リトルプリンセス(ああ、無情。外伝)   作:みあ

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第五話:竜王の城にて

「我が名は竜王! この世界を我が物としてくれん!」 

 

「おのれ、竜王め! その愚かな野望など、この華麗なる黒の騎士が打ち砕いてくれる!」 

 

 竜王と名乗りを上げる黒ずくめのローブに身を包んだ少年に、黒の騎士と名乗る鎧姿の男。 

 少年が魔法を掛ける仕草を見せると、鎧姿の男は地面に倒れる。 

 

「さすがは竜王、我が力が及ばぬとは……」 

 

「ふっ、貴様のような有象無象がいくら集おうとも、我が世界征服の野望を阻む事など出来ん!」 

 

 倒れた男に足を乗せ、高笑いする少年。 

 

「ねえ、アレなに?」 

 

 目の前の寸劇に呆気を取られていた俺は、娘の問い掛けに正気を取り戻す。 

 

「とりあえず、あの踏み付けられてるのはただのバカだ」 

 

「ふーん」 

 

 少年に踏まれ、どこか嬉しそうなサイモンの姿はそうとしか表現出来なかった。 

 

 

「おお! 久しいな、勇者よ! ようやく我が軍門に降る気になったか?」 

 

 先程の寸劇で竜王と名乗っていた少年が、俺に話しかけてくる。 

 黒髪を肩の所で切り揃え、澄んだ黒色の瞳は鋭い印象を与えてくる。 

 が、いかんせんまだ幼さの残る容姿は、無理矢理背伸びしているようでどこか可愛らしい。 

 

「まだ世界征服には興味無いよ」 

 

 俺がそう返すと、残念そうに表情を曇らせる。 

 

「惜しいな。竜王と勇者が組めば、敵は無いというのに」 

 

 いや、それはどうだろう。 

 この前シアちゃんにしこたま殴られて泣かされていたのを忘れてしまったのだろうか? 

 

「ところで、その娘は何だ? アリシア様の娘か?」 

 

 ……いつのまに『様』なんて、付けるようになった。 

 やはり、あの時の経験が堪えているのか? 

 

「ふえっ?」 

 

 フィーがシアちゃんに良く似た風貌で、首を傾げながらこちらを見上げてくる。 

 共通点と言えば、銀色の髪くらいしかないのだが、銀髪自体珍しいので娘と思われるのも仕方の無い事。 

  

「ああ、そうだよ。シアちゃんの娘だ」 

 

 フィーの頭に左手を乗せ、そっと撫でながら答える。 

 これから、それを現実にしていかなければならない。 

 

「何を言っている。アリシアに子供など……」 

 

 余計な事を口走ろうとするサイモンの兜の隙間に、いかづちの杖の先端をねじ込む。 

 

「……生まれたのか、それは良かった」 

 

 言外の含みに気付いたようだ。 

 サイモンはあっさりと意見を翻す。 

 

「なにやってるの、おとーさん?」 

 

 当然の事ながら、フィーが見咎めて当然の疑問をぶつけてくる。 

 しかし、俺が答えるよりも早く、少年が少女の手を取る。 

 

「我が名はサラだ。お前は?」 

 

「えっ、あっ、フィーア。えっ? サラって、おんなのこの名前…」 

 

 少年は、まあ言ってしまうと実は少女だったりするのだが、彼女はあっさりと男装の理由を口にする。 

 

「うむ、世界征服を企む竜の王がドレス姿では格好が付くまい」 

 

 そんなことはないと思うんだがな。 

 実際、シアちゃんだって、あの幼い姿で魔王やってたんだし。 

 いや、本当の所はよく知らないが。 

 本人があまり語りたがらないんだよな。 

  

「じゃあ、サラおねえちゃんって呼べばいい?」 

 

 俺が物思いに耽っている間に、子供達は打ち解けていく。 

 

「いや、サラと呼べ。同志フィーアよ」 

 

 打ち解けるというより、懐柔していると言った方が正しいかもしれない。 

 嫌な言い方をすれば、シアちゃんに対する駒が必要なのだろう。 

 

「じゃあ、わたしもフィー……って、待ってってば、サラ!」 

 

 サラちゃんは、話しかけようとするフィーの手を強引に引っ張り、城の中に連れて行く。 

 

「早速、計画の見直しをせねば! さあふたりで世界の覇権を掴み取るのだ!」 

 

