4-1 FIF-P00X
六月 第一日曜日 フィンランド
パトリア・グループ本社 IS試験用海上アリーナ。
パトリア・グループが既存の量産型ISのカスタマイズから、自社開発へ切り替えた情報は政府側にもたらされていた。
現在フィンランドの軍用ISは、他国の機体に依存している。
ライセンス生産は政治のカードにも使えるが、自国の安寧を他国に委ねるのは勇気がいる。
もし、パトリア・グループがISを自社開発でき、それが信用できる機体であればそちらを使用したほうが良い。
デュノア社等を中心に、簡易パーツを五割ほど使うらしいが、パーツ程度なら幾らでも抜け穴はある。
そんな声が議会で発せられ、パトリア・グループ本社のIS試験用海上アリーナには各部門の政治高官が集まっていた。
『FIF-P00X、発進スタンバイ。 パイロットはEEG、可変装甲、特殊関節機構を排除した量産機状態を装備。 プラットホームセットを完了。 カタパルトオンライン。 FIF-P00X全システムオールグリーン。 ハッチ開放、進路クリア、FIF-P00X、発進。 我が社の機体が、祖国の安寧の礎とならんことを』
FIF-P00X――遂に日の目を見た、フィンランド初の国内開発第三世代を目標とした試作型IS。
今日の機動実験では第三世代の目玉ともいえるイメージ・インターフェイスを用いた特殊兵器は意図的に搭載を避けた。
世代的な考え方としては第二世代にダウングレードしたが、純然たる性能は第二世代を大きく突き放していると言っても問題ない。
むしろ特殊機能の全てをパージすることで拡張領域が増加し、後付武装が多く持てるようになった。
そして機体の安定性は向上し、より運用面と信頼面が向上した実戦向きとなり、そういった意味で美味しい機体となったと言えるだろう。
「射撃体勢時に反応の遅れあり、〇.一九二の遅延発生。 データ取得開始します」
「近接攻撃時、予測と実機に角度のズレ発生。 到達点にて四度ほどの誤差あり」
「順次解析始めます」
政府の高官を背に緊張した面持ちだった開発主任だったが、入ってきた報告はテスト段階において、充分許容範囲内の問題点だった。
現在搭乗中のパイロットが、モンド・グロッソ機動部門四位入賞者という経歴の持ち主であり、これを基準に考えることは出来ないが。
「ふむ、細かい部品をデュノア社製に頼ることで信頼性、整備性、量産性も高い」
「それでいてラファール・リヴァイヴの性能は上回っている。 我がフィンランドでこれだけ高性能な機体を開発できるとは」
「しかし、これはこれでいいとして、この専用機に用いられる予定の新技術。 今のこの安定性をぶち壊しかねない技術だ。 世界に二人しか居ない貴重な人物をこれに乗せて、本当に大丈夫なのかね?」
高官らの手に渡されている極秘資料。
量産型と違い、個人機にのみ付与される既存の各国第三世代型ISとは違ったコンセプトを持つ特殊装備。
特殊間接機構とそれを補助するナノマシン、後付武装と違い、戦闘中に超高機動モードに任意変更可能な可変装甲。
ビット兵器と、機体各部をより効率的に、そして緻密に操作可能な脳波制御装置。
こと機動に関しては現存する第三世代を一世代分置き去りにしている。
その代償は――
「つい一週間前、貴重なパイロットを病院送りにしたのだ。 ことは慎重に運んでくれ」
「承知しております。 先日の事故原因となった瞬時加速のN字移動は、完成版ではセーフティーロックをかける予定です。 それにそもそもあれは現状小栗氏だけしか使いこなせない専門装備ですので、あれならGも軽減できるでしょう」
「モンド・グロッソ機動部門四位の人物が匙を投げるほど操作性が悪く、繊細な動作を求める装備を機体各所に散りばめたものがかね? そんな代物作ってどうする気だ」
Ver.一.〇はパイロットにとんでもない高負荷を与え、初試験で企業に所属するパイロットが病院送りになった。
絶対防御、シールドエネルギーに守られてなお、特殊な耐G訓練を受けなければ乗ることもままならない。
特殊間接機構にも問題が残っている。
機体を内部から守るためのナノマシン保護機構だが、反面外部衝撃に非常に弱い。
これらを省いた機体は、目の前で華麗に標的を壊していくというのに。
多くの視線を釘付けにする紅のラインが禍々しい漆黒の最新型、FIF-P00X。
完全完成には、まだほど遠い機体であった。
フィンランドで試作型が出来上がりつつある潤の専用機、そのパイロットは休日トレーニングルームに通っていた。
耐電訓練、耐G訓練、一体何に乗せる気なのか、付き添いの真耶も首をかしげる有様である。
ISにジェット機の様なGがかかるの? 電気で動くの? しかも多少漏電するの? それ生徒を乗せて大丈夫な機体なの? 指定された訓練用電力をセットしている間、心配そうに真耶が質問してきたが、あいにく潤も知らされていない。
何やらフィンランドで人為事故が発生して、パイロットが入院したと聞いたがそれだけだ。
「小栗くん、どうですか?」
「……まぁ、充分耐えられる範囲ですね」
パトリア・グループ特注品のISスーツ、その上から、地肌から多数のケーブルを張り付けて電気を流す。
機体が届くまで毎日最低30分はやって下さいと言われたので、日曜日には耐電、耐Gの両方を実施する。
「そ、その、ですね……。 質問して良いですか?」
