高みを行く者【IS】   作:グリンチ

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やっちゃったんだぜ。



1-0 異世界から舞い戻った男
1-1 そうだこれは夢なんだ AA略


酷い戦争だった。

参戦した者も、従軍看護婦も皆口を揃えてそう言った。

相手が人間でない以上降伏は許されず、負けは後方の非戦闘員全ての人の死を意味する。

 

十二歳未満の後方警備団体含む戦争参加者二千万人、戦病死者・行方不明者含む戦没者千二百万人。

死体は地平線を覆い尽くし、川は暫く赤く染まったとまで言われている。

腐敗の始まった死体は疫病発生の懸念があったため、身元の確認は行わず処理されることが決定。

巨大な縦穴を作成し、適当に内部に落として一斉に焼き払って消毒されることが決定された。

 

「次の馬車が来たぞ。 ……っておいおい、こりゃ空戦隊隊長じゃないか?」

 

積荷の真上に乗る、目と口を半開きにした男を見て無精髭を生やした中年が声を上げる。

同じく死体を穴に落とす仕事を受け持っていた初老の男も寄ってくる。

二人はその男の顔に見覚えがあった。

その男は、少なくとも祖国で英雄と呼ばれ、今回の戦争でも相当な戦果をあげたと聞いた。

日の光も届かないような、深い穴の底で死ぬような人ではなかったはず。

 

「この坊主は救助されてなかったっけか?」

「戦病だろ? 結局助からなかったのさ」

 

このご時勢だ、しょうがないさ、そう言って鍬で男を引っ掛けた。

 

「うぅ……ぅあぁぁ――――――……」

「っ!?」

「い、生きてる? 生きてるのか!?」

 

農具に引っ掛けられた衝撃からか、今まで死んだようにしていた男が声をあげた。

しかし、男は声を上げただけで、助けを求めてこない。

手は宙を彷徨い、瞳は何もない宙を見つめ、口から涎が溢れてくる。

 

「うぅ、え、えぁあ……」

「こいつ……気が違ったら捨てられたのか」

「……嫌なもの見ちまったな。 看病するのも億劫ってか?」

 

言葉にならない声を出し再び男は丸まって寝始める。

変化事態になって気が動転したが、死体は後から後からやってくる。

今度こそ、男は穴の底に落ちていった。

 

その光の届かない暗い穴の底。

 

人知れず落ちてきた男を受け止めた、いかにも貴人という風体な金髪赤眼の男がいた。

 

 

 

 

 

「ぅ…………――っ」

 

馴れない白い光の眩しさに、瞼の裏側まで刺激され男が唸る。

風になびくカーテンが、再び日光を男の顔に晒したとき、男が目を覚ました。

周囲から発生している仄かな消毒液の匂いに自分の居る場を悟る。

 

――病院か?

――部下は何人生き残った?

 

そよそよと肌を撫でるそよ風に誘われ顔を動かすと、すぐ近くの窓から外を見る事が出来た。

雲も1つない奇麗な青空を見て、整理のつかないまま呆然とし、徐々に小栗潤という人格が戻っていく。

 

「さ、桜だと?」

 

中庭にある巨木を目にし、その枝に実る蕾を見て男が絶叫した。

その声は何年も声を出していないようでいて、低い唸り声の様で、最早騒音の類だった。

もっと良く外を見ようとして勢いよくベットから跳ね起きる。

男の記憶が正しければ、開戦は秋口だったはず。

数多の小競り合いの後、お互の主戦力が介した決戦は十二月二十五日。

 

「今は……何月だ? どのくらい寝続けた……?」

 

寝た状態からいきなり上半身を上げたせいで強烈な眩暈に苛まれるも、枕元にあった棚から鏡を見つけて顔を見る。

僅かでも情報を得ようとした結果だが、この時点で起こっている問題に男は気付けなかった。

 

「……どういうことだ?」

 

鏡に映った自分の姿に、元28歳の男は掠れた声を上げた。

傷の無い肌、白髪のない黒い髪、皺もない顔。

口元から覗く歯は、相次ぐ争いで差し歯だらけだった頃とは違う、本物の歯が並んでいる。

 

「なんだこれは……? ……誰かいないのか?」

 

ベットから出ようとして、左腕に鈍い痛みが走った。

伸びきった管、倒れた点滴台。

腕についていた点滴を乱暴に引き抜いて――。

今度こそ、通常時の10%も使われていなかった脳が本当に覚醒した。

 

 

 

 

 

――点滴?

