天使がなくしたもの   作:かず21

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どうも。かず21です。

最近ゴタゴタが片付いて投稿も安定(?)してきた気がします。

水曜日ミスったけど……w

では、どうぞ


天使の?

              5

 

「では、私の質問に移りますね」

 声で宣言するや否、前触れもなくピキーンと何故か嫌な予感が走った。

 ――特に後ろめたいことなどないはず。なのになぜだ?

 微かな疼痛に悩まされる赤奈を他所に天使は迷いのない瞳でキッパリと聞く。

「あなたは人ではありません。一体何者ですか?」

 奇しくも昨晩の赤奈と似た質問に――語調は180度違う――内心激しく狼狽した。

 彼女の言葉に理解が追いつかなかった。何度も反芻し、ようやく理解できたが、かなりの間が生じた。

「……意味がよくわからない」

 ようやく動いた唇は情けないくらいたどたどしかった。

 天使は無言のままそっと首を振った。

「とぼけないでください。あなたならわかっているはずです。」

 いつもの調子が戻ってきたのか心地よくも凛とした声が耳に残響した。

 赤奈は愕然としながらも天使の顔を見やる。彼女の表情は冷たく平然としていた。

「……僕はその言葉を額面通りに受け取ればいいのかい?」

 天使は済まし顔のまま首肯する。

「そうです。ただ、あなたの場合――――」

「おはようございます。日和さん。朝食の時間です」

 狙ていたかのように看護婦さんの声と扉の開閉音が聞こえた。

 入ってきた看護婦は声の時点で察しがついていたが、顔見知りの若い看護師だった。

 看護師が天使に気付いたようで赤奈に耳打ちをする。

「あら、おはよう。日和さんのお友達?」

「あ、はい、そんなところです」

「ふーん、日和さんお友達いたのね。でも、まだ面会時間ではないから次からはもう少し遅く来てね」

「あ、ごめんなさい。次から気を付けます」

彼女はこれ以上うるさく言わないでくれた。なぜかウインクが送られる。

 ほんの少しドキッとしてしまう。女性への免疫なんて皆無の赤奈にこの距離は心臓の音w御鳴らすのには十分すぎた。

赤くなった顔でぎこちなく朝食を受け取る

 そうやって鼻の下を伸ばしているとガタっと音を立て天使は立ち上がった。

あまりにも乱暴な音だったので訝しげに天使を見るといつものクールな表情が仏頂面に変わっていた。

「では、少し席を外します。私もお腹がすいたので」

「あ、一階に購買があるからそこで買うといいよ」

「…………(フンッ)」

 そう親切に教えたのに、なぜか天使はやけに機嫌悪く部屋から出ていった。

 

 その後、赤奈は看護婦の昨晩、部屋を抜け出したことについてのありがたい小言を貰う。事前に考えていたごまかしの文句で対応しながら朝食を摂る。時節、飛んでくる冷やかしを黙秘とノーコメントで乗り越え、天使の早い帰りを願った。

