高みを行く者【IS】   作:グリンチ

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一万文字ほど文章を重ねると5日位平然とかかっちゃうね。
それはそうと、39話から40話の間で10万UAを超えたようですね。
何の反応もなかったから、自分で言うよ。
おめでとうアズラン、これからも頑張ってね。
なんて空しいんだ……(´・ω・`)


1-5 夏の思い出・簪と二人で

八月のある日、第二整備室でISの整備を行っている二人が居た。

システムの大まかな調整は終了しており、現在コンソールを開いているのは簪一人で、潤はもっぱら微妙な出力調節や特性制御を弄るために打鉄弐式のアーマーを開いて直接パーツを弄っている。

潤が打鉄弐式の開発に参加してから二週間経つか経たないかの間に、その機体は大分完成に近づいていた。

 

「機動面に限定するのなら、期限前までに完成しそうだな」

「武装は……手つかずだけどね」

 

簪も考え深げに自分の機体を見ている。

尤も、打鉄弐式の足元には搭載される予定の武装が転がっており、嫌でも本完成がずっと先だと言う事実を突きつけているが。

この打鉄弐式、専用機だけの機能特化専用パッケージであるオートクチュールを装備していない機体と比べればかなりの機動力を誇っている。

性能のぶっ飛んでいる第四世代機でも、更に機動用の切替えが可能な紅椿とヒュペリオンに比べれば劣るのはしょうがないが、現状の第三世代中では目を見張るものがあるのは間違いない。

その要因の最たるものは――。

 

「……もう一度、カレワラのデータ……、見せて頂戴」

「分かった、今展開する」

 

カレワラのデータを横流ししまくっているからである。

高バランスのお手本の様な良機体であるカレワラは、スラスター出力や制動システムの完成度が高い機体である。

トーナメントの決勝直前、カレワラから取得したデータをヒュペリオンに移す際に、色々な参照データをヒュペリオンにインストールしていた。

そのインストールされていたデータの中で、打鉄弐式に使えそうなやつは片端から流用しているのである。

流用してから少し手を加えれば完成出来る、という程ISの開発は簡単でないが、大幅な時間短縮が出来たのは間違いない。

犯罪チックで申し訳ないが、多少は許してほしいとも思って使わせてもらった。

ヒュペリオンの空中投影ディスプレイの前に頭が二つ並ぶ。

すぐ横に潤の顔があることで、簪はついついドキッとしてしまったが、その潤が真剣な顔でデータを見ているのを認めると気を改める。

データを参照しつつキーボードを叩いていたが、時間が押し迫ってきた事を察すると、コンソール画面を閉じて席を立った。

 

「そ、の……」

「……一緒に帰るか?」

「う、うん……」

 

妙に落ち着かなそうにして、未だに打鉄弐式の情報を閲覧している潤の傍でウロウロしている簪。

たぶんこうなんじゃないかな、と思ったことを尋ねてみたら案の定な返答が返ってきた。

コンソールとアプリだけ起動していたヒュペリオンを、待機状態に戻すと簪と並んで歩きだす。

 

「あ、の……ね」

「ん?」

「あ、あ、あの……、これなんだけど――」

 

第四整備室からの帰り道。

黄昏時の薄暗い道がとうとう暗くなり、変りに道を照らし出した街頭の下まで少しだけ小走りで向かった彼女は、光の下で振り返ると何かの用紙を二つ取り出した。

なんか、とんでもなく、見覚えのある紙だった。

その紙はチケット、本々はパトリア・グループの立平さんの物だったそれは、潤に手渡された後に、鈴に二枚、癒子に二枚、本音に二枚と移動していった。

たぶん、本音が簪に手渡したんだろうな。

 

「情けは人の為ならず、いや、違う。 なんとかは天下の回り物、か」

「な、なに?」

「いや、何でもない。 こっちの話だ」

「あ、あの……良かったら、八月に……一緒に、いかない?」

 

簪は合宿に参加しなかったので泳ぐのが嫌いなのかと思っていたがそうではないらしい。

打鉄弐式が完成していなかったので参加する意義がなかったからか、開発に主眼を置いていたので無視したかなのだろう。

 

