星の距離さえ動かせたなら   作:歌うたい

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六節『兎追いしかの街』

こうして息を詰まらせる程の衝撃を受けることすら、どこか現実的ではないと思っていた時期が自分にはあったのだという事を聞けば、周囲は果たしてどれだけの反応を見せてくれるのだろうか。

 

どんな化け物だ、とか。

どういう身体をしているのだ、とか。

 

 

往々にしてそれは、異端的に捉えられるし、我ながらその反応は正常なモノともいえる。

要は有り得ない事なのだ、手で触れれば弾かれて、押そうとすれば押し戻されて、思い切り殴れば腕が折れる。

そんな特性を一個の人間が持ち合わせているのだという事を現実的と思う方が異端であろう。

 

 

――ましてや、その衝撃を与えた人物がかの武神だとしても関係ないのだと云えば、より顕著に疑わしさが増すというモノだろう。

 

 

 

「何してンだ、てか何してくれてンだオマエは。脳筋が祟ってついに頭のネジ吹っ飛ばしやがったンですか、あァ!?」

 

 

 

「……いや寧ろオマエの方が割と心配なんだけど。こんなグラマラスな美少女に密着されてからの第一声がそれって。どっちかというと理性を飛ばそうと思ったんだがな、ドライ過ぎるだろ、少しは普通の健全な男子としての反応しろよ!?」

 

 

 

「え、なンで俺が逆ギレされてンの?」

 

 

 

理解が出来ない、顔一面にそんな感情を隠そうともしない一方通行の、半目になりがちな紅い瞳が振り向いて。

鏡でも覗いたかの様に、恐らく自分と同じであろう感情を貼り付けた不満顔が直ぐそこにはあった、無駄に近くに。

 

現実的ではないのは此方の方ではない筈なのに、寧ろおかしいのはこうして背中にしがみついて来る川神百代の筈なのに。

段々と膨れっ面になる女の顔付きを見て、どうしてか自信が揺らいだ。

 

 

 

「いや、うん、冷静になって考えてみろ。 私は一応、川神学園一の美人と自他共に認められてるぐらいな訳だぞ? スタイルも我ながら思春期の男なら色んな意味で元気になるレベルだと自負してる。客観的に見たとしても、きっと私ならほっとかないレベルだ、うん。けどさ、それをさ、こうまでサバサバと対応するのって逆におかしいだろ? 胸とか当ててんのよ状態だぞ、何もないのかお前は。顔色全然変わってないって、枯れてるにも程があるだろ!?」

 

 

「……」

 

 

これはどうなのだろうかと、マシンガン並の勢いで何やら批難してくる百代の言葉に重要性は今一つ感じられないが、あまりに彼女の形相に余裕が見られないので、一方通行は少し考えてみた、そのままの姿勢で。

 

 

確かに、贔屓目に見ずとも川神百代の容姿は整っているし、スタイルが良いという主張に関しては否定する気もない。

何やら焦ったように、やたらとグイグイと背中に押し付けて来る胸囲はまぁ豊かであるのだろうし、別にそこに女性を意識しないという訳でもなかった。

 

しかし、だからといってあからさまな反応をしなくてはならないというのは、色々と間違っている気がした。

というか予告もなしに気配すら消して背中に飛び付いて来た女に対して、そこまで考慮する謂れもない筈だ、やはり現実的ではないのは此方ではなく彼方だ。

 

 

 

――結論。

 

 

 

 

「御託は良いから退けェ痴女がァァァァ!!」

 

 

 

放課後の帰り道、校門潜った直ぐ其処で。

柔道の達人である不死川 心も天晴れと賞賛するような、綺麗な一本背負いが決まった。

 

 

 

 

 

――

―――

 

 

 

「なんだよぉ、大和でさえちゃんと照れるのに、一方通行が極端にドライ過ぎるのがいけないんだろ。遠目でも何だか元気無さそうだから、私なりの激励を贈ってやろうと気遣ってやったのに」

 

 

「余計な世話焼かなくて良いンだよアホ。つゥか激励が目的だったとしたら、完全に裏目に出てるからな」

 

 

雲の輪郭を浮き彫りにしていく橙に塗れた平行線へと そっぽを向く様にして景観を眺めるのは、どうやら彼の 隣を歩く百代の機嫌を損ねるのに一役買ったらしい。

後ろ手を組んで不満そうに唇を尖らせている割には、橋架けに敷かれたアスファルトを歩く足音はやけに浮かれている様で。

所謂気難しい年頃らしさを顕著に表すちぐはぐさに、より一層面倒臭くなる。

 