 あの強引さは誰に似たんだろうな。 

 ふと、若かりし頃の呪文屋のお姉さんの顔が脳裏に浮かぶ。 

 まあ似ているといえば、似ているかもしれない。 

 

「お待ちください、姫様!」 

 

 サイモンがその後を追いかけていく。 

 城門の前に残るのは俺一人。 

 

「……えっと、入ってもいいんだよな?」 

 

 誰に問い掛けるでもなく、久しぶりの竜王城へと足を踏み入れた。 

 

 

「我が友よ、今日はどうしたんだ?」 

 

 竜王リバスト自らが俺を出迎えてくれる。 

 昔の、どこか線の細い美男子ぶりは消え、今は壮年の風貌に面変わりしている。 

 優しく穏やかな瞳は昔のままに、王者の貫禄を身に付けたとでもいうべきか。 

 

「そこでサラちゃんに会ったよ。また世界征服ゴッコしてたけど」 

 

 そう言うと、リバストは途端に顔を綻ばせる。 

 見た目通りのかなりの孫馬鹿なのだ、こいつは。 

 一通り、挨拶代わりの社交辞令を済ませてから、本題に入る。 

 

「翼の生えた悪魔のような魔物? いや、そんな魔物は見た事が無いな」 

 

 リバストからの返答はそれだけだった。 

 

「いや、そんなはずないだろう?!」 

 

 ルーラ中に空中でぶつかった事、こちらを振り返ろうともしなかった事、思い出す限り全ての情報を伝える。 

 すると、リバストはしばらく思索した後、呟いた。 

 

「ひょっとするとそれは、ガーゴイルかもしれん」 

 

 リバストの説明によると、ガーゴイルとは闇の魔法によって創られた魔法生物だということだ。 

 ここで気になるのは、闇の魔法という言葉。 

 

「闇の魔法というと、やっぱり魔王とかか?」 

 

「わからん。だが最近、邪神崇拝という噂をよく耳にする。少し調べてみるとしよう」 

 

 邪神か……、まさに世に悪の種は尽きまじって奴だな。 

 次から次へと大変な事だ。 

 と、他人事のように言っているが、今回も俺が何とかしないといけないんだろう。 

 全く面倒くさいことこの上ない。 

 

「ところで、幼い少女を連れて来ているそうだが?」 

 

 くっ、耳の早い。 

 この部屋に来るまでに何人かの侍従とすれ違ったから、その辺りから聞いたのだろうか。 

 

「ああ、一応俺とシアちゃんの娘ということにしてある」 

 

「一応? 隠し子か?」 

 

 とんでもないことをほざく阿呆に、事情を話す。 

 

「……というわけで、俺が父親だってことになってる」 

 

 説明を聞き終えると、リバストは何かを思案しながら口を開く。 

 

「……家に帰らない方がいいんじゃないか?」 

 

「言われなくても、そんな事はわかってる」 

 

 このまま帰ったら、間違いなく殺される。 

 ああ、怒り狂ったシアちゃんの顔が目に浮かぶようだ。 

 こんな時、ローラがいてくれれば………余計に煽りまくって、エライ事になりそうだな。 

 どう考えても悲劇的な展開しか思い浮かばない。 

  

「すまん。悪い事を言ってしまった」 

 

 何となく空気が重くなっていたその時、そっとドアが開いた。 

 ドアの隙間から顔だけを覗かせるフィーアの姿に、その場の空気が和まされる。 

 

「おとーさん、おはなしおわった?」 

 

「ああ、もう終わったよ」 

 

 そう答えると、ドアの隙間からするりと身体を滑り込ませる。 

 

「おとーさん、にあう?」 

 

 フィーアは何故か、ここに来たときとは全く違う服装に着替えている。 

  

「うん、可愛いよ。それでどうしたんだ、そのメイド服?」 

 

 そうメイド服だ。 

 むやみやたらにフリルを付けて、明らかに実用性は皆無だが。 

 

「こら、フィーナ。走っちゃ駄目じゃないか」 

 

 そんな言葉と共に、サラちゃんがこれまた似たようなデザインのメイド服に包まれて現われる。 

 彼女が姿を見せると同時にリバストが相好を崩すのが視界の片隅に見えた。 

 

「だって、おとーさんに早くみせたかったんだもん」 

 

 妹をたしなめる姉のような構図にどこか安心する。 

 ここに連れてきたのは間違いではなかったようだ。 

 

「その格好はなんだ、サラ?」 

 

