高みを行く者【IS】   作:グリンチ

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どうしよう。
前書きに書くことねーわ


3-5 わたしの、最低の友達

『俺を踏み台にしたなー!』

「しょうがないだろ、カスタム・mkⅡは機動性が前より落ちているんだ。 2人とも助けるにはああするしかない。 ――来るぞ!」

『はぁ!?』

 

何がだよ、と聞き返す暇もなく無人機がビーム砲撃を繰り返す。

 

「さけろ、馬鹿」

 

一夏が反応する前に、再び潤が白式を踏み台にして宙に飛ぶ。

再び地面に迫る白式。

機体制御が安定したのは、地面一メートルを切ったところであった。

 

『殺す気か!』

「絶対防御がある。 死にはしないさ」

 

無人機はコマのようにまわり、二人の目の前に接近してきた。

腕からビーム砲が連射され、相次ぐ振動と爆発音がアリーナ中に響く。

凄まじい回転の最中に方向転換し、今度は下方から跳ね上がる。

迫りくる機体から、打鉄、白式共に左右に分かれるように回避した。

 

『鈴! 鈴!? どうした、答えてくれ、鈴!』

 

空を舞った状態で一夏が吠えた。

ISのセンサーの先では、地面から這い出たもののアリーナに無防備に立つ鈴の姿があった。

無人機は、左右に分かれ距離を取った男二人から離れると、猛然と鈴の甲龍へ向かって突き進む。

 

『鈴!』

 

そして、今まで無防備だった鈴は何をするでもなく無人機の拳に直撃し――不思議なことが起こった。

当たった拳を起点にし、体を反転させ青竜刀で無人機を切り付ける。

惚れ惚れするような精密な機動制御、そこから殴る蹴るの連続、距離を取った無人機に龍咆連射。

近接格闘型パワータイプの連撃に、無人機は無様に地に転がるしかなかった。

 

『何慌てているのよ、坊や。 舞台は今一番いいところじゃない』

 

その声は、一夏が共に過ごした鈴の声ではなく、鈴の皮を被った何かの様だったが。

 

 

 

 

 

 

地面に墜落した鈴は、空を見上げて白式と打鉄を見上げた。

一夏は少ないエネルギーで無茶しながら戦っている。

約束を勘違いして、成長しない胸の大きさに指摘して、相変わらずの朴念仁。

再開したらあれやこれや、甘えたり、一緒に訓練したり考えていたのがパーになってしまった。

それにあの台詞、『鈴は、俺が守る!』色々あったけどやっぱり一夏は鈴の大好きな一夏のままだった。

これが終わったら謝ろう。

二人で謝りあって、また前みたいに一緒にはしゃごう。

時間はたっぷりあるんだから。

 

そう思って一夏曰く『潤が無人機って言ってた』と評する無人機を見る。

そして、その近くにいる、小栗潤を見る。

あの男の近くにいると鈴は何時も妙な気持になる。

好意ではなく、憎いような気もする。

しかし、潤をからかったり、愚痴ったりすると元気になる。

胸をせりあがってくる感情は、稀に存在しないはずの記憶をも齎してきた。

 

 

初めて会ったとき殴られたこと。

 

古めかしい剣を持った一団から命を救われたこと。

 

極寒の最中川に飛び込んで逃げて、互いに裸になり体温を分かち合って夜を明かしたこと。

 

任務先で義理の両親を命令で殺め、錯乱して泣き疲れて寝たアイツに布団をかけて隣で寝たこと。

 

そして、エマージェンシーを出して、両手両足を切断して自殺したこと。

 

 

殆どの記憶はありえないものばかりで、中には顔を真っ赤にするような内容もあった。

しかも自分は最後に自殺する。

流石に自分が死んだ夢なんて、冗談でも見たくないし、あれが幻だとわかる。

あの二人と協力して、あの無人機を落とそう。

エネルギーがほぼMAXの状態の潤を主体に、一夏と連携する。

もしくは潤と連携して、一夏に奇襲攻撃をさせる。

先ほど一夏に翻弄され、落とされかけたが、今度は失敗しない。

潤と組めるかどうかは、分からないが……。

 

 

 

――…どきなさい。 おぼこには荷が重いわ。

 

 

 

その声に、小栗潤と組むに最適な情報が記憶となって頭に上書きされていく。

鈴の意識は、こうして半眠状態となった。

 

『潤クロスレンジ、一夏強襲、フォーメーションΔ』

『鈴、何言っているんだ? 大丈夫か』

 