 

「そういや、大和から話は聞かせて貰ったんだが……年上のお姉様との同居が一人から二人になったらしいじゃないか? 流石、エレガントチンク、教師だけじゃ飽き足らず軍人まで侍らすとは」

 

 

「あンのボケ、口軽すぎだろォ……」

 

 

「いやまぁ、別に大和から聞かなくても直ぐに知る事になったと思うから、私の舎弟は虐めてやるなよ。既に学園中に広まってるぞ、その話」

 

 

「訳分からねェよ、クソ。なンだってそンなに早く情報が回ってやがる」

 

 

朱に焼かれたグラデーションの隙間を縫って届いた夕日が、水面に映されて鮮明に波を作る。

橋の上から見下ろす景観は心さえ溶かすほどに綺麗だというのに、去来する鬱屈とした心情が遮って苦笑一つさえも残さない。

 

傍を流し見れば、いかにも愉快そうな声色とにんまりとした、あどけない少年みたいな笑顔。

けれど、先程とは打って変わって力強い足音は、苛立ち任せに足踏みしているようで。

百代の掴みにくい機嫌の推移は、誰も彼もに気取られていない訳ではないという事を、彼女に教えてやりたい衝動に駆られる。

 

 

「決まっているじゃないか、そんなの。今や川神学園で一、二を争う程の有名人な一方通行のホットなニュースだからな、しかも女絡み。食い付かない訳がない」

 

 

「下らねェ……当事者置いて盛り上がられてもなァ」

 

 

今更、自分が百代が言うほど有名人ではないと否定する程、自覚の足らない一方通行ではない。

不本意ながらも有名であるのは間違いないし、言ってしまえば身から出た錆というモノだ。

手首を右へ左へ捻りながら、手に提げた鞄の影を横に伸ばしたり縦に縮めたりするのを眺めるぼんやりとした紅い瞳が、ゆっくりと揺れた。

 

 

「気に入らないって顔じゃないか、一方通行」

 

 

とん、としなやかな動きで一方通行の前を遮る。

挑発気味に細められた紅い瞳が、面倒臭そうに顔をしかめた彼の瞳を覗き込んだ。

どうにもしてやったり気味なお調子者に、駆られたばかりの衝動はするりと抑えを脇に置き去りにした。

 

 

「気に入らねェって気分は、お前も同じなンだろ、川神百代」

 

 

得意気になるなと謂わんばかりに、鼻を鳴らして吐き出した言葉に、百代の目が大きく開かれる。

意表を突かれてしまった事が丸分かりになるほど、呆気に取られてしまったのは。

不貞腐れたい心情を精一杯抑えながらに空を仰げば、視線の先に、白と茜。

戻してみれば、夕焼け雲と同じ様に浮き彫りになった男のシルエットが、宥める様に苦笑していた。

 

 

「まぁ……そうなんだが、な。今もっと不愉快になったぞ、責任取れ」

 

 

「知るかよ、アホ」

 

 

「なんだよー素っ気ないな相変わらず」

 

 

単純なことだ、これは。

気に入らないのは、一方通行が自分以外の何かしらの要因で話題に上がるということ、それだけではないけれど。

日々の一方通行へのリベンジに向けての外堀埋めとして、頻繁に彼へと会いに来ては衆目に見せ付ける様に再戦をそれとなく申し込んでしてきた百代にとって、今回の状況はイレギュラーといって良い。

一方通行自身が頑なに再戦を拒むのならば、先ずは外堀を埋めてみてはという弟分の意見を採用して、馴れないながらも溺め手を実行していたのだ。

そこまで支障は出ないだろうけど、一方通行の手によって対策を取られるならまだしも、想定外の横槍はどうにも面白くなかった。

 

 

「実際に見た訳じゃないから何とも言えないが、大層な美人らしいじゃないかぁ、新しい同居人も。どうなんだ? クリスも素晴らしい上玉だったし、ガールハンターの私としての食指が疼くぞ、全く」

 

 

「あァ、そうかい。なら喜べよ、ご期待には添えられそうだったぜ?」

 

 

くるりと今度は背を向けて、茜に焦がれたアスファルトを一方通行よりも先に。

せめてもの意趣返しは余り効果はないけれど、それでもこの瞬間だけは、意図はなくとも形だけでも、自分の背中を追って貰う。

 

 

「なに!? あの一方通行が素直に認めるって事は……おっといけない、涎が……」

 

 