 結局、天使が病室に戻ってきたのは目の前の料理を平らげた後だった。

 手にはコーヒー缶が握られており、他は見当たらない。どうやら下で朝食を済ませたようだ。

「じゃ、私はこれで失礼します」

 お盆手にした看護師が二人に聞こえるように

「お幸せに」

「誤解だ! 僕らはそんな関係じゃ――」

 そのまま天使と入れ替わるようにして看護婦さんは部屋から退出する。

 看護婦さんが去ってからも天使は俯いて動こうとしない。

 長い沈黙が続いた。

 先程の朝食などとは比べようがない微妙な雰囲気が部屋を包む。どちらも言葉を発せないまま気まずさだけが募っていく。

 やがて沈黙に耐えられなくなった赤奈は、どうにかして誤魔化そうと口を開く。

「いやー、きつい冗談だったね。気にしなくてもいいよ。アハハ」

 乾いた空気が回復することはなかった。反応がない。どうやら屍のようだ。

 慌てて取り繕うように言葉を紡ぐ。

「だ、だよね。やっぱり気にするよね。ごめん。僕なんかと――――」

「赤奈さんああいう人が好みなんですか?」

「はえ?」

 変な声が出た。一瞬自分たち以外に誰かいると思ってしまうレベルの声だ。

「鼻の下伸びてましたよ」

「の、伸ばしてないよ! そもそもあの人見た目は若いけど3児の母だからね? もうおばちゃんだよ!」

「女性に対してその発言はないです。最低ですね。だから、コミュ障なんて言われるんですよ」

「今人生で初めて言われたよ」

 コミュ障を悟られないように振る舞っていたが出会ったばかりの天使にいとも容易く見破られている辺り赤奈の対人スキルは致命的なものらしい。

「とにかく、下心とかそういうのあり得ないから。変な誤解だけはしないで!」

「そもそも別にあなたとどうこう言われても何とも思いません」

 きっぱりと天使は言う。

だったら、最初からそう言ってほしい、と赤奈は思うがこれ以上口で戦っても戦果は得れそうにないので口をつぐむ。心のダメージは諦めよう。事実なのだから、と精神を立て直して、平静を装う。

「じゃ、なんで様子がおかしかったのさ?」

「いえ、なんでもありません。多分、気のせいです」

 そう言い、椅子に座るが、微かな嘆息を赤奈は見逃さなかった。

 気遣うように赤奈は尋ねる。

「……やっぱり、何か思うところがあるんだろう? 言いたくなかったら仕方ないけど、無理に溜め込み必要もない、と思う」

 悲しいかな。対人関係にブランクのある赤奈では気の利いた言葉は言えなかった。

 その証拠に天使は深く俯いてしまう。

 失敗した、と内心忸怩たるものを感じ頭を抱えそうになるが、その前に天使は顔を上げた。

「……今の人どこかで見たことがあるんです。ただ、どれだけ思い出そうとしても思い出せないのが悔しくて……」

 天使の弱々しい微笑に目を背けそうになる。

 しかし、胸の奥から確かな決意が炎のように燃え上がる。

 ――救わないとな。絶対に。

 心の中で改めて誓い、わざとらしく明るく振舞う。

「大丈夫! 君の記憶は戻るよ!」

「……ふふ、そうですね。ありがとうございます」

 天使はそう言って淡く笑いかけた。

 彼女は筆舌に尽くしがたい容姿の持ち主で、そんな彼女に笑いかけられると大抵の男はドキドキする訳で勿論それは赤奈も例外なく魅了された。

「喉乾いたので失礼しますね」

 そんな赤奈を知らずに天使は不思議そうな顔でコーヒー缶に指を掛けた。プシュッと控えめな音を立て、黒い缶を口に運ぶ。一息つく前に一瞬しかめっ面を浮かべるがたちまち真顔になる。

 一部始終を見た赤奈はポツリと素朴な感想を口にした。

「君って見た目に反して大人びたことするよね」

 天使に年齢の概念があるかは知らないが精神年齢は下のように感じられた。

「こっちの方がが人が寄ってきませんから」

 妙に機嫌の悪い返事が返ってくる。

 チラリと瞳の奥に何かが過ぎたがすぐに消えた。

 なんだったのか、と考える前に天使の声にかき消された。

「今はそんなことどうでもいいんです。話の続きをしましょう。あなたについてです」

 途端に頭の中に天使の言葉が蘇る。

『あなたは人ではありません』

 今はだいぶ落ち着いたが、未だに背中を這う悪寒を振り払えていない。普通なら失笑ものだが、人外たる天使が口にすると真実味があった。

「根拠はなに? 僕が人間じゃない理由を教えてくれ」

「理由は二つあります。まず一つ」

 スラリと細い指を一本立てる。

「昨夜あなたは〈銀鱗〉を振るいました。これは嘘でもハッタリでもなく、天使にしか持つことができないのです。なのにあなたは〈銀鱗〉を手に取り、振るった、私たちですら人界では力を解放しなければ使うことができないのに」

 唐突に天使は右腕を突き出した。その腕には青い光の粒を漂わせるブレスレットがはめられている。幻想的な美しさを持つブレスレットに目を奪われているとまたもあの神秘的な文句が唱えられた。