飛来するビームを青竜刀で弾きつつ、鈴が高度を上げる。

潤は鈴の姿に対して、変に嫌悪感を表していたが、敵機に対して高度を合わせ徐々に接近しだした。

一夏の位置から三人が三角形になる。

一人増えたが、相手の戦力未知数で武器の威力も高く状況は良くない。

その中で鈴は不敵に笑って、チャームポイントであるリボンを振りほどいて声を張り上げた。

 

『さあ、主演女優の到着よ。 派手に行きましょ!』

 

振りほどいた髪の毛が、宙に舞うその姿に一夏はちょっと目を奪われた。

謎の様変わりをした鈴に目を奪われている男が居る一方で戦局は動き出した。

間断なく降りだしたのは、無人機からのビーム砲弾。

アリーナは強力無比な爆薬を縦横無尽にばら撒かれたかのような惨状を呈していた。

 

「一夏、バリア無効化攻撃は使えるか?」

『それより、鈴の様子がおかしんだ、 あいつどうしたんだ?』

「……わからんが、大丈夫なんじゃないのか?」

 

一夏の目の前では砲撃を、同じく龍咆で打ち落とし、打ち漏れたものを青竜刀で迎撃している鈴の様子がある。

潤には嫌な予感と共に説明できるだけの予測がついていたが、流石に魔法的な概念を説明するわけにはいかず答えをはぐらかす。

 

『で! バリア無効化攻撃で何するんだ?』

 

鈴が相手の射線上から大きく退いたため、一夏や潤にも攻撃が来る。

それを大きくかわしながら、二人は尚もプライベート・チャネルで会話を続けた。

 

「バリア無効化攻撃を使い、救援部隊の通路を確保する」

『シールドエネルギーが足りない。 もう使えないな』

「……よし、龍咆と俺のビームライフルから、スラスター越しにエネルギーを内部に取り込もう。 いいな、鈴!」

 

その声に答えることもなく甲龍は無人機に突撃した。

潤も合わせて接近していく。

放たれたビームを回転しながら左右に少しだけ移動し回避して、甲龍と打鉄が肉薄する。

急接近した鈴も牽制したが、瞬時加速した鈴は既に懐に潜り込んでいた。

 

『俺はどうすれば!』

『一夏はスラスターをあたしと潤に向けて回避に専念。 まぁ、まかせなさい』

『女の子を前衛にして後ろで待つなんて……』

『一夏にはおっきいの入れてもらうんだから、後ろに居なさいな。 堪え性が無いと女に嫌われるわよ? それとも何、女の子と良いことしたこと無いの? まさかその歳で童貞?』

『なっ……』

『あら、本当に童貞なの? 何なら私が――「無駄口を叩くな」、はいはい』

 

変な受け答えをしつつ、鈴は青竜刀で攻撃している。

その笑みは、一夏が今まで見てきたどんな鈴より女らしく、艶やかな表情だった。

鈴の青竜刀が宙を舞う。

無人機は咄嗟にスラスターを使って回避するも、その先には既に刀を振りかぶった潤が居た。

防御も回避もままならず、間合いを詰めた鈴からも攻撃を受けて転がる。

 

『「一夏っ、スラスター!」』

『お、おう』

 

今まで碌な有効打を与えることが出来なかった無人機相手に、近接を仕掛けた二人は見事に攻撃を加えている。

その光景に少し唖然としていた一夏であったが、通信から入ってきた二人の声で当初の目的を思い出した。

急いで背を向けると、ほぼ間髪入れずにビームと龍咆が着弾した。

エネルギーは現在四十。

このままいけば次の着弾時には救援が呼べる。

救援まで、二人に玩具にされている敵機が持てばだが。

目の前の二人のコンビネーションがおかしい。

攻撃を狙っているようでありながら、その目的は相方への攻撃援助である。

行動のタイミングがずれたと思えば、それは相方が回避するタイミングに合わせた調整である。

常に攻撃は最も意識のズレが発生する百八十度ライン。

それを常に動き続ける相手にやってのけている。

例えどんなに訓練しても、相方次第では決して辿り着けない境地のコンビネーション。

 

前方に展開された両椀が最も遅く到達する場所を的確に見極め反転。

刃の方向を体で逸らすと懐に飛び込んで、二閃、三閃。

小回りを土俵にされてはかなわないと判断した無人機は、潤から距離を取ろうとするも、背後から絶妙なタイミングで青竜刀で切りつけられて元の位置へ。

再び潤の打鉄の間合いに入ってしまい、耳を劈く不協和音の木霊と同時に装甲が切り刻まれていく。

絶対防御に守られている箇所以外が、音が鳴り響くたびに飛び散る。

 