「せっかく合宿不参加で済んだのに……」

「最初、聞こえなかったけど、なんて言ったの?」

「なんでもない、簪は、泳ぐのは好きなのか?」

「えっ……、あ、……う、うん。 好き、大好きだよ」

 

驚いた表情をした後に、頬をリンゴのように染めながら嬉しそうに頷く。

その言葉の意味をちょっとだけ頭の中で変えて、あまりに恥ずかしくなってしまいスカートを握る。

 

「そっか、じゃあ、お言葉に甘えて御同行させてもらおう」

 

乗り気ではないが、純粋な好意から誘いにきた懇願を断るのも戸惑うので了承する。

返答を聞いた瞬間、俯いていた簪が顔をあげて嬉しそうに笑みをこぼす。

簪にとって初めての恋なので、勝手がわからないが二人きりで出かける約束ができた。

今日はそれでいい。

耳まで真っ赤になるくらい恥ずかしいが、こうやって一歩一歩進めばいい。

潤は、簪のことが嫌いじゃない、友人として好きでいてくれる。

もうちょっとだけ、この甘酸っぱい雰囲気を味わってもいい、――彼女にしてほしいけど、こういうこそばゆい関係もいい。

 

 

 

----

 

 

 

夜、1030号室に無機質なタイプ音が繰り返し鳴り響いた。

打鉄弐式の開発が、ちょっとだけ行き詰っている。

最低限の機動は可能なのだが、全体の完成度が全く上がらない。

何度か切り分けや、ループバック試験を試みて思い当たるのは、打鉄弐式のハード側すら未完成であったということだった。

新しく必要なパーツ情報はダウンロードで調べることができない。

だから、今の潤がしているように、勉強して一つずつ積み重ねばならない。

 

「……厄介だな」

 

まだまだ問題はある。

何が必要なのか調べるためには稼働データが必要で、稼働データを取るためには幾度となく試乗を繰り返さなければならない。

そして、稼働データを元に新規ハードを作成し、試験稼働、データ蓄積、フィードバック調整を行い、稼働データを更新する。

ハードが完成しても、今度は戦闘が可能なようにパーツそのものも耐久試験を行わねばならない。

パトリア・グループの様に、物腰軽く、『他社の物をライセンス生産しよう』とはいくまい。

 

「……おぐりん~、起きるの……? 明日……かんちゃん、プール?」

「ああ、すまない、煩かったな。 もう直ぐ切り上げるから」

 

寝ぼけて言語がおかしくなっているものの、本音が起きてしまったらしい。

一旦手を止めてディスプレイの光源を落とす。

 

「ちーちゃん先生……、ゆった……、いいって? 早く……寝る? 最近ずっと……そうじゃん?」

「先生にその呼称を使うなよ。 最近はちょっと立て込んでいてちょっとな。 ほら、お休み」

 

ちょっとはだけたシーツをかけ直し、何度か背中をポンポンと叩くとすぐに規則正しい寝息を立て始めた。

簪とウォータランドに行く前に、千冬に申請を出した日を思い出す。

『……更識妹と、ウォーターワールド、か。 ああ、好きなだけ行ってこい。 思いっきり羽を伸ばせ。 それがお前の為だ』

と何故か知らないが、妙なリスペクトを込められた瞳で送り出された。

あれはなんだったのか、ゆっくり考えたいが――暗い場所でじっとしていると、その暗闇から、血まみれのリリムがこちらを睨んでいる幻覚を見る。

背後から嫌な汗のでる視線を感じ、潤は急かされたように画面の光を元に戻した。

 

翌日。

 

「…………………………」

 

ドキドキしながらウォーターワールドの前で待ちぼうけ。

約束の時間まで一時間も前だというのに、ついつい待ちきれずに来てしまった。

本当だったら、『ごめん、待った?』、『いや、待ってないよ。 簪がいつ来るのか考えている間も楽しかったし』、『ありがとう、さ、行こう』なんてやって腕組み出来れば最高なのだが。

潤と腕を組んでいる自分を想像すると、じりじりと照りつける日光とは別の力で頭が沸騰しそうになる。

 

――だい、大丈夫。 落ち着いて、落ち着いて。 今日の私には味方がいる。 大丈夫。

 

