高みを行く者【IS】   作:グリンチ

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潤は、少し枯れている。


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楯無はベッドに潜り込み、天井を見上げながら考えていた。

今日得られた情報を整理していくと、自然と次の感想に行き着く、『飲み込まれてしまった』と。

相手は何一つ大事なことは喋っていない。

手に入れた情報は自分でも調べられること意外は、何一つ証拠が得られないことしかない。

潤にとって都合の良い点と悪い点を、混ぜ込んだ挙句、虚実織り交ぜた話をしようと確かめる手段が無い。

潤の過去、月より遠い宇宙に生活空間を作り上げた人類の話はそういったものだ。

だがしかし。

ああ、そうだ。

都合のいいことに、もしそれが本当ならば、宇宙開発用にISを開発した束博士が興味を持つのもある種納得できてしまう。

しかも、よりにもよって、潤を擁護している人間がその束博士の友人である千冬であることもそれを助長している。

そういう情報を聞かされた時点でこちらは完全に押し込まれていた。

そう考えればシックザールの情報が出てきたタイミングも出来すぎている。

『何かまだある』と思っていたとしても、良い感じに誤魔化されてしまった。

相手が上手だったのだ、この様な読み合いでは騙された方が悪い。

少し癪だが、そんなことで潤を手放す選択はしない。

今回の一件で、身体能力や組織経営技術に加え、交渉能力まであったことも勿論、そもそも更識家が今更潤を手放すなどただの脅し文句でしかない。

あの会談を真剣に受けさせるためだけの前口上、しっかり回避されてしまったが、それはそれで腹芸が上手いことの確認が出来たのでよしとしよう。

潤の人間性も、大体分かってきた。

あれ程の人材は中々いないし、逆に抱え込むために卒業後は妹の婿養子にでもなって貰おう。

精子を調べた結果、薬物による汚染などの心配は無い様だし。

恋愛そのものに対して極めてドライな感性を持っているものの、簪の心を無碍にする気は無い。

このまま簪がアタックし続ければいいだけだ。

 

 

『ところで、簪ちゃんとの関係はどうするつもりなの?』

『正直な話私のほうから積極的にどうこうする気はありません』

『……遊びのつもりなら怒るわよ?』

『とんでもない。 俺は簪の選択に興味があるだけ。 もしもあいつが俺と共に歩みたいというのであればそれはそれでいい』

『あんまり自由にさせ続けると他の男に目移りしちゃうかもしれないわよ(ありえなさそうだけど)』

『それもそれで一つの選択肢でしょう。 あいつの性格から察するに今までは内向的過ぎて人付き合いなどしたことが無いでしょうから、火傷しない範囲で目移りでもなんでもすれば良い。 もしかしたら、もっと良い女になるかもしれませんよ?』

『う~ん……なんか、想像できないわね』

『恋愛というものは相手を縛り付けて自分の物にすることでなく、相手の成長と幸せを願うものです。 同じ事を言いますが、俺は恋愛感情がどうのこうの以前にあいつの選択を見守りたい(同じように歪んだもの同士、あいつにも良い未来が訪れれば嬉しいんだがな)』

『ちょっと考え方が大人すぎない? 潤くん実際には何歳なの?』

『意識がちゃんとある期間で、二十前後じゃないですか?』

『……無い期間を含めると?』

『三十プラスマイナス三くらい』

『なんか、普段の生活から生まれた色々な疑問が今の答えで解決できた気がしたわ』

 

 

少々受け入れる気構えが大きすぎる気がするが、まあ悪い感じではない。

ラウラにしろセシリアへの対応にしろ、今回のパーティーにしろ、とても十五歳に見えない大人びた対応だったが、そちらの裏づけも取れた。

潤にとって、IS学園の生徒は総じて子供の集まりなのだろう。

千冬と仲がよく、真耶と関係がギクシャクしているのも、そういった事が関係しているのだろう。

 

 

『最後にちょっとだけ』

『何でもどうぞ』

『あの、いいの?』

『主語を付けてもう一度どうぞ』

『昔、色々辛い目にあって、ここでも監視されながら生活して、それでいいの? もっと良い生活とか、幸せとか欲しくならないの?』

『会長、嵐の晩に航海した船乗りこそ、世界一青空のありがたさを知っている、この意味が分かりますか?』

『つまり――』

『そうです。 俺は今の生活に満足しています。 それで良いじゃないですか。 青空の下で昼寝するくらいでも、充分幸せを感じ取れるってもんですよ』

 

 

きっと、報われない戦いをしてきたのだろう。

どうしようもない環境におかれて色々な事を強要されてきたのだろう。

だけど、その笑顔を見て、何故か心の底から安堵した。

 

 

 

---

 

 

 

