星に願いを(続ああ、無情。)   作:みあ

9 / 24
第九話:真実の眼

「と、いうわけで、父と母です」 

 

 フィーがどこか俯き加減で、両親を紹介する。 

 当然の事ながらお客さんの多くは驚いたような表情を浮かべている。 

 

「ふむ。いつも娘が世話になっておるようじゃ。わらわはアリシアという。勇者の守護者と名乗った方が解かり易いかの?」 

 

 何故かフィーと同じウェイトレスの衣装に身を包んだ守護者様の姿。 

 見た目は8才児、ではなく元の姿に戻っているようだ。 

 それでも幼い少女の姿である事に変わりは無いのだが。 

 彼女が吸血鬼であるという話は聞いているので、おそらく勇者様の血を吸ったのだろうと推測される。 

 

「うおー! アンタ、本当に勇者だったんだな!」 

 

「まさか、あの伝説の勇者にこんな所で出会ってたなんて、婆ちゃんに自慢できるぜ!」 

 

 守護者様の言葉を聞いたお客さんが口々に叫ぶ。 

 一応、勇者だとは名乗っていたらしい。 

 

「だから、最初っから言ってただろうが、チクショウ! やっぱりか、やっぱりシアちゃんと一緒じゃないと勇者だと認識されんのか!」 

 

 頭を抱えて絶叫する勇者様はさて置いて、その輪からポツンと外れた守護者様に尋ねた。

 

『どうして、そんな格好してるんですか?』 

 

 私の質問に、守護者様は顔をしかめる。 

 どうやら、自発的に着ているわけではないらしい。 

 

「こ、この服装はじゃな。その、あるじがどうしても着て欲しいと言うから仕方なく……」 

 

「実は久しぶりでハッスルしすぎて汚れたかr……ぐふっ!」 

 

 横から口を挟もうとした勇者様が、守護者様の拳の一撃で床に叩き伏せられる。 

 しばらく見ているとゆっくりと身体が透けていき、やがて消えてしまう。 

 

『あ、あの……、勇者様が……』 

 

 突然の怪奇現象に驚きの声を上げるが、思っていたよりも周りの反応が鈍い。 

 

「守護者様ともなると、やっぱ拳が違うな」 

「またやってるよ」「勇者の割りに脆いなあ、あの人は」 

 

 どうやらよくある光景らしい。 

 

「ああセリアは初めて見たんだっけ?」 

 

 口を開いたまま声を失くした私に、フィーが語りかけてくる。 

 

「階段から落ちたりとか椅子につまづいて転んだりとか、ここのお客さんは毎日のように見てるから」 

 

 だから、慣れたとでも? 

 一応、人間が一人死んでいる衝撃的瞬間だったと思うんですが。 

 そうこうしているうちに食堂の扉が開く。 

 

「いやあ、頑張り過ぎて視界が黄色い状態で、シアちゃんの一撃は堪えるなあ」 

 

 何事も無かったかのように姿を現した勇者様。 

 さすがに本人が全く気にも留めていないのはどうだろうと思う。 

 

「ふん。あるじが妙な事を口走るからじゃ」 

 

 頬を膨らませてそんな事を言う彼女の姿は確かに微笑ましくもある。 

 あるのだが、いくら生き返るからとはいえ人一人死なせている事を思うと笑えない。 

 でも、周りどころか本人が全く気にしていないところを見ると、私がおかしいのだろうか? 

 

「セリア、気にしない方が良いよ。あの人達がおかしいんだから」 

 

 アレンが私の心を読んだかのように、そんな言葉を掛けてくれる。 

 

「百年も夫婦やってると、あんなもんじゃねーの?」 

 

 コナン王子は何か悟っている様子だ。 

 ところで、もう回復したんですね。 

 あれだけの暴行を受けておきながら、飄々としているこの少年も只者ではない。 

 と、そこへ暴行の加害者である少女が私達の輪の中に入ってくる。 

 

「……ねえひょっとして、私もおかしい人達の中に入ってるの?」 

 

 フィーの問い掛けに、アレンはゆっくりとうなずくのだった。 

 

 

「いらっしゃいませー!」 

 

 賑わう食堂の中にウェイトレスさんの声が響く。 

 

「あれ? 今日はフィーちゃんじゃないのか」 

 

 客の青年の残念そうな声に、ウェイトレスさんが笑いながらこちらを指差してくる。 

 

「残念、あの子は今日はお客さん。お母さんと弟さんが来てるのよ」 

 

「あー、そういえば、噂になってた。昼は大騒ぎだったらしいね」 

 

 どんな噂だろう? 