「■■■■ ■■■■」

 昨夜を再現するかのように足元の魔法陣が青く輝いた。

 光が収まると白く清らかな翼を生やした天使が立っていた。手には共に戦った〈銀鱗〉が握られている。

今ので誰か光に気付いたのでは、と冷や汗をかくがどうやらそんな様子はない。杞憂だったようだ。

 そんなことは全く配慮してなかったであろう天使は涼しい顔のまま

「あの、赤奈さん」

「ん、何?」

「パスです」

「え、ちょ、ま――――」

 あろうことか刀をヒョイと投げた。

「うわっと、と、と」

 赤奈は危なげな手つきで刀を胸の間に抱え込んだ。

 ズシリと感じる重みは昨日のそれと遜色がない。よくこんなものが振れたなー、と我ながら感心する。

「重いですか?」

「ああ、重いよ。両手で持ってなくちゃ落としそう」

「そうですか。しかし、私からすれば〈銀鱗〉は羽みたいな軽さなんですよ。貸して下さい」

 両腕を差し出し僕から刀を受け取り、何歩か下がる。

 鞘から銀に輝く刀を抜き、何度か無造作に振るった。ヒュンヒュンと空を斬る音だけが場を支配する。

「……とまぁ、こんな感じです」

 やがて息一つ乱さなず刀を鞘に収めると天使は元の位置に戻った。

 椅子に座るのと同時に〈銀鱗〉をベットの上に置く。あれだけ重いはずの刀が物音一つ鳴らないことに疑問を覚えた。

「神器に質量はありません。重さを感じるのはただの錯覚です。神器と持ち主が同調すれば、重みは無くなっていくのです」

 言い終わると天使の折りたたんでいた翼が光の粒になって消えた。ブレスレットに光が戻るのを確認すると天使は刀に手を伸ばす。

 赤奈は握られた刀が持ち上げられるイメージを思い描いた。しかし、握られた柄だけが微かに揺れているものの、〈銀鱗〉は一寸も動かない。手を抜いている様子はない。

 やがて、天使は刀を光の粒へと変え、顔を上げた。

「このように天使化を解くと持ち上げることすら困難です」

「みたいだね。昨日言ってた天使の因子ってやつか」

 昨晩の出来事を思い出しながら確認する。

 天使は小さく頷いたあと、今度は二本目の指を立てる。

「それで二つ目の根拠ですが……少し話を脱線します」

 いつの間にか再び握られていた缶コーヒーを口に付ける。

 それが口に運ばれた直後、天使はまた顔をしかめた。よくよく見れば黒い缶には白地で『black』と書かれており、苦くて当然の代物だ。少なくとも中学生(?)が飲む代物ではない。

「苦くないの?」

「全然」

「いや、苦いでしょ」

「全くです」

「え、でも――」

「うるさい。黙ってください。引きこもりさん」

「ものすごく心外だ。所在と発言の撤回を求める」

「本当に脱線してしまいました。――――悪魔は普段、人に化けて社会に溶け込んでいますが、夜になると本来の悪魔としての活動を再開します。しかし、天使には、人か悪魔か同族かを見分けることができます具体的には気配を感じるんですけどね」

「……じゃ、もしかしてこの病院にもいるかもしれないってこと?」

「ええ、可能性としてはあります。しかし、悪魔の気配を感じるには、奴らの行動が活発になる夜じゃないといけません。距離にもよりますが今は人か天使しか見分けられないはずなんです」

 途端に天使は目を伏せた。その瞳には躊躇いの色が伺える。

 それを見るとある種の確信めいた直感が脳裏を走った。

 ……確かにこれはキツイな、と内心ぼやきながら救い舟を出す。

「その先は言わなくていいよ。――――でも、まさか、僕が天使だったなんて……」

 しかし、これで辻褄はあう。赤奈が天使だったから〈銀鱗〉を扱うことができた。

 病弱の彼が無茶な行動ができたのも天使の身体能力を有していたからということだろう。 

「えー、一人で納得しているところ申し訳ないんですが、全然違いますよ」

「え、そうなの?」

「はい、全く。続きを言いますと、今のあなたからは何も感じられません。徐々にぐちゃとした感じが伝わってくるのですが、それが何かは分からないのです。強いて言うなら何かが混ざっていくような感じですね」

「もう既に人扱いされてないよねそれ」

 苦笑気味に答えるが内心どう言う意味か考える。

 天使は赤奈のことを何者でもない、と言った。つまり、今の赤奈は人間、天使、悪魔ですらない。なぜ、そうなったのかは不明だ。しかし、何かしらきかっけがあるとしたらそれは間違いなく天使だろう。