……いや、いやいや。

この世界には点滴はない。

いや、しかし今抜けたのは点滴だ。 しかし点滴など存在するわけない。

まさか点滴などという医療器具が開発されるほど寝てたのか?

しかし、顔は逆に若返っている。

そんな馬鹿な……。

 

 

 

 

 

「あれ?」

 

倒れた点滴台を不審に思い、台を直しに廊下から入ってきた看護婦が目を丸くしている。

彼女の着る服は、天然繊維ではなく化学繊維だった。

 

「……説明を――」

「先生ー! 二〇三号室の患者さんが目を覚ましました!」

「状況が飲み込めないんだが……」

「ここは病院です。 あなたはこの病院に搬送されてからもう四日も眠り続けていたんですよ」

 

困惑していたのが顔に出ていた患者に、看護婦は優しく話しかける。

起き上がっていた状態から再びベッドに向けて優しく寝かしつけると、再び腕に点滴用の針を刺した。

 

「よ、四日?」

「それでは、先生を呼んできますね」

 

何度考えてみても計算は合わない。

病院を何度もたらい回しにでもされたのだろうかとも考えたが、先ほどの看護婦の口ぶりを考えればそれはない。

考え事で固まっている間に看護婦は部屋を出て行ってしまっていた。

 

 

その後医者が到着する前に、同室で寝ていた数名の老人と世間話をする機会があった。

 

 

同室で暇をしていた老人と、中年の男性。

潤は彼らから気前よくお茶まで頂き、最近の男性雑誌や昨今の政治の愚痴を見聞きし愕然としていた。

医療関係の税金、孫のプレゼントに最新の携帯電話、片腕を大けがしたエンジニアの話。

少なくとも西暦千六百年程度の文明を、魔法で補っていた異世界ではない。

そして、新聞に踊る文字にははっきりと日本の文字が記されている。

 

「は……、はは。 そうか、帰ってきたのか……、日本に」

 

歓喜か、恐怖か、躊躇いか。

様々な感情が浮かんで新たな感情に塗りつぶされていく。

戦勝祝いのために、買っておいたとっておきの酒が無駄になった。

そんなどうでもいいことが真っ先に浮かぶ程度には、潤という人間は混乱していた。

 

 

 

 

 

度重なる人間同士の戦争。

旧科学時代の生物兵器、それによるバイオハザードの発生と事態の終焉。

魔物と人間の勢力を二分する戦争。

狂気に陥った怨敵との決着。

 

どこかの物語、勇者とお姫様と王様と魔王が織りなす御伽噺のように華やかであればどれほど救われただろうか。

エゴも、欲望も、狂気も、醜さも、潤が体験した物語は人間の汚さばかり目立っていた。

 

戦争に生き、人を踏み台にするかのように歩んできた最後は、自身もゴミのように捨てられる最後だった。

前線に出て人を殺めてきたのだから、最後には誰かに殺められて終わる。

納得出来ないが、戦場の理に則った最後だったと理解した。

 

ただ、記憶の片隅に、あの暴虐な王の言葉――

 

 

 

『お前は良くやってくれた。 お前の未来は全て俺が決めてしまったというのに。 付き従うもの、人を従えるもの、孤高を目指すもの、安寧を望むもの、現状の維持のみを望むもの……。 お前を思うならば、俺が拾う時に素直に死をくれてやればよかった。 だが出来なかった。 お前の才を知った時、どうしても優秀な手駒としてお前を欲しくなった。 お前は命まですり減らし、俺の予想通りの戦果を出した。 ゆえに、褒美を賜わしても誰も文句は言いまい』

 

『暇を与える。 せめてこことは違う地で、残る余生自らの望みのまま生きるがいい』

 

 

 