 聞き耳を立てたが、喧騒に紛れてよく聞こえない。 

 そのうち、客はカウンター席に着いてしまう。 

 ウェイトレスさんは客を案内した後、こちらに向かって歩いてくる。 

 

「注文、そろそろ決まった?」 

 

 私達のテーブルに来た彼女は、開口一番そう言った。 

 どうやら注文を取りに来たようだ。 

 

「リン姉さん。すぐに注文するから、ちょっと待ってて」 

 

 フィーが彼女に告げる。 

 このウェイトレスさんの名前はリンさんというらしい。 

 何故、姉さんと呼ぶのかはよく判らないが。 

 彼女はそれを聞くと、「早くしてね」と一言残して去っていく。 

 

「ところで、そこのバカ王子はリン姉さんにちょっかい掛けないの?」 

 

 バカ王子。 

 やはり、コナン王子の事だろうか。 

 

「バカってボクの事?」 

 

「あんた以外に誰がいるの?」 

 

 再び険悪な雰囲気をかもし出す二人の間に勇者様が割って入る。 

 

「まあまあ、落ち着けって。フィーもいきなり喧嘩売るなよ。コナンも」 

 

「こんな所で喧嘩なぞするでないわ。客に迷惑が掛かるじゃろう?」 

 

 両親の仲裁に、さすがのフィーも意気消沈した様子。 

 ……と思ったら、微妙に頬が膨れている。 

 所々見え隠れする子供っぽさが彼女の魅力だろうか。 

 その神秘的な外見とは裏腹な性格が育まれたのは親であるあの二人を見ていると当然とも言える。 

 

「師匠がそう言うなら……」 

 

 一方のコナン王子は、勇者様を師匠と呼んで敬っているようだ。 

 あの唯我独尊を地で行くコナン王子が大人しくなる。 

 それでも、守護者様をさりげなく無視している辺りが実に彼らしい。 

 

「で、コナンはリンちゃんに声掛けないのか?」 

 

 勇者様が笑みを含んだような声でコナン王子に問い掛ける。 

 確かに、女の私の目から見ても、あのウェイトレスさんのスタイルはいい。 

 まさに出る所は出て、引っ込む所は引っ込んでいる。 

 目の前にいる同じ制服姿の二人とは雲泥の差だ。 

 

「なんじゃ、メス犬。なんぞわらわ達に言いたい事でもあるのか?」 

 

『痛い痛い痛いです! 何にも思ってません! 何もお話しする事はございません!』 

 

 頭を掴まれた私は必死に懇願する。 

 

「ひいおばあさま」 

 

 アレンの静かな声がキリキリと痛む頭に届く。 

 

「……むう、その呼び方をするなと言っておろうが」 

 

 守護者様の抗議の言葉と同時に締め付ける力がふと弱くなった。 

 途端にアレンが私の身体を引き寄せて、ひざの上に乗せてくれる。 

 

「大丈夫?」 

 

 口を開きかけて、言葉が通じない事を思い出した私は彼の顔を見上げてうなずく事で返事をする。 

 その時、ふと視線を感じてそちらを向くと、フィーがじっとこちらを見つめていた。 

 目が合うと、ついと逸らす。 

 何でしょう? 

