星に願いを(続ああ、無情。)   作:みあ

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第十二話:伝説の片影

 次々と舞い降りてくるドラキーがアレンの振り回す鎖に打たれて地面に落ちる。 

 

「キキーッ!」 

 

 また一匹、甲高い叫び声を挙げながら青年に襲いかかる。 

 けれどもその鋭い爪も牙も届くことはなく、くぐもった打撃音とともに地面へと落ちる。 

 

『あのー……勇者様?』 

 

 何匹かのドラキーはさすがにアレンの攻撃範囲を見切ったようで、迂回しつつ私達の方へと向かってきた。 

 

「よっと」 

 

 軽い口調で槍を突き上げるコナン王子。 

 その軽さとは裏腹に、正確な槍さばきで確実に空中の魔物を捉えていく。 

 

『えっと……』 

 

 二人に恐れをなしたかのように高空に群れをなす魔物達。 

 それを見計らったようにフィーが両手に集った魔力を解放する。 

 

「バギ!」 

 

 群れの中心に起こったつむじ風は魔物達を巻き込み、次々と跳ね飛ばす。 

 風が収まった頃にはあれほどいた魔物達は全て地面に屍を晒していた。 

 

『その、何をされてるんですか?』 

 

 見上げる先には大きな鍋をかき回す勇者様の姿。 

 鍋の下には当然のことのように炎の剣が敷いてあるのは言うまでも無いだろう。 

 じっと見つめている私に気付いたのか、こちらに声を掛けてくる。 

 

「ちょっと待ってろよ。もうすぐ出来るから」 

 

 いえ、そういうことではなく。 

 助けを求めるように、傍らの守護者様を見上げる。 

 

「わらわはまだ完全に魔力が戻っておらぬ。あの程度ならあやつらに任せておけばよい」 

 

 それは私にもわかりますけど。 

 私の視線の方向に気付いた守護者様が勇者様の方をちらりと見遣る。 

 

「まあ、あるじじゃからの。戦闘中に死んでないだけマシと思えばそれほどのこともなかろう」 

 

 ……この人、本当に世界を救った勇者なんでしょうか? 

 戦いを終えた仲間達を出迎えながら、私はそんなことを考えていたのであった。 

 

「さて、さっきの戦いについてだが」 

 

 全員で鍋を囲み、器が行き渡ったところで勇者様が話し始める。 

 器の中には不思議な色合いのシチューらしき物。 

 守護者様がスプーンに掬ってくれた肉片を口に含む。 

 少し歯応えはあるがなかなかに美味しい。 

 

「美味いか?」 

 

『はい』 

 

「そうか。美味いのか……」 

 

 何故か哀しそうな眼で私を見る守護者様。 

 ひょっとして、食べちゃいけない物だったり……? 

 

『あの、何か問題でも?』 

 

「いや、毒は入っておらん。安心して食べるがよい」 

 

 そんな言われ方したら余計に食べられないじゃないですか。 

 仕方ないので食事を諦め、皆の様子を見やる。 

 私達の遣り取りには気付かなかったらしく、皆一様に謎のシチューに手を付けているようだ。 

 

「誰が戦闘の指揮をとってるんだ?」 

 

 勇者様の言葉にコナン王子とフィーの視線がアレンに向かう。 

  

「一応、僕が」 

 

 アレンが小さく手を挙げる。 

 フィーが指図したところでコナン王子が聞くはずが無いだろうし、その逆もしかり。 

 アレンが全体の指揮を執るのは当然の帰結だと思う。 

 

「そこで、僕がこの先も指揮をするにあたって皆の能力を把握しておきたいんです」 

 

 そう言って、全員の顔を見回す。 

 

「あっじゃあ、私から!」 

 

 フィーが真っ先に声を上げる。 

 

「アレンは知ってると思うけど、私が得意なのは回復呪文。攻撃呪文もイオラくらいまでなら何とか」 

 

 イオラまで使えるんですか。 

 幼馴染の思いがけない成長に、何の役にも立てない自分が情け無くなる。 

 

「長所は、死にさえしなければどんなケガでも治せること、かな? 短所は何だろ?」 

 

 首を傾げるフィー。 

 

「彼氏が出来ない事だろ」 

 

「胸が無い事」 

 

 軽い打撃音がふたつ。 

 

「イタッ」

 

 彼女の父親である勇者様とその玄孫であるコナン王子が叩かれた後頭部を両手で押さえる。 

 背後には杖を掲げた守護者様の姿が。 

  

「まったくおぬしらは……。フィーの欠点は単体攻撃呪文が使えない事であろう?」 

 

 フィーの母親である守護者様が呆れた様子を見せながら言う。 

 

『どんな攻撃呪文が使えるんですか?』 

 

 私の問いに答える守護者様。 

 

「わらわの知るかぎりでは、バギ系統とイオ系統じゃな」 

 

