次回は明日予定
予断ですが、セシリア編だけで5話使っているようですね。
一期的に考えるとアニメ一話分に該当するようです。
これでアニメ本編の、誕生日乱痴気騒ぎ回は回避できたかな?
あれ、潤にはほぼ関係ない話ですし。
食堂に新設されているカフェ。
夏休み時には食堂が専用機によって爆撃され、主だった生徒はこちらを使用していた場所だった。
放課後直ぐとあって利用している生徒はまばらだった。
そこに潤が入ってきて、暫く誰かしら探し、窓際、IS学園から海が一望できる特等席に目的の人物を見つけた。
「すまない、遅くなった」
「いえいえ、わたくしから誘ったのですし。 それに、最近忙しそうなのが分かってのことですから。 大丈夫ですの?」
「いや、昨日でひと段落着いた。 休憩が欲しかったところだし、渡りに船さ」
目的の人物はセシリア。
どうしても、先日の決闘の詫びをしないと気がすまないらしい。
意外と几帳面な奴だと感心するが、嫌な感じはしないので丁重に受け入れようと思い、話しついでにコーヒーをセシリアの分まで購入し、席まで運ぶ。
セシリアの対面に座った途端、ウェッジウッドの刻印がされている代物を取り出した。
「こちらが、リクエストの品物ですわ」
「おおっ。 自分でリクエストしておいてあれだけど、本当に貰っていいのか?」
「ええ。 あの素晴らしい決闘の、それも勝者に対する礼として、オルコット家に恥じ入ることが無い相応しい物ですから」
ウェッジウッドは、“英国陶工の父”と讃えられるジョサイア・ウェッジウッドによって創設された、イギリスで最も名前が売れていると言っていい紅茶器のブランド店だ。
一七六六年には時の王妃により王室御用達の陶工と認められ、その芸術性の高さは、英国王室は勿論のこと、全世界の王侯貴族たちにも愛された。
セシリアから贈呈品のリクエストを受けたとき、ぽつっとコロンビアセージグリーンのティーカップとソーサーのセット、それと紅茶葉をリクエストしたら本当に購入してきた。
日本円で換算すると十六万ほどする紅茶器を。
茶葉も茶葉で、三百年以上もの歴史を誇るトワイニングから、セシリアのお勧めブレンドを送ってもらった。
五十グラムで二千円以上もする凄まじい値段が張る。
無論、日曜になったら毎回紅茶を入れるように言い含められたが、奨学金でやりくりしている潤には手が出ない最高級品。
そんな些細なことを嫌がる気はない。
「お気に召した様で何よりですわ」
「いやはや、素晴らしい代物だ。 ありがとう、大切に使おう」
暫く最高級カップを手に笑みをこぼす潤を満足気に眺めていたセシリアだったが、今回の話し合いはこれが目的ではない。
いや、これも第二の目的として大事なものだが、これはおまけのようなものだ。
「「ところで」」
言葉が偶然重なる二人。
視線で譲り合い、暫く続けたが埒が明かぬと最初に尋ねたのは潤だった。
「一夏に対する、こう、接し方、もう少しどうにかならないのか」
「ええっと、なにが仰りたいので?」
「こうして俺と接しているお前と、一夏を前にしたお前と、同一人物とはとても思えん。 誇りは何処に行った」
「うっ……。 あれは、その……」
髪の毛のくるくるを手でいじりながら顔を俯ける。
まあ、年頃の乙女心とやらは、御しにくいか、と半ば諦める潤。
「い、いいじゃありませんか。 あ、あれはあれで、その楽しいですし」
「余計なお世話かもしれないが、人間というものは、基本的には自分の手に無いものを求めるものだ」
「――?」
「お前は他の連中と違って、気品と誇りのある人間なのだから、そこをアピールしていけばいいだろうが。 差別化ってやつだ」
「潤さんの様に気付いてくれる御方ならそれでもいいのでしょうけど」
「そういえば、……そうだったな」
一夏の異常な鈍感ぶりを考えれば、気付いてくれと待ち構えているのは下策。
一夏を前にしたセシリアは、あれでいいのかもしれない。
誇りあるセシリアを知る潤にとっては、悲しい選択だった。
「それに、私はイギリス人ですし」
「――? All is fair in love and war. か」
「ええ」
イギリス人は恋愛と戦争では手段を選ばない。
どんな手を使っても一夏を手に入れたい、と言っているが、潤に対しては誇りを求めるあたり完全に二枚舌である。
そっちもイギリス人らしいともいえる。
「では、次はわたくしが。 茶器と茶葉をお送りする代わりに、一つだけお聞きしたいことがあるのですけれど」
「ん? まあ、何でも聞いてくれ、答えられそうな事にはしっかり答えるぞ」
軽口を叩いて何でも答えるなんて言ってくれないのは予想通り。
「あなたが、誇りの何たるかを知る貴方が、誇りを決定的に拒絶するのは何故なのですか?」
「ふむ……、お前の胸の中にしまってくれるなら――ある程度話してやる。 どうだ?」
黒い笑みを浮かべる潤。
