リトルプリンセス(ああ、無情。外伝)   作:みあ

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第十一話:誓い

 妻の髪をくしでそっととかす。 

 出会った頃から続いている、大切な朝の儀式だ。 

 銀色の髪は幼い少女のように滑らかで、どこか甘い芳香さえも感じさせる。 

 

「久しぶりにリボンを結んでみようか?」 

 

 彼女の機嫌を伺うように、そう訊ねる。 

 

「ん。任せる」 

 

 その返答を聞いて、俺はタンスに手を伸ばす。 

 引き出しを開けると、中には色とりどりのリボンの束。 

 真っ赤なリボンを選び、彼女の髪をそっと握る。 

 腰まで伸びた長い髪を束ねるようにして、出来るだけ先の方を結ぶ。 

 この位置だとさすがに外れやすいので、少しきつめに結ぶようにと心掛ける。 

 

「出来た。痛い所は無い?」 

 

「問題は無いが、あるじはいつもこの結び方じゃのう」 

 

 呆れるような口調の妻。 

 俺はいつものように彼女をなだめる。 

 

「ああ、この結び方が好きなんだ」 

 

 俺がまだ小さかった頃、母親がいつもこんな結び方をしていた。 

 もっとも、こんな可愛らしいリボンで結んでいたわけではないが。 

 

「赤いリボンか……、懐かしいのう」 

 

 赤いリボンは絆の証。 

 プロポーズの言葉と共に贈った、思い出の色。 

 もう一人の妻には、青いリボンを贈った。 

 だから青いリボンをシアちゃんの髪に結ぶ事は無い。 

 それはローラとの絆なのだから。 

 

 

「ふむ、こやつがプリンか」 

 

「うん、プリンだね」 

  

 サマルトリアの王妃の部屋、小さな揺りかごに揺られて不思議そうにこちらを見つめる赤ちゃん。 

 つぶらな瞳は真っ青で、申し訳程度に生えている産毛のような頭髪は淡い金色をしている。 

 どうやらこの娘は父親に似たらしい。 

 

「おふたりとも、この子はマリナと申します。いつまでも同じネタを引っ張らないでくださいませ」 

 

 黒髪黒瞳の母親は、体調が悪いのだろうか、ベッドから半身を起こした状態で身体を震わせている。 

 右の拳を強く握り締め、痛みに耐えているかのような様相だ。 

 

「マリナちゃんか、大きくなったらお母さんみたいな美人になるんだよ」 

 

 小さなお姫様にそっと右手の人差し指を差し出す。 

 おそらく反射的にだろうが、握り返してくる仕草が可愛らしい。 

 

「あるじ、若い娘が好きなのにも程があるぞ」 

 

 微妙にトゲのある言い方だ。 

 

「だから言ったろ。今はシアちゃんひとすじだって……痛っ」 

 

 その時、指先に痺れるような小さな痛みを感じて手を離す。 

 

「ん? 何かあったのか?」 

 

「ああ、いや、何でもない」 

  

 指先は真っ赤になっていた。 

 指先を握っていた赤子は無邪気な瞳でこちらを見つめてくる。 

 ……まさか、な。  

 

「息子の方はどうした? 姿が見えんようじゃが」 

 

 いくらか身体の震えが治まった王妃に、シアちゃんが訊ねる。 

 確かにそれは気になっていた。 

 この子には2才年上の兄がいる。 

 なのに、何度訪ねてきても出会ったためしが無い。 

  

「さあ? どこでどうしているやら」 

 

「いや、おぬしの息子であろうに」 

 

 しかも、若干2才の第一王位継承者だ。 

 母親として、その態度はどうかと思うぞ。 

 

 俺達の咎めるような様子に気付いたのか、王妃は慌てたように付け足す。 

 

「いえ、誰といるかは判ってるんです。ただ、その娘がどこにいるかまでは……」 

 

 乳母にでも預けているのか? 

 王妃は側に控えている侍女を呼ぶと、何かを命じている。 

 部屋を出て行く侍女を何となく見送っていると、王妃が頭を下げる。 

 

「ひいおじいさま、先日はお世話になりました」 

 

「何の話だ?」 

 

 いつもはひいおじいさまなんて、可愛らしい呼び方をしない。 

 何か裏があるのではないかと勘繰ってしまう。 

 ひょっとして、侍女にアノ話をバラした事か? 