 風を刃に変える呪文と魔法力を練り込んだ光球を爆発させる呪文。 

 どちらも敵の一団を相手にする事には長けているが、個体を相手にするにはどうにも効率が悪い。 

 

「乱戦になっちゃうとどうしてもね。使い所を間違えると味方も巻き込んじゃうし」 

 

 そういえば、以前ドラキーから助けてもらった時にイオに巻き込まれたことを思い出した。 

 直撃を受けないまでも、爆風だけで身体が浮き上がるほどの衝撃。 

 ……今の私が子犬の姿をしているせいかもしれませんけれど。 

 

「でも、回復呪文なら自信があるよ。なんてったっておじさま直伝だし」 

 

『おじさま?』 

 

「リバストのことじゃ。ローラの日記にも書いてあったじゃろ?」 

 

 竜王リバスト。 

 百年前の戦いで勇者様と共に魔王を倒した仲間の一人。 

 上位の攻撃呪文や支援呪文を使いこなし、幾度と無く危機を救ったと描かれていた。 

 実際には魔王との戦いにのみ参戦だったそうだが、優れた魔法の使い手であることは間違いないらしい。 

 

「コナンは?」 

 

「回復呪文と支援呪文を少々。槍ならそこそこ使えるかな」 

 

 コナン王子も若干15才という年齢でありながら、先程の戦闘で見せた槍捌きは堂に入ったものだった。 

 素人目で見てもそれなりの場数を踏んできたのだろうと思わせるほど。 

 

「攻撃呪文も多少なりと使えるであろう?」  

 

「まあ、それなりに。さすがに魔法使いを相手にして自慢できるほどじゃないけどね」 

 

「そういうのってさ、器用貧乏っていうんだよね?」 

 

 フィーの言葉に一瞬顔をしかめるも、すぐに言い返す。 

 

「乱戦で役に立たない魔法使いよりはマシだよ」 

 

 二人の言葉の端々にトゲが見え隠れする。 

 

「……本当に仲良いよね、2人とも」 

 

 呆れるようなアレンの言葉。 

 何かといがみ合う2人の姿はもはや日常茶飯事だ。 

 

「コナンの長所はどんな局面にもそれなりに対処できる事。短所は突出するものが無い事、と」 

 

 勇者様がそう言いながら地面に剣の鞘で書き記す。 

 見れば、フィーの長所短所も隣に書いてある。 

 さすがに『短所:彼氏が出来ない』とは書いていないが、『備考:早く孫の顔が見たい』と小さく書かれていたりする。 

 

「ひ孫の顔ならここにあるでしょうが!」 

 

 アレンの首根っこを掴んで自分の父親に押し付けるフィー。 

 私もコナン王子も勇者様の子孫なのだから、今さら孫の顔も何もない。 

 

「いた、痛いって、姉さん」 

 

 アレンの抗議も聞く耳持たず、なおも押し付ける娘に父親はひ孫の額を押さえて抵抗しながら遠くを見るように語り掛ける。  

 

「やっぱりさ、息子の孫と娘の孫じゃ感慨が違うって言うかさ。息子の嫁だとなんとなく遠慮しちゃうけど、娘の婿なら好き勝手言えるじゃないか」 

 

 私にはよくわからないけれど、勇者様の中では両者に明確な違いがあるらしい。 

 見ると、隣に座る守護者様も肯定するように何度も頷いている。 

 

「そのうち結婚できると思ってたらいつまにか300才過ぎてましたなんて笑い話にもならないからな」 

 

「ほほう? それはわらわの事か、あるじ?」 

 

 守護者様の手が勇者様の首に掛かる。 

 

「いやいや、一般論だよ。一般論」 

 

 言い繕うようにそんな言葉を口にする勇者様。 

 見た目には20才くらいの青年である勇者様と10代前半の少女にしか見えない守護者様。 

 この二人が夫婦になって早100年。 

 世界最長の夫婦である事は間違いない。 

 普通の人間が100年以上生きることなどまず無いだからだ。 

 ましてや守護者様に至っては既に400才を超えている。 

 この二人が出会ったのはまさに運命であったのだろう。 

 

「一般的に考えて、300才は超えないよな、さすがに」 

 

「私も300才超えてるような人って、お母さんしか知らないし」 

 

 コナン王子とフィーの言葉を受けて、守護者様の腕に力が入る。 

 

「ちょっお前ら、誰の味方だ?」 

 

 勇者様の問いかけに声を揃える2人。 

 

「「真実の味方です」」 

 

『こういう時は本当に仲良いんですよね、おふたりとも』 

 

 喧嘩するほど仲が良いとは聞きますけど、もっともそれがこの2人に当てはまるとも思えませんが。 

 

「ちょっと。私と同じ事言うの止めてよね」 

 

「それはボクのセリフだよ」 

 

 案の定、また些細な諍いを始める始末。 

 

「ぶっちゃけ、似たもの同士なんだよね」 

 

