高みを行く者【IS】   作:グリンチ

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つまり、そういうことだったのさ。
詳しくは後書き参照。


6-5 UTモード

真耶の為に用意されていた布団に、文字い通り倒れ込んで体を休める。

火に炙られて熱せられた鉄板に押し付けられたかのような、最早痛みではなく熱流が体を支配していた。

そこら辺に置いてあったタオルを口に突っ込んで悲鳴が出ないように噛みしめる。

部屋から男の呻き声と悲鳴が聞こえるなど、バイオレンスなホラーでしかない。

周囲の生徒へ心配かけないように、この部屋まで我慢したのだから最後まで隠し通したい。

 

「本音、鎮痛剤、強烈な奴を持ってきてくれ」

「うん、氷嚢も作ってくる」

 

痛みなんてない、心配いらないとう顔で、色々と我慢するのも限界だった。

半泣きになりながらも、この部屋まで来てくれた本音に拝み倒すように懇願する。

出来る事なら腕なんて切り落としてしまいたい。

異世界では強化人間だけあって、腕や足のスペアがあったという事実から、大怪我を負った場合は切り落として付け替えていた。

さっさとそうしたい。

魔力が回復すれば直ぐにでも痛みを和らげることに全力を出したい。

ヒュペリオン、イメージインターフェース起動――皮膚装甲展開――操縦者保護開始。

少しだけ気が楽になって気付いたが、知らないISから通信が、それも三十秒に一回のペースで入っている。

 

「誰だ……?」

『潤くん! 何しているの!? 今何処にいるの!?』

 

オープン・チャネルを開くと、鬼気迫る顔をした会長が映った。

忘れていた。

もう、すっかり鈴の事しか頭になくて、会長が護衛に付いていたことなんて頭になかった。

ゆっくり血の気が引いていく。

 

「い、一年が臨海学校で利用している宿泊施設です」

『朝食を持ってきたら部屋にいない……、コア・ネットワークで通信したら電光石火の速さで潜伏モードに移行する……。 色々言いたいことがあるけど、まずは潜伏モードを解除しなさい。 話はそれからよ』

 

記憶が鮮やかに蘇ってくる。

寮でヒュペリオンを起動、空に出て一気に学内領域から離脱した。

そもそも現世代でヒュペリオンに追従できるISは無く、会長が専用機を持っていたとしても追ってはこられない。

その数分後、オープン・チャネルで通信してきたISがあったが、邪魔にしか感じなかったので遮断した後に潜伏モードに切り替えた。

会長が受けた衝撃たるや、黒船が来航した江戸幕府の侍たちより酷かっただろう。

 

「えーと、この度は、たいへん申し訳なく……」

『黙りなさい』

「はい」

 

若干落ち着いたのか、会長はため息を吐く。

どうやら片手間でこちらの位置情報をキャッチしたのか、表情も元に戻った。

 

『全く、護衛の重要性は知っているわよね?』

「分かっています」

『分かってないわ』

 

表情は戻ったものの、顔にはありありと怒気が浮かび、禍々しい雰囲気がある。

自分が悪いと分かっている以上言い訳もできず、さりとて逃げても意味は無い。

 

『お姉さんが何のために護衛に付いているのか分かっているの? それに護衛というのはね、護衛対象が“守られている”事を自覚しないと何かあった場合の存命率は激減するの』

「委細承知しています」

『まったく……。 で、何があったの?』

 

ようやくその質問が来たことに喜ぶ。

ヒュペリオンで移動した理由は、潤にとっては疾しい事は無く、むしろ被害者である。

会長に経緯を話して、受信ログを開示する。

データを受信した会長は暫くそのログを見ていたが、瞳を閉じてゆっくり考え事をしだした。

 

『……ねぇ、なんで潤くんは、これだけの情報で動いたの?』

「はい?」

『だから、情報が少なすぎるし、普通これじゃあ誰も信じないわよ。 身近な先生二人とIS委員会の移動許可? 出す訳ないじゃない、委員会の連中が一個人相手に。 それに織斑先生はキミの怪我を誰よりも知っているのよ? 出す訳ないでしょう、仮にも先生の一人として』

 

一睡もせずに寄り添い、自分の身を顧みなかった潤に怒声を上げた千冬を思い出す。

確かにありえない。

もし仮に、何か重要な案件があったとしても、彼女なら手持ちの範囲で何かしらの対策を練っただろう。

真耶は語るに及ばず、鈴が潤に対して率先してエマージェンシーを出す理由も――――。

 