 

「ですから、先日の……」 

 

「ちょっと待て! 生まれた子供にクッキーって名前を付けようとしたって話は、場を盛り上げるために仕方なくであって。そもそもお前が俺を何だかんだネチネチと嫌味ったらしく……ブハッ!」 

 

 熱弁をふるう俺の側頭部を、何やら硬い衝撃が貫く。 

 地面に倒れながら見上げると、ウェイトレスのトレイの如く蒼い盾を片手で振り抜いた王妃の姿。 

 

「お、お前、よりにもよって、ロトの盾で殴るか?」 

 

「近くにこれしかありませんでしたもので」 

 

 シアちゃんとの旅の途中で見付けた、勇者ロトの遺物。 

 盾なんぞ持ってても仕方ないので、可愛い曾孫娘の10才の誕生日にプレゼントした物だ。 

 枕元の壁に飾られていたのは確認していたが、まさかこう来るとは思わなかった。 

 

「何をやっとるのだ、おぬしらは」 

 

 呆れるような妻の声が頭のキズに響く。 

 とりあえず、薬草をば。 

 道具袋に手を突っ込んで、ふと気付く。 

 そういえば、薬草無くなったんだっけ。 

 

「ゴメン、誰か薬草か回復呪文を頼む。この間の魔物の襲撃で使い果たしたんだった」 

 

 身を起こすと、王妃の手が頭にかざされる。 

 細く小さな手が白い輝きに包まれ、やがて痛みが和らいでいく。 

 

「すまん」 

 

「いえ、私もつい、頭に血が昇ってしまって」 

 

 互いに謝り合い、落ち着いた所でシアちゃんが話を切り出す。 

 

「それで、あるじの事はどうでもいいとして、おぬしは何が言いたかったんじゃ?」 

 

 どうでもいいのか、俺。 

 反論のために口を開こうとして、シアちゃんに睨まれて口をつぐむ。 

 ちくしょう、弱えーな俺。 

 

「先程、ひいおじいさまがお話しされた、魔物の襲撃の事です」 

 

 聞けば、先日のサマルトリアでの戦いについてだと言う。 

 

「目撃した少女の話では、炎の剣を振るい、魔物の群れを一瞬で倒されたとか」 

 

 ミーナちゃんの事か。 

 あの戦いの後の情熱的なキスを思い出して、思わずシアちゃんの方を見てしまう。 

 

「さすがは、わらわのあるじじゃな。伊達に勇者をやっておらん」 

 

 どうやら気付いてないらしい。 

 何だか自分の事のように勝ち誇っている。 

 

「はっはっは、勇者としては当然の事をしただけだよ」 

 

 心の中では、何かくれないかなーとか思っているが。 

 そんな事を考えていると、王妃が何やら書類のような物を取り出す。 

 

「実は、南通りがその、ひいおじいさまの攻撃の余波で多大な被害を受けまして。もちろん、人命には替えられないのですが……」 

 

 言い難そうな王妃の言葉に、俺の白々しい笑いが凍り付く。 

 

「まあ、あるじじゃからな。伊達に勇者はやっておらん」 

 

 さっきの台詞と似通ってはいるが、意味は正反対なのだろう。 

 気落ちしたようなシアちゃんの言葉が胸をえぐる。 

 

 そうこうしていると、ドアがノックされる。 

 先程の侍女が戻ってきたのだろう。 

 

「王妃様、連れて参りました」 

 

 ドアが開くと、先程の侍女と、もう一人。 

 侍女の制服に身を包んではいるが、明らかにこの場にいる誰とも違っている部分がある。 

 

「申し訳ありません、王子には何度も言い聞かせているんですが」 

 

 見ると、小さな子供が腰の辺りにへばり付いている。 

 金色の髪に青い瞳、この子がこの国の第一王位継承者、コナン王子のようだ。 

 

「コナン、こちらに来なさい」 

 