簪が今日つけているメガネは、昨日までのメガネではない。

プールデートを楽しむためのステップやら、夏のプールデートのテクニックやらの雑誌で得た情報を何時でも閲覧できるようにしてある。

それに今日は協力者まで居る。

水着を選ぶ時に好みの色を教えてくれたり、必要な持ち物を揃えるのに協力してくれたりした、幼馴染の本音と、潤と仲が良いと聞く谷本癒子なる人。

水着選びの際は『運動を行う』という事を想定して買わなければならないとか、試着室では前かがみになっても大丈夫かとか、濡れた状態でも変じゃないか確認が必要など目から鱗が出るような助言をいくつも頂いた。

潤の好みが黒色という情報も彼女たちからだった。

ただ、選んでくれた水着がちょっと派手で……。

水着の事やら、これからの事やら、今潤が何をしているのか考えるだけでドキドキと高鳴る心臓を、壊れ物を包み込むような優しさで触れる。

あまり大きくない膨らみ、けれど、その内に秘める思いは何倍も大きい。

 

「本音は……いいなぁ……」

 

同い年なのに、二カップもバストサイズが違う。

そういえば、潤は大きいのが好きなのだろうか、小さいのは、嫌いだろうか……。

 

「簪? 随分早いな……まさか、時間間違えたか?」

「ひゃっ!」

 

ずっと考えていた人の声が脳内から、直接耳朶を叩いて現実に戻された。

思わず引き攣った声が出てしまった。

これは不味い、勘違いさせてしまう。

 

「じゅ、潤!? い、いや……、約束の時間はまだ一時間も先で…………じゅ、潤も随分早いね」

 

もしかしたら、潤も自分と少しでも一緒にいたくて早く来たのだろうか、そう考えると自然と笑顔になってしまう。

素直にそう言ってくれればいいのに。

デートっぽく現地で待ち合わせなんてしないでモノレールの駅で待ち合わせすればよかった。

 

「こういうのは、大抵男が先に来て、女性を待っているのというのが相場で決まっているからな」

「あ、の……ご、ごめんね。 えーと、邪魔しちゃって」

「なんか、変に面白い返答だな。 さて、立ち話もなんだし、早速中に入るか」

「う、うん……」

 

こくこく頷きながら、心の中で『わ、笑われた、いきなり、笑われた』とちょっとだけへこんだ。

しかし、滅多に見られない潤の笑顔に全てが流されていく。

 

「ん?」

「……セシリア?」

「あら?」

 

ウォーターワールドのゲート前で、まさにこれから入館しようとする寸前、見知った顔の人物がやって来た。

ぱちくりと瞬きをした後、ここ最近変わらない潤の暗い顔と、おっかなびっくりしながら、嬉しそうに隣を歩く簪を見てセシリアは色々察した様だった。

ゲートを潜って、内部で待ち合わせ。

水着は着て行く、化粧もして行く、これはOK。

――少しでも彼と一緒の時間を増やしましょう……うん、確かに、少しでも一緒に居たい。

 

「よう」

 

更衣室から出てすぐ、ウォーターワールド内部に入ると潤が待っていた。

本音とその友人に勧められるがまま購入した水着だったが、何処かおかしくないか

フリルとリボンのついた黒の三角ビキニ、もう少し布地の面積が多いものの方が良かったのだが、あれよあれよという間にこれに決まってしまった。

 

「……へ、変じゃない?」

「充分似合ってる、髪の毛の色と相まって神秘的で綺麗だよ。 大人しめでかわいい系の水着だと思ってたから、ちょっと驚いただけさ」

「……そ、そっか。 ……よかった」

「それじゃ、どこからいく?」

「ひゃぅ」

 

いきなり手を取られて変な声が簪の口から出た。

ナギの時もそうだったが、潤は女の子と二人で何処か遊びに出かける際には、紳士が淑女をリードするよう教育を受けていた。

ただ、この現代社会と、産業革命以前の世界である異世界でちょっとした文化的差異があるのだが、潤は気付いていない。

異世界で男女が遊びに行くのであれば、その仲のあり方が何であれ、その行動は須らく『デート』と呼ばれる。

情報などのやり取りが現代社会程簡単でなく、異性への扱いが特殊だった世界では、男女二人だけでいく=親密な関係と見られ、すなわちデートと呼ばれていたからだ。

つまり、潤にとっては相手が何であれ、男女二人だけで遊びに行くのであれば、それはデートであり、紳士は淑女を持て成すべきである、となっている。

と、言う事で、とりあえず手を取ったり、気分がすぐれなくとも笑顔で出迎えたりするのは彼からすれば当然である。

 

