――グルだったのかよ……。
SHRと一限目の半分を使っての全校集会で、一夏はそう一人ごちた。
目の前の壇上では、新しく生徒会に加わるメンバーの一人として新生徒副会長、小栗潤の姿があった。
全校集会があると聞いていたので、最近色々と付き合いやすくなった潤と一緒に行こうと思ったら既に移動した後だった。
つれない奴だな、と思ったが、本音共々生徒会に入っていたとは知らなかった。
こういう事ならしょうがない。
新しく入った二人は、学園の掲示板にプリント用紙で紹介されていたらしいし、それに目を通していなかった一夏にも問題はある。
現在話題沸騰中の潤は、壇上で軽く所信表明演説のような事を行っている。
その姿は、板に付いているというか、最早堂に入っているように感じるが、それよりなにより問題なのは、潤のやや後ろにいる女生徒である。
潤と同じくして生徒会に入った簪に良く似た人物、昨日ロッカールームに現れた人物がいる。
彼女が生徒会長という事にも驚いたが、一瞬だけ目が合い、ふふっと微笑まれた事にも別の意味でドキッとしたが、潤が現れてニヤッと笑われたのにも驚いた。
昨日ロッカールームから先に居なくなったのはそういう事か、と理解して。
「はい、副会長、お疲れ様。 では、今月の学園祭だけど、クラスの出し物を皆で頑張って決める様に」
潤が挨拶を終えたタイミングで、楯無が再び中央に戻る。
手慣れた手つきで閉じていた扇子を、ぱんっ、と勢いよく開くと、『締切間近』と書かれた扇面が露わになった。
その会長が学園祭の一企画として『各部対抗織斑一夏争奪戦』といったものを提案し、体育館が熱気の渦に包まれた。
学園祭では毎年各部活動ごとの催し物を出し、それに対して投票を行い、上位組には特別予算が下りる様になっていたが、今年に限っては一夏を一位の部活に強制入部させることが決まった。
景品となった一夏の未承諾のままで。
「会長! 小栗くんは!?」
「陸上部に仮入部しているので対象外よ」
「陸上部も参加していいですか!」
「勿論」
「ちょ、独占なんてズルい! 一人いるんだから我慢してよ!」
「だって小栗くんは仮入部のままだから合宿とか参加できないんだよ!? せっかく宿舎で夜遅くまでツイスターゲームとか王様ゲームとかやろうと企画していたのに全部パーだったんだよ!」
女子だらけなのに、雄叫びが地鳴りのように響く。
一度火がついた人間は、簡単にその意志を鎮火させることは無い。
かくして、織斑一夏争奪戦は幕を上げた。
その裏に、溜息を吐く男と、一夏に降りかかる災難に対して黙祷を捧げる男を置き去りにして。
「会長って、どんな人なんだ?」
「会長の行動理念は理解しがたいが、ああ見えてしっかり考えている人でもある。 きっと、悪いようにはならない。 何か意味があると思った方が良い」
全校集会が終わった後、四階に上がって一組に移動する前に一夏から尋ねる。
潤の隣にいた簪が一夏に対して『邪魔しないで』と恨みがましい表情でいたので、中々声を掛けるタイミングがなかったので、こんな場所になってからだ。
何故そこまで嫌われているのか一夏にはさっぱり分からない事で、その一夏がした質問は、潤にとってさっぱり分からない事柄だった。
「意味、か……」
そんなこんなでIS学園の一日は過ぎていく。
帰りのSHRで学園祭の出し物決めるとあって、昼休みの時間帯はクラスが賑やかだったが、潤はクラスの輪から外れていたラウラを連れ出して、本音と一緒に生徒会室で昼食を取っていた。
一夏が一緒に来たそうにしていたが、恨みがましい表情をしていた簪と、自分を景品にして全校生徒が争奪戦を繰り広げる原因を作った会長を思い出して行くのを躊躇ったようだ。
そして、シャルロットとセシリア、箒と鈴、何時ものメンバーに連行されていく一夏。
相変わらず行動が噛み合わない二人である。
生徒会の長机を小中学校の給食時間の様な感じで集めて、会長と簪が用意した五段に重なった重箱を囲っている。
「お弁当ってレベルじゃないな……」
「日本食というのは面白いものだ。 見た目も鮮やかに感じる」
伊勢海老やら、帆立やら、何処かの料亭の様なメニューが並んでいる。
