石畳に突っ伏す少年は全く動きを見せない。まるでそのまま息絶えてしまったかのようだ。
周りの群衆は何故か遠巻きに眺めるばかりで、誰一人として助けようとする者はいない。
そこにフィーと二人で群衆の輪から抜け出して近付こうとすると後ろから声を掛けられる。
「お嬢ちゃん達、危ないよ」
危ない? 何が危険だと言うのだろう? 首を傾げるフィーと顔を見合わせる。
さらに近付く私達を周りの人々は興味津々で見ているのがわかる。
しかし、近付いて初めて気付いた。彼はロトの盾を背中に担いでいる。
こう言ってはなんだけれど、まるで亀のようだ。
内心そんな事を考えながら彼の元に辿り着き、しゃがみこんで声を掛けた。
「あの、大丈夫ですか? きゃっ?!」
伸ばした手をいきなり強く握られ、思わず悲鳴が漏れる。
「一目惚れです、美しいお嬢さん。助けてくれたお礼にボクと結婚しませんか?」
突然のことにどう対処するべきか迷っていると向こうが先に気付いたらしい。
「何だ、セリアか。今ボクは忙しいんだ、向こうに行っててくれないかな?」
けだるそうにそう言うと再び元のように石畳に突っ伏す。
私の姿に一目で気付いた事に驚きながらもう一度声を掛ける。
「あの?」
返事がない。ただのしかばねのようだ。
どうしたものかとフィーを見上げると、彼女の足が高々と掲げられている。
「バカなこと言ってないで、さっさと起きなさい!」
かかとの着地点は少年の後頭部。周りの群衆から悲鳴が上がる。
目の前でその足にはさらに捻りが加えられ、石畳との華麗なコンビネーションが完成した。
「だ、大丈夫ですか?!」
……返事がない。ただのしかばねのようだ。
灰色の石畳と真っ赤な鮮血に金色の髪が混じり合う見事なコラボレーションがそこにあった。
「ったく、何て暴力的な女だ」
顔を撫でながらコナン王子が愚痴る。
慌てて回復呪文を掛けたのが効を奏したようで早めに意識を取り戻してくれて本当に良かった。
嫌々ながら掛けたフィーの呪文の方が治りが早かったのはちょっと悔しかったけれど。
少年が顔を撫でた所から腫れが引いていく。器用なことに撫でながら弱い回復呪文を使っているらしい。
「いいじゃん別に。町の人達からはすごく感謝されたし」
コナン王子を連れてその場を立ち去ろうとしたら周りから拍手喝采を浴びたのは意外だった。
あまりの凄惨さに顔を背けられてもおかしくない状況だったはずなのに。
「ミニスカでかかと落としした馬鹿女に憐みの拍手を送ったんじゃないの?」
意地の悪い笑みを浮かべる彼の顔を見て思い出す。
ああ、そういえば。拍手してたのは男性が多かったような。
フィーは気付いてなかったらしく、今さらながらにスカートを押さえている。
「き、気付いてたなら教えてくれてもいいじゃない!」
「下着が見えるのなんていつものことじゃないですか。ひょっとして気付いてなかったんですか?」
私の言葉に慌ててスカートを押さえながら周りを見回す彼女の後ろでコナン王子が笑顔で親指を立てる。
意味がわからず首をかしげると「何だ。天然か」とため息を吐く。
意味はわからないが、あまり良い意味を持つ言葉ではないと思われる。
「大体、ムーンペタを出てからずっとウェイトレス姿だったことに疑問を持っていたわけですが」
「それは、うん、まあ、宣伝っていうか。それと引き換えにちょっぴりお給金に色を付けてもらったというか。うーん、この際だから私も服買っちゃおうかな」
まあとりあえずは当初の予定通り共同浴場へ。
話しがまとまったところでコナン王子を引き連れて向かう。
「あーそうそう。船の話なんだけどさ。ここの船はほとんどがある個人の所有らしいよ。何でも大金持ちの爺さんがここら一帯の権利を買い取ったって話しなんだけど」
船?