『コール、本音! 谷本さん!』

『こちら本音。 かんちゃん、聞こえてますよ、おーばー』

『こちら癒子。 更識さん、こちらも大丈夫です、おーばー』

 

思考回路がショートしそうだった簪は、思わず協力者、谷本癒子と布仏本音に無線通信を行った。

これが本日の協力者、簪の切り札である。

現代の最新技法を惜しみなく用いられた眼鏡型無線機器で、防水はもちろん、その重量が感じ取れないほどの軽量化が計られている。

更に民間に還元されたISのイメージインターフェイスの初期技術を倣い、声に出さずとも思い浮かべた内容を相手に送信してくれるという素晴らしい物でもある。

その無線の先には、簪の初デートを応援すべく――出歯亀とも言う――潤から手渡された二枚のチケットを用いて一緒に来ていた癒子と本音が居た。

 

『て、手握られちゃった。 どうしよう!?』

『更識さん、落ち着いて。 二人を視認可能な場所に私達が居る。 後ろに味方が居るのを忘れないで』

『ゆっくり報告していってね』

『あ、ありがとう。 えっと、とりあえず、水着姿は褒めてくれたよ!』

『おぉ~』

『どんな感じで! 詳細お願い!』

『髪の毛の色と相まって神秘的で綺麗だって』

 

報告を聞いて沸き立つ二人。

 

『それで、今は、手を取られて何処にいく? って……』

『今私たちがウォータースライダー使うから、二人も使えば? いやっほー』

『いやっほー』

『ちょっと……二人とも?!』

 

通信を遮断され、仕方が無しに提案通りウォータースライダーに向かう。

屋内の中央にある塔みたい高所から、施設内部を余すところなく用いられ、とぐろをまいた全長百メートル程の水路が特徴のアトラクションである。

潤にその話をした後、何故か彼が着水部分を見てから使用することになったが、この施設の特徴を覚えていた簪はそれどころでなかった。

長蛇の列だったのを二人で話ながら待っていたが、順番が近づくにつれて二人して緊張しだした。

その意味合いは少しだけ違ったが。

 

「はーい、次の方! ……カップルさんかな?」

「……は、えっと」

「――はい、そうです」

「ふーん……。 友達以上、カップル未満って所かしらね。 それじゃあ、彼氏さんは、彼女さんをしっかり支えて上げて下さいねー!」

 

潤が察してくれて、二人がカップルということで話が進んでいる。

実はこのスライダーは、二人一緒に滑ることが出来る。

無論、赤の他人同士そうならないように申告が必要なうえ、監視員の目が光っているが。

 

「頑張ってね」

 

簪の耳元で、監視員が一言呟き、潤の前に簪が座った。

となると潤が後ろに座ることになり――背後から半ば抱き着く形になる。

 

「じゅ、潤……、その、あんまり……」

「強かったか?」

「いや…………、やっぱり、もうちょっと近寄って、くれると、……嬉しいな」

「そっか、……じゃあ、行くぞ」

 

本当ならISの訓練でもっと早い速度も体感している。

背中に異性の体温を感じながら降りる水路は、訓練の何倍もドキドキした。

着水する時には一層力強く抱きしめられ、今日ここにきて良かったと、心の底からそう思った。

その抱きしめられる感触が余程嬉しかったのか、簪は潤の手を取って合計で四回スライダーを往復した。

その後は流れるプールを数周。

ここでも潤はちょっとぎこちない動きをしていたが、浮輪に乗って潤に押されながら、久方ぶりに童心に帰っていた簪は気付かなかった。

 

