やはり、文章は詰めたほうがいいと思い今回も詰めました。
読みにくいなどの意見があったらいつでも言ってください。
では、どうぞ。
2
それからしばらくして赤奈の担当医が部屋に訪れた。
診察といっても心臓の音やカウセリングなどの簡単なものだ。互いに来客用のソファーに向かい合っている。
「今日も異常なしやで赤奈君。この分やと退院間違いないな!」
黒いセーターの上から白衣を纏う男は心音器を手にニコッと笑う。大阪弁の似合わない整った顔で放つ笑顔はどんな女性も虜にしてしまいそうだ。
しかし、赤奈は反感のこもった眼で男をひと睨みすると
「そりゃ、どうも――後、背中に手を回さないでください」
パシッと背中に回された手首を掴む。
医者は驚いたように目を見開き
「いや~、今回は気づかれんように細心の注意を払ったのに――何がアカンかったんやろ?」
「その視線がいやらしいからです仁矢さん」
手首を離し、心音器ごともう片方の手へ押しやる。
仁矢は少し残念そうな顔をするが、諦めて心音機を首にぶら下げた。
「ガード固いなぁ~君が入院して5年もアプローチしているのに。上手く行った試しがないわ」
「うまくいく訳ないでしょ。僕はあなたに対して恩義は感じても、トキメキを抱くことは一生ありませんよ」
呆れたように肩を竦め「それに」と付け加える。
「僕は正真正銘の――男です。知っているでしょ?」
赤奈は自虐にも似た笑みを浮かべた。
仁矢は知ってる知ってる、とでも表すかのように肩を竦めた。
赤奈は鼻を鳴らし、ガラスの窓に隔たれた空に目をやる。
気づけば寒々しかった灰色の空はより一層深みを増していた。
この空はまるで〈あの日〉を再現しているように思える。
「……せやな。あの事故で赤奈君は、お母さんから女の子として接しられているからな。難儀なことや」
陽気な仁矢にしては珍しくしおらしい。本気でいってくれてるのが伺える。
いつも親身になってくれる仁矢は実はイイ奴なのでは? と今さらのように思う。これを機に感謝の気持ちを伝えるのも悪くはないかもしれない。
すると、仁矢は急に真面目な顔で
「でも、ワイは男の子でも赤奈君ごっつう好きやで? どれくらい好きかと言うとペロペ――ごふっ!」
訂正、ホモに情けはいらない。そう結論づけ、鳩尾に入れてた拳を引く。
仁矢は痛そうにお腹をさすりながらも、いつもの陽気な口調で言う。
「ん~、こんぐらい元気やったら明日は大丈夫やな! 長時間外出って結構大変やで? 出来たら付き添いの友達とかおったらええんやけど……おる?」
「いません。いるわけないでしょう? ずっと院内にいたんですから」
重い病気のせいで彼は病院の敷地から出る機会が少ない。年に数回だけ翠が東京から遊びに来ては、街へと連れるが車での移動がメインだ。中々人に触れる機会は少ない。
今回の美術館もそうなるはずだったが、赤奈はそれを頑なに拒んだ。
めずらしく自己主張の乏しい自分の反応に翠が「どうして?」と尋ねると
「自分の足でこの街を歩いてみたい」
翠が物珍しい顔をしたのは久々に見た気がする。そんなことを思い出しながら、赤奈は言葉を続ける。
「というか、それが……友達を作るのが本当の目的ですから」
赤奈の本当の目的は美術品を見に行くことでも、自分の足でこの街を歩くことでもない。前者は出かけるための、後者は車では、できない行動を起こす為の建前だ。
それを聞いた仁矢は難しい顔で眉を寄せ、遠慮がちに指摘した。
「でも、そんな簡単に友達作んのは難しいやろ。赤奈君は同年代の子らとの交流なんてほとんどやってないやろうし。それに仮に出来たとしても――」
仁矢の言葉が切れる。続きは容易に想像できた。
何かの奇跡で友達を作れたとしてもその関係は雪よりももろいものだ。なにせすぐさよならなのだから。その意味を込められた視線に赤奈は分かっているとばかりに笑みを浮かべた。
曖昧に微笑んだ顔からは諦観の類の感情が滲み出ている。
「わかってますよ、それぐらい。友達が出来ても一日で終わってしまう。明後日には東京に帰らなくちゃいけないから」
はっきりとした諦めのついた物言い。いや、現実を認識しているというべきか。
曖昧な笑みを崩し、紅の瞳が揺れる。
「……でも、ほしいんですよ。友達」
諦めきれない。
「5年もこの町にいてひとつも思い出がないのは寂しすぎる。それにこんなんじゃ、あの子に――結希に申し訳が立たないから」
滅多に口にしない『結希』のフレーズに仁矢は目を丸くしながらも、次いでプッと吹き出した。
「笑らわなくてもいいでしょ……」
「あはは、笑うつもりは無かってんけど……おっと、もうこんな時間や」
仁矢がやや大げさに言うので、赤奈も備え付けの時計に目をやる。
短針は5の字をさし、もう片方は6を過ぎていた。
既に日は沈んでおり、窓の外も黒ずんでいる。
「じゃ、ワイはもう失礼するで。明日は検診ないし、非番やから恐らくもう会うことは無いやろ。ほなな」
ソファーから立ち上がり、部屋から出ようとするが赤奈が待って欲しい、と呼び止めた。
「ん、なんや?」
仁矢は首だけをくるり、と向けて返答を待った。
赤奈は言うべき言葉を口に出せずにいた。
宙に視線を彷徨わせ、時には内心大葛藤し、その末に一言だけ、仁矢にギリギリ聞こえる声で呟いた。
「今まで、その、ありがとう、ございました……」
その言葉に赤奈は自身の成長を感じた。
入院当初、事故のショックや母親の精神病などで、殻に塞ぎ込んでいた自分が――投薬の辛さで自殺を図った時もあった――感謝の言葉を述べれたではないか。
仁矢も驚いているようで目を限界まで開いて、若干潤んだ声で礼を返した。
「ホンマに変わったな。イキイキ、とまでは言わんけど少なくとも人間っぽくなったな……ほな、また来世で」
来世とか患者に言っちゃダメだろ! と内心、叫びながらも赤奈は仁矢の背中を見送った。
心なしかいつもより大きく見えた背中はより別れを惜しませる。こんなにも自分の中で仁矢さんの存在が大きくなっていたとは思いもしなかった。
「せや、言い忘れとったわ。一つ聞いてもいい?」
扉に手を掛けていた仁矢が急に振り返ってきた。その顔はいつになく真顔だ。内心、ドギマギしながらもうわずった声で返事をする。
「赤奈君の初めて、ワイにくれへん?(性的な意味で)」
「色々と台無しだよ! 僕の純情返せ!」
長々と読んでくださりありがとうございます。
えー、全然話が進みませんが、もう少し我慢してください。
出来たら週一で投稿したいのですが、多分ダメかも(笑)
では、良いところやダメなところ、改善点など意見してくれるのを待ってます。