一瞬何のことかわからず、フィーの方を見る。
どうやら彼女も心当たりがないようで首をかしげている。
「どうして二人してそんな呆けた顔してるんだよ? 師匠達と分かれて情報収集してるんじゃないの?」
訝しげなコナン王子の顔を見て唐突に思い出した。
そういえば、この街には船を捜しに来たんでしたね。
「そっ、そうそう! 情報収集してるんだよ、私達っ!」
フィーの取り繕うような言葉に明らかな嘘を感じたのだろう。
コナン王子はため息を吐くとこちらを見る。
事情説明を期待されているのは間違いない。特に嘘を吐く必要性も無いので正直に話す。
「突然、人間の姿に戻ってしまったので着る服が無いんです。それで買い物に来たんですけど」
「ああ。それなら仕方ないか。で、師匠達は?」
焦ったような様子を見せるフィーに目を向ける。そんな私に釣られてかコナン王子も彼女を見る。
「えーと、ちょっとお母さんと勝負をすることになっちゃって。……そうだ! アンタも私達の側に付きなさい!」
良いことを思い付いたとばかりに、半眼で睨む少年に指を突き付けるフィー。
どう反応するべきか迷った様子でこちらを見る彼にそっと首を振って見せる。
「はあ……何をすればいいのかわからないけど、とりあえず報酬は?」
「年上のきれいなお姉さん二人と半日デート出来る権利、でどう?」
コナン王子は深く深くため息を吐くと疲れたように両手を挙げる。
「……うん。まあいいや、それで。もう降参」
その気持ち、すごくわかります。
彼の手を両手で包みこむとはっと驚いたように顔を上げる。
目を合わせると、彼にも何かが通じたような気がした。
「ボクのことはコナンでいいよ。格式ばったのは嫌いだからさ」
「では私の事はセリアで……と、そういえば以前から普通に呼ばれてましたね」
二人で笑みを交わす。
「それじゃ仲良くなった所で行こうか、二人とも。あ、私の事はフィーアお姉さまと呼びなさい」
「誰が呼ぶか」
小声で毒づく少年を見てふと悪戯心が湧き上がる。
「ではエスコートをお願いしますね、コナン」
腕を伸ばすとこちらの意図に気付いたらしく、ひざまずいて恭しくその手を取る少年。
「はい。それでは参りましょうか、セリアお姉さま」
笑みを交わし、コナンを先頭にして歩き出した私達をフィーが呆けた顔で見送る。
しばらく歩き、ふと振り返り彼女を呼ぶ。
「行かないんですか、フィーアお姉さま?」
その一言で気付いたのだろう。彼女の顔にさっと朱が差す。
「もう! お姉さま禁止! いじわるも禁止!」
走り寄り、少年の背後から抱き付く。
「何でわざわざボクに抱き付くんだよ、胸無し女」
「胸無し言うな。私が普通なの、セリアがおかしいの」
おかしいと言われても困るんですよね。だから便乗してつないだ手にしがみついてみる。
「ふおっ!? やわらか……じゃなくて! 他人の物には手を出さない主義なんだって! アレンにバレたらボクが殺される!」
「だいじょうぶですよ、ただのスキンシップじゃないですか」
「何で私の時と明らかに反応が違うの。すごい不公平を感じるんだけど?」
こうして私達三人で過ごす休日のひと時が始まったのでした。
「まずはお風呂屋さんに行きたいんですけど、どこにあるんでしょう?」
「お風呂屋? それは性的な意味の?」
「そんなわけないでしょうが!」
時々私には意味の分からない言葉が会話に混じるのだけが心配です。
お二人には私なんかが及ばないくらいの知識量があるのだと感心するばかり。
私ももう少し世の中を広く知るべきなのでしょうね、きっと。