『なにゆえもがき生きるのか!?』

「滅びこそわが喜び! 死にゆく者こそ美しい!」

『「さあ、わがうでの中で息絶えるがよい!」』

 

潤も鈴も今まで見たこともないようなハイテンションで無人機のキャッチボールを続ける。

壊れたパーツが互いにぶつかり合い、まるでISが人間と同じく悲鳴を上げている様だった。

無人機を中心に、円を描きつつ打鉄と甲龍が武器を振るう。

二人から離れていた一夏に正面を向けると、無人機はそちらに向かって移動した。

それは、どちらかというと逃走であり、無論潤も鈴も逃がす気はなかった。

二人同時に瞬時加速を使い一気に距離を詰めると、示し合ったかのように潤は下部に、鈴は上部へ武器をふるう。

 

「抗えっ! せいぜい抗うがいい!」

『追い詰められ! 命からがら見せる抵抗こそ、美味! 潤!』

「鈴、肩だ!」

 

言うや否や、潤が登場した時のように鈴がアンロック・ユニットを足場に無人機の上部に旋回する。

潤も蹴られた反動を利用して下部に旋回した。

遅れながら二人の間に無人機の両椀が空を切り、再び息の合った刀と青竜刀の二本によって押し出される。

 

『「一夏っ、スラスター!」』

 

一夏はここでようやく二人の思惑を知った。

無人機は大振りをした挙句、背中から攻撃を受けて一夏に背を晒して制御不能状態でいる。

二人は双子と見舞うかのように息を合わせて、一夏の背後で互いのエネルギー武器を構えた。

 

『オオオオオ!』

 

二人のエネルギーを湯水のように受け、一夏の白式が加速。

雪片弐型は驚くほどの光量を発し――無防備状態になっていた無人機の胸部を貫いた。

 

『よっしゃあ!』

 

遂に沈黙した無人機。

確かな感触を手に、一夏が手を挙げる。

 

『ふぅ、終わった、終わった。 リボン付けないと』

「鈴、……いや、リリィ、俺はお前にあや――」

『そこまでよ。 私たちはお互い巡り合せが悪かったのよ。 何も謝る必要はないわ』

 

プライベート・チャネルでの会話。

潤は気付いていた。

これは鈴ではなくリリムだと。

時に双子は離れ離れになった片割れの感情や、危機を察知することがあるという。

夢であったり、興奮状態を共感したりするその現象。

共感現象とは、魔力の波長、発生した能力、宿った魂に至るまで酷似した人間同士が引き起こす現象。

本来ならば【魂魄】という能力に目覚めなければ、赤の他人と共感現象は発生しない。

魂とはそのまま人体や動物、果てや植物や道具に至るまで宿る魂のこと。

魄とは体、つまり魂を宿す器を意味する。

試合前、変な感情を潤が受信したのも、誰かの『魂』が露骨に潤に向いていたからに他ならない。

 

『潤、最後はあんなだったけど、助けに来てくれてありがと』

「……俺は、お前を、助けてやりたかった。 嫌な奴で、馬鹿みたいで、何時も自分の趣味ばかりで仕事もしないけど、――おまえは、俺の、大事な友達だったのに」

『私が死なないと本心が分からないだなんて、相変わらず感情を表に出せなくなった人形のような子。 笑いたいときに笑えなくなれば死んだも一緒、って教えたのに』

「リリム?」

『さようなら』

「リリム!? おいリリム!」

 

プライベート・チャネルが切れ、鈴が一瞬ふらっと倒れそうになった。

気付いた一夏が鈴を支える。

一夏の腕の中で赤く染まる鈴の顔に、もう潤の知っている彼女の面影はなかった。

能力が開眼してある潤、その彼と戦闘状態で接近したことで、鈴の中にある魔力的資質が触発されたのだろう。

未発達のまま、部分的に能力が開花し、ついていけなくなった身体が限界を迎えた。

そう、恐ろしい事に鈴には【魂魄】の適性があった。

これが鈴にリリムが憑依した一つ目の理由。

このまま鈴の中の魔力を刺激し続ければ、おそらく彼女はリリムと同じ能力に目覚める――が、この世界で魔法の力に目覚める必要なんてないだろう。

 

「一夏、鈴はきっと連戦で疲れたんだろう。 医務室に連れってってやれ」

『あ、ああ。 無人機は……』

「三年に引き継ぐまで、俺が見ておく。 心配するな

『頼んだぞ』

 