 

「まあ、あれだ。さっきの質問の続きなんだが……」 

 

 勇者様が再びさっきの質問を繰り返す。 

 雰囲気を良くしようという試みなのだろう、多分。 

 原因がその質問にあった事を忘れているようだけど。 

 

「あの人ですか? だってアレ、偽乳じゃないですか」 

 

 コナン王子がそう答えた瞬間、食堂から一切の音が消えた。 

 不思議な沈黙だった。 

 おそらく、客の多くがこちらの会話に聞き耳を立てていたのだろう。 

 コナン王子の言葉がその沈黙を作り出したのだ。 

 そして、客の目が一斉にリンさんに向かう。 

 不気味な静寂の中、彼女の持ったトレイだけがカタカタと揺れて音を立てる。 

 今にも泣き出しそうな表情だ。 

 

「ちょっと! 根拠も無くそんな事言うのってどうかと思うけど!」 

 

 口火を切ったのはフィーだった。 

 

「別に根拠が無いわけじゃないよ。まず首筋から鎖骨にかけてのライン。全体的な筋肉のバランス。歩き方や頭の動かし方。全てにおいて、彼女のスタイルが見掛けどおりじゃないことを示している。ボクの見立てだとせいぜいA75くらいが妥当なんじゃないかな?」 

 

 金属音が室内に響き渡る。 

 リンさんがトレイを床に落としたのだ。 

 そして泣きながらその場に崩れ落ちる。 

 

「さすが、俺の弟子だ。よく判ったな」 

 

「師匠に教えてもらった事を生かしただけですよ」 

 

 親指を立てながら弟子を褒め称える勇者様に対して、コナン王子は飄々と答えるのみ。 

 

「あるじ、それはどういう意味じゃ?」 

 

 守護者様が不機嫌な声色で勇者様に詰め寄る。 

 コナン王子の言葉を気に留めたのだろう。 

 王子の言葉が正しければ、その女性の胸のサイズを言い当てる能力は勇者様が教えた事になるからだと思う。 

 

「いや、違うって。俺はただ観察力を磨けって言っただけで、サイズ云々はコナンの努力の賜物……」 

 

「そうではない。あるじはこう言ったのう? 『よく判ったな』とな。事前に知っておったのではあるまいな?」 

  

 ……私の推理は間違っていたらしい。

 そう言われてみれば、確かにそう取れそうな言い方だったような気もする。 

 やはり夫婦だとそんな裏の感情まで読み取れる物なんだろうか? 

 

「いや、知ってたのは知ってたけど……」 

 

 そう答えると同時に、守護者様の手が勇者様の襟首を掴んで床に引き倒す。 

 

「フィー、これをやろう。何でも好きな物を頼め。わらわはこやつと少し話があるのでな」 

 

 守護者様が懐からお金の入った袋を取り出し、フィーに手渡す。 

 そして、勇者様を引きずったまま、二階の宿部屋に向かって歩き出す。 

 

「ちょっと待った! イテッ。着替えにばったりってだけでやましい事は何も! アイテッ!」 

 

 階段でもお構い無しにそのまま引きずられて行く勇者様を皆が見送る。 

 

「フィー、俺の分のメシも残しといてくれ! アレン、くれぐれもフィーに酒を――」 

 

 ドアが閉じる音と同時に、勇者様の声が消えた。 

 再び静寂が食堂内を支配した。 

 

「リン姉さん、胸なんか無くても人間生きて行けるって」 

 

 フィーがうずくまるリンさんに声を掛ける。 

 

「……あるに越したことは無いけどね」 

 

 ぼそっと呟くコナン王子にフィーの鋭い視線が投げ掛けられる。 

 

「別に世の中そういう需要もあるんだし、気にする事はないよ。それに君は誇ってもいい。そこで慰めてる女だって所詮AA程度なんだし」 

 

 挑発するようなコナン王子の言葉に、食堂内のボルテージが上がる。 

 やはり、戦いは避けられないようだ。 

 

 そして第二回戦が始まるのだった。 

 

 

「お母さんからいっぱいお金もらったからね。高いのたくさん頼んじゃおう」 

 

 フィーが嬉しそうに皆に話す。 

 ちなみに、この場にリンさんの姿は無い。 

 臨時で雇い入れたバイト、それも店内で募集した男の人達がテーブルの間を引っ切り無しに動いている。 

 先程の大乱闘で壊れたテーブル等の修繕費用を稼ぐためらしい。 

 当事者二人は何事も無かったように同じテーブルに着いている。 

 