 アレンのセリフが全てを語っている気がする。 

 仲良く喧嘩する男女2ペアを眺めながら、本当にこの人達の力で世界を救えるんだろうかと今さらながらに心配になってきたのは言うまでもない。 

  

 

「それで? おぬしらは結局ムーンブルクに辿り着けなんだのか?」 

 

「うん。もうちょっと先、森に入ってすぐくらいかな? マンドリルの群れに当たったらしくて……」 

 

 私と別れた後、勇者様とフィーはムーンブルグを目指して何日も迷い続けたらしい。 

 もちろん道に不案内な事もあるけれど、一番の理由はマンドリルという魔物の群れ。 

 常に群れで活動し、とても素早く、1対1でも並みの戦士では歯が立たないほどの戦闘能力を持っていると言われるほど。 

 

「1匹や2匹なら何とか相手できないこともないけど、俺とフィーじゃいざという時の決定力が足りないんだよ。せめて一か所にまとまってくれれば遣り様もあるんだけどさ」 

 

 マンドリル1頭を倒す間に次がやって来る。 

 1頭ならまだしも2頭3頭と援軍が来ればとてもじゃないけど持ち堪えられない。 

 それが勇者様とフィーの組み合わせでの弱点。 

 死んでも生き返るとはいえ、一度死を迎えればしばらくの戦線離脱を余儀なくされる勇者様。 

 そして、強力な呪文を有しているとは言い難いうえに乱戦状態では味方すら巻き込みかねないフィー。 

 集団戦闘における相性が悪いことこの上ない。 

 

「同時に2体くらいなら僕一人でも何とか持ち堪えるくらいは出来ますよ」 

 

「ボクはさすがに1対1でなきゃムリだね。一度の回復を超えるダメージを一気に受けるのはどう考えてもまずい」 

 

 アレンとコナン王子の2人で3頭。 

 ここに守護者様の呪文が加われば群れの中を突破することも夢ではない。 

 

「わらわは頭数に入らんぞ。魔力さえ十分に回復しておれば森ごと焼き払うなど造作も無いが」 

 

 そう言う守護者様はどこか誇らしげだ。 

 

『出来たとしても止めてください。この森はムーンブルグに住む人々の財産でもあるんですから』 

 

「ふん、冗談に決まっておろう」 

 

 本気だった。 

 絶対、本気だった。 

 皆の目が無言で語っている。 

 

「そ、そんな事はどうでもよい。今はここを抜ける方法を考えるのが先じゃろう?」 

 

 守護者様が茂みの向こうを指差す。 

 マンドリルの姿はまだ見えないが、この向こうは遮蔽物がほとんどない場所なので出会うことなく抜けるのは難しいだろうとフィーが言う。  

 

「あのさ」 

 

 ずっと思索に耽っていた勇者様が皆が押し黙る中で言葉を発した。 

 前に守護者様が教えてくれた話によると、こんなどうしようもない場面ではいつも勇者様が何らかの活路を示してくれたらしい。 

 この場に居る全員が勇者様の言葉に期待しているのがわかる。 

 もちろん、私も。 

 伝説の勇者様の伝説たる所以をここで垣間見る事ができるかと思うと胸が高鳴ってくる。 

 

「ずっと考えてたんだけど、マンドリルって何か響きがエロくね?」 

 

 その瞬間、勇者様が何を言ったのか理解できなかった。 

 マンドリル? エロ? 

 私が理解するよりも守護者様が動く方が早かった。 

 

「こんの、変態勇者がーーー!」 

 

 渾身の力を込めた一撃が勇者様を襲う。 

 会心の一撃とはまさにこういうものを言うのだろう。 

 殴り飛ばされた勇者様が茂みの向こうに消えて行く。 

 途端に辺りに響き渡るマンドリルの咆哮と勇者様の悲鳴。 

 

「ちょ、まっ、ヤバイってマジで! 死ぬ死ぬ!」 

 

 勇者様の声が魔物達から逃れるように遠ざかっていく。 

 それに伴って魔物の群れが移動していくのが見て取れた。 

 

「ほれ、あるじの尊い犠牲を無駄にするでない」 

 

 魔物達の気配が無くなったのを確認すると、守護者様は私達を急き立てる。 

 

『あの、さっきの勇者様の言葉の意味は?』 

 

「世の中にはね、知らない方がいい事だってあるんだよ。もうホントに恥ずかしいお父さんでごめんね」 

 

 尖った耳の先まで真っ赤にしたフィーが申し訳無さそうに呟く。 

 でもそれを言ったら、私にとっても曾祖父に当たるわけで。 

 

「後世に伝える時は、勇者は自らを囮にすることで魔物達の目を逸らし仲間達の活路を開いたのでした、とでも書いておけば良い」 

 

 もしかして、ローラの日記ってそういう記述ばかりなんですか? 

 私達はある意味、伝説が作られる瞬間を垣間見たのかもしれなかった。


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