私、頑張ったよね。もうゴールしていいよね。
私、頑張ったから、もういいよね。休んでもいいよね。
空中に浮遊する移動研究施設・ふゆーん、別名「吾輩は猫である2・名前はまだ無い」。
気の抜ける名前ではあるが、この施設に使われている技術に想像がつく科学者に見せれば、腰を抜かせるのは間違いない。
その浮遊型移動研究所で、モニターに映る子供達と、自分の干渉を一切受け付けない異物を交互に見ている束博士がいた。
ケーブル類が、まるでジャングルに生息する蔦のような場所で何とか座る場所を確保し、幾つものディスプレイを見比べている。
潤をIS用のカタパルトから射出するのを前後して、偶発的にIS学園に侵攻した組織があるらしい。
紅椿を更なる高みに導くのに役立つかとデータ取りに精を出していたら、敵組織のISの内四つがこちら側の干渉を完全に拒絶しているのに気づいた。
「製作者の束さんをはじくなんて、行儀の悪い子だね! ……はて、コアネットワークに干渉できるのは私だけだし、いったいどうなっているのやら」
彼女が見つめる画面には、誰一人知りようも無いはずの、コアの詳細情報が写っている。
紅椿の稼働率はいまだに思わしくないが、急ぎの案件でもないので経験がつめればそれでいい。
「おっ? おー? おおぉ!? これは、ついに始まったのかな!?」
ここ最近表示されっぱなしのヒュペリオンの情報画面、それを見ていた博士が目を輝かせる。
自分が作ったコア全てが彼女にとって愛すべき子供だが、ヒュペリオンのコアは別格だ。
最初はただの数ある中で普通のコアだったが、潤が始めて使ったそのとき、オンリーワンとなった。
本当だったらこういうコアこそ妹の箒か、あるいは一夏に使って欲しいのだが、潤が使い続けない限り状況が悪化する可能性大と見ている。
それゆえ博士にとっての潤とは、千冬と同じくらい特別なオンリーワンである。
正直大事な人でもないので、死んだら死んだで別によかったが、こちらの仕掛けた試験を乗り越えた以上は、末永く付き合ってやる事を前提にした付き合い方にしてやってもいいと改めた。
そのコアが、今ありえないデータを博士に指し示している。
「最初は『怒り』か~。 じゅんじゅんの性格を考えれば順当かな? ただ、このシンクロ率は……、――くるかな、セカンド・シフト」
博士の画面に映っている潤は、敵性固体のISを全力でアリーナに押し出していた。
頭が何時に無くクリアになっていき、信じられないくらいの怒気が機体を染め上げるように迸って止まらない。
「どけ! 失せろ! 俺たちの学園から消えて無くなれ!」
「くっ……この! こいつは!?」
アリーナに出た直後、ゼロ距離で二機のISが殴り合いを始めた。
ラウラ戦と同じく魂魄の能力の出し惜しみはせず、殆どの力を相手の思考解析に割り当てて先読みに徹する。
左腕で相手のマニピュレーターを掴み取り、右手で好きなだけ殴りつけ、殴った腕の肘でもって相手の手首をはじいて防御に使う。
しかし、最初に悲鳴をあげたのはマドカでも潤でもなく、ヒュペリオンだった。
ヒュペリオンは超高速移動で発生する負荷を軽減させるため、装甲そのものに特殊な機構を採用している。
内部装甲可変動フレキシブル機構は、起動面に関しては業界に一石を投じる程の最新技術だが、同時に装甲の間に無防備な隙間を生んでしまう。
それが災いして、攻め込んでいる側のヒュペリオンが真っ先に悲鳴を上げる結果となってしまった。
右腕から発せられる実体ダメージのアラームを聞き、冷や水をぶっかけられた潤が、自ら正体不明の機体から距離をとった。
「あら、潤くん何処いってたの? 簪ちゃんが心配してるわよ」
「潤、潤!? 無事だったの? 応答して!?」
「今度は潤と、……蝶型ISか!?」
「……見つけた、見つけた、見つけた」
「一夏よそ見するな! 連携してさっさと追い返すぞ!」
「――そんな、まさか、BT二号機、サイレント・ゼフィルス?」
「どうしたのセシリア!? よそ見しないで!」
「よし、潤! 私と兄妹タッグだ、行くぞ!」
「ラウラ、隊列を乱さないでよ!」
「ざまぁないな、マドカ」
「情報以上の手ごわさだ。 油断するな」
「よし、小栗が来たか! Fanatic Forceは戦場の流れを変える部隊だったはずだ! 戦線を切り開け!」
ええいっ、鬱陶しい!