「いやまァ、他人の趣味をとやかく言うつもりはねェが、そこまでオープンなリアクションされても困るンだが」

 

 

面白くないのは、単純なことで。

全てという訳ではないけれど、寧ろ全体で見れば少ない部分なのかも知れないけれど。

汲み取られくないと思う事に限って 、あっさりと見透されてしまうのは、悔しいから。

学園中に広まっている噂を、自分が気に入らないなと思ってしまった事は、せめて気付かれないようにしたかった。

 

 

「しょうがないだろ、周りに良いって思う男が居ないのが悪い。それなら可愛い女の子に走るのは当然だろ? それに、目星付けた良い男はこんな良い女がアプローチしてもつれない対応しかして来ないときた」

 

 

「アプローチってかアタックじゃねェか、物理的な意味で。喜ンで対応する程、ドMちゃンじゃないンだよ俺は」

 

 

だって、それは、もしかしたら。

些細でも、僅かだとしても。

嫉妬という奴なのかも、知れないから。

仮に万が一そうだとしても、それはそれで面白いかもしれないけれど。

やられてばかりというのは、やはり、面白くないのだ。

 

夕焼けのグラデーションを下地に出来る影法師は、彼女自身も手に余るちぐはぐな内側を映した様に、薄く朧気で。

もしこれから先に、一方通行とリベンジして、それが叶って。

そして、それから私はどうするんだろうなと、自問自答を投げ掛ける自分が何だか青臭く思えて。

つい零れた笑い声を、しっかりと後ろの男に聞かれてしまったらしい。

 

 

「何笑ってやがる」

 

 

「いや、一方通行のちゃん付けって何か似合わないから面白くてさぁ。一周回って可愛らしいぞ、アクセラちゃん」

 

 

「似合わないってのは自覚してンよ。だが可愛いって何だアホ、ンでお前にちゃん付けで呼ばれると気味悪ィからやめろ」

 

 

「やめろと言われるとやりたくなるのが人の性なんだが、良い男に言われたならやめといた方が懸命だな。ほぉら、私こんなに物分かりの良い女!」

 

 

背中越しに胸を張ったところで、特に威張れる訳ではないとして。

チラリと振り向いて見てみれば、ジロリとした白眼視の眼差しのまま、けれど此方を見ていない生意気な横顔が映って。

そこに不服を覚えながらも、夕陽を飾り付けた幻想的な色合いに染められた男の、紅い視線の先を辿ってみる。

 

 

「ん……? あぁ、そういや今日、キャップはバイト休みだったか。野球なら最初から参加しておけば良かったなぁ」

 

 

パカリと携帯を開いてみれば、未開封のメールが一件で、差出人は案の定、百代の舎弟である直江大和から。

内容は放課後に変態橋の河川敷で野球をやるとの伝達が、少々の絵文字と共に送られていた。

 

 

「誘われてたンなら、最初からそっち行ってりゃ良かったのによォ。直江の奴、手綱ぐらいしっかり握ってろってンだ」

 

 

「おいおい、失礼極まりないなお前はホント。というか寧ろこんな美少女に抱き付かれた挙げ句、素敵な時間を過ごせたんだから、少しでも長引かせるのが本来取るべき選択だろ?」

 

 

「あァ、はいはいそォですねェ、分かりましたァ。つー訳でさっさとあいつらに混ざれ、俺を解放しろ」

 

 

「んーそんな言い方されたら、もう意地でも引っ付いてたくなるのもこれまた人の性だよなぁ。なんか言われっ放しもムカつくし」

 

 

「物分かりの良い女どこ行ったンだ、オイ…………まァいい、寧ろアッチから迎えに来やがったよォだからなァ」

 

 

売り言葉に買い言葉。

それにしては随分と軽い拍子のやり取りなのだから、一方通行に邪険にされるのも枠に嵌まってきたものだ。

そう百代が苦笑混じりに肩を竦めたところで、肩の荷が降りたといったような面持ちで、紅い瞳を細める。その視線の行き先に、言動に合点がいって、次いでにバタバタとした落ち着きのない足音で誰が迎えに来ているかも特定出来て。

 

振り返ると同時に、両手を広げた――飛び込んで来るであろう、愛しい妹を受け止める為に。

 

 

「お姉様ぁぁー!」

 

 

「あっはっは、よーしよしよし。全く可愛いなぁワン子は、どっかの白い兎と違って愛嬌って奴をよく分かってる」

 

 

「ふふーん、当然よ!」

 

 