「あの野郎、知ってやがる……」

『――?』

 

頭をガツンと叩かれた様に、真実が明滅して思い浮かぶ。

鈴の経緯に辿り着いてようやく理解した。

束博士は、鈴――いやリリムが潤にエマージェンシーを出せば、必ず潤はやってくると理解して信号を出した。

それは、鈴と潤ではなく、遙かに根深く誰にも話していない裏側、リリムと鈴と潤の三人の関係について知っている事の証左になる。

会長にはおかしく見えた誘導は、三人の関係とリリムと潤の終わりを知っていれば何ら変な行動では無くなる。

しかし、どうやって……と考えて真っ先に思いつくのは、何一つ分かっていないコアだった。

思えば飛行機事故の段階で、コア側から強い接触が見られていたのだ。

コアの全容をくまなく知っている博士なら、何かしらの情報を得ていておかしくない。

博士が妙にヒュペリオンに執着していたのは、魔法の概念を理解したISについての情報が欲しかったのかで通ってしまう。

 

『知っているって、何を?』

「なんだっていいでしょう」

『なんだっていいって、まったく頑固さんなんだから……。 まあいいわ、今回の件で、あなたの行動原理も分かったし、暫く安静にしているのよ』

「ここに来ないんですか?」

 

それを聞いた会長は、今までの状況から一転、真顔になった。

何か言い淀んでいるのか、形のいい唇を閉じた扇子で隠して押し黙る。

 

『ちょっと核心は言えないわね。 色々省いて言うなれば、少々面倒事があったらしくてね。 私からも申請しているけど許可が下りないのよ』

「……わかりました、機密事なんですね?」

『ええ、もう一度言うけど、安静にしているのよ?』

「はい、それでは……」

 

通信を遮断する。

きっと必死になって探した会長を忘れていたのは申し訳ないが、なんだか丸く収まったようで安心した。

面倒事とはきっと一夏達を巻き込んだ、特殊任務行動の件だろう。

あたり一帯の飛行制限でもかけているのだろう。

外から誰かが歩み寄って来ている音が聞こえるが、どうせ本音だろうとあたりを付けて瞳を閉じる。

その後は逡巡する暇もなかった。

音速超の高速移動で長距離移動した疲労、元来の怪我からくる疲労で体は限界だった。

まるで、機械の電源を落としたかのように、簡単に意識は断絶した。 人はそれを気絶と言う。

 

 

 

夢を、見る

永遠を前に余りに脆く儚い夢

喜びも、怒りも、哀しみも、楽しみも一夜限りの劇場

もう六月だというのに窓の外では雪が降っていた

真っ白な、冷たい雪

この街の何もかもを白く埋めてしまう……雪

どんな想いさえ……どんな傷跡さえ、覆い隠してしまうかのように

そうして何時か、雪溶けの頃には、醜い傷跡は消えているのだろうか

 

 

――自分を裏切ったあの人は、剣を受けてくれなかった

 

 

裏切られはしたが、あれは王からの命令に公爵子女である彼女が逆らえないのは当然であり、避けようがない事だった

騎士の道から逸れ、身体に薬と外道の理で歪められ、怨念で畜生道に堕ち、彼女の前に立った

 

 

――何故切り捨ててくれなかったのだろう、どうせ畜生道を行くならば、その前に彼女に切って欲しかった

 

 

彼女を泣かせるつもりも、謝らせるために決闘を挑んだ訳でもなく、彼女の裏切りを断罪する気もない

ただ、彼女に剣を向けた、哀れな馬鹿をその剣で裁いて欲しかったのに

そんな、泣きじゃくって子供のように謝る、初恋だった貴族の女の子を見捨てて国に帰り、今は新規部隊の連中と顔合わせをする為に専用の住宅施設を歩いていた

 

『……はあ』

 

ちゃんとした自我を取り戻したら、裏切りにあった日から五年が経過していたなんて今でも信じられない

異世界に来た頃よりも衝撃的だったかもしれない

自我を取り戻した潤を、今までと同じく狂犬を扱う様に『国王』を名乗る人物は新たな部隊への配属を言い渡した

暫くは薬物の調整が必要とのことで離反は出来ず、他に行くあてもないので素直に指示に従った

薬を摂取せねば死ぬとのことで、最早鎖に縛られ牙を失った狼という有様である

滑稽だな、と思う暇もなく、廊下の先から泣き声を挙げる誰かが走り寄ってくる

 