本来ならば聞こえないはずの通信まで脳波コントロールと魂魄の能力で拾ってしまう。
出た瞬間、あまりの喧しさに思わず怒鳴りそうになった潤を誰が責められようか。
そんな潤を見据えるマドカは、ビットに意識を集中させると、六機のビットを空中に分散させて展開、円の中心に向けて一斉放射した。
円……むしろ球形に近い状態で飛来するビットから殺気が放たれ、頭を電流となって貫く。
全方位から冷たい眼差しで睨みつけられているような息苦しさ、包み込む冷たい感触に包まれて、感覚どおりに機体を動かした。
一瞬前までヒュペリオンの居た箇所に一条のビームが過ぎ去っていく。
しかし、それを意識する暇もなく、別々の場所、しかもビット兵器が存在しない箇所から次々ビームが飛来してくる。
そして知る。
ビームが変幻自在に弧を描いて曲がり、銃口とまったく関係ない場所から好きなだけ攻撃を加えてくることを
「これは、BT兵器のフレキシブル!? そんなこと……。 現在の操縦者では、わたくしがBT適正の最高値のはず。 それが、どうして……」
耳の片隅からセシリアの呆然とした声が入ってくる。
潤のビット適正はBランク、稼働率こそ安定して八割以上と驚異的な数値を残しているが、こんな芸当は出来ない。
ビット適正は稼働率が最大まで上がるとビーム自体も自在に操れるらしいとセシリアから聞いていたが、まさかこんな場所で見ることが出来るとは。
上下左右、前後にわたって完璧に殺気の針が潤の全身を包み込む。
「潤!」
簪の絶叫を聞いた瞬間、頭の中で光が弾ける様な光景を見た。
ビームの光がヒュペリオンの全体を包み、ラウラお得意のAICに停止させられた銃弾のようになって、その前進を止められ次々と靄の様に消えていった。
「これは……セカンド・シフ――」
その言葉は最後まで大気を震わせることは無かった。
脳波を正確に読み込むための装置が後ろ側の首を固定し後頭部へ、前側の首を固定した装置は顎から顔全体を覆いだす。
この挙動はラウラ戦でも見られた、旧科学時代の産物、である旧ヒュペリオンと同じである。
常々パワードスーツでの戦闘経験をISにフィードバックさせていた潤の癖をコアが読み取り、より効率的にシステムを運用するために編み出したものかもしれない。
頭部収容直後、高い金属音が全身から響き、ナノマシンが全身の隙間という隙間から噴出していく。
脚部から始まり、腰、肩と腋の装甲が開き、脚部付近から姿勢制御を補佐するアンロック・ユニットが量子展開。
腰から脚にかけて展開されたアンロック・ユニットに呼応するように、肩部アンロック・ユニットも装甲を開く。
しかし、潤にとって見慣れたヒュペリオンの可変装甲と、今のヒュペリオンは違う。
今までは機械的な設計に基づいて開いていた、そんな状態だったのが、もっとダイナミックに、『開く』より『変形』といった言葉が相応しいぐらい装甲が変わっていく。
顔を覆っていた装甲が元に戻った時には、装甲の変形は終了していた。
その様変わりの仕方はまるで……。
「紅椿の展開装甲に似ている?」
箒の唖然とした言葉、二度にわたる謎の爆発音、この二つがほぼ同時に鳴り響いた。
爆発は潤を狙っていたビットが破壊された音、それをマドカが知ったのはヒュペリオンをロストした後だった。
潤の頭にセカンド・シフトしたヒュペリオンの、膨大なデータが流れ込んでいる。
可変装甲展開前の機体はそこまで変わっていない。
より洗礼されて、より機能的に、よりスマートな機体になったが、注目すべきは可変装甲展開後の変化だ。
原型など留めておらず、最早別種の機体といっても信じられる。
ワンオフ・アビリティーは発現しなかった様だが、機動力の最大速度は同じくセカンド・シフトした白式の四倍も出せる。