「勝ち誇るよォに見られても困るンだが。ドヤ顔すンな、そンなに誇れる事じゃねェから」

 

 

予想を裏切らず、弾丸よろしく胸に飛び込んできた妹を掻き抱いて小粒な頭を撫でながら、ちょっとした意趣返しと共に誉めてしてやれば。

途端に、頭を撫でくりされたまま一方通行に向かって誇らしげな表情を向ける。

 

対して一方通行はといえば、まるで小学生のお遊びに無理矢理付き合わせられる近所の兄ちゃんばりの呆れきった表情で、眉間を押さえていた。

ついでにこっそり馬鹿が増えたとか、なンで直江が来ねェだとか失礼なことを呟いているのを聞き逃す百代ではない。

川神百代、そして自慢の義妹である川神一子、愛称ワン子を一纏めに馬鹿にしたことには、後々責任を取って貰わねばならないと百代は不敵な笑みを浮かべた。

 

 

「あ、そうそう。シロ、あんた昨日の私とクリとの決闘見た!? どーよ!私の腕も大分上がってきたでしょ!」

 

 

「……ン、確かに強くはなったな、前よりは。

つゥかナチュラルにシロって呼んでンじゃねェよ駄犬」

 

 

「誰が駄犬よ! いいじゃないシロって名前。なんだか 猫っぽくて可愛いじゃない」

 

 

「良くねェよ。それにお前、昨日の決闘って負け試合だろ。そンなに威張れる程か」

 

 

「う、うるさいわよ! 確かに負けちゃったけどさぁ……」

 

 

少々大人気のない一方通行の指摘に、赤毛の少女はしおしおと目に見えてショボくれる。

真正面の問答など直江大和にすら足許に及ばない程度の一子が、大和すら閉口してしまう一方通行に挑めば、言い負かされるのは当たり前というのに。

そして強気に出てばかりの割には圧倒的に打たれ弱い彼女は、既に若干泣きそうになっていた。

 

どォしろってンだ、と謂わんばかりに溜め息を零しながらも、取り敢えず一子をあやす百代を一瞥しながら脇を抜ける。

辟易とした彼の対応に相変わらず苦手意識の強い事だとひっそりと苦笑したのは、敢えて見逃して。

 

 

「むぐぐ……シロめぇぇ、言いたい放題言ってくれちゃってぇ。あ、そうそう、お姉様。お姉様は今日バイトじゃなかったわよねぇ?」

 

 

「……ん? まぁそうだな、それがどうかしたのか?」

 

 

余程悔しいのか先を歩く白い背中を睨みつけながら地団駄を踏んでいた一子が、思い出したように隣立つ姉の顔を仰ぐ。

今の気分としては、何故一方通行と一緒に居たのかと追求されるのは若干吝かであったのだが、人懐っこい仔犬の笑顔を浮かべた辺り、どうやら杞憂で済んだらしい。

 

 

「それじゃあ、一緒に野球しましょ! まだ始まったばっかだから大丈夫だし」

 

 

「おーそういえば、さっきチラッと見えたがクリスも参加してるみたいだな」

 

 

一緒にやろう一緒にやろうと子供のようにせがんでくる可愛い妹分の誘いに乗ろうと思い、ゆったりとした歩速で白い背中を追い掛けながらも、眼差しは河川敷下の土手へ。

青々とした草が所々に茂った辺りにぽっかり空いた場所で、和気藹々と野球を楽しむ少年少女達の姿を眺める。

 

足で地面を削っただけの簡素なバッターボックスに立ちピッチャーの投球に構えている金髪の少女は、つい最近、一子や大和達のクラスへと転校してきた話題のクリであった。

そして先日、風間ファミリーという自分達にとってはかけがえのない居場所に仮ではあるが加入することとなったのだが、ふと百代の視界に見慣れない人物を見留める。

 

ファミリーの面々が野球を楽しむ直ぐ傍で腕を組み、クリスをぼんやりと眺めている、紅髪の女性。

凛とした美しい風貌と、特に眼を惹くであろう眼帯。

 

何処かで聞いたような、と思い出すまでもない。

タイムリーというか、噂をすればというか。

 

 

「成る程、確かに美人だな。羨ましい奴だな、一方通行も」

 

 

「……? どうかした、お姉様?」

 

 

スルリと滑り落ちた言葉に首を傾げる妹に、苦笑を一つ投げ掛けた。

もう一度、視線の戻せばクリスへと向けていた彼女の紅い瞳は、橋の方へと向けられていて。

自分達より少し先を歩く一方通行と、いつの間にか睨み合っていて。

 