「これ、どうやって作ったんですか?」
「朝起きてして簪ちゃんと一緒に」
「潤の、好物が……分からなかったから、得意な日本食にしたけど……。 苦手だったりする?」
朝早く起きてと言うが、煮物系統のがんもどきや、稲荷寿司の薄揚げは昨晩から用意していただろうに。
進められるがまま、身近にあった稲荷寿司を口に入れる。
やっぱり、朝から作ったらこうはいかない、と思わせるほどしっかり味付けされている。
会長が自分と簪との関係を利用して仲直りしようとしているな、とか色々考えていたが一口食べてどうでもよくなった。
「……美味い」
「――良かった」
最初にぽつりと言うまで、押し黙って見守っていた簪は、その一言を聞いくと硬い表情をといて嫣然と笑う。
調理室を借りて、姉と一緒に重箱に料理を詰めている最中は、気が気でなかった。
潤は日本人らしい感性があるけど、日本人離れした面もある。
もしも、得意な日本食が嫌いだったら、不味いとか言われたら、そう思うと途端に気持ちがしぼんきたが、その都度姉に励まされた。
駄目でも、潤の好きな料理の特訓を一緒にしようとも言ってくれた。
こうやって姉の隣に立って、一緒に料理をする、――そんなきっかけも与えてくれて感謝している。
だから、美味しいと言ってくれて、簪は本当に嬉しかった。
「おぐりんは料理できないの~?」
「……あ~、材料なんか気にしないで、大雑把に調理する程度なら出来るけど、繊細なものは出来ないな」
「潜入任務中のスパイのような物言いだな」
「はっはははは」
笑えない、愛想笑いしているけど、決して笑えない。
あの言葉の裏には、潜入中に採取した物を食っても大丈夫なように調理する、という意味合いがあった。
すなわち、毒を抜いたり、適当な雑草を食えるようにしたり、ネズミなどの臭いの強い物を食えるようにする事である。
会長が簪に『はい、あーん』といったアレをやろうとして露骨に嫌がられたものの何故か嬉しそうで、ラウラが日本食に興味を持って簪に料理の作り方を聞くなどして花が咲く。
代わりに本音が、会長にあーんして食べさせられたりしていたが、概ね生徒会室は平和だった。
昼休みが終わり、午後の授業も終わり、帰りのSHRの時間となったクラスは学園祭の出し物を決める為に、わいのわいのと盛り上がっている筈である。
筈であるというのは、潤がそれに参加しておらず、千冬の後に続いて職員室に向かっているからだ。
一体どんな案が出ているのか、珍妙な案が片手の数以上出ているといった悪寒を感じてならない。
「それで、何の用事で呼び出されたのか、そろそろ教えて頂けませんか」
「悪い知らせではないさ。 これを見てくれ」
職員室についてようやく要件を聞いて、返答として書類の束を渡された。
『Suomen tasavalta Finnish IS Force - Production Model 01 X』……スオミ、……フィンランド、……PM01X、それはカレワラの仕様書だった。
しかし、ヒュペリオンと同じく、未知の領域に足を踏み入れた証である『X』が用いられている。
仕様書を流し読みしてXの理由を探ろうとすると、脳波コントロールシステムの項目を発見し、その謎が解明できた。
「脳波コントロールの採用。 どうやらヒュペリオンのデータがフィードバックされているらしい」
「しかし、脳波を用いたシステムは未だに危険性すら不明慮のはず……。 いや、イメージインターフェイスを補佐する役割にして脳波コントロールをヒュペリオンの五%以下に軽減、その結果安全性を確保するに至ったのか」
「我々教師側でも安全性の確認はしたし、そこは問題ではない。 お前は、脳波コントロール、カレワラ、双方共にこの学園では教師たちより長がある。 副会長として名目も立っているし、慣らし運転に協力してほしい。 なおレポート作成には代表候補生以外の一般生徒の協力も得るように」
「それは?」
「勿論、カレワラを使うのが、専用機持ち以外になるからだ」
「それもそうですね」