 仮にもここのお姫様、間違ってもメイド服を着るような存在ではない。 

 リバストが咎めるように、彼女に問いただす。 

 ともすれば緩んでしまいそうな口元を懸命に引き締めようとしているのが、傍から見ていてよくわかるが。 

 

「覇王たる者、庶民の暮らしぶりも知る必要があると諭されました」 

 

「誰にだ?」 

 

 聞かなくても、大体わかるだろうが。 

 あのメイドマニアに決まっている。 

 

「サイモンです」 

 

 ほら、やっぱり。 

 件のサイモンの姿はここには無い。 

 おそらく、この先の展開に気付いて逃げ出したのだろう。 

 

「フィー、他には何か言ってなかったかい?」 

 

 サイモンの事だ。 

 明らかに守備範囲外の幼女に手を出すとは考えにくい。 

 他に目的があったに違いない。 

 

「……うーんとね、あおたがいって言ってたよ」 

 

 ※青田買い:青田の時期に収穫を見越して買っておく事 

 

 なるほど、青田買いか。 

 くっくっく、いい度胸だ、サイモンめ。 

 大事な娘に手を出そうとした報いを受けてもらおう。 

 

「リバスト、今日は泊まっていってもいいか?」 

 

 俺がそう声を掛けると、リバストも同じ事を考えていたのだろう。 

 二つ返事で了承した。 

 

「ああ、構わん。久しぶりに組む事になりそうだな」 

 

 リバストも体が鈍ってなきゃいいけどな。 

 俺達がそんな会話をしていると、子供達は目を輝かせる。 

 

「おとーさん、きょうはここに泊まるの?」 

 

「ああ、明日の朝出発だ」 

 

「ふむ、では我が野望を達成するための方法をふたりで練ろうではないか」 

 

 サラちゃんが、フィーの手を取って引っ張っていく。 

 無理矢理というわけでもなく、フィーも笑顔でそれに付き従う。 

 

「さて、俺達も行くか。途中で倒れたりするなよ、リバスト」 

 

「お前こそ、私にあのセリフを言わせるなよ」 

 

 そういえば、こいつも王様だったな。 

 リバストに言われるのは、確かに情けない。 

  

 俺達は笑い合いながら、その場を後にした。 

 

 

「ねえ、おとーさん?」 

 

 翌日、城門の前で出発の準備をしていると、フィーが話しかけてくる。 

 昨夜は一晩中、サイモンを小突き回していたので眠くてしょうがない。 

 

「どうしたんだ、フィー?」 

 

「サイモンのおじさん、どこに行ったの?」 

 

 サイモンはどこに、か。 

 最後、リバストがどこかに連れて行ったから、正確にどこにいるのかは知らないんだよな。 

 

「サイモンは海水浴に行くと言ってたよ」 

 

 俺が答えあぐねていると、横からリバストが答える。 

 海水浴って、海に沈めやがったな……。 

 

「へー、寒いのにすごいね」 

 

 フィーは素直に感心している。 

 素直な子に育ってくれて、お父さんは本当にうれしいよ。  

 そんな時、サラちゃんが俺に話しかけてくる。 

 

「フィーアもさすがに勇者の娘だけの事はある。まさか、勇者の剣を抜くとは思わなかった」 

 

 は? 今、何て言った? 

 思いがけない言葉に、一瞬呆けてしまう。 

 

「だから、お爺様がお前から預かっている剣があるだろう?」 

 

 ロトの剣のことか? 

 

「勇者の娘ならば、抜けるやもしれんと思ってな。昨夜、試してみた」 

 

 決戦の後で判った事だが、ロトの剣は勇者の血筋、それも限られた者にしか鞘から抜く事が出来ない。 

 シアちゃんもリバストも鞘から剣を抜く事が出来なかった。 

 あの時点で抜けたのは、俺とローラのみ。 

 ローラとの子供が大きくなった時に試してみたが、中には抜けない者もいたのでこの分析に間違いはないだろう。 

 

「本当に抜いたのか?」 

 

 もう一度念を押すように、確かめる。 

 

「ああ、あっさりといとも簡単に抜いたぞ」 

 

 俺の血を引いていないはずのフィーアがロトの剣を抜いた。 

 これが何を意味するのかわからないまま、別れを告げる。 

 

「大人になったら、一緒に世界征服だ! 忘れるな!」 

 

「うん! サラも元気でね!」 

 

 子供達の間に確かな絆が生まれた事を確認して、俺達は竜王城を後にした。 


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