そこに一層興味を掻き立てられる自分の心情に、思わず溜め息をついてしまいそうだった。

 

 

 

――――

――

 

 

「何だか久しぶりだな、一方通行! 何してるんだ?」

 

 

「見りゃ分かるだろ、学校帰りだ」

 

 

 

面倒の奴にまた掴まってしまった、と半ば鬱屈とした表情な一方通行の顔色などまるで目に入ってないらしい目下の青少年は、爛々とした眼差しで此方を見上げてくるのだから質が悪い。

オマケに彼がピッチャーな上、わざわざ此方側にまで寄って来るものだから、野球が中断されてしまっている。

となれば、参加者面々の視線が自分へと集まるのも当然で。

 

 

「ふーん、暇っぽいな。それなら一緒に野球しないか? お前が加われば丁度半々に別れるんだよ!」

 

 

「パス」

 

 

「えぇーなんだよ、良いじゃんかよー! ノリ悪いぞ!」

 

 

嗚呼、やっぱりこうなる流れだったか、と一方通行は脱力気味に頭を掻く。

風間ファミリーという仲良しグループのリーダーに掴まってしまえば、催し事には必ずといって良いほど誘われるのだ。

今回のは催しというより単なるスポーツなのだが、どちらにせよ似たような物なので、ある程度予測出来る流れではあったが。

 

 

「面倒臭ェ」

 

 

「やっぱりかよ、言うと思った」

 

 

「なら駄々捏ねンなって」

 

 

風間翔一ことキャップの愛称で呼ばれる彼は、基本的に自分に対して往生際が悪い事が多い。

精悍な顔付きと風貌に反してやたら子供っぽい内面である為か、何事もすんなりと通してくれない。

ぶーぶーと不満そうに口を尖らせた翔一をどうしたものかと眺めていれば、その彼の元へと残りの面々が集まってきた。

 

 

「おうおう、出やがったなリア充め。てめぇ、梅せんせーだけじゃ飽き足らず、あんな美しいお姉様とまで同棲なんて許せねぇぞ! 降りて来やがれ、俺様の華麗なプレーでエレガントチンクの座を奪ってやる!」

 

 

「いやいや、野球とそれとは別でしょ。勝ったところでガクトがイケメンになる訳じゃないし」

 

 

「ひでぇぞモロ! 俺様の鍛え抜かれた筋肉美と二枚目フェイスならエレガントチンクなんて楽勝だろう!」

 

 

「無理だと思うけどなぁ……」

 

 

ムンッ! と気合いの篭ったポージングはボディビルを意識でもしているのか、ガクトと呼ばれた男の筋肉は自賛を重ねるだけはあり、確かに見事なものではある。

しかしタンクトップ一丁では逞しいを通り越して知性の足りなさも象徴しているので、今一つ戴けない。

 

ガクト――島津岳人の傍で苦笑いを浮かべるモロと呼ばれた少年は、彼とは打って変わって線が細い。

肌も白く中性的な印象が強い彼、師岡卓也。

彼ら二人の漫才さながらのやり取りに毒気を抜かれた気分になるのは毎度の如くで、いっそコンビ組んで芸人でも目指せば良いというのは一方通行の評価である。

 

 

「別にエレガントとか云う評価とかどォでも良いから、それはお前にやるよ」

 

 

「えっ? マジで!? くれんのか!?」

 

 

「なんで喜んでんのさ! あれ決めるの本人じゃないんだから、貰ったって意味ないでしょ」

 

 

「残念だが脳筋じゃなくて、やるのはモロの方だからな」

 

 

「えっ、僕!? いいの!? っじゃなくてだから違うでしょって」

 

 

小気味の良いテンポのやり取りを袖に、陽の落ちかけた時間帯の割には強く水面に反射されたキラキラとした煌めきに一方通行は目元を手で覆う。

河川敷から土手へと続く石段を降りながら、賑やかしい連中との遭遇に眉を潜める白薄な青年を見て、直江大和はやんわりと苦笑いを浮かべていた。

 

 

「さっきぶりだな、一方通行。 なんだかさっきよりも随分疲れてるみたいだけど」

 

 

「そォ思うンなら、あの馬鹿の手綱を緩めンな。舎弟なンだろ、お前」

 

 

「無理無理、手綱なんか関係なしに振り回されちゃうからなぁ、姉さん相手じゃ」

 

 