『コール、かんちゃん、状況はどうですか、オーバー』

『本音、私、幸せだよ』

『更識さん、何満足してるの!? まだ十一時だよ!?』

『よーし、かんちゃん、次は屋外エリアに出て日焼け止めを塗って貰って休憩タイムにしよう』

『ナイス本音! この際だから太ももも塗って貰えば? 更識さん、足細いからイケる、イケる! さあ、本音、流れるプール行きましょう!』

『れっつだ、ごー』

「えっ、サンオイルを、塗る?」

「屋外エリアに出て休むのか?」

 

簪自身が潤の手で、その背中にサンオイルを塗って貰う光景を思い浮かべて、声に出てしまった。

当然声に反応した潤は、再び簪の手を取って屋外エリアに向かいだす。

何故かほんのりウキウキしながら。

一旦簪は夢心地な足取りで、貴重品と一緒に小物を預けていた無料ロッカーから、日焼け止めとシートを持ってきた。

パラソルは受付で貸し出されている。

 

「お、お願いします……」

「背中だけでいいんだよな? やったことが無いから分からないんだが……」

「そ、そうなんだ……。 私も、…………誰かに、塗って貰うのは、……は、初めてだよ」

 

首の後ろで結んでいたビキニの紐を解くと、水着の上から胸を押さえてシートに寝そべる。

それじゃあ、触るぞ、と声がかかった後に、背中に大きな手が触れられるのが分かった。

太陽の熱に負けないくらい暖かくて、ちょっとだけごつごつした男らしい手が背中を動き回る。

 

「……加減は、これでいいのか?」

「大丈夫、潤。 そのまま――ふ、太ももの裏も、……お願い」

「え、わ、分かった」

 

そのまま両足に日焼け止めが塗り終わるまで二人は終始無言だった。

 

「ほら、塗り終わったぞ」

「う、うん」

 

潤が触れなかった場所に日焼け止めを塗っている間、潤は両手に付いた日焼け止めを洗い落とすとソフトクリームを購入してきた。

 

「バニラとチョコ、どっちが好き?」

「……ば、バニラかな?」

 

誰でも使用できるように設けられた椅子に座って、カップを受け取る。

夏の気温はけだるい程高かったが、それを感じさせないほど気分が良い。

潤はというと、アイスチョコレートを少しずつ口の中に入れては溶けるまで味わって食べている。

 

「ん? チョコも欲しいのか?」

「え……?」

 

驚いたように顔を上げる簪、その口元にはプラスチックでできたスプーンによって運ばれたアイスチョコレートがあった。

実は、チョコとバニラを混ぜて食べるのが好きだっただけで、しかし、これは、ラッキーというものではないだろうか。

 

「はい、あーん」

「あ……ぁ、ん…………」

 

簪が口の中でバニラとチョコを混ぜて食べていると、潤が何気なしに簪が口に含んだスプーンを使ってアイスを食べ始めた。

思わずミックスアイスが喉に詰まりそうになった。

男の子って、間接キスとか気にしないのだろうか――……『好き、嫌い、普通で分類するのならば、『好き』の分類になるかな』、突然潤が口にした言葉がリフレインする。

その意味を思うと、間接キス位なら気にしないのかもしれないと思う。

好きな相手なら問題ない、そう、好きな相手なら。

 

「ところで、潤は泳がないの?」

「……え!? あ、その、ああ、泳がない」

 

凄く珍しい物を見た。

あの潤が驚いて、ちょっとどもった。

 

「も、もしかして、……プール嫌いだった?」

「そうじゃないんだが……」

 

もしかしたら、やっぱり自分とプールなんて来たくなかった、そんな事が頭に浮かんでしまう。

そんな訳はない、そう思い込んでもやっぱり不安になってしまう。

 

「そういえば……、最初に誘った時も……、それにウォータースライダーに乗る前も、……ちょっと、の、のりきじゃなかったみたいだし…………」

「……自分の価値を低く見積もるのは悪い癖だぞ。 器量が良いんだから、自信を持て」

「それじゃあ、……その、なんで…………」

「笑うなよ」

「うん……」

「実は、その、水難事故にあって水中で身動きが取れなくなったことがあってな……。 その時のトラウマのせいで、体の半分ほど水につかった上で顔も浸かると、筋肉が硬直して、呼吸困難になるんだ」

「え?」

 