少し潤を休ませよう、との考えは千冬も持っていたので、一夏の教師は一時的に専用機持ち達と会長に回ることになった。

なし崩し的に、潤のすることは座りながらでも出来る打鉄・弐式の開発のお手伝いを。

本音が用意してくれた、調整された機動データを参考にして、詰まることも無く完成に向かってラストスパート。

新規パーツごとの耐久性もチェックしたし、これで結合試験がオール・グリーンになれば、一先ず完成でいいだろうという所までやってきた。

その反面、武装は打鉄・弐式の足元に転がっている。

しかし、この程度ならば問題ではない。

機体の基本仕様である高機能マルチタスクCPUは、普段から似たような事をヒュペリオンでやっているので流用がきく。

大口径の荷電粒子砲『春雷』は、姿勢制御スラスターなどに影響が出るので後回し。

対複合装甲用超振動薙刀は、もともと似たような武装を、旧科学時代に使用していたので、製作、メンテナンス、パイロットと全方面から知識がある。

マルチロックオンシステムによる高性能誘導八連装ミサイル『山嵐』は、完全完成に時間がかかりそうなので、とりあえず六本のミサイルをコントロール出来るようになることを目標にしている。

これもカレワラとヒュペリオン、特にヒュペリオンのフィン・ファンネルの関係で、知識の蓄積があるから難しくはない。

難しくはないが、二ヶ月近くかかる程の難易度ではあるが。

アリーナ使用時間が迫ってきたので、結合試験の結果は食堂で確認することとなった。

試験結果が余程気になるのか、道中何度も指輪からミニモニターを表示させて確認している。

 

「気になるのは分かるけど。 駄目でもしょうがないさ」

「そう、……だけど。 ……専用機が出来れば、私も……潤の…………」

「俺の?」

「……その、隣に立って、無理ばっかりさせなくてもいいし……」

「そうくるかぁ」

 

どうやら本音同様、言っても無駄だと気づいたのか、隣で戦うことを目指しているらしい。

半分近くある照れ、もう半分あるのは、傷つく潤を見たくないという決意があった。

このままこの話題を続けると、変な空気になったり、どんな話題をふっても簪が頑なになったりしていくので、何か別の話題に変えなくては。

 

「ところで、九月二十七日のキャノンボール・ファスト、参加できそうなのか」

「……えっ!? あ、えっと……、実は、……前に墜落したよね? あれのせいで、……安全性の確保してない機体の参加を止められてて……。 それに、武装が不完全だし、見送ろうかなって」

「そうか、せっかく目標達成を目指して、進捗通り頑張って達成したのに。 第六アリーナは大会までテストの申請が通らないし、……しょうがないか」

 

大会が近づいてきたので、機動テストを行うのに最適な第六アリーナが予約待ちになっている。

次回の大会であるキャノンボール・ファストは、専用機部門と、一般量産期部門に別れて行われるので、どのアリーナも満員御礼である。

よって、まともに全力起動できるテスト会場が存在しないのだ。

どうしようもないことをこれ以上考えても仕方がないと、潤が一度頭の中を整理していると、大会当日に何か気がかりなことがあったような気がしてきた。

悪寒とか、敵意とか、そんな物騒な物ではなく、何かこう、どうでもいいものを忘れているような気がする。

 

「――簪、二十七日、大会以外に何か用事が行事、生徒会の何か、あったっけか?」

「……私は、何も聞いていないけど。 お姉ちゃんが私たちに用があるって話していたけど、それじゃないよね?」

「う~ん、それじゃないな。 ……でも、俺が忘れるってことは、きっとどうでもいいことだろうな。 気にしすぎか」

 

元々、完璧であること、より完璧を目指すことを目的に訓練してきた経歴がある。

それでもなお忘れた、ということは本当にどうでもいいことに違いない。

簪が何度かメモ帳を取り出して確認したが、結局大会当日というのが分かっているだけで、他に何も無かった。

その後、特にやることも無いので、寮で夕食をとることに。

偶然にも入り口でラウラとシャルロットの二人組みと合流、これまた偶然にも鈴、箒、セシリア、一夏と次々合流した。

相変わらず一夏に対して嫌悪感を持っている簪は、潤の手をグイグイ引っ張って一番離れた場所を確保した。

端っこ、隣に潤しか居ないので、どことなく満足げである。

潤は何時も通りのぶっかけうどん、簪はかき揚げうどんを選択し、うどんの上に乗ったかき揚げを箸でつゆの中に沈めている。

たっぷり全身浴派なる派閥らしく、最初にサクサク感を楽しみ、後半から汁をたっぷり吸った揚げを楽しむダブルスタンス派の潤も概ね全身浴派には賛成する。

 

「なっ、お前、何をしているんだ?」

 

ぷくぷく浮かぶあがってくる泡を、新しい玩具を買ってもらった子供のように見つめる簪に、潤の隣に座っているラウラが恐る恐る尋ねた。

確か、ラウラはサクサク派だった。

後半まで半分かき揚げを残して、あろうことか汁にべったり付ける潤の食べ方を見て、何度も小言を言われたので覚えている。

 

「せっかくサクサク、食感最高になっているかき揚げを一口も齧ることなくいきなりべちょ漬けするなんて何という邪道。 お前はかき揚げうどんの何たるかを全く分かっていないな!」

