リトルプリンセス(ああ、無情。外伝)   作:みあ

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第六話:サマルトリアの王妃

 サマルトリアの町は、この前来た時と変わらぬ賑やかさ。 

 まずは銀行に行き、預けていた金を下ろす。 

 店に入り、小さなリュックサックとシアちゃんへのお詫びの品を買う。 

 そして、残った金をリュックサックに詰め、フィーに持たせる。 

 この先、何が起こるかわからないからな。 

 出会い頭でシアちゃんに殺されるかもしれないし。 

 

「似合う?」 

 

 リュックサックを背負い、ポーズをきめる娘を見ていると不安が薄らいでいくのを感じた。 

  

 城門に近付くと兵士が見咎めてくるが、身元を確認するとそのまま通してくれる。 

 

「ご苦労様です、勇者様」 

 

 兵士の敬礼が実に快い。 

 ローレシアとはエライ違いだ。 

 これも俺の曾孫である王妃の教育の賜物だろう。 

 あの娘はそういう立ち居振る舞いには人一倍うるさいのだ。 

 俺に似たというよりも、ローラに似たのだと思う。 

 その凛とした佇まい、そしてそこはかとない黒さが。 

 

 すれ違う者が皆、俺の顔を見た途端に会釈してくる。 

 ああ、俺が求めていたのはこれだ。 

 もういっその事、ここに定住しようかという気持ちにもなる。 

 でも、その願いが叶う事はない。 

 ローラに似ているだけあって、シアちゃんと非常に折り合いが悪いのだ。 

 顔を合わせればすぐに口喧嘩になる、というか、彼女達にとっては遊びの一環のようだが。 

 

 おかしいな? 

 いつもと比べて、兵士の数が少ないように見える。 

 見回りの兵士を捕まえて話を聞くと、どうもアイアンアントの巣が壊滅したためらしい。 

 生態系のバランスが狂って、あちこちで魔物の異常発生が起こっているそうだ。 

 騎士団の半数以上がそれの討伐で出払っているとの事。 

 間違いなく俺のせいだが、黙っていればわかるまい。 

 幸い、俺を保護した騎士団も俺の身元には気付いていない様子だったらしいしな。 

 よし、この話は聞かなかったということで。 

 

「王妃様はこちらです」 

 

 通りすがりの侍女に王妃の居場所を聞くと、案内してくれるという。 

 俺はフィーを連れて、その後をついていくことにした。 

 その途中、フィーが俺の服の裾を引っ張る。 

 先を歩く侍女に声を掛け、待つように言うと、少し離れてからフィーに話しかける。 

 

「どうした、フィー?」 

 

 何故かもじもじとする少女。 

 

「何だ? トイレに行きたいのか?」 

 

 そう言うと、間髪いれずに否定する。 

 

「ちーがーう! ……あのね、おとーさんって勇者なの?」 

 

 あーそりゃ気付くよな、周りがあれだけ勇者勇者と連呼すれば。 

 やっぱり話しておかないとまずいか。 

 でも、これを言って『おとーさんじゃない!』とか言われたら、ショックだよなあ。 

 だが、俺は少女の言葉の続きに別の意味でショックを受けた。 

 

「勇者って、おじいちゃんのことじゃないの?」 

 

 はい? おじいちゃん? 

 俺の息子達の誰かが父親なのか? 

 いや、でもフィーの本当の父親はルビス神殿で死んでるんだよな。 

 俺の息子達の消息なら全員知ってるぞ? 

 

「おじいちゃんじゃなくて、お父さんが勇者だよ」 

 

 フィーにそう言うと、小さく首をかしげる。 

 

「おかしいな? おとーさんのおとーさんが勇者だって、前に言ってたのに」 

 

 念のために聞いておくか。 

 

「えーと、おじいちゃんの名前って何だっけ? ちょっとど忘れしちゃったみたいだ」 

 

「変なの、おとーさんのおとーさんのことなのに。うーんとね、たしか、アルスって言ってたよ」 

 

 ああっ?! よりにもよって、アルスかよ?! 

 何やってんだ、あの野郎! 

 

 勇者アルス。 

 その名前には激しく聞き覚えがある。 

 大昔に大魔王ゾーマを討ち、勇者ロトの称号を手に入れた最強の勇者。 

 その実態は、極度の女好きで夜の勇者とローラに名付けられたほどの性豪である。 

 しかも、大変不名誉な事に俺の直系のご先祖様だ。 

 魔王との決戦の際に復活し、その後旅に出たはずだったが……。 

 5才の子供を孫に持つってことは、結構な年になっても女好きが治まらなかったようだな。 

 少し計算してみよう。 

 あの時点で同い年くらいだったから、今の俺の年齢107才から、5才を引く。 

 さらにその年齢から父親の年齢を逆算すると……。 

 あ、ありえねー! 

 さすがに夜の勇者は伊達じゃないって事か?! 