今回、鈴にリリムの感情が宿ってしまったのは、本当に奇跡としか言いようがない。

小栗潤と、凰鈴音は共感現象が起こるほど近しい存在だった。

そして小栗潤と、リリムもその関係に準じ、凰鈴音とリリムも共感現象を起こせる。

リリムと鈴が共感できる状態であり、潤と鈴も共感できる状態だった。

思えば、鈴がIS学園に接近しただけで予兆はあった。

 

 

『滅多に見なくなったリリムの死んだ夢を見たこと』

リリムと鈴の能力に反応して、とっくに死んだはずのリリムに共感して夢を見た。

 

 

『魔法を使うものが居ない世界で、感知出来るほどの魔力の波を感じたこと』

潤に共感した鈴が一時的に魔力に反応して、知らず知らずの内に波を出していた。

 

 

『朝から食いたくもないラーメンを、何故か食べたくなったこと』

鈴に共感した潤が、鈴の好物のラーメンを食べたくなった。

 

 

『あいつに絡むと元気になる、と新聞部副部長は言った』

潤に共感した鈴が、潤の精神状態に引っ張られた結果、怒りや興奮が普通の状態に戻っていった。

逆に鈴に共感した潤の機嫌がどんどん悪くなった。

 

 

そして、今回。

潤の魂に色濃く残るリリムに共感して、一時的に鈴が乗っ取られた。

だから、戦闘終了後にリリムは消滅してしまった。

 

名残惜しい。

 

胸を壊すほど狂おしい感情は、あの世界を思い出すリリムを求める心。

しかし、このままでは鈴の魂そのものが、リリムに乗っ取られてしまいかねない。

流石にそこまでして、リリムを望んでない。

それに、乗っ取られる前に鈴はリリムの全てを知るだろう。

 

その死を、鈴は体験しなければならない。

 

共感現象が起こるほどの人間と死別すると、その死に共感して必ず発狂する。

そんな悲しみを、あんな苦しみを鈴に与えるわけにはいかない。

そうだとも、――居なければ、失わない。

覚醒すれば鈴は苦しむ。

潤もまた、鈴と離れても、鈴が死んでもそこまで苦しくはならない。

 

だけど……

 

「なんで、こんなに悲しいんだろうな」

 

呟く声に答える人は誰もいなかった。

 

 

 

 

 

「中国政府から、鈴さんのデータに関して質問が来てますが」

「そうだろうな……」

 

諸問題を実験機の暴走として片付けたIS学園だったが、各国政府には色々借りを作ってしまった。

特に実際戦闘した中国日本両政府には詳細な報告をせずにはいられなかった。

そこで発生した新たな問題。

 

凰鈴音の機動制御、射撃制度、近接戦闘の異常。

 

中国で取った訓練データの百二十%~二百%ほどの精度を誇っている。

戦闘中にとれたデータを見れば、IS適正が【S】相当。

この戦闘の精度を見れば普段の【A】相当の適正では出せない境地である。

適性【S】を出した者は世界でもヴァルキリーやブリュンヒルデ位しかおらず、数週間の学園生活でこれほどの変化を見せた者は前例に無い。

そして、そのデータが取れた場面が、小栗潤と連携を始めた直後。

 

「それにしても凄い戦い方でしたね。 もしモンドグロッソにコンビネーション部門があったら優勝間違いなしです」

 

真耶が無人機のデータ画面から、無人機と戦った潤と鈴の映像に切り替える。

モンドグロッソ総合優勝者の千冬ですら、驚くような息の合った、ハイレベルな攻撃をする二人。

そして、セシリア戦ではIS適正【A】程度だった潤も、連携のあいだにおいてはどう考えても適正【S】レベルの制御をしている。。

 

「何か、私の知らない何かがあの二人にはあるとでもいうのか?」

 

画面の二人を睨みつけ、かつて最強の名前を欲しいままにした女傑は考える。

普段見ないような艶やかな表情を浮かべる鈴と、楽しそうでいて獰猛な表情を浮かべる潤。

 

「これが、あの凰の顔か……?」

 

一夏が連れてきた、記憶の中にある凰鈴音。

潤と共に、楽しそうに笑う凰鈴音。

限りなく似ているけど、あれは、多分違う。

どうしてか分からないけど、そんな気がして、そしてそう思ったと同時に、千冬の全身に鳥肌が立った。

 

「小栗。 お前は何者なんだ」

 

その千冬の知らない鈴と、信じられない連携を行う潤。

千冬の勘は、鈴の豹変の原因を潤にあると訴えかけていた。

 

 

