リトルプリンセス(ああ、無情。外伝)   作:みあ

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第九話:日常

 ローラが机に向かって、何かを書きとめている。 

 小さなノートのような物だ。 

 真っ暗な部屋の中、小さなランプだけを頼りに忙しなく手を動かしている。 

  

「ローラ、何を書いてるんだ?」 

 

 俺の呼びかけに、彼女は静かにこちらに振り向く。 

 

「日記ですわ。私が物心ついてからの全てが綴られております」 

 

 後ろから覗き込もうとすると、手のひらで覆うようにして隠す。 

 

「乙女には色々と秘密がございますの」 

 

 結婚して何十年も経ってるのに、乙女も何も無いだろう。 

 そこまで考えて、ふと気付いた。 

  

 これは、夢だ。 

 

 実際にこんな場面を見た事があるはずがない。 

 彼女の遺品の中に何十冊もの日記が残されていたのを見付けただけだ。 

 そんな物を書いていたとは当時は全く気付いてはいなかった。 

 

「これは、後世に残しておきたいのです。私の生きた証として」 

 

 彼女の声が耳に響く。 

 とても懐かしい、澄んだ声。 

 

 ローラの死後、この日記はプライベートな部分を除いて出版され、教科書にもなっている。 

 その名も『ローラの日記 昼の部』。 

 実は『夜の部』というプライベートな部分のみの物もあったのだが、あまりにも内容が過激すぎた。 

 なにせ、下手な官能小説ばりに夫婦の夜の営みが延々と描かれているのだ。 

 確かに日々の記録という意味では間違っていないかもしれないが。 

 

「勇者さまは本当にひどい御方です。私をひとりぼっちにさせるなんて」 

 

 なんかだんだん、俺への恨み節になってきているのは、ローラへの罪の意識の表れか。 

 ローラの最後の言葉が『向こうで勇者さまをお待ちしております』だったからな。 

 向こうに行く当てが無くなった以上、この約束が永遠に果たされる事は無い。 

 

「ごめん。なんか死んでも死に切れないらしくてさ」 

 

 彼女の頬に触れる。 

 柔らかな感触、とても暖かい。 

 夢……じゃないのか? 

 よくわからない。 

  

「ですから……わた……か……した」 

 

 ローラの声が聞き取れなくなってきた。 

 俺の目覚めが近いのだろうか。 

 

「ローラ!」 

 

 俺は彼女の名を呼ぶと同時に強く抱きしめる。 

 暖かな感触が、彼女がここにいる事を確信させる。 

 

「いずれ……また……」 

 

 その声を最後に、辺りが真っ白になっていった。 

 

 

 妙な夢を見た。 

 どこか懐かしいような、暖かいようなそんな夢。 

 腕の中にまだ感触が残っているような気がする。 

 

「ローラ?」 

 

 半分夢の中にいるような心地でそう呼び掛けると、意外にも返事がかえってきた。 

 

「あるじ。妻を抱きしめながら他の女の名を呼ぶとは、いい度胸じゃのう?」 

 

 一気に目が覚めた。 

 俺の腕の中には、満面の笑みを浮かべる銀髪の魔王。 

 もちろん、目には怒りを湛えている。 

 

「ねえ、おとーさん。ローラってだれ?」 

 

 背中側には、明らかに機嫌の悪い口調の銀髪の小悪魔。 

  

 俺は最悪の朝を迎えた事を確信していた。 

 

 

「あの、どーして俺は縛られてるんでしょうか?」 

 

 広場の真ん中に何故か一本だけ立っている木の幹に縛り付けられた状態。 

 朝の冷気が身にしみる。  

 

「ふむ。的があった方が良かろう?」 

 

「何の?!」 

 

 しかし、シアちゃんはそれ以上のことを口に出さない。 

 やがてシアちゃんが動きを見せる。 

 

「まずはわらわがやって見せよう。フィーもわらわの後に続くが良い」 

 

 俺がいる方角に手のひらを向け、大仰に呪文を紡ぐ。 

 本来、彼女ほどの熟練者ならば長々と詠唱することもなく、単音節の呪文のみで発動させる事が出来る。 

 それをしないのは、幼い弟子に見せるためなのだろう。 

 やがて詠唱が終わり、その時がやってくる。 

 

「ギラ!」 

 

 彼女の手のひらから光条がほとばしり、俺は真正面から来る光を必死で頭を傾ける事でかわす。 

 光の束が俺の顔のすぐ脇を通り過ぎた。 

 ずいぶんと威力を抑えているようだが、焦げ臭い匂いが鼻をつく。 

 

「ちょっ、ちょっと、シアちゃん、洒落になんないってこれ!」 

 

 横目で見ると、木の幹がうっすらと焼け焦げている。 

 当たっていたら死なないまでも、大怪我をしていたのは間違いない。 

 これにはフィーも驚いたようだ。 

 

「おかーさん! おとーさん、いじめちゃだめ!」 

 

 シアちゃんのローブの裾を握り締め、必死に抗議する。 

 彼女もそんな娘の姿に心動かされたのか、フィーと視線を合わせて言葉を紡ぐ。 

 

「フィー、これはいじめなどではない。あるじをつなぎ止める為の手段にすぎん」 

 

 前言撤回。 

 どうやら妙な詭弁で丸め込むつもりらしい。 

 

「あるじはのう、いじめられるのが好きなのじゃ」 

 

「ふーん、そうなんだ」 

 

 ちょっと待て。 

 どうしてそれで納得するんだ、フィー? 