レポート作成を生徒がやっていいのかどうか思う所はあったものの、カレワラを用いてトーナメントを勝ち抜いたのも確かなので請け負う事にする。
各国の第三世代兵装を用いることが出来る、が特色の一つだったカレワラが、機動制御に特化した第三世代として放出されるとは予想外だった。
更に仕様書を読み進めていくと、イメージインターフェイスを各国の特色に合わせて切り替え可能との表記を見て、先ほどの考えを改めた。
「しかし、この段階で第三世代ISを量産機として送り出すとはな。 思い切ったことをする」
「もしも、パトリア・グループが第四世代に対する知識を深めているとなれば、早晩第三世代機は時代遅れになります。 第三世代技術を放出し、第四世代完成のための研究資金集めをするつもりなんでしょう」
「世界各国が第三世代を完成させた暁には、第四世代の第一歩を踏み出して業界をリードするつもりか……」
「それに、各国の第三世代の完成を台無しにすることで資金的なダメージを与えられます。 それを事前にリークすることで、欧州主要企業をコントロールする気かもしれません」
「ふん。 ドロドロした、特務隊の好きそうな話だな」
「勘弁して下さい」
確かにそういった事に、頭がすぐ回ってしまう性格ではあった。
少し戸惑う潤を見て、その過去を知る分、少し変わったことが嬉しくなる千冬だった。
「ところで、もう知っていると思うが、学園祭の招待チケットはどうするつもりだ?」
「……外部の知り合いが非常に少ないので、誰かに渡すつもりです」
手元で招待用のチケットをひらひらちらつかせて尋ねる千冬だったが、彼女の思った通りの答えが返ってくる。
チケットには誰の招待券か分かるようになっているので、誰に渡そうが潤にも責任の一端が生まれるので、よく考えて渡すように、と注意だけして封筒に入れて手渡した。
誰に渡そうか考えながら封筒を受け取って、チケットを確認しようと中身を見た潤が、固まった。
「……どうした?」
「先生……、確かに“招待用のチケット”を封筒に入れましたよね?」
千冬は戦闘中の様な表情で封筒を除く、潤を怪訝に思い封筒を覗き込む。
そこにあったのは――、無数の髪の毛だった。
確かに私はチケットを入れた、と弁明するような表情で潤の方を見て、潤は同意するように軽く頷く。
その潤は、千冬の机からカッターを借りて手の一部を切り付けて血を出し、千冬に聞こえないように小声で何かを唱えると、その血を千冬の手に塗った。
「何をする?」
「簡単な意識外しの呪いです。 私たちに用が無い連中には何を聞いても記憶に残りませんし、理解も出来ません。 血を洗い流せば効力は消えますからご安心を」
「そ、そうか。 便利なものだな」
自分の手の平に付いた血を見て、考え深げに呟く。
「髪の毛から非常に強い魔力を感じます。 恐らく時空か空間に干渉して入れ替えたのでしょう」
「そんなことまで可能なのか!? それも、あの一瞬で」
「私には出来ませんが――、いえ、前の世界でも片手の数ほどしか出来ないはず……。 私に感付かれないほど高次元な能力者、笑えませんね」
「心当たりは?」
「流石に世界の全てを知っている訳では……、そうだ、夏休み終了間近に一つ」
潤は生徒会室で起こったことを克明に話し、千冬は興味深げに聞いた。
魂を縁に強力な何かがこの世界にやって来た、一笑にされかねない事だが、潤の過去を知って、今も怪異を目撃した以上冗談と流すことができない。
千冬も潤の過去を思い出して、該当しそうな人間を考える。
「……エルファウスト王国の国王、あいつじゃないか?」
「あの人が? 確かに能力的に親みたいなものですし、空間への干渉もできますが、ウサ耳博士より不可解な人間ですよ?」
「すまん。 言ってて私も無いと思う」
人である以前に、王である彼の人格を思い出して自分の考えを否定する千冬。
能力的にも、後見人的にも、親ではあったが、潤の身に起こった不幸の多くは彼が元凶でもある。
彼はとある目的に為に、潤に悪意と敵意、恨みの感情を必要以上に与える必要があり、千冬もあの王に対して複雑な思いがある。
「ところで、はっきりさせて欲しいことが一つだけある。 もしも、お前に帰る手段が出来たとして――お前はどうしたい?」