じゃあ、今までなんで、と驚いた顔をする。

潤は嘘を言っていない。

水難事故、――脳みそを摘出されて謎の液体につかっていた。

水中で身動きが取れなくなった、――視覚情報以外消滅していたので動きようがない。

これらのせいで、潤は水につかって外部の光景を得ようとすると、数年間にわたるトラウマから身動きが取れなくなってしまうのだ。

リリムとの思い出の一つに、極寒の最中川に飛び込んで逃げて互いに裸になって体温を分かち合い、極寒の夜を共に明かした記憶があるが、ここで初めて自分にトラウマがあるのを知った。

 

「お、泳げなかったの!?」

「顔がつからなければ大丈夫……、いや、流れるプールもアレだったけど。 犬かきとか、背泳ぎだったら泳げるんだが厳しいかな。 ちょっと前、友人を助ける為に川に飛び込んだことがあるんだが、そうとは知らなかったせいで助けようとした相手に助けられる、なんて情けない姿を晒したこともある」

「……じゃ、じゃあ…………。 なんで、どうして…………」

 

プールに誘ったのは、ちょっと残酷な行為だったのではないか、と思ってしまった。

 

「簪の方から誘ってくれたのが嬉しくて……。 それに、川で溺れた時からだいぶ時間が経っているから、大丈夫か知りたかったのもある」

「ウォータースライダーで……、抱き着いてきたのは?」

「体が硬直したから……、あはは、まだ治ってなかった」

 

場を和ませる愛想笑いが、自分を守るためだと思って逆に恰好よく見えた。

こんな時でも気遣いをしてくれる、それが嬉しい。

 

「……そうだったんだ」

「言うに言えなくて、悪かった」

「……いいよ。 でも…………ちょっと安心した。 潤にも、……私みたいに弱いところもあるんだな、って」

「当たり前だろ。 完全無欠なんて存在しないんだ。 IS学園の生徒二人助ける為にボロ雑巾になった事もあるからな」

「そう、……だったね」

 

トーナメントの事を言ったのかと思い、例の映像を思い出す。

完全無欠でないけれど、同じくらい弱いところもあるけれど、簪にとってのヒーローは確かにいる。

優しさが、とても嬉しかったのを、自分を救いだしてくれた時の嬉しさを、あの頼もしさを感じる声を覚えている。

はたして潤には何がそんなに可笑しかったのか知らないが、簪は暫くその言葉を聞いて暫くの間、嬉しそうに笑っていた。

 

 

 

----

 

 

 

一旦昼食を取って、水につからないアトラクションで遊ぼうとしていた潤と簪だったが、再び遊ぼうとしてもちょっと出来ない雰囲気があった。

水上ペア障害物レースなるものが午後一時から開始らしく、一時的に入水が制限されていた。

司会のお姉さんが会場の雰囲気を盛り上げようと、声を張り上げている。

 

『さあ、皆さん! 参加者の女性陣に今一度大きな拍手を!』

「……って、鈴とセシリアじゃないか? というか、何故セシリアと来ているんだ? 一夏はどうした?」

 

ペア同士だったが妙に牽制しあっている。

しかも、入念に準備運動を施し、体をほぐしていた。

たしかにやる気は漲っているが、表情はにんまりしており、その整った顔はとても愛くるしいものに変化していた。

 

「……奴ら、本気だな」

「…………代表候補生なのに、本気だなんて」

 

二人は専用のISをもつ国家の代表候補生である。

彼女たちの乗る機体の性能たるや、軍隊に比較される程であり、それに搭乗されるものも相応の訓練を施されている。

流石にラウラや潤と比べるのは可哀そうだが、ちょっと格闘技術に乏しい軍人なら互角に戦う事だろう。

競技用ピストルが鳴り響くと同時にセシリアと鈴は大立ち回りを演じた。

何組ものペアを水面にどんどん落としていく。

そして先行組が現れて危機感を覚えるや否や、ISのプライベート・チャネルを使ったのか、見事なコンビネーションで参加者のビキニを奪うことまでしでかした。

脳波制御装置を備えている潤の専用機『ヒュペリオン』が、二人の会話をなんとなく形にする。

曰く、勝つためだそうです。

続く障害物溢れる水上の島を、難なく攻略していく。

最後に、迫りくる武闘派の柔道レスリングメダリストペアを難なく躱し―――正確には身軽な鈴が、セシリアの顔を踏み台にして跳躍―――ゴールした。

 