そんな内容の声が、潤の耳朶に残っていた。

散々扱き使っておきながら、ほっぽり返すのが褒美とは、酷い言葉だがその人物を知ればその褒美は破格の代物。

最初こそ落ち込み、悲観に暮れもしたが、生まれ故郷の日本に帰ってこれた喜びが勝っていた。

問題は異世界に飛ばされた年齢相応の姿に戻っている点。

潤が異世界に迷い込んだ年齢が十三。

それより年を食っている気がするし、時間がズレているので完全に戻ったわけではないのが気がかりだが、世界を跨ぐ跳躍と比べればまだ不可思議ではない。

また高校生くらいの年齢から歳月を重ねるのは億劫だが、それもまた良しと呑み込んだ。

 

親、兄、妹、恩師、友人……。

帰ったら何をしようか。

両親はどんな顔をして迎え入れてくれるだろうか。

 

様々な顔が並び、次第に潤の中で歓喜の渦が巻き起こった。

 

 

 

 

 

看護婦と共に現れた医者に連れられて、よくわからない医療機器の検査後、いきなり個室に案内される。

椅子に医者が、そして何故か背後に2名の警官がいた。

 

「さて、君に質問があるんだが答えてくれるかな?」

「後ろの警官はなんだ? 何故いる?」

「なに、私の質問に答えればすぐにわかるさ。 まず、これを見て欲しい」

 

医者は白黒の写真のような物をデスクに貼り付け、潤に紙面を手渡す。

 

「身長と体重?」

「ああ、君の現在の身体能力をチェックさせてもらった。 そこで1つ聞きたい。 君は一体何者だね?」

「………………」

 

なるほど、そういうことか。

色々気が動転していて潤も気が回らなかったが、潤は肉体を強化されている。

薬物や手術、その他諸々を使用し、魔法で完成度を高めるといった外道の手腕で。

 

「身長百八十cm、体重七十五kg、体脂肪率七%、良くもここまで鍛えたものだ。 ミドル級のボクサーかな?」

「……至って普通の学生ですよ」

「普通、ね。 では、君の氏名、自宅の電話番号と住所、出来れば両親の勤め先等も聞きたい」

 

言い訳に無理があったが、異世界事情を話しても誰も信じないのは目に見えている。

四日寝ていたということは、五日前までは学校に通っていた記録があるはず。

僅か数日でここまで鍛えたという結論には至らないだろう。

後ろで睨みつけてくる警官の怪しむ感情を意識しながら、順を追って個人情報を答えていく。

例え十年以上も昔のことだろうとも、こちらの世界の思い出だけは決して忘れずに覚えていた。

淀みなく、全ての質問に答えていき、医者も要領よく小栗潤の個人情報を記録していく。

 

「――――」

 

言い終わってから、微妙な間が空いた。

医者と警官は、アイコンタクトを交わしている。

疑問に答えたのは、意外なことに背後の警官だった。

 

「なにか問題が?」

「小栗潤君。 今君の言った、君本人の住民登録も、通っているという中学校も、住んでいる家の住所も、両親さえも、日本に存在しない」

「は? ――馬鹿な! 母校は市立中学だぞ! 同市は存在しているんだろ!?」

 

一方的に捲し立てる潤に、医者は辟易した視線を投げたが、すぐその視線を警官に向けた。

 

「君の言う学校は八年前に合併、既に該当校の名はない」

「親父の企業は一部上場している大企業だった!」

「その企業は存在していない。 似た名前の企業はあるが」

 

医者はなおも目を合わさずに潤と会話する。

 

「俺の帰る家は!?」

 

何も言わずに警官が地図を差し出す。

その用意周到さは最初からこうなることを予測しているかのようだった。

 

「……! は、畑? そんな馬鹿な? おい警官、公務員が質の悪い悪戯なんぞ!」

 

立ち上がって地図を警官に投げ返し、襟を掴みかかる。

若い警官はすぐに目をそらしたが、その目を潤は見てしまった。

その瞳の色は、紛れもなく憐れみの色。

優しく肩を叩いた医者の行動で、潤は放心したように椅子に座り込んだ。

 

 

 

彼は、この日、帰る場所の全てを失った。

 




2013/08/26 改訂版に変更

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