「……違う……食事は、おいしく食べるのが礼儀……。 サクサクになったかき揚げも確かにおいしいけど、サクサク感を楽しみたいのならば、元々天ぷらを注文すればいい。 汁物であるうどんにかき揚げを乗せる以上、汁と揚げを融合させるのは最早予定調和みたいなもの。 そもそもかき揚げうどんはそうあるべくして、かき揚げが乗っている。 それが邪道なんて理解できない」

「長い! お前の言い分は分かるがな――――」

 

恐らく当人同士にしか分からない、深遠な対立があるのだろう。

最終的に『やるな』、『お前もな』、といった関係になりそうなので放っておいても問題ないだろう。

食事を楽しめるのはいいことだ。

僅かな食料をめぐって、後に引けない戦争が起こるよりずっといい。

綺麗な水源を確保するための戦争は定番だが、食糧でも起こらないとは言えない。

それより、潤からすれば口論する二人に挟まれているので、喧しくてしょうがなかったが。

両サイドからステレオスピーカーのように続く喧噪をよそに、静かにうどんを啜っていると、何を聴いたのか、シャルロットがいきなり立ち上がった。

 

「えっ、一夏の誕生日って二十七日なの!?」

「お。おう。 そうだけど」

「誕生日、九月二十七日……。 ああ、なるほどね」

 

九月二十七日、キャノンボール・ファスト当日は、一夏の誕生日だったらしい。

本当にどうでもいいことだった。

生まれた日の節目である以外は特に何でもない日、子供のころはプレゼントの貰える特別な日だったが。

 

「一夏さん、そういうことは、早く言っていただかないと」

 

手帳を取り出したセシリアが、誕生日当日に、赤ペンで円を描いて印をつける。

グリグリ何度も。

その様子を見るに、一夏に対して何らかのアクションを取って楽しむ予定なのだろう。

お邪魔虫は馬に蹴られて死ぬ、という格言があったような……、そんなことを考えている潤は端っこの方で空気に徹することにした。

 

「毎年誕生日は家で祝ってるんだけど、潤も来るよな?」

「お前はどうして人の心を察することができないんだ!」

「な、なんだよ急に」

 

当初の議論から外れ、うどんの煮る時間に口論が転移し始めた簪とラウラの背景に徹していたというのに、一夏は何時もこうである。

二人だけの思い出、あわよくばウフフなんて想像をしているだろう四人を見る。

特に鈴は空気読めよ、と言わんばかりの眼光だ。

 

「二七日って大会当日だろ? 生徒会は朝から晩までスケジュールがぎっしりだ。 他にも……、まあ、ちょっとした理由もある。 悪いが自由時間を作る余裕はないな」

「あ~……、二七日は二重に用事があるのか、そうなのか――」

「ニジュウとナノカだけに、などと考えているのなら腹パンするぞ」

「チクショウめ!」

 

一夏と潤が下らない会話を繰り広げ、鈴と箒が一夏の誕生日を黙っていたことを追及させられている頃、ようやくラウラと簪の口論が決着をみた。

どっちかの方が美味しいではなく、より美味しく食べることに意味があるといった無難な場所で。

互いの意見を尊重し、一息ついたラウラが、ふと、高機動状態の操縦について後日訓練の約束をしている潤を見ると、ちょっと微妙な顔をしているのに気づく。

 

「どうかしたのか、潤?」

「いや、たいしたことはないんだが……」

「歯切れ悪いな。 私は妹、潤はお兄ちゃん、相談があるのなら聞いてやるぞ」

「本当にどうでもいいことさ。 さて、俺はヒュペリオンがセカンド・シフトした関係で、報告書を作らねばならないから部屋に戻る」

 

言葉を切って簪に目を向ける。

言わずともその視線の意味を察した簪は、テスト状況を確認する。

表示される待機時間を見るに、結合試験完了までは、まだまだ時間がかかるようだ。

 

「あと一時間半くらい」

「そうか。 なら、明日の朝に再確認しよう。 それじゃあな」

「うん、また明日」

「……なんか、潤、気がかりなことでもあるのかな? ヒュペリオンの機動関連で織斑先生から散々小言を言われていたけど、やっぱりそれ関連? それとも亡国機業関連かな?」

「いや、あれは、どちらでもない。 ……あの反応は――ふむ」

 

シャルロットの問いにそっけなく返答すると、ラウラは暫く一人で考える。

ラウラにとって潤とは尊敬に値する人間だ。

憧れるほど思慮深く、縋りたくなるほど優しく、近づきたくなるほど強い、三十近くなればああいう人間は結構いるだろうが、十代半ばでああいう人間は本当に珍しい。

それは目に見えてではなく、行動や表情の裏に隠れているので、見えない人には見えないし、普通なら分からないだろうが、分かる人なら分かる。

例えば今日もそうだった。

目に見えないところで妙な優しさを見せるが、本音かラウラなら分かるというものだ。

 

「クラリッサか。 ラウラ・ボーデヴィッヒ隊長だ。 いや、緊急ではない。 ちょっと調べてほしい事があるのだが……」

 

そう、今のラウラには分かる。

 


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