『……?』

 

まだ十にも満たないであろう、子供が全裸で走ってきていた

目を擦る、薬が抜けていないだけかもしれな――――幻覚ではなかった

そして、その後ろからツインテールの、こちらも全裸の少女が追いかけている――――幻覚ではなかった

 

『あははっ、待って~、諦めてお姉さんとベッドでネチョネチョしようね~! 逃げたって無駄よ、無駄』

 

人間において自分と同じような生物、人間を大量に殺すという禁忌

ごく少数の人間は何とも感じないが、大抵の人間は殺されることと殺すことで恐怖に駆られる

その中の極めて少数の連中は、精神安定剤や幻覚剤という逃げ道に頼る

この場所に辿り着く前にも、薬を異常量摂取して廃人になった人間を多数見かけた

壁にへばり付き生ゴミのようにだれる奴、自分の爪が剥がれてなお壁を引っ掻き続けている奴、ぶつぶつと何も無いほうを見つめ何かを呟いている奴

全裸で子供、しかも女同士ネチョネチョしようなどと大声で言い放つコイツは、きっとそういう人間かもしれない

 

『ちょっと、なんで邪魔するのよ! 早くしないとあそこが乾くじゃない』

 

服を剥かれた少女を背にして、ツインテールと対峙する

その言い分を聞いて目眩がしたがなんとか耐えた

 

『何をしてるんだ、……貴様は。 というよりこんな年端もいかない子供に何をする気だ、ナニを』

『【自主規制】』

『…………は? なんだって?』

『だから、【自主規制】するって言ってんの。 その子の【自主規制】に【自主規制】を埋めたり、私の【自主規制】とその子の【自主規制】を擦ったり――』

 

考える前に拳が出た

ツインテールが勢いよく宙を舞う

その後四年に渡ってチームを組むことになるパートナーとの、最悪の出会いだった

 

 

 

既に落ちた夕日の名残に照らされて、眩しさからか目が覚めた。

目の付近の濡れた感触から、自分が泣いていたことに気づく。

そういえば、最初の出会いはあんなんだったか。

最初と最後が最悪だったが、まあ本人自体は割といい奴だったのだが、やはり嫌な思い出の部類に入るのだろう。

そして、相変わらず本音は隣で安眠していた。

涎を垂らして、幸せそうに枕を抱きしめて、笑を浮かべながら『えへ、えへ』と言葉を漏らしてひたすら寝ている。

まったくもって色香の欠片もない姿だった。

浴衣がはだけて色々見えそうなのにまったくドキドキしない――大体リリムのせいかもしれないが――浴衣を直すわけにもいかず覚束無い手でなんとかシーツをかけた。

そうやって再び瞳を閉じて寝ようとしたが、扉を叩く音に邪魔されて寝付けなかった。

 

「小栗、起きているか」

 

入ってきたのは千冬と、不満げでいて決意の瞳をし、車椅子を押している真耶の姿だった。

そして、千冬は、初めて見るISスーツを着用していた。

 

「起きてますよ、入っても大丈夫です」

「入るぞ。 ……さて、大変申し訳ないが、お前の力を借りたい。 詳しい話は……ここでは出来ないな、山田くん、小栗を車椅子に」

「織斑先生、私は、やはり反対です。 小栗くんは見た通り重体ですよ?」

「その話はもう済んだことだ。 それに事態がどう転ぶか分からない限り、次善の策を用意せねばならない。 条件に当てはまる手駒は小栗しかないんだ。 それにアレに対抗できる人材は少ない」

 

車椅子に乗せられている間、真耶はずっと異論を唱えていた。

事情を飲み込めない潤だったが、二人の遣り取りからISを使った戦闘を想定していることを覚悟する。

自分の怪我に不安もあるが、問題はラウラ達がどうなったで説明してもらいたいが、流石に廊下では答えてくれないだろう。

そのまま車椅子に乗って旅館の一番奥に設けられた宴会用の大座敷・風間の間に移動する。

内部は薄暗く、大型の空中投影ディスプレイが浮かんでいた。

 

「では、順番に説明しよう。 三時間ほど前、ハワイ沖で試験稼働にあったアメリカ・イスラエル共同開発の第三世代型の軍用IS『シルバリオ・ゴスペル』、銀の福音が制御下を離れて暴走。 監視空域を離脱したとの連絡があった」