 少なくとも、7、80代までは普通に機能してたことになるぞ。 

 何がって聞くな、ナニが、だ。 

 

「おとーさん、おとーさん」 

 

 混乱し、狼狽していた俺の意識が、娘の呼びかけで現実に戻る。 

 危ない所だった。 

 この俺の精神をここまで揺さぶるとは、さすが勇者アルス、侮りがたし。 

 

「お、おじいちゃんも勇者だけど、おとーさんも勇者なんだよ」 

 

 まだ少し声が震えているのが自分でもわかる。 

 まさか、アルスの孫娘だったとは。 

 予想もしていなかった事態に冷や汗が流れる。 

 

「ふーん、そうなんだ。すごいなあ」 

 

 フィーは目を輝かせている。 

 そういえば、父親の名前って聞いてないな。 

 俺の事を名前で呼ぶ奴なんざ、はっきり言って居るわけが無いが念のためにも。 

 

「フィー、お父さんの名前は知ってる?」 

 

 あー、何てバカな質問なんだ。 

 こんな事なら、神殿で聞いておくんだった。 

 

「おとーさんの名前は、アレフだよね?」 

 

 俺と一文字違いかよ! 

 でも、これなら何とかなるかもしれないな。 

 天国にいる、フィーの本当のお父さん。 

 これからちょっと悪い事するけど、許してくれよ。 

 

「残念、お父さんの名前はアレクっていうんだよ」 

 

 あーーー、ひしひしと罪悪感が募ってくる。 

 本当にごめんなさい! 

 これも彼女の幸せのためなんです! 

 

「あれ、ちがった?」 

 

 俺の言葉を素直に受け取る少女。 

 あーもう、可愛いな! 

 アレフのためにもきっと幸せにするからな! 

 

「アレクアレクアレク……、うん、おぼえた!」 

 

 少女と手を繋ぎ、侍女にさっきの会話が聞こえてないか確認をしたうえで道案内の続きを促す。 

 アルスの孫娘だと言えば、さすがにシアちゃんも断れまい。 

 思いがけない事実を知って、俺の頭の中には打算が渦巻いていた。

 

 

「まあ。どうなされました、勇者様?」 

 

 王妃は中庭にテーブルを持ち込んでお茶を飲んでいたらしい。 

 椅子から立ち上がろうとするのを制止する。 

 

「そのままでいい。もうすぐ産まれそうなんだろ」 

 

 サマルトリアには既に2才になる王子がいる。 

 そして、王妃の胎内にはまた新たな命が宿っている。 

 臨月だから、おなかもかなり大きくなっているようだ。 

 

「それでは、お言葉に甘えさせて頂きます」 

 

 彼女が椅子に座り直すのを横目に、俺も近くの椅子を引き寄せる。 

 フィーをそこに座らせると、侍女がクッキーとお茶を目の前に置く。 

 

「これ、食べていいの?」 

 

 王妃がうなずくと、フィーはクッキーを一枚頬張る。 

 

「おいしい!」 

 

 フィーが歓喜の声を上げると、王妃は満足そうに微笑む。 

 ……ところで、俺の分は無いのか? 

 椅子も2脚しかないし。 

 まあいいか、娘の喜ぶ顔が見られれば充分だ。 

 

「ところで、その娘は?」 

 

 当然の事ながら、フィーについて言及される。 

 

「俺の娘だ」 

 

 こう答えるのももう何度目だろう。 

 会う人会う人に説明しているのだから、仕方の無いことだが。 

 その言葉を聞いた王妃はしばらく考え込んだ後、呟いた。 

 

「今ならまだ間に合います。自首なさってくださいませ」 

 

「失礼な事を言うな!」 

 

 俺のどこが誘拐犯だ。 

 シアちゃんといい、コイツといい、そんなに俺は危険人物に見えるのか。 

 さらに文句を言おうとすると、睨みつけてくる。 

 

「勇者様が大きな声を出されるから、おなかの赤ちゃんがびっくりしていますわ」 

 

「おとーさん、大きな声出したらダメだよ」 

 

 元はといえば、お前のせいだろうが! 

 くっ、娘まで巻き込んで文句言いやがって。 

 

「ねえ、おとーさん。このひとがおかーさんなの?」 

 

 クッキーに夢中になっていたフィーが思い出したかのように問うてくる。 

 ああ、そういえば紹介がまだだったな。 

 

「違うよ、この人はお母さんじゃない。んー、なんていうか……」 

 

 まさか、俺の曾孫だなんて言えないしな。 

 どう答えればいいものか。 

 

「あなたのお母様のお友達ですわ」 

 

 そう、それだ! 

 俺が答えあぐねていると、王妃が自己紹介を始める。 

 やっぱり、誘拐犯うんぬんは冗談だったみたいだな。 

 そこで気を緩めてしまったのがいけなかったのか、フィーがとんでもない事を口走るのを止める事ができなかった。 

 

「おばちゃん、おかーさんのおともだちなんだ」 

 

 『おばちゃん』 

 その一言で周りの空気が凍りついた。 

 うおっ、何で俺に殺気をぶつけてくる? 