 王妃が呼んでも、侍女から離れようとしない。 

 この場にいる者全てで試してみたが、やはり彼女から離れようとしない。 

 試しに無理矢理引き剥がして、彼女を部屋の外に出す。 

 小さな王子は何度もドアを開けようとして、それが叶わぬと知ると最初からいた侍女の方に走り、胸に飛び込む。 

 

「このように、私には全く懐いていないのです」 

 

 一体何が原因なのかを悩む彼女達を横目に、先程の侍女を部屋に呼び入れる。 

 途端に彼女に走り寄っていく王子の姿。 

 あの侍女と、この場にいる女性達の決定的な違い。 

 俺から見ると一目瞭然なのだが本当にわからないのだろうか? 

 

「抱かれた感触が硬いからだと思うぞ、単純に」 

 

「は?」 

 

 部屋の女達の視線が俺に集まる。 

 見ると、侍女達は必死に人差し指を口の前に立てている。 

 やはり気付いてないのは本人だけのようだ。 

 シアちゃんですらも、俺が言いたい事に気付いたのか、嫌そうな顔をしている。 

 

「だから、胸の大きさ」 

 

 王妃は一瞬呆けたような顔を見せると、自分の胸を見下ろし、周りの女性達の胸を見る。 

  

「……貴女達は知っていたのかしら?」 

 

 驚いた様子の無い侍女達に気付いたのだろう、静かな王妃の声が静まり返った部屋に響く。 

 

「じゃあ、俺達はそろそろ帰るから」 

  

 侍女達の声にならない悲鳴を背後に聞きながら、俺達はその場を後にした。 

 

 

 城の兵士たちが直立不動で敬礼をしてくる。 

 正直、出会うたびにやられるのは非常にウザい。 

 

「アレン達がどこにいるのか、知らないか?」 

 

 適当な兵士を捕まえて、子供達の居場所を尋ねる。 

 この城に着いてすぐ、挨拶もそこそこに「探検してくる」と部屋を飛び出していったのだ。 

 久しぶりに聞く子供らしい言動にどこか安心したのを思い出す。 

 

「あるじ、謁見の間におるらしいぞ」 

 

 シアちゃんの声に、ふと我に返る。 

 

「じゃあ、迎えに行って、どっかで飯食って帰るか」 

 

 扉を開けると、この国の王と子供達が輪になって何やらゲームをしている。 

 金色の髪、青い瞳の優しげな目をした青年王。 

 周りの者は、俺によく似ているというが、自分ではよくわからない。 

 

「ほれ帰るぞ、おぬしら」 

 

 妻が子供達を急き立てる。 

 子供達は不満を口にしつつも、服装を整えて別れの挨拶をする。 

 

「いつでも遊びに来ていいからね」 

 

 とても国王とは思えない気さくさだ。 

 

「おぬしによう似ておるわ」 

 

 シアちゃんが俺にだけ聞こえるように呟く。 

 俺、あんな感じか? 

 疑問に思いつつも、子供達の後について行くように部屋を出ようとした。 

 

「勇者様、先日は本当にありがとうございました」 

 

 国王が俺を呼び止めて、礼を言う。 

 

「もういいよ、今日1日だけで色んな奴に礼を言われたからな」 

 

「では、これをお持ちください」 

 

 何やら重そうな袋を取り出してくる。 

 明らかに金が入っているのだろう。 

 

「おいおい、かなり心惹かれるもんがあるが、そりゃマズイだろ」 

 

 あの大きさの袋、1000ゴールドは下るまい。 

 冒険の旅の始まりに、オッサンからもらった50ゴールドとは雲泥の差だ。 

 

「ですが、何かお礼をしなければ治まりません」 

 

 ここまで言われて断るのも何なので、一応受け取ってみる。 

 思ったよりもずっと重い。 

 実は2000ゴールドに行ってんじゃないだろうか。 

 俺は、袋の口を開けて、おもむろに右手を突っ込む。 

 握れるだけのコインを掴むと、左手の袋を国王に差し出す。 

 

「勇者様?」 

 

 疑問を顔に浮かべる青年に、こう告げる。 

 

「ほら、俺からの寄付だ。この国の復興に使ってくれ」 

 