第一声が怨み言とはなかなかスマートとはいえないが、それだけに細身な肩にのし掛かる苦労を推し測れるのが憐れさを演出する。

しかし、彼が苦労している相手が相手だけに憐れむだけしか出来ないでいるのは、申し訳ない事だと思う大和だった。

 

 

「軍師だろ、兵達を動かせなくてどォすンだよ」

 

 

「兵達と飛車と玉座を兼ねてるチートだぜ、知力100オーバーでもしてないとやってられないさ」

 

 

「随分投げ遣りだなオイ、昼休みン時の意趣返しか?」

 

 

「まさか。逆怨みは役得になんかならないからな、負けた勝負はまた今度、きっちりと返させて貰うからな」

 

 

「ハッ、粋が良いねェ。待っといてやるよ」

 

 

挑発的に不敵に笑えば、待ち受けるのは強者としての憮然とした有り様だ。

敵に回したくない、勝てない相手とは勝負しない方が賢明という姿勢も彼相手では取り繕ってきた大和ではあったが。

やはりいつかは、そんな事を考えてしまうだけ、彼もまた男の子という訳で。

 

そんな二人の見方によっては微笑ましく、また別の見方によれば物々しく。

そして、若干アブノーマルな視点で見れば、それ即ち掛け算と答える猛者もまた、風間ファミリーの一人であった。

 

 

「ふ、ふふ……知的(に)(で)クールなキャラであっても、ライバル心を密かに燃やして攻めの姿勢な大和。王道は大和×キャップだけど、おかずどころか主食レベルにも匹敵するこのカップリング…… 滾る!!」

 

 

時は来た、そんなキャッチフレーズこそ相応しいと謂わんばかりに藍色の瞳をくわっと刮目させながら、どこからか取り出した10点という恐らく最高値であろう評価の書かれた棒を掲げたのは、瞳と同じ色彩を宿した藍色の髪の少女、椎名京。

可憐な出で立ちは確かにそうなのだが、如何せん今の彼女にはあからさまな不穏を纏っていて。

クネクネと身体を捻らせては一方通行と大和のやり取りに悶える京を、何事もなかったの様にスルーする二人の手並みは鮮やかであった。

 

 

「こぉら、舎弟と白兎。然り気無く私を馬扱いするとは偉くなったもんじゃないか、んん?」

 

 

「げっ」

 

 

「いきなり飛び付いて来ンじゃねェ! しれっと兎呼ばわりしやがって。実際問題、馬だろお前……とびっきりのじゃじゃ馬と来てる」

 

 

「じゃ、じゃじゃ馬!? なんだよそれ、上手い事言ったつもりか、このポニーテール!」

 

 

「姉さん、微妙に馬く……上手くないね、それ」

 

 

いつの間に追い付いたのか、どうやら二人のやり取りを聞いていたらしい百代は何やらご立腹のようで、意気揚々と一方通行の背中に飛び乗る様は正しくじゃじゃ馬といって差し支えない。

だが幾ら的を射ているからといって不満が成りを潜める訳でもなく、勢いも手伝っておんぶの姿勢になってしまっている一方通行の頭に顎を乗せてガクガクと喋る。

無論、オチを運んできた大和に載っかるようにして、背中にしがみつく百代が振り落とされてしまうのは、想像に易い。

 

 

「……大和、ひょっとして此方の御仁もファミリーの一員なのか? 先日の紹介時には見当たらなかったが」

 

 

こてんと尻餅を着いたままぶー垂れる百代を口喧しそうに見下ろす一方通行をさてどう宥めるかと思考を巡らせていた大和に、ひょこっと現れた美しいブロンド髪の少女が控え目に尋ねる。

振り向けば、そこには仮という形ではあるが、先日ファミリー入りを果たしたドイツからの留学生、クリスと彼女のお目付け役でもある転校生、マルギッテの姿があった。

 

夕陽焼ける川の水面の輝きにも勝る豊かな金髪に透き通った瞳の彼女と、これまた目を惹く美貌と彩色を纏った麗人のペアは成る程、目の保養という奴だと、尋ねられている立場であるにも関わらず大和が見惚れてしまうのも仕方がない。

しかしそれ以上に関心を牽いたのは、クリスより一歩下がった位置に立ちながら、どこか険しい表情を浮かべるマルギッテの方で。

 

 

「あっ、いや……違うよ。一方通行はS組の生徒で――」

 

 