セシリアは少し顔を強張らせて頷く。
潤の笑みは普通とは違う、何と言うか変な笑みだったが、セシリアには見覚えがあった。
貴族との付き合いの中で、サーの称号を得ているSASの退役軍人と何度か話す機会があったが、その男が似たような笑みを浮かべていることがあった。
知る人だけが知る、確かな『煉獄』の色が、その正体だった。
「俺は、その昔、『正義』やら『ヒーロー』なんて偶像に憧れていた。 子供だったんだろうな」
「悪いことではないと思いますが」
「夢ならいい。 夢で終わるなら、それでいいんだ。 しかし、よほど馬鹿な俺は、本気でそれを探求し、争いが無く世界を探求し始めた」
本当なら、笑い話で終わるその話。
普段の潤を良く知るセシリアは、真剣な顔をして話す潤の言葉が笑い話でなく、紛れも無い真実である事を悟った。
「偶然にも、同じような糞馬鹿がいてな。 俺たちは協力して人の心理を変える事で、人から戦争という暴力の渦から開放しようと探究することが出来た」
「人の心理を変える?」
「アンノーン・トレースのマインドコントロール。 俺に効果が無いのと関係がないとでも思っているのか」
開いた口が塞がらないとはこのことだろうか。
マインドコントロールの感情の植え付け。
確かに潤があの研究に携わっているとするならば、アンノーンのことも、異常に上手いISの操縦も、あの光に対する知識も納得できてしまう。
彼はそういった謎めいた組織の、一員だった。
信じきるのは馬鹿のすること、本当に知られたくない事を隠すために、ある程度知られて良い情報を開示しただけかもしれない。
だが、嘘ではない。
それだけは、間違い。
「だが、研究は実を結ばなかった。 俺は知ったんだ。 人は――決して救われない。 失敗にぶち当たり、向き先を変え、傷つきながら進むしかない。 そうして、弱者や振り回されるだけの人間は真っ先に切り捨てられ死んでいく、とな」
「しかし、それは人、いえ、自然の摂理では?」
「そうだな。 その通りだ。 しかし、俺は魂に関してはスペシャリストの一員でな。 出来ると思ったんだ、その学問を深めていけば、摂理を乗り越えられる事を」
大河の氾濫を防ぐために堤を作り、河の流れまで変える。
地を離れ、空を飛び、海の底を探究し、挙句更なる高み、宇宙へ手を伸ばす。
度々そうであった様に、人は乗り越えられると信じていた。
しかし、魂魄の能力を用い、その理解を深めていけば行くほどに、『何とかなるかもしれない』という理想は掻き消えて生き、潤は思い知る羽目になっていった。
その人間の汚さに。
自分のような強化人間は、未来永劫なくならないことに気付いてしまったのだ。
「それで、誇りとどうつながりますの」
「正義で人は変わらない、ヒーローなんて存在しない、理想で人は救われない。 何をやってもどうせ痛みは生まれる。 ならば――、少しでも痛みが和らぐようにするしかない」
「痛みを、犠牲を、和らげる? ――まさか!?」
「命の価値は等しく平等だ。 何せ一人一個と固定されているから当然だな。 だが、その人の価値には差が出てくる。 人の価値とは他者に与えた影響の大きさによって決まるからだ」
「それは――否定できない事実ではありますが」
「まあ、そうやって、ゴミとクズを間引いたり、切り捨てたりするのが俺の仕事になったわけだが。 そういう事をやっていると、『誇り』なんて、そう思っちまって……。 何時の間にか、な」
「潤さんは、人に絶望して?」
「馬鹿を言うな。 俺は信じたからこそ、緩やかな変化を望んだ。 何時か、何時か、報われる日が来るかもしれないと、明日を信じた。 だから、一時の急激な感情に流されるのを止めたんだ。 それが、負であれ、正であれ」
潤と志を同じくした糞馬鹿が、結果を急ぐあまりどんな行動を取ったか根絶丁寧に説明したくなった。
したくなったが、そこまでしてやる必要は無い。
ヒュペリオンとシックザールの死闘、馬鹿と馬鹿の人類の汚点に絶望した同士の戦いの結末。
二人の変えたのが唯一つだけだったことなど、本当に些細なことなのだ。
「誇りとは、一時の急激な感情でしょうか?」
「人類の歴史に比べれば、人の一生は短い。 そうだろう?」
これ以上、話す気はない。
そう言うかのように、潤がコーヒーを飲み干す。
実際これ以上口を割らせるには相応の準備と覚悟が必要と悟ったセシリアは、それ以上の詮索を止めた。
だが、考えることだけは続けた。
これは思ったより根が深そうな問題ですわね。
彼がやると言った以上、研究も、間引きも、切り捨てさえも、徹底的にやったのでしょう。
しかし、誇りの何たるかを知る彼が、短期間で誇りを捨てるほど性急に事を運ぶ必要は、きっと無かったはず。
何故、そこまで、急いでいたのか。
いや、緩やかな変化を望んだ、と断言したということは、『誰か』と比べて潤さんは人を信じて待つ選択をしたと?