 

---

 

 

 

千冬が潤に疑問を投げかけている頃、潤と鈴、一夏は報告書の提出を義務付けられ、とある一室に釘付けになっていた。

とはいっても、提出する報告書はIS学園が定めた指針『実験機の暴走事故』という表向きの言い訳を軸に作ることになっているので、ほぼ適当な内容になっている。

 

「よし、千冬姉が作った下書き、書き写せた。 二人はどうだ?」

「中国向けのがまだ。 潤は?」

「……なぜ、俺は学園長と生徒会長向けと、織斑先生向けが追加されているんだ? ぜんぜん終わらん」

「そう、一夏! 手が空いたんなら、飲み物持ってきてよ」

「よし、鈴は、……烏龍茶ね。 潤はコーヒーでいいか? ……金は?」

「一夏のおごりでいいでしょ。 私も潤も忙しいの」

「へいへい」

 

何故かIS学園向けの一枚しか報告書が無かった一夏がイチ抜けになる。

手の空いた一夏を、絶妙なタイミングで飲み物を買いに行かせる。

この辺の扱いは、一緒にいた月日を思わせる。

一夏が部屋から抜け、鈴と潤が紙に書き込むペンの音と、窓からさしいる夕日がオレンジ色だけが残った。

 

「ねー、潤」

「なんだ?」

「こんなこと、あんたに聞くことじゃないって分かるんだけどさ、それでも、少し相談させてよ」

「好きにしろ」

 

一夏が出て行って、少ししてから徐に鈴が口を開いた。

潤が鈴に視線を向けるも、鈴の目は報告書から離れない。

しかし、雰囲気からは不真面目なものは感じない。

 

「私、日本から一旦中国に帰ったんだ。 その理由がさ、『両親の離婚』なんだよね。 なんなんだろうなぁ、あの二人。 私の両親なんだけどね」

「そうか」

「お互いが好きで結婚して、お互いが好きで子供作ったのに……、私が子供の頃はお互いに大好きだったのに。 中学生になって私が中国に行ったときには、二人ともお互いが大っ嫌いだったみたい」

「それで?」

「私、好きな男の子がいるの。 馬鹿だし、シスコンだし、糞真面目だけど、優しくて、いい人だよ。 ……ねぇ、私のこの『好き』って気持ちも何れ『嫌い』になっちゃうのかな?」

 

否定できないな。

そう思うしかない。

変わらないものなんて何も無い。

だけど――。

 

「リリィ、俺たちは人間なんだ」

「ちょっと、今、私のこと妙な呼び方しなかった?」

「黙って聞け。 どんな思いも、必ず朽ち果てる、それは人である以上必然だ」

「……そっか」

 

鈴が少し沈んだ表情をする。

だけど。

そう、だけど、だ。

死んだ人間を想い、今なお面影が似ているだけの人間に縋りかけている自分がいる。

 

「だから、思いをなくしてしまわないように、人は思いを重ねる。 無くしてしまわない様に、大事な思いを重ねて、新しくしていくんだ。 相手が死んでいようが、生きていようが関係ない」

「……」

「お前の親御さんは、『好き』って気持ちを重ねられなかっただけだ」

「なる程」

「お前にとってその人は大切な人なんだろ? だったら思いを重ねるのは簡単なはずだ。 それ程、軽い思いで好きになった訳でもないんだろ?」

「――勿論。 そっか、そうだよね。 新しい魅力を見つけないと、古い魅力は無くなってしまうかもしれないしね」

 

なんだかんだいって、鈴の中に答えは既にあったのだろう。

少し背を押すだけで解決したようだ。

元々一夏を追ってIS学園まで来たような強い思いがある。

自分がこれからやろうとしていた事と、潤のアドバイスが似通っていたのも無関係ではないだろう。

 

思い続ける限り、想いは朽ち果てない。

 

胸に手を当てる。

リリムの魂魄の適正は記憶や人格の上書きなど。

潤の中に、リリムの魂が残っている。

消そうと思えば、何時でも消せるのに、消そうと思うたびに、これを消してしまえば自分が抜け殻になってしまいそうで怖い。

アイツの、遺品を、魂を消してしまいたくない。

 

 

――お前は女々しいと言って、怒るかな? でも、お前が死んで、苦しんで、残ったものまで、捨てたく無い。

 

 

死者を想い、残された物に思い出を感じる。

その程度は許されたい。

例え、どんなに罵られ様とも、苦しんだことも、楽しかったことも、大切にしたい思いも、嘘じゃないから。




9/1 19:00に次話公開します。

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