通常機体からすれば六倍だ。
そのくせ、ファースト・シフトで感じていた、機体が殺しきれていない負荷と痛みがまったく感じられない。
瞬時加速してビットを一機破壊、鋭角に曲がって即座に最大まで速度を上げてもう一機破壊した。
「くっ、セカンド・シフト……、可変装甲が、ここまで――」
瞬間移動した、そんな笑い話のような幻想ではない。
人間の反射神経を大幅に上回る速度の初速でもって、制動距離ゼロで勢いを完全に殺し、再び最大速度の初速を出す。
その動きは消えたとした表現できないものだった。
「おかしいわね……、あんな加速性能、普通なら……」
耐え切れるはずがない。 そう考える楯無は、整った眉を歪めて潤と、新しい所属不明機を見て考える。
潤は自分の優勢を確信して更に畳み掛けようとしたのか、ビーム・サーベルで相手のアンロック・ユニットを切り裂き優位性を確たるものにしていた。
あれだけの速度で押し込んでくる潤を相手に、よくもまああそこまで戦えるものだと相手に感心するが、潤の身体の方が心の大部分を占めていた。
潤が心配だが、今は目の前の蜘蛛型ISを一夏と一緒に抑えなければならない。
近くでは一年の代表候補生たち五人が、それぞれラファール・リヴァイヴを用いている所属不明機の四人組を抑えている。
蜘蛛型と、新型。この二人と比べれば幾分力量は落ちるが、それでも手強い相手の範囲から落ちていない。
IS学園の生徒会長は最強であれ、会長である楯無は、会長に相応しい働きをせねばならない。
早く片付けて、ほかの誰かの手助けをしなければ、そう考え目の前の蜘蛛型ISに目を向けた。
痛まない、苦しくない、身体が思ったとおり、いや、それ以上に動く。
これは、絶世期の自分が、パワードスーツを着ていた時と同じくらいの感覚だ。
ビットの操作に集中する暇を与えることもなく、あらゆる束縛から解放されたヒュペリオンは、ありえない速度で飛び掛かってマドカを翻弄している。
これでもマドカはかなり善戦している方だ。
今の潤の相手を、ラファール・リヴァイヴを用いている四人の誰かがやっていたら、決着はものの数合で付いていただろう。
ビーム・サーベルで一度斬りつけてから距離を取ると、操作から意識が外れ宙を漂うだけのビットを破壊し、再びマドカの背後に回った。
いかにISのセンサーが優れていようとも、そのセンサーを通して相手を確認するのは人間だ。
意識出来ないほど速く動けばロストする。
見惚れるほどに速く機体を捕らえきれず、目はともかく、それを命令する意思よりも、なお潤が速い。
「はぁっ」
あまりに速すぎて、意識がスローになっていき、煌く赤があまりに美しく見え、マドカは溜息を漏らした。
まるで時間の方がゆっくりになったようだ。
忘我の境でビーム・サーベルを何とか回避、驚愕の表情を浮かべる潤を見て、少しやり返せた事を実感する。
まだやれる、マドカの心が奮い立つ。
スターブレイカーの銃剣では取り回しが悪すぎて駄目だ、ナイフを躍らせ、至近距離で狙いも覚束ない射撃を繰り返す。
持てる限りの技量を尽くすが、それでも追いつかない。
突けばかわされて、払えば受け止められ、銃撃すれば悉く火線から回避され、逆にスターブレイカーが破壊され――回避しようも無い崩れた体勢を晒してしまった。
「遅い!」
忘我の中で、潤の声を聞く。
今のお前にとって『遅くない』と言える奴がいるものか、どうでもいい考えが浮かび上がり、つい笑ってしまった。
後方に瞬時加速して一人だけIS学園から離脱するコースを進むが、速度で劣っている以上、一対一では逃げ切れるわけがない。
潤はビーム・サーベルを突き立てて勝利を掴み取るべく、姿勢を崩したマドカに急速接近する。