どうにも落ち着かない気分になりながらも、たどたどしく説明する大和の口先が、ひしっと固まる。

唐突に彼の脳裏に去来した追憶のシーン、それは先程も一方通行との会話にも軽く触れた、本日の昼休みでの出来事。

あの時、自分に敵討ちを依頼してきた福本育郎を宥めていた端で、そういえばクリスとマルギッテの何やら穏やかではないやり取りがあったのを思い出した。

 

会話の内容こそハッキリ聞こえなかったものの、確かマルギッテがクリスに何か忠告らしき事を言っていた筈。

そして、あの後に聞いた一方通行の愚痴にもマルギッテにやたら突っ掛かれるのだという、要約すればそんな事も言っていたのも確かだ。

最後に、現在のマルギッテが浮かべている険しい顔付きと来れば……ここに来て、直江大和は今現在の自分の立ち位置が極めて厄介である可能性に気付いたのである。

 

 

「えーっと、まぁ時々、お世話になったり勉強を教えて貰ったり、頼りになる同級生だよ、うん。あははは」

 

 

「むっ、そ、そうなのか」

 

 

ちょっと腑に落ちない感じに呟いたクリスを傍目に乾いた笑い声を挙げる大和の心情、推して測るべし。

内情は分からずとも、マルギッテがキリリと吊り上がった瞳を向けられているであろう、未だにじゃれつく百代を面倒臭そうにあしらっている一方通行に対して、友好的とはとてもいえない感情を持っている事はまず間違いない。

状況証拠と一方通行当人からの苦情を合わせれば、それは疑う必要もない真実なのだろう。

別に大和自身に問題がある訳でもないのに、何だか針の筵に立たされてしまった彼は、今回ばかりは非常に不運と言えた。

 

 

「と言うことはやっぱり、彼がマルさんがお世話になることになったという小島先生の同居人の……あくせ、あく……えぇと、えーっと」

 

 

「……アクセラレータですよ、お嬢様」

 

 

「そ、そうだ、アクセラレータさんだったな、うん。あれ、でも一方通行とかいう名前じゃなかったのか? お父様からの手紙では確か、そんな感じだった筈だが」

 

 

「あぁ、それね。どっちでも好きな方で呼んでいいそうだ。俺はアイツ、外国人ぽいからアクセラレータって呼んでるけど」

 

 

「う、ん……? そ、そうなのか、何だかややこしいな。どういう意味なんだろうか。というか、彼は私と同じく何処かからの留学生じゃないのか? 日本人、というかアジア系にはとても見えないが」

 

 

「どういう意味か、とかはややこしい事情がありそうだからいきなり踏み込んで聞くのは止しといた方が良い。あと、一方通行は日本人らしいよ、本人曰く」

 

 

良く分からない人なんだな、と変な所に落ち着きはしたが、想定よりは厄介な事になりはしない流れかもしれないと、一先ず胸を撫で下ろす。

未だにマルギッテの表情が変わらないのがネックではあるが、どうやら彼女も彼女で変に騒ぎ立てるつもりはないらしい。

と、何やら踏ん切りが着いた様子のクリスが意を決して頷くと、彼女の姉代わりであるマルギッテのそれと比べれば慎ましいながらにも確りと膨らんだ胸を強く張り、いつの間にか増えた翔一と一子に絡まれている一方通行に声を掛けた。

 

 

「突然ながら失礼する、一方通行さん。知っているかもしれないが、私はドイツから留学してきた、クリスティアーネ・フリードリヒ。 先週末より私の姉代わりであるマルさんのホームステイ先としての快い承諾を戴いた事に関して、この場を借りて感謝の意を表明させて戴く」

 

 

「――」

 

 

ピシリと背筋を伸ばしながら、まるで軍式さながらに堅苦しい感謝を示すクリスに、思わず賑やかしかった一方通行達に沈黙が降りる。

どこか口早に述べた彼女の言葉が難しくて理解出来なかったのは川神一子だけであり、無駄に堅苦しく変容した普段と少し異なるクリスに固まってしまったのは川神百代と風間翔一、何かを堪えるように無言になってしまった一方通行。

そして、間接的ながらも謂わば恩人に対してはきちんと在れねばとつい緊張してしまったが為にクリスが早口になってしまったのに気付けたのは、小さく溜め息をついたマルギッテだけであった。

 

 

「……な、何か可笑しかっただろうか、私は。ま、マルさん」

 

 

「お、お嬢様……えぇい、兎! 何を呆気に取られている、さっさとお嬢様に何かしら返事をしなさい!」

 

 

数瞬ながらも訪れた沈黙に加えて、何やら妙な空気になっている事に気付いた岳人と卓也、京の三人から向けられる怪訝そうな視線に気付いたクリスが、わたわたとマルギッテに助けを求める。