 金ってのは、持ちすぎると不幸になるからな。 

 今までの俺の経験が物語っている。 

 

「……わかりました。ありがとうございます、勇者様」 

 

 笑顔で見送る青年に、別れの言葉をかける。 

 

「ああ、そうだ。多分アイツ、今夜は荒れると思うから、気を付けてな」 

 

「妻の事ですね。慣れてますから、大丈夫です」 

 

 途端に苦笑に変わる青年に親しみがわいて来る。 

 どうやら女の方が強いのは、どこの家庭でも同じのようだ。 

 

「じゃあな」 

 

「ええ、勇者様もお元気で」 

 

 

「おとーさん、おそい!」 

 

 城門で俺を迎えたのは、娘の怒った声。 

 

「悪い悪い。おわびに飯はおごるからさ」 

 

 いやー、数えてみたら手に残った分だけで200ゴールドもあったのさ。 

 

「おぬし、子供に金を払わせるつもりでおったのか?」 

 

 その場にいるもう一人の大人が冷静に突っ込んでくる。 

 

「当然シアちゃんにおごってもらうつもりでおりました」 

 

「礼金でももらったのか? 仕様の無い男じゃ」 

 

 そんなこんなで街へと繰り出した俺達だった。 

 

 

「セリア、これを受け取って欲しいんだ」 

 

 アレンが小さな手に握ったリボンを、セリアに差し出す。 

 

 街角の小さなリボン屋での出来事だ。 

 ちなみにリボン屋というのは、ローラの日記が流行した結果生まれた新しい商売の事だ。 

 俺がプロポーズの際にリボンを渡した事が、庶民の間で広まってしまったのだ。 

 実は、指輪を贈りたくても、金が無かったというだけなのだが。 

 おかげで、世の男性諸君にはありがたられてはいる。 

 

「うわあ、あれってぷろぽーずっていうの?」 

 

 フィーが興味津々といった様子で見守っている。 

 

「最近の子供はませておるな」 

 

 シアちゃんは落ち着いた様子だ。 

 

 肝心のセリアは、手を伸ばそうとして躊躇しているようだ。 

 ほら、頑張れ、アレン3才。 

 あー、そういえばまだ3才なんだよな。 

 とてもそうは見えないな。 

 むしろ、フィーの方が年下に見える。 

 

「僕、大きくなったら勇者になって、セリアの事、守るから!」 

 

 アレンの精一杯の誓いに、セリアは応える。 

 

「うん、約束だからね。勇者になって、セリアの事、守ってね」 

 

 小さな誓いが今、為された。 

 

「ねえねえ、おとーさん。フィーにも買って」 

 

 場の空気を読まない、甲高い声が店に響く。 

 

「いや、あのな、大きくなってから彼氏とかに買ってもらうもんだぞ」 

 

 その時の事を考えると、腹立たしくもなるが。 

 俺がそう言うと、アレンの真似だろう、将来の夢を語りだす。 

 

「フィーね、大きくなったら、おかーさんみたいなすごいまほうつかいになるの!」 

 

 その言葉を聞いて、シアちゃんが勝ち誇ったような表情でこちらを見る。 

 でも、まだ続きがあった。 

 

「それでね、おかーさんみたいになって、おとーさんとけっこんするの!」 

 

 くうっ、娘からのプロポーズがこんなにも胸に来ようとは。 

 お父さんは感動したぞーー! 

 思わず抱きしめようとする俺の足を、シアちゃんが力一杯に払う。 

 

「あるじは、わらわの物じゃ。おぬしのような小娘にはやらんわ!」 

 

「おとこのひとは、わかいおんなのこがすきなんだよ!」 

 

 バランスを崩して、顔面から地面に倒れこむ俺を尻目に、争いは激しくなって行く。 

 

「あの、お客様、店内での喧嘩は困ります!」 

 

 ラブラブ幼児カップルと壮絶な親子喧嘩に挟まれながら、俺は思った。 

 さっき突っ返した金、ここの支払いに使われるんだろうな、と。 

 

「すみません、サマルトリア王家にツケといてください」 

  

 店員にそう告げながら、俺はこの喧騒に身を委ねた。


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