が、
――私の仲間は誰一人やらせない
ISでの戦闘がスポーツと同義な世界において、久しく感じていなかった強烈な殺気と、自分に向けられた敵意、頭に直接響く声を察知し、トドメをさせる筈だったサイレント・ゼフィルスにから離れて急速回避運動を始める。
その場から離れたのとほぼ同時に、ヒュペリオンが居た場所に雨あられとビームの奔流が通り過ぎた。
降り注ぐ雹のごとく襲い掛かるビームを避けながら、上空から接近する異質な意志を感じ取る。
潤が抱いていた闇とは違った異質な闇が、ダイレクトに魂を揺さぶった。
「みんな、避けろぉ!」
更に乱戦状態だったIS、その中からIS学園側の生徒だけを正確に狙撃している。
超長距離狙撃が襲い、間を空けることに成功した襲撃機が上空に集まって、乱戦から抜け出ることに成功した。
制圧狙撃を回避できたのは、潤を除けば楯無のみ。
体制を整えるために楯無と潤は合流、狙撃が原因で地に伏せる一夏達を庇う立ち位置を確保する。
「狙撃? ミステリアス・レイディのセンサーには引っかからないけど……」
「言葉が直接頭に――? 同類か!?」
通信越しにその言葉を聞いて、千冬がブルっと身体を振るわせた。
ビーム・ライフルの出力を最大まで上げ、同類の感覚を探して狙撃し返す、その姿を見て上空を見た楯無も、ようやく敵の姿を確認した。
上空から黒い機体が落ちてきている。
ゆらゆら動いて対狙撃制動を行いつつ、潤の放ったビームが目に見えないシールドにはじかれた。
「ビーム・シールド?」
「馬鹿な、何故シックザールが!? マッドマックス!? 生きていたのか!? いや、さすがに別人か?」
「――シックザール、マッドマックス……?」
「そんな、……展開装甲だと!?」
箒が呆然と呟いた様に、紅椿の展開装甲と同じ構造をしている正体不明機が、装甲を変形させながら接近していた。
その光景を見た潤は、心底恐怖した。
シックザール、それは潤が死力を尽くして戦った、かつての盟友の機体。
超長距離超広範囲包囲殲滅用パワードスーツ、それと酷似した黒い機体の装甲が開き、全体が変形していき――アンロック・ユニットから複数のビームを同時に射出した。
その数百以上。
「どこに撃って――」
「全員、回避ぃ!」
邪悪なものを感じ取って、感情の赴くままにヒュペリオンに回避行動を取らせた。
シックザールの攻撃は非常に特殊で、肩にある砲門から複数のビームを射出し――。
「反射した!?」
そう、空間に特殊な力場を形成した上で反射して攻撃する。
そして、その反射角度はパイロットによって調節できる。
元シックザールのパイロット、マッドマックスはこの反射射撃の制御が考えられないほど上手く、百近いビームを別々の角度で、三度にわたる反射を行っていた。
「きゃああぁ!」
「シャルロット!? くそっ! ラウラ、シャルロットについてやれ」
「すまない」
シャルロットに二十近いビームが集中し、シールドを一瞬にして粉砕。
機能停止に追い込まれた。
残りの八十はヒュペリオンとミステリアス・レイディに集中され、回避の間に合わなかったミステリアス・レイディの装甲がガリガリ削られていく。
水の膜を張って防御するが、その防御を突き破ってなお強力なビームは世代差を感じさせるものだった。
中距離での不利を悟り、被弾する会長から目を逸らさせるためにも、潤が前へ出る。
シックザールも潤が前へ出て、何をしようとしているのか理解し、シールド状だった両手からビームを発し、迎撃の体勢をとった。
「ビーム・クロー! アームド・アームのようなものか!」
「あ、ぁぁ、アアああああ!」
シックザールを操る少女が絶叫をあげて斬りかかる。
――女!? マッドマックスじゃないのか?