彼女の父親ほどとは行かないが、それでもクリスを溺愛しているといっても良いマルギッテが彼女の要請に応えない訳にはいかない。

がうっと吠える狼の如く先程から黙ったままの一方通行に何かしらのアクションを求め――ふと、気付く。

程好く筋肉は付いていながらも、顔立ちから中性的なイメージが先行してどうにも華奢に見えてしまう一方通行の肩が、震えているのを。

それはまるで、何かを堪えるように。

 

 

「此方、こそォ……ッ……御丁寧に、どォも……」

 

 

「い、いや。私にとってマルさんは本当に大切な――」

 

 

風にすら容易く奪われるかのような微かな声で返事をする一方通行だったが、幸いそれはクリスに確りと届いたようで。

どうにも様子が可笑しいけれど、それでも答えが返ってきた事に安堵した所で――限界はついに訪れた。

 

そして、一方通行の何に限界が訪れてしまったのかをこれまたいち早く察した大和は、あーもう知らんとばかりに肩をガックリと落とすのであった。

 

 

「ッ、くはッ、クカカッ! ギャハハハハ!! ま、マル……マルさン……ッ……!!」

 

 

「ちょ、アクセラおまっ」

 

 

まさかの爆笑である。

先程からずっと堪えていたらしいのだが、どうやらクリスのマルギッテの呼び方が変にツボに入ったらしい。

度重なる疲労が祟ったのか、それとも単純に彼の笑いのツボが浅かったのか、どちらにせよ初めて見る一方通行の爆笑にクリスとマルギッテだけではなく、全員が呆気に取られた。

しかも、不運なことに。

 

 

「お、おい……そんな笑うなってこら……ぶふっ」

 

 

「なっ――」

 

 

茫然としながらも一方通行に唯一ツッコミを入れた百代がつい彼の笑いを貰ってしまって、マルギッテは呟くと共に表情を見る見る内に赤く染め上げる。

それは羞恥なのか、怒りなのか、恐らく両方ではあるが。

 

 

「――Hasen (クソ兎共)」

 

 

そしてこれまた当然ながら、むざむざと笑い者にされて赦しておける許容など、ことクリスに関する万事においては異常な沸点の低さを誇るマルギッテには当然ある訳がなくて。

これはいけない、と。

どう考えても悪いのは自分たちなので返り討ちにするのも駄目だろうと察した百代は、未だに笑いを抑えきれずにいる一方通行を担ぐと凄まじいスピードでその場から離脱する。

しかし、その行動は言ってしまえば火に油を注ぐも同然の行いで。

 

髪も瞳も紅い紅い麗人は、ついでに顔色さえも真っ赤にして。

取り出したるトンファーという名の得物を掲げ吠える姿を見て、修羅が居るよと大和は背筋を凍らせた。

 

 

 

「――jagt!!!(ぶっ殺す!!)」

 

 

 

 

 

 

 

―――

―――――

 

 

尚、夕暮れ空が心無しか血の様に紅く染まり出してきてるなかで。

風間ファミリーのリーダーである翔一が何故か「野球の次は鬼ごっこか! 俺達も行くぜ、マルギッテより二人を先に掴まえた奴は後で豪華商品贈呈だ、一方通行から!」という本人の意向を踏まえず声高らかに宣言したものだから、約三人が異常な執着を見せ、参加。

 

風になるぜ、だとか。

美女紹介して貰うぜ、だとか。

大和襲って貰うぜ、だとか。

肉奢って貰うぜ、だとか。

 

そんな掛け声と共に駆け出したファミリーの面々を未だに茫然と見送る残りの面々。

どうする、どうしようか、と逃げ出したあの最強二人組を掴まえれる自信の欠片もないので、置いていかれる形となった大和と卓也の二人は、同時に溜め息をつくと、同じくある一点に視線を寄せる。

そこには――

 

「ネーミングセンス、やはり私にはないのかな……でもマルさんは喜んで……でも、最初は微妙な顔してたし……うぅぅ……」

 

川の畔で一人、体操座りになりながら地面にのの字を書きながらしくしくといじけるクリスの姿が残って居たので。

 

とりあえず、慰めるか。

うん、そうだね。

 

言葉もなく、アイコンタクト一つで彼等二人の意志は決まった。

 

夕刻、春が呉れる頃。

何気無く響いたカラスの鳴き声に、止めをさされる留学生が、一人。

 

 

 

 

『兎追いしかの街』――end.


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