 フィーも気配だけは感じたようで、落ち着かないように周りを見回している。 

 

「フィ、フィー、このお姉ちゃんはね、この国で一番偉い人でね、まだ20才なのにすごい人なんだよ、このお姉ちゃんは」 

 

 あからさまに『お姉ちゃん』を強調してみる。 

 少し温度があがったようにも思えるが、フィーは落ち着かない様子だ。 

 娘に近付いて、そっと耳打ちする。 

 

「フィー、年上の女の人に会ったら『お姉ちゃん』というのが礼儀なんだよ。『おばちゃん』と呼ぶのは失礼に当たるからね」 

 

 わかってくれたのだろうか。 

 フィーは椅子から下りると、トコトコと王妃に近づき頭を下げる。 

 

「ごめんなさい、おねえちゃん。フィー、わるいことしちゃった」 

 

 泣きそうな顔になっている少女の頭を撫でる王妃と俺。 

 

「次から気を付ければいいんだよ」 

 

「ええ、フィーちゃんは何も悪い事はしていないわ。悪いのはお父様ですもの」 

 

 また俺のせいかよ! 

 文句を付けたいが、涙目の娘が俺を見上げてくる。 

 王妃の方は、その背後で口元に底意地の悪い笑いを浮かべているが。 

 くそっ、まんまとしてやられた。 

 

「あー、悪かった。謝る、ごめんなさい」 

 

 俺が一体何をした? 

 拳を固く握り締めながら、全く心のこもっていない謝罪を口にする。 

 それでも王妃は満足したらしく、途端に周りの緊張が緩む。 

 

「さあ、どんどん食べなさいな。クッキーはまだまだありますからね」 

 

「うん、ありがとう、おねえちゃん!」 

 

 さっきの事が無かったかのように振舞いやがって。 

 そうだ。クッキーといえば、一つ思い出した。 

 くくく、この話をすれば、奴の株も下がろうと言うもの。 

 侍女がお茶とクッキーのおかわりを持ってきたところを見計らって、話を始めることにする。 

 

「クッキーと言えば、思い出すなあ。王子が産まれた時の事」 

 

 俺が話し始めると、王妃はその話に気付いたのか、顔をしかめる。 

 

「なに? なにかおもしろいことがあったの?」 

 

 フィーが早速食いついてくる。 

 さすがは俺の娘だ。 

 

 あれは2年前の事、この国の王子が産まれて、その祝いにシアちゃんとふたりでこの城に訪れた。 

 町はお祝いムードにもかかわらず、城内は緊張状態。 

 何事かと聞いてみたら、名前の事で夫婦喧嘩をしているという。 

 父親である国王は、男なら『コナン』、女なら『マリナ』という名を用意していた。 

 そして、母親であるこの王妃はというと……。 

 

「好きな名前を付けろって占い師に言われたのを勘違いして、好きな食べ物の名前を付けようとしててさ」 

 

 フィーアも侍女も興味津々といった様子で話の続きを促してくる。 

 王妃は顔をしかめたままだ。 

 さてここまで期待されたら話さないわけにはいくまい。 

 

「コイツが用意してた名前ってのが、男なら『クッキー』で、女なら『プリン』なんだよ」 

 

 いやー、あん時は腹抱えて笑った。 

 笑いすぎて死ぬかと思ったほどだ。 

 思い出すたびに笑いがこみ上げてくる。 

 笑いを堪えきれずに、吹き出しながら周りを見ると、皆の顔が強張っている。 

 あれぇ? そんなに面白い話じゃなかったのかな? 

 

「あ、あの、私は職務が残っていますので、これで……、失礼しますっ!」 

 

 侍女が慌てたそぶりでこの場を去っていく。 

  

「……おとーさん! おとーさん!」 

 

 フィーが涙目で裾を何度も引っ張ってくる。 

 その時初めて気が付いた。 

 周りの空気が魔王のマヒャド以上に下がっている事に、そして王妃の右手が雷光に包まれている事に。 

 

「ふふふ。その話、他言無用と申しました事、忘れたとは言わせませんよ……」 

 

 墓場の下から聞こえてくるような不気味な声で、王妃が笑う。 

 し、しまった。 

 シアちゃんとの仲介をしてもらおうと思ってここに来たのに、なに怒らせてんだ俺は。 

 やり込められた仕返しをするためだったが、その代償はあまりにも大きかった。 

 

「さて、そろそろ家に帰る時間だな。フィーもそろそろお母さんに会いたいだろ?」 

 

「う、うん」 

 

 何事も無かったかのように、娘を小脇に抱えるとルーラを唱える。 

 

「じゃあ、もう帰るよ。今度産まれて来る子供にはちゃんとした名前を付けてやれよ」 

 

「言われなくともわかっています!」 

 

 空中に飛び出した俺の横を雷が通り過ぎる。 

 さすがにフィーを抱えた状態の俺に、ライデインを当てるつもりは無いようだな。 

 

「やれやれ、素直に謝るしかないか」 

 

 久しぶりの我が家に帰る俺の心は暗澹たる思いでいっぱいだった。 

 


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