁していく。
ほとんど無意識に嗚咽混じりの振り絞った声が漏れた。
「会い、たい。会いたいよっ! 赤奈さん…………!」
「だったら、逃げない、でよ。探すのに、苦労、するから」
急に声をかけられて、驚きのあまり涙が止まった。
え? と声のした方――後ろを振り返る。
そこには膝に手をつき、体を支えている赤奈がいた。
息は切れ、顔が苦痛に歪んでいる。ものすごい量の汗のせいか髪や服が乱れていた。これだけで赤奈が虚弱な体で無理して天使を探してくれたのが伺える。
天使の時間が止まった。いや、見えない鎖が天使を縛っているように感じる。このまま自分は息することもままならないまま死んでしまうかもしれない。天使は本気でそう思った。
しかし、天使の息の根が止まるより早く、赤奈は彼らしい穏やかな笑みを浮かべた。
なぜそんな顔ができるのか、天使には解らなかった。しかし、謝ることも逃げることもできない天使は赤奈のアクションを待つしかない。
そして、立ち尽くす天使の腕を掴み、赤奈はちょうど来たエレベーターへと入る。
赤奈はエレベーターのスイッチを押さず、天使と向かい合った。
「は、離してください」
そこでようやく我に返って天使は赤奈の腕を振りほどこうとした。だが、できなかった。
この細腕のどこにこんな力があるのかと思うくらい微塵も動けなかった。誇張ではなく天使や悪魔のそれに匹敵する力だ。
「絶対に離さない。この手を離したらもう二度と君に会えない。そんな気がするから僕は絶対にこの手を、君を離さない」
絶句する天使に赤奈は強い口調で言う。真摯な思いの溢れる声だった。これまで天使が耳にした中で、一番心の籠った言葉だった。
――――――ああ、この人だ。この人は赤奈さんだ。
暗いようでよく笑い。大人しそうなくせに時々予想外な行動を起こす。口下手だが、核心を突く発言を今のようにする。
目の前にいるのは間違いなく天使の知る赤奈だった。
だけど、もっと知りたい。赤奈が追いかけてきた理由。赤奈がまだ自分と関わる理由を。他にも全部知りたい。
天使は決意した。ここで赤奈と自分は変わる。そこでようやく二人の関係がスタートラインに立つのだ。
はい、お疲れ様でした。
28話が終わって次の29話もある程度書き上げています。
というか、心理描写は疲れる……
何度か読み直しておかしいところはないか、とかいろいろ大変でした。
みなさんも誤字脱字以外に指摘するところがあれば、容赦なくつっこんでください。
お待ちしております。