靄がかかって見通すことが出来ない真っ黒な心が、潤の心を息苦しくなるほど締め付けた。
しかし、かつての仇敵が操っているわけではないことが分かると、ほんの少し余裕が出来た。
だが、シックザールの本領は単機での包囲殲滅。
再びアンロック・ユニットから、今度は二百近いビームが射出され、その光景を見た楯無は、素直に恐怖した。
「マッドマックスでは、無いとは言え――これは……」
「くそっ、何故そこまでシャルロットを執拗に狙う!」
まさに弾雨が襲うがごとく。
潤は回避していく。
これが二度目の戦い、前回より弱体化しているとはいえ、相手も前回より弱い。
肩、腰、頭、両手、両足、狙いを直前に察し、時にクルクル回り、時に前後左右に瞬時加速を細かく行い、当たることも無く回避しきる。
それも必然。
以前ならば当たれば死んでいたのだ。
回避しきるしかない。
その傍に、何故かボロ雑巾になったシャルロットには気が回っていなかったが。
「くそ! 倒しきれん!」
「あう、ぃぃああア!」
装甲越しに感じる奇声に、狂っているのかとも思うものの、魂を通じて語りかけてくる意志は体を成している。
しかし、それより更に問題なのは、可変装甲を開いた状態のヒュペリオン、ダウンロードして上がった能力、その二つをフル活用している潤を弾き返したことだ。
奴の気に惑わされているのか、と不甲斐ない自分を奮起させ尚も接近戦を試みようとしたとき、目の前で小規模な爆発が起こり、不意にシックザールが吹き飛ばされ、ついでビームが襲った。
「私を忘れちゃ、ダ・メ」
「前に出すぎているわ、一旦引きなさい」
「鈴、会長……」
敵機を襲った弾丸は不可視の弾丸は甲龍のもの、ビームを用いたのはセシリア、小規模の爆発は会長がやったらしい。
一夏は箒の傍に寄って何かを話している。
おそらく絢爛舞踏でのエネルギー補給についてだろう。
シャルロットは戦闘不能。
ラウラはその護衛。
迎撃態勢は再度整ったものの、マドカが残っていたシールド・ビットでセシリアの攻撃を防いで、襲撃側の体勢も整っている。
「……ディー、おめぇは後詰だろうが、勝手に出てくんな。 いや、丁度いいのか……。 ディー、殿だ。 撤退する!」
「エム、損傷が酷い。 大丈夫か?」
「大丈夫だ、まだ自力で飛行できる。 だが、ヒュペリオンの対策は根本から見直しが必要だな」
第四世代仕様のシックザールを最後尾にし、襲撃してきたISが順次去っていく。
「潤、追わないのか!?」
「……追撃に用いることが出来る戦力が少ない。 相手に予備戦力があれば壊滅する」
「そうね。 白式、紅椿はエネルギー切れ、リヴァイブとミステリアス・レイディは実態ダメージが酷いから。 シャルロットちゃんの容態は?」
「気を失っている。 命に別状は無いはずだ」
「私とセシリアはまだ余裕があるけど、追撃に使えるのがラウラと潤を合わせて四人、無理ね」
逃げていく機体は七、IS学園の保有戦力で追撃可能な機体は、甲龍、ブルー・ティアーズ、ヒュペリオン、シュウァルツェア・レーゲン
エネルギー切れの白式と紅椿、実態ダメージの酷いミステリアス・レイディ、ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ。
動けなくなった人員を無視するわけにもいかず、第二波が来ないという確証もない。
バラバラになって逃げていたのならヒュペリオンでの単独行動も出来たろうが、まとまった逃げた以上追撃も難しい。
アリーナに居る全員のセンサーから敵機の反応が消えるまで待機していたが、反応が消えたことで、一人、また一人とISを量子格納した。
最後まで相手の長距離狙撃を警戒していた潤も、シックザールを操っていた少女の気配が完全になくなった時点でISを解除し――そのまま立ちすくむようにして……。
身を捩りたくなる苦痛に、簡単に意識を手放した。
「……おう、……ちか! 応答……」
「おおっ、通信が回復し始めた。 千冬姉、大丈夫。 聞こえてるよ」
「ああ、映像も回復したようだな。 こちらも聞こえている」
「織斑先生」
「更識か。 通信不能状態に陥った中で、あれだけ早く迎撃チームを編成したのは流石だ。 緊急時の指揮官として感謝したい」
「いえ、戦果はめっきりでして」
「謙遜するな。 怪我人はいるか?」
一夏が一度周囲を見渡す。
楯無も同様の事をしていたのか、手で合図を送ったり、首を揺らしたりする全員を視認して、返答は彼女が行った。
「シャルロットちゃんが意識不明ですが、ラウラちゃんは命に別状がないと。 潤くんも大丈夫よね?」
楯無が目を開け、ボーっとしている潤の肩を軽く叩いて確認する。