「じゃあ、僕はこの霜降り肉のグリルと採れたて野菜のサラダで」 

 

 アレンがメニューを指差して、フィーに見せる。 

 

「うんうん、さすが私の弟。食事のバランスは大切だよね」 

 

 彼女は腕を組んで、鷹揚にうなずいている。 

 

「それじゃあ、ボクはこっちの……」 

 

「あんたは自分で払いなさい」 

 

 同じくメニューを指差そうとしたコナン王子を、フィーは一言で斬り捨てる。 

 どうやらさっきの事をかなり根に持っているようだ。 

  

「ちっ、胸が小さいと心も狭いんだな」 

 

 少女のような顔をした少年が小さく舌打ちをする。 

 あそこまで凄惨な暴行を受けてなお、こんな言葉を口に出来るこの少年は単純に凄いと思う。 

 ただ、彼の身体には全くその時の後遺症は残っていない。 

 どうやら、あの不死身とも言える身体能力は優れた回復呪文によるものらしい。 

 フィーいわく、殴られてもすぐに弱い回復呪文で致命的なダメージを回復させるのだそうだ。 

 それ故に外側には大きな出血の跡やアザが残るものの、内部は健康体という一見すると不死身とも言える状態になるらしい。 

 最終的には、フィーが疲れ果てて終わった事から見ても、コナン王子に関する彼女の分析は間違っていないだろうと思われる。 

 

「……くっ、殴りたい。思いっ切り殴ってやりたい」 

 

 フィーが拳を力一杯握り締めて必死に耐えているのが端から見ていて良くわかる。 

 先程の暴行の際、テーブルを一つ壊してしまい、店主さんに散々説教されたのだ。 

 コナン王子がそれを笑って見ていたのは言うまでも無い。 

 

「まあまあ、姉さん。これから一緒に旅をする仲間なんだから……」 

 

 アレンが見兼ねて仲裁に入ると、フィーは拳を解いて仕方なさそうに言う。 

 

「……わかったわよ。今回はアレンに免じて、許してあげる」 

 

 幼い少女のように頬を膨らませて拗ねる仕草は、彼女の大人っぽい均整の取れた容姿とあまり釣り合いが取れていないようにも見える。 

 けれど、その不釣合いが彼女の魅力なのだろうと思う。 

 事実、彼女のその明るさに助けられた部分も大きいのだ。 

 私が犬の姿である事に悲壮感を抱かないのは、彼女の影響による物かもしれない。 

 犬になった私と、何事も無く会話できるせいかもしれないけれど。 

  

「で、結局注文してもいいのかな? ボクはこの海鮮ドリアって奴ね」 

 

 その場の空気を全く気にしない様子で、コナン王子が注文をする。 

  

「海鮮ドリア、一つと」 

 

 フィーがふてくされた様子を隠さずに復唱する。 

 これではどっちが年上なんだかわからない。 

 

「他に注文はいらない?」 

 

「では、わたくしはこの、シェフのおすすめハンバーグ定食をお願いいたしますわ」 

 

「ハンバーグ定食一つ、他には?」 

 

『私はそんなに量が食べられませんから……』 

 

「じゃあ、適当に皆で分けてあげるって事で。私もハンバーグ定食にしよう。お父さんが指導したメニューだし」 

 

「まあ。それは期待出来そうですわね」 

 

 フィーがウェイターさんを呼んで注文を告げる。 

 その臨時ウェイターさんが厨房に向かって叫ぶと、何故かすぐに料理が運ばれて来る。 

 どうやら厨房も人が増えて全力稼働しているらしい。 

 

「アレンがお肉でこっちのバカがドリア。で、私がハンバーグ。……あれ?」 

 

 あれ? 一つ多い。 

 

「ああ、それはこちらにお願いします」 

 

 少女の声に全員が顔を向ける。 

 

「誰?」 

 

「さあ?」 

 

「マリナ?」 

 

『マリナ様?!』 

 

 視線の先には金色の髪を青いリボンで結い上げた少女の姿。 

 ムーンブルクの城で別れた、サマルトリアの王女マリナ様がそこにいるのが当然であるかのように座っていた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。