 あ、こら、嬉々として詠唱動作を繰り返すんじゃない。 

 

「じゃあ、おとーさん。フィーもがんばるから」 

 

 何を?! 

 

 フィーが、さっきのシアちゃんの動作を見よう見まねで繰り返す。 

 やがて動作が止まり、大きく叫ぶ。 

 

「ギラ!」 

 

 覚悟を決めて目をつむるが、何も起こらない。 

 妻も娘もその様子に首をかしげている。 

 どうやら、フィーはギラを使うことが出来ないらしい。 

  

「おかしいのう? イオは発動したんじゃが」 

 

 って、いつの間に、フィーに魔法を教えてんだ。 

 しかも、イオとは。 

 俺にも使えないのに。 

 

 だが、今がチャンスだ。 

 この隙に彼女達を説得するべきだ。 

 そう思った俺は、彼女達に向けて静かに語り始める。 

 

「シアちゃん、フィー、聞いてくれ。確かに、俺は幼女に責められるのは好きだ。だけど、それはベッドの中での話であって今じゃない。シアちゃんはいつもいつもサディストじゃないかと疑うほど暴力で物事を解決しようとするけど、ベッドの中ではむしろ受け。正直、俺としてはもう少し積極的になって欲しいと……」 

 

「せめ? うけ? ねえ、おかーさん、なんのこと?」 

 

 娘の疑問の声が俺の説得を断ち切る。 

 疑問をぶつけられたシアちゃんが真っ赤な顔で叫ぶ。 

 

「朝っぱらから何を言っておるか、この変態がーー!!」 

 

 叫びと同時に放たれた光球が目の前に迫る。 

  

 何がいけなかったんだろう? 

 俺の心の中は、その思いに溢れていた。 

 

 

「おお、勇者よ。死んでしまうとは情けない。……ふう、お元気そうでなによりです」 

 

 ローレシアの国王が、何やらため息をついている。 

 

「おはようございます、勇者さま。朝からお盛んですね」 

 

 隣に立つ衛兵が朗らかに挨拶をしてくる。 

  

「また、ですか? もういい歳なんですから、自重してくださいませ」 

 

 そして、後ろに控える顔見知りの侍女までもが、俺の死因を決め付ける。 

 

「ちょっと待て! どうしてそうなる?!」 

 

 そうそういつもシアちゃんに搾り取られているわけじゃない。 

 今回は、呪文の試し撃ちに使われただけだ。 

 ……シアちゃんが関わってるのは否定しないけど。 

 それはさておき、反論した俺を皆が冷ややかに見つめてくる。 

 

「「「だって、いつもの事じゃないですか」」」 

 

 三人の声が揃う。 

 人間ってのは日頃の行いが大事なんだと、今さらながらに実感する。 

 

「今回は違うんだって!」 

 

 俺の言葉に、三人は口々に話し始める。 

 

「じゃあ、浮気ですね」 

 

「階段から転げ落ちたとか?」 

 

「川で溺れたんですよ、きっと」 

 

 人生の無情を痛感していたとき、突然前触れも無くドアが開く。 

 

「ひいおじいちゃん!」 

 

 開いたドアの隙間から幼い少年が飛び出してくる。 

 

「おお、アレン! 久しぶりだな」 

 

 俺のその言葉に、小さな王子様は不思議そうな顔をする。 

 

「3日前に会ったよ?」 

 

 ……ああ会ってるよ。 

 しかも、最初にこいつらに言われた通りの理由でここに来たときにな。 

 あの娘とキスしたのを許してもらう代わりに、散々搾り取られたんだよ、血やらナニやらを。 

 フィーにはなけなしの小遣いから、お菓子やなんやで機嫌取ってみたりと、本当にえらい目にあった。 

 そしてまた今回も、同じような目にあうことになるだろう。 

 しかし、子供に話せるような内容じゃない。 

 

「ああ、そういえばそうだったな」 

 

 頭を撫でると、ドアをノックする小さな音が聞こえる。 

 あれ? 他にも誰かいるのか? 

 ドアの隙間から、幼い少女がおずおずと顔を覗かせる。 

 

「セリア! 大丈夫だから、こっちに来て!」 

 

 その名前、どこかで聞いた事があるような……? 

  

 ドアがゆっくりと開き、フィーと同い年くらいの少女が現われる。 

 薄く紫がかった髪に、紫色の瞳。 

 ゆったりとしたドレスに身を包んだその姿は、まるでおとぎ話に出てくるお姫様のようだ。 

 

「ひいおじいちゃん、この子はムーンブルクのセリアひめだよ」 

 

 少女が軽く頭を下げる。 

 本当のお姫様だったらしい。 

 思いがけない初顔合わせに、何かが起きそうな、そんな予感がしていた。


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