「? 私の顔になにか付いていますか? さっきからずっとこっちを見て。気持ち悪いですよ」

「いや、ごめん。何でもないよ」

「そうですか。――――それと気になることがもう一つ」

 天使は訝しげな目つきで赤奈の瞳を凝視する。

 堪らず目を逸らすが、それに気にせず天使は神妙な声で言った。

「昨晩、あなたの瞳の色が変わりました。多分私の見間違いなのですが、心当たりはありますか」

「え? なにそれ怖い」

 ついついフザケたように返すが、内心では頭を抱えそうになる。正直これ以上の変な問題は抱えたくない、というのが本音だ。ただでさえ天使の記憶の件や明確な敵である悪魔のことで手一杯なためこれ以上は首が回らなくなる。

「そうですか。なら仕方ありませんね。あなたの体については分からないことだらけなので注意した方が良さそうです。体もあまりよくないと聞きましたし」

「あー、うん。でも、明日で退院だから気にしないで。それよりも君に見せたいものがあるんだ」

 本棚に挟んであったA4サイズの紙を取り出す。それは今日行く予定の美術館のパンフレットだった

「これは今日開館する美術館のなんだ」

「なるほど、確かに珍しい品がたくさんありますね。……ん、これは?」

 パンフレットを手にとった天使は紙を裏に返す。そこには青く錆び付いた丸鏡が一面をデカデカと飾っていた。

 天使もこれが今回の目玉なのだと分かったようで胡散臭い文章に目を走らせ始めた。

 やがて、気になる一文を見つけたようで、おずおずと読み上げた。

「満月の晩、自らの血を捧げれば何時に真実をお見せしよう。……なんですかこのB級映画に出てきそうなセリフは。まさかこれですか?」

 呆れた物言いにもちろん、と赤奈は鷹揚に頷く。

 するとどうしたことか天使は冷たい視線を向けてきた。

「……バカにしてます?」

「心外だな。僕は大真面目だよ」

「こんなおとぎ話を信じるのはさすがに無理があります」

「いや、君も似たようなもんだろ? それに効果は本物だよ。間違いない」

 きっぱりと断言したらまたも訝しんだ天使は眉をしかめた。

 なぜ? と尋ねられる前に言葉を紡ぐ。

「父さんは安全面を考慮して最近美術館に鏡を預けたんだ。でも、元は家の保管庫においていたんだよ。幼い頃に僕はどうしても知りたいことがあって〈真実の鏡〉を使おうとしたことがある。真実の鏡は僕の知りたいことを教えてくれた。だから、それは本物だよ」

 遠い記憶の中、幼い自分が父の書斎に忍び込み、〈真実の鏡〉を使い、何かを知ろうとしていた。その内容を天使には言うつもりはいまのところない。

「……赤奈さん? どうかしましたか? 急にボーとして」

「あ、ううん、大丈夫だよ。考え事しただけだから。鏡の効果は保証するよ。鏡が壊てない限り大丈夫。……それにいざとなったら僕の命を奪ってもいいよ」

「なっ……! そんなことは――――」

 さらりととんでもないことを口にした赤奈に天使は顔を真っ赤にして抗議をしようとする。その前に赤奈が猫だましの要領で乾いた音で響かせ、天使の動きを止めた。

「はい。この話はおしまい。もうそろそろ時間だしね」

 出鼻を挫かれた天使は不機嫌な調子のまま訊く。

「……時間? どこかに行くのですか? 開館時間までまだ余裕はありますよ」

「ああ、別の目的もあるんだ。さて、出掛ける支度をしようか」

「そうですか。では、時間になったら美術館に集合ですね。それまで私もどこかで時間を潰しますね」

「あ、まって。実はまだ用があるんだ」

 離席しようとする天使の手を握り、静止を促す。

「…………なんですか?」

 この上なく不機嫌な表情にめげず、こくこくと頷く。

わざとらしく盛大なため息をつきつつも天使は再び腰を下ろしてくれた。着席した天使は眉の動きだけで赤奈を促す。

 その明らかな「私は怒ってますよ」状態の天使に危うく、脳内で何度もリピートさせていた文が消えそうになる。

 天使を待たせてこれ以上機嫌を悪くするのは赤奈の望むところではない。

さっさと言ってしまおう。それがいい、と無理矢理に自己完結する。

 そして、赤奈は勇気を振り絞った。

「僕と今から遊びに行ってくれませんか?」

「…………え?」

 




はい、お疲れ様でした。

なんか変なところで切って済みません。

次の投稿は水曜日か、もしかしたら木曜日になるかもしれません。

時間はいつも通りなのですが、若干過ぎてても何度か確認してやってくださいw

感想や誤字脱字のしてきお待ちしてます。

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