「どうもこうも、私はIS学園、一年一組の小栗潤ですよ」
「そうか、それだけ聞いて安心した」
迷いなく言いきった潤に気をよくしたが、結局問題に対する明確な答えは出ず、千冬は血をふき取って潤は考え事をしながら職員室を後にした。
とりあえずは後の後になるが、フレキシブルに対応するしかない。
代わりに入っていった一夏に放課後教室に残るように言って、遠くから千冬の笑い声が聞こえたのに後ろ髪を引かれながら教室に向かった。
と、教室に戻る途中、女生徒の集団に道をさえぎられた。
右に移る。
女生徒達も左側に移って道をさえぎる。
「なにか御用で?」
「……副会長」
「はい」
「男の子なのよねぇ。 副会長が」
これは、あれだ。
自分たちの上に立つのが男であるのが、ちょっと納得できない人たち、になるのだろうか。
魂から伝わってくる感情が、そういった暗いものでなく、もう少し綺麗だったので直ぐに気付けなかった。
「ああ、身構えないで。 何も陥れようとか、貴方に危害を加えようとか考えているわけじゃないの」
「ただ、会長が自信を持って推薦するほどの実力を確かめたいだけ。 私たちは映像だけじゃ、物足りない」
「……一回叩きのめされたいと?」
「いいね。 話が早い子、お姉さん好きなタイプよ。 だけど、簡単に思わないことね。 きゃーきゃー騒ぐ普通の生徒と違って、私たちは毎日操縦訓練に明け暮れている。 それがどういうことか、教えてあげるわ」
彼女たちは完全な実力主義者だ。
後ろめたい感情が無かったのも頷ける。
一夏には悪いが、どうやら今日は帰れないらしい。
ヒュペリオンの状態は良くないが、良くないときは良くないなりの戦いが出来てこそ過酷な戦場を生き残ることが出来る。
実戦経験も少ないし、何より明日の学園生活のために叩くべきときには叩かねば。
最初に思い切り叩いておけば、後々大きなはねっかえりが少なくなる。
『織斑一夏に勝てない奴は小栗潤に勝つことは出来ない』とでも噂を流せば、降りかかる小さな火の粉も一夏に向くだろう。
様々なタイプと戦うのも、成長の糧にはなる。
この中で一番の熟練者は……、金髪の女生徒、――はて、どこかで見たような気がする。
多くの二年生に囲まれ、潤は一旦アリーナに向かった。
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「おりむー、おかえりー」
「あれ、潤は?」
一夏が教室に帰ってきたとき、先に職員室を出たはずの潤の姿は何処にもなかった。
変わりに、一夏に対して戦術講座を開くと知ったクラスメイトが大半残っている。
日頃から妙な行動をとるので忘れがちだが、IS学園に入学している以上、かなりの向上心を持った優秀な人材だ。
トーナメントで見せた圧倒的な強さ、ヨミの深さ、そういった潤の講座なら興味が湧くのも無理は無い。
何を大げさなと、潤ならそう言うだろうが、それは潤が日頃から自己評価をかなり低く見積もっているせいだ。
強くなりたい、巧くなりたい、もっと高いところにいきたい。
そういう人間にとって、純粋な強さを見せつけ、自分を叩きつけるような戦いをする潤は、ある意味尊敬されているのだ。
「いえ、見ませんでしたが……。 職員室で織斑先生と話していらっしゃったのではなくて?」
「そうだ。 向かった先が一緒だったんだ。 会わなかったのか?」
「いや、俺より先に教室に向かったはずだったんだけど……」
何処に向かったのか、急に行方不明なった友人を考えていると、一夏の背に誰かがしがみついた。
何も言わずにしゅるりと一夏の身体を駆け上がるって一夏の前に着地した。
「って、鈴か? 相変わらず猫か、猿みたいだな」
「みんなして何してんのよ? 第三アリーナ行かないの?」
「第三アリーナ? いや、今日は――」
「そう、第三アリーナ。 そこで、副会長の実力試しとか言って、二年生のクラス代表や決勝トーナメント進出者が潤を連れ出して模擬戦しているみたいよ。 一緒に見に行かない?」
鈴が言い放った内容に、一組一同はただただ言葉を失うばかりだった。