ならば、誇りが無いような人にさせたのは、道をどう歩んだではない。
何故その道を選んでしまったのか。 でしょうか。
何かがあったはず。
大きな絶望を抱くほど、真剣に、――いや、真剣にならざるを得ない、そんな事態に追い込まれてしまう何かがあったのでしょう。
そんな、考え込むセシリアと、潤を見ている少女三人。
「う~ん、あの二人って案外仲良いよね」
「潤、機嫌悪そうだけど、なんか、それでもセシリアさんが嫌いって感じじゃないよね」
本音、ナギ、癒子、なんか嬉しそうな足取りで食堂を目指していた潤を発見。
そのまま、同じく食堂に向かった。
そこで見たのは、セシリアから何かを受け取り、二人で話をしている光景だったが。
相変わらず、少しだけ嬉しそうな潤に怪訝そうな声を出す。
「まあ、しょうがないんじゃないの?」
「本音、あんたなんか知ってるの?」
「うん。 個人的な好みみたいだからね~」
「ん? 潤の?」
「個人的な好み?」
それって――つまり――。
「潤ってセシリアさんみたいなのが、好き、ってこと?」
「好みとしてはね~。 気品があって~、気高くて~、物静かな人が好みっぽいよ。 でも、単純な好みじゃなくて、なんか拘泥のようなきもするけど」
「拘泥?」
「小栗くんの初恋の人が、そうだったりしたのかな」
「う~ん、たぶんそうなんじゃない?」
確かに、潤はほんのり楽しそうにセシリアとの会話を楽しんでいた。
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二時間後には第六アリーナで簪と飛行テストだが、その前に一夏と合流して第三アリーナに移動する。
偶然にも箒を連れ立った会長と顔を合わせる事になった。
「遅くなったな」
「なんか、生徒会に入ってから忙しいみたいだけど、大丈夫か?」
「そこは問題ないわ。 副会長のスケジュール管理も私がしているし。 まだ余裕があるくらいでしょ?」
「だそうだぞ」
二人で話していると、シャルロットとセシリアが近寄ってきた。
少し前から一夏自身の懇願からラウラまでコーチに加わり、最近になって一夏のコーチに潤が加わった事で、自分を頼ってくれなくなったのが不満らしく、すこぶる機嫌が悪いらしい。
「一夏さん! 最近ずっと、潤さん、ラウラさん、潤さん、と以前からわたくし達がコーチだったのになんなんですの!?」
「そうだよ! 本当だったら昨日はセシリアで、今日は僕のコーチ予定だったのに!」
「セシリア……お前って奴は……。 なんか頭が痛くなってきた」
二人が少し怒りながら近寄る様を見て、何か予感めいたものを感じたのか、顔を青褪めて一夏があとずさる。
潤は眉間の皺を揉んで解きほぐそうとし始めた。
「だって――」
「だって?」
「潤に教わった方が、身に入るというか、身体に馴染むんだよ。 苦手な射撃も潤の真似をするだけで多少良くなる程だぞ」
真似でさえ身体にしっくり馴染んでいくのに驚きも感じるが、やっぱり男同士だと気が楽でいいというのが大きいかもしれない。
それに、一夏の自称コーチたちはシャルロットが転入してきた頃と何も変わっていない。
擬音たっぷりの説明を行う箒に、感覚でわかれと言う鈴、とにかく理論的で理解しがたいセシリア。
今となっては、これから始まる練習の意義から、練習中に分からない事はその都度丁寧に教えてくれる潤も、当時はかなり投げやりで全く一夏のためにならなかった。
シャルロットやラウラは良い教官だったが、何故が一夏としては潤にコーチを頼んだ方がしっくりくる。
そんな事をちまちま喋っていたら、一夏の気付かない所で、鈴を除いて偶然集まっていた何時もの三人が、どんどん表情を険しくしていく。