「今日という今日は許しませんわ! わ、わたくしの顔を! 足で! ―――鈴さん!」

「はっ、やろうっての? ―――甲龍!」

 

水着姿のセシリアと鈴が、それぞれの専用機、『ブルー・ティアーズ』と『甲龍』を展開する。

先ほどの通り、軍隊に比較される程の代物を、だ。

 

「これは、流石に止めないと不味いな」

「そうだね。 潤、頑張って」

 

困惑と興奮が入り混じる司会の言葉と同様、周囲の観客も普段お目にかかれない二機のISを前に浮かれている。

そんな周囲を置いてけぼりにして、セシリアと鈴はブレードを重ね合わせた。

 

「頼むぞ、ヒュペリオン。 行け、フィン・ファンネル!」

 

白と黒のIS、ヒュペリオンを展開。

アンロックユニットに装填されているビット兵器を二人の争い中心点に向かわせる。

潤がこれからしようとしているのは『アルミューレ・リュミエール』と言われる鉄壁の光波シールドの展開である。

エネルギーの関係で、五分間の展開が限度であり、充電の為にファンネルラックに戻せばエネルギーを八割食うという燃費の悪さで、試合中は一度しか使えないが、今回はその一度でいい。

このアルミューレ・リュミエールは設定で、内部からの攻撃を通すか通さないか、任意で選択できる。

 

目の前の二人が手を伸ばせば届く至近距離で武装をフル展開する。

ファンネルは、その二機を囲むように展開されていた。

そして―――

アルミューレ・リュミエール展開と同時に、双方の攻撃は、甲高い爆音と衝撃を伴ってウォーターワールド全体を揺らす。

内部に閉じ込められ、くまなく衝撃に取り囲まれた二機は仲良くプールに落ちていった。

 

「なによ! ……あ」

「なんですの、横から! ……あ」

「お前ら何をやっている」

 

二人が宙でみたIS、ヒュペリオン。

ここ最近ですっかり馴染みになった、仄暗く、底の見えない奈落のような瞳をもった男がいた。

 

『あ、ISがもう一機! ……って、お、男!? あっ、小栗潤!?』

「あ、あの潤さん? ちょ、ちょっと瞳が怖いんですが……」

「なんか目が危ないんだけどっ!? そのトンデモない闇抱えてそうな、その目、めっちゃ怖いんだけど!?」

「二人共……」

「あの、何故そこでニッコリと微笑んで」

「セシリア、私超怖いんだけど、あれ説得してくれない?」

 

り、鈴さんの方が仲いいとか言い訳をセシリアがしている声を遮って潤が声を出す。

ナニコレ、頭のナカニ直接コエガ聞コエテ、アガガガガガ、鈴が苦しむ姿も、今の潤にはいささかも動じない。

 

「二人共、お仕置きだ」

 

幸いにして怪我人や、物損被害はなかったものの、プールにはメンテナンスが入るとのことで、なんと閉園になってしまった。

調査書を作るために潤も同行中し、二人は司会のお姉さんと、ウォーターワールドの責任者に絞られている。

止めただけとはいえ、ISの無断使用は厳禁。

学園に帰れば始末書と、千冬の厳しい特訓が待っている事だろう。

 

「午後、潰して悪かったな」

 

簪と隣り合わせで帰る道、今まで黙っていた潤がそう言った。

帰り道も手を取っての帰還である。

簪にとって、泳げない相手を無理に誘って遊ぶより、潤の勇姿を見ることが出来たという意味で満足していた。

しかし、今日何度も最高を更新していた機嫌は、モノレール駅手前で、過去最低に近くなる程低下してしまった。

駅で、待ち構えている人が居る。

水色の髪の毛と外に跳ねる癖毛。

妙に自信を持った顔つき。

簪にとっての恐怖の対象。

IS学園生徒会長、更識楯無の姿、扇子をパチンと閉じる音がやけに響いて聞こえた。




年内の更新はお休みしまして、次の更新は1/5とします。
皆さんよいお年を

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