すると、バランスを崩した潤は、二、三度前後に揺れると、楯無に倒れ掛かった。
「やん、えっち」
胸に埋まる様に寄りかかったので、思わずそんな声が出てしまったが、抱きとめて頭が真っ白になった。
体温が異常に高い。
小刻みに身体が震え、時折痙攣らしきもので身体が大きく揺れる。
「お姉ちゃん、皆の前で何やってるの。 速く離れ――」
「黙って!」
脈は……、この調子なら一分間で大体百六十~百七十、明らかかに正常の範囲を逸脱しており、呼吸も脈と同じく浅く、速い。
思い当たる問題は、やっぱりあの超機動だろうな。 と判断。
楯無が危険だと思ったあれは、やはり危険な諸刃の剣だったということだ。
「お姉ちゃん、何かあったの?」
「簪ちゃん、そこにいる先生方の誰かに頼んで酸素吸引機と念のためAED用意してもらって。 一夏くん、君は担架を二つ持ってくる、いいわね」
「えっと、潤がどうかしたの?」
「報告は後! 今は走る!」
「は、はい!」
一夏が走り去って行ったのを視界の隅で確認すると、ラウラのほうに目を向ける。
「ラウラちゃん、潤くんを寝かせるから足を動かしてくれない?」
「分かった」
「ゆっくり膝を地面に付けて、……そう、いい感じ。 次に、慎重に横にさせるわよ」
「いいぞ。 よし、これで担架を待つだけだな。 それで、どうなんだ? あの機動が問題なのか?」
「そう、ね……。 簪ちゃん、ヒュペリオンのデータ閲覧の権限持ってる?」
「うん、持ってる」
潤が妹の専用機開発に携わっているのは、勿論知っている。
専用機のデータは基本的に他人が見られないような処置が施されているが、権限を持つものならば見ることは出来る。
これは整備が機業や国の関連者のみがするのではなく、IS学園の生徒が行うことがあるといった事実が関係している。
そのため、ヒュペリオンのデータ閲覧権限を、簪が持っているかと思ったら、やはり持っていたらしい。
さてさて、とヒュペリオンが可変装甲を展開した後のデータを見た瞬間、現在の様態を説明できる項目が、簡単に見つかってしまった。
そのあんまりなデータに、目の前で倒れている人が居るのに思わず笑ってしまった。
「何がおかしい?」
「いや、だって、十二Gよ、十二G。 あの切り替えし時の最大Gが十二、平均で常時九Gはかかっているわね。 勿論操縦者保護機能越しの話よ」
「じゅ、十二? それって……」
「精密検査確定ね。 箒ちゃんは、お姉さんがしっかり開発してくれたことに感謝になくちゃいけないわよ。 下手したらこうなってたわ」
「そ、そうですね」
アメリカで二十Gほどを耐えた記録だけは残っているが、それは眼球やら飛び出て、体中が骨折する、と後遺症が残っての話だ。
話しをしながらも楯無のタイピング速度は全く落ちない。
十二Gもの壮絶な負荷がかかっているにも関わらず、全く苦しみの表情を見せずに戦えたのかが気になる。
そうして、楯無はセカンド・シフトして現れた、ヒュペリオンの考えられない変化を見つける。
なんと言い表せばいいのか、順を追って説明していくと、ヒュペリオンの可変装甲が展開された瞬間から、機体は脳波コントロールから得られる人間の思考を電磁波として捉え、その電磁波を吸収するシステムが強制起動してしまうらしい。
その電磁波から闘志や殺気などを識別すると、同時に受信した機動イメージを、具体的に機動で表現するよう動く。
通常ならISの操縦は『思考→人間→機体』の順でシステムの流れが行われ、同じような順で機動を行う。
しかしヒュペリオンは、人間、機体、コアがほぼ同時に機動を関与する。
つまり、思考と同タイミングで動くので、体より先に機体が動き出すのだ。
可変装甲展開中のパイロットは感情を放出するマシーンとなり、機械によって動かされるパーツと成り下がる。
そして、放出された感情は自分に帰ってこず、機械に処理されて無くなってしまうから、そこに人間の限界など一部の余地も入らない。
人間が限界だ、と思うところで力を抜くことが起こりえないので、その場合の上限とは機体の限界になる。
痛みも苦しみも関係なく、戦う意志に則り、機械の限界まで機動力を高めて戦うから、人間の限界は簡単に追い越してしまう。
そして、機体限界までつりあがった痛みは、可変装甲展開終了時に搭乗者に一気に降りかかる。
だから戦闘終了後、ヒュペリオン格納後に気絶したのだろう。
「なにこの欠陥品。 機械が人間を機械のように扱って、まるで人間みたいに動く。 そのため人を利用するなんて……。 ちょっと怖いわね」
心配そうに楯無の動向を見つめるラウラ、画面の向こう側で心配しているであろう妹に向け、どんな説明をすればいいやら考え、この有様にため息をついた。