「第三世代の暴走……。 ということは巡航速度等の機動問題からエネミーターゲットを補足できないので、専用機を集めたわけですか」

「そうだ。 衛星による追跡の結果、福音はここから二キロ先の空域を通過することがわかった。 量産機では接敵すらできない事から正面戦力には束の推薦から織斑と篠ノ之の二人を投入、教員は訓練機を用いて海域を封鎖を実施した」

「軍用機を奇襲から一撃で落とせるから、ですね?」

 

頷く千冬を見るも、まともな訓練をしているであろうセシリアとラウラを除いたのか、と潤は少し怪しんだが黙って説明を聞く。

会長が宿泊施設に来れなかったのはアメリカからの圧力だったのだろう。

 

「そして二時間前に織斑と篠ノ之が出撃、接敵に成功するも海上封鎖に漏れがあったらしく船が戦闘領域に存在し、それを庇って織斑が敗走して作戦は失敗」

「では、私の任務はシルバリオ・ゴスペルとの戦闘ですか?」

 

ヒュペリオンは第三世代の標準装備における最速の機体。

パッケージと呼ばれる換装装備、専用機だけの機能特価専用パッケージ、オートクチュールも必要とせずに可変装甲を展開すれば換装も必要もない。

ラウラ戦以降可変装甲の展開が上手くいかないが、足止め程度ならやりようはある。

千冬がISスーツを着込んでいる以上、潤が足止めをして千冬が戦うのだろう。

しかし、潤の予想に反して千冬は首を横に振った。

 

「その後、居残っていた専用機組が篠ノ之と合流して再戦を行った。 各々オートクチュールを用いた良いコンビネーションで戦ったが、福音のセカンド・シフトで戦況は一変した」

「セカンド・シフト……」

「ところが面白いことに織斑も同タイミングでセカンド・シフトが行われ、それによって福音は倒されたかのように思われた――問題はその後だ」

「零落白夜を使用したのならエネルギーはゼロになったのでは?」

「UTモードが発動した」

 

その言葉で、潤が呼ばれた理由は明らかになった。

UTモード、誰にも明らかにしていないが魂魄の能力者と、旧科学時代のパワードスーツのトレース状態。

超常兵器はともかく魂魄の能力に対抗できる人間は少ない。

学年別タッグトーナメントでのラウラがその状態になったが、教師陣は誰もそれに対抗できなかった。

唯一潤を除いて……。

 

「何故UTモードに移行したのか、何故あんな外見なのかは定かでないが、問題は周囲で動けなくなった代表候補生たちだ」

「任せてください、俺ならあいつのマインドコントロールを突破できます」

 

魂の呪縛を無力化できる潤が戦うのが筋、その考えは変わらない。

 

「ああ、無茶はするな。 本命は私が専用パッケージを換装した打鉄を用いることで、お前の目的はその間、UTモード」

「……それにしても、中国とあの機体の関連性は本当にないんでしょうか?」

 

意気込む潤の隣で、真耶がポツリと呟いた。

その内容に、ほんの少し、何故か潤は不安を覚えた。

その時、なぜか物凄く怖くなった。

理由なんか一切分からず、何故かそれ以上真耶の言葉を聞くと酷い事になる気がした。

後に思えば、それは潤の能力が促した予知だったのかもしれない。

 

「中国もその情報を聞いて混乱中だ。 私たちが言っても仕方があるまい」

「しかし、鈴さんとまったく同じ姿をしたUTモードだなんて、誰だって中国との関係性を疑いますよ?」

 

鈴とまったく同じ姿をした、魂魄の能力者。

潤の胸が、ズキリと縛られたように傷んだ。

慌てて画面の開示を要求すると、その画面に写っていたのは――――――紛れもない、リリムの姿だった。

 




フゥーハハハ、つまり潤のラスボスはリリムだったのさ!

鈴とリリムの容姿が似ている等は、潤とリリムの関係をわかりやすく説明させるためで、容姿の設定はそれを補う為のもの。
何故鈴が選ばれたかは、登場するタイミング上扱いやすかっただけに過ぎない。
鈴にヒロインフラグがある? はいはい、ワロスワロス。 トラウマフラグしかない。
UTモードもこのための布石。

さて、何人この展開を予想できたかな?

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