「訓練中は座っているだけですし、何でも聞いてください」
この訓練は本当に暇で、電気が流れている間中、座っているしかない。
ほぼ全身に電気を流すので、全身から汗が出るから雑誌の類も持ち込めない。
答えると顔を赤くした真耶は、潤の背中やら肩やら腕やら腹を恐る恐る触りだした。
「お、男の人って……、みんなこんな……。 あ、アスリートのように鍛えているものなんですか? わ、私、同じ位の年齢の異性とは、その、親しくなったことが無くて、よくわからないんです」
「いや、人それぞれだと思いますよ? 鍛え方から考えれば一夏くらいでも良く鍛錬されている方だと思います」
真耶の手があちこち移動する。
男に触られていい気はしない、かといって女性にペタペタ触られるのも何かくすぐったい。
息が耳にあたってこそばゆい。
「山田先生、近いです」
「ち、違いますよ! 誘惑していたとか、そんなんじゃないですよ! 私と小栗くんは教師と生徒なんですから!」
慌てて距離を放して弁解する真耶。
何時ものあたふたした子犬の様な姿、以前の話から腕利きらしいがその片鱗はいまだ見えない。
翌日、何故か久しぶりに一人で起きた本音に感心した。
無人機事故、表向きは実験機暴走事故で本音と呼んだのを機に、名前で呼ぶことになりました。
なんでも『かなりん』と一緒に食べる約束をしているそうで。
今度から、いつも今日みたいに起きてくれれば嬉しいんだが、と眠い目を擦りつつ寝巻のまま部屋を出ていく本音を見送った。
仕方なしに癒子とナギを待っていたら、癒子も相川なる人物と共に別のクラスの人と食べるらしい。
噂がどうのこうのと言って朝早くに食堂に向かったらしい。
食堂で二人、何時もより静かに食べていたら女子に囲まれた。
「小栗くん、あの噂ホント!?」
「噂?」
「今度の学年別個人トーナメントで優勝すると織斑くんと付き合えるって噂!」
ナギと顔を見合わせる。
噂ってそういうことか、そして癒子と本音は拡散しに行ったと。
何か、本音に伝達役をさせることに一抹の不安を感じる。
「同じ男の子でしょー? 何か知ってない?」
「ところで小栗くんは? 優勝したら何かしてくれたりしないの?」
「織斑君より小栗君の方がいいって子もいるよー」
「物好きがいたものだな」
さて、どうしたものか。
まあ、今回は織斑先生の『ドイツ軍に所属して時の教え子を1組に迎え入れることにした。 これで防御態勢も完全に整う』と言って次の学年別個人トーナメントからは全力を出していい、と太鼓判を押されている。
専用機の完全完成には、全力のデータも必要。
そして全力で戦えば、おそらくその教え子とやら以外に負ける要素は無いと潤は踏んでいる。
つまり、その噂の真偽はともかく噂の成就はありえない。
女子の純情を弄ぶようで嫌な感じもするが、この程度の安請負で相手が委縮するのを防いで正確なデータが取れるならば……。
「優勝できるのなら、俺は構わない」
ナギの信じられないという目、そして食堂の一角がわいた。
と、いうことがあったのに、問題は教室で一夏と何でもない会話をしている時に判明した。
「それで、昨日は何してたんだよ?」
「昨日耐G訓練やったんだけど、どうやら山田先生が設定をミスったようでな。 耐Gを考慮したISスーツ着てたんだが不意に九Gまで上がったらしくて気絶してた。 起きたら山田先生がわんわん泣いて謝ってきて、織斑先生から説教受けてまた泣き出して大変だった。 部屋で説教はじめんな、素直に休ませろよ。 間接とか節々未だに痛い」
「九Gって人間の限界だったっけか。 災難だったな」
一夏に日曜日、家に帰るついでに、町の案内や、馴染の食堂へ行こうと誘われたが、訓練の為に固辞した。
非常に残念そうだったが、生徒会のメンバー全員に用事があったとのことで外出不可、らしい。
学園からの個人外出は、しっかりした教師陣のサポート体制と、潤の個人機の完成まで止めてほしいとのこと。
流石に一夏には、こういう大人の事情は説明されてないらしい。
「そりゃ、そうだろう。 ――それはそうと、なんか校内が騒がしくないか?」
「今度のトーナメント、優勝したら何かあるって話らしい」
「それって箒と俺の話か? 確かに『私が優勝したらつきあってもらう』って宣告されたけど」
「ちょっと待て。 箒と、お前が、なのか?」
既に、噂の元が大きく違っている。
箒が優勝すると、一夏とつきあえる。 から、一番大事な『箒が』が抜けている。
「今日は、なんと、転校生を紹介します」
ホームルームが始まり開口一番、真耶が潤の入学当時と同様に言い放った。
千冬が言っていた教え子到来か、と潤も注目していたが、別の意味でクラス全員が注目していた。
なにせ、入ってきた転校生は、今まで二人しかいなかった男用にカスタマイズされた制服を着ていたのだから。
「シャルル・デュノアです。 フランスから来ました。 皆さん、よろしくお願いします」
「男の子……?」
「ええ、僕と同じ境遇の男性の方が二人いると聞いて」
人類三人目の男性IS適合者。
クラスは女子の歓声に包まれた。
F - Finnish(フィンランド)
I - IS(インフィニット・ストラトス)
F - Force(軍)
P - Plane for one's personal use(専用機)
00- 製造番号(00は未完成)
X - 未知技術使用や実験機の意味