「一夏っ! お前という奴は! どうしてそう!」
「一夏さん。 どうして、貴方は何時もそうなのかしら?」
「良い教官っていう評価は嬉しいけど、それじゃあ、なんで僕を頼ってくれないのかな? かな?」
「はいはい、仲が良いのは分かったけど、一夏くんの専属コーチは暫く潤くんがするから、邪険にしないでね」
「あー、待て、待て、そうぎょっとするな。 全員の特性は理解しているから、上手く練習に組み込む。 それで手を打ってくれ」
自分たちがやっていたコーチを横から掻っ攫っていったと思い込んだセシリアと箒が潤と一夏に詰め寄る。
シャルロットは表向き笑顔だったが、悪意がダダ漏れなのは一目瞭然である。
負けたらいいなりっていう勝負の結果、会長もその権利を得たと場を引っ掻き回したものの、これからは鈴も含めて四人の中から適度に交えて教える事で抑えてもらう。
「えーっと、それで、これからどうするんだ?」
「まあ機動訓練だな。 一夏もセカンド・シフトして高速機になったから、普通の生徒と比べれば相当腕を高めているだろう。 今日は上級テクニックを実演し、その後一夏にも挑戦してもらう」
本当ならば、もっとゆっくり基礎から固めていきたかったが、学園中枢からの命令とあってはそうも言っていられない。
まだまだ発展途上の一夏は、大きな力である白式に振り回されている事を自覚しなければ、白式が不得手とする側面の成長を潰してしまう可能性がある。
持ち味を活かすのとは別に、そういう事も知ってほしかったが、こればっかりは仕方が無い。
それは、つまり、状況が危機的状況にまで迫っていることにもつながるからだ。
「それでは、基礎や経験値、高度なマニュアル制御が必要な動作を真似てもらう。 会長、お手伝い願います」
「シューター・フローで円状制御飛翔ね」
会長が専用機を展開する。
アーマーは全体的に面積が狭く、小さい。
装甲の少なさを補う透明な液状フィールドは、水を纏ったドレスといった印象を抱かせる。
全身にかかる負荷から、少しでも操縦者を守るため、装甲面が多いヒュペリオンとは正反対の佇まいである。
その姿をみた、潤はというと、……まさか、全身を覆って攻撃、とかしないだろうな、と勝手に戦慄していた。
「ミステリアス・レイディ、霧纏いの淑女。 よろしくね」
「始めます」
円軌道を描きながら、向かい合った二機は徐々に加速し始め、一定の速度が出た後から射撃を繰り返している。
相手の射撃を、不規則に行う加速で回避し、ちゃんと対立するように相手の速度と自分の速度の調整も行わなければならない。
軽やかに躱していく楯無、瞬時加速を多用して直線移動を交えて回避する潤、お互いの実力を確かめ合うかの様に攻撃を加える。
「なんか、妙に、気合の入った回避行動ね」
「いや、勘弁してください」
「?」
その身体を包み込んでいる水、怖いです。
顔には出さないものも、円軌道から一切射撃の手は緩めずに瞬時加速を駆使して水を回避していく。
ただし、その回避行動は無駄に全力で、何かあるのは明白だったが。
「これは……」
「なんて見事な……。 流石生徒会長は最強の証というだけありますわね……」
「ところで、なんで潤はあんなに全力で避けてるの?」
「わたくしには……、一夏さんは?」
「いや、さっぱりだけど」
今から自分が行う機動制御を真剣に見ている一夏は、心ここにあらずといった声色で返す。
真剣に打ち込む姿を見て箒が少し微笑む、これでこそ織斑一夏だと。
最終的に、霧を爆破してまで潤を脱落させようとしたり、フィン・ファンネルまで持ち出して十二砲門全てで攻撃したりするなど、妙に白熱した演習になった。